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平成27(行ウ)51  課徴金納付命令処分取消等請求事件
令和元年5月30日  東京地方裁判所
令和元年月30日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成27年(行ウ)第1号課徴金納付命令処分取消等請求事件
口頭弁論終結日平成31年1月31日
判決
主文
1原告の主位的請求を棄却する。
2金融庁長官が平成26年12月26日付けで原告に対してした課徴金8
04万円を国庫に納付することを命ずる旨の決定を取り消す。
3原告のその余の請求を棄却する。
4訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の
負担とする。
事実及び理由
第1請求
1⑴主位的請求
金融庁長官が平成26年12月26日付けで原告に対してした課徴金8
04万円を国庫に納付することを命ずる旨の決定が無効であることを確認
する。
⑵予備的請求
主文第2項と同旨
2被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成26年12月26
日から支払済みまで年パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1事案の概要
シンガポール共和国において設立された投資運用会社である原告は,ファン
ドの受託者との間で締結した投資一任契約に基づいて資産運用を行っていたと
ころ,東京証券取引所市場第一部(以下「東証一部」という。)に上場してい
る日本板硝子株式会社の株式(以下,同社を「日本板硝子」といい,その株式
を「日本板硝子株」という。)の売付けに関し,金融商品取引法(以下「金商
法」という。)違反を理由に,証券取引等監視委員会(以下「監視委員会」と
いう。)の勧告及び金商法所定の審判手続を経て,金融庁長官(処分行政庁)
から,平成26年12月26日付けで課徴金納付命令(課徴金804万円を国
庫に納付することを命ずる旨の決定。以下「本件処分」という。)を受けた。
本件処分の理由は,原告のファンドマネージャーであるA及びB(以下Aと併
せて「Aら」という。)において,平成22年7月27日,JPモルガン証券
株式会社(以下「JPモルガン証券」という。)のセールストレーダーである
Cから,同人がその職務に関し知った重要事実(日本板硝子における公募増資
に関するもの)の伝達を受け,同公募増資の公表前である同日から同年8月2
4日までの間,日本板硝子株の売付けを行ったことが,いわゆるインサイダー
取引の禁止を定める金商法166条3項(平成23年法律第49号による改正
前のもの。以下,同条について同じ。)に違反するというものである。
本件は,原告が,“鏐陲鯀蠎蠅箸垢觜街霑幣戮箸靴董ぜ膂姪に本件処分の
無効確認を求め,予備的に本件処分の取消しを求めるとともに,被告に対
し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,慰謝料300
万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。なお,原告は,
当初は,本件処分が金商法166条3項違反事実がないのにされた違法なもの
であると主張して,その取消しを求める訴え及び国家賠償を求める訴えを提起
したが,その後,本件処分は任命資格を欠く審判官らが関与した審判手続に基
づく無効なものであるとの主張を加え,民事訴訟法143条に基づく追加的変
更として,本件処分の無効確認を求める訴えを提起し,これを主位的請求とし
たものである。
2関係法令及び金商法166条の定める禁止行為等の概要
本件に関する法令の定めは,別紙2(枝番号を含む。)のとおりである。
金商法166条は,会社関係者(1項各号に掲げられた者)が上場会社に係
る業務等に関する重要事実を当該各号に定めるところにより知った場合につい
て,一定の取引の禁止を定めている。上記「重要事実」には,当該上場会社の
業務執行を決定する機関が株式の募集(会社法199条1項)を行うことにつ
いての決定をしたことも含まれる(金商法166条2項1号イ)。また,上記
「会社関係者」には,当該上場会社の役員等(金商法166条1項1号。「役
員等」とは役員,代理人,使用人その他の従業者をいう。以下同じ。)のほか,
当該上場会社と契約を締結している法人(以下「相手方法人」という。)の役
員等も含まれる(同項4,号)ところ,同項4号は,相手方法人の役員等で
あって当該契約の締結やその交渉等に関与した者(以下「契約担当役員等」と
いう。)がその締結や交渉等に関し当該重要事実を知った場合を上記禁止の対
象として定め,同項号は,相手方法人の役員等であって契約担当役員等以外
である者(以下「担当外役員等」という。)がその者の職務に関し当該重要事
実を知った場合を上記禁止の対象として定めている。
そして,当該会社関係者が上場会社に係る業務等に関する重要事実を金商法
166条1項所定の当該各号に定めるところにより知った場合には,当該会社
関係者につき当該重要事実の公表前に当該上場会社の特定有価証券等に係る売
買等をすることが禁止される(同項)ほか,上記の場合において当該会社関係
者から当該重要事実の伝達を受けた者(以下「情報受領者」という。)につい
ても,上記の売買等が禁止されている(3項)。
本件においては,金商法166条3項該当性が問題となるところ,日本板硝
子の公募増資に関する重要事実につき,〜蠎衒法人であるJPモルガン証券
の担当外役員等であるCが,「職務に関し知った」といえるか(同条1項
号),∨楫鐔菠において情報受領者とされているAらが,Cから重要事実の
「伝達を受けた」といえるか(同条3項)が争われている(後記参照)。
なお,金商法166条は平成23年法律第49号により改正されているとこ
ろ,同法附則7条により,同法の施行日(平成24年4月1日)前に生じた重
要事実の伝達を受けた者の売買等については,なお従前の例によるとされてい
る。
3用語等
本件で用いる証券取引等に関する用語の意義は,以下のとおりである。
⑴空売り
特定の銘柄の株式を借りるなどして,将来買い戻すことを前提に当該株式
を売却すること。その後,売却した株式と同数の株式を買い戻して,これを
返却することが予定されている。当該株式を売却したときの株価よりも,買
い戻したときの株価が値下がりしていると,その差額から手数料等を控除し
た額を利益とすることができる。なお,株式の売りを「ショート
(short)」といい,買いを「ロング(long)」という。
⑵売り建玉
空売りによって,借りた株式を売却しており,将来これと同数の株式を買
い戻さなければならない状態,又は買い戻さなければならない株数のこと。
「売りポジション」ということもある。
⑶ショートカバー(shortcover)
空売りをした後,買戻しを行って売り建玉を決済すること。
⑷売り決め
機関投資家が特定の株式について大口の売り注文をしたい場合に,株式市
場での取引が不成立となるなどのリスクを回避するため,当該機関投資家を
顧客とする証券会社の自己売買部門が,指し値で買い注文を出して取引を成
立させること。
⑸引受証券会社
公募増資を行う場合に,発行会社が発行する新株式を投資家に販売する目
的で取得する証券会社のこと。
⑹主幹事証券会社
引受証券会社の中で,新株式の発行や引受等の事務を中心的に行う証券会
社のこと。複数の主幹事証券会社が共同して主幹事を務める場合を「共同
主幹事証券会社」という。
⑺買取引受
公募増資の際,引受証券会社が,発行会社が発行した新株式の全てを取得
すること。
4前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨
により容易に認められる事実)
⑴原告及びその従業員
ア原告
原告は,シンガポール共和国の会社法に基づいて設立され,同国の通貨
監督庁(MAS)から投資運用業を行うことについて登録を受けている
有限責任会社(limitedcompany)である。
原告は,平成22年(年)当時,アジー・ファンド(Azzy
Fund)と呼称するケイマン籍ユニット・トラストのユビキタス・マスタ
ー・シリーズ・トラスト・クラス・ジー・ファンド(UbiquitousMaster
SeriesTrustClassGFund)(以下「本件ファンド」という。)の受託
者との間で締結した投資一任契約に基づいて,本件ファンドの資産運用
を行っていた。
イA
Aは,リーマンブラザーズ証券株式会社,JPモルガン証券及びドイツ
証券株式会社を経て原告に入社し,平成22年当時,原告のアブソルー
ト・リターン・グループのチームリーダーとして,本件ファンドの資産
運用に係る株式売買を担当していた。
ウB
Bは,国際証券株式会社,みずほ証券株式会社及びベースリサーチ株式
会社を経て原告に入社し,平成22年当時,原告のアブソルート・リター
ン・グループのファンドマネージャーとして,本件ファンドの資産運用に
係る株式売買を担当していた。
⑵JPモルガン証券及びその従業員
アJPモルガン証券
JPモルガン証券は,第一種金融商品取引業の登録を受けている株式会
社である。JPモルガン証券が上場会社の公募増資における引受証券会
社となる場合には,JPモルガン証券の株式資本市場部(以下「EC
M」という。)において,引受契約の締結交渉やその後の手続全般の調
整等の業務を担当し,また,同社の営業部署であるセールストレーディ
ング部や株式営業部において,顧客である投資家に対し,発行される新
株式の募集に関する営業等の業務を担当していた。
イC
Cは,平成22年当時,JPモルガン証券のセールストレーディング部
におけるセールストレーダーとして勤務していた者であり,同社の顧客
である国内外の機関投資家に対し株価動向等の情報提供(銘柄の推奨や
投資アドバイスを含む。)を行い,これらの顧客から日本株の売買に係
る注文を受注して執行することのほか,JPモルガン証券が引受証券会
社となった公募増資について,発行される新株式の募集につき機関投資
家への営業活動を行うことなどを職務としていた。原告は,Cが担当し
ていた顧客のうちの1社であった。
ウD
Dは,平成22年当時,JPモルガン証券のECMに所属し,アソシ
エイトとして公募増資に関する事務を担当していた者である(乙11)。
エE
Eは,平成22年当時,JPモルガン証券のECMに所属し,エグゼ
クティブディレクターとして公募増資に係る手続全般の調整や監督をす
る立場にあり,本件公募増資についてディールキャプテンを務めていた
者である。
オF
Fは,平成22年当時,JPモルガン証券の株式営業部の責任者で
あった者である。
⑶日本板硝子における公募増資等
ア日本板硝子は,東京都港区に所在する建築用ガラスや自動車用ガラスの
製造販売等を主たる業務とする株式会社であり,同社の株式は東証一部に
上場されている(証券コードは2)。
イ平成22年4月28日に開催された日本板硝子の取締役会において,最
短実施時期を同年8月下旬頃,目標調達額を400億円以上とする新株式
発行の方法による公募増資の計画(プロジェクト名は「サファイア」)が,
おおむね了承された(乙9,〔資料1,2〕)。
ウ日本板硝子は,平成22年月7日,JPモルガン証券に対し,上記イ
の公募増資の計画の概要を説明し,グローバルコーディネーター(主幹事
証券会社)としての参加を要請するなどし,JPモルガン証券はこれを受
諾した。このとき,JPモルガン証券側の対応者には,E及びDも含まれ
ていた。(乙9,〔資料1〕)。
エ日本板硝子は,平成22年8月24日の取締役会において,製造設備の
新設及び改修のための設備投資資金,中国における合弁事業に対する投資
資金等を調達するため,下記概容による新株式の発行を行うこと(以下
「本件公募増資」という。)を決議した。

募集株式の種類及び数普通株式2億20万株
募集方法国内一般募集及び海外募集とし,それぞれ引受証
券会社に買取引受させる
払込金額の決定平成22年9月8日〜日のいずれかの日(発
行価格等決定日)に決定する
申込期間発行価格等決定日の翌営業日から2営業日後の日
まで
払込期日平成22年9月日〜17日
上記募集については,大和証券キャピタル・マーケッツ株式会社(以下
「大和証券」という。)及びJPモルガン証券が,国内一般募集に係る
共同主幹事証券会社となるほか,国内一般募集及び海外募集のジョイン
ト・グローバル・コーディネーターとなることとされた。なお,引受証
券会社に対する対価については,引受手数料は支払われず,募集価格
(引受証券会社が投資家から得る金額)と引受会証券会社から日本板硝
子に払い込まれる金額との差額が,引受証券会社の手取金となるものと
された。(乙〔資料6〕)
オ上記エの取締役会において本件公募増資が決議されたことについては,
平成22年8月24日16時頃に公表された(乙〔資料7〕。以下
「本件公表」という。)。
カ日本板硝子は,平成22年9月8日,本件公募増資の引受証券会社とな
る大和証券,JPモルガン証券,日興コーディアル証券株式会社(以下
「日興コーディアル証券」という。)及び三菱UFJモルガン・スタンレ
ー証券株式会社との間で,新株式買取引受契約を締結した(乙〔資料
8〕)。
⑷平成22年当時における株式市場の状況等
平成22年は公募増資を実施する上場会社が比較的多かった年であり,J
Pモルガン証券が国内募集分に係る引受証券会社などとして関わった公募増
資としては,同年6月7日に公表されたSBIホールディングス株式会社
(以下「SBI」という。),同月日に公表された株式会社みずほフィ
ナンシャルグループ(以下「みずほFG」という。証券コードは8411),
同年7月8日に公表された国際石油開発帝石株式会社(以下「INPEX」
という。証券コードは160)があったが,上記各社による公募増資の公
表後,その株価は公表直前と比べていずれも下落していた。なお,一般に,
新株式の発行による増資をすると当該発行会社の株価が下がりやすいとされ
ており,多くの投資家は増資前に当該会社の株式を売ろうとするため,公募
増資の公表後は当該会社の株価が下落する傾向にあるとされている。
⑸CとAとの間の,平成22年7月27日14時26分〜27分にされた,
日本板硝子株に関するチャットの内容は次の表のとおりである(乙16〔別
紙2〜221頁〕,19。以下,併せて「本件チャット」という。)。
本件チャットを含め,CとAとの間でやり取りされたチャットは,いずれ
も,ブルームバーグ社(経済・金融情報の配信等を行う米国法人)が提供す
るチャットルームにおけるものである。同社が提供するチャットルームに
は,複数の者が参加することができ,メッセージの送信・閲覧も参加者全員
が行うことができる。本件チャットは,C及びAが投稿者となって発言した
ものであるが,Bも,本件チャットに係るメッセージが送信された時に当該
チャットルームにログインしていた(乙17)。
被告は,本件チャットによって,CからAらに対し本件重要事実が伝達さ
れたと主張している。
投稿者投稿内容(【】内は訳文。以下同じ)
Chaveaclosewatchin…【注目しています。】
C2【日本板硝子に】
Cthismonth…【今月。】
Awhy?【なぜ?】
Ccan’ttalkabtithearnow【それについて話すことはで
きません(なお,「hearnow」の訳文については,「here
now」の誤記と解した上で「今ここで」と訳すか,字義ど
おり「今聞いています」と訳すか争いがある。)】
Cbut【しかし】
Cnextmonthwa【来月は】
Cchumokuniataishimasu【注目に値します】
Asoka【そうか】
⑹Aらの日本板硝子株に係る取引内容
アAの,平成22年7月28日から同年8月24日までの日本板硝子株に
係る取引内容は,次の表のとおりである(乙18〔8枚目〕。以下「A関
係取引」という。)。
以下の表において,「時間」は株式の売買をした時間(日本時間)を,
「取引内容」欄における「空売り」とは株式を空売りしたことを,「買
い」とは空売りした株式を買い戻した(売り建玉がない場合は株式を
買った)ことを,「売り」とは株式を売ったこと(空売りではなく,先
に購入して保有している株式を売ったこと)を,「株数」欄における数
値は売買した株数を,「価格(円)」欄における数値は当該売買におけ
る1株当たりの平均価格を,「売り建玉」欄における数値は,マイナス
の場合は売りポジション(売り建玉)を同数値の株数だけ有しているこ
とを,プラスの場合は同数値の株数の株式を保有していることを示して
いる。
日付時間取引内容株数価格(円)売り建玉
7月28日:26空売り00,000218.4000-00,000
8月4日14:18空売り0,0002.000-700,000
8月6日13:30空売り00,0002.9264-1,0,000
8月9日9:0空売り0,000239.000-1,300,000
8月11日9:48空売り0,000226.0000-1,400,000
8月11日:26空売り0,000228.0700-1,00,000
8月11日12:40買い0,000226.0000-1,40,000
8月13日14:空売り2,000231.294-1,2,000
8月17日:空売り148,000224.3378-1,700,000
8月18日9:33空売り0,000226.0000-1,80,000
8月19日:00空売り1,000217.0000-1,81,000
8月日:7空売り149,0003.476-2,000,000
8月日13:12空売り178,0001.88-2,178,000
8月23日9:0買い808,000198.171-1,370,000
8月23日:03空売り0,0000.0000-1,70,000
8月24日:買い2,000,00019.926430,000
8月24日14:04売り430,000198.1160
イBの,平成22年7月28日から同年8月27日までの日本板硝子株に
係る取引内容は,次の表のとおりである(乙18〔9枚目〕。以下「B関
係取引」といい,A関係取引と併せて「本件各取引」という。表の用語の
意味は,上記アと同じである。)。
日付時間取引内容株数価格(円)売り建玉
7月8日9:0買い0,000219.00000,000
7月27日14:30売り0,000213.00000
7月28日14:空売り300,000218.1667-300,000
8月日14:30買い0,000213.0000-0,000
8月9日9:49空売り0,000239.0000-300,000
8月18日:06空売り,000228.0000-3,000
8月19日13:9空売り0,000217.0000-370,000
8月27日9:24買い370,00018.00000
⑺本件処分に至る経緯
ア内閣総理大臣は,インサイダー取引等の課徴金に係る事件について必要
な調査をするため,当該職員に,事件関係人等に対する質問,意見・報告
の徴収,帳簿書類等の提出命令,立入検査等をさせる権限を有している
(金商法177条)ところ,本件各取引について上記権限の委任を受けた
監視委員会(金商法194条の7第1項,2項8号〔平成年法律4
号による改正前のもの。以下,同条について同じ。〕)は,その所属の証
券調査官に上記質問等の調査を行わせた。G証券調査官(以下「G調査
官」という。)は,本件各取引に関する調査を担当した。
イ監視委員会は,上記アの調査の結果,Aらの本件各取引における日本板
硝子株の売付け(以下「本件売付け」という。)は金商法166条3項に
違反する旨の認定をして,平成年12月2日,金融庁設置法条1
項に基づき,内閣総理大臣及び金融庁長官に対し,原告に課徴金納付命令
を発出するよう勧告した(乙1)。
ウ内閣総理大臣から権限の委任を受けた金融庁長官(金商法194条の7
第1項)は,上記イの勧告を受けて同法17条1項に該当する事実があ
ると認め,平成年12月2日付けで,同法178条1項16号に基づ
き,原告に対する審判手続(以下「本件審判手続」という。)を開始する
旨の決定をした(乙2)。
エ課徴金事件に係る審判手続は,3人の審判官をもって構成する合議体が
行うものとされ(金商法180条1項),金融庁にはその審判手続の一部
を行わせるため人以内の審判官が置かれている(金融庁設置法条1
項)ところ,審判官は,金融庁の職員のうちから,審判手続を行うについ
て必要な法律及び金融に関する知識経験を有し,かつ,公正な判断をする
ことができると認められる者について,金融庁長官が命ずるものとされて
いる(同条2項)。
本件審判手続については,審判長であるH審判官のほか,I審判官(以
下「I」又は「I審判官」という。)及びT審判官(以下「T」又は
「T審判官」といい,I審判官と併せた2名を「Iら」又は「I審判官
ら」といい,さらに上記審判長審判官を入れた3名を「本件各審判官」
という。)が,合議体を構成する審判官として指定された(金商法18
0条2項)。
オ金融庁長官は,本件各審判官が本件審判手続を経て作成した決定案(金
商法18条の6)を踏まえ,平成26年12月26日付けで,同法18
条の7第1項に基づき,原告に対し,課徴金804万円を国庫に納付す
ることを命ずる旨の決定(甲3。本件処分)をした。
本件処分においては,「日本板硝子の業務執行を決定する機関が本件公
募増資を行うことについての決定をしたこと」を金商法166条1項及び
3号にいう重要事実であるとして(以下「本件重要事実」という。),本
件重要事実を,JPモルガン証券のECMのEらが日本板硝子との引受契
約の締結の交渉に関して知り,その後,Cがその職務に関して知り,さら
に,AらがCから伝達を受けて知ったと認定している(甲3)。
⑻本件訴えの提起
原告は,平成27年2月3日,本件訴えを提起した。
争点
⑴主位的請求関係
本件審判手続の有効性
⑵予備的請求関係
アCが本件重要事実をその職務に関し知ったか否か
イAらがCから本件重要事実の伝達を受けたか否か
ウ本件各取引は原告の計算により行われたものであるか
⑶国賠法上の違法行為の有無及び損害額
6争点に関する当事者の主張の要旨は,別紙3のとおりである。なお,同別紙
で定義した用語は,本文においても用いる。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,原告の請求のうち,)楫鐔菠の無効確認を求める請求(主位的
請求)については,理由がないから棄却すべきものと判断し,∨楫鐔菠の取消
しを求める請求(予備的請求)については,Cが本件重要事実をその職務に関し
知ったと認めることができず,また,同人がAらに対して本件重要事実を伝達し
たと認めることもできないから,予備的請求には理由があり認容すべきものと判
断し,9馭緞。云鬘厩爐亡陲鼎請求については,理由がないから棄却すべきも
のと判断する。その理由の詳細は,以下のとおりである。
1争点⑴(本件審判手続の有効性)について
⑴前提事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認める
ことができる。
アIの任命等
K法務大臣(以下「K大臣」という。)は,平成年4月1日付
けで,判事兼簡易裁判所判事の官職にあったIに対し,検事2級(釧路
地方検察庁検事)に任命した上で,金融庁に出向させるとともに東京地
方検察庁検事に併任する旨を命じる旨の人事異動通知書を交付した(乙
61,62)。
L金融庁長官(以下「L長官」という。)は,平成年4月1日
付けで,Iに対し,審判官を命ずるとともに,内閣府事務官(総務企画
局企画課リーガル・アドバイザー)に併任する旨を命ずる旨の人事異動
通知書を交付した(乙7,9)。
イTの任命等
K大臣は,平成年4月1日付けで,判事補兼簡易裁判所判事の
官職にあったTに対し,検事2級(岡山地方検察庁検事)に任命した上
で,金融庁に出向させるとともに東京地方検察庁検事に併任する旨の人
事異動通知書を交付した(乙63,64)。
L長官は,平成年4月1日付けで,Tに対し,審判官を命ずる
とともに,内閣府事務官(総務企画局企画課リーガル・アドバイザー)
等に併任する旨を命ずる旨の人事異動通知書を交付した(乙8,6
0)。
ウ人事院規則8−12第6条3項により任命権者を異にする官職に職員を
併任する際には,当該職員が現に任命されている官職の任命権者の同意を
得なければならないところ,その同意があった場合に,元の任命権者が交
付する人事異動通知書の異動内容欄に「出向させる」と記載するという扱
いが通例となっている(乙3,弁論の全趣旨)。
⑵ア金融庁設置法条2項は,審判官の任命について,「金融庁の職員の
うちから」命ずること(以下「要件1」という。),「審判手続を行うに
ついて必要な法律及び金融に関する知識経験を有し,かつ,公正な判断を
することができると認められる者」について命ずること(以下「要件2」
という。)を定めており,原告はいずれの要件の該当性も争っているので,
以下,順に検討する。
イ要件1について
上記⑴ア及びイのとおり,Iらは,判事等又は判事補等の官職にあっ
たところ,平成年4月1日付けで,検事に任命するとともに金融庁
へ出向させる旨の人事異動通知書を交付されているところ,上記⑴ウに
よれば,かかる人事異動通知書が交付された場合には,任命権者を異に
する官職(金融庁)への併任につき要するものとされる当該職員が現に
任命されている官職の任命権者(法務大臣であるK大臣)の同意を得た
ものと認めることができる。そうすると,金融庁長官であるL長官は,
人事院規則8−12第6条3項により,かかる法務大臣の同意の下に,
検事であるIらに対し,金融庁の官職に併任を命ずる権限を有していた
ものと認めるのが相当である。したがって,L長官は,金融庁の官職に
併任を命ずる権限をもって,Iらに対し,審判官及び金融庁の事務をつ
かさどる内閣府事務官の併任を命じたのであるから,これらの任命と同
時に,Iらは金融庁の職員の身分を有することとなったものと認められ
る。
そして,金融庁設置法条2項は審判官を金融庁の職員のうちから
任命する旨(要件1)を規定する一方,審判官として任命される者が金
融庁の職員として一定の勤務経験を有するものであることや,金融庁の
職員として現に職務に従事しているものであることを要する旨の定めは
なく,審判官としての資質や能力については要件2で別途規定している
ことに鑑みると,要件1を規定する上記規定は,審判官に対する金融庁
長官の指揮監督関係を明らかにすべく,審判官は金融庁の職員であるこ
とを要することを定めたものと解するのが相当である。そうすると,本
件のように,審判官の任命と同時に金融庁の職員の身分を有することと
なる場合であっても,要件1に該当するというべきである。
以上によれば,Iらの審判官への任命が要件1の該当性を欠く旨の原
告の主張は,採用することができない。
ウ要件2について
金融庁設置法条2項は,審判官に任命される者は,「審判手続を
行うについて必要な法律及び金融に関する知識経験を有し,かつ,公正
な判断をすることができると認められる者」であることを要するものと
定めている(要件2)。かかる規定は,3人の合議体で課徴金事件の審
判手続を行う審判官の職務の重責性に鑑み,審判官を任命するに当たっ
ては,その職責にふさわしい資質や能力を備えた者を任命することが特
に要請されるために定められたものと解される。
他方,審判官の任命については,要件2を定める金融庁設置法条
2項のほか特に基準が設けられておらず,「審判手続を行うについて必
要な法律及び金融に関する知識経験」及び「公正な判断をすることがで
きる」との同項の文言はいずれも抽象的なものであることからすると,
任命権者である金融庁長官は,審判官の任命に当たって広範な裁量を有
していると解するのが相当であり,当該任命が同項の定める基準や同項
の趣旨に明白に反するなど,金融庁長官の裁量権の範囲を逸脱し又はこ
れを濫用したと認められる場合でない限り,金融庁長官の任命行為が同
項違反に当たるとはいえないものというべきである。
これを本件についてみると,Iらは,審判官に任命される平成年
4月1日までは,それぞれ判事等又は判事補等の官職にあった者である
ところ,判事又は判事補は,金融に関する事件を含む種々の訴訟事件や
非訟事件を担当する中で,公平性,公正性が高く要求されるこれらの手
続を通じて,法令の解釈,事実認定,訴訟手続の主宰等の能力を涵養す
ることとなることはもちろん,広く社会事象の知見や専門的分野の知識
経験も得ることとなるものであり,金融に関する知識経験もその例外で
はないということができる。
そうすると,金融庁長官が,平成年4月1日の任命当時,判事又
は判事補としての経験を有するIらにつき,審判手続を行うについて必
要な法律及び金融に関する知識経験を有し,かつ,公正な判断をするこ
とができると認めたことが,その裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たる
とは到底いうことができない。
したがって,Iらの審判官への任命が要件2の該当性を欠く旨の原告
の主張も,採用することができない。
エ小括
以上検討したとおり,金融庁長官がIらを審判官に任命したことにつ
いて,金融庁設置法条2項に違反する違法があるとは認められず,
本件処分に原告が主張する無効事由があると認めることはできない。
なお,原告は,金融審判制度を定める金商法の規定自体が憲法31条
に違反するとの主張もするが,同法の規定内容に照らせば憲法31条に
反するところがないのは明らかであって,原告の主張の実質は審判手続
の実施又はその結果に対する法令違反をいうに帰するものであり,前提
を欠くものといわざるを得ない。また,原告は,本件各審判官が,本件
審判手続において,訳文の添付がないまま審理を進め,当該証拠を事実
認定に供したことが本件処分の無効原因になる旨の主張もするが,証拠
の採否や事実認定の誤りが直ちに本件処分の無効事由となるものでない
ことは明らかであり,原告の上記主張は採用することができない。
2争点⑵ア〜に係る認定事実(以下,単に「認定事実」という。)
⑴JPモルガン証券の各部署における公募増資の際の役割等(前提事実⑵,
乙11〜13,証人C,弁論の全趣旨)
JPモルガン証券では,上場会社の公募増資における引受証券会社となる
場合には,ECMが,公募増資の公表前から,引受契約の締結交渉のほか,
公募増資の実施に向けて必要な事務を行い,公募増資の公表後は,新株式の
割当に関する調整等の事務を行っていた。また,JPモルガン証券の株式営
業部とセールストレーディング部は,公募増資が公表されてから,顧客であ
る投資家に対し,発行される新株式の募集に関する営業活動を行っていた。
JPモルガン証券が引受証券会社となって行う上場会社の公募増資に関す
る情報は,当該上場会社が公募増資の公表を行うまでは極秘とされており,
公表前から事務を担当するECMに所属の者は当該情報に接することができ
るが,公表後に事務を担当することとなるセールストレーディング部や株式
営業部に所属する者は,公表前には当該情報に接することができないことと
され,両者の間には情報隔壁が設けられていた。
⑵ECMの業務等(甲7,証人C)
ア本件公表がされた当時,ECMには,本件公募増資に係るディールキャ
プテンを務めたEのほか,D,Mらが所属していた(甲7)。
イECMは,株式の売買のフローについてJPモルガン証券内の他部署に
照会することがあったところ,その概要は以下のとおりである(甲7)。
株式の売買のフロー(以下,単に「フロー」という。)とは,特定
の株式の銘柄について,どのような投資家がどれだけ売買を行ったかと
いう情報のことをいう。JPモルガン証券では,同社で売買を執行した
株式取引を閲覧するシステムを導入しており,ECMにおいても,同シ
ステムを利用して前々営業日以前のフローについては自ら調査すること
ができたが,当日及び前営業日分のフローについては閲覧する権限を与
えられていなかったため,これらの情報が必要な場合は,ECMの従業
員がその都度,セールストレーディング部や株式営業部に対して照会し
ていた(以下,このような照会を行うことを「フロー照会」とい
う。)。
ECMにおいてフローの調査を行う場合としては,主に次の3つの
機会が挙げられる。
aECMの顧客企業である上場会社の株価が大きく変動したり,株式
売買の出来高が大幅に増えるなどした場合に,実際にどのような取引
が行われているかを知るため,当該企業がECMにフローの調査を依
頼したり,ECMが自らの判断でフローを調査することがあった。な
お,公募増資など企業の株式の発行による資金調達の準備期間中に
も,このような調査が行われることはあった。
bECMの担当者が,顧客企業を訪問して営業活動をする際,当該企
業の株式に関する投資家の売買動向を把握し,その情報を当該企業に
提供するため,フローを調査することがあった。
c顧客企業から定期的にフローの情報を提供するよう依頼がある場合
には,当該依頼に応じてフローの調査を行っていた。
このように,ECMがフローの調査を行う機会は様々であるところ,
ECMにおけるシステムの閲覧だけでは足りず,当日又は前営業日分の
フローについて緊急に調査をしなければならない場合は,上記aのよう
な場合が多いといえる。そこで,Eは,ECMの従業員がセールストレ
ーディング部等に対しフロー照会をすることで,照会した株式の銘柄に
関し市場に誤解を与えるような情報が流れてしまうことを危惧し,これ
を避けるための対応策として,フロー照会を行う場合には,照会の目的
である企業のほか,同業他社や同規模の時価総額の企業,無作為に抽出
した企業もダミーとして加え,これら複数の企業の株式の銘柄について
照会するよう,ECMの従業員らに指示していた。
⑶本件公表までの経緯
ア日本板硝子とJPモルガン証券との間では,平成年12月頃から,
日本板硝子が公募増資を行う予定であるという話が出ており,JPモルガ
ン証券がその主幹事証券会社となることが予定されていた(甲7)。
イ日本板硝子は,平成21年7月頃,財務基盤の強化が必要であるとし
て,新株式発行の方法による資金調達の検討を本格的に開始し,同年
月頃,平成22年2月の実施に向けた公募増資の準備を開始した。日本板
硝子の取締役会は,同年1月29日,同年2月に公募増資を実施すること
を了承したが,同月日,同社の取締役らが同月中の公募増資の実施の可
否を検討したところ,日本板硝子株の株価が目標の水準よりも低く,経済
環境が整っていなかったことから,同月中の実施を見送ることとした。
(甲7,乙9,〔資料1〕)
ウ日本板硝子の取締役らは,平成22年4月頃から公募増資の準備を再開
し,同月8日頃から,新株式発行に関する具体的内容等についてJPモル
ガン証券から提案を受けるなどして,検討を重ねた(JPモルガン証券側
の担当者として,ECMのEもこれに参加していた。)。そして,平成2
2年4月28日に開催された日本板硝子の取締役会において,最短実施時
期を同年8月下旬頃,目標調達額を400億円以上とする新株式発行の方
法による公募増資(本件公募増資)の計画について説明,議論がされ,お
おむね了承されたが,実施時期については,早期化を求める意見が出され
たことから,最善と考えられる時期について十分検討すべきものとされ
た。JPモルガン証券は,同年月7日,日本板硝子に対し,本件公募増
資に主幹事証券会社として参加することを受諾した。(前提事実(3)イ,
ウ,乙9,〔資料1,2〕)。
エ平成22年7月6日,日本板硝子,大和証券及びJPモルガン証券など
本件公募増資の関係者らによるキックオフミーティングが開催された。J
Pモルガン証券側では,投資銀行本部,引受審査部,法務部のほか,EC
MからもE,D,Mらが出席し,ECMは同日から本格的な準備作業を開
始した。(甲7,乙9,〔資料1〕)
オ上記エのキックオフミーティング後,日本板硝子は,外部の関係者らと
の資金使途に関する打ち合わせや,同社取締役らへの概要説明,海外募集
に当たってのデューディリジェンスなどを行って準備を進めていた。
日本板硝子の取締役らは,平成22年7月26日に,同月29日開催
予定の取締役会に提案する内容を確定させ,これにより,本件公募増資
の公表日(ローンチ)は同年8月24日とされた。そして,同年7月2
9日開催の取締役会では,本件公募増資の公表日を同年8月24日とす
ることなどが説明された。
(以上につき,乙9,〔資料1,4〕)
カ日本板硝子は,平成22年8月日,11年3月期(平成23年3
月期)の第1四半期決算を発表し,また通期での業績予想数値の修正を公
表した(以下「本件決算発表」という。)。その内容は,営業利益,経常
利益及び当期純利益のいずれも上方修正するものであり,経常利益は,前
回予想を0%上回る0億円となり,当期純利益は,前回の赤字予
想から黒字予想に転じて億円となった。(乙27)
キブルームバーグニュースは,平成22年8月24日14時頃,日本経済
新聞の記事を参照する形で,日本板硝子が,同日,株式の売付け,資金調
達を公表する予定であることを報じた(甲88,乙44,4。以下「本
件前打ち報道」という。)。
ク日本板硝子は,平成22年8月24日9時に開催された取締役会におい
て,本件公募増資を実施することを決議し,同日16時頃,本件公表をし
た(前提事実(3)オ,乙〔資料1〕)。
⑷日本板硝子株に係るフロー照会
ア日本板硝子のN財務企画部担当部長(以下「N部長」という。)は,平
成年月以降,公募増資の実施に備え,日本板硝子株の株価が大き
く変動した際には,その要因を調査していた。平成22年7月6日のキッ
クオフミーティング(前記⑶エ)後は,株価に基づいて新株式の発行価格
が決定されることから,より注意深く株価の変動要因を見るようになり,
特に,株価の大幅な下落は,公募増資の中止につながりかねないことか
ら,株価の下落にはとりわけ注意を払っていた。なお,同日以降の日本板
硝子株の変動状況を見ると,株価が下落したのは同月16日から22日ま
での間(うち17日〜19日は非営業日のため,営業日は4日),同年8
月18日から24日までの間(うち21日〜22日は非営業日のため,営
業日は日)であった。前者のうち,下落幅が大きかったのは同年7月1
6日及び21日であり,株式売買の出来高に顕著な変化が見られる日はな
かった。
N部長は,日本板硝子株の株価に大きな変動(特に株価の大幅な下落)
が見られるとき,JPモルガン証券,大和証券又は日興コーディアル証券
の担当者らに株価の変動要因について照会しており,JPモルガン証券の
Eは最も回答が早かったことから,Eに照会することが多かった。
N部長によるこのような株価の変動要因の照会は,本件公募増資が完了
した後の平成22年秋頃まで続き,むしろ,完了後の方が照会数は多かっ
た。
(以上につき,甲7,乙9,〔資料9〕,11)
イEは,N部長から株価の変動要因の照会を受けた場合のほか,日本板硝
子株の売買の出来高が前日の2倍を超えるなどして,フローを調べた方が
よいと自ら判断した場合にも,D又はMにフロー照会を指示していた。こ
れを受けたD又はMは,セールストレーディング部又は株式営業部に対し
てフロー照会を行い,その結果をEに報告し,Eはその結果をN部長に報
告していた。
平成22年7月当時,セールストレーディング部に所属する従業員は,
Cを含め3名であり,Cが中心となって活動していた。
(以上につき,甲7,乙9,11,証人C)
ウDは,Cに対し,平成22年7月から8月にかけて,複数回にわたり,
日本板硝子株に係るフロー照会をした。また,Cは,Dと会ったときなど
に「日本板硝子のローンチ(公表)があるとしたら,その時期はいつかな
あ」,「市場では,この日に日本板硝子のローンチがあると噂されている
けど,どうなの」などと聞いてきたことがあったが,その噂されていると
いう日は本件公表日ではなかった。(乙11)
⑸INPEXの公募増資等
アINPEX(前提事実⑷)は,平成22年7月8日,新株式発行等の方
法による公募増資を実施すること(以下「INPEX公募増資」とい
う。)を公表した。同公募増資における共同主幹事証券会社は,野村證券
株式会社(以下「野村證券」という。),ゴールドマン・サックス証券株
式会社及びみずほ証券株式会社であり,JPモルガン証券は引受証券会社
となったものの,その国内一般募集における買取引受のシェアは1%で
あった(乙13,22)。
イ平成22年7月中旬頃に行われた上記公表後のINPEX公募増資に係
るJPモルガン証券内のミーティングには,Cも出席していたが,その
場において,株式営業部のFは,INPEX公募増資は前哨戦であり次
の公募増資案件への布石である,次は大和証券には負けられないという
趣旨の発言をした。この発言については,JPモルガン証券が引受証券
会社となったSBIの公募増資(同年6月7日公表)の際に,顧客から
株式募集への申込みの注文を得るために同じく引受証券会社である大和
証券と競い合ったが,大手の国内機関投資家からの受注等に関し大和証
券に大きく負けたという経緯があったことから,買取引受のシェアが
1%と少ないINPEX公募増資においても,次の公募増資案件への布
石となるべく,積極的な営業活動を行おうと,関係各者を鼓舞するため
の発言と理解されるものであった。
また,平成22年6月頃,Cは,その当時座席が近かったFから,夏休
みの取得に関して,休むなという趣旨の言葉をかけられたことがあっ
た。
(以上につき,前提事実⑷,乙11,13,6,69,証人C)
⑹Cと原告の関係
Cは,平成22年月頃,前任者の顧客であった原告を引継ぎ,その頃,
初めてAらと面識を持った。Aらはシンガポールに在住しているため,一時
帰国時しかCと会う機会がなく,Cが本件公募増資に係る本件公表前にAら
と会ったのは1回だけで,そのほかは電話やチャットでのやり取りがあるだ
けであった。
Aが運用していた本件ファンドは,平成21年(09年)月に運
用が開始されたばかりで,開始当時の運用資産額は約13億円であり,平成
22年4月頃でも約億円にすぎなかった。他社では00億円以上の
ファンドも少なくない中で,本件ファンドは比較的小規模なものであったと
いえ,JPモルガン証券でも,顧客の重要度を示す4つのランク(上位から
「プラチナ」,「ゴールド」,「シルバー」,「ブロンズ」)のうち,原告
は最下位のブロンズ・アンド・パートナーシップに位置付けられていた。
(以上につき,乙41,証人C,証人A)。
⑺CとAとのチャット(乙16,19)
アCとAとの間で,平成22年6月4日14時47分〜48分にされた,
ソフトバンクに関するチャットの内容は以下のとおりである。
投稿者投稿内容
Cご存知,9984(注・ソフトバンク),「噂」出ていま
す。
A??
CPO【公募増資】
イCとAとの間で,平成22年6月16日13時17分〜41分にされ
た,INPEXに関するチャットの内容は以下のとおりである。
投稿者投稿内容
C160INPEXGETTINGCRUSHED!【INPEXが急落してま
す!】
Aanynews??【何かニュースがあるのですか?】
Cduunoyet【まだ知らないです】
Aalso808downaswell【808(注・三菱商事)も同
様に下げています。】
Candnot8031【8031(注・三井物産)は下がっていま
せん】
C売りキメってな話になっています
Asoudesukaa【そうですか】
Aok【OK】
CINPEX
Cインドネシアにエクスポージャーがあるらしいです
Ayouthinkbad?onthisamlong【悪材料だとお考えです
か?この銘柄,買い越しの状態ですが。】
Cprettybadnamemoryarimasuyone;thisquakething
【非常に悪い記憶がありますよね。この地震の件】
Ammmm..difficult.【うーん,難しいですね。】
C000株の売りキメも入ってますね
A160(注・INPEX)?
Cはい!
COTC(注・店頭取引の意味)で
Athatbig..【こんなに大きい。】
Ciknow…【知っています。】
CbutAsan;【しかし,Aさん】
CISTRONGLYrecomenduto【私は,あなたに強く推奨しま
す】
CSHORT【空売り】
Cthisstock【この株】
Crange:anothermonth【レンジとしては,もう1か月】
ウCとAとの間で,平成22年7月日時14分〜分にされた,
INPEXに関するチャットの内容は以下のとおりである(乙16,1
9)。
投稿者投稿内容
CMOODY’SSAYSNEGATIVECREDITIMPACTONMINING
COMPANIESSIGNIFICANTLYREDUCEDBYNEWAUSTRALIATAX
【ムーディーズによると,鉱業会社に対するネガティブな
信用(格付け)への影響は,オーストラリアの新税により
著しく減少しました。】
Abuy160?【INPEXは買い?】
CiWOULDNEVERDOTHAT【私だったら絶対にそんなことは
しない】
CNEVER【絶対に】
CBELIEVEME…UDON’TWANTTODOTHIS…ESP.THISWEEK
【私を信じてください。あなたはそうしたくないはず,特
に,今週】
AOK,nopositionandthought,sothisarticlemeans
whatyouwannasay?【オーケー,買うのをやめます。そ
して考えました。あなたが言いたいのはこの記事のことで
すか?】
Carticle…saysthis..butAUDNZDcomingbackupafter
thearticle【記事は,このことを言っています,しか
し,オーストラリア・ドル,ニュージーランド・ドルが,
この後に戻って高くなります。】
Cyes,buyminings.buyshosha…but【そうですね。鉱業
を買って,商社を買って,でも】
CNOT160【INPEXは違う】
Cumustalreadyknowwhy【あなたは既にその理由を知っ
ているはずでしょう】
Aok【ああ】
エCとAとの間で,平成22年7月12日時4分〜13時04分に
された,みずほFGに関するチャットの内容は以下のとおりである(乙1
6,19,弁論の全趣旨。以下,二重枠線で囲った部分を「本件関係強調
部分」という。)。
投稿者投稿内容
CAsan【Aさん】
Cmxzxhx【みずほFG】
Crealga0desuga,MINIMUMdemandarimasuka???【リ
アルが0ですが,ミニマムの需要はありますか?】
Ckorewadekireba【これは,できれば】
Choshi【欲しい】
Ctteiulevel.【っていうレベル。】
Cminimum【ミニマム】
Ckorewo【これを】
C3brokerniitteoitahogaiitoomoimasu!!【3つの
証券会社に言っておいた方がいいと思います!】
A0oku!【0億!】
Cmakesureyoutellthisto3brokerdesu!!【3つの証
券会社にこれをちゃんと言ってください!】
Aoke【オケ】
Cmiz【みず】
Cfill?【満たされました?】
Atoolate【遅すぎる】
A141【141】
Ck【千】
Aplsfillbid【入札をしてください】
Croger【了解です】
Cin【入力しました】
Aok,ths【OK,サンクス】
A12:42:48O:なかなかご希望に添えないようなBOOKの
状態になってきていますので,JPさんがそのようなこと
をお伝えするのかわかりかねる部分もございますが....
12:43:08O:承りました...
12:1:46O:私の個人的な感覚としては,800お申し
込みいただいて,逆にリアルデマンドがことなるというのを開
示されるのは,御社にとって,逆によくないのでは,と感
じてしまいます。。。
Attecommentdeshita.【ってコメントでした。】
Adouomoimasu?【どう思います?】
Cisshe…juniororsomething???【彼女は,ジュニアか
何か?】
AGSnohitonihatutaeteokimashita【GSの人には伝え
ておきました】
Cma…srrytashasannotantoshawo【まあ,すみませ
ん。他社さんの担当者を】
Cwarukuiunowa【悪く言うのは】
Chansokudesune.apology【反則ですね。ごめんなさ
い。】
Anotreallysure..【実際のところ良く分かりません。】
Aanmarifukaikankeidehanainode【あんまり深い関係で
はないので】
Ajissai【実際】
Cic…【了解。】
Cwell【えーと】
Cdunnohowtosaythis…wanttomakethisa“vague”
sentence…【これはなんと言えば良いのでしょう。これは
「曖昧な」文章にしておきたいです。】
Cbut【しかし】
AweareverycloseNomura,Daiwa,Mizuho,andJand
you【我々は,野村證券,大和,みずほ,J,あなたと非
常に親しくしています】
Aothersnotsomuch…【他の人はそうでもありません。】
CidohaveECMdirectcontactnanode.【私は,ECMに
直接コンタクトを持っているので】
Aok
CzettainiAsannitotte【絶対に,Aさんにとって】
Cwarukunaruyonakotowashinaidesu.【悪くなるような
ことはしないです。】
Agotyou〜!domodomo〜【やったー!どうも,どうも】
Acanfill8411?【8411(注・みずほFG)の注文を埋
められますか?】
Abid【入札のことです】
Cok【OK】
Anothingdone?【何も完了していないですか?】
Cshxt…iwastooslow【私は遅すぎました。】
Aokhitbidpls【OK,入札を打ってください。】
Aornotchottooffer【または,ちょっとではない申込】
Asmaller【小さい方のやつ】
Acanyousell140?【140で売ってくれますか?】
Cwow【ワオ】
Ccan’tdo140now【今は140は無理です】
Aok【OK】
Ahitit【それを打ってください】
Cdone【完了しました】
Adomo【どうも】
オCとAとの間で,平成22年7月日9時29分〜31分にされた,
りそなに関するチャットの内容は以下のとおりである(乙16,19)。
投稿者投稿内容
C8303(注・りそな)
Asokachottobuyingbuckbelow960【そうか,960円
下でちょっと買い戻し】
Adomo【どうも】
Ahearanyonthis?【これについて何か聞いてますか?】
Cyes,iknowabtthis.【はい,知っていますよ。】
Cbut【しかし】
Cppl…talkingabtthisalittletooearly【みんな,本
件について話しているけど早すぎるね】
Aic【そうそう】
Cmadananimokimattewainainoni【まだ何も決まってい
ないのに】
Aplayingaroundhaha【遊んでいるね,はは】
Anowmktthinandrumorgoesanything【いまマーケット
が薄いから,どんな噂も飛び交うね】
カCとAとの間で,平成22年7月26日14時33分〜34分にされ
た,スズキに関するチャットの内容は以下のとおりである(乙16,1
9)。
投稿者投稿内容
Aanyhearon7269?【スズキについて,何か聞いています
か?】
Cpo??【公募増資?】
Cno,haven’theard【いや,聞いていません】
Adontknow【知らないけど】

キCとAとの間で,平成22年8月9日9時17分〜22分にされた,日
本板硝子に関するチャットの内容は以下のとおりである(乙16,1
9)。
投稿者投稿内容
A2anyflows?【日本板硝子に何かフローはあります
か?】
Cnottoday【今日はありません。】
Ashouldlong?【買うべきですか?】
Cifuwanttotakethemomentum…butiprefferto
waitandgetreadyforHEAVYSHORT!【もしあなたがモ
メンタムを取りたいならば。しかし,私だったら,待って
ヘビー・ショート(注・大量の空売りの意味)に備えま
す!】
Ammmmsoka【むむむむ,そうか】
Agotbeenscrewedmuch,wonderifcoverornot【非常
にやられてしまった。買い戻すか否か迷っています。】
Cyeah…seeingpplshortcovering…【そうね,みんな買
い戻しているようですね。】
CtashikaniY0kuraimadewaassariikunodesho-ne【確
かに0円くらいまではあっさりいくでしょうね。】
Acanyoucall?【電話できますか?】
⑻CとあすかアセットのPとのチャット
アCと顧客であるあすかアセットのPとの間で,平成22年8月日12
時12分〜分の間にされた,日本板硝子に関するチャットの概要は次
のとおりである(乙39,弁論の全趣旨)。
PがCに対し,日本板硝子の公募増資の公表が「今日」(平成22年
8月日)ではないかと尋ねたことに対し,Cが,絶対にない旨回答し
た。
イCとPとの間で,平成22年8月6日9時4分〜46分にされた,日
本板硝子に関するチャットの内容は以下のとおりである(乙72)。
投稿者投稿内容
Pおう,大和が3→1にするらしいよ
Cするでしょうね
C大和とJPMですから
Pさて,どっち??
C共同なので
⑼CとあすかアセットのQとの間のチャット
CとあすかアセットのQとの間で,平成22年7月27日時2分〜2
1分の間にされた日本板硝子に関するチャットの内容は次のとおりである。
QがCに対し,空売りを推奨する銘柄の有無を尋ねたのに対し,Cが,日本
板硝子について1か月間は空売りを推奨する旨回答した。Qがその理由を尋
ねたことに対し,Cは言えないと答えた。Qが理由を言えないのはコンプラ
イアンス上の理由によるものかとさらに尋ねると,Cはそうである旨回答し
た。(乙40,証人C)。
投稿者投稿内容
Qショート銘柄探しています。何か推奨ありますか?
Cイタガラ
C1monthspan【1か月間】
Ctoolong?【長すぎる?】
Cdesuka?【ですか?】
Qショートの理由は?
Ccan’tsay【言えません】
Cor..【又は・・】
Cnotaloudtosay…【言うことができません・・】
Chaha【はは】
QOK(オーケー)
(中略)(中略)
Qnotaloudtosayっていうのはトレーダーは何もしゃ
べってはいけないという意味ですか?コンプラ上
Cyes【はい】
⑽日本板硝子の公募増資に関する噂等
ア日本板硝子は建築用ガラス事業を主力事業としており,いわゆるリーマ
ンショック(08年〔平成年〕9月)前の住宅バブル時に,多額
の借財により英国法人のピルキントン社を買収したが,その後,リーマン
ショックにより住宅バブルがはじけたことから,資金繰りが懸念される状
況となった。そのため,平成年頃から,日本板硝子が公募増資による
資金調達をするという噂が生じており,それが株価の上値を抑えることに
もなっていた。その後,平成22年には,ユーロ債務危機の影響などもあ
り,業績の悪化が予想される中で,市場関係者の間では,同年6月〜7月
頃から,近いうちに大和証券が主幹事証券会社となって日本板硝子の公募
増資が実施されるとの,より具体的な噂が流れるようになった(日本板硝
子については,大和証券の従業員からも,その公募増資が実施される場合
に同社が主幹事証券会社になることが期待される案件として,注目されて
いた。)。
もっとも,その頃は,日本板硝子の公募増資の公表は平成22年8月
日の本件決算発表とともにされるともっぱら噂されており,多くの市場
関係者が同日に公募増資の公表がされると考えるようになっていた。そ
の理由は,決算発表の内容が悪くとも,同時に公募増資の公表があり,
それが株式市場から好感を持って評価されれば,株価の下落を防ぐこと
ができるためである。
Cは,INPEXの公募増資の国内募集に係る顧客への営業活動を行っ
ていた平成22年7月中旬頃,顧客等を通じてこれらの噂に接すること
が可能な状況にあった。
(以上につき,甲71,乙11,67,69,71,98,証人C,証
人A)
イしかし,上記の噂に反して,平成22年8月日の本件決算発表(前記
⑶カ)時には公募増資の公表はされず,業績予想値の上方修正が発表され
た。これは,欧州建築用ガラスの値上げ効果に加え,世界的な自動車生産
の拡大等によって板ガラス事業の収益が大幅に改善したことなどによるも
のであり,市場では「ポジティブサプライズ」(好意的な驚き)と評価さ
れ,この日から日本板硝子株の株価も上昇傾向に転じ,同月18日頃まで
高値が維持された(乙94)。
ウその後,本件公表日(平成22年8月24日)の約1週間前から,日本
板硝子についてエクイティファイナンス(株主資本の増加をもたらす資金
調達)の観測が市場で流れるようになり,同月18日頃から株価は急落し
た(乙98)。
⑾日本板硝子株の株価の推移
日本板硝子株の平成22年7月28日から同年8月29日までの株価の推
移は以下のとおりである(乙9)。なお,折れ線グラフは,終値の推移
を折れ線グラフで表したものであり,表は,営業日ごとの終値を表にした
ものである(いずれも単位は円)。
⑿Aによる本件公表日当日の注文状況
Aが平成22年8月24日にした日本板硝子株の取引に係る注文状況は,
以下のとおりである(乙43)。なお,以下の表における,「発注時刻」欄
記載の時刻はAが注文を発注した時刻,「最後の成約時刻」欄記載の時刻は
Aが発注した各注文ごとに全株式の売買が成立した時刻である。
発注時刻取引内容発注株数指値最後の成約時刻
:買い0,000194:
:29買い0,00019313:46
:29買い0,00019213:4
:32買い0,00019413:23
13:9買い0,00019214:00
14:03買い00,00019614:03
14:03買い00,00019714:03
14:03買い00,000197-19814:03
14:04売り0,00019814:0
14:04売り0,00019914:04
14:04売り,00019914:04
14:04売り,00019814:0
3争点⑵ア(Cが本件重要事実をその職務に関し知ったか否か)について
⑴判断枠組み
ア上場会社等と特別の関係にある者は,一般に,当該上場会社等の内部情
報を一般投資家より早く,より詳細に知り得る立場にあることから,こ
れらの者が,一般投資家の知り得ない内部情報を利用して当該上場会社
等の有価証券等に係る売買取引をすることは,金融商品取引市場におけ
る公平性,公正性を害し,一般投資家の利益と金融商品取引市場に対す
る信頼を損なうことになる。そこで,金商法は,いわゆる内部者取引を
禁止し,その違反に対して行政罰である課徴金を課すこととするととも
に,規制の明確性や予測可能性を確保する観点から,その禁止の対象と
なる内部者取引について,内部情報の流通形態ごとに類型化し,それぞ
れの類型につきその主体や禁止行為に該当するための要件を規定してい
る。
内部者取引のうち会社関係者に係る取引の規制について定める金商法1
66条は,相手方法人の契約担当役員等が契約の締結若しくはその交渉
又は履行に関し当該上場会社等に係る業務に関する重要事実を知ったと
きに,当該契約担当役員等について当該上場会社等の特定有価証券等に
係る売買等を禁止する(同条1項4号)とともに,相手方法人の担当外
役員等がその職務に関し当該重要事実を知ったときにも同様に,当該担
当外役員等について上記売買等を禁止している(同項号)。これは,
一般に,法人においては,複数の部署が関わり合いを持って業務を遂行
するのが通常であり,相手方法人の契約担当役員等が,その職務の遂行
上,担当外役員等と直接又は間接の関わり合いを有することにより,当
該重要事実が担当外役員等に伝わる可能性が類型的に存在することか
ら,相手方法人の契約担当役員等のみならず担当外役員等も,所定の要
件を満たす場合に同項の会社関係者に該当するものとして上記規制の対
象に含めるとしたものと解される。
そして,金商法166条1項号が,相手方法人の担当外役員等が同項
の会社関係者に該当するための要件として,「その者が役員等である当
該法人の他の役員等が,それぞれ第2号又は前号に定めるところにより
当該上場会社等に係る業務等に関する重要事実を知った場合におけるそ
の者に限る。」と規定し,また,担当外役員が重要事実を「その者の職
務に関し知ったとき」に限って取引を規制することとしているのは,相
手方法人の担当外役員等が,同法人の契約担当役員等が契約の締結や交
渉等に関して重要事実を知った場合に,その契約担当役員等との直接又
は間接の職務上の関わり合いを通じて当該重要事実を知り得る立場にあ
ることを前提とし,そのような立場にある者が職務上知った当該重要事
実に係る情報を利用して行われる取引を規制しようとするものと解され
る。
もっとも,他方において,金商法166条1項号は,契約担当役員等
から担当外役員等に対し,重要事実に係る情報の全部又は一部が直接に
伝達されることを要件として定めていない。これは,一般的な法人にお
ける複数の部署の関わり合いの実情に照らせば,契約担当役員等が得た
情報が担当外役員等に伝わる方法は,当該情報を直接に伝達することに
限られないためであり,また,契約担当役員等に端を発する複数の経路
により得られた情報が合わさって重要事実を知ることができた場合で
あっても,契約担当役員等との直接又は間接の職務上の関わり合いを通
じてこれらの情報が得られたと評価される以上,これを取引禁止の対象
外とするのは金融商品取引市場の公正の確保等の観点から相当でないと
されたためであると解される。
以上に照らすと,金商法166条1項号による取引規制の対象とさ
れるには,契約担当役員等から担当外役員等に対し,重要事実に係る情
報の全部又は一部が直接に伝達されることを要するものではないが,少
なくとも,契約担当役員等が契約の締結や交渉等に関して得た重要事実
に関する情報が,その契約担当役員等と担当外役員等との直接又は間接
の職務上の関わり合いを通じて,当該担当外役員等の知るところとなっ
たことを要するものと解するのが相当である。
イところで,本件のように担当外役員等である者が証券会社の従業員とし
て株式の取引や営業等の業務に携わっている者である場合には,日常的
に,上場会社及びその株式に関わる情報を収集し,市場状況等を分析す
るなどして,顧客に対し有用な情報を提供することを業務として行って
いるのが通常であり,そのような日常的な業務活動を通じて,収集した
情報等の分析に基づく推測を得たり,市場関係者等の間における噂を聞
くなどして,契約担当役員等とは別の経路から重要事実に関する何らか
の情報を入手することもあり得るものといえる。そして,このように入
手された情報から担当外役員等が重要事実を知ったとしても,これを利
用して行われる取引が,上記アに述べたところに照らして,金商法16
6条1項号による取引制限の対象に当たらないことは,明らかであ
る。
そうすると,このように担当外役員等が契約担当役員等とは別の経路か
ら重要事実に関する何らかの情報を入手した場合において,金商法16
6条1項号による取引制限の対象に当たるというためには,当該別経
路による情報だけでは重要事実を知ったというのに十分でなかったもの
が,契約担当役員等との直接又は間接の職務上の関わり合いを通じて得
られた情報(内部情報)を加えたことにより重要事実を知るに至ったと
認められることが必要であり,例えば,別経路による情報は単なる推測
や噂にとどまるものであったが,内部情報によりこれが確実なものであ
ると裏付けられた場合などは,これに当たるものというべきである。
⑵検討
被告は,CからAらに対する本件重要事実の伝達は平成22年7月27日
の本件チャット(前提事実⑸)により行われたと主張するため,Cがその職
務に関し本件重要事実を知ったか否かについては,同日を基準に検討する。
アCが株式市場等から得ていた情報
Cは,平成22年当時,JPモルガン証券のセールストレーダーとして
勤務していた者であり,同社の顧客である国内外の機関投資家に対し株
価動向等の情報提供を行う立場にあったものである(前提事実⑵イ)か
ら,日常的に,上場会社及びその株式に関わる情報を収集し,市場状況
等を分析して,顧客に取引を推奨すべき銘柄等について検討していたも
のと認められ,日本板硝子が多額の借財により英国法人を買収した後に
リーマンショックが生じたことにより,資金繰りが懸念される状況と
なったこと(認定事実⑽ア)などは,市場関係者に周知な情報として当
然に認識していたものと推認される。また,日本板硝子については,本
件公表日の約2年前である平成年頃から,公募増資による資金調達
をするという噂が市場関係者の間に生じていたところ,平成22年6月
〜7月頃からは,近いうちに大和証券が主幹事証券会社となって公募増
資を行う旨のより具体的な噂が流れるようになった(認定事実⑽ア)も
のであるが,これらの噂にその頃接した旨のCの証言は,Cが同年7月
中旬頃にINPEXの公募増資に係る顧客への営業活動を通じて,機関
投資家である顧客からも情報を得られる状況にあったこと(認定事実⑽
ア)とも合致し,また,日本板硝子については大和証券の従業員から
も,公募増資が実施される場合に同社が主幹事証券会社となることが期
待される案件として注目されていたこと(認定事実⑽ア)とも合致する
ため,信用することができる。
もっとも,これらは,日本板硝子の財務状況等を踏まえた市場関係者の
間における噂の域を出ないものであって,実際,これらの噂において
は,本件決算発表がされる平成22年8月日が公募増資の公表日とな
ると予想されていた(認定事実⑽ア)ところ,現実の本件公表日(同月
24日)はこれと異なっていたものである。そして,C自身も,当初は
この噂のとおり同月日が公募増資の公表日となると考えていた旨証言
しているところ,かかる証言は,JPモルガン証券のECMの担当者と
して本件重要事実に接していたDが,Cから市場の噂について質問を受
けた際に,その質問において公募増資の公表日として噂されているとさ
れた日が本件公表日とは異なっていたこと(認定事実⑷ウ)とも合致
し,信用することができる。
そうすると,Cは,遅くとも平成22年7月中旬頃には,同年8月日
頃に大和証券を主幹事証券会社とする日本板硝子の公募増資に係る公表
がされる旨の市場関係者の間の噂に接していたと認めるのが相当であ
る。
イそこで,このように日本板硝子の財務状況についての認識を有し,か
つ,日本板硝子の公募増資に係る市場関係者の間の噂に接していたC
が,本件チャットをした平成22年7月27日までの間に,契約担当役
員等であるJPモルガン証券のECM所属の従業員との直接又は間接の
関わり合いを通じて得られた情報(内部情報)により,日本板硝子の業
務執行を決定する機関が本件公募増資を行うことについての決定をした
こと(本件重要事実)が確実なものであると裏付けられたといえるか否
かについて検討する。
この点,Cが各関係者と交わしたチャットを見ると,Cが,(神2
2年7月27日,Q(あすかアセットの従業員)に対し,日本板硝子株
について同日から約1か月間にわたる空売りを推奨していること(認定
事実⑼),同年8月日,P(あすかアセットの従業員)に対し,同
日における日本板硝子の公募増資の公表がないことを断言するような回
答をしていること(認定事実⑻ア),F鰻遑尭,Pに対し,日本板硝
子の公募増資が大和証券とJPモルガン証券との共同主幹事証券会社に
より行われる旨伝えていること(認定事実⑻イ),て鰻遑稿,Aに対
し,日本板硝子株を買い戻さずに待った方がよいと推奨していること
(認定事実⑺キ)からすると,Cは,上記噂に接した後,本件公募増資
が同年8月日よりも後の同月内のいずれかの日に公表されるとの認識
を抱くようになったと認めることができる。
しかし,他方において,Cは,その証言において,当時の株式市場の
状況分析からも同様の予測は成り立ち得るとし,具体的には,本件公募
増資の公表が平成22年8月日に行われるならば,その直前にはこれ
を察知した投資家らによるたたき売りのような現象が見られるはずなの
に,同日が近付いてもこのような現象が見られなかったため,公表日は
別の日となることが予測された旨証言しているところ,かかる証言は,
日本板硝子株の株価が同年7月22日から同年8月日までの間,比較
的安定していたことや,本件公表日の6日前である同月18日以降にお
いて急激に下落したことと合致する。そうすると,Cにおいて,日本板
硝子による公募増資の公表が,本件決算発表と同日にはされず,同日よ
りも後の同月内のいずれかの日にされる可能性が高いと推測したとして
も,当時の市場状況の分析から得られる推測の一つとしてあり得ないも
のではなかったということができる。また,仮にCが同年7月27日ま
でに本件公募増資が確実であることを裏付けるような何らかの情報を得
ていたのであるとしても,それが顧客等の外部の者からもたらされた情
報であったり,あるいは,個人的なつながりによって得られた情報であ
る可能性も直ちには否定し難く,仮に当該情報の入手経路がこのような
ものであった場合には,契約担当役員等との直接又は間接の職務上の関
わり合いを通じて得られた情報(内部情報)により重要事実を知るに
至ったものであるとは認め難い。
そこで,以下においては,Cが契約担当役員等であるECM所属の従
業員との直接又は間接の職務上の関わり合いを通じて得られた情報には
いかなるものがあり,これらの情報を得たことにより本件公募増資の実
施について単なる推測や噂にとどまらず確実なものであると裏付けられ
たといえるか否かについて検討する。
ウECM所属の従業員から得られた情報について
被告は,ECM所属の従業員であるDが平成22年7月中旬頃,Cに対
し数日間連続して日本板硝子株に係るフロー照会を行ったことを指摘す
る。
しかし,Dが具体的にいつ,何回にわたり,Cに対するフロー照会を
したかは,証拠上明らかにされていない。また,ECM所属の従業員が
他部署に対して日本板硝子株に関するフロー照会を行ったのは,株価が
大きく変動したとき(特に株価が大幅に下落したとき)か,株式売買の
出来高が前日の2倍を超えるなどしたときであるとされている(認定事
実⑷ア,イ)ところ,平成22年7月中旬頃において,大幅な下落が見
られるのは同月16日及び21日のみであり,株式売買の出来高に顕著
な変化が見られる日はなかった(認定事実⑷ア)のであるから,この頃
に数日間連続してフロー照会の対象となるような日があったとは認め難
い。さらに,日本板硝子のN部長が株価の変動要因について照会すると
きは,JPモルガン証券のEに対して照会することが多かったものの,
ほかに大和証券又は日興コーディアル証券の担当者らに照会することも
あったのであり(認定事実⑷ア),また,Eがフロー照会を指示すると
きも,DのほかMにも指示をしたことがあり,その照会先も,Cが所属
していたセールストレーディング部のほか,株式営業部に対して照会し
たこともあった(認定事実⑷イ)のであるから,仮にこれらの中でDか
らCに対したされた照会が比較的多かったとしても,それは上記のよう
な照会の一部を占めるものにすぎなかったといえる。
これらに加え,平成22年当時に日本板硝子株に関して行われたフロ
ー照会全体の中では,本件公表日直前に急激に株価が下落した同年8月
18日以降や,本件公募増資の完了後には,特に集中的にフロー照会が
行われたと認められる(認定事実⑷ア)のに対し,同年7月中旬頃にこ
のような集中的なフロー照会が行われたことをうかがわせる証拠もない
ことに鑑みると,被告の主張する連続したフロー照会の事実(DからC
に対する照会が平成22年7月中旬頃に数日間連続してされたこと)
は,認めることができない。
また,ECMによるフロー照会自体,公募増資の場合以外にも,EC
Mの顧客企業である上場会社の株価が大きく変動した場合などに,当該
企業の依頼やECMの判断により,日常的に行われていた業務であり
(認定事実⑵イ),特に日本板硝子については,公募増資の話が出始め
た平成年月頃から,株価が大きく変動したときなどにその要因
を調査していたのである(認定事実⑷ア)から,日本板硝子株について
フロー照会があるというだけでは,日本板硝子による公募増資の実施が
確実であることと直ちに結び付く情報であるとはいえない。しかも,E
は,JPモルガン証券内の他部署へのフロー照会に際し,照会した株式
の銘柄に関し市場に誤解を与えるような情報が流れてしまうことを危惧
し,同業他社や同規模の時価総額の企業等をダミーとして加えていた
(認定事実⑵イ)のであるから,日本板硝子株のフロー照会に関してよ
ほど特徴的な目立った動きがない限り,その照会を受けた他部署の従業
員において,日本板硝子による公募増資の実施が確実なものであるとの
認識に至ることは困難であるといわざるを得ない。
しかるに,平成22年7月中旬頃にDからCに対して日本板硝子株に
つき何日間か連続したフロー照会がされたり,そのほか日本板硝子株に
係るフロー照会に関し特に特徴的な目立った動きがあったと認められな
いことは,上記のとおりである。
以上によれば,ECM所属の従業員からCに対し平成22年7月中
旬頃にされた日本板硝子株に係るフロー照会がされたというだけでは,
本件公募増資の実施について確実なものであると裏付けられたというこ
とはできない。
エ株式営業部の従業員から得られた情報について
被告は,株式営業部のマネジメント担当者が平成22年6月頃,従
業員に対し夏季休暇を取得する場合には事前に申請するよう指示してい
たことや,株式営業部のFが,同年6月1日から7月1日までのいずれ
かの時期に,「C,休むなよ。」と言ったことなどを指摘する。
しかし,これらの指示や発言は,いずれも本件公募増資に関する平成
22年7月6日のキックオフミーティングの前にされたものである上,
これらの指示や発言の内容から見ても,そもそも公募増資と関わりのあ
る情報といえるか疑問であるといわざるを得ない。また,株式営業部自
体が,Cが属するセールストレーディング部と同じく営業部門に属する
部署であり,公募増資の公表まで当該情報に接することのできない情報
隔壁の外に置かれたものであるから,株式営業部の従業員の言動に公募
増資を示唆するものがあったとしても,単なる推測や市場関係者の間の
噂に基づく言動にすぎない可能性もあるのであり,かかる株式営業部の
従業員の言動から得られる情報をもって,本件公募増資の実施について
確実なものであると裏付けられたということはできない。
また,被告は,平成22年7月中旬頃にJPモルガン証券内で行わ
れたINPEX公募増資に係るミーティングでのFの発言が,近いうち
にJPモルガン証券が引受証券会社となる公募増資案件があることを示
唆するものであると主張する。しかし,これについても,公募増資の公
表まで当該情報に接することのできない情報隔壁の外に置かれた部署の
者による発言であることは上記と同様である上,当該発言の内容自体
が,買取引受のシェアが少ないINPEX増資においても積極的な営業
活動を行うよう関係各者を鼓舞するため,過去に大和証券との受注競争
に大きく負けたことを引き合いに出したにすぎないと見ることもできる
ものであり(認定事実⑸イ),かかる発言から得られる情報をもって,
本件公募増資の実施について確実なものであると裏付けられたというこ
とはできない。
⑶小括
以上のとおり,Cは,平成22年当時,日本板硝子の財務状況等に関する
情報を認識していた上,同年7月中旬頃までに,同年8月日頃に大和証券
を主幹事証券会社とする日本板硝子による公募増資の実施が公表される旨の
市場関係者の間の噂に接し,その後,同日よりも後の同月内のいずれかの日
に公募増資の公表がされるとの認識を抱くようになったと認められるとこ
ろ,その認識が当時の株式市場の状況分析等による推測から得られた可能性
等も,直ちには否定し難い。そして,内部情報の入手経路として被告が主張
するところについてみても,平成22年7月中旬頃にECM所属の従業員で
あるDからCに対し数日間連続したフロー照会がされたという被告主張の事
実は認めることができず,その頃に日本板硝子株に係るフロー照会に関し特
に特徴的な目立った動きがあったとも認められないから,その頃に日本板硝
子株に係るフロー照会がされたというだけでは,本件公募増資の実施につい
て確実なものであると裏付けられたということはできない。また,そのほか
に内部情報の入手経路として被告が主張するところを考慮しても,同様であ
る。
そうすると,本件の事実関係の下では,Cが,日本板硝子の公募増資に関
する自らの推測や市場関係者の間における噂等の情報に加えて,契約担当役
員等との直接又は間接の職務上の関わり合いを通じて得られた情報により,
本件重要事実を知るに至ったとは認められないから,本件重要事実をその職
務に関し知ったと認めることはできない。
4争点⑵イ(AらがCから本件重要事実について伝達を受けたか否か)につい

⑴上記3のとおり,Cは,本件重要事実をその職務に関し知ったと認められ
ないことから,仮にAらがCから本件重要事実の伝達を受けたとしても,金
商法166条3項が定める情報受領者(会社関係者が同条1項各号に定める
ところにより知った重要事実の伝達を受けた者)には当たらないこととなる
が,本件の事案に鑑み,AらがCから本件公募増資に係る重要事実の伝達を
受けたか否かについても検討する。
⑵Aに対する伝達について
アCとAの間で平成22年7月27日に行われた本件チャットの内容は,
前提事実⑸のとおりであるところ,ここでは,Cが日本板硝子株につい
て同年8月は注目に値する旨の情報を記載しているのみで,公募増資に
ついては何も触れられておらず,その記載内容からは単なる取引推奨の
趣旨と理解されるものである。
イこの点に関し,被告は,CとAとの間で,本件チャットがされるまでの
間に,Cが知る公募増資に係る重要事実を暗黙のうちに伝える方法につ
いて共通認識が醸成されていたため,本件チャットのような記載のみに
よっても本件重要事実の伝達をすることができた旨主張している。
ウしかし,Cは,平成22年月に,前任者の顧客であった原告を引き
継いだばかりであり,シンガポールに在住するAとは1回しか会う機会
がなく(認定事実),CとAとの間に上記のような共通認識が醸成さ
れる土壌は乏しかったといわざるを得ない。しかも,JPモルガン証券
にとって,原告は顧客の重要度として最下位に位置付けられており,A
がCから特別な情報を得ることが期待できる立場にあったともいえな
い。
また,日本板硝子株の財務状況については市場関係者に周知の事実と
してAにおいても当然知っていたと認められる(証人A)ところ,日本
板硝子は平成年頃から資金繰りが懸念される状況にあった上,平成
22年にはユーロ債務危機の影響などもあり業績の悪化が予想されてい
た(認定事実⑽ア)のであるから,このような状況の下で,Aが日本板
硝子株に着目し,空売りをしたことは,不自然な取引とはいえない。
しかも,Aは,平成22年7月28日から同年8月6日までに合計1
万株の空売りをした後である,同月9日9時17分頃のチャット
で,Cに対し,日本板硝子株を買い戻すべきかどうかを尋ね,Cが待つ
ことを推奨しても,なお,「非常にやられてしまった。買い戻すか否か
迷っています。」という趣旨の書き込みをしている(認定事実⑺キ)。
このようなAの言動は,日本板硝子株の株価が今後更に上昇することを
懸念し,これに備えていわゆる損切りをすべきかを尋ねたものと解され
るところ,もしAがCから本件チャットによって本件重要事実を伝達さ
れていたとすれば,本件公募増資の公表により株価が確実に下がること
が予測できるため,株価が急騰していた同日の状況下では空売りをする
好機であると捉えるのが自然であって,これと異なるAの上記言動は,
同日の時点においてもAに本件重要事実の伝達がされていなかったこと
をうかがわせるものといえる。
さらに,Aは,平成22年8月日の時点で合計217万8000
株の売り建玉を有していたが,同月23日及び24日にこれを買い戻
し,売り建玉を全て解消している(前提事実⑹ア,認定事実⑿)。これ
は,上記のとおり日本板硝子株の高騰によって損を出していたAが,同
月18日以降株価が下落したのを見て,株式の買い戻しをし,利益を確
定させようとしたものと解されるところ,もしAがCから本件重要事実
の伝達を受けていたのであれば,本件公表後に更に株価が下落すること
を見込んで,売り建玉を維持しようとしたはずであるから,Aが本件公
表の直前に0万株を超える売り建玉を全て解消していることは,本
件重要事実の伝達を受けた者の行動として不自然であるといわざるを得
ない。
この点,被告は,Aが本件公表前に売り建玉を全て解消したのは,本
件公表前から公募増資がされるとの噂があったため株価が値下がりして
いたことから,株価が底打ちしたと判断した他の投資家のショートカバ
ー(買い戻し)によって値上がりすることを警戒し,早めに買い戻した
ためであって,本件重要事実の伝達を受けた者の行動として不自然なも
のではない旨主張する。しかし,株式の空売りにおいては,株価が高騰
したときに空売りして下落したときに買い戻すことにより高い利益が得
られる(前記第2の3⑴)のであるから,本件決算発表後の「ポジティ
ブサプライズ」による株価の高騰(認定事実⑽イ)時にその相当部分を
空売りして得た売り建玉を,本件公表後に確実にあると予測される株価
の下落を待たず,株価の底打ち後の値上がりに備えて買い戻すことによ
り全て解消することは,本件重要事実の伝達を受けた者の行動としては
やはり不自然なものといわざるを得ない。
加えて,本件チャット前にCとAが公表前の公募増資に係る情報につ
き暗黙のうちに伝えるための共通認識を醸成していたことの根拠として
被告が指摘するチャット(平成22年6月16日,7月日,同月12
日。認定事実⑺イ〜エ)を見ても,これらの内容から,Cが当該チャッ
トで話題とされたINPEXやみずほFGについて公募増資が実施され
るとの内部情報を有しており,当該情報をAに伝達したと認めるのは困
難であり,CとAが本件チャット前に被告の主張する共通認識を醸成し
ていた事実を認めることはできない。
なお,被告は,平成22年7月12日のチャットにおける本件関係強
調部分(認定事実⑺エ)が,Aに対して,CがECMと直接の連絡を有
しており,非公表の重要事実に係る情報を入手し得る立場にあることを
示すものである旨主張する。しかし,本件関係強調部分の前後を含むチ
ャットの内容は,。辰Aに対し,同年6月日に公表されたみずほ
FGの公募増資(前提事実⑷)に係る新株の申込みについて,共同主幹
事証券会社3社に最低限これだけは欲しいという数を必ず伝えるようア
ドバイスし,■舛蓮ぃ辰離▲疋丱ぅ垢匹りの申込みを行ったところ,
メリルリンチ証券のOから,申込株数と実際に購入したい株数が異なる
ことを明らかにするのは好ましくない旨の指摘を受けた(甲1)の
で,これをCに伝えた,これに対し,Cは,Oは慣れていないのでは
ないかとの感想を述べ,Aは,メリルリンチ証券とはあまり深い関係で
はないので,Oが実際にどのように考えたのかは分からない旨述べた,
い海譴鮗けて,Cが,自分はECMと直接の連絡を有しているので,
Aにとって悪くなるようなことはしないと述べ,Aはこれに対する礼を
述べた(本件関係強調部分),イ修慮紂ぃ舛呂澆困曖藤任凌軍式につ
いての注文をし,Cはこれを受注した,というものである。そうする
と,本件関係強調部分(上記ぁ砲蓮じ表前の公募増資の情報とは無関
係であり,専ら公表後の新株式の割当調整(ECMはこのような調整を
行う部署でもある。認定事実⑴)に関して記載されたものと認めるのが
相当であり,本件関係調整部分の記載から,Aにおいて,CがECMか
ら公表前の公募増資に係る情報を入手することができると理解するとは
認めることができない。
このほか,被告は,Cが本件チャット後に電話で本件重要事実の伝
達をした可能性についても主張する(平成31年1月31日の第18回
口頭弁論期日において陳述された被告準備書面⒁)が,上記電話の内容
を具体的に明らかにする証拠はない上,その後のAによる言動が本件重
要事実の伝達の事実と整合しないことは上記で述べたとおりであるか
ら,被告の上記主張も採用することができない。
エ小括
以上によれば,仮にCが本件重要事実をその職務上知ったと認められる
としても,Aが本件チャット後に行った空売りは当時の株式市場の動向
等を踏まえてAが自ら判断して行った取引として不自然なものではない
のに対し,Aが空売り後にこれを買い戻すべきかどうか迷っていたこと
や,本件公表前に空売りした株式を買い戻して0万株を超える売り
建玉を全て解消したことは,本件重要事実の伝達を受けた者の行動とし
て不自然である。これらに加え,本件チャットがされるまでに,CとA
が,未公表の公募増資に関する情報を暗黙のうちに伝えられる共通認識
を醸成することができるような関係にあったともいえず,実際に両者の
間に交わされたチャットを見ても,このような共通認識の醸成はうかが
われないことなども併せ考慮すると,Cが,本件チャット(又はその後
の電話)によって,本件重要事実をAに伝達したと認めることはできな
い。
⑶Bに対する伝達について
Bは,CとAとの間で交わされた本件チャットに投稿しておらず,本件チ
ャットに係るメッセージが送信された時に当該チャットルームにログインし
ていた者にすぎない(前提事実⑸)ところ,実際に投稿者として発言してい
たAについてすら本件重要事実の伝達を受けたと認められないことは上記⑵
のとおりであり,チャットルームにログインしていたにすぎないBについて
伝達を受けたことを示す事情もうかがわれないから,CがBに本件重要事実
を伝達した事実も認めることができない。
争点⑵ア〜ウ(予備的請求)に係る総括
以上のとおり,Cが本件公募増資に係る本件重要事実をその職務に関して
知ったと認めることはできず,また,仮にそうでないとしても,AらがCから
本件重要事実の伝達を受けたと認めることもできない。したがって,これらの
事実が認められるものとしてされた本件処分は,争点⑵ウ(本件各取引が原告
の計算により行われたものであるか)について判断するまでもなく,違法で
あって,取り消すべきものといわざるを得ない。
6争点⑶(国賠法上の違法行為の有無及び損害額)について
⑴国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別
の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加え
たときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するもの
である。したがって,公務員の行為が同項の適用上違法となるかどうかは,
当該公務員の行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背した場
合に限られると解するのが相当である(最高裁昭和3年(オ)第1240
号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号12頁)。そ
して,行政庁がする処分は,それが取り消されるべきものであったとして
も,そのことから直ちに国賠法1条1項にいう違法があったとの評価を受け
るものではなく,当該行政庁が資料を収集し,これに基づき事実を認定,判
断する上において,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と
処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り,違法との評価を受ける
ものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第930号,第9
3号同年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁,最高裁
平成7年(行ツ)第116号同11年1月21日第一小法廷判決参照)。
⑵原告は,本件処分をした金融庁長官の違法行為を主張するが,その違法行
為の具体的内容について何ら主張立証しておらず,金融庁長官が本件処分を
するについて職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分を
したと認め得るような事情は証拠上うかがわれない。
⑶原告は,G調査官が,本件調査官報告書を作成するに当たって,本件チャ
ットの内容を故意に改変し,さらに誤訳したこと(前提事実⑸の訳文におけ
る説明参照)が違法行為に当たる旨主張する。
しかしながら,本件調査官報告書においては,上記指摘に係る部分につ
き,原文は「hear」と書かれていることを明記した上で,「here」の意味と
捉えた旨を注釈欄に記載し,その上で訳文を付しているのであって,このよ
うな本件チャットの引用及び訳文の添付をねつ造などということはできず,
国賠法1条1項の適用上違法との評価を受けるものではないことは明らかで
ある。
そのほか原告は,G調査官を含む証券調査官らの違法行為がある旨縷々主
張するが,その具体的行為内容について十分に示されていないか,証券調査
官らについて職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分を
したと認め得るような事情があると認めるには足りないものであって,原告
の主張はいずれも採用することができない。
⑷以上から,その余の点について判断するまでもなく,国賠法1条1項に基
づく原告の請求には理由がない。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,本件処分の無効確認を求める請求(主位的請
求)には理由がないからこれを棄却し,本件処分の取消しを求める請求(予備
的請求)には理由があるからこれを認容し,国賠法1条1項に基づく請求につ
いては理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 清水知恵子
裁判官 池田美樹子
裁判官松長一太は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 清水知恵子
(別紙1)指定代理人目録は記載を省略
(別紙2−1,2−2,2−3)は記載を省略
(別紙3)
争点に関する当事者の主張の要旨
1争点⑴(本件審判手続の有効性)について
⑴原告の主張の要旨
ア金融庁設置法条2項は,審判官は金融庁の職員のうちから任命するこ
とを定めているが,審判官は,審判官として任命されるよりも前の時点で,
金融庁の職員たる内閣府事務官の身分を有している必要があると解するべき
である。本件審判手続を担当したI審判官らは,その任命時において検事の
身分を有していたのみであり,内閣府事務官の身分を有していなかったにも
かかわらず,審判官に任命されたものである。
イまた,金融庁設置法条2項は,審判官は金融に関する知識経験を有す
る者から任命することを定めているところ,同項は,高度かつ複雑な金融取
引上の紛争について的確な判断をする十分な知識経験を有する者を審判官と
して任命すべきことを求めていると解され,個人で投資信託を買ったことが
ある程度の知識経験では,同項が求める知識経験に満たないというべきであ
る。しかしながら,金融庁長官は,I審判官らの金融に関する知識経験を何
ら審査することなく,I審判官らが必要とされる知識経験を有していないに
もかかわらず審判官に任命した。
ウさらに,本件各審判官は,本件審判手続において,指定職員(金商法18
1条2項)が提出し,証拠として採用された英文資料に,訳文が添付されて
いなかったにもかかわらず,指定職員に対して訳文の提出を促すことなく,
同証拠に基づく事実認定をする違法行為を行った。
エ以上の事実からすれば,本件処分は,任命資格要件を満たさない審判官ら
によって主宰された本件審判手続に基づきされたものであり,また違法な手
続によってされたものであるから,無効事由があるといえる。
⑵被告の主張の要旨
ア審判官は,金商法に基づき金融庁長官によって任命される者であって,金
融庁の官職である。また,金融庁設置法条2項が「金融庁の職員のうち
から」審判官を任命すると定めているのは,審判官に任命されるよりも以前
に金融庁の職員であることを必要とする趣旨ではなく,審判官に任命される
と同時に金融庁の職員となる場合であっても足りるとする趣旨と解される。
そうすると,審判官は当然に金融庁の職員なのであるから,審判官に任命さ
れれば当該者は金融庁の職員となることは明らかであり,審判官に任命され
るについては,事前に内閣府事務官として任命されている必要はない。
また,そもそもI審判官らは,審判官に任命されると同時に,内閣府事務
官の発令も受けており,審判官に任命されるためには内閣府事務官である必
要があるとの原告主張の解釈を前提としたとしても,I審判官らは,金融庁
設置法条2項の任命要件を満たしていることは明らかである。
イ金融庁設置法条2項が,審判官の任命要件である法律および金融に関
する知識経験の具体的内容や基準を定めていないことからすると,金融庁長
官がいかなる者を審判官として任命するかは,審判手続を中立かつ公正に主
宰することができるか否かという観点から,審判手続を行うについて必要な
法律及び金融に関する知識経験の有無等を評価して決するものであり,金融
庁長官の広範な裁量に委ねられていると解するべきである。したがって,審
判官の任命については,金融庁長官がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを
濫用したなどの特別の事情がない限り,違法の問題を生じる余地はないとい
うべきである。
ここで審判手続についてみると,その手続面は訴訟類似の手続が行われ,
実体面については,金商法違反行為の有無を証拠に基づき認定することが予
定されている。よって,審判官は,当事者に主張立証を尽くさせて争点整理
を行い,証拠に基づき事実認定をする能力を求められているといえるが,裁
判官の経験を有する者は,訴訟手続について知識経験を有するほか,法令の
解釈,事実認定にも通じており,金商法違反の有無を認定するのに必要な知
識経験を有しているものといえる。
これを本件についてみると,金融庁長官は,I審判官らが,その任命前に
裁判官としての経験を有することを確認した上で,それらに照らして審判手
続を公正,中立に主宰できると判断し,両者を審判官に任命したものである
から,その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用して任命行為を行ったなど
の特別の事情があるとはいえない。
ウ以上のことから,I審判官らの任命は適法に行われており,本件審判手続
及び本件処分に,原告が主張する無効事由があるとは認められない。
2争点⑵ア(Cが本件重要事実をその職務に関し知ったか否か)について
⑴被告の主張の要旨
アCが得ていた知識経験
Cは,平成22年頃,日本板硝子が大和証券を主幹事証券会社として公
募増資を行うのではないかとの噂を複数の顧客から聞いたところ,日本板
硝子は借入金が従来から多く,財務基盤がぜい弱であったことから,公募
増資を行ってもおかしくないと考えた。
ECMでは,公募増資を予定している会社の株式売買状況を把握するた
め,又は顧客企業に対する営業材料とするためなどの目的から,特定の銘
柄についてどのような投資家がどれだけの売買を行ったかをセールストレ
ーディング部や株式営業部に照会する,通称フロー照会といわれる業務を
行っていた。Cは,平成22年にみずほFGやINPEXが公募増資を行
うに当たり,その公表前に,ECMから目立って多くの上記各社の株式に
係るフロー照会がされていたことに気が付いており,ECMがセールスト
レーディング部に対して行うフロー照会と未公表の公募増資との関係に気
が付いていた。
イ平成22年6〜7月頃の状況
株式営業部のマネジメント担当者は,平成22年6月頃,従業員に対し
て夏季休暇を取得する場合には事前に申請を行うようにとの指示を発した
が,そのような指示がそれ以前にされたことはなく,異例のものであっ
た。
Cは,平成22年6月1日から同年7月1日までのいずれかの時期に,
Cらセールストレーダーに対して業務上の指示を行っていた株式営業部の
Fから,「C,休むなよ。」と言われた。この頃,JPモルガン証券では
SBI,みずほFGと立て続けに公募増資の引受証券会社となっており,
その募集業務等で多忙であったことから,Cは,通常であれば夏季休暇を
取得するような時期にも引き続きJPモルガン証券が引受証券会社となる
別の公募増資案件が公表されることになるのだろうと考えた。
また,FはCに対し,平成22年7月中旬頃に行われた,JPモルガン
証券が引受証券会社となっていたINPEXの公募増資案件の社内ミー
ティング等の場で,「今回の当社引受シェアは1パーセントと少ない
が,これは次回の公募増資案件のための前哨戦である」,「次回のため
に顧客とのつながりを確保することが重要である」などと指示,説明を
受けた。Cは,近いうちにJPモルガン証券が引受証券会社となる新た
な公募増資案件が公表されるのだろうと考えた。
ウCが本件重要事実を職務に関し知ったフロー照会
Dは,平成22年7月中旬頃,Cに対し,何日間か連続して日本板硝子株
のみに関するフロー照会を行った。Cは,上記アの知識経験,上記イの同年
夏頃の状況を踏まえ,Dから集中的に日本板硝子株のフロー照会を受けたこ
とにより,日本板硝子が,同年8月頃,JPモルガン証券が主幹事証券会社
となって公募増資を行うと認識するに至った。
Cは,このように本件重要事実を認識するに至ったことから,その職務に
関し知ったというべきであり,会社関係者(金商法166条1項号)に当
たる。
エこのようにしてCが本件重要事実を認識していたことは,Cが,あすかア
セットマネジメント株式会社(以下「あすかアセット」という。)のPとの
チャットで,日本板硝子の公募増資の公表が平成22年8月日ではないと
断定的に伝えていること,日本板硝子の公募増資の主幹事証券会社が大和証
券とJPモルガン証券であることを断定的に伝えていること,あすかアセッ
トのQとのチャットで,日本板硝子株の空売りを推奨したことに対してQが
理由を尋ねたところ,コンプライアンス上の理由から言えないと回答してい
ることからもうかがわれるものである。
⑵原告の主張の要旨
ア行政罰や刑事罰の構成要件となる金商法166条1項の解釈適用に当たっ
ては,その構成要件を明確に解する必要がある。そのため,重要事実をその
職務に関し知ったといえる場合には,重要事実の断片的な情報を取得しこれ
を組み合わせて重要事実の認識に至った場合や,もともと有する公の情報を
組み合わせて重要事実の認識に至った場合は含まれないと解するのが相当で
ある。
イFがCに述べた内容は本件重要事実を構成する事実ではないことに加え,
Fは株式営業部に所属しており,内部者情報に接することができる者ではな
いから,Fから内部者情報を職務に関し知ることはあり得ない。
ウECMが行うフロー照会は,公募増資の準備のために行われることもある
が,顧客への営業活動や顧客の求めに応じた情報提供のためにも行われるも
のである。また,フローを調査する対象とした銘柄のほか,ダミーの銘柄も
含めて複数の銘柄についてフローが照会されるものである。Dは,どのよう
な目的でフロー照会をするのかをCに伝えずに,ダミーとなる銘柄を混ぜて
フロー照会をしていたから,フロー照会があったことによってCが本件公募
増資に係る重要事実を知ることはできない。また,日本板硝子に係るフロー
照会は,平成22年7月中旬頃に連続して行われていない。そのような事実
を示す証拠はないし,何をもって連続したとするのかも不明である。
そもそも,フロー照会は,株式の売買の状況を照会するだけであり,本件
重要事実の内容を含むものではない。Cが本件重要事実をフロー照会によっ
て認識するには,推測を織り交ぜることが不可欠であるが,仮にそのように
して本件重要事実を推測したとしても,それは職務に関し知ったとはいえな
い。
エ結局,Cは,日本板硝子が公募増資を行うことを,株式市場から得た情報
に基づき推測していたにすぎず,職務に関し知ったとはいえない。
3争点⑵イ(AらがCから本件重要事実について伝達を受けたか否か)について
⑴被告の主張の要旨
アAらはCに対して内部者情報の提供を求めていたこと
CはAらに対して,平成22年6月頃から公募増資に係る情報を提供する
ようになり,AらもCに対して,株式会社りそなホールディングス(以下
「りそな」という。)やスズキ株式会社(以下「スズキ」という。)の公募
増資に係る内部者情報を,積極的に求めるようになった。
イCとAらが重要事実の伝達方法に関する共通認識を醸成したこと
Cは,Aらに対し,ソフトバンク株式会社(以下「ソフトバンク」とい
う。)の公募増資の噂があった際には,噂であることを明示して情報を伝え
ていたが,近い将来に公募増資が予定されていたINPEXの株式の空売り
を推奨した際には,断定的かつ英字の大文字を用いるなど強調する表現を用
いて,時期を特定して空売りを推奨した。また,Cは,Aらに対し,ECM
との直接の連絡を有しており,ECMから内部者情報を取得することができ
ることを示唆していた。
かかるやり取りや公募増資の公表の状況から,CとAらは,Cが断定的か
つ強調する表現を用いて特定の銘柄の株式について空売りを推奨した場合に
は,当該株式に係る未公表の公募増資に関する情報に基づいて空売りを推奨
しているという共通認識を醸成するに至った。かかる共通認識ができたこと
により,Aらは,Cが公募増資という単語を用いなくても,Cとのチャット
によって未公表の公募増資に係る内部者情報を知ることができるようになっ
た。
ウ共通認識に基づき本件チャットによって重要事実を伝達したこと
本件チャットにおけるCとAのやり取りは,INPEXの株式の空売りを
推奨した際のチャットのやり取りとその表現の特徴が類似していた。Aら
は,Cとの間に醸成されていた共通認識に基づき,本件重要事実の伝達を受
けることができた。
なお,Bは,本件チャットではメッセージを送っていないが,CがBに対
してチャットでメッセージを送った際にはすぐに返信していることから,B
も本件チャットを見ていたものである。
エAらは本件重要事実を知らなければ通常はしない取引をしていたこと
Aらは,本件チャット後,本件重要事実を知らなければ通常はしない取引
をしていた。
Aは,平成22年7月1日から同月27日までの間は,日本板硝子株の空
売りを一切行っていなかった。しかしながら,Aは,本件チャットの直後で
ある同月28日に0万株を空売りしたのを始めとして,同年8月23日ま
での間に約0万株を空売りしており,これを時価にすると約4億400
0万円に及ぶものである。当時のAの運用資産額と考えられる40億円の1
割を超える金額を本件株式の空売りに投じる大胆な取引といえ,Cから本件
重要事実の伝達を受け,株価が値下がりすることを確信したからこそできた
取引であることは明らかであって,本件重要事実を知る者の投資行動として
合理的である。
また,Bも,本件チャットの後,平成22年7月28日までに万株の
現物売り及び30万株の空売りをしている。特にBは,本件チャットの前で
ある同月8日に万株を購入していたところ,本件チャット後,これを損
失を出してまで売却し,さらに空売りをしている。Bがこのような投資行動
をとったのは,Cから本件重要事実の伝達を受け,日本板硝子株の株価が値
下がりすることを確信したからであり,本件重要事実を知る者の投資行動と
して合理的である。
この点,Aは,本件公表よりも前に日本板硝子株を全て買い戻して売り建
玉を解消しているが,これは,平成22年8月日の日本板硝子の決算発表
が好感され,本件株式が値上がりしたものの,本件公表の日の1週間前に
は,同社が公募増資を行うとの噂が株式市場に出回ったため値下がりしたた
め,本件株式を空売りしていた他の投資家によるショートカバーによって再
度値上がりし,Aの利益が圧縮されることを警戒したためである。したがっ
て,Aが,本件公表の日の前に売りポジションを解消したことは,本件重要
事実を知っていたことと矛盾するものではない。
⑵原告の主張の要旨
ア被告が主張する共通認識の醸成はできていないこと
CとAとの間の,INPEXに係るチャットのやり取りは,Cが,同社株
式の000株の売り決めが入っていたことなどから,同社の株式が値下が
りすると予測し,それに基づいてINPEXの株式の空売りを推奨しただけ
のものであり,何ら特徴を有するものではない。英字の大文字を使ったメッ
セージを送ったことなどは,何の意味も有さないものである。INPEXに
係るチャットのやり取りによって,公募増資という語も使わずに本件重要事
実を伝達できるほどの共通認識が,AらとCとの間に醸成されたとはいえな
い。
イ本件チャットは本件重要事実を伝えるものではないこと
本件チャットは,CがAに対して平成22年8月は注目に値する旨を伝え
るだけのメッセージであり,公募増資という言葉も使っていないのであるか
ら,本件重要事実に係る何らの事実を伝えるものもなく,何らかの取引を推
奨したにすぎないものとみるべきである。現に,Aは,本件チャットの後に
「4689(注・ヤフーの意味)の方がもっと好き。はは」とのメッセージ
を送信して日本板硝子とは異なる銘柄の話題に自ら変えており,このこと
は,Aが,本件チャットに興味をひかれておらず,Cから何らの情報も受け
取っていないことを示している。
ウAが本件重要事実を知らなかったことを示す事情があること
Aは,Cに対し,平成22年8月9日,日本板硝子株を買うべきかを尋ね
ているが,Aが本件重要事実を知っていたのであれば,さらに空売りをする
べきかを尋ねることはあっても,買い戻しをすべきかを尋ねることはあり得
ない。このことは,Aが,同日の時点で本件公募増資に係る重要事実を知ら
なかったことを示している。
エ本件各取引は本件重要事実を知っていたことを示すものではないこと
普段は投資をしていない一般人が,本件チャットの後に日本板硝子株に
ついて取引をしたような場合であれば,本件チャットによって本件公募増
資に係る重要事実を知ったとの推認が働くかもしれないが,Aらはファン
ドマネージャーであり,常に多数の銘柄に対して,株式市場の情報を踏ま
えながら投資活動をしていたのであって,本件各取引も,日本板硝子の財
務体質や株式市場における噂や値動きに合わせてしたものにすぎない。
Aは,本件公表の前に日本板硝子株を全て買い戻して売りポジションを
解消した。本件公表が近いことを知っていたのであれば,本件公表を待た
ずに全て買い戻すのは不自然であり,このことは,Aが本件公募増資に係
る重要事実を知らなかったことを示すものである。
オBは本件チャットを見ていないこと
Bは,そもそも本件チャットに参加しておらず,本件チャットが行われて
いたチャットルームには入室していたものの,本件チャットを見ていなかっ
た。したがって,Bが本件チャットによって本件公募増資に係る重要事実の
伝達を受けることはあり得ない。
4争点⑵ウ(本件各取引は原告の計算により行われたものであるか)について
⑴被告の主張の要旨
金商法上の計算主体は,必ずしも当該有価証券の所有権または持分権の帰属
主体と合致するものではなく,その実質的な経済的利益の帰属を基準に計算の
主体を判断すべきものである。
本件ファンドにおいては,本件ファンドの受益者が,償還日に,同日の価格
で受益権の全部又は一部の償還を受ける権利を有していること,償還額は本件
ファンドが得た損益等によって決定されることに照らせば,本件ファンドでの
取引に関する経済的利益は実質的に同ファンドの受益者に帰属するといえる。
原告の役員等であったR,S及びAらは本件ファンドに対する受益権を有して
いたことから,その割合につき原告の計算において違反行為がされたとみなさ
れることとなる。
そして,上記4名は,平成22年7月末及び同年8月末時点で,本件ファン
ドに対し,それぞれ合計7.47%及び6.22%の受益権を観念することが
でき,かつ,本件ファンドにおける受益権割合は月中に変動しないものであっ
たことから,原告は,当受益権割合相当分につき,それぞれ自己の計算で売買
を行ったものとみなされることとなる。
したがって,Aらが本件ファンドについて行った運用の計算は原告に帰属す
るから,これを前提として課徴金額を計算した本件処分に違法はない。本件に
おける課徴金の額の計算は,別紙4のとおりである。
⑵原告の主張の要旨
原告は,本件ファンドの運用を外国投資信託の受託者との間で締結した投資
一任契約に基づき運用していたものであり,その運用の計算は受託者である信
託会社に帰属するものである。
したがって,Aらが本件ファンドについて行った運用の計算は原告には帰属
しないから,これが帰属することを前提として課徴金額を計算した本件処分は
違法である。
争点⑶(国賠法上の違法行為の有無及び損害額)について
⑴原告の主張の要旨
ア違法行為
本件処分は,金融庁長官が,適切な調査と検討を経ないまましたものであ
り,違法である。
イ証券調査官の違法行為
G調査官は,原告が金商法166条3項に違反していないことを知って
いながら,証拠を改ざんするなどして,本件各審判官を欺いて本件処分の
案を作成させ,金融庁長官をして本件処分をさせるに至らしめた。
すなわち,G調査官は,本件チャットには「can’ttalkabtithear
now」とのメッセージがあり,これは「それについて話すことはできませ
ん,今聞いています。」と訳すべきところ,意図的に「hear」は
「here」の誤記とした上で,「今ここでそれについて話すことはできま
せん。」と誤訳して平成年8月6日付け調査官報告書(乙17。以
下「本件調査官報告書」という。)を作成し,もって証拠をねつ造した
ものである。かかるG調査官の行為は違法行為に当たる。
G調査官以外の証券調査官も,十分な調査と検討をせず,根拠がないこ
とを知りながら,証拠を改ざんするなどして,金融庁長官をして本件処分
をさせるに至らしめた。このような証券調査官らの行為は違法である。
ウ損害額
原告はシンガポールの投資運用会社として,同国の通貨監督庁(MAS)
に登録されていた。しかし,平成24年8月,同国で投資運用業を続けるた
めには,資本市場サービス業(以下「CMS」という。)の免許を得るか登
録ファンド・マネジメント・カンパニーの登録を受けることが要件とされ
た。原告は,同年7月には,CMSの免許の申請及び登録ファンド・マネジ
メント・カンパニーの登録の申請の両方を行ったが,2年以上の間いずれの
申請も留保されたままであった。
MASのルールでは,上述の免許・登録を申請した業者は,経過措置とし
て,免許付与・登録が拒否されるまでの間は,従前の登録の下に業務を行っ
て良いことになっていが,同国では,フィット・アンド・プロパーの原則に
より,業者の清廉性が重視され,金融当局(シンガポール以外の国のものを
含む。)の調査の対象になっただけでも新たな免許や登録を得ることができ
ない。そして,本件処分により,免許付与申請の拒否及び登録申請の拒否が
され,原告は一切の運用業務をすることができなくなってしまった。業務が
継続できないことによる損害は,少なくとも0万円を下らない。また,
本件訴訟遂行のための弁護士費用としては,少なくとも0万円を下らな
い。
⑵被告の主張の要旨
処分等の取消訴訟における違法と国賠法上の違法は区別されるべきところ,
後者の違法はいわゆる職務行為基準説に従って判断されるべきであり,職務上
の法的義務違背が肯定されるのは,公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を
尽くすことなく漫然と公権力を行使したと認め得るような事情がある場合に限
られると解すべきである。
本件においては,金融庁長官及び証券調査官のいずれにも上記のような意味
での違法行為は存在しない。
原告は,G調査官が本件調査官報告書を作成したことをもって証拠のねつ造
70
であるとするが,同調査官は,「hear」は「here」の誤記と解釈した旨明示し
た上で,これを訳したものであり,何ら証拠のねつ造を行ったものではない。
以上
(別紙4)
課徴金の額の計算
本件処分に係る課徴金の額の計算に関する被告の主張は,下記のとおりである。

1金商法17条1項1号の規定による同法166条3項の規定に違反した場合
の課徴金の額は,次の計算式によって計算される。
(売付け等をした価格)×(その数量)−(重要事実の公表後2週間における
もっとも低い価格)×(売付け等の数量)
2本件について上記計算式に基づいて計算すると,次のとおりとなる。
⑴平成22年7月分
(売付け等をした価格)×(その数量)=2億17万00円
(重要事実の公表後2週間におけるもっとも低い価格)=181円
(売付け等の数量)=0万株
なお,平成22年7月における原告の役員の出資割合は7.47%であり,
同出資割合について,原告が自己の計算で売付け等をしたとみなした。
⑵平成22年8月分
(売付け等をした価格)×(その数量)=億3431万8196円
(重要事実の公表後2週間におけるもっとも低い価格)=181円
(売付け等の数量)=247万8000株
なお,平成22年8月における原告の役員の出資割合は6.22%であり,
同出資割合について,原告が自己の計算で売付け等をしたとみなした。
3以上より,課徴金の額は,以下のとおり計算される。
⑴平成22年7月分
(2億17万00円−181円×0万株)×7.47%=270
72
万787円
⑵平成22年8月分
(億3431万8196円−181円×247万8000株)×6.22%
=33万6772円
⑶合計
270万787円+33万6772円=804万4647円
このうち,金商法176条2項に基づき,1万円未満の端数を切り捨てると,
課徴金額は804万円となる。
以上

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