報道等をもとに日本の裁判官の情報を収集、掲載しています。

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第4 当裁判所の判断
1 原子爆弾による被害の概要
(1) 原子爆弾の概要
ア 広島に昭和20年8月6日に投下された原爆は,ウラン235を核分裂物質
(核爆薬)として用いたものである。天然ウラン中には,連鎖反応を起こすウラン
238が99.3%,連鎖反応を起こさないウラン235が0.7%含まれており,
上記の核爆薬は,天然ウランからウラン235を90%以上に高濃縮したものであ
る。広島原爆は,砲身式(ガンタイプ)であり,2つの臨界未満の濃縮ウラン片を
火薬の爆発による推進力で急速に合体させ,核分裂連鎖反応を開始させるものであ
った(甲全5号証)。
長崎に同月9日に投下された原爆は,プルトニウム239を核分裂物質(核爆
薬)として用いたものであり,プルトニウムはウラン238を原子炉内で反応させ
て生産されたものである。長崎原爆は,爆縮式(インプロージョンタイプ)であり,
中性子発生イニシエーターの周囲に臨界未満のプルトニウム塊を配置し,更に周囲
を天然ウランで取り囲み,その外側に高性能火薬を配置して,爆縮レンズと呼ばれ
る仕組みを利用して収斂的な衝撃波によって圧縮し,核分裂連鎖反応を開始させる
ものであった(甲全5号証)。
なお,ウラン235の半減期(放射性元素の原子数が崩壊により半分に減るまで
の時間)は7.1億年,プルトニウム239の半減期は2万4360年である(乙
全32号証)。
イ 広島原爆では,核爆薬60埣飜鵤沓娃娃腓核分裂し,放出されたエネルギ
ーは,TNT火薬に換算して約15ないし16ktと推定されている。
長崎原爆では,核爆薬8埣飜鵤鵜圓核分裂し,放出されたエネルギーは,TN
T火薬に換算して約21ktと推定されている。
核爆発によって瞬間的に爆弾内に生じた高いエネルギー密度によって,核爆薬,
核分裂生成物や爆弾容器は,数百万度の超高温,数十万気圧という超高圧のプラズ
マ状態になり,灼熱の火球を出現させ,この火球から著しく高温の熱線が放出され,
また,この火球の急激な膨張によって秒速2万m以上の衝撃波が形成された(甲全
5号証,83号証の2,乙全59号証)。
ウ 原爆によって発生したエネルギーのうち,約50%が爆風,約35%が熱線,
約15%が放射線のエネルギーになったが,その概要は次のとおりである(甲全5
号証,51号証,71号証の2)。
(ア) 爆風
原爆の爆発とともに,爆発点には数十万気圧という超高圧が作られ,まわりの空
気が大膨張して爆風となった。爆風の先端は音速を超える衝撃波(高圧な空気の
壁)として進行し,その後部から音速以下の空気の流れが追いかけて移動した。爆
心地から500mの辺りで秒速280mの爆風が,爆心地から3.2劼諒佞蠅任
秒速28mの爆風が生じた。
(イ) 熱線
原爆の爆発と同時に発生した火球は,爆発の瞬間に最高数百万度に達し,爆心地
の温度は3000℃ないし4000℃に達し(鉄が溶ける温度は約1500℃であ
る。),最初の約3秒間に特に強い影響を与える熱線が放射され,爆心地から遠ざ
かるほどこの熱線は少なくなるものの,衣服をまとわぬ人体皮膚が熱線火傷を生じ
る程度の熱線(1㎠当たり2カロリー以上)が及んだのは,広島では爆心地から約
3.5劼泙如つ杭蠅任鰐鵤喚劼泙任糧楼呂任△辰拭
(ウ) 放射線
空中爆発による原爆の放射線は,爆発後1分以内に空中から放出される初期放射
線(全エネルギーの約5%)と,それ以後の長時間にわたって放出される残留放射
能(全エネルギーの約10%)の2種類に分類される。
初期放射線は,原爆さく裂時の核分裂反応の際(爆発後100万分の1秒以内)
に放出される即発放射線と,その後に核分裂生成物から放出される遅発放射線に分
けられるが,初期放射線の主要部分は,ガンマ線と中性子線である。
残留放射能には,核分裂生成物や分裂しなかった核分裂物質が,雨とともに,あ
るいはすす・塵として地表に降り注いだ結果,これらの放射性降下物が放出する放
射線と,初期放射線,特に中性子が,地面あるいは構造物を構成している原子核に
衝突することによって誘導放射化された結果,これらの放射性物質が放出する誘導
放射能とがある。
(2) 原爆投下後の広島・長崎の状況
ア 原爆の熱線によって,建造物等は全面的に着火して,大規模な火災を引き起
こし,巨大な火事嵐となって大災害につながった。着火した建物等は,続いてやっ
てくる衝撃波と爆風によって着火したまま倒壊し,屋内にいた人々をその下敷きに
し,閉じ込めるという事態も引き起こした。原爆の爆発によって,放射線や熱線に
よる直接的な被害とともに,こうした爆風による建造物の倒壊,屋内にいた人間の
下敷きなどによる閉じ込め,建物倒壊等による二次火災の発生,これらの火災によ
る焼死,火傷,さらに火災の同時多発と火事嵐に伴う竜巻の発生等によって,その
被害は著しく拡大した(甲全5号証・58頁)。
イ 広島市は,北部の山丘地帯から瀬戸内海へ流れ込む太田川の河口につくられ
た三角州にできた平野都市であり,東部と西部は丘陵が壁をつくり,南部は瀬戸内
海に面している。このような扇形の平坦な都市のほぼ中央で爆発が起きたために,
方向にはほとんど無関係に被害が全市に拡がった。被害の程度は,爆心地から遠ざ
かるにしたがってほぼ同心円状に小さくなっているが,当時の全戸数(7万632
7戸)の92%にのぼる建物が何らかの被害を受けた。全市が瞬時にして壊滅した
といっても過言ではない。
広島では,爆発後30分ころから大火となって火事嵐が吹きはじめ,その風速は
2ないし3時間後には毎秒18mに達し,午前11時から午後3時には,市の中心
部から北半分で局所的に激しい旋風が起こった。午後5時ころになってようやく軽
風になったが,この火事嵐のため,爆心地から半径約2劼留瀑發任蓮で海得るも
のはすべて燃え尽くした(乙全56号証)。
8月6日午前11時には,市の中心街の方は猛烈な黒煙と猛火がたちのぼり,爆
心地から南南東2.2劼慮羚橋付近でも,すぐその先まで火炎が近づいて来て,
進もうにも進めない状況であった(甲全3号証)。
ウ 長崎では,爆心地の東方に金比羅山が迫り,西南には稲佐山があり,両方で
逆ハの字を形づくっており,このように山が迫っているために,家屋の灰燼・全焼
地域は南北に伸びている。北方は,人家が少なかったこともあって,爆心地からほ
ぼ2劼泙任灰燼あるいは火災地域となり,南方は,家屋の全壊・半壊地域は爆心
地から2.6劼傍擇咫い気蕕貿心地から3ないし3.4劼猟杭蠍庁が所在する
丘は,県庁も含めて火災地域になった。爆心地から3.3ないし3.6劼了町は
飛び離れた全壊・半壊地域になったが,これは風頭山に到達した衝撃波の入射波と
反射波によるものと考えられる(甲全5号証・59頁)。
長崎では,火事嵐が広島の場合ほどはっきりしたものではなかったが,爆発後2
時間ほど経って火災が激しくなったころ,丘陵の間を南西の風が毎秒15mで吹き
抜け,この風は谷間の北方の人家の少ない方向へ火災を広げた。約7時間後には風
向は東に変わり,風速も落ちた(乙全56号証)。
2 放射線起因性の立証の程度について
(1) 被爆者援護法10条1項の医療給付を受けようとする被爆者は,あらかじめ
当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の同法11条1項の認定(原
爆症認定)を受けなければならない。そして,このように,行政処分の要件として
因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において被処分者
がすべき因果関係の立証の程度は,特別の定めがない限り,通常の民事訴訟におけ
る場合と異なるものではなく,その立証は一点の疑義も許されない自然科学的証明
ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生
を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通
常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要と
すると解すべきである(平成12年最高裁判決)。
(2) 原告らは,この点について,我が国が唯一の被爆国であることにかんがみ,
被爆者の負傷又は疾病については広い範囲で放射線の影響を認めるべきであること,
被爆者援護法の制定も国家補償的配慮に基づくものであること,上記の因果関係の
立証について,被爆者は一種の証明妨害に曝されている立場にあること,これらを
根拠として,被爆者の負傷又は疾病が,放射線の影響によることが否定できない場
合には,特段の事情が認められない限り,放射線起因性を肯定すべきである旨を主
張する。
そして,原告ら主張のように,被爆者援護法は,国の責任において,原爆の投下
の結果として生じた放射能に起因する健康被害が,他の戦争被害とは異なる特殊の
被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び
福祉にわたる総合的な援護対策を講じることなどを目的としており(同法前文参
照),その立法趣旨,目的には国家補償的配慮があると解され,また,被爆後長期
間を経た今日において,被爆者による放射線起因性の立証作業には相当な困難を伴
うことも否定し難いことというべきである。
しかしながら,被爆者援護法は,健康診断(同法7条),一般疾病医療費(同法
18条),保健手当(同法28条),原爆小頭症手当(同法26条),健康管理手
当(同法27条),介護手当(同法31条),医療給付(同法10条1項)などの
各種援護策を設定し,その内容に応じて支給要件を定めているところ,健康管理手
当や介護手当の支給要件においては,支給の対象となる疾病や障害につき,「原子
爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。」として,
放射線との間の因果関係の程度を明示的に軽減する規定を置いているのに対し,医
療給付においては,かかる規定を設けておらず,このような被爆者援護法の構成や
規定内容に照らすと,被爆者援護法は,医療給付における放射線起因性の要件につ
いて,その立証の程度を軽減する趣旨を含むものと解するのは困難というべきであ
る。
したがって,被爆者援護法は,医療給付の支給については,上記のとおり放射線
と負傷又は疾病の間の因果関係について高度の蓋然性を認めることができる程度の
立証を必要としているものと解すべきであり,原告ら主張にかかる上記の諸事情は
具体的な因果関係の認定作業にあたって考慮に入れることとするのが相当と解され
る。
(3) ところで,前記前提事実欄に記載したとおり,被告厚生労働大臣が原爆症認
定を行う場合には,被爆者援護法11条2項により原則として医療分科会の意見を
聞かなければならないとされており,同分科会においては,平成13年5月25日
に策定された審査の方針に基づいて放射線起因性の有無を判断しているところ,原
告らは,審査の方針の合理性を争うので,以下これについて検討する。
3 放射線起因性の判断基準の合理性について(争点(1) ア)
(1) DS86について
広島・長崎の原爆被爆者に対する被曝線量の推定に最初に用いられたのは,アメ
リカ合衆国のネバダにおける核実験データを基に定式化されたT57D(1957
年暫定線量)であったが,ネバダの核実験データをそのまま広島・長崎に適用する
のは適当でないため,広島・長崎の放射線量評価のためにICHIBANプロジェ
クトと称する実験が行われ,ネバダの砂漠に建てられた高さ約500mの鉄塔に裸
の原子炉やコバルト60線源を設置して,周辺への放射線伝播の測定が実施された。
この結果を基にT65D(1965年暫定線量)と称する被曝線量の評価方式が作
成されて用いられるようになった(甲全5号証,31号証,乙全102号証)。
1970年代後半になってT65Dに対する疑問が生じたことから,昭和61年
(1986年)に,「1986年放射線量評価システム」(DS86)という線量
評価方法が作成された。DS86の計算手法やその結果は次のとおりである。
ア ソースターム
(ア) 爆発する原爆の表面から放出される粒子や量子の個数,及びそのエネルギー
や方向の分布(これを「ソースターム」ないし「線源項」という。)は,ロスアラ
モス国立研究所とローレンス・リバーモア研究所において,地下核実験のデータ解
析用のコンピュータ・プログラムを用いて計算された。なお,ソースタームに関し
ては,計算の元となったデータについては軍事機密のため公開されず,日本側に示
されたのはその計算結果だけであった。
なお,広島原爆は,砲身式の構造を反映してその方向によって放射線の放出量が
異なり,しかも核分裂時の爆弾の方向が,東北東に鉛直より約15度傾いた姿勢で
あった点も考慮された。一方,長崎原爆は,爆縮式の構造から放射線はほぼ等方に
放出されたと考えられた。
(イ) 広島原爆に関しては,実際に投下された爆弾の複製(レプリカ。砲身を短く
した点と核分裂物質を減らして使用した点において,実物の爆弾と異なる。)を用
いて,臨界を引き起こす距離と,放射線放出角度ごとのフラックス及びスペクトル
が実測され,ソースタームの計算値の検証が行われたが,弾頭方向は胴体部分に比
べ一致の程度が低かったものの,計算値と測定値は概ね±20%の誤差範囲内で一
致した。
長崎原爆に関しては,長崎型の原爆による大気圏内核実験により,その計算評価
の正当性が立証された。
(ウ) ソースタームの中性子のエネルギー分布は,広島原爆では,0.3ないし0.
6MeVあたりにピークがあるのに対し,長崎原爆では,爆縮用の火薬によって中性
子が強く減速・吸収されたために,0.2ないし0.3keVあたりにピークが移っ
ている(甲全5号証,乙全59号証,67号証)。
イ 伝播計算
原爆の表面から放出された放射線が空中を伝播して地表に到達するまでの伝播計
算は,爆心(広島では地上580m,長崎では503m)を通る鉛直線を軸に円筒
座標をとり,垂直方向は地下50僂ら地面までを21の層に,地面から上空15
00mまでを78の層に区切り,水平方向は爆心地(原爆の爆発点の真下の地上の
点)から2812.5mまでを,爆心地から100mまでは3mないし17m間隔
の14区間,それより遠方は25m間隔の106区間,合計120の円筒形のリン
グの区画に区切って数値計算が行われた。
中性子線の伝播の計算では,水素の原子核すなわち陽子の存在が大きな影響を与
えることから,大気及び地面における水分量の推定が重要となるが,この水分量の
推定には,広島気象台(爆心地の南南西3.6辧砲慮暁投下の日の午前8時に測
定した湿度80%と,長崎海洋気象台(爆心地の南南西4.5辧砲慮暁投下の日
の午前11時の記録湿度71%が,いずれも空間領域で相対湿度一定であるとして
用いられた。
上記の計算によって得られた推定放射線量は,主として日本の科学者によって当
時までに得られていた測定値(ガンマ線については熱ルミネッセンス法によるもの,
中性子線についてはリン32,コバルト60,ユーロピウム152等の測定による
もの)と比較検討された(甲全5号証,乙全14号証)。
ウ 家屋及び地形による遮蔽の効果
日本家屋による遮蔽の効果については,典型的な日本家屋として6家屋集団と長
屋集団の2種類のコンピュータモデルを作り,6家屋集団の屋内の21か所と,長
屋集団の屋内の40か所の点を選んで,爆心地に対する16方向について合計97
6種類の遮蔽状態を考え,これら976か所について,コンピュータで粒子追跡計
算を行って家屋遮蔽の効果を求めた。
戸外にいた被爆者に対する遮蔽の効果については,家屋集団の戸外26か所と,
丘によって遮蔽された10か所を選び,4つの距離と8つの方向と2つの土地に対
して,コンピュータにより計算して遮蔽の効果を求めた(乙全40号証)。
エ 臓器線量測定
各臓器に対する放射線の影響は,皮膚表面から入射して各臓器に達するまでの人
体自身による放射線の吸収量を考慮する必要があり,放射線の吸収量が計算できる
ように模式化された年齢に応じた3種類の人体モデルを作成し,被曝した際の状態
(寝ていたか,座っていたか,立っていたか)や被曝の方向に応じて,15の臓器
(赤色骨髄,膀胱,骨,脳,乳房,目,胎児/子宮,大腸,肝臓,肺,卵巣,膵臓,
胃,睾丸及び甲状腺)を対象として各臓器線量の計算を行った(乙全14号証,4
0号証)。
オ データベースの概要
DS86は,コンピュータによる上記のような計算の結果得られた,自由空間デ
ータベース,家屋遮蔽データベース,臓器遮蔽データベースを備えている。
自由空間データベースには,爆心地からの距離別(100mから2500mまで
25m毎の区間),エネルギー別(中性子37群,ガンマ線21群),角度別(2
40群)に,即発及び遅発中性子と,即発及び遅発ガンマ線別のフルエンスが保存
されている。
家屋遮蔽データベースには,家屋内976地点,戸外で家屋により遮蔽1920
地点,地形遮蔽640地点に対する粒子追跡結果及びそれを被爆者個人の遮蔽情報
に対応するように平均したものが保存されている。
臓器データベースには,15の臓器に対して,年齢別(3群)及び体位別に計算
された粒子追跡結果が保存されている。
DS86を用いて特定の被爆者について所要の線量を得るためには,被爆者の市
及び爆心地からの距離を入力して,被爆者の位置における自由空間の放射線場を出
力し,次に被爆者の遮蔽状況を入力して遮蔽フルエンスを出力し,また,年齢,性,
体位の入力により特定臓器の吸収線量等所要の情報を出力することができる(乙全
40号証)。
(2) DS02について
1990年代に入って,コバルト60やユーロピウム152の実測値がDS86
の計算値と合わないという問題を契機として,新たな原爆放射線量評価システムと
してDS02がまとめられた。
DS02においては,DS86で用いられた計算システムのうち,ソースターム
(線源項)及び輸送計算が全面的に入れ替えられ,遮蔽計算では,広島の比治山,
長崎の金比羅山等による地形の影響がモデル化され,広島の学校校舎や長崎の工場
等の建物モデルが追加された(乙全102号証)。その具体的な内容は次のとおり
である。
ア ソースタームの計算
DS02では,広島原爆の出力と爆発高さが16ktと600m(DS86では1
5kt,580m)に変更された。長崎原爆については出力21kt,爆発高さ503
mでDS86のままである。
即発線源項の計算については,出力計算の際に入力された爆弾の構造について,
DS86では,計算機能力の都合上,爆弾の尻尾の構造は省略されたが,DS02
では尻尾の構造を含めたフルモデルを基に計算された。計算結果は,中性子199
群,ガンマ線42群の爆弾放出エネルギースペクトルで与えられ,円筒形である広
島原爆については,さらに鉛直方向角度に40分割され,各角度領域ごとのデータ
が計算された(DS86では,計算結果は,中性子38群,ガンマ線20群,広島
原爆の鉛直方向角度20分割であった。)。DS02で計算された中性子スペクト
ル方向分布は,DS86に比べ,計算精度がよくなった分,なめらかな方向分布が
得られたが,基本的な形に大きな変化はない。
遅発線源項の計算については,爆発から30秒後までを,中性子については12
区分,ガンマ線については18区分の時間区分に分け,それぞれの区間ごとに線源
項を決めた(乙全102号証)。
イ 大気・地上系長距離輸送計算
DS02による輸送計算においては,DS86と同様に円筒座標を採用したが,
そのメッシュについては,垂直方向につき地下50僂ら地上2000mまでを1
10の層に区切り(DS86では78の層),水平方向につき爆心地から3000
mまでを130(DS86では120区画)の区画に区切り,DS86より細かな
メッシュが採用された。
また,即発放射線について,中性子のエネルギーを199群(DS86では46
群),ガンマ線では42群(DS86では22群)に分類し,遅発放射線について,
中性子のエネルギーを174群(DS86では46群),ガンマ線では38群(D
S86では22群)に分類し,細かなメッシュの採用と合わせて,DS86より精
度の高い計算が行われた(乙全102号証,113号証(上))。
ウ DS02とDS86の計算結果の比較
(ア) 広島原爆の線量の比較(Robert T.Santoroほか「広島および長崎における放
射線の輸送計算」〔DS02報告書〕,乙全113号証(上))
広島における中性子線量を比較すると,爆心地から0ないし2500mの間で約
±10%異なり,0ないし300m及び2000ないし2500mの間でDS02
の計算値がDS86の計算値より小さく,300ないし2000mの間ではDS0
2の計算値がDS86の計算値より大きい。
ガンマ線量について比較すると,二次ガンマ線量は,いずれの距離においてもD
S02の計算値がDS86の計算値よりも小さく,一方,一次ガンマ線量は,爆心
地から約1200m以遠でDS02の計算値の方がDS86の計算値よりも20%
ほど大きい。
上記の線量の差の原因について,上記論文の著者は,々島の爆弾の中性子及び
ガンマ線源のエネルギー及び角度,速中性子(3MeV以上)の非弾性散乱の増大,
C翊度のエネルギー(0.5〜1.0MeV)の中性子の前方散乱の増大,ぃ庁
02において爆発高度を580mから600mに上昇させたこと,ィ庁咤娃欧砲
いて出力を15ktから16ktに変更したことが考えられるとの所見を述べている。
(イ) 長崎原爆の線量の比較(Robert T.Santoroほか「広島および長崎における放
射線の輸送計算」〔DS02報告書〕,乙全113号証(上))
長崎における中性子線量を比較すると,爆心地から0ないし1500mの間でD
S02の計算値がDS86の計算値より約10ないし20%小さく,2500mで
ほぼ40%低くなる。
ガンマ線量について比較すると,二次ガンマ線量は,いずれの距離においてもD
S02の計算値がDS86の計算値よりも若干低く,一次ガンマ線量は,爆心地か
ら約1500m以遠でDS02の計算値がDS86の計算値より20%ほど大きい。
上記の線量の差の原因について,上記論文の著者は,広島における差異の原因と
類似しているが,長崎についての重要な追加事項は,DS02で計算された中性子
・ガンマ線漏洩スペクトルが,DS86の爆弾漏洩スペクトルと比較して,より高
いエネルギーまで,またより遅い時間の中性子捕獲にまで拡大されていることであ
り,これにより,広島の漏洩スペクトルの場合より大きな増加が見られることとな
ったとの所見を述べている。
(ウ) 総カーマ線量の比較(Robert W.Youngほか「DS86と比較したDS02の
自由場中性子およびガンマ線量」〔DS02報告書〕,乙全113号証(下))
もっとも,広島と長崎の爆心地から2500mの範囲内において,総中性子・ガ
ンマ線空気中カーマ線量を比較すると,DS02の計算値とDS86の計算値の差
は10%未満である。
なお,爆心地から1000ないし2500mの範囲(ほとんどの被爆者がこの範
囲で被曝している。)を比較すると,広島では,DS02の計算値はDS86の計
算値よりも平均して7%大きく,長崎では,平均して9%大きい。
上記論文の著者は,上記の総カーマ線量の平均値にはDS02とDS86の各計
算値に有意な差がないことを示しているとの所見を述べている。
(3) DS86及びDS02の計算値と実測値との比較
ア 熱中性子線について
(ア) DS02策定以前の測定結果について
a 広島原爆について(甲全5号証,102号証)
熱中性子によって誘導放射化される物質として,ユーロピウム152,塩素36
及びコバルト60等があるが,DS86発表の後に,広島において,熱中性子線の
実測値測定として,熱中性子によって誘導放射化されたユーロピウム152,塩素
36及びコバルト60の測定が行われた。
澤田教授は,静間清博士らや中西らによるユーロピウム152の測定結果を基に
して,DS86による計算値は700mないし1000mの範囲では測定値に比し
て全体としては傾斜が急で,そのため近距離でやや過大評価であり,約1000m
以遠では過小評価に転じており,とくに1000m以遠での不一致は顕著であると
の意見を述べている。
澤田教授は,これらの測定値と,距離と減衰割合に関する理論式を基に,カイ2
乗フィットによる解析を行ったところ,爆心からの距離が600mから800m辺
りまでは推定線量より実測値の方が小さいものの,900mを超えると推定線量よ
り実測値が大きくなり,1500mでは推定線量が実測値の10分の1に,180
0mでは推定線量が実測値の100分の1になるという結果が得られた。
また,澤田教授は,ユーロピウム152と塩素36は,バックグラウンドの影響
を受けることから,遠距離までの比較はコバルト60の1800m付近の実測値と
の比較が重要であるとして,コバルト60の実測値に基づいて,カイ2乗フィット
による解析を行ったところ,爆心地からの距離が700mまではDS86の計算値
の方がやや大きく,900mを超えると推定線量より実測値が大きくなり,150
0mでは推定線量が実測値の約14分の1に,2000mでは推定線量が実測値の
約167分の1になるという結果が得られた。
b 長崎原爆について(甲全5号証,102号証)
DS86発表の後に,長崎において,ユーロピウム152及びコバルト60の測
定が行われたが,これらの測定値について,上記と同様にカイ2乗フィットによる
解析を行ったところ,爆心からの距離が近い場合には,DS86の計算値と実測値
がほぼ一致したものの,1000mを超えると推定線量より実測値が大きくなり,
遠距離になるに従ってその乖離の程度はゆっくり広がっていくという結果が得られ
た。もっとも,この解析は爆心から1100mをやや越えた距離までの実測値を基
にしたものである。
平成14年(2002年)に発表された静間清博士ほかによる論文(「長崎にお
ける原爆中性子によって誘導された残留コバルト60の測定と環境中性子によるバ
ックグラウンドへの寄与」,甲全32号証の1・2)においても,コバルト60の
測定値に基づく解析の結果,ほぼ同様の結論が得られている。なお,同論文では,
爆心から1100mを超える部分は利用できるデータがないために明確になってい
ない旨が述べられている。
なお,澤田教授は,平成16年11月15日付け意見書(甲全102号証)にお
いて,コバルト60の実測値を基にカイ2乗フィットによる解析を行ったところ,
爆心地から1300mの距離では実測値がDS86の計算値の約4.2倍に,25
00mの距離では実測値が推定線量の約172倍になる旨を述べて,遠距離におけ
る測定試料が得られにくく明確な結論を導くことはできないとしつつも,中性子に
関するソースタームの計算に疑問が残る旨を述べている。
(イ) DS02策定の際に検討された測定値について
a ユーロピウム152の測定について(小村教授ほか「広島試料中のユーロピ
ウム152の極低バックグラウンド測定」〔DS02報告書〕,乙全113号証
(中))
小村教授らは,平成10年(1998年)に,以前に行われたユーロピウム15
2の測定が妥当であったかどうかを検証するために,静間清博士らが作成してすで
に測定された広島の17試料と長崎の7試料の再測定を行った。
その際,測定試料の量を増やし,検出器の感度を上げた上,バックグラウンドを
減らすために水深270m相当の尾小屋地下測定室に検出器を運び入れて(甲全8
4号証の1・資料39参照),従前の測定よりも100倍以上の精度でユーロピウム
152から放出されるガンマ線(344keV)の測定を行ったところ,ユーロピウ
ム152の実測値から推定される放射線量はDS86やDS02とよく合致すると
いう結果が得られた。もっとも,爆心から1200mとか1400mの試料の測定
値は,その誤差範囲内にDS86やDS02の計算値を含んでいるものの,同計算
値よりもやや高い実測値となっている。長崎の試料については爆心から0.6勸
遠のものからはユーロピウム152に特徴的なガンマ線(344keV)は検出され
なかった。
なお,小村教授らの測定によれば,広島の爆心から1177mの地点になると,
その試料のガンマ線スペクトルを見ても,ユーロピウム152に特徴的なガンマ線
(344keV)のピークが顕著でなくなるし(甲全84の1・39頁,乙全113号
証(中)・207頁Figure1参照),静間清博士らも,地上距離1050mではガンマ
線スペクトルがほとんど検出限界となるから,地上距離約1000m以遠のデータ
では系統的ずれの議論に用いるのは困難であるとの意見を述べており(乙全113
号証(中)・107,108頁),こうしたことからすれば,とりわけ爆心から1勸扮鵑
測定については,バックグラウンド等の誤差要因をよほど慎重に取り除かない限り
データとしての信頼性が失われるといえる。
b コバルト60の測定について(George D.Kerrほか「コバルト( Co)の測 60
定」〔DS02報告書〕,乙全113号証(中))
DS86が策定されたころの時点において,DS86による熱中性子線の計算値
と,コバルト60の実測値に基づく値とを比較すると,爆心地から約1500m以
遠において熱中性子線量が過小推定されているとの指摘がなされていた。
その後,広島・長崎のコバルト60の測定値が検討され,放医研の1965年の
測定に基づいて以前に発表されたデータに若干の修正が加えられ,すべてのコバル
ト60の測定値の地上距離が再検討されるとともに,可能な限り試料の座標を広島
・長崎の新しい都市地図に合わせて変換することにより新しい地上距離が決定され
た。また,コバルト60の測定に用いられたいくつかの試料について透過係数(地
上距離Rにおける地上高度hでの遮蔽又は非遮蔽試料における放射化測定値と,同
じ地上距離Rにおける地上1mでの小さい空中非遮蔽被曝試料における放射化測定
値の比)が調べられた。
DS02報告書は,地上距離約1300m以内のコバルト60測定値とDS02
に基づく計算値とは,一つの例外を除いて全体的によく一致したと結論づけている。
なお,小村教授は,爆心から1300m以遠のコバルト60の試料を,上記のユ
ーロピウム152の測定と同様に低バックグラウンドの環境下で測定しており,そ
の結果,DS86及びDS02の計算値を上回るデータが出ている。このことは,
.如璽燭亮┐晃躡紅楼呂DS86及びDS02の計算値を含んでいること,⊂
村教授が,バックグラウンド線量が低いことによる利点は以前に測定された試料中
のコバルト60の放射性崩壊により一部相殺されたとの意見を述べていること,
DS02報告書において,広島の地上距離1300m以遠では,試料の線量カウン
トと検出器のバックグラウンド線量とを区別する際に問題があるようであるとの意
見が述べられていることを考慮しても,1300m以遠においてはDS86ないし
DS02の熱中性子線の計算値が実測値より低い可能性を示唆するものといえる。
c 塩素36の測定について
(a) Tore Straume ほか「広島・長崎で採取された鉱物試料中の Clの米国での 36
測定」〔DS02報告書〕(乙全113号証(中))
花崗岩及びコンクリート(コンクリート表面を除く)中の塩素36の測定が,
Lawrence Livermore研究所加速器質量分析センター,Purdue大学PRIME研究室,ロチ
ェスター大学の3つのAMS施設(AMSとは,「加速器質量分析法」すなわち特
定の原子核の個数を直接数えることによって目的の同位体(放射性核種)を測定す
る方法のことをいう。)で行われた。これらの施設には,それぞれ通常塩素原子1
0 個当たり塩素36原子数個という検出限界がある。 15
その結果,広島で放出された中性子によりコンクリート中に生じた塩素36を検
出できる限界は,爆心地から約1500mの距離であること,塩素36原子と通常
塩素原子の比( Cl/Cl比)がバックグラウンドと鑑別不可能になる距離まで 36
DS86ないしDS02と一致するとの結論が得られた。
また,同論文の著者は,従前測定された爆心地から1400m付近における塩素
36の放射化測定値(Straumeら1992年)が,DS86の計算値より高い値を
示した原因は,表面セメント(深部のコンクリートよりも高いバックグラウンドを
示す)が使用されたことに由来するとの所見を述べている。
(b) 長島泰夫ほか「ドイツにおける Clの測定」〔DS02報告書〕(乙全1 36
13号証(中))
ドイツのミュンヘンのAMS施設においては,DS86の計算値との不一致が報
告された地上距離約1300mの地点の試料に重点をおいて測定がなされた。表面
付近の花崗岩及びコンクリート試料についての Cl/Cl比を測定したところ, 36
爆心から直線距離約1300m以遠においては,宇宙線並びにウラン及びトリウム
の崩壊を原因として生成される塩素36が,大きな影響を与えることが確認された。
(c) 長島泰夫ほか「日本における Clの測定」〔DS02報告書〕(乙全11 36
3号証(中))
筑波大学のAMSシステムにおいて,花崗岩試料の塩素36の測定が行われたが,
爆心地から1100m付近までは,DS02の計算値と測定地はよく一致している
こと,バックグラウンド測定用の非被曝花崗岩の Cl/Cl比の測定値に照らす 36
と,爆心地から1100m以遠における試料の塩素36の測定が困難であることが
確認された。
(ウ) 熱中性子線についての検討
a 澤田教授らは,広島原爆において,DS86の計算値は,爆心地から150
0m以遠では実測値の10分の1ないしはそれ以上に過小評価しており,爆心地か
ら1800mないし2000m以遠では実測値の100分の1ないしはそれ以上に
過小評価しているとの所見を述べている。
しかし,DS02策定の際に行われた測定によれば,上記のとおり,.罅璽蹈
ウム152については,爆心地から1000m以遠になるとバックグラウンドのた
めにほぼ検出限界となり,小村教授らがバックグランドを可能な限り取り除いて測
定したところ,DS86やDS02の計算値は実測値と合致し,▲灰丱襯硲僑阿
ついては,爆心地から1300m以内において,DS86やDS02の計算値は実
測値と合致したが,1300m以遠においては同計算値が実測値より低い可能性が
残されている,1素36については,爆心地から1100mないし1500m以
遠になるとバックグラウンドのためにほぼ検出限界となり,それよりも近距離にお
いては,DS86やDS02の計算値は実測値と合致したという結果が得られてい
るのである。
そうすると,爆心地から1000mないし1500m以遠になると,バックグラ
ウンドのためにほぼ検出限界となってしまう程度に,原爆による熱中性子線量が小
さくなるのであり,それより近距離ではDS86やDS02の計算値は実測値と合
致しているといえる。
澤田教授らは,カイ2乗フィットによる解析を基に,遠距離におけるDS86の
計算値と実測値との乖離を指摘しているが,カイ2乗フィットによる解析を行うに
は,測定値に正確性があることと,当てはめる理論式に正当性があることが前提と
なる(甲全84号証の1・26頁)。上記のとおり,爆心地から1000mないし1
500mより近距離のデータのみが一定の正確性を備えており,それ以遠のデータ
はバックグラウンドのために検出限界となってしまうことや,原爆放射線の距離に
応じた減衰状況を表す澤田教授らの理論式も,関係学会や学者間で確立されたもの
とはいえない状況であるから,澤田教授らのカイ2乗フィットによる解析結果は,
DS86の計算値が遠距離において実測値と乖離している可能性を指摘するという
限度では評価できるとしても,現時点の証拠関係からすれば,これを基に,DS8
6の計算値が遠距離において澤田教授らが指摘する程度に実測値と乖離していると
いう事実を認めるには足りない。
b 長崎原爆においても,上記と同様のことがいえる。なお,長崎原爆において
は,爆心地から約1100mまでの範囲で実測値が得られているにすぎず,DS0
2策定により見直しがなされる以前のデータに照らしても,爆心から1100mま
での範囲では概ね推定線量と一致している状況であった。澤田教授自身も,「広島
・長崎原爆被害の実相」(甲全5号証・103,104頁)において,「まだ,(爆心地
から)1130mまでの測定結果しか得られていないため,ゆっくり減少する成分
は,カイ2乗解析によってもその存在を明確にはできないが,存在するとして矛盾
はない。」と述べるにとどまっている。
イ 速中性子線について
(ア) リン32の測定について
硫黄32の原子核は,速中性子線の衝突によりリン32の原子核に変わるが,リ
ン32は半減期が14.3日と短いため被爆直後に測定しなければならない(甲全
102号証・20頁)。
実際に,被曝直後にリン32が実測され,広島の原爆が爆発した際の垂直に対す
る爆弾の傾きを考慮に入れて再計算するなどした結果,爆心地から数百m以内の距
離では,DS86の計算値と実測値との間に大きな隔たりはみられなかった
(William E.Loeweほか「中性子フルエンスの測定」,甲全26号証・191,192頁)。
なお,同文献の著者は,それ以上の距離においては,DS86の計算値と実測値が
一致しているかどうかを判断するには測定値の誤差が大きすぎるとの所見を述べて
いる。
DS02策定の際に,リン32の測定値が再評価され,試料の位置の修正等がな
されたが,その結果も,爆心地近く(爆心地からの地上距離で500mくらいまで,
爆心からの距離で800mくらいまで)において,DS86ないしDS02の計算
値と実測値がよく一致しているとの結論に至っている(Stephen D.Egbertほか「測
定値と計算値の図による比較」〔DS02報告書〕,乙全113号証 (下 )・
122,123頁)。
一方,澤田教授は,リン32の測定値の結果について,近距離でやや過大評価,
遠距離では過小評価になる傾向が認められたとの所見を述べている(甲全5号証,
102号証)。
(イ) ニッケル63の測定について
a AMSによる測定について(T.Straumeほか「広島の原爆生存者における距
離の関数としての高速中性子の測定」,乙全43号証の1・2,T.Straumeほか
「速中性子測定」〔DS02報告書〕,乙全113号証(中))
銅63の原子核は,速中性子線の衝突によりニッケル63の原子核(半減期10
0年)に変わるが(この反応の95%が1.5MeVを超える中性子による。),ス
トローメらは,平成15年(2003年),加速器質量分析(AMS)を用いて,
広島の爆心地から380mないし5062mの距離にある銅サンプル中のニッケル
63を実測したところ,測定された各試料の爆心地からの地上距離と,各試料の銅
1g当たりのニッケル63の測定値は,次のとおりとなった。
380mの地上距離で,400±40×104
949mの地上距離で,44±14×104
1014mの地上距離で,26.5±2.7×104
1301mの地上距離で,11.0±1.4×104
1461mの地上距離で,10.3±1.7×104
1880mの地上距離で,7.3(+2.6,−2.1)×104
5062mの地上距離で,7(+8,−5)×104
上記結果をもとに,約1800mを超えると,上記測定値が一定のバックグラウ
ンド(宇宙線,サンプル処理,AMS測定によるニッケル63生成の組合せから生
じたもの)の値に近づいていると判断し,上記Φ擇哭Г梁定値の「重みつき平均
(7.3×10 )」をバックグラウンドとして差し引き,昭和20年からの時間 4
の経過に伴う補正を行ったところ,,覆い鍬イ了醂舛砲弔い討粒道醂舛瞭治隠臈
たりのニッケル63の重量は,次のとおりとなった。
380mの地上距離で,580±50×104
949mの地上距離で,54±20×104
1014mの地上距離で,28±5×104
1301mの地上距離で,5.4(+4.1,−3.4)×104
1461mの地上距離で,4.5(+4.5,−3.8)×104
これらの値をDS86の計算値と比較したところ,900mから1500mの範
囲で,DS86の計算値とよく一致するという結果が得られた。DS02報告書で
は,約1800m以遠の見かけ上一定の「バックグラウンド」については依然とし
て完全には理解されていないが,試料処理を含む線源,AMS装置及び宇宙線によ
る試料内のニッケル63生成に起因すると考えられるとの意見が述べられている
(乙全113号証(中)・288頁)。また,小佐古教授は,ストローメのバックグラ
ウンドの導出方法について肯定的な意見を述べ(甲全84号証の1・23,24頁),
ニッケル63による測定は爆心地から1400mくらいの距離からデータとして苦
しくなるとの意見を述べている(甲全84号証の2・36頁)。
一方,澤田教授は,ストローメらの測定結果を前提としても,爆心地から近距離
の領域ではDS86の計算値が実測値より過大評価であり,遠距離になるに従って
逆に過小評価になる傾向がうかがわれること,1880mの実測値をそっくりバッ
クグラウンドに採用することは,はじめからこの地点の中性子線量をゼロと仮定す
ることになること,上記Г了醂舛砲弔い禿按貪に精度のよい測定結果を求めれば,
バックグラウンドの評価として適切な値が得られたと考えられること,これらの意
見を述べている(甲全102号証・22,23頁)。
b 液体シンチレーション法による測定について(柴田誠一ほか「液体シンチレ
ーション法によるニッケル63の測定」〔DS02報告書〕,乙全113号証
(中))
柴田らは,広島の爆心から1501m及び1550mの距離(爆心からの直線距
離)から得た銅試料(雨樋)を用いて,ニッケル63から放出されるベータ線を液
体シンチレーション法により測定し,ブランク試料の測定値や上記AMS測定によ
って得られたバックグラウンド値を基にした補正を行うとともに,昭和20年8月
からの時間経緯に伴う補正を行ったところ,1501mの距離から得た試料につい
て,銅1g当たりのニッケル63の重量は7.97±3.58×10 となるとの 4
結果が得られた。
爆心からの直線距離1501mは,爆心地からの地上距離約1375mに相当し
(爆発高度を600mとして,計算式:√(1501 −600 )により計算),ス 2 2
トローメらの上記測定値い鉢イ隆屬飽銘屬垢襪ら,液体シンチレーション法によ
る測定値(補正後のもの)は,AMSによる測定値(補正後のもの)より,やや大
きい値となっているといえる(乙全113号証(中)・305頁図3参照)。この点に
ついて,上記DS02報告書においては,ニッケル63生成に対するバックグラウ
ンドなど解明すべき点はまだ残されているが,液体シンチレーション法により得ら
れた結果とAMSによる結果とはよく一致したとの所見が述べられており,小佐古
教授は,液体シンチレーション法は,AMSなどの厳密な測定法に比べると相当感
度が落ちるから,その測定結果には余り重きを置いていないと述べている(甲全8
4号証の2・36,37頁)。
(ウ) 速中性子線についての検討
速中性子線は,被曝直後に行われたリン32の測定では爆心地から地上距離で5
00mくらいまで,その後に行われたニッケル63の測定では爆心地から地上距離
で1500mくらいまでの範囲で,近距離では過大評価,遠距離では過小評価とい
う傾向があることは否定できないものの,概ねDS86ないしDS02の計算値と
の一致があったといえる。爆心から約1500mの試料についてなされた液体シン
チレーション法による測定結果が出ているが,この測定結果とAMSによる結果と
の間にそれほど大きな乖離はないし,同測定結果よりもAMSの方が精度が高いと
認められるから,概ねDS86ないしDS02の計算値との一致があったといえる
ことに変わりはない。
なお,澤田教授は,ストローメらによるバックグラウンドの導出方法についての
問題点を指摘するが,爆心地から1880mにおける測定値と5062mにおける
測定値がわずかしか違わないから,将来においてバックグラウンドを見直すことが
できるような更なる精密な測定データが得られればともかく,そうした精密な測定
データが得られていない現状において,その距離範囲における現時点での実測値を
基にバックグラウンドを導出することが不合理とはいえない。
ウ ガンマ線について
(ア) 広島原爆について
a 長友教授らが,平成4年(1992年)に,広島の爆心地から2.05劼
おけるガンマ線量を熱ルミネッセンス法によって瓦のサンプルから測定し,2.4
5劼納集した瓦のサンプルもバックグラウンド評価の信頼性を検証するために解
析したところ,2.05劼竜離に対する結果は5枚の瓦についての測定値の平均
で129±23mGy(ミリグレイ)であり,この値は,対応したDS86の計算値
より2.2倍大きいとの測定結果を得た(甲全28号証の1・2)。
b 長友教授らは,平成7年(1995年)に,広島の爆心地から1591mな
いし1635mのビルディング(郵便貯金局)の屋根の5か所から収集した瓦の標
本を用い,熱ルミネッセンス法によって広島原爆からのガンマ線カーマを測定した
ところ,組織カーマの結果は,DS86の評価より平均して21%(標準誤差は4.
3%ないし7.3%)多いという測定結果を得た。その上で,長友教授らは,現在
のデータと報告されている熱ルミネッセンス法による測定の結果は,測定されたガ
ンマ線カーマはDS86の計算値を約1.3劼把恐瓩兄呂瓠い海良坩戝廚狼離と
ともに増加することを示唆しており,この不一致は,DS86の中性子のソース・
スペクトルに誤りがあることに原因がある旨の所見を述べている(甲全30号証の
1・2)。
c 星教授らが,平成元年(1989年)に広島の爆心地から1909mの地点
で測定したガンマ線量の2つの実測値は,それぞれDS86推定線量の2.0倍及
び2.1倍であった(甲全29号証)。
d DS86の報告書(原爆線量再評価)の4章においても,「すべての研究所
の結果で,1000m以遠において,計算値に対して測定値の方が大きいのは全く
明白である。すなわち,28の測定中24が,計算値を越える。」「1000mを
越える範囲は被爆者数の点で重要な対象地域であるので,上記の結果からパラメー
タの訂正を行った方がよいと判断する。」と記載され(甲全29号証),実測値と
の間の乖離を認めている。
e 澤田教授は,これらの測定値を基に,熱中性子線の場合と同様にカイ2乗フ
ィットによる解析を行ったところ,DS86の計算値と比較して,その乖離の程度
は統計学的に排除される大きな値となるとの所見を述べている(甲全5号証・104
頁)。
(イ) 長崎原爆の場合
長崎においても,DS86作成以後にガンマ線量が実測されたが,澤田教授が,
これらの測定値を基にカイ2乗フィットによる解析を行ったところ,DS86の計
算値と比較して,その乖離の程度は統計学的に排除されず,ほとんど一致した(甲
全5号証・104頁)。
(ウ) DS02策定の際のガンマ線の検討(丸山隆司ほか「熱ルミネッセンス測
定」〔DS02報告書〕,乙全113号証(中))
熱ルミネッセンス法(TL法)は,考古学で使用される年代測定法に用いられる
ものであり,その基本的考え方は,陶器類の焼成によりTL時計がゼロにリセット
され,その後に経過した年数の間に,陶器類の材料の粘土及びその中にある自然放
射性物質から,あるいは陶器類が捨てられるなどして土中に埋められた場合もその
自然放射性物質から,それぞれ放出される低レベルの電離放射線により,ある一定
の割合でトラップされた電子の集団が生成されてTLエネルギーが蓄積され,これ
を測定するというものである。広島・長崎のレンガやタイルでは,1945年に原
爆からの放射線によるTLエネルギーが蓄積されたが,自然放射性核種によるバッ
クグラウンドのTLエネルギーの蓄積も加わっているから,TL法を用いて原爆の
ガンマ線量を測定する際には,爆心地から遠距離のガンマ線量が低くなる地域にお
いては,特にそのバックグラウンドの評価が重要となる。
DS02策定に当たって,広島・長崎両市におけるガンマ線量測定値の再評価が
行われたが,ガンマ線量測定に用いられた試料の合計推定バックグラウンド線量は,
約0.1ないし0.33Gyの範囲にあるとの結果が得られた。これに対応する原爆
の合計ガンマ線量計算値の地上距離は,広島では0.1Gyで約1900m,0.3
3Gyで約1600mであり,長崎では0.1Gyで約2100m,0.33Gyで約1
800mであるから,上記論文の著者は,バックグラウンドにおける不確実性は,
広島では約1500m以遠,長崎では約1700m以遠において,正味線量測定値
の不確実性の主要な寄与因子となり得るとの所見を述べている。
(エ) ガンマ線についての検討
広島原爆におけるガンマ線については,従前,爆心地から1300m以遠におい
てDS86の計算値より実測値が大きくなり,1900mないし2000mの距離
では,実測値がDS86の計算値の2倍を超える乖離が生じているとの指摘がなさ
れていたところ,その後,バックグラウンドの値をより精密に測定した結果,広島
では約1500m以遠においては,バックグラウンドの値と正味線量測定値が同程
度となって,正味線量測定値の不確実性の主要な寄与因子となり得ることが判明し
たものであるから,従前から指摘されていた1300m以遠で徐々に拡大していく
DS86の計算値と実測値との乖離状況については,バックグラウンドによる不確
実性を含んだ値に基づくものといわざるを得ない。
そうすると,バックグラウンドによる不確実性の影響が小さい爆心地から150
0mより近距離においては,DS86の計算値と実測値は概ね一致しているという
ことができるし,一方,それ以遠においては,現時点において,確かな測定値が得
られていない状況にあるといえる。
また,長崎原爆におけるガンマ線については,DS86の計算値と実測値は概ね
一致している。
エ DS86ないしDS02による初期放射線量の計算値についての評価
(ア) 以上の事実関係に照らせば,熱中性子線,速中性子線及びガンマ線のいずれ
においても,爆心地から1500m程度より遠距離になると,放射線線量の指標と
なる放射性物質の測定が,バックグラウンドの影響等のために,ほぼ測定限界とな
り,それより近距離においては,放射線の種類によっては近距離では過大評価,遠
距離では過小評価という傾向がうかがわれるものがあるが,概ねDS86ないしD
S02の計算値と一致しているといえる。
もっとも,DS86ないしDS02は,前記のとおりコンピュータによるシミュ
レーション計算に基づくものであるから,上記のような測定限界のために実測値に
よる裏付けが得られていない爆心地から約1500m以遠の距離における計算値に
ついては,これをそのまま採用してよいかについての疑問がないではない。
しかし,DS86ないしDS02の計算手法は,原爆の特性,原爆投下時の気象
条件,爆弾の形状などの幅広い要因を考慮した上で,原爆から放出される電磁波や
粒子の個数,及びそれらのエネルギーや方向の分布を基に,空気中での伝播,諸条
件下での減衰等を再現するものであって(乙全100号証),一定の誤差要因を内
在することは否定できないものの,その計算手法自体が不合理であるとするまでの
知見は見当たらない上,DS86ないしDS02の計算結果は,測定限界よりも近
距離の範囲においては,熱中性子線,速中性子線及びガンマ線のいずれにおいても,
実測値と概ね一致しているといえるから,それより遠距離における計算値について
も,一定の誤差範囲で合理性を有すると推定することができる。
さらに,ガンマ線については,仮に広島の爆心地から2.05劼涼賄世寮量が,
DS86の計算値の約2.2倍であったとしても,その線量値は0.129Gyであ
る上,放射線量は,遠距離になるほど概ね距離の2乗に反比例して減少していくと
いう物理的な性質があるから,それ以遠においてはさらに線量値は低いものになる
(乙全100号証・14頁)。また,中性子線については,その全線量に対する割合
が,広島において爆心地からの地上距離1000mで5.8%,1500mで1.
7%,2000mで0.5%程度であり(乙全102号証・129頁),このような
距離範囲においては,全線量の大部分はガンマ線である上,遠距離になるほど中性
子線量の割合は減少する関係にあるから,仮に,DS86の計算値が遠距離におい
て過小評価されているとしても,その影響は,中性子線の生物学的効果比を10と
して考慮しても,ガンマ線に比べて十分に低いということができる(乙全100号
証・14頁)。
(イ) 原告らは,上記のDS86に基づく中性子線量の誤差の理由として,仝暁
の爆発点から放出された中性子線のエネルギー分布,すなわちソースタームの計算
の問題,中性子の伝播に重要な影響を与える湿度の高度変化,ボルツマン輸送
方程式に基づくコンピュータ計算における区分の設定等が考えられると主張し,澤
田教授はこれに沿う所見を述べるとともに,ソースタームにおける高エネルギー領
域の中性子線の過小評価や,伝播計算における問題点が,爆心地から遠距離におけ
る中性子線の過小評価につながっている可能性があると指摘している(甲全5号証,
29号証等)。
しかし,ソースタームの計算問題については,広島原爆については,実際に投下
された爆弾の複製を用いてその検証がなされ,また,長崎原爆については,核実験
データによる検証がなされており,それに用いられた計算手法がそれ自体不合理で
あるというような知見は見当たらない。中性子の伝播計算における湿度の高度変化
の問題については,日米合同の研究において過去に検討されたが,問題は見つかっ
ていない(乙全41号証・3頁)。こうした事情のほか,現時点において,原告ら
の指摘する上記の問題点が現実に顕在化していることを示す客観的なデータが存す
るとはいえないことや,爆心地から遠距離における中性子線は,その全放射線量に
対する割合が僅少であることを考慮すれば,原告らが指摘する上記の問題点は,い
ずれも,DS86の初期放射線線量の評価の合理性を疑わせるものとはいえない。
(ウ) 結局,DS86による初期放射線の計算方式は,放射線線量の測定限界に伴
って,爆心地から遠距離においては実測値による裏付けが得られていない部分があ
るものの,現時点においては,広島及び長崎における初期放射線量を合理的に評価
することができる方式であると認めるのが相当である。
なお,DS86による初期放射線の計算値のみによれば,爆心地から遠距離にお
いて被爆者に生じた急性症状が,初期放射線の影響によるものであるとする説明は
困難となるが,この点については,残留放射能等による外部被曝及び内部被曝につ
いて以下に検討を加えることとする。
(4) 残留放射能(放射性降下物,誘導放射能)について
ア 審査の方針における残留放射能(放射性降下物,誘導放射能)の線量評価の
根拠
DS86策定時において,放射性降下物,誘導放射能の推定線量が算出され,審
査の方針においては,その推定線量に基づいて,放射性降下物,誘導放射能の線量
評価がなされた。
(ア) 放射性降下物の推定線量について
審査の方針においては,放射性降下物による被曝線量について,原爆投下の直後
に下記特定の地域に滞在し,又はその後,長期間にわたって当該特定の地域に居住
していた場合について定めることとし,その値を,広島の己斐・高須地区について
0.6ないし2cGy,長崎の西山3,4丁目又は木場地区について12ないし24
cGyとしているが,これを定めた理由は以下のとおりである。
a 日米科学者合同調査班は,昭和20年10月3日から同月7日にかけて,広
島・長崎両市において,ラジウムで基準化したGeiger計数管を用いて残留放射能を
測定したところ,広島の己斐・高須地区の降下物による放射線量は最高で0.04
5mR/hr(ミリレントゲン/時)が記録され,この測定値を基に爆発後1時間後か
ら無限時までの線量を,経過時間(t)に伴ってt-1.2の割合で減衰するとの法則
(t-1.2減衰法則)に従って積算すると,戸外被爆者の場合,約1.4R(レントゲ
ン)となった。
また,長崎の西山地区における同測定結果は,最高で1.0mR/hrが記録され,
この測定値を基に爆発後1時間後から無限時までの線量をt-1.2減衰法則に従って積
算すると,戸外被爆者の場合,約30Rとなった(EDWARD T.ARAKAWA「広島および
長崎における残留放射能」,乙全17号証)。
同論文の著者は,,海譴蕕涼楼茲蓮で心地から約3000m離れており,中性
子束はほぼ無視して差し支えないから,上記の放射線測定結果は降下核分裂生成物
によるものであること,降下物による最大照射線量は,広島では数R,長崎では
ほぼ30Rであったと考えられるが,これらの数値はその上限を示すものであって,
家屋による遮蔽や,最大線量の存在する場所から他の場所へ移動することにより,
事実上の照射線量としては,その4分の1程度を小数の人が受けたと思われるにす
ぎないこと,G心地においては,測定された放射線量と,実験的に測定された中
性子による誘導放射線量とが,強さ及び減衰率のいずれにおいてもよく一致してい
ることから,爆心地における放射能の大部分が中性子の誘発によるものであって,
核分裂生成物は極めて少量であったとの所見を述べている。
b 残留放射能の測定は,上記測定のほか,昭和20年8月10日から大阪帝国
大学調査団により調査が行われ,爆心地近くで放射能が高いことと,激しい雨が降
った己斐駅付近で放射能が高いことが認められた。これに引き続いて,京都帝国大
学,理化学研究所調査団により調査が行われた。同年9月から10月にはマンハッ
タン技術部隊による調査が行われ,広島文理科大学の藤原と竹山は昭和20年9月
と昭和21年及び昭和23年に調査を行った(「原子爆弾災害調査報告集」,甲全
111号証の13,「原爆放射線の人体影響1992」,乙全14号証)。
そうした測定の結果,長崎の西山地区で放射性降下物により最も高度に汚染され
た数ヘクタールの地域における地上1mの位置での放射線被曝は,t-1.2減衰法則を
用いて1時間目から無限時間へと積分した場合に,20ないし40Rと推定され,
広島の己斐・高須地区については,対応する累積放射線量は1ないし3Rと推定さ
れた。長崎では,距離に伴う減少は急ではなく,最大値の5分の1の被曝が,おそ
らく1000ヘクタールの地域にわたって拡がっているものと推測された。
DS86で推定する臓器線量との比較のために,上記のR単位の線量を,「空中
のラド=0.87×R単位の照射線量」という式を用いて空中の吸収線量へ換算し,
空中吸収線量を全身についての組織吸収線量に換算するために0.7の平均結合因
数を用いて,組織吸収線量(rad)に換算すると,累積的放射性降下物被爆は,長
崎の西山地区については12ないし24rad,広島の己斐・高須地区については0.
6ないし2radの組織吸収線量になる(「原爆線量再評価」第6章,乙全16号
証)。
また,自然放射線による被曝線量は,46年間の積算で約3radとされており,
広島での己斐・高須地区での上記放射性降下物による積算線量に匹敵することにな
る(乙全14号証・354頁)。
(イ) 誘導放射能(残留放射能)の推定線量について
審査の方針においては,誘導放射能(残留放射能)による被曝線量は,申請者の
被爆地,爆心地からの距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて定めるものとし,
その値は別表10に定めるものとしているが,これを定めた理由は以下のとおりで
ある。
a 原爆の爆心地近くの土壌やその他の物質は,原爆から放出された中性子によ
り放射化されることになるが,その線量推定に関連があると思われる放射性核種は,
アルミニウム28(半減期2分),マンガン56(半減期2.6時間),ナトリウ
ム24(半減期15時間),スカンジウム46(半減期83.8日),セシウム1
34(2.1年),コバルト60(5.3年)などが考えられる。
実際に広島・長崎の土壌標本に中性子を照射して,どの放射性核種が生じるかが
調べられた。
なお,土壌の放射化による線量率は時間の経過とともに急速に低下するため,誘
導放射能による積算線量の約80%は1日目が占めており,2日目から5日目まで
の線量が約10%,6日目以降の総線量が約10%を占めることになる(乙全14
号証,16号証)。
b これらの結果に加え,広島・長崎における爆心地付近の放射線の複数の測定
結果(なお,これらの測定は,原爆爆発後直ちに行われたわけではないので,アル
ミニウム28,マンガン56,ナトリウム24のような半減期の短い放射線核種か
らの放射線は測定に含まれていない。)を考慮して,爆心地での誘導放射能からの
外部放射線への潜在的最大被爆は,広島について約80R,長崎について30ない
し40Rであると推定された。
これを,組織吸収線量に換算すると,誘導放射能の累積的被曝は,広島では約5
0rad,長崎では18ないし24radの組織吸収線量となる(乙全16号証)。
(ウ) 以上の調査結果に基づき,審査の方針において,放射性降下物については,
原爆投下の直後に広島の己斐又は高須,長崎の西山3,4丁目又は木場に滞在し,
又はその後,長時間にわたって上記特定地域に居住していた場合の被曝線量が推定
され,また,誘導放射能(残留放射能)については,申請者の被爆地,爆心地から
の距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて,別表10のとおり被曝線量が定めら
れた。
イ 放射性降下物に関するその他の知見
(ア) 宇田道隆ほか「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」(「宇田論文」)
宇田らは,昭和20年8月以降同年12月までに収集した資料に基づいて,広島
原爆後の降雨状況について取りまとめた結果,次のような報告をしている(甲全8
6号証の2)。
原爆爆発後,降雨があった地域は,広島市中心の爆心地付近に始まり,広島市北
西部を中心に降って,北西方向の山地に延び,遠く山県郡内に及んで終わる長卵形
をなしている。その中でも,土砂降りの甚だしい降雨があった区域は,白島の方か
ら,三篠,横川,山手,広瀬,福島町を経て,己斐,高須より石内村,伴村を越え,
戸山,久地村に終わる長楕円形の区域(宇田雨域)である。
雨の状況について,最初の1時間ないし2時間は黒雨が降り,その後は白い普通
の雨が降ったが,黒雨に含まれた泥の成分は,爆発時に黒煙として昇った泥塵と火
災による煤塵とを主とし,これに放射性物質体など爆弾に起源して空中に浮遊しあ
るいは地上に一旦落ちた物質塵をも複合したものと見られる。昇騰し空中に浮遊す
る泥塵煤塵が黒雨として洗い落とされ,その後の雨が白くなったものといえるから,
黒雨の降下量の多い地区,すなわち広島市西方の己斐・高須方面において高い放射
能性を示すに至ったと考えられる。
(イ) 増田善信「広島原爆後の“黒い雨”はどこまで降ったか」(「増田論文」)
増田は,広島原爆の被爆直後に行われた宇田らの原資料のほかに,アンケート調
査や現地での聴き取り調査の資料,被爆体験記録集や新聞,テレビのインタビュー
の記事などを用いて,雨域,降雨開始時刻,降雨継続時間,推定降水量の分布図を
作成し,原爆後の「黒い雨」を総合的に調査した。
その結果,‐しでも雨が降った地域は,爆心から北西約45劼旅島県と島根
県の県境近くまで及び,東西方向の最大幅は36辧い修量明僂鰐鵤隠横毅㎢で,
宇田雨域の約4倍に相当すること,△海龍莪莪奮阿稜心の南ないし南東側の仁保,
海田市,江田島向側部落,呉,さらに爆心から約30厠イ譴秦匐凝臑淨發覆匹任癲
黒い雨が降っていたことが確認されたこと,1時間以上雨が降ったいわゆる大雨
域も,宇田らの小雨域に匹敵する広さにまで広がっていたこと,す澑域内の雨の
降り方は極めて不規則で,特に大雨域は複雑な形をしていること,デ心の北西方
3ないし10劼慮僻紊ら旧伴村大塚にかけて,100个魃曚更覬が降ったこと
が推定されたこと,η心のすぐ東側の約1劼涼楼茲任蓮ち瓦雨が降らなかった
か,降ったとしてもわずかであったと考えられること,Чい雨には,原爆のキノ
コ雲自体から降ったものと,爆発後の大火災に伴って生じた積乱雲から降ったもの
との2種類の雨があったものと考えられること(これは,宇田らの推論と同じであ
る。),これらの結論が得られたとしている(甲全86号証の9)。
(ウ) 藤原武夫ら「広島市付近における残存放射能について」
藤原らは,昭和20年9月,昭和21年8月及び昭和23年1月ないし同年6月
の3回にわたって,広島市内及びその近郊において,ローリッツェン電気計を地上
約1mの位置に保持して,その放射能を測定し,標準値(naturalの値)として,
第1回測定時は爆心地から南4.8劼砲△觜島市宇品町における値を,第2回及
び第3回測定時は広島文理科大学物理学教室の一定場所における値を選んで,標準
値との比較を行ったところ,‖茖渦鸞定時(昭和20年9月)においては,放射
能の強度が極大な地区は,爆心地のほかに市の西郊(己斐・高須地区周辺)にもあ
ったこと,第1回測定時においては,爆心地から約800m離れれば放射能は標
準値と同程度に帰するが,特異現象が認められた地点においては必ずしもそうでは
なく,かなりの放射能が認められる地点もあること,C羚饋景梗劼砲ける測定で
は,建物内部に灰塵(主として塗り漆喰の焼け落ちたもの)が積もっていた状況で
の測定値と比較して,建物内部が清掃され灰塵が棄て去られた後の測定値が激減し
たこと,す澑地帯特に豪雨地帯での放射能は,第3回測定時において他より幾分
強い傾向を示しており,しかも同一の岐路又は川筋に沿って測定点を採った場合,
己斐峠付近の測定値を除き,海抜の低い地点ほど放射能が強くなっている傾向があ
ること,との結果が得られた(甲全86号証の5)。
(エ) 静間清ら「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と
放射性降下物の累積線量評価」(「静間論文」)
竹下ら(1976年),橋詰ら(1978年)及び山本ら(1985年)によっ
て,広島の土壌のセシウム137の測定が行われてきたが,1980年までのすべ
ての核実験からのセシウム137の沈着量が,原爆の放射性降下物よりおよそ2桁
大きいため,上記測定では原爆によるセシウム137の過剰量は検出されなかった。
静間らは,広島の爆心地から5勸米發如じ暁投下の3日後に採取された土壌の
試料を基に,セシウム137の含有量を測定するために,低バックグラウンドガン
マ線測定を行ったところ,22の試料のうち11の試料からセシウム137が検出
された。
セシウム137が検出された試料の採取地についてみると,増田雨域に含まれて
いた3つの採取地が宇田雨域に含まれておらず,増田雨域に含まれていた2つの採
取地が宇田雨域の境界線上にあった。また,増田雨域及び宇田雨域の双方に入る採
取地であっても,5つの採取地の試料から得られたセシウム137の測定値は検出
限界より低かった。
これらの結果から,同論文の著者は,広島原爆による降雨域は,宇田雨域より広
く増田雨域の正当性が証明されたこと,セシウム137は降雨域内であっても一様
に沈着していないことなどの所見を述べている。
また,上記の測定を基に,累積被曝(原爆爆発後1時間後から無限時間までの期
間にわたる被曝線量の累積値)を計算したところ,爆心地から5勸米發任蓮ぃ亜
12±0.02R(レントゲン),己斐・高須地区では4Rとの結果が得られた
(甲全13号証の1・2)。
(オ) 「黒い雨に関する専門家会議報告書」(乙全20号証)
上記報告書は概要次のとおりの報告をしている。
a 原爆による残留放射能について
(a) 昭和51年及び昭和53年度の土壌調査データについて,再検討を行ったと
ころ,同時期に採取された試料は,昭和30年以降の原水爆実験による放射性降下
物としてのセシウム137を多量に含んでおり,測定値間の有意差についても広島
原爆の放射性降下物によるものと断定する根拠は見当たらなかった。
さらに,あえて昭和51年及び昭和53年度の土壌調査データと,宇田雨域及び
増田雨域との相関の有無を検討したところ,土壌中の残留放射能値はこれらの雨域
とも相関が見られないことが判明した。
(b) 自然界におけるウランの同位体存在比が一定であること(ウラン235/ウ
ラン238=0.007)を利用して,昭和51年及び昭和53年度の土壌調査時
の試料のうち宇田雨域及び増田雨域を考慮して選んだ4地点の試料について,二重
集束型質量分析計を用いて広島原爆のウラン235の検出を試みたが,有意な結論
が得られなかった。
(c) 屋根瓦中に含まれるセシウム137の含有量について,7か所の対照地点瓦
並びに30か所の測定点瓦を用いて検討したが,試料によって吸水性に大きな差が
あり,有意差を見いだすことができなかった。
爆心地から北西11ないし21卉賄世裡瓦所から柿木2本,栗木2本を採取し,
5年ごとの年輪区分として灰化し,放射線ストロンチウム分析法及び原子吸光測定
法により残留ストロンチウム90の測定を行ったが,黒い雨との関連は確定できな
かった。
b 気象シミュレーション法による降下放射線量の推定について
(a) 原子爆弾からの放射性降下物となる線源として,原爆の火球によって生じた
原爆雲,衝撃波によって巻き上げられた土壌などで形成された衝撃雲,及び火災煙
による火災雲の3種について,原子爆弾投下当日の気象条件,原子爆弾の爆発形状,
火災状況等,種々の条件を設定した拡散計算モデルを用いたシミュレーション法に
基づく検討を行った。
その結果,広島原爆に関しては,原爆雲の乾燥大粒子の大部分は北西9ないし2
2夘婉瓩砲錣燭辰胴濂爾掘けとなって降下した場合には大部分が北西5ないし9
夘婉瓩僕邁爾靴寝椎柔が大きいこと,衝撃雲や火災雲による雨(いわゆる黒い
雨)の大部分は北北西3ないし9夘婉瓩砲錣燭辰胴濂爾靴寝椎柔が大きいと判断
された。
なお,同報告書では,原爆雲から降下した放射能密度の最大が約1600mCi/
(照射線量に換算して12.7R/hr),衝撃塵では最大がナトリウム24で約2
70μCi/屐幣伴誉量に換算して15mR/hr),火災煙では最大が約90μCi/
(照射線量に換算して5mR/hr)とされているから,放射能密度のほとんどが原爆
雲の放射性降下物の寄与といえるところ,同報告書の原爆雲雨落下・乾燥落下粒子
分布図における降雨域(この降雨域が放射性物質の降下地域と一致するといえ
る。)は,己斐・高須地区よりも北西にずれている。
(b) 長崎原爆に関しては,降雨域は,これまで物理的残留放射能の証明されてい
る地域と一致することが確認された。
(c) さらに,気象シミュレーション法に基づいた降下放射線量を推定したところ,
広島原爆の放射性降下物による照射線量率(地表面から1mの高さのおける評価)
は,地表に降下した放射性物質がその後の豪雨により流出して約40%が残留した
と仮定して計算すると,さく裂12時間後で約5R/hr(無限時間までの期間にわ
たる被曝線量の累積値は約25rad)となった。
(d) 上記の検討の「まとめ」として,気象シミュレーション計算法を用いた降雨
地域の推定では,これまでの降雨地域(いわゆる宇田雨域)の範囲とほぼ同程度
(大雨地域)であるが,火災雲の一部が東方向にはみ出して降雨落下しているとの
計算結果となった。また,原爆雲の乾燥落下は北西の方向に従来の降雨地域を越え
ていることが推定されるが,その後の降雨などで,これらの放射性降下物による残
留放射線量は急速に放射能密度を減じていると結論づけている。
c 体細胞突然変異及び染色体異常による放射線被曝の人体影響について
黒い雨に含まれる低線量放射線の人体への影響を,赤血球のMN血液型決定抗原
であるグリコフォリンA蛋白(GPA)遺伝子に生じた突然変異頻度,及び末梢血
リンパ球に誘発された染色体異常頻度について検討を行った。
GPA遺伝子の突然変異に関しては,己斐町,古田町,庚午町,祇園町など(降
雨地域)に当時在住し黒い雨に曝された40名(男性20名,女性20名)と,宇
品町,翠町,皆実町,東雲町,出汐町,旭町など(対照地域)に当時在住し黒い雨
に曝されていない53名(男性21名,女性32名)について調査したところ,降
雨地域に統計的に有意な体細胞突然変異細胞の増加を認めなかった。
染色体異常に関しては,上記と同様に,降雨地域の60名(男性29名,女性3
1名),対照地域の132名(男性65名,女性67名)について検討したところ,
どの異常型においても統計的有意差は証明されなかった。
また,体細胞突然変異及び染色体異常頻度の解析に当たっては,医療被曝の影響
を考慮する必要があることが示唆された。
(カ) 岡島俊三ほか「長崎西山地区における土壌及び植物のプルトニウムの測定」
長崎西山地区において,耕していない土壌でのプルトニウム239・240の分
布とその農作物への移行因子を調査したところ,耕していない土壌でのプルトニウ
ム239・240の集積は堙たり20Bqであり,対照とされた地域のおよそ8倍
であったこと,プルトニウム239・240の農作物への移行因子は10 から1 -4
0 で,セシウム130の100分の1から200分の1であった(乙全55号 -3
証)。
(キ) 当裁判所の判断
以上の所見等を基に検討する。
a 審査の方針は,放射性降下物による放射線量を,広島においては己斐・高須
地区に,長崎においては西山地区に,それぞれ限定して考慮しているが,これらの
地区において大量の放射性降下物があったことは,審査の方針を定めるに当たって
考慮された前記の測定結果のほか,藤原らの測定(甲全86号証の5)からも明ら
かである。
なお,静間論文(甲全13号証の1・2)は,広島の己斐・高須地区以外の地域
における放射性降下物の存在を示唆しているが,その測定地点はそれほど多くはな
く,全市にわたる放射性降下物の分布を示すには至っていない。また,広島におけ
る黒い雨の降雨域を示すものとして,宇田雨域及び増田雨域が提唱されており,い
ずれも己斐・高須地区以外における黒い雨の降雨を示唆しているが(なお,増田雨
域は宇田雨域の4倍近い降雨域を示している。),いずれも,降雨域を示すもので
あって,放射性降下物からの放射線量を実測した結果に基づくものではない。
そして,審査の方針が同地区の放射線量を定める上で基礎とした累積放射線量
(1ないし3R)は,前記の測定結果に基づくものであって,静間論文(甲全13
号証の1・2)による同地区の累積被曝線量(4R)と比較して,やや小さい値で
あるが,概ね合致しているといえる。
したがって,審査の方針が放射性降下物による放射線量を考慮すべきであるとし
た地域及びその線量値は,一定の合理性があるものといえる。
b もっとも,放射性物質が降下した地域については,〜田が,宇田雨域の原
資料のほかに,アンケート調査や現地での聴き取り調査等を合わせ考慮した結果,
宇田雨域の約4倍にわたる広範囲に及ぶ降雨域(増田雨域)を導き出していること,
∩田が考慮したアンケート調査や現地での聴き取り調査等の中には,原爆投下直
後から43年近く経過した時点までのものが混在しており,それら調査結果の中に
は信用性に疑問が残るものが含まれている可能性は否定できないが,これらの調査
結果等に基づく増田雨域は,黒い雨が降った地域範囲の概要を示すものとして一定
の信用性と価値を有するといえること,静間論文によれば,宇田雨域より広範囲
に放射性降下物によるものと思われる放射線が測定されていること,すい雨に関
する専門家会議報告書(乙全20号証)においても,気象シミュレーション法によ
る放射性物質の降下地域は,広島の己斐・高須地域よりも広範囲に及ぶという結果
が報告されていること(原告らは,気象シミュレーション法についてその信頼性に
疑問を呈するが,乙全116号証等をしんしゃくすると,シミュレーションに基づ
く推定結果として一定の信頼性があるものと認めるべきである。),以上によれば,
広島における放射性降下物が降った地域が増田雨域と一致するとまではいえないも
のの,広島原爆において審査の方針が定める己斐・高須地区より広範囲に放射性物
質が降下した可能性は否定できない。また,長崎においても,同様に,審査の方針
が定める西山地区より広範囲に放射性物質が降下した可能性を否定できない。
c そして,放射性降下物による線量値については,黒い雨に関する専門家会議
報告書の気象シミュレーション法によって,広島原爆の残留放射能による照射線量
率(地表面から1mの高さにおける評価)を計算したところ,その後の豪雨による
流出があって約40%が残留したと仮定した上,原爆さく裂12時間後で約5R/
hr(無限時間までの期間にわたる被曝線量の累積値は約25rad)との結果を導い
ているが,この値は,審査の方針が定めている己斐・高須地区における線量値(爆
発後1時間後から無限時間までの期間にわたる被曝線量)の0.6ないし2radよ
りも,10倍以上も大きいものになっている(もし,豪雨による約60%の流出を
考慮せず,しかも爆発後12時間後からではなく1時間後からの累積値に引き直せ
ば,その乖離割合はもっと大きくなる。)。
こうした気象シミュレーション法による推定結果は,現地でなされた放射線量の
実測値に基づくものと比べて,その正確性・信頼性に劣ることは否定できない。
しかし,審査の方針が基礎とした放射線量の実測値は,爆発直後に降下した放射
性物質を直接測定したものではなく,最も近いもので昭和20年8月10日の測定
であって,爆発直後の黒い雨やそれ以外の降雨があってから4日近くが経過した後
の実測値であるから,爆発直後に降下した放射性物質の放射線量を適切に把握でき
ているかは疑問が残る。また,広島原爆ないし長崎原爆後の約3か月間に,広島で
900弌つ杭蠅韮隠横娃悪个梁舂未旅澑があり,同期間内の昭和20年9月17
日には広島・長崎共に台風被害に遭い,同年10月9日には広島が台風被害に遭っ
ているところ(乙全16号証),こうした台風等の降雨の後に測定された実測値に
ついては,なおさらその影響により,爆発直後に降下した放射性物質の放射線量を
適正に評価するものとはいい難い。そして,放射性降下物による放射線量がt-1.2減
衰法則(tは経過時間)に従って減衰することからすると,放射性物質の降下時点
から3日以内の放射線量は,無限時間までの期間にわたる累積被曝線量全体のかな
りの部分を占めることになるから,仮に,上記の実測値が爆発直後に降下した放射
性物質の放射線量を適切に評価していないとすると,黒い雨を直接浴びた者や爆発
後1日ないし3日の間に市内中心部に入市した者等については,放射性降下物によ
る被曝線量(外部被曝及び内部被曝によるもの)の値に少なからず影響を与えるこ
とになると解するのは不合理ではない。
そうすると,原子爆弾から放出されたであろう放射性物質を基礎として気象シミ
ュレーション法によって推定された放射線量が,放射性物質が降下して一定期間経
過した後の実測値と乖離しているとしても,直ちに,気象シミュレーション法によ
る結果が実測値に基づく線量値よりも信頼性が低いと断ずることはできず,かえっ
て,気象シミュレーション法に基づく推定線量値と実測値との間にかなり大きな乖
離があることは,放射性降下物による放射線量が,審査の方針が定める線量値より
も格段に大きい地域があったことを示唆するものといえる。
d また,放射性降下物による線量値については,放射性降下物が,黒い雨自体
やその後の降雨によって下流へ流されるから,一般的には降雨によって希薄化して
いくと思われるが,逆に放射性降下物が蓄積する地域もあり,このことは,‘8
らの報告によれば同一の岐路又は川筋に沿って海抜の低い地点ほど放射能が強いと
いう結果が得られていること,雨樋の下の土壌からは他の地域の2000倍の放
射能が測定されたこと(甲全77号証の6),小佐古教授が,ウェザリング(気
象による影響)によって,線量が高くなったり逆に減少したりすることがあり,そ
の現象は複雑である旨の知見を述べていること(甲全84号証の2・53頁)などか
らも裏付けられる。
e さらに,審査の方針が定める放射性降下物による被曝線量は,地上1mの位
置における原爆爆発後1時間目から無限時間へと積分した線量値に基づくものであ
るところ,仮に,黒い雨に降られてこれを直接浴びたり,原爆の爆発直後に入市し
て救護活動を行うなどして粉塵等に触れたり,粉塵とともに吸引しあるいは粉塵の
混入した水を飲んだりして,放射性降下物が人体に直接ないし極めて近距離に付着
し,あるいは体内に取り込んだ場合には,地上1mの位置を前提とする被曝線量は
必ずしも妥当せず,それよりも相当大きな値の放射線を浴びることになると解する
のが合理的である。
f 以上のとおり検討したところによれば,放射性降下物による放射線被曝につ
いては,広島の己斐・高須地区や長崎の西山地区に滞在したか否かという基準のみ
ではなく,それ以外の地域においても,黒い雨ないし灰を直接浴びたか否か,原爆
投下後の近い時期に黒い雨ないし灰が降下した可能性がある地域に滞在したか否か,
その滞在期間において,放射性降下物が体表に付着したり体内に摂取されたりする
ような行動を取ったか否かなど,各原告の原爆投下後の実際の行動等を検討した上
で,放射性降下物による被曝線量が審査の方針が定める基準を上まわるものか否か
を具体的に検討すべきものと解すべきである(なお,黒い雨に関する専門家会議報
告書中の「体細胞突然変異及び染色体異常による放射線被曝の人体影響」の部分は,
後に検討する。)。
ウ 誘導放射能に関するその他の知見
(ア) 採取した砂の放射化
海軍関係者及び大阪帝国大学理学部教授らで構成された大阪調査団が,昭和20
年8月10日の午後に,広島の爆心地から2勸扮鵑療賣兵場から採取した砂を用
いて,大阪から持参した写真乾板の感光試験を行ったところ,感光した事実が確認
された。
同調査団が,同じころ,広島の爆心地から0.5夘婉瓩寮称兵場で採取した砂
を用いて,ガイガー・ミューラー計数管により放射線を測定したところ,標準とし
たウランの数十倍の放射線が測定された(甲全80号証,山岡静三郎ほか「広島原
子爆弾災害報告」〔原子爆弾災害調査報告集〕,甲全111号証の13)。
(イ) 人体の誘導放射化について
a 昭和20年9月12日に,広島の爆心地から500mの地点で被爆し同月8
日に死亡した男性の遺体から誘導放射能を測定したところ,大半の臓器からベータ
線の放出が検出され,また血液からも相当強い放射能が認められた。
また,同月9日,京大病院に入院していた被爆者の尿を測定したところ,ベータ
線の放出が検出された(島本光顕ほか「原子爆弾における放射能性物質,特に生体
誘導放射能について」〔原子爆弾災害調査報告集〕,甲全111号証の13)。
b 昭和20年10月末から11月初めにかけて,致死量の放射線を受けて死亡
した者の人骨の一片について,レントゲンフィルム感光試験を行い,感光時間24
時間後のフィルムを現像したところ,人骨の映像が顕出した。
さらに,その後1年半ないし2年くらい経ってから,原爆症患者の整形手術ある
いは死体解剖の結果得られた組織を測定したところ,放射線の放出が検出された
(「広島原爆医療史」,甲全77号証の5)。
(ウ) 灰塵の誘導放射化について
前掲「広島市付近における残存放射能について」(甲全86号証の5)によれば,
中国新聞社における測定では,建物内部に灰塵(主として塗り漆喰の焼け落ちたも
の)が積もっていた状況での測定値と比較して,建物内部が清掃され灰塵が棄て去
られた後の測定値が激減したことが認められ,これによれば,建物の塗り漆喰自体
が誘導放射化していたものと推認することができる。
(エ) 今中哲二「DS02に基づく誘導放射線量の評価」
上記筆者が,DS86報告書にあるGritznerらの計算結果を,DS02に応用す
ることにより,誘導放射能による地上1mでの外部被曝(空気中組織カーマ)を求
めたところ,次のような結果が得られたとしている(甲全85号証の60)。
a 誘導放射能による地上1mでの放射線量率は,時間とともに急速に減衰し,
爆発1分後の爆心地での放射線量率は,広島で約600cGy/h,長崎で約400
cGy/hとなったが,広島・長崎ともに,1日後にはその1000分の1に,1週間
後には100万分の1にまで減少している。それでも,自然放射線レベルを1×1
0-5 cGy/h程度とすると,爆心付近では約1年近く自然レベル以上の放射線量率が
続いていたことになる。
b また,計算された放射線量率を,各爆心距離について,爆発直後から無限時
間まで積分したところ,積算線量値は,爆心地では,広島120cGy,長崎57cGy,
爆心地から1000mでは,広島0.39cGy(爆心地の300分の1),長崎0.
14cGy(爆心地の400分の1)となった。また,爆心地から1500mでは,
広島0.01cGy,長崎0.005cGyとなり,これ以上の距離での誘導放射線被曝
は無視して構わない。
(オ) 当裁判所の判断
以上の所見等を基に検討する。
a 審査の方針は,前記のとおり,土壌標本に対する中性子照射実験による誘導
放射化した核種の調査,広島・長崎における爆心地付近の放射線の測定結果,及び
放射性物質の半減期等の物理学的知見をもとに,被曝線量値を導出したものである
から,審査の方針が定める誘導放射能による距離別・時間別の放射線量は,一定の
合理性があるものといえる。
b もっとも,審査の方針は土壌の誘導放射化のみを前提としてその放射線量を
評価しているところ,前記のとおり,被爆者の人体そのものや,建物の灰塵等も誘
導放射化したことが確認されているように,原爆による中性子線を浴びた物質は,
そこに誘導放射化し得る核種が含まれている場合には,そのほとんどが誘導放射化
した可能性があると解される。
また,審査の方針が定める誘導放射能による被曝線量は,放射性降下物による被
曝線量と同様に,地上1mの位置における線量値に基づくものと解されるところ,
仮に,被爆者の救護活動等を行って,誘導放射化した物質や放射性降下物が人体に
直接ないし極めて近距離に付着した場合には,地上1mの位置を前提とする被曝線
量は妥当せず,それよりも格段に大きな値の放射線を浴びることになる。とりわけ,
原爆爆発後から近い時期に爆心地近くに入った者は,その誘導放射化された物質と
の接触状況によっては,審査の方針が定めた値を相当程度上回る放射線を浴びた可
能性が十分にあるというべきである。
したがって,誘導放射能による放射線被曝についても,爆心地からどの程度の距
離に,どの程度の時間滞在したかという滞在の事実のみではなく,放射性降下物に
よる放射線被曝と同じように,救護活動を行うなどして,誘導放射化物質が体表に
付着したり体内に摂取されたりするような行動を取ったか否かなど,各原告の原爆
投下後の現実の行動を検討した上で,誘導放射能による被曝線量が審査の方針が定
める基準の範囲に止まるものか否かを具体的に検討すべきものと解すべきである。
エ 内部被曝・低線量被曝
(ア) 内部被曝の知見に関する証拠及びその概要はおよそ次のとおりである。
a 市川定夫「意見書」(甲全88号証の3)
身体内部にある線源から放射線被曝することを体内被曝というが,次のとおり,
人工放射性核種は生体内で自然放射性核種とは異なる振る舞いをし,体外被曝より
も重大で深刻な影響をもたらす。
ガンマ線のように,飛程の長い放射線の線量は線源からの距離に反比例するから,
体外に放射性核種が存在する場合に受ける体外被曝と比べて,それが体内に入った
場合に受ける体内被曝の線量は,格段に大きくなる。
アルファ線やベータ線は飛程距離が短く,生物組織の中では,アルファ線が0.
1舒米癲ぅ戞璽神が1儖米發靴透過しないから,これらを放出する核種が体内
に入ってくると,その放射線のエネルギーのほとんどすべてが吸収される。特にア
ルファ線の生物学的効果比は大きく,1Gyで10ないし20Svにもなり,短い飛程
距離の中で集中的に組織にエネルギーを与えて多くの遺伝子を切断するのみならず,
電離密度が大きいために,DNAの二重らせんの両方が切断され,誤った修復をす
る可能性が増大する。
人工放射性核種には,生体内で著しく濃縮されるものが多く,例えば放射性ヨウ
素は甲状腺,放射性ストロンチウムは骨組織,放射性セシウムは筋肉と生殖腺とい
うように,核種によって濃縮される組織や器官が特異的に決まっており,特定の体
内部位が集中的な体内被曝を受けることになる。
さらに,体外被曝と異なり,体内被曝の場合は,その核種が体内に沈着・濃縮し,
その核種の寿命に応じて体内被曝が続くことになる。
b 岡島俊三ほか「残留放射能の放射線量」〔原爆線量再評価第6章〕(乙全1
6号証・219頁)
核爆発後の内部放射線による被曝には,残留放射能中の放射性核種の吸入及び摂
取を含めて,若干の可能性がある。
昭和44年(1969年),岡島らは,ホールボディーカウンターを用いて,西
山地区に住む男性20名及び女性30名中のセシウム137の内部負荷を,同数の
対照測定者と共に測定したところ,西山地区では男性が38.5pCi/圈そ性が2
4.9pCi/圈ぢ仂斑篭茲任話棒が25.5pCi/圈そ性が14.9pCi/圓任△蝓
西山地区と対照地区の差は,男性が13pCi/圈そ性が10pCi/圓箸覆蝓い海虜
が,長崎の原爆降下物による寄与であると仮定された。
西山地区の上記住民のうち,比較的高い値を示した15名のうち10名が昭和5
6年(1981年)に2回目の測定を受けたところ,昭和44年値の平均48.6
pCi/圓ら昭和56年の平均値15.6pCi/圓悗慮詐を示し,この身体負荷が指
数関数的に減少したと仮定すると,その有効な半減期は7.4年と推定された。
上記のデータに従って,セシウム137からの内部被曝線量が昭和44年に男性
が13pCi/圈そ性が10pCi/圓任△蝓と掌佐7.4年で指数関数的に減少する
と仮定すると,昭和20年から昭和60年までの40年間の内部線量は,男性で1
0mrem,女性で8mremと推定された。
c 放射線被曝者医療国際協力推進協議会編「原爆放射線の人体影響1992」
(乙全14号証)
体内に摂取された放射線が,内臓諸器官を直接照射する問題があり,この場合は,
ガンマ線以外にベータ線やアルファ線も影響している。とくに,爆発直後のもうも
うたる塵の中にいた者を始めとして,後日死体や建築物の残骸処理などで入市して
多量の塵を吸収した者は,国際放射線防護委員会が職業被爆者について勧告してい
る最大許容負荷以上の放射能を体内に蓄積した可能性がある。
フォールアウトによる被曝線量を推定する上で,このほかに,呼吸,飲料水,食
物を通して体内に取り込まれた放射性物質による被曝が考えられる。岡島らは,長
崎の西山地区の住民に対するセシウム137の体内量を測定した結果,対照地区の
住民のほぼ2倍ほど高く,昭和20年から昭和60年までの西山地区における内部
被曝による積算線量が男性で10mrad,女性で8mradと推定されるとしている。広
島のフォールアウト地域については,長崎のような調査は行われていない。体内被
曝は,人の生活様式によりばらつきが大きいと思われるが,広島のフォールアウト
地域での人の内部被曝についても長崎の場合の約10分の1以下と考えられる。
d 安齋育郎「原爆症訴訟意見書」(甲全83号証の2)
(a) 広島原爆ではウラン235,長崎原爆ではプルトニウム239が核分裂物質
であったが,これらが中性子の作用で原子核分裂反応を起こした結果,放射能を持
った多種多様な「核分裂生成物」ができた。これらの放射性核分裂生成物は俗に
「死の灰」と呼ばれることもあるが,周辺に降下して地面に降り積もったり,呼吸や
飲食等を通じて被爆者の体内に取り込まれたりした。これらの放射性核分裂生成物
は,主としてベータ線やガンマ線等の電離放射線を放出し,直接の被爆者だけでな
く,爆発後市内に入った人々(入市被爆者)の被曝の原因になった。
さらに,広島原爆に仕込まれた約60圓箸い錣譴襯Ε薀鵤横械気里Δ繊ぜ尊櫃
核分裂反応を起こしたものは700g程度で,59坩幣紊離Ε薀鵤横械気浪亠紊
ともに上昇して風に運ばれながら,周辺地域に降下したと考えられる。また,長崎
原爆に仕込まれた約8圓離廛襯肇縫Ε爍横械垢里Δ繊ぜ尊櫃乏吠裂反応を起こし
たものは1ないし1.1圓班床舛気譴討い襪里如せ弔蠅量鵤鍬圓離廛襯肇縫Ε爍
39は,火球とともに上昇して風に運ばれながら,周辺地域に降下したと考えられ
る。これらの未分裂の核分裂物質もまた呼吸や飲食を通じて体内に取り込まれ,人
々の内部被曝の原因となったと考えられる。ウラン235やプルトニウム239は
自らアルファ線を出すだけでなく,次々と種類の違う放射性原子に姿を変えながら,
アルファ線,ガンマ線,ベータ線等を放出するので,体内に取り込まれて骨組織等
に沈着すると,長期間にわたって被曝を与え続けるおそれがある。
(b) このような内部被曝の影響については,微小な細胞レベルで生じるため,
「吸収線量」や「線量当量」などのマクロな概念によってはその影響を正確に評価
することができない可能性がある。例えば,放射線が組織1埣罎僕燭┐進振僖┘
ルギーが等しくても,組織全体が平均的に浴びたのか,それとも特定の細胞が集中
的に浴びたのかによって影響が異なり得るにもかかわらず,これらの単位は,局所
的に生じた被曝について,その影響を1圓料反チ澗里紡个垢詒鑁として平均化し
てしまうからである。
被爆者らは,原爆が爆発して1分以内に到達する初期放射線を体の外から被曝し
ただけでなく,その後,放射性降下物からの外部・内部被曝や,土,建造物,衣服,
人体等に誘導放射化されて生成された放射性物質からの外部・内部被曝を受けた。
したがって,被爆者が受けた放射線の被曝量を評価するためには,1分以内に放射
された初期外部放射線に加えて,誘導放射能や放射性降下物による持続的な外部被
曝,放射性降下物や未分裂の核分裂物資(ウラン235やプルトニウム239)に
よる内部被曝を全体として評価しなければならない。
e 澤田昭二「体内に取り込んだ放射性物質の影響」(甲全48号証),「原爆
症訴訟意見書」(甲全51号証)
(a) 広島原爆の放射性降下物には,1兆のさらに100兆倍個のウラン235の
原子核が含まれており,その中の,例えば酸化ウランの直径1μmの放射性微粒子
が体内に沈着すると,この微粒子には崩壊による半減期約7億年のウラン235の
原子核が100億個以上含まれ,1か月に1個の割合でエネルギー4MeVのアルフ
ァ線を放出する。1個のアルファ粒子は微粒子の周辺の半径30μmの球内の細胞
にすべてのエネルギーを渡してDNAを数十万か所切断する。微粒子周辺の細胞は,
1か月に0.1Svの割合で被曝し続けるが,これを体外から検知することはできな
い。
長崎原爆の放射性降下物には,プルトニウム239が用いられ,1兆のさらに1
0兆倍個のプルトニウム239が含まれており,その数は広島原爆のウランより1
桁少ないものの,プルトニウム239の半減期はウラン235の3万分の1と短い
ので,半径0.1μmの微粒子から放出されるアルファ粒子の数は1日に1.5個
に達し,周辺の細胞は毎日0.1Sv以上の被曝をすることになり,その影響は広島
原爆より深刻である(甲全48号証・4頁)(なお,内部被曝を論じる際に,体内
に取り込まれた放射性微粒子のことを「ホットパーティクル」と呼ぶことがあ
る。)。
(b) 放射性物質の中でも,水溶性(あるいは油溶性)の場合は,微粒子として体
内に取り込まれた場合でも,それが血液やリンパ液に溶けて,特定の器官に集中し
て滞留することがある。
また,放射性降下物の中には,上記のウラン235やプルトニウム239以外に
も,それらが核分裂してできた放射性微粒子が含まれており,例えば,ジルコニウ
ム95の場合には,直径1μmの球形微粒子の中に5400万個のジルコニウム9
5の原子核が含まれ,そこから1日に平均0.7MeVのエネルギーを持つベータ線
が60万1956発放出される結果,水と同じ比重の組織内で放出されたベータ線
は数十万回以上の電離作用を引き起こしながらエネルギーを失い,平均して0.2
49兪って止まる。この時の被曝範囲の組織の体積は0.065㎤,その重さは
0.000065圓任△襪ら,この球内組織は平均して1日に0.104cGyの
被曝をする。
直径1μmの上記放射性微粒子が体内に沈着した場合には,その放射性微粒子に
接する細胞は,2か月間に10Gyという極めて高線量の被曝をすることになり,ほ
とんどが死んでしまうことになる。死んだ細胞のすぐ外側の細胞もかなり深刻な線
量を被曝し,DNAが破壊されたり,誤った修復作用でさまざまな後障害の原因が
作られる。直径0.1μmの場合の被曝線量は,直径1μmの場合の1000分の
1になるが,この場合でも,放射性微粒子の周辺の細胞が影響を受ける。
入市被爆者が,爆心地付近に入り,中性子線によって誘導放射化された残留放射
能を帯びた微粒子を体内に取り込んだ場合には,入市の時期にもよるが,一般に半
減期が数時間以上から数年間,あるいはそれ以上の放射性原子核から放射された放
射線によって体内被曝し,特に土埃に含まれる半減期84日のスカンジウム46や
半減期5.3年のコバルト60,セシウム134による被曝が問題となる。
(イ) 低線量被曝に関する知見
a アリス・スチュワートほか「幼児期の悪性腫瘍と体内医療被曝」(甲全88
号証の5)
アリス・スチュワートは,昭和31年(1956年),妊娠中に下腹部又は骨盤
部に診断用のエックス線を受けた女性から生まれた乳幼児の幼児性白血病による死
亡率が,そうしたエックス線を受けなかった女性から生まれた乳幼児の場合と比べ
て,統計学的に有意に高いと報告した。
その後のフォードによる調査結果(昭和34年(1959年)),マクマホンに
よる調査結果(昭和37年(1962年))は,いずれも,同様の結論を得ている。
b グラスほか「レントゲンの放射線被曝によるショウジョウバエの膨腹部黒色
化の突然変異効果」(甲全88号証の5)
グラス博士が,ショウジョウバエを用いてレントゲンの放射線照射と突然変異率
の関係を調査したところ,放射線線量を5R(レントゲン)まで下げても,突然変
異率が放射線線量と比例関係を保つという結果が得られた。
c 市川定夫「ムラサキツユクサによる微量放射線の検出」(甲全88号証の
6)
市川定夫は,ムラサキツユクサの雄蕊毛が1列の細胞群からなり,各雄蕊毛が,
主として頂端細胞の分裂の繰返しによって発達(細胞数増加)し,頂端から2番目
の細胞も分裂するが通常1回限りであり,また,突然変異が起こるとピンクの細胞
が現れるという性質を利用して,微量放射線と突然変異率の関係を調べたところ,
0.25radのエックス線とか0.01radの中性子線といった低線量域においても,
突然変異率と線量の間に直線関係があることが確認された。
d 市川定夫「意見書」(甲全88号証の3)
市川定夫は,同意見書において,次のような低線量被曝に関する知見を紹介して
いる。
ガンマ線の場合は,原子の軌道電子に衝突すると,電子にエネルギーの一部を与
えるとともに初めと異なった方向に散乱するが(コンプトン散乱),こうした場合
には,遠距離で生体影響が大きくなることがある。
また,生体が放射線の存在を認識したときには,アポトーシスなどの細胞の防御
機構が働くが,被曝線量が微小である場合には,生体が被曝を認識しないために防
御機能が働かないまま放射線の影響を受けてしまうという低線量率効果(同じ線量
を浴びた場合であっても,低い線量率で浴びた場合の方が生体に対する影響が大き
い。)が報告されており,人体に対しても,この低線量率効果が当てはまる可能性
がある。
さらに,ある細胞がアルファ線に被曝した場合には,その近傍にある細胞にも放
射線影響が見られるという知見(バイスタンダー効果)もある。
(ウ) 当裁判所の判断
上記の所見等の中には,放射性物質を体内に取り込んだ場合の内部被曝や低線量
被曝により,細胞に染色体異常等のダメージを与え,その結果,発がん等のリスク
が高まる可能性を示唆するものがあるが,ホットパーティクル理論について,これ
を否定する所見(M W Charlesほか「ホットパーティクル(粒子)被曝の発がんリス
ク」,乙全112号証)もあるように,なお未解明の部分も多く,科学的知見とし
て確立されているとはいい難い。
しかし,原爆爆発後に広島,長崎両市内や放射性物質が降下した地域で救護その
他の活動をした場合には,マスクや防護服等何らの放射線対策もない状態における
作業であったと推測されるから,これらの活動によって,誘導放射化した物質や放
射性降下物に直接触れたり,あるいはそれらを吸引することは避けられず,それが
原爆爆発時からほどない時期であれば,それらの物質が放出する放射線量は相当程
度のものであったはずであり,また,そのような物質が体内や生活空間に長時間存
在すれば,その放射性核種の半減期等の物理的性質に従って放射線を放出し続ける
ことになるから,こうした内部被曝や低線量被曝が一定程度人体に影響を与えた可
能性を考慮に入れるべきことは合理的であり,その数値的な実証ができないとして
も,それによる影響を否定すべきものではないというべきである。
オ 遠距離・入市被爆者に生じた急性放射線症状
(ア) 遠距離・入市被爆者に生じた急性放射線症状に関する調査結果
上記に関する調査及びその結果の概要は次のとおりである。
a 「日米合同調査団報告書」(甲全6号証)
広島では,爆心地から2.1劼ら2.5劼涼賄世砲いて,屋外または日本家
屋内で被曝した人1415名のうち68名(4.8%),ビルディング内で被曝し
た人12名のうち1名(8.3%)にそれぞれ脱毛がみられ,防空壕やトンネル内
で被曝した人1名には脱毛がみられなかった。
長崎では,爆心地から2.1劼ら2.5劼涼賄世砲いて,屋外または日本家
屋内で被曝した人515名のうち37名(7.2%),ビルディング内で被曝した
人35名のうち1名(2.9%),防空壕やトンネル内で被曝した人110名のう
ち2名(1.8%)にそれぞれ脱毛がみられた。
b 横田賢一ほか「長崎原爆における被爆距離別の急性症状に関する研究」〔長
崎医学会雑誌73巻247頁〕(甲全111号証の6)
長崎において,被爆距離が3.5勸米發凌佑ら3000人を無作為抽出して,
急性症状の発症頻度を調べたところ,距離別の脱毛の頻度は,日米合同調査団の結
果と同様の結果が得られた。
c 於保源作「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(甲全7号証,於保論文)
於保医師が,昭和32年1月から同年7月までの期間において,広島市内の一定
地区(当該地区は,爆心地から2.0劼覆い沓掘ィ悪劼飽銘屬垢襦)に住む被曝
生存者全部(3946名)につき,その被爆条件,急性原爆症(熱火傷,外傷,発
熱,下痢,皮粘膜出血,咽頭痛及び脱毛)の有無及び程度,被爆後3か月間の行動
等を各個人毎に調査したところ,次のような結果を得た。
屋内被爆者及び屋外被爆者のいずれにおいても,爆発直後(被爆後3か月間。以
下同じ)に中心地(爆心地から1.0勸米癲ぐ焚舎楾爐砲弔同じ。)に入らなか
った者は,急性症状の有症率が,被爆距離の延長に従って整然と減少するのに対し,
爆発直後に中心地に入った者は,同有症率が,被爆距離の延長に従って減少すると
いう関係にはない。
屋内被爆者の場合,爆発直後に中心地に入らなかった者の有症率は平均20.2
%であるが,中心地に入った者の有症率は36.5%であり,屋外被爆者の場合,
爆発直後に中心地に入らなかった者の有症率は平均44.0%であるが,中心地に
入った者の有症率は51.0%であって,いずれの場合も,爆発直後に中心地に入
った者の有症率が,入らなかった者の有症率より高い。
原爆投下時に広島市内におらずその直後に入市した者の場合,中心地に入らなか
った非被爆者104名中,急性症状を示した者は全くいなかったが,中心地に入り
10時間以上活動した者ではその43.8%が急性症状を示した。なお,中心地に
入った者でも,爆発後1か月後に中心地に入った者の有症率は極めて小さい。
d 都築正男「原子爆弾の災害」(甲全8号証の2・文献3)
都築正男(東京大学名誉教授)は,数年間にわたって,広島及び長崎両市の状況
を観察した結果,第一次放射能(初期放射線)の作用を全然受けない者が,第二次
放射能(放射性降下物,誘導放射能)だけで重篤な症状を発現したり,又,慢性原
爆症になった者はないようであること,しかし,原爆が爆発した時には2勸幣緡
れた地点(4勸米癲砲砲△辰董い修譴世韻任亙射線疾病の症状は現れないが,そ
れらの人々が,直後に,爆心地に立ち入って作業をし,あるいは生活するようなこ
とがあると,第二次放射能の影響が併せ加わって,急性の放射線疾病の症状を発し
た人は少なくないとの所見を述べている。
e 調来助ほか「医師の証言 長崎原爆体験」(甲全8号証の2・文献4)
調来助(当時,長崎医科大学外科第一教室教授)は,昭和20年10月から12
月にかけて,長崎における原爆の被害状況を調査したところ,2劼ら4劼波鑁
した2828人のうち77日(2.7%)に脱毛があり,うち2名は急性期に死亡
したという結果を得た。
f 筧弘毅「広島市における原子爆弾被爆者の脱毛に関する統計」(甲全8号証
の2・文献5)
日米合同の原爆災害調査団は,昭和20年10月に,広島における原爆の被害状
況を調査したところ,調査人員5120名のうち707名に脱毛を認め,全脱毛者
の約90%は被爆時に爆心から2勸米發砲い深圓任△襪,被爆時に爆心から2.
1劼ら3.0劼竜離にいた1658名の中でも84名(5.0%)に脱毛がみ
られた。
g 「広島原爆戦災誌」(甲全8号証の2・文献7)
原爆投下直後に,急遽広島市に入市して救護活動を行った陸軍船舶司令部隷下の
幸の浦基地救援隊201名,忠海基地救援隊32名の合計233名に対して調査を
行ったところ,幸の浦基地救援隊は,原爆投下当日(8月6日)の正午前に宇品に
上陸し,同日夜から同月7日早朝にかけて中心部に進出し,主として,大手町・紙
屋町・相生橋付近・元安川にて活動し,忠海基地救援隊は,8月7日朝から,市周
辺(東練兵場・大河・宇品・その他主要道路沿いなど)において救援を行ったが,
調査対象者233名の内の120名(51.5%)に白血球減少,80名(34.
3%)に脱毛がみられた。
h 永井隆「長崎の鐘」(甲全8の2・文献8)
長崎医科大学放射線科の永井隆助教授は,「(長崎の)爆撃直後3週間以内に壕
舎住居を始めた人々には重い宿酔状態が起こり,それが1か月以上も続いた。また
重い下痢にかかって苦しんだ。特に焼けた家を片づけるため灰を掘ったり瓦を運ん
だり,また屍体の処理に当たった人の症状ははなはだしかった。症状はラジウム大
量照射を受けた患者のおこすものに似ており,たしかに放射線の大量連続全身照射
の結果であった。」との所見を記載している。
i 梶谷鐶ほか「原子爆弾災害調査報告(広島)」(甲全77号証の7,乙全2
6号証)
(a) 東京帝国大学医学部診療班は,昭和20年10月中旬から同年11月にかけ
て,広島の住民の診療及び調査を行い,脱毛,皮膚溢血斑,壊疽性又は出血性口内
炎症のうち一症状以上を示したものを放射能症と定めて,爆心地からの距離別にそ
の発生頻度を調べたところ,次の一覧表のとおりの結果が得られた。
上記放射能症の発生頻度は,爆心地から1勸米發涼楼茲任錬牽亜鶲幣紊任△辰
が(この地域では負傷者の大多数は死亡しているから実際はさらにその頻度が高い
と思われる。),1劼鯆兇┐訝楼茲任狼涎磴妨詐し,2ないし2.5劼任錬隠
%以下となった。
別紙 表2参照
なお,放射能傷と規定されたものは爆心地から2.8勸扮鵑砲枠見されなかっ
たが,脱毛の距離別発生頻度と近似の状況を示す口内炎症及び悪心嘔吐の距離別発
生頻度は,爆心地から3.1ないし4.0劼隆屬砲睫世蕕に存在し,この距離内
においても僅かながら放射能障害症状を呈する症例を確認することができると考え
られた。
(b) また,爆心地からの距離別に遮蔽状況と脱毛発現率との関係を調べたところ,
次のとおりとなった。
別紙 表3参照
脱毛の発現率は,屋外解放のもの,屋外蔭にあったものが最も高く,コンクリー
ト建物内のものが最も低く,木造家屋内のものはその中間率を示す。
なお,1.1ないし1.5劼砲いて屋外解放のものと屋外蔭のものがほぼ同じ
脱毛発現率を示すことは,放射能の散乱性を物語ると考えてよかろう。
j 日本原水爆被害者団体協議会の昭和60年調査(甲全73号証の1・2,7
4号証)
昭和60年(1985年),日本原水爆被害者団体協議会は,被爆40年後にお
いてなお続く被爆者及びその遺族の苦しみや不安を原爆被爆との関連で明らかにす
ること,及びそれらの被害がどれほど人間性に反するものであるかを明らかにする
ことを目的として,原爆被害者調査を実施した。
濱谷教授は,この調査データをもとに,6744人の調査票を分析した結果,次
のような結果を得た(濱谷分析)。
(a) 直接被爆者のうち急性症状があった者の割合を爆心地からの距離別に集計す
ると,爆心地から1勸米發竜離範囲で82.8%,1劼鯆兇┐藤沖勸米發竜離
範囲で70.3%,2劼鯆兇┐藤貝勸米發竜離範囲で54.0%,3卍兇┐覽
離範囲で40.5%であり,被爆距離が爆心地に近づくにしたがってその割合が増
大していることが示された。
また,上記のとおり爆心地から3劼鯆兇┐覽離範囲の被爆者でも高い割合で急
性症状が見られるほか,入市被爆者のうち急性症状があった者の割合は38.8%,
救護被爆者のうちの同割合は28.6%となっていることが示された。
さらに,急性症状の個数を5段階(「1〜2個」「3〜4個」「5〜7個」「8
〜10個」「11〜16個」)に分類して分析したところ,急性症状の個数(急性
症状の重さ)という観点で見ても,被爆距離が近づくにつれて,発症した急性症状
がより重くなるという関連性があることが示された。
(b) 急性放射線症状の有無とその後の健康状態との関係について見ると,被爆直
後に急性症状があった者は,なかった者に比べて,その健康状態は, 屬靴个靴
(くりかえし)入院」率が2.3倍,「しばしば通院」率が1.6倍,「長期入
院」率が1.5倍,◆屬屬蕕屬乕造あった者」の割合が2.2倍,「被爆した
ためにすっかり健康状態が変わった者」の割合が6.1倍,ぁ嵒袖い靴燭蠡里龍
合が悪くなったときに死の恐怖を感じた者」の割合が1.8倍,それぞれ高くなっ
た。
また,急性症状の個数(急性症状の重さ)との対比で見ても,急性症状の個数が
少ない方から多くなるにつれて,健康状態の悪化を示す上記の割合が,規則的に増
大した。
さらに,その後の健康状態を示す4つの指標(入通院の頻度(上記 法い屬蕕
ら病(上記◆法し鮃喪失感(上記),死の恐怖(上記ぁ法砲料箸濆腓錣擦砲
り,病態類型を「検廖複瓦弔了愽犬垢戮討乏催する者)から「0」(4つの指標
すべてがなかった者)まで5つの類型を設定し,被爆直後の急性症状との関連を見
てみると,急性症状があった者は明らかにその後の病態が重くなっているといえる。
また,急性症状の個数との関連で病態類型を見てみると,急性症状の個数が多かっ
た(急性症状が重かった)ほど,病態類型犬粒箙腓規則的に増大し,病態類型
及び靴旅膩廚埜ると,急性症状が5〜7個あった者ではその78%,8〜10個
あった者ではその85%,11個以上あった者ではその90%以上もの高い割合を
占めており,結局,被爆直後に急性症状があった者,そしてその症状数が多かった
者ほど,その後の病態がより重かったといえる。
こうした傾向は,直接被爆か入市被爆・救護被爆ということや,爆心からどの距
離で被爆したかということに関わらず,同様に認められる。
(c) 以上の分析を基に,濱谷教授は,被爆者のその後の健康状態は,被爆状況
(直接被爆,入市被爆,救護被爆)や被爆距離よりも,被爆直後の急性放射線障害
によって大きく左右されるといえるから,被爆者の体の状態は,どこで被爆したか
ということより,被爆時及びその直後にどのような症状を呈したか(急性症状の有
無・程度)に留意して把握する必要がある旨の意見を述べている。
k 齋藤紀「入市被爆者の脱毛について」(甲全80号証,齋藤報告書)
広島・長崎における原爆被爆者の寿命調査結果を解析したところ,被爆後60日
以内に脱毛があったと報告されている者では,この急性放射線症状を経験しなかっ
た者に比べ,電離放射線推定被曝線量と白血病死亡率との間に見られる線形の線量
反応関係の勾配が2.5倍も急であるとの結果が得られた。一方,白血病を除くが
ん死亡率における線量反応関係には脱毛の有無による差はほとんどなかった(錬石
和男ほか「広島と長崎の原爆被爆生存者における急性放射線症状とその後の癌死亡
との関係に関する観察」〔広島医学43巻2号330頁〕,甲全111号証の1)。
広島・長崎における原爆被爆者の末梢血培養リンパ球に認められる染色体異常を
有する細胞の割合について解析したところ,DS86線量を用いた線量反応関係は,
被爆後強度脱毛を呈した者が,脱毛のなかった者よりもその勾配率が有意に高いと
いう結果が得られた(Richard Spostoほか「染色体異常と強度脱毛のデータに基づ
くDS86線量計算方式の確率誤差に関する調査」〔広島医学43巻8号1455頁〕,
甲全111号証の2)。
齋藤医師は,これらの結果を踏まえて,原爆被害の重度評価において,原爆初期
放射線推定線量から相対的に独立した要素として注目されている脱毛は,被害の実
体的指標として有用であることを含意しているとの意見を述べている。
l 「広島・長崎の原爆災害」〔広島市・長崎市原爆災害誌編集委員会編〕(甲
全111号証の5)
広島大学精神科医の小沼十寸穂らは,昭和28年8月,被爆者における神経精神
医学的な諸問題を研究することを目的として,広島で勤労奉仕隊として作業中被爆
した大竹市在住の被爆者につき詳しい分析的な調査を行い,「前代未聞の惨状」に
遭遇したことによる精神神経症状を詳細に報告しているが,その中には,精神神経
症状との関連で脱毛が多発したとの指摘はない。
m 横田賢一ほか「長崎原爆の急性症状発現における地形遮蔽の影響」〔広島
医学57巻4号362頁〕(甲全111号証の7)
横田賢一らは,長崎原爆の被爆地について,地理情報システムを利用して地形的
に放射線が遮蔽された地域を割り出し,急性症状の発現における地形遮蔽の影響に
ついて検討したところ,遮蔽地域と無遮蔽地域との間で脱毛の頻度(程度別頻度を
含む)について有意差が認められた。
n 安齋育郎「原爆症訴訟意見書」(甲全83号証の2)
昭和29年(1954年)3月1日にビキニ環礁で行われたアメリカによる水爆
実験の際に,爆心から160厠イ譴審ぐ茲砲い親本のマグロ延縄漁船「第五福龍
丸」に放射性核分裂生成物が降り注ぎ,23人の乗組員に急性放射線障害をもたら
したが,安齋育郎は,ビキニ水爆と広島原爆ではその爆発威力は約1000倍の違
いがあるとはいえ,広島・長崎でも周囲数劼涼楼茲剖い放射性物質の降下があっ
たであろうことは合理的に推定されるとの意見を述べている。
長崎に原爆が投下された後の昭和20年9月23日以降昭和21年春ころまで,
最大時で約1万人のアメリカ海兵隊員が,瓦礫の片付けなどのために駐屯したが,
その中に,多発性骨髄腫と呼ばれる放射線障害が複数事例発生したことが伝えられ
ている。
o 澤田昭二「原爆放射線急性症状の発症率から実効的被曝線量を推定する」
(甲全52号証)
澤田教授は,次のとおり,急性放射線症状の発症率と被曝線量の関係から,放射
性降下物と誘導放射化物質による被曝線量を推定した。
「原爆放射線の人体影響1992」(乙全14号証・10頁)に,脱毛,出血,咽
頭部病変の3種を含む急性症状について,初期放射線による外部被曝線量0.5Gy
で発症率5ないし10%,3Gyで発症率50ないし80%になるとの報告があり,
これを基にすると,急性症状発症率と被曝線量の関係は,平均値2.4Gy±0.6
Gy,標準偏差1.485Gyの正規分布関数を一部修正して表現できる。
そして,於保論文における屋内で被曝し,かつ爆発中心部に出入りしていない被
爆者についての急性症状の発症率や,日米合同調査団の調査報告における急性症状
の発症率(いずれの発症率も爆心地からの距離との関係を示すもの)を基にして,
この急性症状の発症は,初期放射線,放射性降下物及び誘導放射化物質による被曝
によるものとの前提のもとに,上記の急性症状発症率と被曝線量の関係や,爆心地
からの距離に対応した初期放射線に関する知見を用いて,放射性降下物及び誘導放
射化物質による被曝線量を推定した。
その結果,放射性降下物による実効的被曝線量は,爆心地から約1.5ないし1.
6劼能藉放射線量を上回り,さらに遠距離では,主として放射性降下物によって
急性症状を発症したことが明らかとなった。
p そのほかの証言等(甲全8の2・文献9,文献10)
そのほか,元広島原爆病院長の重藤文夫や,元広島逓信病院長の蜂谷道彦は,入
市被爆者の中から死者がでた旨を述べている。
(イ) 遠距離・入市被爆者の発病率,染色体異常率
前記の「広島原爆戦災誌」や齋藤報告書においては,遠距離・入市被爆者に生じ
た白血球減少,白血病及び染色体異常等についても言及しているが,このほか,遠
距離・入市被爆者の発病率,染色体異常率については,次の所見が存する。
a 広瀬文男「原爆被爆者における白血病」(甲全12号証)
非被爆者(全国平均)の白血病発生率は10万人当たり2.33人であるが,広
島における爆発3日以内の入市者(8月6日ないし8月9日に入市)におけるその
発生割合は9.69人,同4日から7日までの入市者(8月10日から8月13日
に入市)における同発生割合は4.04人であった。
なお,白血病を細胞形態別にみたときに,急性白血病と慢性骨髄性白血病の割合
は,全国平均は4.5:1であるのに対し,広島被爆者に発症した白血病の同割合
は1.5:1であり,全国平均に比べて慢性骨髄性白血病の占める割合が非常に多
い(「原爆放射線の人体影響1992」,甲全111号証の8)。
広瀬文男は,早期入市者に発生した白血病の型も慢性型の発生が高率であったこ
とから,早期入市者が受けた原爆放射線は著しかったことが示唆されるとの意見を
述べている(広瀬文男前掲書,甲全12号証)。
b 早期入市者の染色体異常・佐々木及び宮田「Biological Dosimetry in Atomic
Bomb Survivors」(甲全111号証の17の1・2)
佐々木及び宮田が,広島の被爆者51人と非被爆対照11人を対照として,染色
体異常の頻度を調査したところ,2.4勸扮鵑留鶺離被爆者19人の染色体異常
頻度が,非被爆対照群のそれよりも有意に高かった(p<0.01)。2.4勸
遠の遠距離被爆者19人のうち,早期入市者(被爆3日以内,1勸米眛市,11
人)の群は,それ以外の者(8人)の群よりも,染色体異常頻度が高率であるとの
結果が得られたが,統計学的に有意であるとの結果は得られなかった(0.1<p
<0.2)。
佐々木及び宮田は,前掲論文において,2.4勸扮鵑留鶺離被爆者の群に予想
外の高率でみられた染色体異常は,爆心地に入ったということでは十分に説明でき
ないと思われること,この遠距離被爆者の群において染色体異常と吸収線量が予想
外に高いレベルで観察されたことは,同群の一定数の者が初期放射線以外の被曝を
受けたことを示唆しているとの意見を述べている。
c 小熊及び鎌田「早期入市者の末梢血リンパ球染色体異常」〔原爆放射線の人
体影響1992〕(甲全111号証の8)
小熊及び鎌田は,早期入市者40名を,入市滞在期間(長短)と,今日までの医
療被曝加重(多寡)で4群(A群:長期入市滞在者(賀北部隊員)10名,B群:
長期入市滞在者で医療被曝の多い者(賀北部隊員)10名,C群:短期入市滞在者
6名,D群:短期入市滞在者で医療被曝の多い者14名)に区分して,医療被曝が
同程度群で滞在の長短が区分できるA群(長期滞在)とC群(短期滞在),及びB
群(長期滞在)とD群(短期滞在)とで,安定型染色体異常の割合を比較検討した
ところ,被爆者の体内に終生残る安定型染色体異常の発症率は,長期滞在のA群及
びB群で有意に高いことが認められた(p<0.005)。
d 牟田喜雄「2004年くまもと被爆者健康調査“プロジェクト04”」(甲
全81号証の1ないし4)
くわみず病院附属平和クリニックの牟田喜雄医師は,遠距離・入市被爆者の健康
障害の実態を解明することを目的として,平成16年6月から平成17年3月まで,
58歳以上の熊本県内在住者のうち,被爆者278名,非被爆者530名について
疾患発症状況を調査した。
その結果,2勸扮鵑糧鑁者及び入市被爆者の139名の群のうち65%の者が
何らかの急性症状を示唆する症状があったと回答し,入市被爆者のみの34名の群
では71%の者が上記症状があったと回答した。
また,性・調査時年齢を個別マッチさせて,被爆者と非被爆者の1:1ペアを2
78組み作り,それぞれの悪性腫瘍等の疾患の発症状況を比較したところ,2勸
遠の被爆者及び入市被爆者の群について,個別マッチした非被爆者に比して悪性腫
瘍(がん)の発生者数が約2倍多く,入市被爆者の群のみについても,個別マッチ
した非被爆者に比して悪性腫瘍(がん)の発生者数が多く,いずれも統計学的に有
意であるとの結果が得られた。
同論文の著者は,2勸扮鵑任留鶺離被爆での直接被曝線量は小さいものと考え
られるので,遠距離被爆者や入市被爆者に被爆による後障害があることが推定され
ることを説明するためには,直接被爆のほかに残留放射能による外部・内部被曝を
考えなければならないとの所見を述べている。
e 島方時夫ほか「三次高等女学校の入市被爆者についての調査報告書」(甲全
82号証)
広島県三次市の三次高等女学校の200名を超える学生は,昭和20年8月19
日から同月25日まで,広島市内に入って被爆者の救護にあたったが,平成16年
4月以降,これらの者の入市被爆の実情や健康状態を調査した。
その結果,被爆者救護隊として本川国民学校へ配置された20数名のうち氏名等
が判明したのは23名であり,平成17年12月31日時点で死没者が13名,生
存者が10名で,生存者の割合は43%であったところ,簡易生命表における生存
者の割合(83.7%)に比べて非常に低いこと,若年時からの死亡例がみられ,
死因が判明した11名のうち,がん性の疾患により死亡した者が7名を占めること,
生存者10名のうち6名に急性症状の発症があったとの結果が得られた。
(ウ) 急性放射線症状と放射線量に関する知見
a Seishi Kyoizumiほか「Radiation Sensitivity of Human Hair Follicles in
SCID-hu Mice」〔RADIATION RESEARCH 149,11-18(1998)〕(甲全80号証,111号
証の4の1・2)。
人間の頭髪(頭皮)を移植した動物に対するエックス線照射実験を行ったところ,
約2Gyで脱毛率が増加し,約4.5Gyで脱毛率がほぼ100%になるという結果が
得られた。
b 草間朋子ほか「電離放射線障害に関する最新の医学的知見の検討」(甲全8
5号証の28)
筆者らが,当時(平成14年3月)の最新の放射線影響,傷害に関する情報をま
とめ,検討したところ,一般に急性放射線症状は約1Gy以上の被曝で発症するとさ
れており,脱毛は3Gy以上(同文献8頁,なお同文献5頁には,2ないし4Gyで脱毛
が生じるとの記載もある。),下痢は5Gy以上(同文献4頁,なお同文献5頁には,
4ないし6Gyで中等後の下痢が起こるとの記載もある。)で発症するとされている。
c 「電離放射線の非確率的影響」〔国際放射線防護委員会専門委員会1の課題
グループの報告書〕(乙全78号証・23頁)
低LET放射線の1回短時間照射の場合,3ないし5Gyの線量で一過性脱毛が起
こり得る。
皮膚に対する放射線の脱毛等の急性効果は,主として表皮の基底層及び毛嚢球の
増殖性細胞の傷害とその結果起こる表皮の細胞再生の妨害によるもので,これらの
型の傷害が現れるまでの時間は,表皮の対応する細胞コンパートメントにおける細
胞の交代の動態と密接に関連している。
d 「要覧 放射線影響研究所」(乙全10号証・10頁)
「急性放射線症」と総称される疾患は,高線量の放射線(約1-2Gyから10
Gy)に被曝したあと,数か月以内に現れる。主な症状は,被曝後数時間以内に認め
られる原因不明の嘔吐,下痢,血液細胞数の減少,出血,脱毛,男性の一過性不妊
症などである。下痢は腸の細胞に傷害が起こるために発生し,血液細胞数の減少は,
骨髄の造血幹細胞が失われるために生ずる。出血は,造血幹細胞から産生される血
小板の減少により生ずる。また毛根細胞が傷害を受けるために髪の毛が失われる。
毛髪は実際には抜けるのではなく,細くなり最後には折れる。男性の不妊症は,精
子を作り出す細胞が傷害を受けた結果生じる。
重度脱毛(3分の2以上の頭髪の脱毛)を報告した人の割合と被曝線量の関係を
示したグラフによれば,1Gyで3ないし4%,2Gyで約40%,3Gyで約50%の
割合で,重度脱毛が生じるとの傾向がうかがえる。
e 菅原努監修「放射線基礎医学第10版」〔金芳堂〕(乙全101号証・
329,330頁)
人における放射線の全身照射の場合には,2ないし5Gyで脱毛,血小板減少,出
血の症状が起こるとされている(国連科学委員会,1988)。
(エ) 当裁判所の判断
以上の知見等を基に判断する。
a 爆心地から1.5ないし2勸扮鵑砲いては,脱毛,下痢等の症状を呈する
者の割合はかなり低くなるものの,一定割合の者は脱毛,下痢等の症状を呈してい
ることが明らかに認められる。そして,これらは,爆心地から遠距離になるほど発
症率が低く,遮蔽の有無・程度も影響し,被爆後中心地に入った者は入らなかった
者よりも発症率が高く,この発症率は中心地に入った時期・期間にも関連する。
さらに,遠距離・入市被爆者について,急性放射線症状の可能性がある脱毛,下
痢等の症状を呈した者については,放射線に起因すると認められる白血病罹患,悪
性腫瘍罹患,染色体異常との間に有意な関連がある。なお,前記のとおり,「黒い
雨に関する専門家会議報告書」(乙全20号証)において,黒い雨に曝された者と
そうでない者の体細胞突然変異及び染色体異常を比較したところ,放射線によると
思われる有意な関連は認められなかったとの報告がなされているが,同報告は,測
定された人数も限定的なものである上,対照群として選定された者(非降雨地域に
当時在住し黒い雨に曝されていない者)が,黒い雨以外のすすなどを浴びるとか,
被爆後の行動によって放射性降下物に接近するなどして,放射性降下物による放射
線被曝を受けることがなかったか否かが必ずしも明らかではなく,同報告をもって
黒い雨に放射性降下物が含まれていないとか,あるいは放射性降下物による人体影
響が顕著でないなどと結論付けられるものではない。
これらの諸事情から考えると,遠距離・入市被爆者に生じた脱毛,下痢等の症状
は,放射線の被曝による急性放射線症状と認めるのが相当である。
b なお,被告らは,今日の放射線医学の進歩により,急性症状が生じる被曝線
量は最低でも1Gy以上,脱毛が生じるのが頭部に3Gy以上,さらに下痢が生じるの
が腹部に5Gy以上であることが明らかになっているとし,遠距離・入市被爆者はそ
のようなレベルの放射線を浴びていないことは明らかであると主張する。
しかし,前記のとおり,原爆の初期放射線についてはDS86による被曝線量が
一定程度の合理性をもつとしても,放射性降下物,誘導放射能による外部被曝や内
部被曝については,遠距離・入市被爆者の放射性降下物に曝された状況や原爆投下
後の入市状況によっては,審査の方針が定める推定線量を大幅に越える放射線に被
曝した可能性を否定できないから,急性症状を呈するためには最低でも1Gy以上の
放射線量を浴びることが前提である旨の被告らの指摘は,かえって,そうした症状
を呈した被爆者が同程度の放射線量を浴びたことを裏付ける事実といえるのであっ
て,前記の濱谷分析や齋藤報告書が指摘するように,急性放射線症状を呈したか否
かは,被爆者がどの程度の放射性を浴びたかについての重要な指標になるというべ
きである。
c 被告らは,仮に遠距離被爆者,入市被爆者に急性放射線症状が発現していた
としても,脱毛については,極度の精神的ストレスや,感染症,当時の栄養障害等
の諸事情からして,多少の脱毛があったとしても何ら不自然ではないし,発熱や下
痢については,脱水症や熱中症によるものや,赤痢・腸チフス・パラチフスといっ
た腸管感染症によるもの,栄養障害から生じる慢性下痢によるもの等の可能性があ
る旨主張する。
しかしながら,脱毛が精神的ストレス等の要因によっても起こり得るものである
としても,東京,大阪,名古屋をはじめとして全国各都市を襲った大空襲など,原
爆被爆地以外での苛烈かつ悲惨な戦災に遭った者等について,一定割合で脱毛等の
症状が生じたとする調査結果が存在することを認めるに足りる証拠はない。
また,脱水症や熱中症については,炎天下で水分を十分に補給することなく,原
爆投下後の市内を長時間歩き回ったり作業をした場合に,そうした症状を呈する可
能性がないとはいえないが,それが原因で脱毛や激しい下痢が生じるものとは認め
られない。
感染症による下痢については,当時全国的にみれば,赤痢,腸チフス及びパラチ
フス等の腸管感染症に罹患した患者が一定程度発生しており,特に8月や9月はそ
の発生が多かったことが認められるが(乙全119号証),当時,特に広島や長崎
で赤痢や腸チフス等の感染症が蔓延していたことを示す具体的な証拠はなく,かえ
って,広島においては,広島第一陸軍病院江波分院及び広島第二陸軍病院各分院に
収容された被爆患者の下痢が,一見細菌性下痢に似ていたものの,細菌検査の結果
は陰性であったこと,また,下痢の症状が赤痢を疑わせるものであったため,臨時
伝染病院を急設したが,結局赤痢菌は陰性であり,抗菌性薬剤の投与も無効であっ
たこと,これらの報告があり(「広島・長崎の原爆災害」,甲全77号証の9・77
頁,112号証の5・428頁),その他,遠距離・入市被爆者に生じた下痢症状が
赤痢等の感染症によるものであることを示す証拠は見当たらない。
また,栄養障害については,昭和21年に栄養障害から生ずる慢性下痢が2%前
後の者に認められているが(乙全106号証・6,7頁),そのことから,上記の遠
距離・入市被爆者に生じた下痢がすべて栄養障害から生じたものであると解すべき
根拠も見当たらない。
すでに述べたとおり,遠距離・入市被爆者の脱毛,下痢等の症状は,爆発時点に
おける爆心地からの距離及び遮蔽の有無,爆発後の爆心地付近への出入り及び滞在
時間の長さとの間に関連性がある上,上記の各種の調査結果及び知見等を対比検討
した上,これらを総合的に判断してみれば,上記の諸症状は急性放射線症状である
と認めるのが相当というべきである。被告らが上記のとおり主張するところは,同
様の症状が他の要因によっても起こり得るとの一般的な医学的知見に基づく可能性
を指摘するにとどまるものであって,遠距離・入市被爆者の具体的な被曝状況及び
諸症状の態様等との関係について適切な考慮,検討を経たものとは解し難く,上記
の認定を覆すに足りるものとは認められない。
d 被告らは,於保論文,濱谷分析,齋藤報告書等の内容について消極的な評価
をするが,それらの調査手法が一定の誤差を生じる余地を内包するものであったと
しても,遠距離・入市被爆者に生じた急性放射線症状については,上述したとおり
の多数の調査結果が存在しており,数多くの遠距離・入市被爆者らがそれに合致す
る症状を呈していたのであって,被告らの上記主張内容と対比検討してみても,こ
れらの調査結果に基づく上記の認定が左右されるものとは認められない。
(5) 原因確率論について
ア 審査の方針における原因確率論の根拠
(ア) 放影研(ABCC)による疫学調査の概要(乙全10号証)
ABCCは,昭和25年(1950年)の国勢調査時に行われた原爆被爆者調査
から得られた資料を用いて,固定集団の対象者となり得る人々の包括的な名簿を作
成した。この国勢調査により28万4千人の日本人被爆者が確認され,この中の約
20万人が昭和25年(1950年)当時,広島・長崎のいずれかに居住していた
(基本群)。
1950年代後半以降,ABCCないし放影研で実施された被爆者調査は,すべ
てこの「基本群」から選ばれた副次集団について行われてきた。死亡率調査では,
厚生省,法務省の公式許可を得て,国内で死亡した場合の死因に関する情報を入手
している。がんの罹患率に関しては,地域の腫瘍・組織登録からの情報(広島,長
崎に限る。)によって調査が行われている。
a 寿命調査集団(LSS集団)
(a) 当初の寿命調査集団は,「基本群」に含まれる被爆者の中で,本籍が広島又
は長崎にあり,昭和25年(1950年)に両市のどちらかに在住し,効果的な追
跡調査を可能にするために設けられた基準を満たす被爆者の中から選ばれており,
以下の4群から構成されている。
爆心地から2000m以内で被爆した者全員から成る中心グループ(近距離
被爆者)
爆心地から2000ないし2500mの地域で被爆した者全員から成るグル
ープ
,涼羶乾哀襦璽廚版齢及び性が一致するように選ばれた爆心地から250
0ないし10000mの地域で被爆した者のグループ(遠距離被爆者)
,涼羶乾哀襦璽廚版齢及び性が一致するように選ばれた,1950年代前
半に広島・長崎に在住していたが原爆投下時は市内にいなかったグループ(この群
は,原爆投下時市内不在者と呼ばれ,原爆投下後60日以内の入市者とそれ以降の
入市者も含まれている。)
(b) 当初9万9393人から構成されていた寿命調査集団は,1960年代後半
に拡大され,本籍地に関係なく,爆心地から2500m以内において被爆した「基
本群」全員が含まれていた。次いで,昭和55年(1980年)に更に拡大され,
「基本群」における長崎の全被爆者が含められ,今日では集団の人数は合計12万
0321人となっている。この集団には,爆心地から10000m以内で被爆した
9万3741人と,原爆投下時市内不在者2万6580人が含まれている。
これらの人々のうち,8万6632人については,DS86による被曝線量推定
値が得られているが,7109人については,建物や地形による遮蔽計算の複雑さ
や不十分な遮蔽データのため線量計算はできていない。
(c) 現在,寿命調査集団には,「基本群」に入っている爆心地から2500m以
内の被爆者がほぼ全員含まれるが,次の近距離被爆者は除外されている。すなわち,
1950年代後半までに転出した被爆者(昭和25年(1950年)国勢調査の回
答者の約30%),国勢調査に無回答の被爆者,原爆投下時に両市に駐屯中の日本
軍部隊及び外国人は含まれていない。以上のことから,爆心地から2500m以内
の被爆者の約半数が調査の対象となっていると推測されている。
b 成人健康調査集団(AHS集団)
(a) この集団は,2年に1度の健康診断を通じて,疾病の発生率とその他の健康
情報を収集することを目的として設定された。成人健康調査によって,全員のすべ
ての疾病と生理的疾患を診断し,がんやその他の疾病の発生と被曝線量との関係を
研究している。これによって,寿命調査集団の死亡率やがんの発生率についての追
跡調査では得られない臨床上あるいは疫学上の情報を入手できる。
(b) 昭和33年(1958年)の集団設定当時,成人健康調査集団は当初の寿命
調査集団から選ばれた1万9961人から成り,中心グループを,昭和25年(1
950年)当時生存し,爆心地から2000m以内で被爆して急性放射線症状を示
した4993人とした。このほかに,都市・年齢・性を中心グループと一致させた
以下の3つのグループを構成した。
爆心地から2000m以内で被曝し急性症状を示さなかった者
広島では爆心地から3000ないし3500m,長崎では3000ないし4
000mの地域において被爆した者
原爆投下時にいずれの都市にもいなかった者
(c) 昭和52年(1977年)には,高線量被曝者の減少を懸念して,新たに以
下の3つのグループを加えて成人健康調査集団を拡大し,合計2万3418人の集
団となった。すなわち,
寿命調査集団のうち,推定被曝線量が1Gy以上である2436人の被爆者全
員のグループ
,版齢及び性を一致させた同数の遠距離被爆者から成るグループ
胎内被爆者1021人から成るグループ
c 放影研(ABCC)による疫学調査方法
(a) コホートとは,ある共通の性格を持つ集団(たとえば,昭和35年生まれの
コホートといえば,昭和35年に生まれた人達の集団のことを表す。)を意味する
が,疫学におけるコホート研究とは,何らかの共通特性(例えば,同じ住所地,同
じ職業,同じ学校,同一の曝露要因など)を持った集団を追跡し,その集団からど
のような疾病・死亡が起こるかを観察し,要因(例えば,放射線曝露)と疾病(例
えば,白血病等の悪性腫瘍)との関連を明らかにしようとする研究である。したが
って,コホート研究は,疾病の要因と考えられている情報に基づいて調査集団を設
定し,その後の疾病や死亡の起こり方が,要因の有無や,その要因曝露の程度によ
ってどのように異なるかを観察する研究方法である(乙全52号証・56頁)。
(b) そして,その解析方法には,調査集団を外部集団と比較する外部比較法と,
調査集団内部で曝露要因の程度によって分けられたグループ内で比較する内部比較
法がある。内部比較法は,具体的には,曝露が高い群から発生した死亡罹患が,非
曝露群又は低濃度曝露群から発生した死亡に比べてどう違うかをみるものである
(日本疫学会編集「疫学 基礎から学ぶために」,乙全52号証・61頁)。
放影研においては,少なくとも「寿命調査第5報」(乙全18号証)以降は,内
部比較法による解析法を用いている。なお,「寿命調査第6報」(乙全47号証),
「寿命調査第7報」(乙全48号証)においては,内部比較法に基づく解析法のほ
かに,NIC(市内不在者群)との比較や,日本人全体の死亡率を利用して期待死
亡数を算出する外部比較法も合わせて行われたが,「寿命調査第8報」(乙全49
号証)以降は外部比較法に基づく解析は行われていない。
(c) また,放影研では,「寿命調査第10報」(乙全12号証)からポアソン回
帰分析を用いて内部比較法によりリスク推定を行っている。
回帰分析とは,予測したい変数である目的変数と目的変数に影響を与える変数で
ある独立変数との関係式を求めて,目的変数の予測を行い,独立変数の影響の大き
さを評価することである。被曝線量とがんによる死亡率についていうと,目的変数
である「がんによる死亡率」と,独立変数である「被曝線量」がどのような関係に
あるかを関係式(回帰式)という数式で表し,これを用いて,個々の被爆者の被曝
線量からリスクを推定することになる。
その関係式として,直線,2次曲線,確率分布等で当てはめることにより様々な
回帰分析が行われるが,ポアソン回帰分析は,目的変数がポアソン分布に従うと仮
定して行う回帰分析法である。なお,ポアソン分布とは,ある事象が,万が一起こ
るとしたら,突発的に(互いに独立して)起こるが,普段は滅多に起こらないとい
う場合の,一定時間当たりの事象発生回数を表す分布である。
(イ) 児玉和紀ほか「放射性の人体への健康影響評価に関する研究」(乙全7号証,
「児玉論文」,審査の方針においては,同文献の結果が用いられている。)
a リスク評価の指標
放射線の人体への健康影響に関するリスク評価の指標として,相対リスク(「R
R(Relative Risk)」ともいう。),絶対リスク(「AR(Absolute Risk)」と
もいう。),寄与リスク(「ATR(Attributable Risk)」,「原因確率」とも
いう。)の3種類の評価指標がある。相対リスクとは,非曝露群に対する曝露群の
疾患発生あるいは死亡率の比を示すものである。絶対リスクとは曝露群と非曝露群
における疾患発生あるいは死亡の差を示すものである。寄与リスクとは,曝露者中
におけるその曝露に起因する疾病などの帰結の割合を示すものであり,例えば曝露
群におけるがん死亡者(罹患者)のうち原爆放射線が原因と考えられるがん死亡者
(罹患者)の割合を示す。
このうち,相対リスクは,被曝群と非被曝群とのリスクの相対的な比であり,リ
スクの評価には適しているが,非被曝群と比べてどの程度リスクが増加するのかと
いうことは示されず,絶対リスクは,どの程度リスクが増加するのかという公衆衛
生的インパクトにとっては重要な指標ではあるが,その大きさは非被曝群のリスク
に依存して考えなければならない。一方,寄与リスクは,絶対リスクの相対的大き
さで表され,相対リスクと絶対リスクの両指標の考えを併せ持つものである上,そ
の大きさは0から100%に数値化され,種々の疾病に対する放射線リスクの評価
が同じ枠内の数値として統一的に考えられるから,放射線が占める割合としてのリ
スク評価の指標としては,寄与リスクが最適である。
b リスク評価に当たって用いた関係式
寄与リスク(ATR,原因確率)は,過剰相対リスク(「ERR( Excess
Relative Risk)」ともいい,相対リスクから1を引いたもの。)を求め,その値
を関係式(ATR=ERR/(1+ERR))に当てはめることで算出されるが,
固形がんの過剰相対リスク(ERR)を表す関係式として,次のようなモデルが用
いられた。
ERR=β ×d×exp{γ(age−30)} S
なお,「d」はDS86による推定被曝線量,「age」は被爆時年齢であり,
「β 」(男性と女性で別異の値)及び「γ」が推定すべき未知母数である。 S
このように,固形がんの過剰相対リスクは,被曝線量と線形関係があることが前
提とされた。
c 寄与リスクを求めた疾患
(a) 部位別に寄与リスクを求めたがん:寿命調査集団を使った過去の死亡率・発
生率の報告で放射線との有意な関係が一貫して認められ,かつ部位別に寄与リスク
を求めても比較的信頼性があると考えられる部位(胃がん,大腸がん,肺がん,女
性乳がん,甲状腺がん)及び白血病
(b) 原爆放射線に起因性があると思われるが,個別に寄与リスクを求めると信頼
区間が大きくなると考えられるがん(肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色種を除く),
卵巣がん,尿路系(膀胱を含む)がん,食道がん)。
(c) 現在までの報告では,部位別に過剰相対リスクを求めると統計的には有意で
はないが,原爆放射線被曝との関連が否定できないもの。(a),(b)以外のすべての
がん。
(d) 寄与リスクを求めなかった疾患は,骨髄異形成症候群(最近,被曝との関連
が学会で発表されているが,未だ,論文発表されていない),放射性白内障(しき
い値が求められている),甲状腺機能低下症(論文発表されているデータから寄与
リスクを算出できない),過去に論文発表がない疾患(造血機能障害など)である。
d 寄与リスク評価に用いたデータ
(a) 寄与リスク評価に用いたデータは,放影研による「原爆被爆者の死亡率調査
第12報 第1部 癌:1950−1990年」(「本件死亡率調査」という。乙
全8号証),及び「原爆被爆者における癌発生率 第2部:充実性腫瘍,1958
−1987年」(「本件発生率調査」という。乙全9号証)で使用され,現在,放
影研が報告しているデータ及び過去に論文発表されているデータである。
本件死亡率調査は,LSS集団のうち被曝線量推定値が得られている8万6
572人のデータを基に解析されたものである。
なお,同調査の基となった死亡診断書の原死因情報は,剖検から得られた結果と
比較すると,がん死亡の約20%が死亡診断書ではがん以外の原因による死亡と誤
分類されており,一方でがん以外の原因による死亡の約3%ががん死亡と誤分類さ
れていることが判明しており,これら誤分類の割合を考慮に入れてLSS集団にお
けるがん死亡率の解析を行うと,固形がんの過剰相対リスク(ERR)の推定値が
約12%,過剰絶対リスク(EAR)の推定値が約16%上昇することが示唆され
たが,本件死亡率調査ではそのような補正は行われていない。
本件発生率調査は,LSS集団から市内不在者,被曝線量が不明である者,
被曝線量が4Gyを越える者,死亡し又は昭和33年(1958年)1月1日以前に
がんと診断された者を除いた7万9972人のデータを基にしたものである。
腫瘍の確認は,放影研の採録者が両市の規模の大きい病院のほとんどを訪れて,
その医療記録を確認して行われた。小さい病院で検査を受けたがん患者のほとんど
は大病院に紹介されるものであり,予備調査によると悪性腫瘍のほとんどが把握さ
れることが分かった。さらに,腫瘍登録データは,広島及び長崎の組織登録と地元
の保健所から入手した死亡票のがん死に関する情報で補われた。組織登録は,広島
県及び長崎市とその近郊で行われるほとんどすべての病理学的監査の組織標本と病
理学的記録を受け取り,さらに腫瘍確認は,長崎県がん登録,放影研白血病登録及
び外科手術,剖検及びAHS検査プログラムから放影研が得た記録により強化され
た。従来のデータ精度測定方法によると,広島及び長崎の登録の症例確認の精度は,
他のがん登録の制度と同等であった。
(b) 白血病,胃がん,大腸がん,肺がんは,本件死亡率調査に基づいて寄与リス
クを求め,甲状腺がんと女性乳がんは,予後の良いがんで死亡率調査より発生率調
査の方が実態を正確に把握していると考えられるため,本件発生率調査を用いた。
がん以外の疾患として,副甲状腺機能亢進症,肝硬変及び子宮筋腫について寄与
リスクを求めた。副甲状腺機能亢進症は,有病率調査のみ発表されているため,有
病率調査結果から寄与リスクを推定し,その線量は,論文で使われている甲状腺線
量を用いた。肝硬変は,がん以外の疾患の死亡率調査から算出し,その線量は論文
で使われている結腸線量を用いた。子宮筋腫は,成人健康調査集団を対照にした発
生率調査から求めた。
e 研究結果
白血病,胃がん,大腸がんの死亡,甲状腺がんの発生については,性別,被爆時
年齢,線量別の寄与リスクを求めた(審査の方針の別表1ないし4)。
女性乳がんの発生についても,被爆時年齢,線量別の寄与リスクを求めた(審査
の方針の別表5)。
肺がんの死亡については,被爆時年齢の影響を受けなかったので,性別,被曝線
量別の寄与リスクを求めた(審査の方針の別表6)。
肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く),卵巣がん,尿路系(膀胱を含む)が
ん,食道がんについては,この5疾患をまとめて寄与リスクを求めた(審査の方針
の別表7)。
副甲状腺機能亢進症の有病率調査では,被曝の影響に性差が認められなかったの
で,被爆時年齢と甲状腺臓器線量別に求めた寄与リスクを求めた(審査の方針の別
表8)。
肝硬変による死亡は,被曝の影響に性差,被爆時年齢による差は認められなかっ
たので,被曝線量別の寄与リスクを求めた。子宮筋腫の有病率については,放射線
の影響に被爆時年齢による差は認められなかったので,被曝線量別の寄与リスクを
求めた(審査の方針では,これらの寄与リスクの表は採用されていない。)。
審査の方針においては,「その他の悪性新生物」について,疫学調査では放射線
起因性がある旨の明確な証拠はないが,その関係が完全には否定できないものであ
ることにかんがみて,放射線被曝線量との原因確率が最も低い胃がん(男性)の寄
与リスクが準用された(乙全1号証・3頁)。
また,放射線白内障については,確定的影響であるとして,安全領域のしきい値
を,眼の臓器線量で1.75Sv(95%信頼区間1.31−2.21Sv)であると
して,審査の方針では,このしきい値が用いられた。
審査の方針においては,このようにして導き出された寄与リスクを基にして,原
因確率(寄与リスク)が,概ね50%以上である場合には,当該申請に係る疾病の
発生に関して,原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し,概
ね10%未満である場合には,当該可能性が低いものと推定するが,このような判
断に当たっては,これらを機械的に適用して判断するのではなく,当該申請者の既
往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,判断を行うものとすることと
された。なお,原因確率等が設けられていない疾病等の審査に当たっては,当該疾
病等には,放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意
しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案
して,個別にその起因性を判断するものとされた。
イ 原因確率論に対する検討
原告らは,/該困諒針が基礎としている疫学データは,誤った放射線推定体系
(DS86,DS02)を用いており,残留放射能や内部被曝の影響を全く無視し
て行われていること,調査手法で用いられたポアソン回帰分析は,被曝線量及び
線量−反応関係の正確な把握が前提となるところ,これらの正確さを欠いているこ
と,C羸子線量の評価において生物学的効果比が考慮されていないこと,せ猖
率調査を基本としているため,死亡に直結しない疾病が見落とされることになり,
また,罹患してから死亡するまでの間は疾病の発生がデータに上がってこないこと,
ゼ命調査については被曝から5年間,成人健康調査については被曝から13年間
に死亡した者は調査の対象となっておらず,これによって放射線の影響を過小評価
している可能性が十分にあること,これらの諸点を指摘し,また,疫学調査の結果
に基づいた原因確率(寄与リスク)を,個人の疾病の放射線起因性の判断に用いる
こと自体の問題点を指摘する。北海道大学医学博士の福地保馬は,「原因確率」に
関する意見書(甲全64号証)において,原告ら主張に沿う意見を述べている。
(ア) 放射線量推定の問題について
審査の方針が基礎としている疫学データは,DS86による線量評価を用いてお
り,その線量評価については,既に述べたとおり,初期放射線については相当程度
の合理性があるものの,なお一定の誤差要因が内在していること,放射性降下物や
誘導放射化物質による放射線量の評価については,未だ十分とはいい難く,個々の
被爆者について,放射性降下物を浴びた状況や,被爆後の活動状況等によっては,
審査の方針が定める放射線量が実際に被曝した放射線量と大幅に乖離している可能
性があるから,上記の疫学データを基に導出された原因確率については,上述した
誤差要因を内包するものということができる。
(イ) 回帰分析手法の問題について
a 疫学調査の手法には,外部比較法と内部比較法があるが,外部比較法では,
標準集団として用いた集団が,調査しようとする要因以外に質的に異なっていない
かどうかという点に注意しなければならず,一方,内部比較法では,観察人・年数,
疾病・死亡の発生数が十分であれば,それぞれの群から起こった累積死亡率(罹患
率)を算出し,直接比較することができ,その比が相対危険(相対リスク)として
算出されるものである(乙全52号証・61頁)。
既に述べたとおり,市内不在者群との比較や,日本人全体の死亡率を利用して期
待死亡数を算出する外部比較法は,寿命調査第7報以前においては内部比較法と合
わせて行われていたが,寿命調査第8報以後は行われていない。
これは,市内不在者群は,軍務に服していた男性が多く含まれており,また,戦
後,朝鮮,中国及び南方アジア方面から引き揚げてきた多数の民間人が含まれてい
るなど(乙全50号証・4頁),被爆者群と社会経済学的条件に差があること,ま
た,日本人全体の死亡率を利用して期待死亡者数を算出すると,バックグラウンド
の死亡率が都市によって異なることなどの調整ができず,リスク推定に重大なバイ
アス(偏り)が生じる可能性があることを理由とするものである(乙全125号証
・7頁)。
b 一方,児玉論文が基礎としたデータは,調査対象集団の人数については,本
件死亡率調査が12万0321人,成人健康調査が2万3418人,本件発生率調
査が7万9972人であり,調査対象期間については,本件死亡率調査が1950
年から1990年まで,本件発生率調査が1958年から1987年までであって,
内部比較法による疫学解析を行うに足りる十分な調査対象集団と調査期間を有して
いるといえる。
そして,計算プログラム及びこれを実行するコンピュータ等の統計的方法の近年
の進歩により,膨大なデータの解析に,強力で精巧な技術を用いることができるよ
うになったことから,ポアソン回帰分析を用いるようになったものである(「寿命
調査第10報」,乙全12号証・36頁)。
このように,児玉論文が用いた回帰分析手法は,基礎としたデータの人数及び期
間の点においても,そのデータを解析する手法においても,十分な合理性を備えた
ものであるということができる。
c なお,原告らは対照群設定の手法に誤りがある旨の指摘をするが,それは対
照群との比較を前提とする外部比較法を前提とする指摘であって,児玉論文が用い
た内部比較法に対しては,前提を欠く指摘というほかはない。
(ウ) 中性子線量の生物学的効果比の問題について
a 原告らは,審査の方針が,寄与リスクの算出過程において,ガンマ線量と中
性子線量を単純に合算した吸収線量を基にして解析しているが,このことは,DS
86が遠距離で中性子線量を過小評価していることの影響を増幅するものである旨
主張する。
b 被告らはこの点について,仮に,推定被曝線量の絶対値が生物学的効果比を
用いることによって増加したとしても,当該線量の原爆被爆者群における疾病発生
や死亡という事象には変更が生じないから,個々の被爆者の被曝線量における過剰
相対リスクや寄与リスクの値はほとんど変化しないと主張しているが,このことは,
その集団内部において,被爆者が浴びた放射線のガンマ線量と中性子線量の割合が
すべて同じであるという前提においてなり立ち得る主張である。
したがって,ガンマ線と中性子線の割合が爆心地からの距離に応じて一定でない
以上,中性子線の生物学的効果比を考慮した方が,被曝線量に対応した寄与リスク
をより適正に求めることができるといえる。また,審査の方針は,広島と長崎につ
いて同一の原因確率に集約しているが,広島と長崎では中性子線とガンマ線の割合
が異なっており,このように放射線の構成に差がある二つの集団について,生物学
的効果比を考慮することなく解析していることは,一定の誤差要因につながるもの
といえる。
c 実際,審査の方針が原因確率の基礎とした児玉論文は,放影研による本件死
亡率調査及び本件発生率調査のデータを用いているところ,放影研の疫学調査は,
中性子線量については生物学的効果比として10を乗じ,これにガンマ線量を加え
た線量を用いて解析されている(乙全8号証・6頁,9号証・8頁)。
寿命調査第7報では,「広島の原子爆弾と長崎のそれとの間には,中性子の構成
に差異があるので,両市のデータを比較するに当たっては,両市における線量反応
を一致させるようなRBE値(生物学的効果比)を用いて,各被爆者についてRB
E線量値を算定する必要がある」と述べられており(なお,報告されたRBE値に
差があるとして,RBE値を5にして算定している。甲全39号証・6頁),児玉
教授自身も,生物学的効果比の値をどう定めるかという問題はあるが,生物学的効
果比を考慮することなく解析データを放射線の線質が違う集団に当てはめることに
問題があることを指摘している(乙全99号証・78頁)。
d しかしながら,児玉論文がカーマ線量を用いたのは,多くの場合,個人の臓
器線量を算出するのは難しく,カーマ線量の方が適用しやすいとの理由によるもの
であること(乙全7号証・3頁),審査の方針における原因確率と,中性子線の生
物学的効果比を10とした臓器等価線量を基礎として算出した大腸がんの原因確率
を比較したところ,それぞれの原因確率の値にほとんど差はなかったことが認めら
れること(「第10回原子爆弾被爆者医療分科会(平成13年11月19日)」,
乙全21号証・資料4),広島と長崎ではもともとリスク推定値に差があり,仮に
中性子線について生物学的効果比を考慮しても,過剰相対リスク(ERR),過剰
絶対リスク(EAR)のどちらについても広島対長崎の比を約15%減少させるだ
けであること(本件死亡率調査,乙全8号証・44頁)のほか,現時点において生物
学的効果比の適切な値が確定されているとはいえないことを考慮すると,原因確率
の算定において生物学的効果比を考慮することなくカーマ線量を用いたとしても,
そのこと自体が不合理であるとはいえないし,それに伴って生ずる誤差も,原爆症
認定において無視できない程度に至っているとは解されない。
e なお,原告らは,中性子線の生物学的効果比を考慮しないことは,中性子線
を過小評価していることの影響を増幅するものであるとも主張するが,現時点にお
いて,DS86が算出する中性子線の線量値が,実測値より過小評価していると認
めることはできないことは既に述べたとおりである。
(エ) 死亡率調査を基本としていることの問題について
既に述べたとおり,審査の方針においては,甲状腺がんと乳がんについてのみ本
件発生率調査のデータを用い,白血病,胃がん,大腸がん,肺がんについては本件
死亡率調査のデータのみを用いている。
しかし,甲状腺がんと乳がんについて,本件発生率調査のデータを用いたのは,
これらのがんは予後が良いことから,死亡率調査より発生率調査の方が実態を正確
に把握していることを理由とするものである。本件死亡率調査は,調査対象集団の
人数においても(本件死亡率調査:12万0321人,成人健康調査:2万341
8人,本件発生率調査:7万9972人),調査対象期間においても(本件死亡率
調査:1950年から1990年まで,本件発生率調査:1958年から1987
年まで),他の調査結果よりも優っている。一般的には,発生率のデータを用いた
方が,死亡率のデータを用いた場合よりもリスクが高く評価されることになるとし
ても,予後が良く死亡率が低い甲状腺がんや乳がんを別にすれば,その差はそれほ
ど多くないことが認められる(乙全99号証・6頁)。
そうすると,白血病,胃がん,大腸がん,肺がんについて,本件死亡率調査のデ
ータを用いたことが直ちに不合理であるとはいえない。
(オ) 調査開始時点の遅れの問題について
原告らが指摘するように,寿命調査については被曝から5年が,成人健康調査に
ついては被曝から13年がそれぞれ経過した後に調査が開始されているから,被曝
から近い時点では,放射線感受性の高い被爆者が選択的に死亡し,結果的に放射線
抵抗性の高い集団を追跡していることになり,そのことで調査結果に偏りを来して
いる可能性がないとはいえない。
しかし,寿命調査第9報において,昭和25年以前の死亡の除外による偏りの大
きさを求めるために,三つの補足的死亡率調査を使用して,寿命調査の調査開始
(昭和25年)以前の死亡率を再解析したところ,この偏りは,昭和25年以後に
調査対象に認められた放射線影響の解釈に重大な影響を及ぼすとは解されないとの
結論が出されており(乙全28号証),調査開始時点の遅れの問題も,調査結果自
体を直ちに不合理であるとする事情とは認められない。
(カ) 原因確率論について
a 放射線による後障害は,出現してきた個々の症例を観察する限り,放射線に
特異的な症状を持っているわけではなく,一般にみられる疾病と全く同様の症状を
もっており,症状を観察することのみによって放射線に起因するか否かを見極める
ことは不可能である。しかし,被曝集団として考えると,集団中に発生する疾病の
頻度が高い場合があり,そのような疾病は放射線に起因している可能性が強いと判
断される。このように放射線後障害は,高い統計的解析の上にその存在が明らかに
されてくるという特長がある(「原爆放射線の人体影響1992」,乙全14号証
・11頁)。
すでに述べたとおり,被爆者援護法における放射線起因性については,放射線と
負傷又は疾病ないしは治癒能力低下との間に通常の因果関係があることが要件とさ
れており,その因果関係の立証については高度の蓋然性が求められるところ,そう
した因果関係の有無を判断するに当たって,疾病の観察のみによって放射線起因性
が判断できない場合には,疫学的解析に基づく原因確率(寄与リスク)をその判断
資料にすることは合理的といえる。
b 原告らは,ある被爆者集団の当該疾病の死亡率について一定の原因確率(寄
与リスク)が認められた場合には,その被爆者集団の全員が放射線の曝露を受けた
結果,その集団におけるすべての個人のその疾病での死亡のリスクが高まり,全体
としてその疾病で死亡する人の率が非被爆者よりも高まるのであるから,寄与リス
クの小さい群について全員の放射線起因性を否定することは疫学の誤用であると主
張する。
放射線による後障害は,上記のとおり,放射線被曝に関係のない自然発生の疾病
と同様の症状を有するものであるから,原因確率(寄与リスク)が10%未満であ
るならば,放射線被曝に関係のない自然発生の疾病である可能性が90%以上ある
ともいえる。仮に,当該疾病に放射線を原因とする可能性が多少でもあれば,その
可能性よりも自然発生を原因とする可能性がはるかに高い場合においても,その被
爆者集団すべての対象者の当該疾病に放射線起因性を肯定するとすれば,それは,
放射線起因性の因果関係について高度の蓋然性が求められることと相反する結果に
なる。
c もっとも,児玉論文が発表し審査の方針がその基準として用いている原因確
率については,すでに述べたとおり,仝暁による放射線量評価の不確かさ,∪
物学的効果比を考慮していないことに伴う不確かさ,9島と長崎の都市間の差異,
せ猖憾彊認定の不確かさ(死亡診断書と剖検結果の相異),ト鑁線量・年齢と
リスクの関係を表すモデルの不確かさ,Τ童朕佑糧鑁線量以外の要因の差異など
の誤差要因が内在していることは否定できない。
ウ 原因確率論の合理性の有無について
以上の諸事情を総合すると以下のようにいうことができる。
(ア) 被爆者援護法は,被爆者を被爆態様ごとに直接被爆者,入市被爆者,救護被
爆者及び胎児被爆者に分類し,“鑁者であれば当然に受けられる健康管理(同法
7条)及び一般疾病医療費(同法18条),被爆者のうち原爆が投下された際,
爆心地から2劼龍莪萋發砲△辰深塰瑤呂修亮圓梁杙であった者であれば受けられ
る保健手当(同法28条),F団蠅亮栖気殆躊気靴討い詒鑁者に対し支給される
原爆小頭症手当,健康管理手当(同法26条,27条),な射線起因性及び要医
療性を内容とする原爆症認定を要するとする医療給付(同法10条1項)など,被
爆者の健康被害の程度・状況に応じた各援護策を設け,その給付すべき要件を設定
していること,これらのうち,とりわけ原爆症認定を要する医療給付にあっては,
放射線起因性及び要医療性が要件とされ,かかる放射線起因性については,健康管
理手当や介護手当のように放射線被曝との間の因果関係の認定程度を軽減する規定
も定められておらず,また,その判断に当たっては,被告厚生労働大臣が専門家に
よる意見を聴取するものとされていること(同法11条2項),被爆者援護法のこ
れらの構成及び規定内容によれば,同法は,放射線起因性の有無について,現時点
における科学的,医学的な専門的知見を総合して,被爆者に生じた負傷又は疾病,
あるいはその者の治癒能力への影響が,放射線の傷害作用に起因するものであるこ
とが,高度の蓋然性をもって証明されることを要求していると解すべきであって,
その判断基準として,DS86に基づいて算定された初期放射線の被曝線量と,大
規模な疫学的な解析結果に基づいて作成された原因確率論を採用することは,不合
理であるとはいえない。
(イ) しかし,既に判示したとおり,原爆投下後に実施された調査によっては放射
性降下物や誘導放射能を十分に把握できず,それらによる被曝の影響を考慮すべき
であることを推認させる調査結果や知見等には十分な根拠があり,また,疫学調査
における各種の誤差要因の存在も否定できないところである。そして,放射性降下
物や誘導放射能による被曝の影響や程度については,原爆投下後の個々の被爆者の
被曝態様,被爆後の行動のほか,原爆症認定申請に至るまでの病歴等から推認せざ
るを得ないものであるところ,審査の方針が採用する原因確率論のみを形式的に適
用して被爆者らの負傷及び疾病の放射線起因性の有無を判断したのでは,その因果
関係の判断が実態を反映せず,誤った結果を招来する危険性があるといわなければ
ならない。
したがって,各被爆者の負傷又は疾病について放射線起因性の有無を判断するに
際しては,上述したように原因確率論には種々の誤差要因が内在していることを踏
まえた上で,審査の方針が定める原因確率をしんしゃくするとともに,個々の被爆
者ごとの被爆時の状況や被爆後の行動,被爆前後の健康状態,被爆後の急性症状や
疾病の発症状況,その他の推移等の個別・具体的な事情を考慮して判断をする必要
があるというべきである。
もとより,審査の方針においても,原因確率の機械的な適用によることなく,当
該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うものと
しており,原因確率が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病
等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留
意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘
案して,個別にその起因性を判断するものと規定され,原因確率の有無,程度のみ
によって,放射線起因性の有無を判定すべきではないことを明らかにしているとこ
ろである。
(ウ) 被告らは,被曝線量からみて申請疾病が放射線被曝に起因するものであると
いえない場合には,その既往歴等を考慮して申請疾病につき放射線起因性を肯定す
ることはできないのは当然であるとも主張するが,それ自体上記審査の方針に明記
された運用方針と相容れないものであって,採用することはできない。
他方,原告らは,原爆症認定においては,広島,長崎における原爆の被害は人類
にとって未経験・未解明の特異な被害であること,その認定は放射線障害の特徴を
踏まえてなされるべきであること,また,近時,がん以外の疾患については,放射
線が免疫系に影響を与えているとの仮説が有力になっており,放影研も原爆症被爆
者においてがん以外のほとんどの主要な疾患による死亡率と放射線との間に明確な
関連性が観察されると認識されていることなどを主張する。
しかし,原告らが上記の主張について引用する証拠(楠ほか「原爆放射線が免疫
系に及ぼす長期的影響:半世紀を越えて」,甲全85号証)によれば,原爆放射線
が免疫系に及ぼす影響を調査するため,三つの仮説を立てて調査を実施する予定で
あるとされているのであって,現時点では,放射線の免疫系への影響は,あくまで
仮説にとどまる状況であると解されるし,上記の証拠中に引用されている「原爆被
爆者の死亡率調査 第12報,第2部 がん以外の死亡率:1950−1990
年」(乙全74号証)には,良性腫瘍に関して症例が少ないため線量反応について
確固たる証拠は得られないと記載されているように,がん以外の疾患の死亡率と放
射線量との間に明確な関連性が一般的に肯定されるに至っているとまでは認められ
ないというべきである。
4 各原告の原爆症認定要件の存否について(争点(1) イ)
(1) 原告Eについて
ア 原告Eの入市被曝状況
(ア) 原爆投下前の状況(甲D22号証,乙D22号証,24号証ないし30号証,
原告E本人及び弁論の全趣旨)
原告Eは,大正15年12月23日生まれの男性で,出身地福井の商業学校時代
に柔道に打ち込み,体重が98圈す回りが1m以上の健康体であった。昭和20
年8月当時は,原告Eは18歳で,海軍の海兵団に入団しており,広島県にある海
軍潜水学校付兼大竹第二警備隊付を命じられて,広島市内から約20厠イ譴紳臾
浦に疎開中の海軍潜水学校93分隊に配属されていた。
(イ) 原爆投下時と広島市への入市状況(甲全22号証の1・2,甲D22号証,
乙D26号証,28号証,原告E本人及び弁論の全趣旨)
原告Eは,昭和20年8月6日,広島市に原爆が投下された時は,上記潜水学校
で授業を受けていたが,間もなく広島市への救護活動命令を受け,トラックで大野
浦から広島市内に向かい,同日午前10時半ころ国鉄己斐駅(爆心地より西方約2.
5辧防婉瓩謀着し,小隊ごとに徒歩で広島市内に入った。原告Eは,広島市中心
部の銀行の警備を命ぜられ,己斐駅から市電の線路に沿って徒歩で広島市内に入っ
たが,市内全域が火災になっており,陽炎が立つ状況の中を,熱さをこらえて歩行
しながら広島市中心部へと入っていった。
原告Eは,その途中,黒いすすが混じった雨を2回浴び,それが肌にこびりつい
てとれなかったため,川で顔を洗うなどしながら歩き,破れた水道管から流れ出る
水を飲んだりした。
(ウ) 原爆投下当日の広島市内における救護活動等(甲D22号証,原告E本人及
び弁論の全趣旨)
a 十日市町(爆心地から約650m)付近
昼過ぎくらいに十日市町の辺りまでくると,がれきや遺体が増え始めたため,が
れきを片付け,土埃やすすが一面に舞う中,死体や負傷者を引っ張り出し,おぶっ
たりして大八車まで運ぶなどの作業に従事した。
b 元安川,紙屋町付近(爆心地から約200m)
十日市町での作業後,更に広島市中心部に向かうため,本川に架かる本川橋付近
の橋を渡った。元安川では大量の死体を引き上げるとともに,河原にいた負傷者の
救護活動をした。原告Eは,熱さのため,持参していたタオルを元安川の水で湿ら
せ,その水を飲んだりしながら作業に当たった。その後,壊れていた元安橋の下の
元安川を歩いて渡り,がれきを片付けながら元安川に沿って北上し,原爆ドームの
付近を通って相生橋のたもとまで行き,再び市電の線路に沿ってがれきを片付ける
などして進み,紙屋町に着くまで3時間以上かかった。
原告Eは,その間の救援活動等で,埃を吸い,手や顔を拭くタオルも真っ黒にな
った。紙屋町では,芸備銀行,住友銀行,日本銀行の3行を見て回った。
c 十日市町付近
原告Eは,夕方,元安川の方に戻り,相生橋を渡って,その付近で再度救援活動
をし,その後,十日市町に引き揚げ,夜には爆心地から約1厠イ譴浸町の近くま
で行き,アンペラを張って作った救護所で一晩を過ごした。
(エ) 原爆投下翌日の広島市内での救護活動
a 広島市内での救護活動等
原告Eは,翌7日も,元安川を渡った辺りから本川橋の辺り一帯にかけて1日中
作業を行った。同日夕方に十日市町に戻り,そのまま入市してきた道を戻って国鉄
己斐駅へ帰り,トラックに乗って,同日夜に大野浦に戻った。
b 大野浦での救護活動等
大野浦に戻ってからも,舟で運ばれてくる遺体の処理や救援活動などに従事した。
海軍潜水学校が解散となり,原告Eが広島を後にしたのは同月31日であった。
(オ) 被告らの主張について
a 被告らは,原告Eの入市経路につき,原爆投下当日に広島市福島町(爆心地
から2辧砲貌市し,その周辺で救護活動を行ったものであると主張し,原爆投下
当日に己斐駅,福島町,十日市町,相生橋を経由して紙屋町に至り,その後,十日
市町まで戻って野営し,翌日も引き続き作業に従事したとの原告Eの主張は,当時
の爆心地周辺部の激しい火災などの状況ともそごする上,被爆者健康手帳交付申請
以降一貫性がないとして,その信用性に疑問を呈している。
b そこで検討するに,証拠(甲全49号証,乙全65号証,89号証)及び弁
論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(a) 相生橋は,爆心地の北西に位置し,太田川が元安川と分岐する直前に架かる
橋であり,原爆さく裂後は,床板が浮き上がっていたものの,通行には支障がない
状態であった。相生橋付近で分岐した太田川(本川)に架かる本川橋は損傷し,元
安川に架かる元安橋も欄干が落ち橋灯の石がずれる状態であった。
(b) 相生橋の南にある太田川と元安川に挟まれた中島地区は,爆心地から100
mないし2.4劼糧楼呂砲錣燭訝篭茲如ず任眷心地に近い中島本町では家屋がす
べて全壊し,住民のほぼ全員が即死しており,中島本町の南にあり,爆心地から1
勸米發飽銘屬靴討い榛猝敖,天神町,木挽町,中島新町も中島本町とほぼ同様の
状態であって,中島地区の地上一面が破壊され,崩れた屋根だけで覆われて激しく
炎上しており,天神町付近では,その後3,4日間にわたってくすぶっていた。
(c) 原爆投下当日,安芸郡江田島の基地から,船艇にて宇品に上陸した救援隊の
隊員らは,正午前には広島市内に進出したが,周囲が猛火に包まれる中で,死者,
負傷者,避難者らの救援活動を開始し,同日夜から翌7日の早朝にかけて中心部へ
進出し,大手町,紙屋町,相生橋付近,元安川にて救援活動等に従事した。また,
これらの地域の一部では,原爆投下当日の夕方ころには救助活動を始める者の姿が
見られた。
(d) 爆心地の東方に位置した紙屋町には,銀行や保険会社,電力会社などの鉄筋
コンクリートの建物が並んでいたが,いずれも大破全焼し,外郭だけが残っている
状態であった。
c 以上の諸事実によれば,原爆投下当日,爆心地直近の相生橋付近は猛火に包
まれており,容易に近づける状態ではなかったものの,同日夕方から夜にかけては,
爆心地付近においても救護活動が開始されていたことが認められ,原告Eが紙屋町
付近に到達したとする同日夕方ころには,同地域付近でも救助活動などのため,踏
み入ることが可能な地域があったものと認められる。また,原告Eの記憶する元安
橋の損壊状況や,紙屋町の銀行その他の建物の存在や損壊の様子などに関する詳し
い供述内容が,他に記録されている原爆投下後の状況とほぼ一致することに徴すれ
ば,原告Eの入市経路に関する供述は,おおむね信用できるというべきである。
d 証拠(乙D20号証,21号証,原告E本人)によれば,原告Eは,その入
市経路について,被爆者健康手帳交付申請時には,広島駅付近まで行って救護活動
等に従事した後大野浦に戻り,夜になって再度入市した旨を述べたが,前記認定申
請時には,福島町に入市した後,大野浦にて救護活動に従事したなどと述べ,供述
内容に変遷があると認められる。
しかし,原告Eは,原爆投下直後の特異で極限的な状況の下で救援活動に従事し
ていたことが明らかである上,同原告は,平成8年に被爆者健康手帳交付申請をす
るまでの間,潜水学校の同窓生を見つけることができず(原告E本人),自己の記
憶を喚起し,確認する機会を得られないまま約50年を経過したこと,前記却下処
分に対する異議申立て以降の供述内容は,おおむね一貫していること,原告Eは,
本人尋問実施前に,記憶喚起のため広島市に赴いて自己の入市経路等を確認してい
ること(原告E本人),これらの諸事情に照らしてみれば,原告Eの上記供述の変
遷は,本訴における入市経路に関する供述内容の信用性を左右すべきものとは認め
られない。
イ 広島入市後に原告Eに生じた症状
(ア) 原告Eは,広島市内で救援活動に従事しているころから下痢の症状があった
が,8月8日に大野浦に戻ってからは,血便が混ざるようになり,歯茎から出血す
るようになった。また,頭皮をかくと髪の毛がぼろぼろと抜け落ちるようになった。
(イ) 8月31日,福井に帰郷した直後ころから頭痛がひどくなり,37,8度く
らいの発熱があり,耳鳴りもするようになった。そして,6か月くらい経過すると,
歯が1本ずつ抜け始め,首の周りにおできができて腫れ,悪臭のする膿が出て,脱
毛や,抜歯も続いた。
ウ その後の生活状況及び病歴
証拠(甲D11号証ないし20号証(枝番を含む。),22号証ないし25号証,
原告E本人)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。
(ア) 原告Eは,昭和23年ころ,父親の実家のある福岡県で営業職に就いたが,
体調が悪く休職を余儀なくされた。このころ,めまいや発熱,動悸などの症状が日
常的にあり,そのうち,首の右側にできたおできがしこりに変わり,同様のしこり
が首の左側にもできた。
(イ) その後,首のしこりについて九州大学医学部付属病院で受診して昭和24年
2月に入院し,左右頸部悪性リンパ腫と診断されて手術を受け,術後2年ほど断続
的にラジウム治療を継続した。その後も,首の周りの腫れは完全には治まらず,合
計13回の切除手術を受けた。
(ウ) 昭和33年には,日常的な動悸,発熱,頭痛などの症状があったほか,一月
に5,6回,夜中に全身にふるえがくるような発作が起こるようになった。
(エ) 昭和40年ころ以降に大阪に転居後も上記の発作が続き,2週間に1回ずつ
内科へ通院して治療を継続した。このような症状は,昭和47年に愛知県半田市に
転居した後も同様で,首の周りがまた腫れるようになり,十二指腸潰瘍にも罹患し,
手のふるえも発症した。
(オ) 昭和51年ころには,一層体調不良となったため,妻の実家のある大分県佐
伯市に引っ越し,休養しながら生活するようになったが,なお体調がすぐれず,通
院を継続していた。
(カ) 昭和54年ころ,めまいや動悸の症状が治まらず,大分県日田市のメニエー
ル病の専門病院でメニエール病と診断された。
(キ)a 昭和55年の年明け,病院で甲状腺の腫れを発見され,甲状腺の専門医で
ある野口病院で甲状腺悪性リンパ腫と診断されて,同年2月14日に同病院に入院
し,同月21日,甲状腺右側の摘出手術を受けた。そして,術後5年間にわたって
定期的に通院し,チラージンの投与を受けた。
b 同年3月1日の病理検査により,病理医から悪性リンパ腫と組織診断され,
甲状腺の腫瘍の中は,コロイドろ胞も一部に残るが,広くリンパ組織の増生で占め
られており,同形のリンパ球性細胞の増殖とともに細網性細胞の集合もあるため,
これらリンパ球性増殖細胞は小細胞がんとは区別されるものであること,さらに,
これらリンパ細胞の増殖は,間質の増生がないことから腫瘍性のものであり,甲状
腺実質中のリンパ形成とは異なるため,橋本病とは区別される悪性リンパ腫である
こと,以上の所見が示された。
c また,昭和56年9月24日の針生検による病理検査では,病理医から慢性
甲状腺炎と組織診断され,検体には異型細胞が存在することから悪性腫瘍を疑った
が,最初の手術の標本と併せて再検討した結果,最初の標本にも多少異型性を示す
細胞はあるが,塊を作っておらず,主病変は,リンパろ胞及びこれに関連する細胞
の増殖であって,悪性リンパ腫か炎症かを特定するのが困難であること,しかし,
標本の大部分では大小の差はあるが胚中心を有するリンパろ胞がみられ,また,一
部瀰漫性の変化を示す部分では細胞は単調ではなく,未熟な細胞と成熟した細胞が
かなり混在しており,悪性リンパ腫よりも慢性甲状腺炎の可能性が高いこと,以上
の所見が示された。
d さらに,昭和59年5月26日に3種類の標本に基づいて,慢性甲状腺炎か
悪性リンパ腫かを鑑別するため実施された再検査では,病理医から甲状腺の悪性リ
ンパ腫と組織診断され,これらの標本には,胚中心のように見えるところもあるが,
周囲との境界が不明で胚中心とはいえないもの又は非常に大きいものがあり,甲状
腺間質に浸潤している部分も異型な細胞が混在し有糸分裂も示しており,ろ胞内に
も同様な細胞が浸潤していることから,悪性リンパ腫が考えられるとの所見が示さ
れている。
(ク) 昭和61年ころ,北九州の戸畑市にて生活していた当時,吐血し,出血性胃
潰瘍により2,3週間入院した。
(ケ) その後,愛知県東海市に移住したが,昭和63年7月に再び吐下血し,同月
4日,東海市民病院に入院した。同病院での診断は,出血性胃潰瘍であり,同月7
日,幽門側胃切除術を受けた。
平成7年1月には,東海中央診療所で高血圧症と診断され,8か月ほど通院し,
平成8年6月にも同様の診断を受け,1か月ほど通院した。
被爆者健康手帳を取得した平成8年ころ,指定医である伊藤医院を受診して紹介
された知多市民病院において,悪性リンパ腫との診断を受け,同年9月26日に同
病院に入院し,化学療法などの治療を受けた。
このとき,医師から,左の甲状腺も摘出するよう勧められたが,結局,原告Eの
年齢が高く,体力も衰えていることから,手術は見送られた。
原告Eは,現在も伊藤医院等へ通院しており,定期検診を受け,甲状腺の状態を
継続的に観察しているが,平成17年に入ってからは動悸と胸が締め付けられるよ
うな苦しい発作が悪化し,狭心症と診断されて,経皮的冠動脈形成術による治療を
受けた。
エ 原爆症認定申請等
(ア) 原告Eは,平成8年8月6日,愛知県知事に対し,被爆者健康手帳交付申請
をし,同日,被爆者健康手帳を受領した(甲D1号証の1・2,2号証)。
(イ) 原告Eは,平成9年1月27日付けで被告厚生労働大臣に対し,みなと医療
生活協同組合協立総合病院の高木弘巳医師の意見書と健康診断個人票を添付して,
被爆者援護法11条1項に基づく認定申請をした。
a 上記認定申請書の「負傷又は疾病の名称」欄には,「甲状腺腫瘍術後機能低
下症」と記載され,「被爆時以後における健康状態の概要及び原子爆弾に起因する
と思われる負傷若しくは疾病について医療を受け又は原子爆弾に起因すると思われ
る自覚症状があったときは,その医療又は自覚症状の概要」欄には,左右頸部悪性
リンパ腫,甲状腺悪性リンパ腫,出血性胃潰瘍,メニエール病などの疾病が記載さ
れている。
b 高木医師の上記意見書には,「負傷又は疾病の名称」として甲状腺腫瘍術後
機能低下症と,「既往症」として,$部リンパ節腫瘍手術(昭和24年),▲
ニエール病(昭和52年),9綻腺腫瘍手術(昭和55年),ぐ瀋掾隋幣赦贈
3年)と,「現症所見」として頸手術創と記載されており,また,高木医師は,同
意見書に,原告Eが昭和20年8月6日に広島市に入市して被曝し,その後,甲状
腺腫瘍を合併し,手術後甲状腺機能低下症になって,チラージン等甲状腺ホルモン
剤を内服し現在も加療中であること,甲状腺腫瘍は,放射線被曝との関連が最も高
い疾患であり,発症に放射線被曝が関連したと考えられること,これらの意見を付
している。
c 上記健康診断個人票には,「既往歴」として,昭和24年から26年には頸
部リンパ節腫瘍手術(九州大学病院),昭和52年にはメニエール病,昭和55年
には甲状腺腫瘍手術(別府,野口病院),昭和63年には胃潰瘍(東海市民病院),
平成8年には高血圧症,頸肩腕症候群と記載されていた(甲D3号証の1ないし
5)。
d これらの意見書及び健康診断個人票には,甲状腺悪性リンパ腫についての野
口病院の平成8年12月24日付け診断書(甲D11号証)及び知多市民病院の平
成9年1月27日付け診断書(乙D10号証),出血性胃潰瘍についての東海市民
病院の平成9年1月7日付け診断書(甲D12号証,乙D8号証),高血圧症につ
いての東海中央診療所の同月9日付け診断書(甲D13号証,乙D9号証)が添付
されていた。
(ウ) 被告厚生労働大臣は,平成9年6月3日,上記認定申請を却下した(甲D4
号証)。原告Eは,同年7月30日,上記却下決定につき,被告厚生労働大臣に対
し異議申立てをした。
被告厚生労働大臣は,平成15年1月9日,上記異議申立てを棄却した。
被告厚生労働大臣が,上記認定申請の却下処分をした理由は,被爆者援護法11
条2項に基づき医療分科会に意見聴取をしたところ,同分科会が,審査の方針を目
安に,原告Eの甲状腺腫瘍術後機能低下症と原爆の放射線による起因性について審
査した結果,原告Eの甲状腺腫瘍の原因確率(原爆の放射線の影響を受けている蓋
然性があると考えられる確率)は,原爆の放射線による一定の健康影響はないと判
断できるほど低いと考えられ,その他,原告Eの既往歴,環境因子,生活歴等につ
いて検討してみても,原告Eの甲状腺腫瘍術後機能低下症と放射線起因性に係る高
度の蓋然性はないと判断されたことから,被爆者援護法11条1項に基づく原爆症
認定をすることはできないとの意見が示されたので,これらを踏まえると上記異議
申立ては理由がないと認められるというものであった(甲D5号証,6号証の1・
2)。
(エ) 本件における申請疾患の特定
以上の事実を前提に,放射線起因性の有無を判断すべき原告Eの疾病について検
討するに,上記のとおり,原告Eによる認定申請書の「負傷又は疾病の名称」欄に
は甲状腺術後機能低下症と記載されているものの,認定申請書のその余の記載,医
師の意見書及び健康診断個人票の各記載,更には同時に提出された医師の診断書の
記載を総合すれば,原告Eの甲状腺術後機能低下症は,悪性リンパ腫に冒された甲
状腺の一部を摘出したことにより生じたものであると解されるので,被爆者援護法
11条1項の放射線起因性を判断するに当たっては,甲状腺術後機能低下症の原因
疾患である悪性リンパ腫(非ホジキンリンパ腫)の放射線起因性の有無を判断すべ
きものと解される。
なお,原告Eは,切除されていない左側の甲状腺に発症している慢性甲状腺炎や,
十二指腸潰瘍についても放射線起因性は否定できないとし,これらの疾病について
も放射線起因性の有無を検討すべきであると主張するが,切除されていない甲状腺
の一部に発症しているとされる慢性甲状腺炎や十二指腸潰瘍については,認定申請
時の提出書面には一切記載されておらず,被告厚生労働大臣も,原告Eに対する上
記却下処分についてこれらの疾病を前提としていないと認められるから,これらは
上記却下処分の対象とならないものと解される。
オ 原告Eの疾患に関する医師の意見,専門的知見
(ア) 医師の意見
a 野口病院における診断
昭和55年2月21日に原告Eの甲状腺の摘出手術をした野口病院では,同原告
の疾患を甲状腺悪性リンパ腫と診断しており,同病名を記載した平成8年12月2
4日付け診断書を作成している(甲D11号証)。
また,上記認定事実によれば,昭和55年に摘出した甲状腺について行われた病
理検査の結果においても,悪性リンパ腫であるとの診断がなされている。
b 棚橋医師の意見
南生協病院の病理医である棚橋千里医師は,平成17年1月6日,原告Eが,昭
和55年に野口病院において甲状腺悪性リンパ腫と診断され,甲状腺の右側を摘出
する手術を受けた際の検体につき病理組織検査をしたところ,甲状腺には明瞭な核
小体を有する中型ないし大型細胞異型リンパ球が増殖していることから,悪性リン
パ腫と組織診断し,併せて,周囲の非腫瘍部分の甲状腺にも小型のリンパ球が高度
に浸潤しており,慢性甲状腺炎の状態が併発していたことから,上記悪性リンパ腫
は,慢性甲状腺炎を基盤として発生した旨の判断をした(甲D21号証,弁論の全
趣旨)。
c 聞間医師の意見
聞間医師は,棚橋医師と同様に,原告Eの悪性リンパ腫が,慢性甲状腺炎を基盤
に発生したB細胞性の悪性リンパ腫であるとし,このように悪性リンパ腫が慢性甲
状腺炎を基盤にして発症することについては医学文献にも掲載されている常識的な
考え方であるとする。
そして,原告Eの悪性リンパ腫の基盤となった慢性甲状腺炎は,自己免疫疾患で
あり,ほとんどの場合橋本病と同義に解されているところ,長瀧論文(「長崎原爆
被爆者における甲状腺疾患」)において,50cGy程度という比較的低線量の放射
線被曝との因果関係が肯定されており,入市被爆者である原告Eの橋本病も放射線
の影響で発症したことが十分に考えられるとする。
なお,聞間医師は,上記長瀧論文において橋本病ないし自己免疫性甲状腺炎が除
外されていることについて,我が国の大多数の医師は,臨床的見地から,長瀧論文
において放射線との因果関係が肯定されている抗体陽性の甲状腺機能低下症を橋本
病と解しており,上記長瀧論文は,橋本病と放射線との因果関係を肯定するものと
理解しているとする。また,慢性甲状腺炎は,両側に発症するのが通常であり,原
告Eに残された甲状腺の左側についても慢性甲状腺炎様の症状が生じている可能性
が高いこと,原告Eの悪性リンパ腫については,放射線の直接の影響により生じた
ことも否定できないことを指摘している。
(イ) 悪性リンパ腫と放射線との関係に関する知見
上記の知見とその概要は,証拠上以下のとおりである。
a リンパ組織は,細胞分裂頻度も高く,放射線感受性が最も高い組織であるこ
とが指摘されており(「放射線基礎医学(第10版)」,乙全90号証,101号
証),悪性リンパ腫も,従来,放射線との相関関係が肯定されてきた悪性新生物の
一種である。
しかし,最近の報告では,悪性リンパ腫について有意な線量反応関係が認められ
なかったことを指摘するものもあり,審査の方針においても,悪性リンパ腫につき
個別に原因確率が定められておらず,「その他の悪性新生物」として原因確率を算
定するものとされている。
悪性リンパ腫と放射線との関係に関するこれまでの報告は,以下のとおりである。
b 「寿命調査第6報 原爆被爆者における死亡率,1950−70年」(昭和
46年,乙全47号証)
悪性リンパ腫を含む「その他の悪性新生物」は,放射線とかなり高い相関を示し
ており,線量が200rad以上の群では死亡率の増加は1965−70年において
最も顕著で有意な増加を示しており,全国死亡率の4倍もあった。これに対して,
100−199rad群には放射線によるがん誘発の形跡はなかった。
c 「寿命調査第7報 原爆被爆者の死亡率1970−72年および1950−
72年」(昭和48年,乙全48号証)
悪性リンパ腫が含まれるその他の悪性新生物について,1965−70年の期間
では,特に広島において,強度被爆者における危険度が有意に高いことが報告され
ており,100rad−199rad及び200rad以上の被曝群(0−9rad群を比較群
として)における相対的危険度を観察期間別にみると,200rad以上の被爆者に
おける相対的危険度は1965−69年及び1970−72年で有意に高かった。
なお,100−199radの被爆者における相対的危険度は,1970−72年度
では有意に高かった。
d 「寿命調査第8報 原爆被爆者における死亡率,1950−74年」(昭和
53年,乙全49号証)
死亡率に基づいて放射線の影響によることがすでに立証されている疾病に,リン
パ腫が含まれる。
e 「寿命調査第10報 第1部 広島・長崎の原爆被爆者における癌死亡率,
1950−82年」(昭和62年,乙全12号証)
悪性新生物のうち,膵臓癌,悪性リンパ腫については,全般的な放射線線量反応
に統計的有意性は認められない。
ダービーらは1978年までの寿命調査の死亡データと強直性脊椎炎のデータを
合わせて解析し,強度の放射線被曝を受けた人の悪性リンパ腫による過剰死亡数は
有意であると報告しているが,寿命調査データだけの解析結果では,100rad以
上の被爆をした寿命調査対象者における悪性リンパ腫の過剰数は有意ではなかった。
f 「必修放射線医学」(平成4年,乙全93号証)
放射線による発がんの機構はまだ十分に解明されているわけではないが,放射線
被曝によって白血病やその他のがんが発生しうることは,原爆被爆者の疫学調査に
よって証明されており,原爆被爆者の調査では,白血病,肺がん,乳がん及び甲状
腺がんの発生率が統計学上有意に高くなっている。また,胃がん,大腸がん,悪性
リンパ腫などのリスクも放射線被曝によって高まることが示唆されている。
g 「原爆被爆者における癌発生率。第3部:白血病,リンパ腫および多発性骨
髄腫,1950−1987年」(平成6年,乙D31号証)
放影研では,1950年後期から1987年末までの原爆被爆者寿命調査(LS
S)集団における白血病,リンパ腫及び骨髄腫の発生率データ(被爆者9万369
6人,277万8000人年)の解析を行った。
悪性リンパ腫については,ホジキン例22例,非ホジキン例188例を含めた合
計210例のリンパ腫例が対象基準を満たしており,このうち,DS86カーマが
4Gy未満の被爆者のうちの非ホジキンリンパ腫(NHL)170例を対象に主要解
析を行った。なお,ホジキン例は症例数が少ないため,詳細な解析は行っていない。
解析の結果,男性に有意な過剰リスクが示唆されるものの,女性の過剰リスクの値
は負であり,ホジキン例についても,有意な線量反応は認められなかった。
悪性リンパ腫については,初期の有病率調査から原爆放射線に関連した過剰リス
クを示唆する限定的な所見が得られたが,死亡率データはこのような関連を示して
いない。また,文献上はホジキン例は被曝集団では増加しないことでほぼ一致して
いるが,非ホジキンリンパ腫(NHL)に関する所見は一致していない。
今回の解析によって男性に限定されてはいるが,NHLリスクが増加しているこ
とが認められたため,更に慎重な調査を行う必要がある。一方,ホジキン例は,寿
命調査では症例の少ない疾患であるため,放射線の影響について何らかの結論に達
することは困難である。いずれにしても,リンパ腫のリスクを解明する上では今後
10年ないし20年間の調査が重要になってくる。
カ 原告Eの申請疾患の放射線起因性について
(ア) 申請疾患について
上記のとおりの諸事情によれば,原告Eについて問題とされる悪性リンパ腫(非
ホジキンリンパ腫)と放射線被曝との関係については,昭和46年以降,放影研の
寿命調査においても死亡率との間に有意な関係があることが肯定されてきたが,昭
和62年ころから,悪性リンパ腫について有意な線量反応関係は認められないとの
見解も示されるようになってきており,他方においてなおその関係を肯定する見解
もみられるものの,放影研における疫学調査の結果では,これを肯定するには,更
なる調査結果の解析が必要であるとの見解が示されている状況である。したがって,
悪性リンパ腫が原爆放射線によって発症しうる疾病であるか否かについては,なお
未解明なところが残る状況というべきである。
しかし,放射線被曝によって悪性新生物が発生し得ることは疫学的にも証明され
ていると解されるところ,審査の方針においても,原爆放射線に起因する疾病であ
ることの科学的な立証についてなお議論があり,未解明な部分が残されている悪性
新生物についても,原因確率を検討すべきものとしていることに照らせば,現段階
において,悪性リンパ腫が原爆放射線の影響によって発症し得ることを否定すべき
ではないと解される。
(イ) 審査の方針に基づく原告Eの被曝線量について
そこで,原告Eの被曝線量について検討するに,原告Eは,既に認定したとおり,
広島市に原爆が投下されてから約2時間後には爆心地から西方約2.5劼飽銘屬
る国鉄己斐駅付近に至り,そこから広島市内に入市し,救護活動等を行いながら,
同日の昼過ぎには爆心地から約650mの十日市町に,その後爆心地から約200
mの元安川付近に至り,夕方すぎには爆心地付近を通って同所から約200mにあ
る紙屋町に至り,その後元安川を経てこれまでの経路を引き返して十日市町に戻り,
更に爆心地から北西約1劼飽銘屬垢觧町にて宿泊し,翌日には,再び爆心地付近
の元安橋,本川橋付近にて救護活動等を行い,夕方に十日市町を経由して入市経路
を引き返し,国鉄己斐駅からトラックで大野浦に戻ったことが認められる。
そこで,上記入市経路を前提に,審査の方針に基づく被曝線量を算定すると,原
告Eは,仝暁投下から8時間以内(午後4時ころまで)には,爆心地から約50
0m以内の付近にいたとしても,その被曝線量は3cGy,■源間から16時間以
内(午後4時ころから7日午前0時ころまで)には,爆心地付近にいたとすると,
被曝線量は18cGy,16時間から24時間以内(7日午前0時ころから同日午
前8時ころまで)には,爆心地から700m以内にいなかったと認められるから,
被曝線量は0cGy,ぃ横柑間から32時間以内(7日午前8時ころから午後4時
ころまで)には,爆心地付近にいたと認められるから,被曝線量は7cGy,ィ械
時間から40時間(7日午後4時ころから8日午前0時ころまで)には,爆心地か
ら300m以内にはいなかったと認められるから,被曝線量は0cGyであるという
ことになり,その被曝線量合計は28cGyであるから,これを審査の方針の別表2
−1に当てはめると,原告Eの悪性リンパ腫の原因確率は1.6%ということにな
る。
(ウ) 放射性降下物や誘導放射能の影響について
a しかしながら,既に検討,判示したとおり,審査の方針を策定する際に基礎
とした調査においては,初期放射線以外の放射性降下物や誘導放射能による影響は,
十分に測定されて考慮に入れられたものとは認め難く,広島市における己斐・高須
地区のような多量の放射性降下物が認められた特定の地域以外にも同様の地域が存
在する可能性や,また,被爆によって死傷した者の身体や崩壊した建造物の瓦礫が
誘導放射化し,その地域への入市者や救護活動に従事した者らが,これらの放射性
降下物や誘導放射能による外部被曝及び内部被曝により相当量の放射線に被曝した
可能性が高いと推定することには相当な根拠があるというべきである。
したがって,これらを加味した原爆被爆者の実際の被曝線量(外部被曝及び内部
被曝)は,審査の方針の別表にあてはめて算定される被曝線量を大幅に超える可能
性があり,それは,審査の方針の別表による被曝線量の算定のみではごく低線量被
曝にすぎないことになる被爆者の中に,脱毛,下痢,食欲不振,発熱,嘔吐,悪心,
無気力,頭痛など放射線被曝による急性症状に合致する症状を発症した者が多数存
在したことを示す調査結果等が少なからず存在し,それらの調査結果に現れた症例
が,身心の負担や栄養状態の悪化などの放射線被曝以外の原因によるものと解する
ことは,上記のとおりの相当数に上る調査等の規模,内容に照らして不自然であっ
て,原爆による放射線被曝の機序,原因,被曝線量等にはなお未解明な部分が存在
すると解される状況があることとも符合するというべきである。
b そこで,原告Eについて放射性降下物や誘導放射能による被曝の可能性及び
程度について検討するに,上記認定のとおり,原告Eは,原爆投下の数時間後には,
放射性降下物が高濃度に認められた己斐地区を経由して広島市内に入市し,粘性の
高い黒雨に打たれ,また,瓦礫の後かたづけや遺体の処理,負傷者の救護作業に従
事し,その間,川の水を飲むなどしており,これらの活動中に舞い上がる塵埃等を
吸引し,多量の瓦礫や遺体等に直接接触し,あるいは川の水を飲用したことで,相
当多量の放射性降下物や誘導放射能による外部被曝及び内部被曝をしたものと推認
することができる。
そして原告Eは,上記の救護活動に従事しているころから,下痢の症状が発症し,
大野浦に戻った昭和20年8月8日ころからは,血便の混じった下痢,歯茎からの
出血,脱毛などの症状が生じ始め,間もなく発熱,頭痛などの症状が出て,それ以
後も,長い年月にわたって恒常的な体調不良や各種の疾病に悩まされてきたことは
上述したとおりである。
原告Eのこのような体調の悪化は,広島市内での上記救援活動を境として生じた
ものであり,他にはその原因とうかがうべき状況は見あたらないこと,原告Eは初
期放射線の影響を受けた者ではないが,原爆投下当日から翌日にかけて広島市内の
爆心地に近い地域を含む場所で救護作業に従事し,その間に放射性降下物や誘導放
射能に直接身体を曝し,それによって相当の外部被曝及び内部被曝をしたと推認す
べき状況があること,原告Eの上記の諸症状は放射線被曝による急性症状と矛盾す
るものではないこと,これらの諸状況に照らしてみれば,原告Eの上記の諸症状は,
放射線被曝による急性症状であったと認められ,同原告の放射性降下物や誘導放射
能による被曝線量は,このような急性症状を発症させるに足りる程度の高線量であ
ったものと推認するのが相当である。
(エ) 既往歴等について
審査の方針においては,疾病等の放射線起因性の判断については,原因確率を機
械的に適用するのではなく,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に
勘案するものとされており,その判断のあり方は正当と解さる。
原告Eについてこれを検討してみると,原告Eは既に認定したとおり,被曝直後
に放射線被曝による急性症状を呈し,その後間もない昭和20年8月31日ころ以
降,慢性的な体調不良状態に陥った上,首の左右両側の腫れ物ができ,その後左右
頚部悪性リンパ腫と診断を受け,ラジウム治療を継続しながら繰り返し手術を受け
たこと,昭和33年以降は,動悸,発熱,頭痛などの症状が慢性化し,昭和47年
ころには首周りの腫脹が再発し,昭和54年,55年には,相次いでメニエール病,
甲状腺悪性リンパ腫との診断を受け,甲状腺の右側を切除する手術を受けたこと,
その後も出血性胃潰瘍,高血圧症等の諸症状が出て,被爆者健康手帳を取得した平
成8年ころには再度悪性リンパ腫と診断されて化学療法を受けたほか,左側の甲状
腺についても摘出の必要性が指摘されていること,以上の経過が明らかである。
原告Eの以上のとおりの被爆状況と,その後の身体症状,疾病の部位,内容,発
症時期,それらの経緯等に照らしてみると,原告Eの甲状腺悪性リンパ腫は,前判
示のとおりの原爆による放射線被曝の影響によって発症したものと認めるのが相当
であり,ほかに同原告の生活状況や環境因子に起因することをうかがわせる事情等
は見当たらない。
(オ) 被告らの主張について
被告らは,原告Eの甲状腺悪性リンパ腫の発症については,同原告が頚部悪性リ
ンパ腫のため,九州大学医学部付属病院において2年間にわたってラジウムによる
放射線治療を受け,その被曝総線量が40ないし50Gyにもなることを考慮すべき
である旨主張する。
しかし,原告Eは,上記ラジウム治療の前から原爆による放射線被曝を原因とす
ると推認される頚部の腫脹,悪性リンパ腫を発症しており,その後甲状腺に生じた
悪性リンパ腫も,その部位及び疾病の内容から,上記の既往症と無関係に生じたも
のと認め得るかは疑問であって,被告らの上記主張にかかる事実は,原告Eの甲状
腺悪性リンパ腫の原爆による放射線起因性を否定するに足るものとは認められない。
(カ) 小括
以上に判示したとおり,原告Eの甲状腺悪性リンパ腫は,原爆の放射線被曝によ
って発症したものと認めるのが合理的であって,被爆者援護法10条1項にいう放
射線起因性を肯定するのが相当である。
キ 要医療性について
上記認定事実によれば,原告Eは,平成8年ころにも悪性リンパ腫と診断されて
いるほか,現在も指定医である伊藤医院等に通院し,甲状腺についての経過観察を
受けているところであり,被爆者援護法10条1項にいう現に医療を要する状態に
あることが明らかである。
ク 結論
以上のとおり,原告Eは原爆症認定の要件を満たす者と認められるから,同原告
の前記原爆症認定申請に対する却下処分は違法であって,これを取り消すべきであ
る。
(2) 原告Fについて
前記前提事実に証拠(甲A3号証,8号証の1・2,11号証,原告F本人)及
び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
ア 原告Fの被爆状況について
(ア) 原告Fは,昭和8年8月15日生まれの女性であり,被爆当時は11歳で,
広島市内の三篠国民学校の生徒であった。被爆前は,活発で,格別病気もせず,健
康であった。
原告Fは,昭和20年8月6日,爆心地から北へ約1.7劼飽銘屬垢觧絢長駝
学校の校庭で朝礼のために整列し,校長の話を聞いていた際原爆がさく裂し,右斜
め後ろから強い光を感じるや,次の瞬間体が飛ばされた。
気が付くと,原告Fは,地面にうつぶせに倒れており,周囲は砂埃が舞ってよく
見えない状態であった。しばらくして目が慣れてくると,校舎に火の手が上がって
いるのが見えたため,学校を出て,三滝町の太田川放水路の河原に行って川に飛び
込み,川の水を手ですくって3,4回飲んだ。そこで,自分の服がぼろぼろになっ
ていることに気付いた。
(イ) そのころ,夕立のような黒い雨が降り出したので,石橋の下で雨宿りをした
後,雨が降り続く中を歩き,石橋から3劼曚瀕イ譴浸核棔頁心地から北北西に約
4劼飽銘屬垢觚什澆旅島市安佐南区山本付近)にある国民学校に向かい,そこで
家族に会うことができ,また,自分の体の右側がやけどによる水ぶくれでぱんぱん
に腫れ,真っ赤になっていることが分かった。その夜は山本の国民学校に宿泊した。
イ 被爆後の原告Fの症状
(ア) 被爆翌日の8月7日,原告Fは自力では歩けず,体全体の自由がきかない状
態であったので,自転車の荷台に乗せてもらい,母親たちと一緒に,川内(爆心地
から北北東に位置する現在の広島市安佐南区川内)に行き,太田川を渡って,列車
で芸備線の井原市駅まで行き,大八車で更に4厠イ譴浸嶇にある父親の兄の家に
運んでもらい,同家に宿泊することになった。原告Fは,同日は,非常に気分が悪
く,何度も嘔吐し,歯茎からの出血もあり,火傷をしていた首の右後ろから右脚の
先までの部分の皮がむけてしまった。
(イ) 被爆3日後くらいから鼻血が出るようになり,1週間後くらいからは髪の毛
が抜け始め,一時は坊主に近い状態になった。また,そのころから下痢も始まり,
嘔吐,発熱も頻発した。また,発熱時には,腰から背中にかけて重たい痛みが生ず
ることもあった。
やけどをした部分は化膿しており,翌年までは自力歩行ができず,首から胸にか
けてと背中には紫斑も出た。この紫斑は,昭和40年ころまで出ることがあった。
ウ その後の病歴及び生活状況について
(ア) 原告Fは,昭和21年4月になって杖を使って歩行することができるように
なり,小学校5年生として通学を再開したが,全身に力が入らず気怠い状態が続き,
体育の授業にもでられなかった。
(イ) 中学校2年生くらいからは尿が出にくくなり,井原市の病院で医師の診察を
受け,タンパクが出ているので塩分を控えるようにと指示された。
(ウ) 昭和26年3月に中学校を卒業した後,三原の紡績工場で働いたが,全身に
力が入らない状態が続き,吐き気をもよおすこともよくあったため,約4年後には
退職し,志路に戻った。
(エ) 原告Fは,昭和29年ころ,井原市の医師の勧めを受けて,同年10月25
日から同月29日までABCCに入院した。
a 原告Fは,ABCCにおいて,同月20日,25日,26日及び29日に尿
及び腎機能検査を受け,その結果,ABCCの内科医のキース・M・M・ルイスは,
尿の中間標本の検査の結果タンパクを少量認めたが,カテーテル尿標本による再検
査の結果ではタンパクを認めず,腎機能諸検査の結果は正常であるとした。
b 原告Fは,昭和30年ころ,広島市の病院で患者の付添の仕事を始めたが,
疲れやすく体調が優れなかったため,医師の診察を受けたところ,また尿のタンパ
クが多いとのことで,結局,5年間勤めた段階で退職した。
20歳代のころは,右手や右足の火傷の痕がひどく,右手には常に包帯をしてお
り,昭和35年ころからは,ミシン工場で働き始め,夜もダンスホールで働いてい
たところ,昭和38年ころに,客として来店していた夫と知り合い,昭和40年こ
ろから一緒に住むようになった。
c 原告Fは,昭和39年に,気を失って広島市民病院に搬送され,同病院にて
急性腎盂炎と診断され,約2,3か月間入院治療した。
その後,広島市民病院の主治医で腎臓内科を専門とする山崎医師が独立したため,
同医師が開設した病院に通院し,このころ,慢性腎炎と診断され昭和40年から4
7年までの間に,慢性腎炎のため子どもを2度堕ろした。
d 原告Fは,昭和47年に婚姻して名古屋に転居した。このころ,南医療生協
の徳田医師の診察を受けて健康管理手当の支給のための認定を受け,その後,被爆
者の指定病院になっていた名古屋掖済会病院に通院した。
e 原告Fは,昭和48年に出産した後,未だ40歳前後であるのに閉経した。
f 原告Fは,昭和56年,愛知医科大学にて腎臓の検査を受けた結果,2つの
腎臓の機能が通常人の3分の1程度であり,腎炎と診断されて入院した。昭和58
年には,名古屋掖済会病院にて腎炎の治療を開始し,平成2年には,卵巣の外に腫
瘍ができたため,入院して卵巣と子宮の摘出手術を受けた。
平成11年には肺炎で入院し,平成13年からは,週に3回人工透析を受けるよ
うになり,同年末ころには,左変形性膝関節症で入院し,人工膝関節置換術を受け
た。
g 平成14年1月ころ,小さな脳梗塞が発見され,同月15日から同月22日
までの間,多発性脳梗塞により入院治療をした。また,同年6月には膵腫瘍が発見
された。
平成15年には,白内障の初期であるとの診断を受け,眼科に3か月に1回通院
し,また,二次性副甲状腺機能亢進症と診断された。
平成16年には肺炎で入院したが,退院間近にMRSA感染症に罹患し,下痢も
生じたため,結局4か月ほどの入院を余儀なくされた。
エ 原告Fの現在の症状について
名古屋掖済会病院の瀬良三医師は,現在の原告Fの症状について以下のとおり
述べている(甲A10号証)。
(ア) 慢性腎不全について
原告Fは,慢性腎不全により,腎臓が縮小して硬化した状態となっており,回復
は困難で,合併症を伴う危険があり,生命維持のための人工透析を週に3回実施し
ている。
(イ) 二次性副甲状腺機能亢進症について
原告Fは,透析開始後に罹患した副甲状腺機能亢進症のため,副甲状腺ホルモン
(PTH)をコントロールできない状態で,投薬による治療効果もないため,副甲
状腺切除術を予定している。
(ウ) 脳梗塞について
原告Fは,小さな脳梗塞が多数生じる多発性脳梗塞であり,発作後に軽度の認知
症が現れている。
(エ) 右副腎腫瘍について
原告Fが罹患している副腎腫瘍は良性の無機能腺腫である可能性が高いが,経過
観察中である。
(オ) 限局性強皮症について
原告Fは,免疫異常を背景とした限局性強皮症に罹患しているが,症状も軽いた
め,特に投薬等もしていない。
(カ) 白内障について
原告Fの白内障は初期段階であり,水晶体の後嚢下や核についても混濁がみられ
る状態である。
(キ) 多発性骨髄腫について
平成17年9月20日,原告Fに対し免疫電気泳動検査を実施したところ,Mタ
ンパクが多量に産生されており免疫異常が認められ,多発性骨髄腫の前段階にある
と認められるが,現段階では症状も軽く治療の必要はない。
オ 原爆症認定申請及び申請疾病について
(ア) 原告Fは,平成14年7月8日,被告厚生労働大臣に対し,認定申請書の
「負傷又は疾病の名称」欄に「慢性腎不全,膵のう胞,多発性脳梗塞,右副腎腫瘍,
限局性強皮症」と記載し,瀬崎医師の意見書及び健康診断個人票を添付して,被爆
者援護法11条1項に基づく認定申請をした(乙A1号証ないし3号証)。
(イ) 被告厚生労働大臣は,平成15年2月3日付けで,上記申請を却下する旨の
決定をした(甲A1号証の1・2)。
(ウ) 原告Fは,同年3月11日付けで,被告厚生労働大臣に対し,上記却下処分
に対する異議申立てをした(乙A4号証)。
(エ) 認定申請書等の記載
a 原告Fの認定申請書の「負傷又は疾病の名称」欄には,「慢性腎不全,膵の
う胞,多発性脳梗塞,右副腎腫瘍,限局性強皮症」と記載され,「被爆時以降にお
ける健康状態の概要及び原子爆弾に起因すると思われる負傷若しくは疾病について
医療を受け,又は原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があったときは,その医
療又は自覚症状の概要」欄には,疾病又は負傷として,被爆時に右首筋・右腕・右
足の火傷を負い,昭和26年ころには左足膝関節の変形,昭和39年ころには急性
腎盂炎となりその後慢性腎盂炎に移行し,更に昭和48年には腎臓障害,平成2年
に卵巣外腫瘍,平成12年に肺炎,平成13年3月に脱肛,同年12月には左膝関
節の手術をし,平成14年には脳梗塞となり,腎不全及び膵臓嚢胞腫瘍との合併症
と診断された旨記載されている。
b また,認定申請書に添付された意見書には,認定申請書の「負傷又は疾病の
名称」欄と同様,慢性腎不全,膵嚢胞,右副腎腫瘍,多発性脳梗塞及び限局性強皮
症と記載され,健康診断個人票には,昭和39年及び昭和58年に腎炎になったほ
か,平成11年に限局性強皮症に,平成13年12月に変形性関節症により手術し,
平成14年には多発性脳梗塞に罹患した旨記載されている。
(オ) 申請疾病の特定
a 以上の記載を総合すれば,放射線起因性の有無を判断すべき申請疾患は,認
定申請書の「負傷又は疾病の名称」欄記載の)性腎不全,∝糠綱ΑきB身性脳
梗塞,けι腎腫瘍,ジ其廟強皮症と認められる。
b 原告Fは,二次性副甲状腺機能亢進症,胃潰瘍,下肢の閉塞性動脈硬化症,
白内障及び左変形性関節症についても放射線起因性の有無を判断すべき旨主張する
が,上記認定申請時に提出された書面には,上記疾病のうち,左変形性関節症以外
の疾病は記載されておらず,左変形性関節症についての認定申請書や健康診断個人
票の記載は既往歴等としての記載に止まるものと解され,被告厚生労働大臣も上記
却下処分についてこれらの疾病を前提としていないと認められるから,これらは上
記却下処分の対象とならないものと解される。
カ 原告Fの申請疾病の放射線起因性について
(ア) 慢性腎不全について
a 医学的知見等
(a) 聞間医師の見解
原告Fは,昭和20年当時,発熱や背中の腰の付け根当たりの差し込むような痛
みを訴えているが,これらの症状は,腎臓の感染による発熱であり,急性腎盂炎の
症状であると解される。ABCCの診療録中に記録されている尿検査の結果によれ
ば,尿色の混濁が認められ,尿タンパクが陽性を示していることや,ベンジジンテ
ストによって血尿反応が認められ,尿中にバクテリアが存在していることから,尿
路感染症に罹患し,これが持続したため慢性的な反復性腎盂炎に罹患し,慢性腎盂
腎炎を繰り返すうちに腎臓機能を喪失したもので,これが原告Fの慢性腎不全の発
症経過であると推測する。また,被爆者は,被曝の影響によって,体の仕組みや免
疫等の系統的な異常を有している可能性が高く,原告Fの慢性腎不全についても被
曝に起因するものであることは否定できない。
(b) 放射線との関係に関する知見について
腎臓(腎上皮)は,細胞分裂頻度が低く,放射線感受性も低い組織と解され
ており,両腎が同時に中等度の線量(5週間で30Gy)で照射されると,1〜5年
の潜伏期間をおいて,高血圧と貧血を伴った腎障害が出ることが知られ,23Gyが
耐用線量とされている。しかし,片方の腎だけの照射なら非照射の腎の代償もあっ
て障害は出にくいとされている(「放射線基礎医学(第10版)」,乙全90号証,
101号証)。
「寿命調査,広島・長崎,第5報 1950年10月−1966年9月の死
亡率と線量との関係」(昭和45年,乙全18号証)
線量不明の男性において,腎炎及びネフローゼによる死亡率が増大しており,中
でも1950−54年の期間では期待死亡数1.2に対し,観察死亡数は5で特に
高い。しかし,これはその他の群には認められず,放射線との関係が有意か否かは
不明である。線量不明の群と40rad以上の被曝を受けた群とを合計した場合,4
年間における腎炎及びネフローゼによる観察死亡数と期待死亡数との比較は,18
対14.1になる。1961−66年の期間における腎炎及びネフローゼの剖検診
断87例に関するT65D線量別分布には期待数との間に有意な差は認められなか
った。
b 慢性腎不全と原爆放射線被曝との関係について
上記認定事実によれば,腎臓は,放射線感受性が低い組織であるとされ,片方の
腎臓のみが被爆した場合には,代償機能により症状が出にくいが,両腎が同時に中
等度の線量(5週間で30Gy)で照射された場合に,高血圧と貧血を伴った腎障害
が出ることが報告されている。しかし,慢性腎不全については,放影研の疫学調査
の結果によっては有意な線量反応関係が認められるとの報告もなされておらず,慢
性腎不全が原爆放射線の影響で発症しうる疾病であるかについては,なおこれに疑
義を差し挟む余地がないではない。
しかし,上述したとおり,放射線医学においては,両腎が5週間で30Gyの放射
線照射を受けた場合には腎障害が発症するとの知見があり,また,放影研の寿命調
査においても,被爆者中に腎炎による死亡率の増大を示すともみられるデータも認
められるから,現段階において,腎臓機能障害の一つである慢性腎不全が放射線の
影響によって発症し得ることを否定すべきではないと解される。
したがって,原告Fの慢性腎不全は,上述したとおり,被爆後間もない時期に急
性腎盂炎に罹患し,その後も尿路感染症や反復性の腎盂炎に罹患したことに端を発
するものと解されるところ,その被曝状況,既往歴,環境,生活因子等の諸事情を
総合勘案して,その放射線起因性を判断すべきものと解される。
c 審査の方針に基づく原告Fの被曝線量について
そこで,原告Fの被曝線量について検討するに,既に認定したとおり,原告Fは,
爆心地から約1.7劼亮彿段のない校庭で被曝しており,審査の方針の別表9に
当てはめて原告Fの初期放射線による被曝線量を算定すると,22cGyであり,審
査の方針それ自体によって認められる被曝線量はそれのみとなる。
しかしながら,前判示のとおり,放射性降下物や誘導放射能による外部被曝及び
内部被曝の影響は,審査の方針を策定する際に基礎とした調査結果によっては,十
分な測定がなされて審査の方針に反映されたとは解されず,これらの影響は,個々
の被爆者の被爆時の状況のほか,その後の行動経過や身体症状の経過及び内容等に
応じて判断すべきものと解される。
上記認定のとおり,原告Fは,被爆当時11歳の少女で,爆心地から約1.7
程度の遮蔽物のない校庭で被曝し,爆風や熱線によるものと推測される負傷の程度
も重く,爆発直後の砂埃等が舞う中,太田川放水路に飛び込んで水を飲み,夕立の
ような雨に打たれながら避難したのであって,これらの行動内容からすれば,その
間に放射性降下物や誘導放射能によって被曝した放射線量は,外部被曝及び内部被
曝ともに相当量にのぼるものと推認すべきものと解される。そして,それは原告F
が被爆直後から,脱毛や発熱などの強度の急性症状を発症し,その後もやけどによ
る歩行障害,排尿障害,急性腎盂炎などを主症状とした体調不良や疾病を発症し,
それらが長期間に及んで遷延し,今日に及んでいることとも符合するものと見るの
が自然かつ合理的というべきである。
被爆以前は健康体であった原告Fのこのような身体症状の悪化や疾病の経過につ
いては,他にその原因をうかがわせるべき事情も見あたらないことに照らすと,原
告Fの放射性降下物や誘導放射能による外部被曝及び内部被曝の被曝線量は,初期
放射線の被曝線量と合わせて,上記の急性症状を発症させるに足りる程度の高線量
であったものと推認できるというべきである。
d 既往歴について
審査の方針においては,原因確率を機械的に適用するのではなく,当該申請者の
既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案するものとされており,それは正当な
認定方法と解されることは上述したとおりであるところ,原告Fの被爆当時の年齢,
被爆態様,被爆後の行動経過,原爆放射能による初期症状の程度,態様を前提とし,
その後原告Fが罹患するに至った慢性腎不全の前述の機序,経過等を考慮すると,
同原告の慢性腎不全は,原爆放射線の被曝により発症した蓋然性が高いと認められ
るから,放射線起因性を肯定するのが相当である。
なお,原告Fは被爆後の昭和24年ころ,排尿障害等の腎機能の異常が生じ,そ
の後尿路感染症に罹患したことが認められるが,同疾患が少女期に発症することは
まれであって(甲A6号証),それが被爆以前から存在したことを認めるに足る証
拠はないから,上記尿路感染症罹患の事実は,同原告の被爆と慢性腎不全の関係を
否定する事情とは解されない。
e 要医療性について
証拠(甲A10号証)によれば,原告Fの現在の症状は,慢性腎不全のため腎臓
が萎縮し硬化しており,生命維持のため,週3回の人工透析が欠かせない状態であ
ると認められるから,その要医療性を認めることができる。
(イ) 膵嚢胞についての医学的知見
a 放射線との関係について
膵臓上皮は,細胞分裂頻度が低く,放射線感受性も低い組織であることが知られ
ており(「放射線基礎医学(第10版)」,乙全101号証),放射線被曝によっ
て何らかの障害が生じたとする報告は見あたらない。
b 膵嚢胞についての医学的知見
膵嚢胞は,膵液,粘液,血液,壊死物質などを内容として含み,嚢胞壁に覆われ
た嚢胞を膵内部あるいは膵周囲に形成する病変の総称であり,嚢胞壁に上皮成分を
認めない仮性嚢胞と嚢胞壁内面が上皮に裏打ちされた真性嚢胞に分類されている。
仮性嚢胞の成因は膵炎によるものが70〜80%と最も多く,それ以外には炎症や
外傷による膵管系の破綻によって生じた膵液や壊死物質などが貯留し,周囲組織で
被覆されて形成されることによるものとされている。そして,真性嚢胞(腫瘍性嚢
胞)の成因は不明とされている(「内科学」,乙C5号証)。
c 原告Fの膵嚢胞の放射線起因性について
原告Fは,認定申請書の「負傷又は疾病の名称」欄に膵嚢胞と記載しているが,
上記のとおり,膵炎を成因とする仮性嚢胞と,成因が不明である真性嚢胞とでは,
放射線起因性の有無の判断が異なるものと解される。
原告Fの膵嚢胞は,平成14年ころに発症したものであるが,現時点においては,
真性と仮性の区別,嚢胞と嚢胞性腫瘤との鑑別ができておらず,経過観察中であっ
て,詳細な発症の機序,病態,治療の程度・要否,他の疾病との関連などについて
は,なお明らかではない。
そうすると,原告Fの膵嚢胞が原爆放射線の影響によって発症したものと認める
ことはできない。
(ウ) 多発性脳梗塞について
a 聞間医師の見解
脳梗塞は,血管が詰まって生ずる疾病であるが,最近の放影研の調査の結果,被
爆者に脳梗塞を発症して死亡した者が多く,死亡率で過剰相対リスクが高いことが
報告されている。また,被爆者には動脈の閉塞機転があると推測されるが,近時の
研究によれば,動脈閉塞の原因は,動脈の炎症性の疾患と考えられており,被爆者
の免疫的な異常が背景にある可能性は否定できない(証人聞間)。
b 医学的及び疫学的知見
(a) 放射線による血管障害について(「放射線基礎医学(第10版)」,乙全9
0号証,101号証)
放射線の血管に対する影響は,放射線被曝の後期反応(被爆後数か月から数年度
に起こる障害)が血管障害に起因して発生することから重要なものと認識されてき
ており,動脈の障害は50ないし70Gyの被曝でみられるが,毛細血管の障害は4
0Gyから,血管の内皮細胞の障害は2Gyから起こることが知られている。細胞の分
裂頻度は低く,内皮細胞の減少が生ずるのは,放射線照射後2ないし6か月後であ
る。細胞の消失が起こると,生存した細胞の異常増殖が起こって,血管の狭窄や閉
塞を引き起こし,内膜の欠如は血栓を生ずる。また,動脈,小動脈では平滑筋細胞
が照射後1年で減少してコラーゲン繊維と置き換わり,血管壁が肥厚して管腔が狭
くなる。また毛細血管の拡張もよく見られる反応である。
(b) 放射線被曝と循環器障害についての疫学的知見
放射線被曝による循環器障害については,十分に検証されていなかったこともあ
って,当初消極的に解されていたが,最近の調査報告では,脳卒中を含む循環器障
害に放射線被曝との有意な関係があることが認められている。これらの報告内容は,
以下のとおりである。
「寿命調査第8報 原爆被爆者における死亡率,1950−74年」(昭和
53年,乙全49号証)
脳血管疾患による死亡例は4280例であったが,線量別の解析結果は全体を通
じて陰性的であった。
「脳皮質血管における放射線遅発効果の超微形態的研究」(「広島医学43
巻3号(1990年3月)」,甲全85号証の15)
放射線の障害としては,急性期障害として脳血管の内皮細胞障害や遅発障害とし
ての血管の硬化性変化などが報告されている。
「原爆放射線の人体影響1992」(平成4年,乙全14号証)
循環器疾患に原爆放射線被曝の後影響が認められるか否かについては,本疾患が
我が国ではがんとともに死亡率並びに有病率の高い重要な疾患であることから,早
くから注目されてきた。
しかしながら,循環器疾患の多くは動脈硬化に起因しており,その発生までに長
期間を要することなど種々の要因のため,これまで原爆放射線被曝の後影響に関す
る研究報告は少ない。
放射線と循環器疾患については,1960年代に至るまでは,心・血管系は,電
離放射線に対して比較的抵抗性があると考えられていたが,その後,悪性腫瘍に対
する縦隔への放射線照射に続発して心膜炎,心筋炎,刺激伝導障害が発生すること
が数多く報告され,今日では,電離放射線の心臓への影響は広く認識されるに至っ
ている。
しかし,虚血性心疾患や脳血管疾患といった動脈硬化に起因する疾患については
電離放射線との関係は,その病因論も含め,いまだ確立されていない。
ただし,動物実験レベルでは,電離放射線と血管病変の関係が確認されており,
乳ガンなどの放射線治療後の虚血性心疾患の症例報告は数多くみられる。
放影研による1950年から1966年までの調査をまとめた「寿命調査第5
報」までは,脳血管疾患並びにそれ以外の循環器疾患死亡率と原爆放射線の関係を
示唆する所見は認められなかった。しかし,1950年から1970年までの解析
である「寿命調査第6報」では,脳血管疾患以外の循環器疾患死亡率と放射線の影
響が確認され,また,1950年から1985年までのがん以外の死亡についての
報告では,高線量被爆者における循環器疾患死亡率の増加がより鮮明になっている。
すなわち,2,3Gy以上の高線量群において,循環器疾患としては脳血管疾患並び
に心疾患死亡率がいずれも高線量群で増加していた。ただ,がんと比較して高線量
群における相対危険度の増加は小さいものであった。
「成人健康調査対象集団における大動脈弓部石灰化の有病率(1988−1
990)」(「長崎医学会雑誌67巻特集号」1992年,甲全85号証の7)
循環器疾患に原爆放射線の影響が見られるか否かについては,早くから注目はさ
れてきたが,これまでの報告は比較的少ない。
しかし,放射線の心血管系への影響については,数十Gy以上の高線量被曝に関し
て,動物実験,縦隔に対する放射線治療後の虚血性心疾患,頸部放射線治療後の脳
梗塞等の症例報告,及び,放射線治療を受けた患者群の追跡調査により,その関係
が認められている。原爆放射線の心血管系に対する影響については,これまで放影
研寿命調査集団において,被曝群に循環器疾患死亡率が有意に増加している証拠は
認められなかったが,最近,2,3Gy以上の高線量被爆者に死亡率の増加を示唆す
る所見が報告されている。また,放影研の成人健康調査集団においても,動脈硬化
症と原爆放射線の関係が示唆されている。
「成人健康調査集団における収縮期高血圧の有病率と被曝線量との関連」
(「長崎医学会雑誌67巻特集号」,1992年,甲全85号証の7)
原爆放射線による被曝と動脈硬化性疾患発症リスクとの関連については,いまだ
確定的な結果が得られていない。しかしながら最近,放影研が長期にわたって追跡
調査している寿命調査集団におけるがん以外の死亡率あるいは成人健康調査集団に
おける循環器疾患発生率において,正なる相関を示唆する報告がなされてきている。
「放影研寿命調査 第11報 第3部 改訂被曝線量(DS86)に基づく
癌以外の死因による死亡率(1950−85年)」(平成5年2月,甲全8号証の
2文献29,乙全73号証)
1950−85年の循環器疾患による死亡率は,線量との有意な関連を示した。
脳卒中による死亡率にはそのような関連は認められなかったが,脳卒中以外の循環
器疾患(ここでは心疾患とした)は全期間で有意な傾向を示した。しかし,後期
(1966−85年)になると被爆時年齢が低い群(40歳未満)では循環器疾患
全体の死亡率並びに脳卒中又は心疾患の死亡率は,線量と有意な関係を示し,線量
反応曲線は純粋な二次又は線形−しきい値型を示した。
c 脳梗塞と放射線被曝との関係
以上のとおり,脳梗塞を含む脳卒中と放射線被曝との関係については,昭和53
年ころには否定的に解されていたものの,その後,動物実験の結果などから放射線
との有意な関係にあることが指摘されるようになり,平成5年の寿命調査において,
脳卒中の死亡率が,線量と有意な関係を示し,線量反応曲線は純粋な二次又は線形
−しきい値型を示したことが報告されているのであり,これらの医学的知見を総合
してみれば,脳梗塞を含む脳卒中が,原爆の放射線の影響によって発症し得ること
を否定すべきではないと解される。
d 原告Fの多発性脳梗塞の放射線起因性について
原告Fの被曝線量は,既に判示したとおり,審査の方針によれば22cGyと算定
されるが,原告Fの放射性降下物や誘導放射能による外部被曝及び内部被曝の影響
は相当な線量に及ぶものと推認されること,原告Fの多発性脳梗塞は,平成14年
1月ころ発症したものであるところ,上記のとおり,脳梗塞を含む脳卒中が放射線
の被曝によって発症し得るとする疫学上の知見があること,そして,原告Fが,被
爆後長期間にわたって体調が不良であり,放射線被曝に起因するものと認められる
腎機能障害を有していること,これらを総合考慮すると,原告Fの脳梗塞について
は,原爆放射線の被曝による起因性を認めるのが相当である。
e 要医療性について
原告Fには,上記多発性脳梗塞によって,軽度の認知症の症状が出ていることが
認められ,これによれば要医療性も肯定されるというべきである。
(エ) 右副腎腫瘍について
a 副腎腫瘍に関する医学的知見
副腎腫瘍は,副腎の中の細胞の一部が増殖し腫瘍を形成した状態をいう(甲A1
0号証)。
放影研の剖検例では,原爆投下時に市内にいなかった者(NIC)と0rad群に
23例,そして1rad以上の被爆者にも同数の副腎腫瘍が認められたが,被爆との
相関性は認められなかった。
1975年から1987年までの広島県の腫瘍登録例中,123例の副腎腫瘍が
調べられたが,66例が副腎皮質腫瘍であり,原爆後生誕者の19例を除いた47
例を検討した結果,被爆者は15例,31.5%であった。中でもクッシング症候
群(副腎性)の11例のみを見た場合,被爆者の6例の割合は54.5%と高率で
あり,注目された。副腎髄質に発生する副腎褐色細胞腫は同期間中に24例みられ
たが,被爆者は1例であり,検討は行えなかった。(「原爆放射線の人体影響19
92」,乙全14号証)。
b 副腎腫瘍と放射線被曝との関係について
副腎腫瘍については,放射線との間の有意な関係を肯定する疫学上の知見は見あ
たらない。もっとも,放射線被曝によって悪性新生物が発生しうることは疫学的に
も証明されており,副腎腫瘍も悪性新生物である場合には,その例外ではない。
c 原告Fの副腎腫瘍の放射線起因性について
しかしながら,原告Fの副腎腫瘍については,主治医の瀬崎医師においても,現
段階において悪性腫瘍であるか良性腫瘍であるかの判別がなされておらず,良性腫
瘍としての無機能腺腫である可能性が高いとの意見を述べるにとどまっており(甲
A10号証),その発症の経緯,具体的な症状とその推移等,放射線起因性の有無
を判断するについて基礎となる事実が明らかでないといわざるを得ない。
したがって,原告Fの右副腎腫瘍に放射線起因性を認めることはできない。
(オ) 限局性強皮症について
a 限局性強皮症は,皮膚の一部にのみ皮膚硬化がみられるもので,患者自身の
免疫機能が誤って自己の身体を攻撃してしまう自己免疫性の疾患である(甲A10
号証)。
限局性強皮症が放射線被曝と有意な関係にあることを報告した文献は見当たらな
い。
b また,原告Fの限局性強皮症の発症に至る経緯,発症の部位等を認定するに
足るほどの証拠は見当たらず,同疾病が原爆放射線の影響で発症したことを認める
ことは困難というべきである。
キ 結論
以上のとおりであって,原告Fの慢性腎不全及び多発性脳梗塞について,放射線
起因性を否定し,同原告の原爆症認定申請を却下した上記却下処分は違法であるか
ら,これを取り消すべきである。
(3) 原告Gについて
証拠(甲B3号証,原告G本人及び各項掲記の証拠)及び弁論の全趣旨を総合す
ると以下の各事実が認められる。
ア 原告Gの被爆状況について
(ア) 原告G(当時18歳)は,昭和2年1月24日生まれの女性であり,昭和1
9年春,女子勤労挺身隊に入隊し,爆心地から約3.1劼涼賄世砲△訥杭蟷圓了
菱重工業長崎造船所飽浦工場で検査係に配属されていた。健康状態は良好で,既往
症もなかった。
(イ) 昭和20年8月9日午前11時ころ,原告Gは,上記飽浦工場の事務所で,
同じ挺身隊員のI及びJとともに書類の仕分け作業に従事していたところ,強烈な
閃光と轟音とともに衝撃が事務所内を走り,倒れてきた書類棚の下敷きになった。
原告Gはしばらく気を失っていたが,友人に助け出され,左の額からの出血か所を
三角巾で縛ってもらった。
イ 被爆後の行動について
(ア) 原告Gは,浦上駅(爆心地から約800m)の北側にある大学病院で治療を
受けるため,J,Iとともに午後1時ころ工場を出て,浦上川に沿って徒歩で大学
病院に向かった。工場を出て,後に梁川橋と判明した橋(爆心地から約1.1辧
を渡ったが,川にはたくさんの死体が浮いていた。しばらく歩き,後に浦上駅と分
かった駅のプラットホームで休憩し,再び線路沿いに歩いて爆心地から約600m
に位置する竹岩橋あたりで,Jが付近の病院を見に行ってくれた。しかし,病院の
建物が壊れているというので,長崎市油屋町にある寄宿舎に帰ることにした。
寄宿舎に戻る途中,浦上駅をすぎたあたりで黒い雨に打たれた。黒い雨はべとべ
としていて粘度が高く,半袖のセーラー服を着ていたため,腕の肌に付いた雨をな
かなかぬぐえなかった。黒い雨は目にも入ったため,黒い雨が付着したままの手で
目をこすったりもした。
夕方の6時くらいに寄宿舎に戻ったが,建物が倒壊していたため,それ以後3日
くらい裏山のカボチャ畑で野宿をした。
その後,飽浦工場や造船所に行き,後片付けをしているうちに同月15日の終戦
を迎え,その後4日くらいかけて,実家のある宮崎市の飫肥駅に到着した。
(イ) 被告らは,原告Gが認定申請時に提出した認定申請書には,被爆当日,病院
を探すため爆心地付近を歩いた旨の記載はなく,浦上駅近辺まで行ったとの原告G
の供述等は信用性がない旨主張するが,証拠(甲B3号証,乙B1号証,4号証の
1,原告G本人)によれば,原告Gは,認定申請書及び異議申立書に被曝当日にお
よそ5時間くらいにわたって長崎市内をさまよい,爆心地付近にまで行ってしまっ
た旨を記載しており,その内容は本訴における供述内容と基本的な部分でそごがな
いから,原告Gの上記の説明内容は基本的に信用すべきものと認められる。
ウ 被爆後の症状について
(ア) 原告Gは,昭和20年8月末ころから,急に発熱し,体のだるさを感じ,髪
の毛が抜け始めた。その後1か月ほどですべての髪の毛がなくなり丸坊主になって
しまった。また,同年9月初めころからは,赤痢のようなひどい下痢が続き,血便
が出始め,こような状態が9月いっぱい続いた。同年10月ころには,首のリンパ
腺が腫れて首が回らなくなり飫肥町の鈴木病院で診察を受け,医師から,長崎市に
行ったことはないかと尋ねられ,その症状は原爆に起因するものであると言われた。
(イ) 原告Gは,翌昭和21年の正月ころから,歯がぐらつき,歯茎から出血しや
すくなる状態が1か月ほど続いた。そして,同年3月ころ輸尿管結石になり,約2
か月通院治療した。また,同年8月には手足が腫れて診察を受けたところ,腎臓が
悪いと言われ,腎機能は現在も落ちており,疲労などを原因として貧血状態になる
ことがある。
(ウ) 原告Gは,昭和23年ころ嫁いだが,嫁ぎ先でも病気勝ちで,流産を繰り返
した後2子を出産した。しかし,昭和30年ころ離婚し,その後,愛知県で再婚し
た。
(エ) 原告Gは,昭和40年ころから貧血になり,昭和53年ころからは腰痛,体
全体の痛みに悩まされるようになった。そして,昭和56年11月,広島の福島生
協病院にて心臓肥大との診断を受け,昭和60年ころからは風邪を引きやすく,扁
桃腺が頻繁に腫れるようになった。
また,平成14年8月21日には,石黒病院で腰椎辷症,慢性腎炎,高脂血症,
高血圧症の診断を受け,変形性脊髄症,骨粗鬆症とも診断されている。
エ 原告Gの眼の症状について
原告Gは,平成2,3年ころ(63,64歳ころ)から,目がかすんだり,見え
にくくなったと感じていたが,その後,視力の低下や目のかすみがひどくなってき
たので,平成9年5月13日(70歳)に愛知県一宮市内の佐野眼科を受診したと
ころ,両眼白内障と診断された(原告G本人)。
その後しばらくの間,佐野眼科で点眼内服治療を受け,平成13年11月26日
(74歳),右眼の白内障の手術を受けて眼内レンズを挿入した。左眼の視力は0.
01程度であり,現在も白内障の治療中で,医師から手術が必要と言われているが,
原告Gの意向で未だ手術を受けていない(原告G本人)。
オ 原爆症認定申請
(ア) 原爆症認定申請及び申請書等の記載
a 原告Gは,平成14年7月9日,認定申請書(乙B1号証)の「負傷又は疾
病の名称」欄に両眼白内障と記載し,佐野眼科医院の佐野医師による意見書(乙B
2号証)及び同医院の鍵井検査技師が記載した健康診断個人票(乙B3号証)を添
付の上,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の認定申請をした。
b 上記認定申請書の「負傷又は疾病の名称」欄には「両眼白内障」と記載され
ており,「被爆時以後における健康状態の概要及び原子爆弾に起因すると思われる
負傷若しくは疾病について医療を受け又は原子爆弾に起因すると思われる自覚症状
があったときは,その医療又は自覚症状の概要」欄には,被曝時の状況のほか,貧
血や変形性腰痛,脱水症状,白血球が少ないと指摘されていることなどが記載され
ている。
c なお,佐野医師作成の上記意見書(平成14年6月15日付け)の「負傷又
は疾病の名称」欄には,「両眼白内障」と,「既往症」欄には「腰痛」と,「現症
所見」欄には「右眼白内障手術実施後視力0.2(矯正0.8),左眼水晶体前嚢
下で高度混濁 視力0.1(矯正不能)」と,「当該負傷又は疾病が原子爆弾の放
射能に起因する旨,原子爆弾の傷害作用に起因するも放射能に起因するものでない
場合においては,その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射能の影響を受けている旨の医
師の意見」欄には「水晶体の混濁状況からして加齢によるものよりも被爆によるも
のと推定する。」とそれぞれ記載されており,鍵井検査技師が記載した上記健康診
断個人票の「既往歴」欄には「9年初頃から視力低下に気付く 腰痛もあり治療
中」と,「現症」欄には「9年5月13日初診 水晶体両眼共前嚢下に中等度の混
濁を認め視力両眼共0.4 13年11月視力両眼共矯正0.1に低下 右眼の白
内障手術実施 左眼は現在も白内障治療中」と記載されている。
一方,原告Gの診療録(乙B8号証)の平成14年6月15日の欄には,「水晶
体 右 人工レンズ 左 水晶体後嚢下円盤状混濁 前極前嚢下にも混濁あり」と
記載されている。
(イ) 被告厚生労働大臣は,平成15年1月28日付けで上記申請を却下する処
分をした(甲B1号証)。
(ウ) 原告Gは,上記却下処分を不服として,平成15年4月2日,被告厚生労働
大臣に対し,異議の申立てをした(乙B4号証の1・2)。
(エ) 以上の認定申請書,意見書及び健康診断個人票の各記載を総合すると,原告
Gの原爆症認定申請疾患は,両眼白内障と解される。
カ 白内障に関する医学的・疫学的知見について
(ア) 医師の見解
a 主治医の佐野医師の見解(甲B2号証)
原告Gの主治医である佐野医師は,甲B2号証の報告書で,平成9年5月13日
の初診日のカルテには「水晶体後極混濁」という記載があり,水晶体のその他の部
分に混濁がある旨の記載はなく,上記初診時の所見は,後嚢下に限局された混濁が
認められたことで間違いないこと,また,平成14年6月15日のカルテには,
「右 人工レンズ,左 水晶体後嚢下円盤状混濁,前極前嚢下にも混濁あり」と記
載されており,前嚢下の混濁もみられるようになっていたが,同診療録のスケッチ
(乙B8号証)からも前嚢下の混濁の範囲は小さいのに対し,後嚢下の混濁の範囲
は著しく大きく顕著であることがわかり,皮質の混濁,核の混濁,色調等,老人性
白内障に通例みられる所見はなく,以上のように後嚢下の混濁が顕著であったこと
から,原告Gの白内障が原爆放射線に起因するものと解していること,そして,上
記平成14年6月15日付け意見書や健康診断個人票に「前嚢下」とあるのは,い
ずれも「後嚢下」の誤記であること,これらを述べている。
b 聞間医師の見解(証人聞間)
放射線白内障の特徴は,後嚢下の混濁が初発することであるが,前嚢下にも混濁
があり得る旨の報告もあり,混濁の部位は後嚢下に限局されるものではないと考え
ているところ,原告Gも初診時に後嚢下の混濁が認められたとされており,その白
内障は放射線白内障であると考えている。
そして,原告Gの白内障が,水晶体の皮質部の混濁が中心となる老人性白内障の
症状とは異なること,後嚢下混濁が初発していれば,その後の経過で前嚢下に混濁
が及んでも放射線白内障とは矛盾しないこと,最近の報告によれば,遅発性の放射
線白内障が認められており,被爆後長期間経過した後に白内障が生じたとしても不
合理ではないこと,後嚢下混濁については,しきい値はないと報告されていること,
以上から,原告Gの白内障には放射線起因性が認められると考える。
また,現在,被爆者は少なくとも60歳を超えているため,放射線白内障と老人
性白内障の両方の所見が併存してる可能性が高いことを指摘している。
c 齋藤医師の見解(甲全96号証の1ないし4)
放射線白内障は,従来,確定的影響に属する疾患と考えられていたが,1990
年代になって,海外において,遅発性の放射線白内障の所見があることが指摘され
るようになり,我が国における最近の報告(津田論文)において,被曝線量が増加
することによって,後嚢下混濁を呈する放射線白内障と,皮質混濁を呈する老人性
白内障が生ずることが確認されるに至った。
また,一般的な臨床上の所見として,非被爆者においても,糖尿病,ステロイド
投与又は老人性白内障の罹患によって,後嚢下混濁が生ずる場合があるため,後嚢
下混濁が認められれば,それが必ず放射線白内障であるということになるわけでは
なく,この点を踏まえて放射線白内障であるか否かを見極めるべきであるが,高齢
になれば,被爆者において老人性白内障の特徴である皮質混濁が進行することは当
然であるものの,放射線の影響によって早発性の老人性白内障(当該被爆者におい
て70歳になって白内障所見を得るべきところ,放射線被曝の結果60歳で白内障
を発症してしまうような場合)が生ずることも確認されているのであり,被爆者に
老人性白内障が生じていることをもって,放射線白内障が否定されるわけではない
し,被爆者の受診時の年齢によって,放射線白内障が否定されるものでもない。そ
して,被爆者の場合は,被曝という否定できない事実を重視して判断すべきである。
(イ) 白内障についての医学的知見(平成4年「原爆放射線の人体影響1992」,
乙全14号証,平成16年「放射線基礎医学(第10版)」,乙全101号証,平
成14年「現代の眼科学(第8版)」,乙全82号証,乙B7号証)
a 白内障一般について
白内障は,水晶体が混濁した状態をいい,その混濁はタンパクの変性,繊維の膨
化や破壊によるものであり,先天性と後天性のものがある。後天性の白内障は,原
因によって老人性,外傷性,併発性,放射線性,内分泌代謝異常性,薬物又は毒物
性などがある。
b 老人性白内障について
老人性白内障は,白内障の中で最も多いものであり,病因は,加齢による水晶体
の混濁で,70ないし80歳の高齢者になると多少なりともすべての人に認められ
る。初発年齢には個人差があるが,一般に50歳以上で他に原因を見いだせないも
のをさす。程度の差はあるが両側性で進行は一般に緩徐である。混濁は赤道部皮質
や核あるいは後嚢下に始まる。初発白内障は,混濁が赤道部皮質付近にあり,点状,
楔状,冠状などの形をしている。未熟白内障は混濁が瞳孔領まで拡大し,斜照法に
より水晶対面への虹彩陰影が認められる。成熟白内障は,混濁が全体にわたり嚢直
下まで達するため,虹彩陰影は認められない。この時期になると眼底は透見できな
い。過熱白内障は,混濁が更に強くなり,皮質及び核の萎縮硬化がみられ水晶体自
体は,縮小・扁平となる。
c 放射線白内障について
放射線白内障は,放射線エネルギーによって生じる白内障で,レントゲンや原爆
などの被爆によるものである。
水晶体においては,前嚢下にある1層の上皮細胞が,最周辺部である赤道部で細
胞増殖し,これが正常に分裂して成熟すると核を失って後極に向かって移動し,透
明な水晶体繊維を形成するところ,放射線の照射により赤道部の細胞増殖帯におけ
る細胞が障害されると,細胞が膨化して核をもったまま正常細胞よりもゆっくりと
後極へ移動し,これらの変性した細胞が集まることによって水晶体混濁が形成され
るため,放射線白内障が発症すると解されている。
通常,細胞が放射線を受けると6か月から数年を経て後嚢下に白内障をみる。こ
れは外眼部や眼内に対する放射線照射によって生ずる場合が多い。原爆被爆者の場
合,混濁は水晶体の後極部に起こると同時に前嚢下部位に起こることがあり,赤道
面上に起こる老人性白内障と区別される。しかし,進行すれば他の白内障と区別で
きなくなる。
(ウ) 放射線白内障と放射線との関係について
原爆の被爆者に生じた白内障については,以下のとおり,多くの知見が報告され
ているところ,原爆放射線白内障については,一般にその発症にしきい値が存在す
る確定的影響に属する疾病の典型例であり,その潜伏期間は平均して2,3年であ
ると解されてきた。
しかし,近時,被爆者の後嚢下混濁及び皮質混濁について,放射線被曝との関連
性が指摘されるようになり,その発症にしきい値が存在することについても疑問を
呈する知見が示されている。
これらの点を巡る知見の概要は,以下のとおりである。
a 徳永次彦「原爆白内障の潜伏期について」(1962年「広島医学」,乙B
6号証)
放射線白内障(原爆白内障)を軽症儀拭し攵畢況拭っ翕症儀拭っ翕症況慎
び重症型に分類し調査したところ,軽症型,中等症型に視力障害,進行性はみられ
ないが,重症型には視力障害と進行性がみられるため,潜伏期を調査する際は,そ
れぞれの型について考察すべきである。
1905年(明治38年),レントゲン白内障が初めて報告されて以来,内外の
文献上168症例が報告されているが,そのほとんどが重症型であって,その潜伏
期としては,レントゲン線あるいはラジウム治療後,2,3年前後に白内障を発見
されたものが多くなっている。
原爆白内障の重症型の症例報告では,視力障害は被爆後10か月の時点で自覚さ
れ,眼科医によって白内障と診断されたのは,被爆後2年4か月後であったとされ
ており,放射線白内障においては,視力障害が感じられた時点で既に後嚢下に斑点
状混濁ないし凝灰岩様混濁が広範囲に形成され始めたことを意味することからする
と,潜伏期を10か月と解してよい。
以上から,原爆白内障を含めすべての放射線白内障の重症型は,放射線被爆後1
0か月より早い時期に臨床的変化の初発があり,それが逐次進行して2,3年後に
は重篤な視力障害を感ずるに至り,眼科医を受診するものと解される。
また,原爆白内障軽症型,中等症型の潜伏期は10か月あるいはそれより早いと
推定される。
b 放影研業績報告書「放射線被曝と年齢に関連する眼科的所見の変化」(19
83年,甲全62号証の2の4)
人の水晶体に対する放射線障害は,通常数か月ないし数か年の潜伏期間を経て発
現する。しばしば,放射線関連の変化は後年になってから初めて現れる。エックス
線又はガンマ線治療時から水晶体混濁発現時までの潜伏期間は6か月から35年に
わたり,平均して2ないし3年である。統計的意味での二つのしきい値(線型ガン
マ線及び線型中性子線)を含む“最適”モデルによると,推定されたガンマ線のし
きい値は147rad(95%信頼区間:59−248rad)であり,一般に推測した
値に極めて近かった。
軸性混濁及び後嚢下変化の発現傾向は,広島においては,高年齢被曝群よりも若
年齢被曝群で比較的強度の加齢影響を示唆するが,長崎の場合このような所見は得
られなかった。
c 「原爆放射線の人体影響1992」(平成4年,甲全62号証の2の1,乙
全14号証),藤原佐枝子ほか「小児に対する放射線被曝の影響」(甲全85号証
の2)
(a) 放射線白内障の特性
放射線白内障の特性としては,‥杜ナ射線の種類に関係なく,どの放射線でも
水晶体に同じような形態学的変化を起こすこと,⊃緇渋里貌韻元杣線量が照射さ
れたときには,放射線の種類によって障害の程度に強弱があり,その差は生物学的
効果比(RBE)によって表され,白内障の発症に関しては,速中性子は,エック
ス線,ガンマ線よりもRBEが大きく,RBEが大きい放射線は,全身照射による
致死線量以下で白内障を起こすこと,照射された線量が大きいほど,白内障発生
までの潜伏期間が短く,白内障の程度は強いこと,ね勅磴文賃里曚品儔修強いが,
放射線に対する感受性にも個体差があること,ズ濁は,水晶体の後嚢下で初発し,
斑点状ないし円板状混濁を形成し,一部はドーナツ形となり,これを細隙灯顕微鏡
でみると,混濁の表面は顆粒状で多色性反射(色閃光)がみられることがあり,混
濁は後嚢下とその少し前方に位置するものとに分かれて二枚貝様の混濁を形成し,
このような初期に見られる所見は放射線白内障に特徴的なものであること,Ω絛
部後嚢下に放射線白内障に類似の混濁を生ずるものとしては,網膜色素変性症やブ
ドウ膜炎に併発する白内障,ステロイド白内障,老人性白内障などであり,これら
の白内障との鑑別が必要であること,以上が挙げられる。
(b) 原爆白内障の臨床像
原爆白内障は,原爆以外の放射線によって生じた白内障と極めて類似しており,
水晶体の後極部後嚢下に混濁が認められても,軽い変化は被爆していない人にも見
られることがあるため,原爆の放射線によって起こったものかどうか判定しかねる
こともある。原爆白内障を診断するためには,水晶体後極部の後嚢下に顆粒状の変
化があるだけでは十分ではなく,細隙灯顕微鏡で少なくとも円板状の混濁が見られ
ることを条件としている見解もある。
また,長崎の被爆者を調べた徳永によれば,原爆放射線による水晶体の所見とし
て,(割帯の点状混濁,後嚢下の凝灰岩様混濁を挙げている。
広島の被爆者を調べた百々らは,原爆白内障の診断基準に,仝絛防後嚢下にあ
って色閃光を呈する限局性の混濁,後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊
状混濁という二つの形態学的特徴を挙げている。そして,,海里茲Δ平緇渋虜濁
が認められて,近距離直接被曝歴があること,J使白内障を起こす可能性のあ
る眼疾患がないこと,じ暁以外の電離放射線の相当量を受けていないことという
4条件がそろっている場合に,原爆白内障と診断できるとしている。
原爆白内障の病理組織学的所見では,一致して水晶体後嚢下の皮質に変化が強い。
水晶体繊維の顆粒状の崩壊や無定形化が認められているが,放射線の種類による特
徴的な病理組織学的所見は得られていない。
1957年10月から4年間にわたって広島大学で調べられた128人にみられ
た原爆白内障について4段階に分けられている。
“度は,水晶体後極部の後嚢下に色閃光を呈する限局性混濁で直像鏡の+8D
レンズを通して徹照しても混濁は認められない。
軽度は,後極部後嚢の前方(後分割帯)に細点状混濁があるもので,徹照法で
かすかな混濁陰影を認めることがある。
C翕度は,徹照法で水晶体の中軸部に直径1舒焚爾領牘澤舛虜濁陰影を認め
る。
す眦戮蓮づ鮎繁,埜絛防瑤砲なり大きな類円形の混濁陰影を認める。
水晶体混濁が中等度以上になると徹照法でも確実に混濁陰影を捉えることができ
るが,視力障害をきたすことはない。視力障害を自覚するのは高度だけである。
原爆白内障の発生頻度と混濁の程度は,被曝線量と平行し,被曝時の年齢と相関
する。したがって,被曝線量に関係する爆心地からの距離,遮蔽の状態,脱毛,そ
の他の急性放射能症の症状の有無とその程度などの諸要因とも相関関係がある。
広島・長崎の被爆者の調査では,頭部の脱毛の程度と水晶体後嚢下混濁との間に
は高度の相関関係が認められた。
d 「成人健康調査第7報 原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,195
8−86年(第1−14診察周期)」(1994年,甲全8号証の2文献30,乙
全75号証)
重度被爆者では,被爆直後,軸性混濁の発生率が増加するとした以前の報告とは
対照的に,1958年から1986年までの成人健康調査対象者における白内障発
症率に放射線の影響があることを示唆していない。このことは,原爆投下以降13
年間に白内障発生に関する影響が減衰したか消滅したことを示している。最も高い
過剰リスクは成人健康調査の最初の10年間に現れ,時間とともに減少している。
被爆時年齢と被爆後経過時間の影響を合わせた場合,被爆時年齢が20歳以下の
ように若年時に被曝した人では,過剰リスクは1958年から1968年のみにみ
られた。この集団では,それ以降は放射線の影響は見られなかった。後嚢下変化の
有病率が10年以上一定のままであることを示す初期の調査の結果によれば,被爆
後長期間経過して新しい症例が発生するとは思われない。エックス線又はガンマ線
の治療による水晶体混濁の潜伏期は平均して2年から3年のようであり,現在の結
果は,1958年に成人健康調査が始まる前に放射線白内障になった患者を含んで
いることに起因する可能性がある。
以上を踏まえて考察すると,成人健康調査対象者の28年間の追跡に基づく現在
の調査は,白内障の発生率に対する放射線の影響が1958年から1986年に消
滅したことを示唆している。
この結論は,レンズの混濁化の原因を考慮していない白内障の発生率データの解
析に基づいているので,推論の範囲は限定されたものであり,この調査の結果から
結論を出すなどするためには,’鯑眈磴砲けるレンズの混濁度の範囲は広いので,
軽度の症状を発見するためには細隙灯生体顕微鏡を使用する必要があること,白
内障には,老人性,放射線,外傷,先天症,糖尿病のような疾患の合併症など様々
な亜型があることに注意することが重要である。
対象としたレンズ混濁は典型的な放射線被曝に起因するものだけに限らなかった
ので,放射線被曝と白内障の亜型に関しては,以下のとおり推論できる。すなわち,
一般集団では,老人性白内障は加齢とともに,特に50歳以降に急速に増加するこ
とが知られており,白内障を有する対象者の95%以上の発生年齢は50歳以上で
あって,本調査における白内障の大部分は老人性,つまり加齢によるレンズ混濁で
あると思われる。
e 放影研業績報告「広島原爆被爆者の放射線白内障,1949−64年」(1
994年,乙全63号証)
電離放射線被曝が眼に与える生物学的影響の程度は,主として電離放射線の量的,
質的特質によって決定される。しかし,ヒトの放射線に関連する白内障発生に関す
る細胞レベルの事象は完全には把握されていないので,すべての線量反応モデルは
ある程度推測的なものになる。
国際放射線防護委員会(ICRP)の研究班は,「高LETあるいは低LETに
かかわらず電離放射線による白内障誘発に関する線量反応は,高度にS状曲線であ
る」と報告している。ICRPの委員会気梁茖恩Φ翦匹蓮い海慮解を再び確認し
た。ICRPとその第2研究班は,白内障の発生は非確率的現象であり,適度の線
量制限内では完全に避けられ得るとみなしている。換言すると,両者ともにそれ以
下では放射線白内障が発生しないしきい値の存在を仮定している。単一急性被曝で
の低LETのしきい値線量は一般に2Gy前後とみなされている。
被爆者に認められた水晶体変化のうち高頻度に報告された病変は,高線量被曝者
における水晶体後嚢下円板状混濁や多色性光彩であった。約10年前の所見と比較
して,これらの病変にはほとんど進行がみられなかった。片眼あるいは両眼の水晶
体混濁の程度は,従来どおりに生体顕微鏡検査を用いて,判定不能,微小,小,中
あるいは大に分類されてきた。ほとんどの場合は,混濁の程度は小以下(約70
%)であり,大と分類されたものはわずかに5症例であった。臨床調査によると,
ヒトにおいてエックス線曝露から水晶体混濁が発現するまでの時間的間隔は6か月
から35年と広範囲にわたっており,平均して2,3年である。エックス線の単一
急性被曝のしきい値線量は,一般に2Gy前後であるとみなされてきたが,原爆被爆
者はガンマ線と中性子線に同時に被曝しているため,同時被曝の場合には放射線生
物学的影響に相互作用が存在するか否かに関する疑問が生じる。しかし,被爆者に
関する限られたデータを利用するため,相互作用の存在の決定及びその影響の推定
は困難である。いずれにしても中性子線量とガンマ線量の各しきい値は単一エック
ス線被曝の結果と比較できないかもしれない。また,安全領域を定義づける上で両
しきい値を考慮することは賢明であると思われる。
f 草間朋子ほか「電離放射線障害に関する最近の医学的知見の検討」(平成1
4年3月,甲全85号証の28)
水晶体の混濁あるいは白内障の発生は,以前は,水晶体前面の水晶体包下の上皮
細胞に生じた細胞死あるいは細胞障害が,水晶体の後面に移動し水晶体中心軸上の
混濁となるとされていた。線量が少ない場合は,視力障害を伴わない混濁のみであ
り,線量の増加に伴い視力障害を伴う白内障となると考えられてきた。
しかし,最近の知見では,水晶体混濁は,水晶体の分裂細胞(上皮細胞)の細胞
死ではなく,水晶体の上皮細胞のゲノムの遺伝子の変異による水晶体の繊維タンパ
クの異常が原因であるとされている。被曝から水晶体混濁が生じるまでの潜伏期間
の長さは,繊維組織に分化するまでの時間と,上皮細胞の遊走にかかる時間が関係
する。線量が極めて高い場合には,代謝性の変化が生じその結果透明性が失われる
と考えられている。
病理学的には,最初に水晶体後面の水晶体包下の異常として確認される。被曝に
よる水晶体前面の異常の程度が大きい場合には,視力障害の原因となる。
放射線による水晶体混濁あるいは白内障の発生には,\量,被爆時の年齢,
線量率などが関係する。原爆被爆者のデータでは15歳未満の若年者の感受性が
高いとされている。放射線被曝による水晶体混濁あるいは白内障のしきい線量は以
下の表のようにまとめられる。
別紙 表4参照
g 「放射線基礎医学(第10版)」(平成16年,甲全8号証の2文献16,
甲全76号証の2,乙全90号証,101号証)
白内障は,水晶体に混濁を生ずる疾病で,水晶体混濁は2Gyの被曝で起こるとい
われるが,臨床的に問題となるような白内障は5Gyの被曝が必要である。
最近の放影研の報告によるとDS86による推定線量で被曝線量の明らかな広島
の原爆被爆者2249名について,白内障の発生と線量の関係を調べたところ,中
性子線に対して0.06Gy,ガンマ線に対して1.08Gyのしきい値から求めた中
性子のRBEは18で,この値を用いた眼の臓器線量当量で示される放射線誘発白
内障のしきい値は1.75Sv,安全域は1.31Sv(95%信頼限界の下限)であ
った。
潜伏期間は線量と照射期間にはほとんど関係がなく,原爆被爆者では被爆後5年
で白内障が発生したと報告されている。この場合,混濁は主に水晶体の後極部に起
こり,同時に前嚢下部位に起こることがある。この点で,赤道面上に起こる老人性
白内障と区別されるが,進行すれば他の白内障と区別できなくなる。中性子線はエ
ックス線やガンマ線と比べると白内障を起こしやすく,同一吸収線量でエックス線
の5ないし10倍の効果があるといわれている。子供は,成人に比べ,低線量で混
濁を生じる。
h 津田恭央ら「原爆被爆者における眼科調査」(「津田論文」,広島医学57
巻4号(2004年4月),甲全8号証の2文献35,甲全62号証の2の3)
若年時の放射線被曝により,遅発性の放射線白内障や早発性の老人性白内障が生
じるとする報告があったため,放影研の成人健康調査対象者のうち,被曝時の年齢
が13歳未満だった者全員と1978−1980年眼科調査を受けた者を対象に,
細隙灯検査,写真撮影及び水晶体混濁分類システム2による分類を行った。
性,年齢,都市,線量,中間危険因子を説明変数とし,核色調,核混濁,皮質混
濁,後嚢下混濁それぞれ所見なし群を基準として混濁群別比例オッズモデルを用い
たロジスティック回帰分析を行った。
上記の方法で,2000年6月から2002年9月までに913名に眼科検査を
実施し,資料のそろった873名について解析した結果,中間危険因子で調整しな
い場合1Svでの皮質混濁のオッズ比は1.29,後嚢下混濁は1.41であった。
中間危険因子で調整した場合1Svでの皮質混濁のオッズ比は1.34,後嚢下混濁
は1.36であった。核色調,核混濁に放射線との相関は認められなかった。
放射線白内障(後嚢下混濁)は被爆後数か月後に現れ,その後は安定的に経過し
視力障害を来すことはないとされてきたが,小児期に被爆すると,かなり遅くにも
発症することが報告されたり,皮質混濁(いわゆる老人性白内障)が早期に現れる
ことも報告されていた。本調査で原爆被爆者においても上記両所見が当てはまるこ
とが確認された。
被爆後55年を経てこのような現象がみられる機序は不明である。
白内障は,紫外線,糖尿病,ステロイド治療,炎症,カルシウム代謝などさまざ
まな危険因子が存在することが知られているが,それらを調整しても線量との関連
の有意性の変化は認められなかった。今後動物実験などにより確認する必要がある
と考えられる。また,今後,しきい値モデルを用いた解析を行い,放射線の確定的
影響について別途報告予定である。
以上から,原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において遅発性の放射線
白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められた。
i 中島栄二ほか「原爆被爆者における白内障有病率の統計解析,2000−2
002」(「中島論文」,2004年9月長崎医学会雑誌79巻特集号,甲全62
号証の2の5)
2000年6月から2002年9月まで,放影研で行われた広島・長崎の原爆被
爆者の白内障有病率調査について,既に発表されたデータを使って,白内障線量反
応の詳しい統計解析,及び白内障線量反応におけるしきい値を検討した。
その結果,核色調及び核混濁では,女性で示唆的であり,ほぼ同程度の放射線リ
スクがみられた。
皮質混濁に対しては,有意な放射線リスクが認められた。後嚢下混濁に対しては,
有意な放射線リスクが認められた。このリスクは,被爆時年齢とともに示唆的に減
少し,被爆時年齢5歳,10歳及び20歳で1Sv当たりのオッズ比はそれぞれ1.
67,1.50及び1.22であった。
放射線の主効果が有意であった早発性皮質混濁と晩発性後嚢下混濁について,し
きい値の検討を行ったが,しきい値の存在は認められなかった。
放射線白内障におけるしきい値の存在の有無は,今後世界各地での放射線関連疫
学調査での検討課題の一つであると思われる。
j 山田美智子ほか「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958−
1998年」(「山田論文」という。平成16年,甲全8号証の2文献31,乙全
76号証)
1958年から1998年の成人健康調査受診者からなる約1万人の長期データ
を用いて,がん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査した。
その結果,白内障に関し,有意な正の線形線量反応関係を認めた。
水晶体混濁は60歳以降に急増するので,調査時年齢が60歳以下と60歳を超
える者の間での線量反応における異種混交を検討した。放射線の影響は若年群にお
いて有意であったが,高齢群では有意ではなかった。
これを基に考察するに,過去の成人健康調査の眼科調査により高線量被曝群,特
に若年被爆者において後嚢下混濁の発生率の上昇が明らかにされたが,初期の成人
健康調査の眼科調査や1958−1986年の以前の成人健康調査のがん以外の発
生率調査では白内障に関する放射線の付加的な影響は明らかにされなかった。
しかしながら,さらに12年間の経過観察の追加により白内障の全体的な発生率
が放射線量に伴い有意に上昇した。
最新の経過観察における発症時60歳未満の白内障症例によって,放射線影響の
検出が高まったのかもしれない。
k 聞間元ら「原爆被爆者の白内障についての意見書」(平成17年11月24
日付け,甲全62号証の1)
聞間医師らは,昭和38年(1963年)に百々らによって原爆白内障の4条件
として,/緇渋慮綰慌爾慮其廟混濁,又はその前方にある点状ないし塊状混濁が
認められること,近距離直接被爆歴があること,J使性白内障を起こす可能性
のある眼疾患がないこと,じ暁以外の電離放射線の相当量を受けていないことが
提唱されているが,ここで言及されている原爆白内障は,被爆後数か月から数年の
うちに発生した早発性の放射線白内障であり,これに相当する混濁を形成した後は
通常進行が停止するとされたものである。しかし,最近の眼科調査によって,遅発
性の放射線白内障や早発性の老人性白内障に有意な線量相関が認められるようにな
った。
そして,このような相関関係が認められるようになったことから,被爆者の遅発
性放射線白内障や早発性の老人性白内障が,事実上,しきい値のない確率的影響で
ある可能性が示唆されており,遠距離・入市被爆者の放射線白内障の発症機序の理
解に大きな変化がもたらされているとする。
l 小出教授の意見書(平成17年,乙全81号証)
昭和大学医学部の眼科学教授小出良平は,以下のとおりの所見を示している。
原爆による放射線白内障については,仝絛防後嚢下にあって色閃光を呈する限
局性の混濁,もしくは後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊状混濁のいずれ
かの水晶体混濁が認められること,近距離直接被曝歴があること,J使白内障
を起こす可能性のある眼疾患がないこと,じ暁以外の電離放射線の相当量を受け
ていないこと,以上の4条件がそろった場合に診断できるとされており,特に,
水晶体混濁が認められることが肝要であるとする。
そのため,水晶体混濁の状況を確認すべく,散瞳した状態で細隙灯顕微鏡検査を
実施し,申請者の水晶体混濁が上記,両況であることを確認することが重要であ
る。
また,放射線白内障は,放射線の影響により生じ,被曝後数か月から数年で発症
し,特に重傷例にあっては,被曝後早期に発症することが判明しているから,原爆
放射線の被曝のみで,被曝後50年以上経過した後に遅発性の放射線白内障が発生
したとは考えにくく,仮に遅発性の放射線白内障が発症したとしても,後極部後嚢
下にあって色閃光を呈する限局性の水晶体混濁を呈しないことから,老人性白内障
との鑑別は大変困難である。
その根拠としては,放射線が水晶体に与える影響は「確定的影響」であり,被曝
線量がしきい値を超えない限り,その影響は観察されないことにある。またしきい
値を超える放射線を被曝した場合でも,線量が低い場合には,水晶体混濁が発生し
たとしても顕微鏡的大きさにとどまり,著明な視力障害を起こさないことから症状
を呈しないとされている。
したがって,申請者に発症した白内障が原爆による放射線白内障かどうかの判断
においては,白内障の発症年齢とその病状,細隙灯顕微鏡検査による水晶体混濁の
状況,ブドウ膜炎等の白内障を発生させることがある眼疾患の発生状況,糖尿病,
強皮症等白内障を生じる全身性疾患の罹患状況,副腎皮質ステロイド薬等服薬状況,
外傷の有無,職歴などにかんがみ,老人性白内障や糖尿病性白内障など,他の白内
障と鑑別できることも重要である。
原告らから提出された「原爆症認定に関する医師団意見書」では,遅発性の放射
線白内障の発症が確率的影響である可能性を指摘し,その根拠として津田論文を引
用する。しかし,同文献においては,中間危険因子で調整した場合の1Svあたりの
オッズ比(危険因子非曝露群の罹患リスクに対する曝露群の罹患リスクの比である
相対危険度の近似値)が皮質混濁及び後嚢下混濁で1.3程度と高くないことや,
発生機序が不明であることなど,未解明の点が多いので,同論文から原告Gの白内
障について放射線起因性を認めるのは適切でない。
そして,小出教授は,(射線白内障は放射線の確定的影響であるところ,原告
Gの被曝線量がしきい値に満たないこと,原告Gの白内障の発生時期,症状等か
ら放射線白内障との診断は困難であり老人性白内障など他の白内障と推察されるこ
と,F姥狭陲虜抃篥顕微鏡検査の写真によると,後極部後嚢下の限局性の混濁等,
放射線白内障でみられる水晶体の混濁像が得られていないこと,これらの諸点から,
原告Gの白内障が放射線白内障ではないと判断されたことは妥当であると結論づけ
ている。
キ 原告Gの白内障の放射線起因性について
(ア) 佐野医師の診断について
既に判示したとおり,原告Gの主治医である佐野医師は,原告Gの症状は,平成
9年5月13日の初診時から,水晶体の混濁が後嚢下に限局されており,平成14
年6月15日の診察時には前嚢下にも混濁が認められたが,後嚢下の円盤状の混濁
範囲が著しく大きく顕著であったこと,他方,皮質の混濁,核の混濁,色調等,老
人性白内障に通例見られる所見がなかったことから,原告Gの白内障を原爆放射線
に起因する放射線白内障と診断したことが認められる。
なお,原告Gの原爆症認定申請書に添付された同医師作成の意見書及び鍵井検査
技師作成の健康診断個人票には,その混濁か所を前嚢下と記載する部分があるが,
他方,原告Gのカルテ中,上記意見書の作成日付である平成14年6月15日の欄
には,それが後嚢下であることを示す記載と,それに符合するカルテのスケッチが
あること,佐野医師は,原告Gの両眼水晶体の後嚢下に限局された混濁を認めたこ
とから,その初診時から放射線白内障の可能性が高いとして診察にあたってきた経
過が明らかであること,これらに照らすと,その混濁部位を前嚢下と記載した上記
の意見書等の記載は,同医師が甲B2号証の報告書で説明するとおり,誤記と認め
て差し支えないというべきである。
(イ) 白内障と原爆放射線被曝との関係について
a 前述した知見及び所見等によれば,放射線白内障は,従来,確定的影響に属
する疾病であるとされ,水晶体混濁は2Gyの被曝で発症するが,臨床的に問題にな
るような白内障は5Gyの被曝が必要であり,被曝から水晶体混濁を発症するまでの
期間は,6か月から35年と広範囲にわたっているものの,平均すると2,3年で
あり,原爆被爆者については5年で発症した例が報告されていること,放射線白内
障の臨床上の特徴としては,水晶体の混濁が後嚢下に初発することであり,同時に
前嚢下にも混濁を生ずることもあるが,放射線白内障における混濁は,円盤状ある
いは斑点状のものであって,細隙灯顕微鏡によれば,混濁の表面は顆粒状で色閃光
があり,後嚢下と前嚢下に分かれて二枚貝様の形状となることが確認できるとされ
ている。
そして,老人性白内障など,放射線白内障以外の白内障によっても後嚢下に混濁
を生ずることが指摘されており,放射線白内障も進行した場合には,他の白内障と
区別することが困難になる上,後極部後嚢下の軽度の変化は非被爆者にもみられる
ことがあるため,原爆白内障であると診断するためには,水晶体の後極部後嚢下に
顆粒状の変化があるだけでは不十分であり,仝絛防後嚢下にあって色閃光を呈す
る限局性の混濁又は後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊状混濁という水晶
体混濁が認められること,近距離直接被曝歴があること,J使白内障を起こす
可能性のある眼疾患がないこと,じ暁以外の電離放射線の相当量を受けていない
こと,これらの4条件がそろっていることが確認されなければ,原爆白内障と診断
することはできないとする見解も存在し,このような知見は,近時の放射線医学の
基礎的な文献(「放射線基礎医学(第10版)」)にも取り入れられ,研究者らの
一定の支持を得るところとなっているものと解される。
b 他方において,遅発性の後嚢下混濁や早発性の皮質混濁と放射線被曝との間
に有意な関係が存在することが確認されたとする研究報告や,このような報告を基
に,従来のように,放射線白内障が確定的影響に属する疾病で,その発症にはしき
い値が存在するとの知見を否定する見解も示され,なおこれらの見解に対して各種
の疑問が呈されるなどして,放射線白内障におけるしきい値の存在の有無は,今後
の調査・研究の成果に委ねられている部分が大きいとされる状況と解される。
(ウ) そうすると,上記佐野医師の診断のように,原告Gには,放射線白内障に特
徴的な後嚢下の混濁の初発や後嚢下の顕著な円盤状混濁が認められるから,それは
放射線白内障を認めるについて積極の要素となり得るものと解されるが,他方にお
いて,原告Gの白内障は,被爆から45年ほどを経過した平成2,3年ころ,原告
Gが63歳前後になって初発したものと解され,70歳になって白内障の診断を受
けたものであるので,同世代の大多数の者に見られる老人性白内障との判別も必要
な状況であるところ,上述したとおり,原告Gの白内障は,その発症時期や症状等
から老人性白内障とみても矛盾しないことや,細隙灯顕微鏡検査の写真によると,
後極部後嚢下の限局性の混濁等,放射線白内障でみられる水晶体の混濁像が得られ
ていないとして,これを放射線白内障と見ることに否定的な上記小出教授の所見も
あり,原告Gの白内障を放射線白内障と認定できるか否かは,専門家医師らの間に
おいてもなお見解の別れる状況と解される。
そして,原告Gの被曝線量は,上記のとおり,爆心地から約3.1劼竜離の造
船所の事務所内での被爆であるから,審査の方針の別表9に当てはめれば,その初
期放射線による被曝線量は0cGyであり,その後の行動による被曝線量も別表10
によれば1cGy程度となるところ,同原告は,前記判示のとおり,病院を探して歩
行中に接した誘導放射能化した塵埃や,黒い粘着性のある雨に打たれたことによる
放射性降下物等による外部被曝や内部被曝もあると推認され,その被曝線量を考慮
すべきものと解されるので,その被曝線量は審査の方針によるものには止まらない
と解されるが,同原告の被爆地点の爆心地からの距離,その後の行動経過,そして,
放射線による急性症状様の状況が現れたのが被爆後20日前後の時点であったこと
等の事情に照らしてみると,より爆心地に近い距離で初期放射線に被曝した者や,
爆心地付近で救護作業に従事するなどして,強度の放射性降下物や誘導放射能に被
曝した者と比べ,その被曝線量は相対的に限定されたものになると推測されるのは
やむを得ない。したがって,原告Gの被曝線量が,放射線白内障のしきい値とされ
る1.75Svを超えるものであるか否かは不明であるといわざるを得ない。
仮に放射線白内障が,確定的影響に属さないとする見解によった場合でも,原告
Gについて推定される被曝線量が上記のとおり限定的なものと解すべき状況にある
ことのほか,同原告の白内障は,被爆後45年ほどを経過して同原告が60歳代前
半に至った段階で発症したものであって,老人性白内障と診ても不自然ではないこ
となどから,それが放射線白内障であると判別することは困難であるとする医学的
見解もあること,同原告のこれまでの病歴等をみると,被爆後20日ほどを経過し
たころから放射線による急性症状様の下痢,脱毛,リンパ腺の腫れ等の身体症状を
発症し,その後,倦怠感や虚弱な体調が終始継続する中で,歯のぐらつきや歯茎か
らの出血,輸尿管結石,腎臓の機能低下,貧血,腰痛その他の身体の痛み,心臓肥
大,腰椎辷症,慢性腎炎,高脂血症,高血圧症,変形性脊髄症,骨粗鬆症,白内障
等の診断を順次受けてきたというものであるが,それらの既往歴等の内容に照らし
てみると,それらが放射線被曝による影響をうかがわせるものと見得るかについて
は疑問が残るというべきであること,これらの諸点に照らしてみると,原告Gの白
内障が放射線被曝の影響を受けたことを原因とするものであるか否かは不明という
ほかはない。
ク 結論
そうすると,原告Gの白内障は,原爆の放射線に起因するものと認めるにはなお
疑問が残る状況であって,放射線起因性について高度の蓋然性があると認めること
は困難であるから,その放射線起因性を否定した前記却下処分は適法というべきで
ある。
(4) 原告Hについて
ア 原告Hの被爆状況について
証拠(甲C7号証,乙C1号証,原告H本人及び各項掲記の各証拠)及び弁論の
全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(ア) 原告Hは,大正13年12月18日生まれの男性であり,広島で被爆した昭
和20年8月6日当時20歳で,それまで格別の病歴もなく,健康であった。
(イ) 原告Hは,当時,広島の陸軍第2総軍司令部参謀部通信班に配属され,同日
午前8時ころには,広島市大須賀町付近の兵舎(爆心地から北東に約1.5辧砲
睡眠をとるため,窓際の寝台に毛布を頭からかぶって横になったところ,毛布をと
おして足下の方に,白く赤みのある巨大な火柱が見え,巨大な火の玉に包み込まれ
るような感覚を受け,次の瞬間,爆風で3m以上とばされ,意識を失った。
(ウ) 気がつくと,身体が兵舎の下敷きとなっており,耳鳴りがして他の音は全く
聞こえなかった。なんとか自力ではい出すと,右胸に1.5僂曚匹侶蠅あいてお
り,呼吸をするたびに血が噴き出し,左臀部からも出血し,後で顔にもけがをして
いたことが分かった。
倒壊した兵舎から外に出ると,薄墨のような色をした黒い雨が夕立のように降っ
てきて,15分くらい降り続け,頭からずぶぬれになった。
(エ) 原告Hは,その後,仲間とともに午後2時か3時ころまで救護活動を行った
上,徒歩で東練兵場の前を通って指定された集合場所の二葉の里に移動し,同所で
衛生兵らに臀部の傷からガラス片を取り出してもらい,右胸の傷口にも処置をして
もらった。
イ 被爆後の症状
(ア) 原告Hは,乾パン等を少し食べただけで嘔吐し,吐血するような状態で,翌
7日の夕方からは,下痢,食欲不振,倦怠感に襲われた。下痢は,血ばかりが出る
ような状況が1週間ほど続き,2,3日後からは,頭部,陰部及び眉毛の脱毛が始
まり,ほとんどの毛が抜けてしまい,ぱらぱらと髪が残る程度であった。また,そ
のころ,腕,腿,胸,腹などに紫斑が現れた。
下痢や嘔吐は3週間ほどで回復したが,脱毛や紫斑は,広島を離れる10月下旬
ころまで続いていた。
(イ) 原告Hは,そのような体調の中であったが,被爆翌日の同年8月7日に一日
の休養を取ったのみで,翌8日からは命令に従って各部隊・施設間の軍事通信網作
成の作業に従事し,同作業が終了した10月下旬まで,爆心地付近にあった中国軍
管区司令部や海に近い陸軍船舶司令部のほか,南方に位置する吉島飛行場,三菱造
船所,爆心地よりやや西の福島町に至るまで,広島市内の焼け跡の中を通信回線を
引くため走り回っていた。広島市南方には比較的早い時期から作業に行っていたが,
その際の通路は,爆心地付近が焼け野原であったため,西練兵場に沿った電車道を
通って爆心地方面に入り,そこから更に電車道に沿って南に歩いていった。作業終
了後は二葉の里に戻って野営したり,街中で就寝したりした。
原告Hは,ともに作業に従事した同僚の中に,外傷がないのに,気分が悪いと訴
えて急に死亡する者や,突然激しい嘔吐に苦しみ,吐血して死亡する者が相当数い
たと記憶している。
(ウ) 原告Hは,同年10月下旬,大阪に引き揚げて1か月ほど滞在したが,その
少し前から片耳が聞こえず,耳だれのようなものが出るようになり,その後耳だれ
は治まったが,片耳は聞こえないままで,耳鳴りが治まらなかった。
(エ) 原告Hは,同年11月末ころ除隊となり,家族の疎開先の豊橋市に帰ったが,
身体の倦怠感が強く,朝起きられない状態が続き,そのような状態は就職後も続い
た。
ウ その後の病歴及び生活状況
(ア) 原告Hは,昭和23年10月に結婚し,その後織物業を始めたが,朝起きる
のが辛く,また,片方の耳が聞こえず,耳鳴りがする状態が続いていたため,一宮
市の近藤耳鼻咽喉科に通院したが,鼓膜が破れているとの診断を受け,その後の治
療によってある程度鼓膜は再生したものの,耳鳴りはやまず,現在まで続いている。
(イ) 原告Hは,昭和30年ころ,木曽川町立木曽川病院で結核性睾丸炎と診断さ
れ,睾丸を一つ摘出したが,摘出した睾丸からは結核菌は発見されなかった。それ
から1,2年後,被爆の際にガラス片で受傷して以来うずいていた左臀部に腫瘍が
でき,木曽川外科で腫瘍摘出手術を受け,その1年後,右臀部にできた同様の腫瘍
の手術を受けた。
(ウ) 原告Hは,昭和60年ころから激しい腹痛を覚えるようになり,朝日大学歯
学部附属村上記念病院で精密検査を受けた結果,膵臓に10个曚匹亮鞜腓あるこ
とが判明し,平成10年の検査では,腫瘍が約20个法い泙進神16年の検査で
は約30个棒長していた。
(エ) 原告Hは,昭和62年,一宮市の佐野眼科医院で両眼白内障と診断され,昭
和63年ころ,左眼が網膜剥離になりかけていたのでレーザーによる治療を受けた。
その後,白内障が悪化したため,平成17年1月,左眼の手術を受けた。
(オ) 原告Hは,平成10年ころから右肩に違和感を覚え,村上記念病院で,直径
約2僂曚匹琉枴を摘出する手術を受けた。その後,右手にしびれが残り,箸やペ
ンを落とすようになった。
(カ) 原告Hは,平成11年,上記病院で,左下腿静脈瘤と診断され手術を受けた。
エ 原爆症認定申請
(ア) 認定申請書等の記載
a 原告Hは,平成15年6月23日,原爆症の認定申請書の「負傷又は疾病の
名称」欄に「のう胞性膵腫瘍」と,「被爆時以後における健康状態の概要及び原子
爆弾に起因すると思われる負傷若しくは疾病について医療を受け又は原子爆弾に起
因すると思われる自覚症状があったときは,その医療又は自覚症状の概要」欄に,
被爆状況とその後の急性症状,耳鳴り,昭和60年ころに発症した膵臓の腫瘍(良
性),昭和62年に発症した両眼白内障,昭和63年の左眼網膜剥離と記載して提
出した(乙C1号証)。
b 認定申請書に添付された上記村上記念病院の小島孝雄医師による意見書には
「のう胞性膵腫瘍」,既往症は「とくになし」,「S60年より膵腫瘍にて経過観
察中 膵腫瘍は放射能の影響によるものであることは否定できない」と記載されて
いる(乙C2号証)。
c また,健康診断個人票には,「既往症」欄に「特になし」,「現症」欄に
「左上腹部に持続性の痛みあり 圧痛を伴う のう胞性膵腫瘍による症状と考えら
れる」と記載されている(乙C3号証)。
(イ) 被告厚生労働大臣は,平成16年5月12日付けで上記申請を却下する処分
をした(甲C1号証の1・2)。
(ウ) 原告Hは,上記認定申請をする以前にも下顎部に残る異物や白内障を理由に
原爆症認定申請をしているが,いずれも却下された(原告H本人)。
(エ) 以上の申請内容によれば,原告Hの申請疾患は,嚢胞性膵腫瘍(臨床上,膵
嚢胞と同義とされている。)と解される。
なお,原告Hの認定申請書には,両眼白内障及びそれによる左眼網膜剥離に関す
る記載があるが,原告Hは,上記のとおり,白内障について別途原爆症認定申請を
して却下処分を受けており,本件の認定申請にはこれは含まれていない。
オ 原告Hの症状等について
(ア) 原告Hは,昭和59年11月13日,一宮市民病院で被爆者検診を受けたが,
このころには既に左腹部から左背部に痛みがあり,昭和60年1月,上記村上記念
病院でCT,超音波,ERCPなどの検査を受け,主膵管と交通する膵嚢胞(15
×10弌砲反巴任気譟ょ更攸如雰貔競▲潺蕁璽次ぅ┘薀好拭璽治院砲篌鞜腑沺璽
ー(CEA,CA19−9)の上昇は認められないものの,脂肪分の多い食事や過
食をした後に症状が増強することから,慢性膵炎の定義には合致しないが,慢性膵
炎としての治療を開始することになり,膵嚢胞については,画像診断検査による経
過観察となった。その後,腹痛などの自覚症状は持続していたが,服薬により軽快
傾向にあった(甲C2号証)。
(イ) 平成4年2月4日,同病院で超音波内視鏡検査(EUS)を受け,その結果,
原告Hの膵嚢胞が多房性であることが判明し,同月10日に実施したERCPの結
果,嚢胞の大きさが25×18个帆大傾向にあることが認められたため,粘液性
膵嚢胞腺腫が疑われた。EUSでは,壁在結節や主膵管拡張は認められなかったが,
悪性化の可能性があるとして,手術を勧められたが,原告Hの希望により引き続き
経過観察となった(甲C2号証)。
(ウ) 上記村上記念病院の小島医師は,平成4年ころは,原告Hの膵嚢胞を粘液性
膵嚢胞腺腫(MCT又はMCN)と考えていたが,当時,同疾病と膵管内乳頭粘液
腫瘍(IPMT又はIPMN)とが混同されており,近時,両者が明確に定義され
て過去の症例が見直されているので,改めて原告Hの膵嚢胞について鑑別をした結
果,同原告が高齢の男性であること,嚢胞が多房性であること,及び主膵管との交
通が存在していることから,分枝型膵管内乳頭粘液腫瘍(IPMT)に適合すると
診断した。
これに対して,被告らは,原告HのCT像からは多房性の病変は認められず,同
原告の膵嚢胞がIPMTではなく仮性嚢胞であると主張し,聞間医師もCT像から
は多房性であると判断することはできないと供述する(乙C4号証,7号証,証人
聞間)が,原告Hの主治医である小島医師は,CT像による検査の後,さらにEU
S(超音波内視鏡検査)を用いて検査を実施し,その結果を踏まえて原告Hの膵嚢
胞が多房性であることを確認したことにかんがみれば,同医師の診断結果を採用す
るのが相当と解される。
カ 申請疾患(嚢胞性膵腫瘍)に関する医学的知見について
(ア) 「放射線基礎医学(第10版)」(2006年,乙全101号証)
膵臓上皮は,細胞分裂頻度が低く,一般に放射線感受性も相当低い臓器と解され
ている。
(イ) 「内科学第8版」(2003年,乙C5号証)
膵嚢胞は,膵液,粘液,血液,壊死物質などを内容として含み,嚢胞壁に覆われ
た嚢胞を膵内部あるいは膵周囲に形成する病変の総称であり,嚢胞壁に上皮成分を
認めない仮性嚢胞と嚢胞壁内面が上皮に裏打ちされた真性嚢胞に分類される。
膵嚢胞の大部分が仮性嚢胞であり,真性嚢胞は約1割を占めるにすぎない。真性
嚢胞は,先天性と後天性に分類され,後天性の真性嚢胞には貯留性,寄生虫性,腫
瘍性がある。
仮性嚢胞の成因は膵炎によるものが最も多く,70〜80%を占める。それ以外
の成因は炎症や外傷による膵管系の破綻で,膵液や壊死物質などが貯留し,周囲組
織で被覆されて形成される。貯留性嚢胞は,腫瘍や炎症による膵管閉塞に続発し,
膵液がうっ滞して徐々に生じる。一方,腫瘍性嚢胞の成因は不明である。
自覚症状としては,腹痛,悪心,嘔吐,食欲不振が高頻度に生じ,発熱,黄疸,
消化管出血などが認められる。他覚症状としては,上腹部圧痛,腫瘤触知が認めら
れる。膵液の膵外漏出に伴い,腹水や胸水がみられる場合がある。腫瘍性嚢胞では,
無症候の場合も多く,腹部腫瘤が唯一の症状の場合がある。
血液検査を行うと,炎症に伴う白血球の増加,CRPの増加などがみられること
がある。腫瘍性嚢胞,特に悪性化例(膵管内乳頭腺がん,粘液性嚢胞腺がんなど)
では腫瘍マーカー(CEA,CA19−9)が上昇する場合がある。
画像検査では,超音波(US),CT,MRIが診断に有効である。超音波では
低エコー,CTでは低吸収の腫瘤として描出される。腫瘍性嚢胞では,隔壁の肥厚
や内腔に突出する隆起が認められることがある。
粘液性嚢胞腫瘍は,膵体尾部に存在することが多く,嚢胞内の隔壁が不整に肥厚
する所見がみられる。内視鏡超音波検査(EUS)は嚢胞の内部構造をより明瞭に
描出でき,質的診断に有用である。内視鏡的逆行性膵胆道造影(ERCP)は膵管
と嚢胞の交通の有無の診断に有用である。
膵管内乳頭腫瘍では,十二指腸乳頭の開大と粘液の排出が特徴的で,膵管造影で
は主膵管や分枝膵管のびまん性の拡張がみられる。膵炎の経過中に持続する上腹部
痛を伴い,腫瘤を触知する症例で,仮性嚢胞が強く疑われ,超音波,CTで内部構
造の均一な腫瘤が認められれば,診断が確定する。無症候性の膵嚢胞は,腫瘍性嚢
胞を疑い,隔壁の不整な肥厚や隆起が認められればその疑いが強まる。腫瘍性嚢胞
の質的診断は,嚢胞の性状や主膵管の拡張所見等から総合的に診断される。膵管内
乳頭腫瘍や粘液性嚢胞腫瘍では良性・悪性の鑑別が問題になるが,必ずしも容易で
はない。
(ウ) 「膵嚢胞性疾患について」(乙全94号証,浜松医科大学第2外科のホーム
ページ)
膵嚢胞性疾患とは,膵臓に嚢胞(様々な液体の入った袋状のもの)ができた疾患
であり,以前は仮性嚢胞が大部分を占めていたが,近年の画像診断の発達により,
腫瘍性嚢胞の発見が増えている。
膵嚢胞性疾患は,非腫瘍性と腫瘍性のものに分けられ,非腫瘍性のものとしては,
仮性嚢胞,貯留嚢胞,先天性嚢胞,膵リンパ上皮嚢胞が,腫瘍性のものとしては,
漿液性嚢胞腫瘍,粘液性嚢胞腫瘍,膵管内乳頭粘液性腫瘍などがある。
このうち,膵管内乳頭粘液性腫瘍は,粘液を産生する膵管上皮が乳頭状に増殖し
た膵管内腫瘍であり,膵管内に粘液が充満するため,膵管がブドウの房のように拡
張するのが特徴である。高齢の男性に多くみられ,主膵管型と分枝膵管型に分類さ
れる。
(エ) 木村理「粘液嚢胞性腫瘍(MCN)と膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)」
(平成17年,甲全69号証)
膵管内乳頭粘液性腫瘍には,病理学的に広範囲な組織型が含まれており,中には
病理学的診断のかなり難しいものも含まれ,構造異型,細胞異型などによる腫瘍・
非腫瘍の診断や良悪性の診断が困難であることも稀ではない。
(オ) 藤井努ほか「膵嚢胞性病変の鑑別診断のポイントは?」(2004年,甲C
4号証)
膵管内乳頭腫瘍は,粘液貯留による主膵管拡張や分枝膵管の嚢胞状拡張などの所
見を呈する比較的予後の良い膵上皮性腫瘍である。
一般的には,主膵管型,分枝型,混合型の3類型に分類されているが,他の膵嚢
胞性疾患との鑑別を要するのは分枝型膵管内乳頭腫瘍である。
膵管内乳頭腫瘍の臨床的特徴は,平均67歳と比較的高齢の男性に多発しており,
随伴性膵炎,膵管との交通,膵管内進展を認めるが,被膜を認めないことが多い。
また,画像上の特徴は,主膵管型膵管内乳頭腫瘍においては,CT,USなどで主
膵管の著明な拡張を認めることができ,ERCPでは,主膵管内の粘液が確認され,
粘液分泌によるVater乳頭の開大と粘液の流出が確認されれば診断は確定する。
分枝型膵管内乳頭腫瘍は,拡張した分枝膵管の集簇で,ブドウの房状の形態と表
現される辺縁凹凸のある腫瘍である。嚢胞の形態的には分葉状で不整型を呈し,膵
管壁に乳頭状の粘膜増生を伴うものが多い。
特に粘液性嚢胞腫瘍の鑑別に重要である膵管との交通の有無の判定には,ERC
Pが必要とされることが多い。
このほかの嚢胞性病変として最も多くみられるのは仮性嚢胞であり,これは単房
性であることが特徴である。
(カ) 「広島被爆者の膵ガン致死率の分析(1968−1997)」(甲C10号
証)
1968年から1997年までの間に追跡調査された広島県在住の被爆者5万1
532人について,放射線による膵臓がんへの晩発影響を調査したところ,膵臓が
んの1Sv当たりの過剰相対リスク(ERR)は,被曝時の年齢でみた場合,男性で
は10歳から19歳までのグループと,20歳から29歳までのグループで過剰相
対リスクが高かったが,性別ごとにみた場合,膵臓がん全体の過剰相対リスクの増
加は統計的に有意ではない。本研究は,喫煙などの他のリスク要因に対応していな
いため,研究を更に進める必要がある。
キ 良性腫瘍について
(ア) 「成人健康調査第6報」(1986年,甲C9号証)
成人健康調査においては,はじめて良性腫瘍を解析の対象としたが,その結果,
線量に伴う増加が示唆されたが剖検例では確認されなかった。しかし,このような
所見は,放射線の催腫瘍性を考慮する上で多大の問題を提起するものである。
良性腫瘍(第8回修正国際疾病分類(ICD)210−228,622。なお,
膵臓の良性腫瘍は211.6に分類されている。)の有病率は,線量とともに増加
し,200rad以上の群では,0rad群の2倍にも達している。これらのデータには
一定の偏りが生じている可能性が否定できず,良性腫瘍の発生率と放射線量の関係
について最良の推計を得るためには,腫瘍登録ないし組織登録の完備が必須である。
ヒトの良性腫瘍と放射線の関係は,マーシャル住民の放射性降下物による甲状腺
のアデノーマ(腺腫),原爆被爆者においても唾液腺の良性腫瘍の増加などが指摘
されている。今回の解析によって,全般的な所見としてはがんと同一であったこと
は注目に値する。しかし,これらの腫瘍が良性であるという性質上,大多数は臨床
診断のみに終わってしまうため,真の腫瘍か否か確実性に欠けるなど,様々な問題
点を有するが,一般的な傾向は観察し得ると考えられる。
(イ) 「原爆放射線の人体影響1992」(1992年,乙全14号証)
原爆放射線が多くの部位の悪性腫瘍の発生を増加させるということは,広く認め
られた事実であり,今なお,様々な角度からの研究が続けられている。一方,放射
線と良性腫瘍の関連については,現状では,その研究成果は極めて乏しく,はっき
りした結果は得られていない。
これは,良性腫瘍が致命的な疾患ではなく,研究の動機付けが難しいことや,疫
学的な研究を行う際にも把握率という重大な問題があるため,確固たる研究が実施
しにくいという事情があるためである。
放影研では,成人健康調査第6報において,はじめて良性腫瘍の有病率の解析を
行い,放射線量に伴って良性腫瘍の有病率が有意に増加したことなどを確認してい
るが,上述のとおり,良性腫瘍の疫学的研究は,その把握率が大きな影響をもつた
め,その解釈は難しい。しかし,成人健康調査では一定の基準で診断を行っている
ため,その信頼性は高いと思われる。
以上のように原爆放射線によって良性腫瘍の発症も増加していることが示唆され
る結果となっているが,良性腫瘍のみられる臓器や組織は様々であり,比較的高頻
度にみられる臓器の良性腫瘍は,消化管ポリープ,子宮筋腫,卵巣腫瘍である。
以上のとおり,原爆被爆者における良性腫瘍についての研究は,いろいろな実施
上の問題があるため困難であるものの,そのような中で行われている研究成果によ
って,子宮筋腫や卵巣腫瘍など一部の良性腫瘍については,放射線被曝との関連が
示唆されてきている。しかし,これを確認するためには,さらなる検討が必要であ
る。
ク 原告Hの申請疾患の放射線起因性について
(ア) 原告Hの膵嚢胞と原爆放射線被曝との関係について
上記認定の知見等に照らして検討してみると,膵臓は放射線感受性が低い組織で
あるとされ,放射線被曝によって膵臓組織に何らかの異常が生じることを認めるに
足る医学的知見は見当たらない。
また,原告Hの罹患している膵嚢胞は,主治医である小島医師によれば,高齢で
あること,男性であること,嚢胞が多房性であること,主膵管との交通が存在して
いること等から,分枝型膵管内乳頭粘液腫瘍(IPMT)に適合するものであり,
現時点では,悪性を疑う必要がなく,経過観察に適応すると診断されているところ,
医学的には,原告Hの膵嚢胞が属する分枝型膵管内乳頭粘液腫瘍(IPMT)は腫
瘍性嚢胞に分類され,その成因は不明であるとされており,疫学上も放射線との有
意な関係の存在は肯定されていない。
もっとも,上記のとおり,IPMTは良性腫瘍と解されるところ,良性腫瘍につ
いては,成人健康調査第6報でその有病率の解析が行われ,放射線量による有意な
増加が確認されたと報告されているが,IPMTは,消化管ポリープや子宮筋腫の
ように被爆者に比較的高頻度に認められている良性腫瘍とは異なり,個別に発症と
放射線との関係が研究されている疾病ではない上,膵臓の腫瘍・疾患という点から
放射線との関連性を指摘した報告等は存在しないと解されていること(証人聞間)
からしても,IPMTと放射線との有意な関係は肯定されていないと解される。
ところで,審査の方針では,このように原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的
知見が立証されておらず,原因確率を設けていない疾病についても,そのことに留
意しつつ,なお当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的
に勘案して,個別にその起因性を判断するものとしているところ,爆心地から約1.
5厠イ譴臣賄世砲△詈室貌發波鑁した原告Hの初期放射線による被曝線量は,審
査の方針別表9によれば25cGyであるが,前判示のとおり,原告Hのそれ以後の
救護活動の状況や,その間,黒い雨に打たれたこと,また被爆直後から発症した急
性症状の程度,状態などからすれば,原告Hが放射性降下物や誘導放射能によって
外部被曝及び内部被曝をした被曝線量は,相当程度の高線量であったものと推認で
きるものの,このことを考慮にいれても,なお原告Hの膵臓障害と原爆による放射
線被曝との関係は,これに関する上記の医学的知見の状況に照らし,これを肯認す
ることは困難というべきである。
そして,上記認定事実によれば,原告Hの分枝型膵管内乳頭粘液腫瘍(IPM
T)については,その成因が不明であるとされている腫瘍性嚢胞の一種であり,高
齢の男性に多く発症することが指摘されているところ,原告Hに膵嚢胞が発症した
のは,60歳になった昭和59年ころであり,医学上一般的に指摘されている発症
年齢(平均67歳)とも大きく矛盾せず,この時点で発症した膵嚢胞が原爆放射線
の影響によって発症したことをうかがわせる他の事情も存在しないといわざるを得
ない。
原告Hは,IPMTは良性腫瘍であるところ,放影研の成人健康調査によって良
性腫瘍と放射線被曝との間に有意な関連が肯定されているとして,IPMTが放射
線被曝によって発症しうる旨主張するが,前記判示のとおり,放射線被曝の影響に
よって,膵臓に何らかの病変が生ずることを肯定する医学的な知見は見あたらず,
上記放影研の成人健康調査においても,調査の対象とされた良性腫瘍の中に膵臓の
良性腫瘍が含まれているかは不明とされており,なお良性腫瘍の研究・調査におい
ては,その把握率の正確性が問題となっていること等をも併せ考えれば,上記成人
健康調査の報告内容を根拠として,IPMTが放射線被曝によって生じ得ると認め
ることは困難といわなければならない。
また,原告Hは,IPMTが前がん病変であり,膵臓がんに放射線との有意な関
係が肯定される以上,IPMTにも同様に肯定されるべきである旨主張するが,前
記判示のとおり,膵臓がんを個別に検討した結果によっても,膵臓がん全体の過剰
相対リスクの増加は統計的に有意ではないことが確認されており,悪性新生物であ
るという限度を超えて放射線との有意な関連性は肯定されていないというべきであ
るから,上記主張も採用することができない。
その他,原告Hの生活因子,環境因子等を総合考慮しても,原告Hの嚢胞性膵腫
瘍が原爆放射線に起因して発症したものであることを認めるに足りるほどの証拠は
ない。
ケ 結論
したがって,原告Hの嚢胞性膵腫瘍に放射線起因性はないとした本件の却下処分
は適法である。
5 国家賠償責任の成否について(争点(2) )
(1) 原告らは,被告厚生労働大臣の原告らに対する上記却下処分は,およそ次の
アないしオの諸点をもって違法な公権力の行使というべきであり,原告らはこれに
よって精神的苦痛を受けたとして,被告国に対して国家賠償法1条1項に基づき損
害賠償を請求している。
ア 被告厚生労働大臣が,実測値と合わないDS86を用いるなどして審査の方
針という誤った認定基準を作成し,これに基づいて誤った却下処分をしたこと
イ 審査の方針は一応の基準にすぎず,原爆症認定制度に関しては,行政手続法
5条によって設けることが義務付けられている「審査基準」が定められていないこ

ウ 本件における原告らの申請に対する審査が著しく遅延していること
エ 本件各処分には行政手続法8条所定の処分についての理由が明記されていな
いこと
オ 被告厚生労働大臣は,申請者の被爆状況を個別具体的に検討して放射線起因
性を判断すべきであるとする複数の判決があるにもかかわらず,審査の方針の機械
的な適用に終始していること
(2) 先ず上記アについてみるに,上述したとおり,被告厚生労働大臣が,原告E
及び原告Fに対してした各却下処分は違法で取り消されるべきものであるところ,
行政機関が行った行政処分が,前提事実の誤認や処分要件を欠くため違法と判断さ
れる場合であっても,そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があった
と評価すべきものではなく,当該行政機関が資料を収集し,これに基づき前提事実
及び処分要件を認定,判断する上において,通常払うべき職務上の注意義務を尽く
すことなく,漫然と行政処分をしたと認められるような事情がある場合に限り,上
記の違法を認め得るものと解するのが相当である(最高裁平成5年3月11日判決
・民集47巻4号2863頁参照)。
既に判示したとおり,原爆症認定における審査の方針は,被曝線量算定方式であ
るDS86を基礎として被曝線量を算定するとともに,放影研によって長年にわた
って継続されてきた疫学調査・解析の結果に基づいて,原爆放射線の傷害作用に起
因することが科学的にも肯定されている疾病の原因確率を設定したものであるとこ
ろ,DS86や放影研の疫学調査・解析の結果は,いずれも国際的にもその合理性
が肯定されている知見であって,これらを基に準則化された審査の方針それ自体が
不合理であるということはできない。
もっとも,審査の方針が定める基準においては,初期放射線による被曝線量の一
般的な評価については相当の合理性を認め得るものの,放射性降下物や誘導放射能
による被曝の影響についてはこれが十分に考慮されているとはいえず,また,内部
被曝の影響についての考慮がなされていない点において,その機械的な運用のみに
よっては個々の被爆者の被曝線量を正確に認定することができないので,その運用
についてはこれらの点に対する考慮を欠かすことができないが,もとより審査の方
針それ自体も,上記の考慮を排除する趣旨によるものとは解されず,これらは準則
としての審査の方針に基づく評価作業と併せて,定式化になじまない個別の事情と
して,それに応じた考慮を加えるべきものと考えられる。
したがって,審査の方針それ自体が合理性を欠くということはできず,被告厚生
労働大臣が,諮問機関である前記医療分科会から,同分科会が策定した審査の方針
に従って検討,提出した意見を聴いた上,原告Eらに対する却下処分を行ったこと
が,その職務上尽くすべき注意義務を尽くさなかったとか,漫然と処分をしたとい
うことはできない。
(3) 上記イの点については,行政手続法5条1項にいう審査基準の策定は,申請
者において,申請の許否を予測する便宜を図るとともに,行政庁による恣意的な認
定行政が行われることを防止すべく定められたものであると解されるところ,審査
の方針は厚生労働省によって公開されており,弁論の全趣旨によれば,被告厚生労
働大臣の諮問機関である前記医療分科会において,基本的にこれに従って認定行政
が行われていることからすれば,これが同項にいう審査基準に該当しないとはいえ
ない。
上記ウの点については,被告厚生労働大臣が,原告らの申請に対する応答を意図
的に放置したなど,その職務遂行上の注意義務を怠ったことは本件全証拠によって
もこれを認めることはできず,原告らが申請に対する応答を待つ間に不安感や焦燥
感を抱くことは容易に理解することができるが,その認定作業の性質及び分量等に
かんがみると,その期間が社会通念上許容される限度を超えて原告らに違法な精神
的苦痛を与えるほどのものであったとは認められない。
上記エの点については,行政手続法8条1項の処分理由の提示は,処分をする行
政庁の判断の慎重さ及び合理性を確保するとともに,申請者の不服申立て等の便宜
を図るべく定められたものであり,提示すべき内容・程度については,当該処分の
性質,根拠法令の趣旨のほか,処分行政庁の負担等をも考慮して判断すべきものと
解されるところ,被爆者援護法上の放射線起因性の有無の判断は,被告厚生労働大
臣の諮問機関である前記医療分科会の意見を聴取するものとされており,その判断
過程における一定の慎重さが担保されている上,放射線起因性の有無の判断は,医
学,放射線学,疫学等の科学的知見を総合的に考慮した結果なされるものであって,
個々の被爆者の申請疾病と放射線との関係に関する判断過程を処分理由として提示
しなければならないとすれば,行政庁の負担は著しく増大し,ひいては認定行政全
体が停滞するおそれが生じることは明らかである。
したがって,提示すべき処分理由としては,当該申請者の被爆態様として認定し
た事実や具体的な医学的,放射線学的な知見への当てはめなど,医療分科会等の諮
問機関の意見内容を提示することまでは必要ではないというべきである。
そして,本件では,いずれも根拠法令と申請に係る疾病や治癒能力について原爆
放射線の影響がない旨が記載されているから,同項に違反するものとはいえず,被
告厚生労働大臣に職務上の注意義務違反があるとは認められない。
上記オの点については,本件に現れた全証拠によってみても,被告厚生労働大臣
が,原告らに対し,審査の方針を機械的に適用したと認めることはできない。
よって,原告らの主張はいずれも採用できない。
(4) なお,被告厚生労働大臣が原告G及び原告Hに対してした上記各却下処分が
適法であることは前判示のとおりであるが,このように行政処分がそれ自体として
は処分要件を充足し,適法である場合であっても,それが実態として行政権の著し
い濫用によるものである場合もないとはいえず,そのような場合には,国家賠償法
1条1項にいう違法な公権力の行使にあたると解するのが相当である(最高裁昭和
53年5月26日判決・民集32巻3号689頁参照)。しかし,被告厚生労働大
臣が,原告G及び原告Hに対して上記のとおり適法に行ったと認められる各却下処
分が,実態として行政権の著しい濫用によるものであることをうかがわせる事情は
見当たらないから,同原告らに対する上記各却下処分が,国家賠償法1条1項にい
う違法な公権力の行使に当たるとは認められない。
第5 結 論
以上のとおりであって,原告E及び原告Fの各請求のうち,被告厚生労働大臣に
対する却下処分の取消しを求める部分はいずれも理由があるから認容し,同原告ら
の被告国に対する請求並びに原告G及び原告Hの被告らに対する各請求はいずれも
理由がないからこれらを棄却し,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民
訴法64条本文,65条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第9部
裁判長裁判官 中村直文?
裁判官 前田郁勝
裁判官 片山博仁

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