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強制退去、処分取り消し 名古屋地、高裁判決

 不法残留の外国人女性2人が強制退去を命じた国の処分の取り消しや無効をそれぞれ求めた訴訟の判決公判が11日、名古屋地裁と同高裁であり、ともに原告の訴えを認める判決が言い渡された。
 原告の女性は、愛知県岡崎市のベトナム人(49)と岐阜県羽島市のフィリピン人(54)で、2013〜16年、名古屋入国管理局から強制退去処分を受けた。
 地裁判決によると、ベトナム人女性は16年、交際していた日本人男性と結婚するなど在留を希望する動機があったのに、入管の説明が理解できないまま、在留許可を求める審理を放棄する書類に署名した。市原義孝裁判長は「(書類が)真意を十分に確認しないまま作成された」とした。
 高裁判決では、フィリピン人女性が日系ブラジル人男性と内縁関係にあったと指摘。13年に女性が処分を受けた後、2人は結婚しており、藤山雅行裁判長は「早期に婚姻関係が成立する見込みが高いことを前提とした判断をすべきで、裁量を誤った」とした。
 名古屋入国管理局は「判決内容を精査し、適切に対応したい」とコメントした。
(2018年4月11日 23時46分 中日新聞)

ベトナム人女性の強制退去処分取り消し 名古屋地裁

 不法滞在で強制退去処分を受けた愛知県岡崎市のベトナム国籍の女性(49)が処分の取り消しを国に求めた訴訟の判決で、名古屋地裁(市原義孝裁判長)は11日、「入国審査官が女性に帰国の意志があると誤解していた」などとして女性の請求を認め、処分を取り消した。
 在留特別許可を求める際などには口頭審理の請求が必要で、女性は「名古屋入国管理局の入国審査官の誘導で請求権を放棄させられた」と主張。市原裁判長は判決理由で、意図的な誘導はなかったとしつつも「女性には日本人の婚約者がおり、在留希望の動機があったと認めるのが相当」と認定。審査官が女性に帰国の意志があると誤解し、真意を十分に確かめなかったと結論付けた。
 判決によると、女性は技能実習などの目的で滞在していたが、2003年11月から不法滞在状態で県内の自動車備品工場などで働いており、16年4月に名古屋入管が摘発した。審査官は摘発後のやりとりなどから、女性が早期帰国を希望していると判断。口頭審理の請求権の放棄に必要な書類を作成させた。〔共同〕
(2018/4/11 17:12 日経新聞)

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平成30年4月11日判決言渡
平成28年(行ウ)第107号退去強制令書発付処分取消請求事件
口頭弁論終結日平成30年3月7日
判決
主文
1名古屋入国管理局主任審査官が平成28年4月25日付けで原告に対し
てした退去強制令書発付処分を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,ベトナム社会主義共和国(以下「ベトナム」という。)国籍を有す
る外国人女性である原告が,名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)入
国審査官から,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号
ロ(不法残留)に該当する等の認定(以下「本件認定」という。)を受けた後,平成
28年4月22日,口頭審理請求権を放棄する旨の意思表示をした(以下「本件口
頭審理放棄」という。)ため,名古屋入管主任審査官から,同月25日付けで退去
強制令書発付処分(以下「本件処分」という。)を受けたところ,本件口頭審理放
棄は,原告の真意によるものではなく無効であるなどと主張して,本件処分の取消
しを求めた事案である。
2前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨に
より容易に認められる事実等。以下,書証番号は特記しない限り枝番を含む。)
(1)原告の身分関係
原告は,昭和43年(1968年)10月15日にベトナムにおいて出生したベ
トナム国籍を有する外国人女性である。(乙1)
(2)原告の入国及び在留状況等
ア原告は,平成12年11月22日,在留資格を「研修」,在留期間を「6月」
とする上陸許可を受け,本邦に上陸した。(乙2)
イ原告は,平成13年5月24日,在留期間を「6月」とする在留期間更新許
可を受けた。(乙2)
ウ原告は,平成14年3月4日,在留資格を「特定活動」(技能実習生),在
留期間を「1年」とする在留資格変更許可を受けた。(乙2)
エ原告は,平成14年11月29日,在留期間を「1年」とする在留期間更新
許可を受けた。(乙2)
オ原告は,在留期間の更新又は変更を受けることなく,上記エで許可された在
留期限である平成15年11月22日を超えて本邦に不法に残留した。(乙2)
(3)本件処分に至る経緯等
ア名古屋入管入国警備官は,平成28年4月21日,愛知県岡崎市内の原告の
自宅において,原告を入管法24条4号ロ(不法残留)該当の容疑により摘発した。
(乙3)
イ名古屋入管入国警備官Aは,平成28年4月21日,原告に対し,名古屋入
管主任審査官が発付した収容令書を執行して原告を名古屋入管収容場に収容すると
ともに,原告に対する違反調査(以下「本件違反調査」という。)を実施し,原告
の供述調書(乙5の1。以下「本件供述調書」という。)を作成した。(乙4,5)
ウ名古屋入管入国警備官は,平成28年4月22日,原告を名古屋入管入国審
査官に引き渡した。(乙6)
エ名古屋入管入国審査官Bは,平成28年4月22日,原告に対する審査(以
下「本件審査」という。)を実施した。本件審査の結果,Bは,原告が入管法24
条4号ロに該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない旨認定し(本件認定),こ
れを原告に通知したところ,原告は,本件認定に服し,口頭審理の請求を放棄する
旨が記載された「口頭審理放棄書」(乙11。以下「本件口頭審理放棄書」という。)
に署名指印した(本件口頭審理放棄)。(乙7ないし9,11)
オ名古屋入管主任審査官は,平成28年4月25日付けで,原告に対し,ベト
ナムを送還先とする退去強制令書を発付する旨の本件処分をした。名古屋入管入国
警備官は,同日,原告に対して上記退去強制令書を執行し,原告を引き続き名古屋
入管収容場に収容した。(乙12)
カ原告は,平成28年4月25日,帰国用の臨時旅券の発給を申請する旨の「帰
国申請書」及び「申告書」(乙13。以下,これらの書面をまとめて「本件帰国申
請書等」ということがある。)を作成した。(乙13)
キ原告は,平成28年5月5日,ベトナム語で「私は早めにベトナムに帰国し
たいです。」などと記載した同日付け陳述書(乙14。以下「臨時旅券用陳述書」
という。)を作成した。(乙14)
ク原告は,平成28年5月9日,在大阪ベトナム総領事館に対し,本件帰国申
請書等及び臨時旅券用陳述書などを提出して,帰国用の臨時旅券の発給を申請し,
同年6月2日,臨時旅券の発給を受けた。(乙15,16,弁論の全趣旨)
ケ原告は,平成28年6月8日,日本人男性であるC(昭和26年6月21日
生)と婚姻した。(甲4)
(4)本件訴えの提起等
ア原告は,平成28年8月4日,本件訴えを提起した。(顕著な事実)
イ原告は,平成28年10月7日,仮放免され,現在も仮放免中である。(甲
1,弁論の全趣旨)
3争点及び当事者の主張
本件の争点は,本件処分の適法性であり,具体的には,本件口頭審理放棄が原告
の真意に基づく有効なものといえるか否かである。この点に関する当事者の主張は,
以下のとおりである。
(1)原告の主張
後記アないしウのとおり,原告に対する退去強制手続は,当初から送還の結論あ
りきで進められ,名古屋入管の職員は,送還の妨げとなる事情の聞き取りを行わず
に独断で書面を作成し,送還にちゅうちょを示す原告の態度を無視し,本件口頭審
理放棄書に署名指印させた。したがって,本件口頭審理放棄は,原告の真意に基づ
かずにされた無効なものであって,本件処分の前提となる手続に重大な瑕疵がある
から,本件処分は違法である。
ア名古屋入管の職員は,名古屋入管収容場に収容された原告に対し,「あなた
はオーバーステイだからベトナムに帰らなければならない。」,「ベトナムに帰る
と言えば,すぐにここから出ることができる。」,「逆に日本に残ると言えば,こ
の先何か月も入国管理局に収容され続けることになる。」などと原告を畏怖させる
発言を繰り返したため,原告は,収容を継続されたくない一心で本件口頭審理放棄
書に署名指印したものである。
イ本件違反調査は,簡単な日本語しか理解することができず,日本語を上手に
話すことができない原告に対して,日本語により行われたため,原告の真意を反映
しない本件供述調書が作成された。また,原告に対する退去強制手続が送還の結論
ありきで進められたことは,本件供述調書に不実の記載があることからも明らかで
ある。すなわち,本件供述調書には,原告が,「未払い給料等はありません。」,
「荷物やお金は今持っている分だけです。」と述べた旨の記載があるが,実際には,
摘発当時,原告には未払の給与があり,後日原告の知人がこれを受領しているし,
原告の自宅には荷物が残されていたのであるから,原告が上記各供述をするはずが
ない。Aは,原告に対する早期の送還を妨げる事情について,原告からの聞き取り
に基づかずに,あえて不実の記載をしたものと考えられる。
また,原告は,平成27年9月頃に知り合い,交際していたCとの間で,平成2
8年5月には婚姻することを合意し,具体的な手続について知人から説明を受ける
予定まで立てていたのであるから,同年4月21日に摘発された原告には,早期の
帰国を希望する動機がなかった。このことも,本件供述調書が原告の真意を反映し
たものではないことを裏付ける事情といえる。
ウBは,原告に婚約者がいる旨の記載がない反面,早期帰国希望であるかのよ
うな記載がある本件供述調書に目を通して本件審査に臨んだため,原告が本邦在留
の意思を有していることに全く気付かなかった。そして,Bは,本件審査の結果を
原告に通知した後,原告に対して,ベトナム語で記載された「退去強制手続の流れ」
と題するフローチャート図(乙10の1。以下「本件フローチャート図」という。)
を示して,今後の手続について選択を迫ったところ,原告が,本件フローチャート
図の口頭審理を請求する箇所に○印を記載しようとしたのを制止して,口頭審理の
請求を放棄する箇所に◯印を記載するように誘導したものである。また,Bは,本
件審査の際,電話通訳人を介して,原告に対し,「3回チャンスがある」などと述
べ,真実は口頭審理請求権を放棄してしまうと直ちに退去強制令書発付処分がされ
てしまい,異議を述べる機会がなくなるにもかかわらず,口頭審理請求権を放棄し
てもその機会があるかのように原告を誤信させ,上記のように誘導したものである。
この点について,Bは,証人尋問の際,本件フローチャート図に書かれた○印等の
記載については説明をしたのに,口頭審理を請求する箇所付近に原告が記載した線
については,合理的な説明をすることができなかった。このような事情に照らすと,
原告が帰国を希望していると勘違いしていたBは,本件フローチャート図の口頭審
理の請求を放棄する箇所に○印を記載するよう誘導したと考えられ,これに反する
Bの供述を信用することはできないというべきである。
(2)被告の主張
後記ア及びイによれば,原告が,本件審査の時点で早期に帰国する希望を有し,
退去強制手続の流れ及び本件認定に服した場合の法律上の効果等を十分に理解した
上で,自らの意思で本件口頭審理放棄をしたことは明らかである。よって,本件口
頭審理放棄は有効であって,本件処分に違法はない。
ア原告は,ベトナム語と,簡単な日常会話程度の日本語を使用することができ
るところ,本件審査,本件認定の通知及び本件口頭審理放棄書への署名指印の各手
続は,電話通訳人を介してベトナム語により行われた。そして,Bは,原告から,
人定事項及び容疑事実に間違いがなく,早期に帰国することを希望する旨を聴取し,
これらの聴取内容を記載した審査調書(乙7。以下「本件審査調書」という。)を
原告に読み聞かせたところ,原告は,内容に間違いがなかったことから,本件審査
調書に署名指印した。また,Bは,原告に対し,本件フローチャート図を用いて,
筆記具の太さで誰が書いたかを区別できるように,原告とは異なる細い線を書き込
みながら,口頭審理を放棄した場合と請求した場合のそれぞれについて,退去強制
手続の流れや口頭審理の請求に関する教示をし,説明を理解したという趣旨で,原
告に本件フローチャート図への署名を求めた。そして,Bは,本件認定をした後,
原告に対し,本件認定の通知を受けた日から3日以内に口頭審理の請求をすること
ができる旨のベトナム語訳が併記された認定通知書(乙9。以下「本件認定通知書」
という。)を手交して,本件認定を通知した。その上で,Bが,原告に本件フロー
チャート図を再度示して,自らの選ぶ方に○印,選ばない方に×印を記載するよう
求めたところ,原告は,本件フローチャート図の「口頭審理放棄」と記載された箇
所に◯印を,「口頭審理の請求」と記載された箇所に×印を記載し,さらに,ベト
ナム語訳が併記された本件口頭審理放棄書に署名指印したものである。このような
Bによる審査手続は,他の事案においても同様に行われており,原告に対してのみ
異なる説明等をする事情はないから,Bの本件審査における説明は適切に行われて
いた。
以上によれば,原告が,退去強制手続や口頭審理請求権及び口頭審理放棄の効果
について十分に理解した上で,自らの意思で本件口頭審理放棄をしたことは明らか
である。
そして,原告は,本件違反調査及び本件審査において,早期にベトナムに帰国す
ることを希望する旨述べ,更に臨時旅券用陳述書を作成しているのであるから,原
告には,本件口頭審理放棄をする合理的な動機があった。
イ原告は,本件違反調査及び本件審査のいずれにおいても,婚約者の存在につ
いて一切述べていなかったにもかかわらず,摘発から4日後の平成28年4月25
日にCと面会した後に,突如としてCとの婚姻予定について述べるに至った。日本
人との婚姻の予定は,原告の生活の根幹に関わる極めて重大な事実である上,本邦
在留を希望する理由としても非常に大きな要素であると考えられるから,原告に婚
姻の予定があり,これを理由に本邦在留を希望していたのであれば,退去強制手続
の中で即座に名古屋入管の職員に伝えるのが自然かつ合理的である。それにもかか
わらず,原告が,上記のとおり本件違反調査及び本件審査において,Cについて一
切述べていなかったことからすれば,原告とCとの婚姻の予定などはなかったか,
仮にあったとしても,少なくとも本件口頭審理放棄書に署名した時点においては,
原告がそれを理由に本邦在留を希望する意思を有していたわけではなかったと考え
るのが相当である。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記認定事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認めら
れる。
(1)原告の入国及び在留状況等
ア原告は,本邦において研修生として就労する目的で,平成12年11月22
日,在留資格を「研修」,在留期間を「6月」とする上陸許可を受け,本邦に上陸
し,平成13年5月24日,在留期間を「6月」とする在留期間更新許可を受けた。
また,原告は,平成14年3月4日,在留資格を「特定活動」(技能実習生),在留
期間を「1年」とする在留資格変更許可を受け,同年11月29日,在留期間を「1
年」とする在留期間更新許可を受けた。(甲3,乙2)
イ原告は,在留期間の更新又は変更を受けることなく,上記アの最終の在留期
間更新許可で認められた在留期限である平成15年11月22日を超えて本邦に不
法に残留した。(乙2)
(2)原告が摘発される以前の原告とCとの関係等
ア原告は,平成27年9月20日頃,ベトナム人の知人の紹介でCと知り合い,
毎日連絡を取り合ったり,Cが岡崎市内の原告の自宅を訪れるなどして交際するよ
うになり,同年11月頃からは,婚姻を前提として交際を続けていた。(甲3,5,
証人C,原告本人)
イCは,平成27年12月ないし平成28年1月頃,冠動脈狭窄症や高血圧症
と診断され,その後,このことを原告に伝えた。(甲5,証人C)
ウ原告とCは,平成28年4月初旬頃,婚姻に向けた具体的な手続を進めよう
という話をし,同年のゴールデンウィーク明け頃に婚姻し,婚姻後は原告の自宅で
同居することなどを検討していた。そして,原告とCは,同月24日に,知人から
国際結婚をする際の手続などについて説明を受けることを予定していた。(乙21,
証人C,原告本人)
エ原告は,平成28年4月21日午前8時19分,自宅にいたところ,原告の
自宅に居候していたベトナム人男性(昭和57年(1982年)12月20日生)
と共に,名古屋入管入国警備官により入管法24条4号ロ(不法残留)該当の容疑
で摘発された。(乙3,原告本人)
(3)本件違反調査の概要
アAは,平成28年4月21日,原告に対する本件違反調査を,通訳人を介さ
ずに日本語により実施した。(乙5の1,原告本人)
イ本件違反調査においてAが作成した本件供述調書には,「違反の動機及び経
緯」欄に,「研修生として日本に入国し,福岡所在のDという会社で縫製の研修を
受けていました。…2002年2月に研修先を逃げて,その後在留期限をこえ不法
残留しました。」などと,「違反中の居住及び生活状況」欄に,「研修先を逃げて
から不法残留して,愛知県豊田市や岡崎市で自動車のシートを縫製する仕事をして
生活していました。」などと,「情状その他の事項」欄に,「入管に捕まってしま
ったので早くベトナムに帰りたいです。荷物やお金は今持っている分だけです。未
払い給料等はありません。」とそれぞれ記載されている。
また,本件供述調書の原告の経歴欄には,平成元年(1989年)にベトナムの
大学を卒業した後,同年から平成4年(1992年)までベトナムの小学校で教師
として働き,同年から平成11年(1999年)までは農家をしながら服の縫製の
仕事をしたこと,平成14年2月頃に研修先から逃亡した後,豊田市内で自動車の
カバーを縫製する仕事をし,その後,岡崎市内で同様の仕事を内職でしていたこと
などが記載されている。
そして,Aは,原告に対して,上記内容を日本語で読み聞かせたところ,原告は,
「上記の記載事項は,真実に相違ありません。」と日本語及び英語で記載された欄
に,署名指印をした。(乙5の1)
(4)本件審査の概要及び本件口頭審理放棄に至る経緯等
アBは,平成28年4月22日,原告に対する本件審査を,電話通訳人を介し
てベトナム語により実施した。(乙7,8,原告本人)
イBは,原告に対し,身分事項の確認等を行った後,ベトナム語で記載された
本件フローチャート図を用いて退去強制手続の流れを説明した。本件フローチャー
ト図は,入国警備官の違反調査,入国審査官の違反審査,特別審理官の口頭審理,
法務大臣の裁決等の退去強制手続の流れを,時系列に沿って図式化して示したもの
であり,口頭審理請求権を放棄すれば,最終的な処分が「放免(在留継続)」や「在
留特別許可」になる可能性がなくなり,「退去強制令書発付」の手続に進むことが
明記されている。(乙10,17)
ウ本件フローチャート図には,Bが退去強制手続の流れを説明した際に筆先の
細い筆記具で記載した線が書き込まれているところ,この書き込みは,口頭審理請
求権を放棄した場合とこれを請求した場合のそれぞれのルートについて記載されて
いる。そして,口頭審理を請求した結果,認定に誤りがないと判断された場合には,
異議の申出をすることができ,法務大臣が当該異議の申出について理由がないと判
断した場合であっても,特別に在留を許可する事情がある場合には,在留特別許可
がされることを示すルートにも,上記と同様に細い線が書き込まれている。また,
本件フローチャート図のうち,ベトナム語で「入国審査官の違反審査」,「口頭審
理の請求」,「口頭審理放棄」及び「異議の申出」と印字された箇所には,いずれ
もBにより○印が記載されている。
さらに,本件フローチャート図には,原告が筆先の太い筆記具で記載した書き込
みもあるところ,ベトナム語で「口頭審理放棄」と印字された箇所には○印が,「口
頭審理の請求」と印字された箇所には×印がそれぞれ書き込まれている一方で,「口
頭審理の請求」と印字された箇所の上部には,Bが「口頭審理の請求」と印字され
た箇所を○印で囲んだ細い線を原告が途中までなぞったような書き込みがあり(以
下「本件筆記線1」という。),本件フローチャート図の右上の余白部分には,書
きかけで終わっている○印の書き込みがある(以下「本件筆記線2」という。)。
そして,「口頭審理放棄」と印字された箇所に記載された○印の右側で,かつ,本
件筆記線2のすぐ下の余白部分と,本件フローチャート図の下部の署名欄のいずれ
にも,原告の署名指印がされている。(甲3,乙10,19,証人B,原告本人)
エBは,本件審査における原告の供述内容として,「早期帰国希望又は在留希
望の確認」欄の「早期に帰国することを希望した。」の欄にチェックをした審査調
書を作成したところ,原告は,日本語で「記載内容について読み聞かせを受けまし
たが,その内容に間違いありませんので,署名します。」と印字された欄に署名指
印をした。(乙7)
オBは,本件審査の結果,原告が入管法24条4号ロに該当する旨認定し,日
本語とベトナム語が併記された本件認定通知書を交付して本件認定を通知した。本
件認定通知書には,入国審査官がした認定に不服があるときは,通知を受けた日か
ら3日以内に,特別審理官に対して口頭審理の請求をすることができる旨の記載が
あり,本件認定通知書の控えには,本件認定通知書を受領したことを示す原告の署
名指印がある。さらに,Bは,原告に対し,本件認定に対する取消訴訟の提起に関
する事項をベトナム語で記載した書面(乙18。以下「本件教示書」という。)を
交付しており,本件教示書にも,受領したことを示す原告の署名指印がある。(乙
8,9,18)
カ上記イないしオの手続を経た上で,原告は,平成28年4月22日,本件口
頭審理放棄書に署名指印し,名古屋入管入国審査官に対して提出した。(乙11,
19,証人B)
(5)本件口頭審理放棄後の経過等
アCは,平成28年4月25日午前9時34分から午前10時4分までの間,
名古屋入管において,原告と面会し,この際に初めて,原告から在留資格がないこ
とを知らされた。Cは,同日午前10時30分から行われた名古屋入管入国警備官
との面接において,原告と同居はしていないが,今後婚姻する予定であった旨,一
旦原告を帰国させ,ベトナムで婚姻手続をしてから,また日本に呼び寄せたいと考
えている旨を述べた。
名古屋入管主任審査官は,同日付けで,原告に対して本件処分をし,名古屋入管
入国警備官は,同日,本件退令を執行したところ,原告は,ベトナム語で「私が帰
国するため,在大阪ベトナム総領事館は私に通行書を発行する事を検討してくださ
い。」などと印字された帰国申請書を作成し,これに署名した。
その一方で,原告は,本件退令の執行後,同日午後1時40分から,名古屋入管
入国警備官により,本件処分に係る取消訴訟の出訴期間と送還との関係についての
説明を受けた際,取消訴訟を提起するつもりはないが,今後のことは恋人と相談し
てから決めたい旨述べ,さらに,同日午後1時45分から行われた名古屋入管入国
警備官との面接においても,日本人の恋人と婚姻したい旨述べて,帰国の意思を保
留した。(乙13,21,23,証人C,原告本人)
イ原告は,平成28年4月26日午前9時57分から行われた名古屋入管入国
警備官との面接において,日本人の恋人と相談したところ,弁護士を探すことにな
った旨,恋人と結婚して日本で生活したい旨を述べ,ベトナムに帰国することを拒
否した。
名古屋入管入国警備官は,同日午後1時53分から午後2時54分までの間,電
話通訳人を介してベトナム語で原告との面接を行ったところ,原告は,名古屋入管
に収容された時は早期の帰国を希望していたが,今は恋人と婚姻して日本に残りた
いと考えている旨,本件審査の時は入国審査官の説明をよく理解できなかった旨,
恋人から愛知県安城市役所に婚姻届を出したと聞いており,婚姻したので,恋人と
一緒に暮らしたい旨などを述べた。(乙21,25)
ウ原告は,平成28年5月5日,ベトナム語により,研修先からの逃亡理由や
逃亡後の就労状況のほかに,「私は早めにベトナムに帰国したいです。私にパスポ
ートを発行してください。」などと記載した臨時旅券用陳述書を作成した。(乙1
4)
エ名古屋入管入国警備官は,平成28年5月6日,Cを同席させた上で,日本
語により原告との面接を行ったところ,原告とCは,日本で婚姻届を提出し終えて
から2人でベトナムへ行き,出直そうと考えている旨,婚姻の届出に必要な書類は
全て準備したが,原告の旅券がないため届出ができない旨を述べた。これに対し,
名古屋入管入国警備官が,申請の準備を進めている臨時旅券で婚姻の届出が受理さ
れるかを市役所に確認するよう促したところ,原告とCは,臨時旅券の発給後すぐ
に婚姻の届出をし,その後に2人でベトナムへ行く旨を述べた。(乙26)
オ原告は,平成28年5月9日,臨時旅券申請書に臨時旅券用陳述書等を添付
して,在大阪ベトナム総領事館宛てに帰国用の臨時旅券の発給を申請し,同年6月
2日,同旅券の発給を受けた。(乙15,16,弁論の全趣旨)
カCは,平成28年5月16日,病院を受診したところ,高血圧症,糖尿病,
冠状動脈硬化症との診断を受け,医師から,このまま放置すると心筋梗塞の可能性
があるとの説明を受けた。(乙28)
キ原告は,平成28年5月31日,日本語により行われた名古屋入管入国警備
官との面接において,Cの病気が心配なのでベトナムへは帰りたくない旨を述べた。
(乙27)
ク名古屋入管入国警備官は,平成28年6月2日,Cを同席させた上で,日本
語により原告との面接を行ったところ,Cは,これまでは原告と一緒にベトナムへ
行くつもりだったが,現時点で医療環境の悪いベトナムへ行くことは考えられない
ので,しばらく時間が欲しい旨,治療を続けてCの病状が安定すれば,原告と一緒
にベトナムへ行こうという気持ちに変わりはない旨を述べた。(乙28)
ケ原告とCは,平成28年6月8日,婚姻した。(甲4)
コCは,平成28年6月頃,安城市内のアパートから岡崎市内の原告の自宅に
引っ越し,賃借人の名義をCに変更し,家賃もCが負担している。(甲5,証人C,
原告本人)
サ原告は,平成28年10月7日,仮放免され,それ以降,Cと同居して生活
している。(甲1,弁論の全趣旨)
(6)原告本人尋問における供述内容及び原告が本件訴訟のために作成した陳述書
(甲3。以下,単に「原告作成の陳述書」と述べるときは,甲第3号証を指す。)
の記載内容
ア本件フローチャート図の作成状況に関する供述内容
原告は,本人尋問において,本件フローチャート図の作成状況について,〆能
に,Bが細い線を書き込みながら日本語で説明していたが,通訳人からは,本件フ
ローチャート図を読んで,自分が希望するところに書いてなどと言われただけだっ
たため,Bの説明内容は理解できなかった,原告は,まず,「口頭審理の請求」
と記載された箇所を○印で囲もうとして書き始めたが,Bから制止されたため,書
きかけの線になった(本件筆記線1),K楫鑄記線1を書こうとして制止された
ため,もしかして○印ではなく四角を書かなければいけないのかと思い,本件フロ
ーチャート図の余白に,こういうような形ですかと聞く趣旨で○印を書き始めたが,
再び制止され,書きかけの○印となった(本件筆記線2),い修慮紂ぃ造ら,「口
頭審理放棄」と印字された箇所を○印で囲むよう言われ,ベトナム語による記載の
意味は理解できていたため,自分は「口頭審理の請求」の方を選びたいのに,なぜ
「口頭審理放棄」の方に書かないといけないのかと思ったが,そのことを自分から
言い出せなくて従うしかなかった,ゼ,法ぃ造ら指示されて,「口頭審理の請求」
と印字された箇所に×印を書いた,最後に,本件フローチャート図下部の所定欄
に日付と氏名を記入して指印した,通訳人から,本件フローチャート図のような
書面にサインする機会が3回あると言われたので,2回目か3回目の機会に,自ら
が○印を付けたい方に○印を書けば良いと考えた旨供述した。(原告本人)
イその他の供述内容
(ア)原告は,本国での経歴について,本人尋問において,ベトナムの大学を卒業
後,小学校の教師として約3年間就労し,教師以外に縫製の仕事もしていた旨供述
した。(原告本人)
(イ)原告は,本邦入国後の経緯について,本人尋問において,仝修生として来
日後,福岡県の研修先で働いていたが,原告以外の研修生2人が研修先から逃亡し
ようとしたため,原告も研修先から逃亡した,逃亡後,豊田市などで稼働した旨
供述した。また,原告作成の陳述書には,上記内容に加えて,J_県の研修先の
社名が「D」であること,じ修先から逃亡した後,豊田市内の自動車のシートを
縫製する工場等で稼働し,その後,岡崎市内において内職の仕事をしていたことな
どが記載されている。(甲3,原告本人)
(7)Bの経歴及び本件フローチャート図の作成状況に関するBの証言内容等
アBの経歴
Bは,平成28年4月1日から,名古屋入管審査部門において,収容された容疑
者に対して最初に違反審査を行い,本邦在留を希望するか,帰国を希望するかの意
思確認を行う業務に従事しており,平成29年11月に当該業務を離れるまで,通
常で1日当たり1件ないし3件程度,多い時には1日当たり7件程度の違反審査を
行った。
Bの記憶によれば,上記業務に従事した期間中,本件筆記線2のように余白に予
定外の記載をした容疑者は,5人程度おり,本件筆記線1のように×印を書いた付
近にそれ以外の記載をした容疑者は,六,七人程度いた。(乙19,証人B)
イ本件フローチャート図の作成状況等に関する証言内容
Bは,本件フローチャート図の作成状況等について,証人尋問において,)楫
審査当時,容疑者本人に,フローチャート図へ○印や×印の書き込みをさせること
が取り決められていたわけではないが,事後的に容疑者が口頭審理を放棄する旨の
意思表示をしたことが客観的に明らかになるように,あえて容疑者自身に記載させ
る取扱いをしていた,∨楫錣砲いては,Bが,本件フローチャート図に細い線を
書き込みながら退去強制手続の流れを説明したところ,原告が,説明内容を理解し
たとして,本件フローチャート図下部の所定欄に日付と氏名を記入した,次に,
原告は,「口頭審理放棄」と印字された箇所を○印で囲み,「口頭審理の請求」と
印字された箇所に×印を書いた,い修慮紂ぃ造,上記の○印の近くに日付と氏
名を記載するようにと説明する趣旨で,本件フローチャート図の右上の余白を指し
示したところ,原告は,通訳人の説明が終わる前に,Bの指をなぞるように○印を
書きかけた(本件筆記線2),ァ峺頭審理の請求」と印字された箇所の上部の本
件筆記線1がどのような経緯で記載されたのかは全く記憶にないが,原告が「口頭
審理の請求」と印字された箇所に○印を書こうとしたことはなかったと思う,λ
件審査に臨む前に,本件供述調書等の事件記録を確認しており,原告については,
帰国希望であるという認識をしていた,本件審査の際に,原告から婚約者や恋人
がいるという話は聞いていない旨供述した。(乙19,証人B)
2事実認定に関する補足説明
(1)本件違反調査における原告の供述内容について
原告は,本件違反調査は,十分な日本語能力を有しない原告に対して,日本語に
より行われたため,原告の真意を反映しない本件供述調書が作成されたものであり,
摘発当時,原告には未払の給与があり,原告の自宅には荷物が残されていたにもか
かわらず,「未払い給料等はありません。」,「荷物やお金は今持っている分だけ
です。」と,原告が述べるはずのない不実の記載がされていることからも,Aが,
原告に対する早期の送還を妨げる事情について,原告からの聞き取りに基づかずに,
あえて上記の不実の記載をしたものと考えられる旨主張するところ,原告作成の陳
述書及び原告本人尋問の結果中には,これに沿う部分が存在する。
しかしながら,前記1(3)イ及び(6)イで認定した事実によれば,原告の本国及び
本邦での経歴等に関して,本件供述調書の内容と,原告作成の陳述書の内容及び原
告本人尋問における供述内容とが,おおむね一致していることが認められることか
らすれば,本件違反調査におけるAと原告との意思疎通に特段の支障があったもの
とは認められない。また,原告本人尋問の結果によれば,原告は,平成28年4月
21日に摘発された時点で,同月に稼働した分の給与をいまだ受領していなかった
と供述する一方で,原告の給与の支払日は当月の月末であるとも供述していること
が認められ,摘発の時点では,いまだ同月分の給与の支払日は到来していなかった
ものと推認されるから,本件供述調書における未払給与等がない旨の記載が事実に
反するものとは認められない。さらに,「荷物やお金は今持っている分だけです。」
との記載のみからは,原告の自宅に荷物が全く残されていない趣旨をも含むものと
までは解されないから,当該記載が事実に反する記載であるものと直ちに認めるこ
ともできない。
なお,原告は,本人尋問において,本件違反調査の際,Aに対して婚姻する予定
である旨を伝えたとの供述をしたものであるが,後記(2)アで説示するとおり,本件
審査の際に婚姻の予定について述べたものとは認められないことに鑑みると,本件
違反調査の際に婚姻の予定について述べながら,本件審査の際にはこれを述べなか
ったというのは不自然といわざるを得ないから,原告本人尋問における上記供述を
採用することはできない。
以上によれば,Aが,原告からの聞き取りに基づかずに,あえて不実の記載をし
た本件供述調書を作成したとの原告の主張は,採用することができない。
(2)本件審査に関する原告本人尋問における供述について
ア原告は,本人尋問において,本件審査の際,ベトナム語により来月日本人と
婚姻する予定である旨を説明したとの供述をしたものであるが,証拠(乙25)に
よれば,原告は,平成28年4月26日午後1時53分から行われた名古屋入管入
国警備官との面接において,本件審査の際に恋人の存在について一切発言しなかっ
たことを指摘されたのに対し,これを何ら否定しなかったことが認められることに
照らすと,原告本人尋問における上記供述を採用することはできない。
イまた,前記1(6)アで認定したとおり,原告は,本人尋問において,本件フロ
ーチャート図に原告が○印や×印を書き込む前に,Bから退去強制手続の流れや口
頭審理放棄について説明を受けたことはない旨の供述をしたり,Bは,本件フロー
チャート図に細い線を書き込む際に日本語で何か話していたが,通訳人がその説明
を通訳してくれなかったため,説明内容を理解することができなかった旨の供述を
したものである。しかしながら,前記1(4)ウで認定したとおり,本件フローチャー
ト図には,口頭審理請求権を放棄した場合とこれを請求した場合のそれぞれのルー
トや,口頭審理を請求した結果,認定に誤りがないと判断された場合には,異議の
申出をすることができ,法務大臣が当該異議の申出について理由がないと判断した
場合であっても,特別に在留を許可する事情がある場合には,在留特別許可がされ
ることを示すルートにも,Bによる細い線の書き込みがされている上,証拠(乙2
1,25ないし29)によっても,原告が,本件審査の後に行われた名古屋入管入
国警備官との複数回にわたる面接において,通訳人がBの説明を通訳してくれなか
った旨を訴えた事実は何らうかがわれない。これらに加えて,前記1(3)イ及び(6)
イ(ア)で認定したとおり,原告は,ベトナムの大学を卒業し,ベトナムで小学校教諭
をしていた経歴を有するところ,原告本人尋問の結果によれば,原告は,上記各供
述をする反面,ベトナム語による「口頭審理放棄」の記載の意味は理解していたと
も供述していることが認められることにも鑑みると,Bが退去強制手続の流れ等を
原告に対して説明せず,原告がこれを理解することができなかったとか,通訳人が
Bの説明を通訳しなかったなどとする原告本人尋問における各供述を採用すること
はできないというべきである。
(3)原告とCとの関係について
被告は,本件口頭審理放棄当時の原告とCとの関係について,婚姻の予定などは
なかったか,仮にあったとしても,原告がそれを理由に本邦在留を希望する意思を
有していたわけではなかったと考えるのが相当である旨主張する。
しかしながら,前記1(5)ア,ケ及びコで認定した事実によれば,Cは,平成28
年4月25日に初めて名古屋入管入国警備官と面接した際に,原告と婚姻する予定
であった旨述べていた(この供述は,原告が摘発される前は,同年のゴールデンウ
ィーク明け頃に婚姻しようと話していた旨のCの証言及び本人尋問における原告の
供述とも整合的であり,一貫している。)上,現に,両者は,同年6月8日に婚姻
し,その頃,Cは,原告の自宅に引っ越し,賃借人の名義をCに変更し,家賃を支
払っていたことが認められる。また,前記1(5)アによれば,Cは,上記面接の際,
婚姻の予定について述べる一方で,原告を一旦ベトナムに帰国させる考えも示して
いたのであって,このことは,Cが,原告を本邦に在留させるために原告との関係
を偽装する意図を有してはいなかったことを推認させるものというべきであるし,
前記1(5)エ,カないしクで認定したように,Cが,原告と一緒に自らもベトナムへ
行き,2人で出直そうとの考えを有していたことや,その後,Cが医師から,将来
的に心筋梗塞になる可能性があるとの説明等を受けたことを契機に,原告が再び帰
国を拒否するようになったことも,原告とCが,実態のある真摯な関係を築いてい
たことを推認させる事情と評価すべきである。そして,前記(1)及び(2)アで説示し
たように,原告が本件違反調査及び本件審査においてCとの関係に言及したものと
は認められない点については,被告が指摘するように直ちに了解し難い側面がある
ことは否定し得ないものの,他方で,この点以外には,証人尋問におけるCの証言
内容及び証言態度等を含めて,原告とCとの関係が実態を伴わないものであったこ
とをうかがわせる事実は認められない。
以上の諸点に照らすと,原告とCは,原告が摘発された平成28年4月21日当
時,既に実態のある真摯な関係を築いていたものと認めるのが相当であり,両者の
交際関係に係る供述内容は,信用することができるものというべきである。
3本件口頭審理放棄の有効性について
(1)入管法47条4項は,同条3項の通知(容疑者が退去強制対象者に該当する
と認定した旨の通知)をする場合には,入国審査官は,当該容疑者に対して,入管
法48条の規定による口頭審理の請求をすることができる旨を知らせなければなら
ない旨を,入管法47条5項は,容疑者が入国審査官の認定に服したときは,主任
審査官は,その者に対し,口頭審理の請求をしない旨を記載した文書に署名させ,
速やかに入管法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならない旨を,
それぞれ規定しているところ,ここにいう「認定に服した」とは,容疑者が退去強
制対象者に該当するものであることを自ら認めるとともに,特別審理官に対する口
頭審理の請求をしないとの意思を明らかにしたという意味であると解される。そし
て,入管法47条5項により口頭審理の請求をしない旨を記載した文書への署名が
要求されているのは,口頭審理を請求しない旨の意思表示が,容疑者に対して,入
管法48条の規定する口頭審理を受ける機会を失わせ,退去強制令書発付処分を受
けることが確定するとの重大な効果をもたらすことに鑑み,これを書面により確認
することとしたものと解される。
このように,口頭審理の請求を放棄する場合には,容疑者にもたらす効果の重大
性等に鑑み,その意思が明確に表明されるための手続が規定されていることなどか
らすれば,入管法47条5項及び51条に基づく退去強制令書発付処分は,適正な
手続の下で,容疑者が真に入国審査官の認定に服して口頭審理請求権を放棄したこ
とを前提とするものということができるから,容疑者が入国審査官の認定に服して
いないにもかかわらず,真意に基づかずに口頭審理請求権を放棄した場合には,そ
のような口頭審理請求権の放棄は無効であり,退去強制令書発付処分は,その前提
となる手続に重大な瑕疵があるものとして,違法となると解するのが相当である。
(2)ア本件においては,原告が本件口頭審理放棄書に署名指印したことは,当事
者間に争いがない上,前記2(1)及び(2)で説示したとおり,本件違反調査及び本件
審査のいずれにおいても,Aが,あえて原告の供述に反する内容や,原告が述べて
いない内容の本件供述調書を作成したり,Bが,原告に対して,退去強制手続の流
れや口頭審理放棄の効果について適切な説明をしなかったものとは認められず,こ
れらの点をいう原告の主張を採用することはできない。
イ(ア)しかしながら,前記2(3)で説示したとおり,原告は,本件口頭審理放棄の
当時,Cと実態のある真摯な関係を築いていたものであり,前記1(2)ウで認定した
事実によれば,原告とCは,原告が摘発される以前には,平成28年のゴールデン
ウィーク明け頃に婚姻し,婚姻後は原告の自宅で同居することなどを検討していた
ことが認められるのであるから,原告には,本邦での在留を希望し,口頭審理を請
求する大きな動機があったものと認めるのが相当である。
(イ)ところで,前記1(4)ウで認定したとおり,本件口頭審理放棄書と同日に作成
された本件フローチャート図には,「口頭審理の請求」と印字された箇所の上部に,
同箇所をBが○印で囲んだ線を途中までなぞったような書き込み(本件筆記線1)
があるところ,本件筆記線1について,原告は,本人尋問において,本邦在留を希
望する意思を示すために本件筆記線1を書き込んだ旨を供述したのに対し,B作成
の陳述書(乙19)には,本件筆記線1について何ら言及がなく,また,前記1(7)
イで認定したとおり,Bは,本件フローチャート図の本件筆記線1以外の書き込み
については,その順序や経緯を全て説明し得たにもかかわらず,本件筆記線1につ
いてのみ,どのような経緯で記載されたのか全く記憶にないと証言したものである。
前記1(7)で認定した事実によれば,Bは,本件審査当時,特段の取決めはないも
のの,事後的に容疑者が口頭審理を放棄する旨の意思表示をしたことが客観的に明
らかになるように,いわば慎重を期して,あえて容疑者自身にフローチャート図に
記載させる取扱いをしていたというのであるし,Bの記憶の限りとはいえ,本邦在
留を希望するか否かの意思確認を行う業務に従事していた約1年半の間に,本件筆
記線1のように×印を書いた付近にそれ以外の記載をした容疑者は六,七人程度し
かいなかった(しかも,本件筆記線1は,Bが「口頭審理の請求」と印字された箇
所を○印で囲んだ線を途中までなぞったような書き込みである。)というのである
から,仮に原告が本件フローチャート図に書き込む際に,押し問答のような印象的
なやり取りがあったとすれば,Bにおいて,本件筆記線1についてのみ全く記憶が
ないというのは極めて不自然であるといわざるを得ない。
もっとも,前記1(6)ア,(7)イで認定した事実によれば,Bは,事前に本件供述
調書等を確認し,原告について帰国を希望しているとの認識を持って本件審査に臨
んでいたことが認められ,原告も,本件審査の際にCとの関係について述べること
はなく,Bから「口頭審理放棄」と印字された欄を○印で囲むよう言われたのに対
し,その場では特に何も言い出さなかったと供述していることが認められる。また,
上記(ア)のとおり,本邦での在留を希望する大きな動機を有していた原告が,一度は
「口頭審理の請求」と印字された箇所に○印を書きかけながら,あえて自らの意思
で即座にこれを中止し,「口頭審理放棄」と印字された箇所に○印を書き直す積極
的な理由は見いだし難い上(前記2(2)イで説示したとおり,原告は,本件フローチ
ャート図の記載内容を理解していたものと認められるから,原告が誤って「口頭審
理の請求」と印字された箇所に○印を書きかけたとも考え難い。),前記1(5)ア及
びイで認定した事実によれば,原告は,本件口頭審理放棄書に署名指印をした後も,
本件審査後に初めて行われた名古屋入管入国警備官との面接において,Cと婚姻し
たい旨述べて帰国の意思を保留し,その翌日には,本邦での在留を希望してベトナ
ムへ帰国することを拒否したことが認められる(なお,確かに,本件供述調書には,
原告が「早くベトナムに帰りたいです。」と述べた旨記載されており,また,前記
1(5)で認定した事実によれば,原告は,平成28年4月25日に帰国申請書を作成
しているが,他方で,上記のとおり同日の名古屋入管入国警備官との面接では,C
と婚姻したい旨述べて帰国の意思を保留し,翌日以降も,Cと相談したり,名古屋
入管入国警備官と面接をしながら,本邦での在留を希望してベトナムへ帰国するこ
とを拒否したり,Cと共にベトナムに行くことを検討したり,Cの病状を理由に本
邦での在留を希望したりと,摘発後,自らの将来や処遇について様々にしゅん巡し
ていたことが認められるのであるから,本件供述調書に上記記載があること等をも
って,原告が,本件口頭審理放棄の当時,ベトナムに帰国する確たる意向を有して
いたものと認めることはできないというべきである。)。
(ウ)このような事実関係に鑑みると,本件筆記線1は,原告が「口頭審理の請求」
と印字された箇所に○印を書こうとしたところ,Bにおいて,原告がベトナムへの
帰国を希望しているものとの認識の下,原告の意思に沿うように手続を進める意図
で,原告が当該箇所に○印を記載するのを制止したため,書きかけの状態で終わっ
たものであって,その後,原告は,Bの指示に従って,「口頭審理放棄」と記載さ
れた箇所に○印を記載し,「口頭審理の請求」と印字された箇所に×印を記載した
ものと推認するのが最も自然かつ合理的というべきである。そして,このように,
Bが原告の意思に反することを承知の上で意図的に誘導したものではないと解する
と,Bが,本件筆記線1について特段記憶していないことも,あながち不合理なも
のということはできず,また,「口頭審理の請求」と印字された箇所に○印を記載
したかったが,Bに制止されてしまい,それに対して異議を述べることができなか
ったとする原告の供述とも整合的であるということができる。
ウ以上で説示した点に照らすと,「口頭審理放棄」と印字された箇所に○印が
記載された本件フローチャート図及びその後に作成された本件口頭審理放棄書は,
いずれも,原告に本邦での在留を希望する大きな動機があることを看過して,口頭
審理請求権を放棄するか否か(すなわち,在留特別許可の付与を求める機会を放棄
するか否か)に関する原告の真意を十分に確認しないまま作成されたものといわざ
るを得ないというべきである。
したがって,本件口頭審理放棄は,原告の真意に基づかずにされたものであり,
本件処分は,その前提となる手続に重大な瑕疵があるものとして,違法というべき
である。
第4結論
以上の次第で,原告の請求は理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担につ
き,行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第9部
裁判長裁判官 市原義孝
裁判官 眄ナ歇
裁判官 山口貴央

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