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主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1主位的請求
(1)原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認す
る。
(2)被告は,原告に対し,262万9795円及びこれに対する平成27年9
月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)被告は,原告に対し,平成27年9月から本判決確定の日まで,毎月17
日限り,月額52万5959円の割合による金員及びこれに対する各支払期
日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2予備的請求
被告は,原告に対し,894万1303円及びこれに対する平成27年9月
16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1本件事案の概要
(1)国立大学法人である被告の歯学研究科の助教として勤務していた原告
は,平成24年4月5日,傷害致死の公訴事実により起訴されたことで,被
告の定める起訴休職制度に基づき休職処分を受け,その後,2年の休職期間
が満了したことを理由に,平成26年5月2日付けで分限解雇となった。
(2)本件は,原告が,ー膂姪に,上記解雇は無効であると主張して,被告と
の間の雇用契約に基づき,同契約上の権利を有する地位にあることの確認
を求めるとともに,身柄拘束を解かれた後である平成27年4月から本判
決確定の日までの賃金(訴状送達の日の翌日である平成27年9月16日か
ら支払済みまで民法所定の遅延損害金を含む。)の支払を求め,⇒夙的に,
被告との間で原告を再雇用させる旨の合意が成立していたのにこれに違反
したと主張し,債務不履行に基づく損害賠償として,平成27年4月から1
7か月分の賃金相当額(訴状送達の日の翌日である平成27年9月16日か
ら支払済みまで民法所定の遅延損害金を含む。)の支払を求める事案である。
2前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に
認定できる事実)
(1)当事者
ア被告
被告は,平成16年4月に法人化された国立大学法人である。
イ原告
原告は,平成5年4月に被告の歯学部附属病院の教員(国家公務員)と
して任用され,平成16年4月に被告が法人化されたことに伴い,被告と
の間で雇用契約を締結し,平成19年4月には,歯学研究科の助教とな
り,同病院における診療業務に従事していた。
(2)法人化以前の被告における起訴休職制度
被告が平成16年4月に法人化される前は,原告を含む教職員には国家
公務員法が適用されていたところ,同法によれば,「刑事事件に関し起訴さ
れた場合」には休職させることができ,その期間は「その事件が裁判所に係
属する間」とされていた(国家公務員法79条2号,80条2項)。
(3)法人化後の被告における起訴休職制度及び解雇に関する規定
被告は,平成16年4月に法人化された際,「国立大学法人A大学教職員就
業規則」(以下「本件就業規則」という。)において,以下の内容の起訴休職
制度及び解雇に関する各規定を定めた(乙1)。
ア「教職員が次の各号のいずれかに該当する場合は,休職とする。」(本件
就業規則14条1項柱書)
「刑事事件に関し起訴され,職務の正常な遂行に支障をきたすとき。」(同
項2号)
イ上記アによる「休職の期間は,その事件が裁判所に係属する間とする。
ただし,その係属期間が2年を超えるときは,2年とする。」(本件就業規
則15条3項。以下「本件上限規定」という。)
ウ「教職員が次の各号のいずれかに該当し,かつ,大学との間で雇用関係
を維持しがたい場合には,これを解雇する。ただし,その程度に至らない
場合には,これを降任,降格又は降給にとどめることがある。」(本件就業
規則21条1項柱書)
「第14条第1項第1号から第3号まで及び第5号に掲げる事由により
休職とした者について,第15条に定める休職の期間が満了したにもかか
わらず,なお休職事由が消滅していないとき」(同項3号)
(4)原告に対する起訴休職
ア原告及びその妻(以下,併せて「原告ら」ともいう。)は,平成24年3
月15日,原告の実母に対する傷害致死の被疑事実により逮捕され,その
後,勾留されて,同年4月5日,以下の公訴事実により,大阪地方裁判所
に起訴された(甲1。以下「本件刑事事件」という。)。
「被告人両名は,共謀の上,平成23年6月19日午後11時頃から同
月20日午前2時頃までの間に,大阪市a区bc丁目d番e被告人両名方
において,被告人Bの実母であるC(当時80歳)に対し,代わる代わる
平手又は握り拳でその顔面などを多数回殴り付け,その前胸部を足で踏み
付けるなどの暴行を加え,その結果,同女に全身にわたる多発外傷等の傷
害を負わせ,同日午後6時頃までの間に,同所において,同女を上記傷害
による外傷性ショックにより死亡させたものである。」
イ原告は,同年5月3日付けで,上記起訴休職規定に基づき,休職となっ
た。
(5)本件刑事事件の審理及び一審判決
ア原告らは,本件刑事事件の審理において,公訴事実記載の暴行を加えた
事実はない旨主張していた(甲2)。
イ大阪地方裁判所は,平成26年2月20日,本件刑事事件について,原
告らが,共謀の上,実母に対し,「代わる代わる平手などでその顔面等を多
数回殴り付けた上,体をつかんで揺さぶって家具等に押し付け,更にその
前胸部に何らかの方法で強い力を作用させるなどの暴行を加え,その結果,
Cに全身にわたる多発外傷等の傷害を負わせ,同日午後6時30分頃まで
の間に,同所において,上記傷害による外傷性ショックにより死亡させた」
と認定して,傷害致死罪により,原告らをそれぞれ懲役8年に処する旨の
判決を言い渡した(甲2)。
ウ原告らは,上記イの判決に対して,控訴した。
(6)解雇
被告は,平成26年3月19日付け通知書により,原告に対し,休職期間
満了を理由として,同年5月2日限りで解雇する旨を通知した(甲3。以下
「本件解雇」という。)。
(7)本件刑事事件の控訴審判決
大阪高等裁判所は,平成27年3月11日,本件刑事事件につき,原告ら
が,共謀の上,原告の実母に対し,「それぞれ平手で顔面を何回か叩いた上,
体をつかんで揺さぶり家具等に押し付けるなどの暴行を加えた」と認定して,
暴行罪により,原告らをそれぞれ罰金20万円に処する旨の判決を言い渡し,
原告らは,同日,釈放された。
(8)原告に対する賃金額
ア被告の原告に対する月例賃金は,毎月末日締めで,当月17日(ただし,
17日が日曜日に当たるときは15日。15日も休日に当たるときは18
日。17日が土曜日に当たるときは16日。17日が月曜日かつ休日に当
たるときは18日。)に支給することとされていた(乙19)。
イ被告は,原告に対し,上記休職前3か月間につき,平成24年2月分の
賃金として55万2459円(通勤手当1万3700円を含む。),同年3
月分の賃金として52万1307円(通勤手当1万3700円を含む。),
同年4月分の賃金として50万4112円を支払った(乙9)。
ウ上記イによれば,上記休職直前の賃金の締切日から遡って3か月間に得
た月例賃金の平均は月額52万5959円である。
3本件の争点
(1)主位的請求(地位確認及び賃金請求)について
本件解雇の有効性
ア起訴休職期間について,本件上限規定を定めたことが,就業規則による
労働条件の不利益変更に当たり,労働契約法(以下「労契法」という。)1
0条所定の合理性を有するか(争点1)
イ本件上限規定に係る労契法7条所定の合理性の有無(争点2)
ウ「雇用関係を維持しがたい場合」(就業規則21条)に当たるか(争点3)
エ本件解雇に係る客観的合理性及び社会通念上の相当性の有無(争点4)
(2)予備的請求(再雇用合意違反に基づく損害賠償請求)について
原告及び被告間における原告を再雇用する旨の合意の成否(争点5)
4争点に対する当事者の主張
(1)争点1(起訴休職期間について,本件上限規定を定めたことが,就業規則
による労働条件の不利益変更に当たり,労契法10条所定の合理性を有する
か)について
(原告の主張)
ア本件上限規定の制定が,就業規則による労働条件の不利益変更に当たる
こと
(ア)国立大学法人と前身である国立大学との間には,一定程度の連続
性が想定されていることから,本件就業規則の制定は,従前の就業規則
の変更に該当する。
(イ)起訴休職期間に2年の上限を設ける本件上限規定が適用されるこ
とで,期間の定めのない任用関係にあった者の労働条件が,従前の就労
条件に比して不利益な内容となっている。
(ウ)したがって,被告が法人化に伴って起訴休職期間を2年としたこ
とは就業規則による労働条件の不利益変更に当たる。
イ同変更に合理性があるとはいえないこと
(ア)労働者の受ける不利益の程度
本件上限規定の制定は,「解雇」にも関わる重要な労働条件の不利益
変更であって,労働者の受ける不利益は極めて大きいことからすると,
同変更は,「高度の必要性」に基づくものであることを要するというべ
きである。
(イ)従前の就労条件の変更の必要性
ほとんどの刑事事件(99パーセント超の事案)は2年以内に終局に
至るから,本件上限規定を制定して起訴休職期間に2年の上限を設ける
必要性は極めて小さい。
(ウ)本件就業規則の内容の相当性
起訴休職期間に2年の上限を設けていない大学法人も多数あり,私企
業が2年以下の起訴休職期間を設けているというのも参考にすべきで
はない。被告は,もともと国家機関であり,巨大な組織である。規模,
性質及び就業規則を制定した経緯も異なる私企業の例は,相当性を基礎
付ける根拠とはなり得ない。
他の休職事由による休職期間は3年であるから,財源・ポストを3年
確保することは可能であり,起訴休職についても同様の規定としなけれ
ば相当とはいえない。
(エ)労働組合等との交渉の状況
被告の主張を前提としても,2年を超えて審理が続く事案は,全体の
わずか0.16パーセント程度であって,極めて例外的な事案であり,
不当に長期間身体を拘束されるかもしれないと考えて就業規則の内容
を検討した労働者がいたとは考えられず,労働組合や過半数代表者から
異論が出なかったことをもって,合理性が肯定されるとはいえない。
(被告の主張)
ア本件就業規則の制定が,就業規則による労働条件の不利益変更に当たら
ないこと
本件上限規定は,被告の国立大学法人化に伴う新たな就業規則の制定
によるものであり,公務員関係における就労条件とは連続性を欠くもの
である。したがって,本件就業規則の制定は,従前の就労条件(労働条件)
を変更したということには当たらない。
イ労働条件の変更に係る合理性の点
(ア)上記のとおり,本件就業規則の制定は,労働条件を変更したもので
はないから,労契法10条所定の合理性が問題となる場面ではない。
(イ)仮に,上記の点を措くとしても,後記(2)(被告の主張)記載の事
情に加えて,被告においては,本件就業規則の制定に当たり,過半数代
表者からの意見を聴取し,過半数代表者からも,特段の異議・異論は出
されなかったこと,職員に対する説明会や各労働組合との団体交渉も
行われていたが,本件起訴休職制度及び起訴休職期間満了による退職
(解雇)の制度について,特に異議・異論が出たことはないこと等の事
情をも併せ鑑みると,労契法10条所定の合理性に関する原告の主張
は理由がないというべきである。
(2)争点2(本件上限規定に係る労契法7条所定の合理性の有無)について
(被告の主張)
以下のとおり,本件上限規定は合理的な労働条件である。
ア財源・ポストに制限がある中において,無期限に雇用契約関係を継続さ
せることは,国立大学法人の事業運営上適切でなく,起訴休職期間に上限
を設ける必要がある。
イ被告は,平成16年当時,他の大学における就業規則案の検討状況につ
いて情報交換した上,最終的に2年間という起訴休職期間を採用したも
ので,実際に,起訴休職期間満了による退職(解雇)の制度を導入する全
国各地の国立大学法人において,その期間を2年間とするものがほとん
どである。
ウ私傷病休職の場合には,傷病手当金及び同付加金が最長3年間支給さ
れることに鑑みて,休職期間の上限を3年間としたにすぎず,そのような
事情が存在しない起訴休職において3年間の休職期間を設けるべき理由
はない。
エ2年間の起訴休職期間が設けられていれば,ほとんどの刑事事件(99
パーセント超の事案)について終局に至り,労務提供の可能性の有無につ
いて見通しが立つ。
(原告の主張)
以下のとおり,本件上限規定は合理的な労働条件であるとはいえない。
ア国家公務員の場合には起訴休職期間に制限はない(国家公務員法79
条2号,80条2項)。
イ起訴から2年で裁判が終了しないことは珍しくなく,とりわけ原告の
ように,犯行を否認しているにもかかわらず,重大犯罪が疑われて逮捕起
訴され裁判員裁判になった場合には裁判が非常に長期化する。起訴休職
期間を一律2年とする規定は,具体的な事情にかかわらず,被告人となっ
た当該職員の責めによらない事由によって一定期間の経過をもって強制
的にその身分を剥奪するものであり,合理性がない。
ウ被告において,一般の休職期間は原則3年とされているにもかかわら
ず,起訴休職に限って2年とし,他の休職期間と差を設けていることにも
合理性はない。
エ被告は,財源・ポストに制限があると主張するが,起訴休職期間中,原
告には給料が支払われていないし,ポストについては,有期雇用契約を利
用して一時的に人員を補充するなど柔軟に対応する方法もあるから,か
かる理由をもって,2年で休職期間を強制的に終了させる必要性は認め
られない。
オ仮に,休職期間を2年に限定することに一定の合理性が認められると
しても,審理期間が2年を超える刑事事件は稀ではないから,休職期間の
更新を認める規定がないことは不合理である上,公訴事実の存在を否定
する判決が出されて,休職とされた前提事実がなくなる場合もあるから,
そのような場合の復職規定等が設けられていないのも不合理である。
(3)争点3(「雇用関係を維持しがたい場合」に当たるか)について
(被告の主張)
ア「雇用を継続しがたい」との文言は,特に分限解雇(普通解雇)の要件
を加重するものではなく,本件就業規則21条1項ただし書(降任,降格
又は降給)を適用すべき場合でないことを指すものにすぎない。
イ原告は,身体拘束から解放されることはなく,起訴休職期間満了時点に
おいても,相当長期間にわたり,身体拘束が継続する見込みで,就労可能
な状態ではなかった。したがって,原告については,「降任」,「降格」,「降
給」等の業務内容の変更等をもって対応することはできなかったのであ
って,「雇用を継続しがたい場合」に該当する。
(原告の主張)
ア本件解雇時点において,被告は,再度原告を採用できるよう欠員となる
ポストを空けたまま待ち続けていたのであるから,「雇用関係を維持しが
たい」という事実はなく,被告はなお原告との間で雇用関係を維持し続け
ることは可能であった。原告は一審判決後,即日控訴したのであり,本件
解雇時点では判決はまだ確定していなかったから,「雇用関係を継続しが
たい」とはいえない。
イ本件就業規則第21条1項が「雇用関係を維持しがたい」という一般的
抽象的文言を用いているのは,同条項が,休職期間満了時に休職事由が消
滅していない場合において,常に機械的に適用される条項ではないこと
を意味すると解すべきである。起訴休職の規定は単に起訴の事実をもっ
て機械的に適用されるものでないことが既に確立した規範となっている
ところ,起訴休職満了後の解雇の規定についても,同様に,機械的な適用
は否定されるべきである。
(4)争点4(本件解雇に係る客観的合理性及び社会通念上の相当性の有無)に
ついて
(被告の主張)
ア「起訴休職」制度が解雇猶予制度であることに鑑みれば,いわゆる私傷
病休職制度の休職期間満了による退職ないし解雇と同様に,休職期間満
了時点において,従前と同様の労務提供が可能な状態に復していない限
りは,労務提供不能の状態が継続している以上,原告を解雇することにつ
き,客観的に合理的な理由があり,社会通念上も相当であるというべきで
ある。
イまた,刑事事件の控訴審において縮小認定がされた点については,控訴
審判決も有罪判決であることには変わりがない上,本件解雇後の事情で
あり,本件解雇の有効性判断において斟酌できる事情ではない。
(原告の主張)
以下のとおり,本件解雇には客観的に合理的な理由がなく,社会通念上の
相当性も認められない。
ア原告らは,事件とされる当日,実際は認知症で激しく暴れていた実母を
止めていただけであり,当初から一貫して無実を訴えていた。
イ一審判決は原告らの主張を容れず,原告らを傷害致死罪によりそれぞれ
懲役8年の実刑としたのであり,それが起訴から2年を経過しても裁判が
係属する大きな理由となったものである。
ウ本件は明らかに誤認逮捕・起訴であり,その背景には認知症に対する捜
査機関及び法曹関係者の理解不足がある。
原告らの供述が事実に基づくものであり,本件当日に実母が激しく暴れ
ていたことは,捜査機関が認知症関係者に確認を行えばすぐにわかったこ
とである。しかしながら,捜査機関はかかる捜査を行わず,当初から原告
らの犯行と決めつけ,逮捕・起訴を行った。
原告らは,実際には控訴審判決で認定されたような暴行も行っていない
が,仮にそのような暴行があったとしても罰金20万円相当の罪であるこ
と,また,捜査機関が十分に認知症に関する捜査を行っていれば,逮捕・
勾留は必要なかったことから,いずれにせよ,本件逮捕・勾留は違法・不
当である。
原告は自らの病気や怪我等によって休職したのではなく,違法な逮捕・
勾留によって休職せざるを得なかったのであり,同休職は原告の責めに帰
すべきものではない。それにもかかわらず,原告の身分を強制的に奪う本
件解雇は,原告に及ぼす不利益があまりにも大きい。
原告に帰責性がないことは,本件解雇に社会通念上の相当性がないこと
の理由になるし,少なくともその判断において大きな要因になるというべ
きである。
エ本件は無罪を裏付ける証拠があり,被告も一審破棄を予見できた。
本件では,原告らの有罪につながる直接証拠は,年老いた原告の父の検
察官面前調書しかなかったところ,同人は公判廷で原告らは暴行を振る
っていないと証言しており,上記検察官面前調書の信用性には大きな問
題があったものである。原告らが暴行を加えたとされる時間帯に,原告
は,暴れる実母を止めるために助けを求めて親族に何回も電話をしてお
り,原告らの無罪を裏付ける証拠は一審の段階から存在していた。これら
の事実は,マスコミのみならず裁判を傍聴していた被告の職員も認識し
ていたのであり,被告としても,控訴審において,一審判決が破棄される
ことを予見することができた。
(5)争点5(原告及び被告間における原告を再雇用する旨の合意の成否)につ
いて
(原告の主張)
ア原告の被告に対する再雇用することの黙示の申込み
原告は,被告に対し,仮に解雇された場合には再雇用するように黙示的
な申込みをずっと行っており,これは以下の事実から明らかである。
(ア)平成25年11月29日の打合せにおいて,被告は,原告代理人に
対し,大学の見解として,「第1審で無罪となり,労務提供可能となっ
た場合は,研究に限定して復職していただくことも考えている」と述べ
ており,その前提として,原告側からの復職ないし再雇用の申出がある
といえる。
(イ)上記打合せにおいて,被告側から,原告代理人に対し,「復職に関
することを本人に伝えた方がよいか」と尋ね,これに対し,原告代理人
が,「復職出来る可能性があるということは,本人にとって,裁判で戦
う体力や気力を保ち続ける希望の光となる。是非とも話してもらった
方がいい。」と答えており,原告は積極的に復職ないし再雇用による復
帰の意思を有していることを申し述べている。
(ウ)平成25年12月17日に被告職員が原告本人と面会を行った
際,原告が,被告職員に対し,もし解雇されたらどうなるのか質問した
ところ,被告職員は,「原告は大学に戻ることができ大丈夫である」と
答えており,原告が被告に対して復職ないし再雇用の申出を行い,これ
に対して被告が応答していることが明らかである。
(エ)上記面会の記録において,被告は,「B助教は,無罪を勝ち取り保
釈された場合には復職できる道があることが分かり,非常に喜んでい
た。」と記載していることからしても,原告が復職ないし再雇用による
復帰の意思を被告職員に伝えたことは明らかである。
(オ)平成27年3月20日の打合せにおいて,被告は,原告代理人に対
し,「今後,仮に,A大学でB元助教の採用手続きを開始することとな
った場合,実際に採用となるためには,教授会とA大学としての承認が
必要となってくる。」,「B元助教を採用するためには,働ける環境を作
れるかどうかが問題となっている。」と回答していることからすれば,
原告側から復職ないし再雇用の申出がなされており,それを前提に被
告から上記回答がなされていることは明らかである。
(カ)上記打合せ後,原告代理人は,他の代理人に対し,「復職について
は,新たな採用になり,公募することになるということについて,内規
の説明がありました。」とメールを送信しており,上記打合せにおいて,
被告が,公募手続を経て原告を採用することを説明していることは明
らかで,その前提として原告からの申出があったことは明らかである。
イ被告の承諾
(ア)平成27年3月20日の打合せにおいて,被告職員が,原告代理人
に対し,「原告の復職については,新たな採用で公募という形になり,
その公募に原告も応じて欲しい。そうすれば配慮も可能であり,その手
続きを経て原告を採用することになる。」という説明をしたことによ
り,被告が承諾を行い,再雇用の合意が成立した。
(イ)被告が,原告代理人に対し,判決確定まで原告とは直接連絡をとら
ないと告げていたことからすれば,被告としては,就労開始時期は判決
確定の平成27年3月25日と考えていたといえる。そして,従前,被
告が原告を復職させることを約束していたことからすれば,賃金等の
雇用条件は,原告が逮捕前に被告職員として働いていた時のものと同
内容である。
(被告の主張)
ア原告が被告に対し,再雇用に関する黙示の申込みをした事実はない。
原告が主張する上記(原告の主張)ア(ア),(イ)及び(エ)については,
休職期間満了前に無罪の判決が出た場合の復職に関する話であり,退職
後の再雇用の話ではない。
被告大学職員が「原告は大学に戻ることができ大丈夫であると答えた」
旨の上記(ウ)の主張については否認する。
また,(ア)ないし(エ)は原告が被告を解雇される前の段階であるから,
退職後の再雇用について具体的な話をする余地はない。
イ被告が原告を再雇用する旨の合意をした事実はない。
平成27年3月20日に原告代理人と被告職員4名が面会した際に
は,原告代理人から復帰の可否に関する質問があったが,被告側からは,
復帰(再雇用)に関しては無罪となった場合のことしか想定していないの
で,復帰(再雇用)を考えるのであれば,上告して無罪を勝ち取っていた
だく必要がある旨伝えた上で,_召忘禿戮慮柩僉文狭陲里いι職手続)
を開始することになった場合には,歯学研究科教授会の承認や被告とし
ての意思決定などの所要のプロセスを経る必要があること,▲櫂好箸
周囲の理解など働ける環境が問題であることという話をしただけで,原
告を再度雇用すると約束するようなことは一切していない。
被告大学職員からは,公募によって選考手続を経て採用される機会を
付与すること自体を完全に否定するものではないという意思表示がされ
ているのであり,雇用の申込みという黙示の意思表示とは真っ向から相
反する明示の意思表示をしているのである。
第3争点に関する当裁判所の判断
1争点1(起訴休職期間について,本件上限規定を定めたことが,就業規則に
よる労働条件の不利益変更に当たり,労契法10条所定の合理性を有するか)
について
(1)原告は,本件上限規定を定めたことが,就業規則による労働条件の不利
益変更(労契法10条)に当たる旨主張する。
しかしながら,前記前提事実のとおり,被告は,平成16年4月に法人化
されたことにより,法人化前の公務員関係における就労条件とは異なる就業
規則を初めて作成し,本件上限規定を含む起訴休職及び解雇に関する各規定
を定めたのであって,本件就業規則は,従前の就労条件とは連続性を欠くも
のであるから,本件就業規則の制定をもって,従前の就労条件(労働条件)
を変更したものでないことは明らかである。
(2)以上によれば,その余の点(本件上限規定制定に関する労契法10条所定
の合理性の有無)について判断するまでもなく,原告の上記主張は理由がな
いといわざるを得ない。
2争点2(本件上限規定に係る労契法7条所定の合理性の有無)について
(1)一般に,労働者が起訴された場合,勾留等の事情により,当該労働者が
物理的に労務の継続的給付ができなくなる場合があるほか,勾留されなか
った場合でも,犯罪の嫌疑が客観化した当該労働者を業務に従事させるこ
とにより,使用者の対外的信用が失墜し,職場秩序の維持に障害が生じるお
それがある場合には,事実上,労務提供をさせることができなくなる。起訴
休職制度は,このように,自己都合によって,物理的又は事実上労務の提供
ができない状態に至った労働者につき,短期間でその状態が解消される可
能性もあることから,直ちに労働契約を終了させるのではなく,一定期間,
休職とすることで使用者の上記不利益を回避しつつ,解雇を猶予して労働
者を保護することを目的とするものであると解される。
以上のような起訴休職制度の趣旨に鑑みれば,使用者は,労務の提供がで
きない状態が短期間で解消されない場合についてまで,当該労働者との労
働契約の継続を余儀なくされるべき理由はないから,不当に短い期間でな
い限り,就業規則において,起訴休職期間に上限を設けることができると解
するのが相当である。
(2)以上を踏まえて,本件起訴休職規定についてみると,同規定は,労働者が
「刑事事件に関し起訴され,職務の正常な遂行に支障をきたすとき」に限り,
当該労働者を休職とする旨定めたものであるから,上記(1)の一般的な起訴休
職制度の趣旨及び目的に沿うものであると認められ,かかる趣旨及び目的に
照らせば,上限を2年間とする本件上限規定が,不当に短い期間であるとは
言い難い上,被告は,人件費の多くを国から支給される運営費交付金で賄っ
ており,その財源に応じて,雇用すべき教授,准教授,助教などの教員数を
部局毎に設定,管理していると認められること(乙20,証人D),多くの
国立大学法人において,起訴休職期間の上限は2年間と定められているこ
と(乙5,6,20,証人D),以上の点に鑑みれば,起訴休職期間の上限
を2年間とする本件上限規定は,合理的な内容(労契法7条所定の「合理的
な労働条件」に該当するもの)であると認められる。
(3)原告は,々餡噺務員の場合には起訴休職期間に制限はないこと,起
訴から2年で裁判が終了しないことは珍しくないこと,H鏐陲砲いて,一
般の休職期間は原則3年とされていること,さ訴休職期間中,原告は給料
を支払われておらず,ポストについても,有期雇用契約を利用して一時的に
人員を補充するなど柔軟に対応する方法もあること,サ擔Υ間の更新や,
事後的に公訴事実の存在を否定する判決が出された場合の復職規定等が設
けられていないことの各事情を挙げて,本件上限規定には合理性がない旨
主張する。
アまず,国立大学法人について,国家公務員の場合と比較して合理性を判
断すべき理由はないから,原告の上記,亮臘イ郎陵僂任ない。
イ上記及びの各主張についてみると,刑事裁判が2年を超える期間
継続することがあるからといって,被告が2年を超える長期間にわたっ
て,起訴休職を継続することによる不利益を甘受すべき理由はない上,起
訴休職期間と,その他の休職期間との間に差を設けること自体を否定す
べき理由もないから,同各主張も採用できない。
ウ上記い亮臘イ砲弔い討澆襪函と鏐陲蓮さ訴休職期間中の賃金を支払う
義務を負わないとしても,その間,休職となった当該職員による労務の提
供を受けることができない不利益が生じることは明らかである上,これ
を補填するために臨時的に新たな職員を補充することが不可能ではない
としても,起訴休職事由が解消されるかどうかや,いつ解消されるかどう
かも不明のまま,原告との雇用関係を維持するために,被告が臨時的雇用
を継続しなければならない義務を負うと解すべき理由はない。したがっ
て,同主張も採用できない。
エ上記イ亮臘イ砲弔い討澆襪函ぞ綉起訴休職制度に照らせば,休職期間
の更新や,事後的な復職規定等がないことをもって,合理性を否定すべき
事情に当たるということはできないから,同主張についても理由がない
といわざるを得ない。
オ以上のとおり,原告の上記,覆い鍬イ粒銅臘イ呂い困譴盧陵僂垢襪
とができない。
3争点3(「雇用関係を維持しがたい場合」に当たるか)について
(1)本件就業規則21条1項は,以下のとおり規定している(乙1)。
「教職員が次の各号のいずれかに該当し,かつ,大学との間で雇用関係を
維持しがたい場合には,これを解雇する。ただし,その程度に至らない場合
には,これを降任,降格又は降給にとどめることがある。
(1)勤務成績が不良なとき。
(2)心身の故障のため職務の遂行に支障があり,又はこれに堪えないとき。
(3)第14条第1項第1号から第3号まで及び第5号に掲げる事由により
休職とした者について,第15条に定める休職の期間が満了したにもかか
わらず,なお休職事由が消滅していないとき。
(4)その他職務を遂行するために必要な資格又は適格性を欠くとき。
(5)経営上又は業務上やむを得ない事由によるとき。」
(2)上記規定は,その文言に照らすと,いわゆる解雇権濫用法理(労契法1
6条)を念頭に,1号から5号までを解雇理由として列挙した上で,これら
に該当する場合については,その程度が大きく,「雇用関係を維持しがたい
場合」,すなわち,解雇を回避する手段がない場合についてのみ,解雇を相
当とし,その程度が比較的小さく,解雇以外の措置を執ることが可能な場合
には,降任等の処分をすることができることを定めたものであると解され
る。
そして,前記前提事実並びに証拠(甲19)及び弁論の全趣旨によれば,
原告は,平成24年4月5日に傷害致死という重大な犯罪の嫌疑により,起
訴され,勾留された状態が継続し,平成26年2月7日に保釈許可決定が出
されて,一時,釈放されたものの,同月20日の一審判決の結果,再び勾留
され,休職期間満了時も勾留されていたのであって,被告に対する労務の提
供ができない状態が継続していたこと,懲役8年の一審判決が出されたこと
により,休職期間満了時以降も,少なくとも相当期間勾留が継続し,労務の
提供ができない状態が継続することが見込まれていたこと,以上の点が認め
られ,これらの点に鑑みれば,以上のような被告に対する労務の提供ができ
ない原告について,降任,降格又は降給にとどめる余地がなかったことは明
らかであって,原告については,本件解雇時点において,被告との「雇用関
係を維持しがたい場合」にあったと認めるのが相当である。
(3)原告は,)楫鏖鮓杙点において,被告が再度原告を採用できるよう欠
員となるポストを空けたまま待ち続けていたから,「雇用関係を維持しがた
い場合」には当たらない,∨楫鏖鮓杙点で判決はまだ確定していなかった
から,「雇用関係を継続しがたい場合」には当たらない,「雇用関係を維
持しがたい場合」とは,休職期間満了時に休職事由が消滅していない場合に
おいて,常に機械的に適用される条項ではないことを意味すると解すべき
である旨主張する。
アしかしながら,本件刑事事件の判決が確定していなかったという事情
のほか,仮に被告が再度原告を採用できるようにポストを空けたまま待
ち続けていた事実があったとしても,原告については,休職期間満了時に
至っても被告に対する労務の提供ができない状態が解消していなかった
以上,これらの事情が解雇以外の措置を執ることができるか否かの判断
を左右するものとはいえず,上記ゝ擇哭△粒銅臘イ呂い困譴睛由がな
い。
イまた,原告については,単に,休職期間満了時に起訴休職事由が存続し
ているというだけでなく,上記説示したとおり,勾留が継続し,懲役8年
の有罪判決を受けるなど,その後も少なくとも相当程度の期間勾留が継
続することが見込まれる状態にあったのであり,機械的な適用か否かを
みるまでもなく,実質的にも「雇用関係を維持しがたい場合」に当たると
認められるから,上記の主張についても理由がない。
ウ以上によれば,原告の上記,覆い鍬の各主張は,いずれも理由がな
い。
4争点4(本件解雇に係る客観的合理性及び社会通念上の相当性の有無)につ
いて
原告は,〇件とされる当日は,実際は,原告は激しく暴れていた実母を止
めていただけであること,一審判決が原告の主張を容れなかったこと,A
査機関が違法な逮捕・起訴をしたこと,に楫錣鰐戯瓩鯲付ける証拠があり,
被告も一審破棄を予見できたこと,以上の点をもって,本件解雇には客観的に
合理的な理由がなく,社会通念上の相当性もない旨主張する(第5回口頭弁論
調書参照)。
(1)しかしながら,上記3で認定説示したとおり,原告は,本件解雇時にお
いて,実母に対する傷害致死の容疑で勾留され,被告に対して労務の提供が
できない状態が継続しており,一審において懲役8年の有罪判決を受けた
ことにより,その後も相当程度の期間,勾留が継続し,被告に対する労務の
提供ができないということが見込まれる状態にあったと認められる。また,
本件解雇は,平成26年2月20日に宣告された懲役8年の一審判決から約
2か月半後にされたものであるところ,その間に,控訴審の審理が行われる
などして,一審判決が破棄されることをうかがわせる新たな事情が生じた
ことを認めるに足りる的確な証拠はなく,被告が同破棄を予見することが
できたとは認められない。
(2)以上のような原告に係る客観的な状況(被告に対する労務の提供が不可
能ないし困難な状況の継続)及び本件起訴休職制度が合理性を有している
ことに鑑みれば,原告の上記各主張は,いずれも採用することができないと
いわざるを得ない。そうすると,本件解雇には客観的に合理的な理由があ
り,社会通念上の相当性もあると認めるのが相当である。
5争点5(原告及び被告間における原告を再雇用する旨の合意の成否)につい

原告は,平成27年3月20日,被告の歯学研究科総務課長であったE課長
らとの打合せにおいて,同課長らが,原告代理人に対し,「原告の復職につい
ては,新たな採用で公募という形になり,その公募に原告も応じて欲しい。そ
うすれば配慮も可能であり,その手続を経て原告を採用することになる。」と
いう説明をしたことにより,被告が再雇用の申込みに対する承諾を行い,黙示
の申込みをしていた原告(前記第2の4(5)[原告の主張]ア)との間で,再
雇用の合意が成立した旨主張する。
(1)証拠(乙22,証人F)及び弁論の全趣旨によれば,被告における教員
の採用は,教授会の承認を受けて設置された教員選考委員会が公募を実施
した上,採用候補者を選定し,同候補者について,教授会による審議の結果,
多数決によって採用を相当とする旨の決議がされた場合に限り認められる
こととされていたこと,本件訴訟が提起される前に,原告を再雇用する旨の
教授会の決議等があった事実はうかがえず,かえって,被告は,平成26年
6月19日から原告の後任となる助教の選考手続を実施し,教育選考委員
会が公募の結果に基づいて選出した候補者について,教授会においても採
用を相当とする旨の決議がされ,同年10月1日付けで,新たな助教が採用
されていたこと,以上の点が認められる。
以上の点を踏まえると,仮に,E課長らが原告代理人に対し,原告が主張
するような上記内容の説明をした事実があったとしても,E課長ら職員に
は,原告との雇用契約を締結するに当たって,原告からの申込みに対して承
諾をする権限がなかったことは明らかであり,上記した原告の後任者とし
ての新たな助教の採用という点や,原告代理人が,E課長らに対し,原告を
再雇用することについて,被告の承認手続等を得られているかについて確
認した事実もうかがえないことをも併せ鑑みると,原告と被告との間にお
いて,原告の再雇用に関する合意が成立したとは認められない。したがっ
て,この点に関する原告の上記主張は理由がない。
(2)また,仮に,上記の点を措くとしても,原告代理人は,E課長らから,
「新たな採用で公募という形になり,その公募に原告が応じれば配慮が可
能であり,公募手続を経て採用する」旨説明を受けたというにすぎず(甲2
5),その説明内容は,原告が主張する平成27年3月25日から出勤可能
となる即時の雇用契約を締結する旨の内容とは整合しない上,その後,原告
が公募手続に応募した事実もないというのであるから,この点からしても,
原告の上記主張は採用することができない。
第4結論
以上によれば,原告の本件各請求はいずれも理由がないからいずれも棄却
することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官 内藤裕之
裁判官 甲斐雄次
裁判官 大寄悦加

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