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主文
1原告らが被告に対して別紙協定書記載の協定上の権利を有する地位にあ
ることを確認する。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,水俣病の認定を受けたA1及びA2の各相続人である原告らが,
水俣病を発生させた企業である被告と水俣病患者東京本社交渉団(以下「東
京交渉団」という。)との間で昭和48年7月9日に締結された別紙協定書
の水俣病補償協定(以下「本件協定」という。)に基づき,被告に対し,本
件協定に基づく補償を受けられる等の協定上の権利を有する地位にあること
の確認を求める事案である。
2争いのない事実等
(1)当事者等
アA1は,大正14年8月2日に熊本県葦北郡a(現在の熊本県水俣
市)で生まれた女性であり,昭和53年9月30日,熊本県知事に対
し,水俣病認定申請を行った(甲31,55)。
A1は平成25年3月3日に死亡し,その権利義務を原告X1が承
継した(弁論の全趣旨)。
熊本県知事は,同年5月7日,原告X1の申請により,公害健康被
害の補償等に関する法律(昭和48年法律第111号。昭和62年法
律第97号による改正前の法律の題名は「公害健康被害補償法」。以
下,同改正の前後を通じて,「公健法」という。)5条1項に基づき,
A1が水俣病の認定を受けることができる者であった旨の決定をした
(甲1)。
イA2は,大正4年6月10日に熊本県葦北郡bで生まれた男性であ
り,昭和52年2月14日,熊本県知事に対し,水俣病認定申請を行
った(甲2,55)。
A2は平成19年8月13日に死亡し,その権利義務を原告X2が
承継した(弁論の全趣旨)。
熊本県知事は,平成21年10月16日,公健法4条2項に基づき,
A2の疾病が水俣病であり,かつ,水俣市及び葦北郡の地域に係る水
質の汚濁の影響によるものであることを認定した(甲2)。
(2)本件協定の締結
被告は,昭和48年7月9日,東京交渉団との間で,本件協定を結んだ。
本件協定には,冒頭に「水俣病患者東京本社交渉団と,チッソ株式会社とは,
水俣病患者,家族に対する補償などの解決にあたり,次のとおり協定す
る。」と記載され,次に,以下のとおりの前文,本文及び協定内容が記載さ
れている。(甲3)
「〈前文〉
一チッソ株式会社は,水俣工場で有害物質を含む排水を流し続け,廃棄
物の処理を怠り,広く対岸の天草を含む水俣周辺海域を汚染してきた。そ
の結果,悲惨な「水俣病」を発生させ,人間破壊をもたらした事実を卒直
に認める。
二昭和31年の水俣病公式発見後も,被害の拡大防止,原因究明,被害者
救済等々,充分な対策を行なわなかったため,いよいよ被害を拡大させる
こととなったこと,及び原因物質が確認されるに至っても,更に問題が社
会化するに及んでも,解決に遺憾な態度をとってきた経過について,チッ
ソ株式会社は心から反省する。
(三,四略)
五見舞金契約の締結等により水俣病が終ったとされてからは,チッソ株式
会社は水俣市とその周辺はもとより,不知火海全域に患者がいることを認
識せず,患者の発見のための努力を怠り,現在に至るも水俣病の被害の深
さ,広さは究めつくされていないという事態をもたらした。チッソ株式会
社は,これら潜在患者に対する責任を痛感し,これら患者の発見に努め,
患者の救済に全力をあげることを約束する。
(六以下略)
〈本文〉
一チッソ株式会社は,以上前文の事柄を踏まえ,以下の事項を確約する。
(1)本協定の履行を通じ,全患者の過去,現在及び将来にわたる被害を
償い続け,将来の健康と生活を保障することにつき最善の努力を払う。
(2)今後いっさい水域及び環境を汚染しない。また,過去の汚染につい
ては責任をもって浄化する。
((3)略)
二チッソ株式会社は,以上の確認にのっとり以下の協定内容について誠実
に履行する。
三本協定内容は,協定締結以降認定された患者についても希望する者には
適用する。
四以下の協定内容の範囲外の事態が生起した場合は,あらためて交渉する
ものとする。
五水俣病患者東京本社交渉団は,本協定の締結と同時に,チッソ東京本社
前及び水俣工場前のテントを撤去し,坐り込みをとく。
〈協定内容〉
チッソ株式会社は患者に対し,次の協定事項を実施する。
一患者本人及び近親者の慰謝料
1患者本人分には次の区分の額を支払う。
現在までの水俣病による(その余病若しくは併発症または水俣病に
関係した事故による場合を含む)死亡者及びAランク
1800万円
Bランク1700万円
Cランク1600万円
2この慰謝料には認定の効力発生日(括弧内略)より支払日までの期間
について年5分の利子を加える。
3このランク付けは,環境庁長官及び熊本県知事が協議して選定した委
員により構成される委員会の定めるところによる。
4近親者分は前記死亡者及びA,Bランクの患者の近親者を対象として
支払う。近親者の範囲及びその受くべき金額は昭和48年3月20日
の熊本地裁判決にならい3の委員会が決定するものとする。
二治療費
公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(以下「救済法」とい
う。)に定める医療費及び医療手当(公害健康被害補償法が成立施行され
た場合は,当該制度における前記医療費及び医療手当に相当する給付の
額)に相当する額を支払う。
三介護費
救済法に定める介護手当(公害健康被害補償法が成立施行された場合
は当該制度における前記介護手当に相当する給付の額)に相当する額を支
払う。なお,同法が実施に移されるまでの間は救済法に基づく介護手当に
月1万円の加算を行なう。
四終身特別調整手当
1次の手当の額を支払う。なお,このランク付けは一の3の委員会の定
めるところによる。
Aランク1月あたり6万円
Bランク〃3万円
Cランク〃2万円
2実施時期は昭和48年4月27日を起点として毎月支払う。ただし,
(中略)昭和48年4月28日以降の認定患者は認定日を起点とする。
3手当の額の改定は,物価変動に応じて昭和48年6月1日から起算し
て2年目ごとに改定する。ただし,その間,物価変動が著しい場合に
あっては1年目に改定する。物価変動は熊本市年度消費者物価指数に
よる。
五葬祭料
1葬祭料の額は生存者死亡のとき相続人に対し,金20万円を一時金と
して支払う。
(2略)
六ランク付けの変更
1生存患者の症状に上位のランクに該当するような変化が生じたときは
一の3の委員会にランク付けの変更の申請をすることができる。
(2,3略)
七患者医療生活保障基金の設定
(略)」
(3)水俣病の認定及び認定患者の救済・補償法制
ア公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(昭和44年法律第90
号。以下「救済法」という。)
(ア)救済法は,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著し
い大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発
した場合において,当該疾病にかかった者に対し,医療費,医療手当及
び介護手当の支給の措置を講ずることにより,その者の健康被害の救済
を図ることを目的として制定された法律である(1条)。
(イ)救済法の概要(水俣病の救済に関する部分)は,次のとおりである。
前記の疾病が多発している地域(指定地域)及びその疾病を政令で
定め(2条1項,2項),指定地域の全部又は一部を管轄する都道府
県知事が,当該指定地域につき定められた疾病にかかっている者につ
いて,その者の申請に基づき,公害被害者認定審査会(20条)の意
見をきいて,その者の当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は
水質の汚濁によるものである旨の認定を行う(3条1項)。
都道府県知事は,(a)認定を受けた者が当該認定に係る疾病について
診察,薬剤の支給その他所定の医療を受けたときは,医療費を支給し
(4条〜6条),(b)認定を受けた者で,当該認定に係る疾病について
所定の医療を受けており,かつ,その病状が一定の程度をこえるもの
に対し,医療手当を支給し(7条,8条),(c)認定を受けた者で,当
該認定に係る疾病による一定の範囲の身体上の障害により介護を要す
る状態にあり,かつ,介護を受けているものに対し,介護手当を支給
する(9条)。
都道府県知事が行う医療費,医療手当及び介護手当(以下「医療費
等」という。)の支給に要する費用は,都道府県が支弁し(10条),
その費用は,国4分の1,都道府県4分の1,事業者2分の1の負担
とされる(13条〜18条)。
都道府県知事は,認定を受けた者が当該認定に係る疾病に関し損害
賠償その他の給付を受けた場合において,これらの給付のうちに医療
費等の支給に相当する給付があると認められるときは,その価額の限
度において,医療費等の全部若しくは一部を支給せず,又は既に支給
した医療費等の額に相当する金額を返還させることができる(24
条)。
(ウ)救済法2条1項,2項に基づく政令において,熊本県水俣市が指定地
域とされ,その疾病として水俣病が定められた。救済法は,公健法の成
立施行に伴い,昭和49年9月1日に廃止された。
イ水俣病の認定の要件
(ア)環境庁事務次官は,昭和46年8月7日,救済法3条1項に規定する
認定(公健法4条2項に規定する認定に相当する。)に関し,関係各都
道府県知事に宛てて「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の
認定について」と題する通知(昭和46年環企保第7号。以下「46年
事務次官通知」という。)を発出した。46年事務次官通知には,その
趣旨として,「本法は,公害に係る健康被害の迅速な救済を目的として
いるものであるが,従来,法の趣旨の徹底,運用指導に欠けるところの
あったことは当職の深く遺憾とするところであり,水俣病認定申請棄却
処分に係る審査請求に対する裁決に際しあらためて法の趣旨とするとこ
ろを明らかにし,もって健康被害救済制度の円滑な運用を期するもので
ある。」と記載されている。(甲12)
(イ)46年事務次官通知は,水俣病の認定の要件として,次のとおり規定
している(甲12)。
「第一水俣病の認定の要件
(1)水俣病は,魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取すること
により起る神経系疾患であって,次のような症状を呈するもので
あること。
(イ)後天性水俣病
四肢末端,口囲のしびれ感にはじまり,言語障害,歩行障
害,求心性視野狭窄,難聴などをきたすこと。また,精神障害,
振戦,痙攣その他の不随意運動,筋強直などをきたすこともあ
ること。主要症状は求心性視野狭窄,運動失調(言語障害,歩
行障害を含む。),難聴,知覚障害であること。
(ロ)胎児性または先天性水俣病
(略)
(2)上記(1)の症状のうちいずれかの症状がある場合において,当該
症状のすべてが明らかに他の原因によるものであると認められる
場合には水俣病の範囲に含まないが,当該症状の発現または経過
に関し魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められ
る場合には,他の原因がある場合であっても,これを水俣病の範
囲に含むものであること。
なお,この場合において「影響」とは,当該症状の発現または
経過に,経口摂取した有機水銀が原因の全部または一部として関
与していることをいうものであること。
(3)(2)に関し,認定申請人の示す現在の臨床症状,既応症,その者
の生活史および家族における同種疾患の有無等から判断して,当
該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否
定し得ない場合においては,法の趣旨に照らし,これを当該影響
が認められる場合に含むものであること。
(4)法第3条の規定に基づく認定に係る処分に関し,都道府県知
事等は,関係公害被害者認定審査会の意見において,認定申請人
の当該申請に係る水俣病が,当該指定地域に係る水質汚濁の影響
によるものであると認められている場合はもちろん,認定申請人
の現在に至るまでの生活史,その他当該疾病についての疫学的資
料等から判断して当該地域に係る水質汚濁の影響によるものであ
ることを否定し得ない場合においては,その者の水俣病は,当該
影響によるものであると認め,すみやかに認定を行なうこと。
(第二,第三略)
第四民事上の損害賠償との関係
法は,すでに昭和45年1月26日厚生事務次官通達において
示されているように,現段階においては因果関係の立証や故意過
失の有無の判定等の点で困難な問題が多いという公害問題の特殊
性にかんがみ,当面の応急措置として緊急に救済を要する健康被
害に対し特別の行政上の救済措置を講ずることを目的として制定
されたものであり,法第3条の規定に基づいて都道府県知事等が
行った認定に係る行政処分は,ただちに当該認定に係る指定疾病
の原因者の民事上の損害賠償責任の有無を確定するものではない
こと。」
ウ公健法
(ア)公健法(昭和48年法律第111号。昭和49年9月1日施行)は,
事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる著しい大気
の汚染又は水質の汚濁(水底の底質が悪化することを含む。以下同
じ。)の影響による健康被害に係る損害を填補するための補償並びに被
害者の福祉に必要な事業及び大気の汚染の影響による健康被害を予防す
るために必要な事業を行うことにより,健康被害に係る被害者等の迅速
かつ公正な保護及び健康の確保を図ることを目的として,救済法に代わ
るものとして(附則2条〜7条),制定された法律である(1条)。こ
の補償のために支給される給付(補償給付)は,(a)療養の給付及び療
養費,(b)障害補償費,(c)遺族補償費,(d)遺族補償一時金,(e)児童補
償手当,(f)療養手当,(g)葬祭料の七つである(3条)。
(イ)公健法の概要(水俣病の補償に関する部分)は,次のとおりである。
事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚
染又は水質の汚濁が生じ,その影響により,当該大気の汚染又は水質の
汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物
質によらなければかかることがない疾病が多発している地域(第2種地
域)及びその疾病を政令で定め(2条2項,3項),第2種地域の全部
又は一部を管轄する都道府県知事が,当該第2種地域につき政令で定め
られた疾病にかかっていると認められる者の申請に基づき,当該疾病に
かかっているかどうかについては公害健康被害認定審査会(44条)の
意見をきいて,当該疾病が当該第2種地域に係る大気の汚染又は水質の
汚濁の影響によるものである旨の認定を行う(4条2項)。
認定の申請をした者が認定を受けないで死亡した場合において,その
死亡した者が4条2項の規定により認定を受けることができる者である
ときは,都道府県知事は,その遺族等の申請に基づき,その死亡した者
が認定を受けることができる者であった旨の決定を行い(5条1項),
その決定があったときは,その死亡した者は,認定を受けた者とみなす
(同条3項)。
都道府県知事は,(a)被認定者の指定疾病について,診察,薬剤の支
給その他の所定の療養の給付を行い(19条),療養の給付を行うこと
が困難であると認めるときなどは,療養費を支給し(24条),(b)被
認定者の指定疾病による障害が一定の程度に該当するものであるときは,
その障害の程度に応じた障害補償費を支給し(25条),(c)被認定者
が指定疾病に起因して死亡したときは,遺族補償費を支給し(29条),
(d)被認定者が指定疾病に起因して死亡した場合において,その死亡の
時に遺族補償費を受けることができる遺族がないときは,遺族補償一時
金を支給し(35条),(e)被認定者で一定の年齢に達しないものの指
定疾病による障害が一定の程度に該当するものであるときは,その障害
の程度に応じた児童補償手当を支給し(39条),(f)被認定者が指定
疾病について所定の療養を受けており,かつ,その病状が一定の程度に
該当するものであるときは,その病状の程度に応じた療養手当を支給し
(40条),(g)被認定者が指定疾病に起因して死亡したときは,葬祭
料を支給する(41条)。
都道府県知事が行う補償給付の支給に要する費用は,都道府県が支弁
し(47条),その負担は,熊本県水俣市の水俣病に関しては,全額が
被告(水俣病に影響を与える水質の汚濁の原因となる物質を排出した事
業者)から徴収する特定賦課金によって賄われる(48条,62条,6
3条)。
補償給付を受けることができる者に対し,同一の事由について,損害
の填補がされた場合においては,都道府県知事は,その価額の限度で補
償給付を支給する義務を免れる(13条1項)。
(ウ)公健法2条2項,3項に基づく同法施行令1条及び別表第2において,
熊本県水俣市を第2種地域とし,その疾病(指定疾病)として水俣病が
定められている。
エ水俣病の判断条件について
(ア)環境庁企画調整局環境保健部長は,昭和52年7月1日,後天性水俣
病の判断条件を取りまとめたものとして,各関係都道府県知事及び政令
市市長に宛てて「後天性水俣病の判断条件について」と題する通知(昭
和52年環保業第262号。以下「52年判断条件」という。)を発出
した(甲28)。
(イ)52年判断条件は,後天性水俣病の判断条件として,次のとおり規定
している(甲28)。
「1水俣病は,魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することに
より起る神経系疾患であって,次のような症候を呈するものであ
ること。
四肢末端の感覚障害に始まり,運動失調,平衡機能障害,求心
性視野狭窄,歩行障害,構音障害,筋力低下,振戦,眼球運動異常,
聴力障害などをきたすこと。また,味覚障害,嗅覚障害,精神症状
などをきたす例もあること。
これらの症候と水俣病との関連を検討するに当たって考慮すべ
き事項は次のとおりであること。
(1)水俣病にみられる症候の組合せの中に共通してみられる症候
は,四肢末端ほど強い両側性感覚障害であり,時に口のまわりま
でも出現するものであること。
(2)(1)の感覚障害に合わせてよくみられる症候は,主として小脳性
と考えられる運動失調であること。また,小脳,脳幹障害による
と考えられる平衡機能障害も多くみられる症候であること。
(3)両側性の求心性視野狭窄は,比較的重要な症候と考えられる
こと。
(4)歩行障害及び構音障害は,水俣病による場合には小脳障害を
示す他の症候を伴うものであること。
(5)筋力低下,振戦,眼球の滑動性追従運動異常,中枢性聴力障
害,精神症状などの症候は,(1)の症候及び(2)又は(3)の症候がみら
れる場合にはそれらの症候と合わせて考慮される症候であること。
21に掲げた症候は,それぞれ単独では一般に非特異的であると
考えられるので,水俣病であることを判断するに当たっては,高
度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるが,
次の(1)に掲げる曝露歴を有する者であって,次の(2)に掲げる症候の
組合せのあるものについては,通常,その者の症候は,水俣病の
範囲に含めて考えられるものであること。
(1)魚介類に蓄積された有機水銀に対する曝露歴
なお,認定申請者の有機水銀に対する曝露状況を判断するに
当たっては,次のアからエまでの事項に留意すること。
ア体内の有機水銀濃度(汚染当時の頭髪,血液,尿,臍帯な
どにおける濃度)
イ有機水銀に汚染された魚介類の摂取状況(魚介類の種類,量,
摂取時期など)
ウ居住歴,家族歴及び職業歴
エ発病の時期及び経過
(2)次のいずれかに該当する症候の組合せ
ア感覚障害があり,かつ,運動失調が認められること。
イ感覚障害があり,運動失調が疑われ,かつ,平衡機能障害
あるいは両側性の求心性視野狭窄が認められること。
ウ感覚障害があり,両側性の求心性視野狭窄が認められ,か
つ,中枢性障害を示す他の眼科又は耳鼻科の症候が認められる
こと。
エ感覚障害があり,運動失調が疑われ,かつ,その他の症候
の組合せがあることから,有機水銀の影響によるものと判断さ
れる場合であること。
3他疾患との鑑別を行うに当たっては,認定申請者に他疾患の症
候のほかに水俣病にみられる症候の組合せが認められる場合は,水
俣病と判断することが妥当であること。また,認定申請者の症候が
他疾患によるものと医学的に判断される場合には,水俣病の範囲に
含まないものであること。なお,認定申請者の症候が他疾患の症候
でもあり,また,水俣病にみられる症候の組合せとも一致する場合
は,個々の事例について曝露状況などを慎重に検討のうえ判断すべ
きであること。
(4略)」
(4)A1らによる損害賠償請求訴訟の提起
ア(ア)A2は,被告によって水俣病にり患させられたと主張する他の者ら
とともに,昭和57年10月28日,被告のほか国及び熊本県を被告
として,各自3300万円の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日
の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
る損害賠償請求の訴えを大阪地方裁判所に提起した(以下,同訴訟の
ことを「水俣病関西訴訟」という。)。
A1は,昭和63年2月8日,被告のほか国及び熊本県を被告として,
A2と同様の損害賠償請求を求める訴えを大阪地方裁判所に提起し,同
訴訟は水俣病関西訴訟に併合された。(甲63の1,乙4,5)
(イ)A1らは,前記訴訟の訴状において,要旨次のとおり主張した(乙4,
5)。
被告は,水俣工場におけるアセトアルデヒド製造工程内で生成され
た有機(メチル)水銀を工場廃水とともに排出し,水俣湾及び周辺海
域の魚介類を汚染し,その魚介類を多量に摂食した不知火海沿岸一帯
で居住していた住民を水俣病に罹患させたことについて,故意又は過
失に基づく不法行為責任を負う。原告であるA1らは,これからの生
涯にわたって症状に悩み続けなければならない。A1らが被っている
精神的苦痛の重大性は,本件症状が一過性のものではなく,極めて長
期にわたり(生涯にわたって)持続することが免れないことによるも
のであることが理解されなければならない。
A1らは,被告の不法行為による水俣病罹患の結果,肉体的,精神
的,経済的,社会的に甚大な損害を被り,その損害は3000万円を下
るものではない。A1らは,請求金額の1割相当の300万円の弁護士
費用を加えた3300万円の損害賠償とこれに対する遅延損害金の支払
を求める。
イ大阪地方裁判所は,平成6年7月11日,水俣病関西訴訟について,被
告に対するA1らの請求を各850万円及びこれに対する遅延損害金の支
払を求める限度で認容する判決を行った。
被告は,A1らに対し,同判決による仮執行に基づき,同判決の認容
額及びその遅延損害金の全額を支払った。(甲63の1〜3,弁論の全趣
旨)
ウ水俣病関西訴訟の控訴審である大阪高等裁判所は,平成12年7月25
日に口頭弁論を終結し,平成13年4月27日,A1らの被告に対する請
求について各650万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度
で認容する判決(以下「前件判決」という。)を言い渡した。
A1らの損害部分についての前件判決の理由の要旨は,次のとおりで
ある。(甲55)
(ア)A1について
「メチル水銀曝露歴が一応認められ,口周囲の感覚障害が認められる。
これは,本件診断準拠⑶(注・2点識別覚の検査を受けておらず,口
周辺の感覚障害あるいは求心性視野狭窄があった者)に該当しており,
本患者が,メチル水銀中毒症に罹患していると認められ,その症状の
程度からすれば,慰謝料額としては600万円が相当である。
そうすると,被告チッソの賠償額は,これと弁護士費用50万円との
合計額650万円である。」
そのほかに,四肢末端優位の感覚障害が認められ,構音障害の可能性
があることも認められている。
(イ)A2について
「メチル水銀曝露歴が一応認められるところ,本患者には,舌先の
2点識別覚に障害があり,また,四肢末梢に知覚異常があって家庭内
に認定患者いるから,本件診断準拠(1)(注・舌先の2点識別覚に異常の
ある者及び指先の2点識別覚に異常があって,頸椎狭窄などの影響が
ないと認められる者)(2)(注・家族内に認定患者がいて,四肢末梢優位
の感覚障害がある者)に該当しており,本患者が,メチル水銀中毒症
に罹患していると認めて相当である。」
「本患者には軽度の求心性視野狭窄が認められ,その他本患者に認め
られる症状の程度からすれば,慰謝料額としては600万円が相当で
ある。
そうすると,被告チッソの賠償額は,これと弁護士費用50万円との
合計額650万円である。」
エ水俣病関西訴訟の上告審である最高裁判所は,平成16年10月15日,
A1らの請求に関する部分についてはA1らの附帯上告を棄却し,前件判
決がそのまま確定した(甲64)。
(5)A1らに対する水俣病の認定
アA1は,昭和53年9月30日,熊本県知事に対し,公健法4条2項の
認定を申請したが,同知事は,昭和55年5月2日,A1の同申請を棄却
する旨の処分をした。A1は,同年7月3日,同知事に対し,同処分に対
する異議申立てをしたところ,同知事は,昭和56年9月28日,A1の
同異議申立てを棄却する旨の決定をした。A1は,同年10月28日,前
記処分を不服として,公害健康被害補償不服審査会に対し,審査請求をし
たところ,同審査会は,平成19年3月22日,同審査請求を棄却する旨
の裁決をした。
A1は,同年5月16日,前記処分及び前記裁決を不服として,熊本
県知事及び国を被告とし,公健法4条2項により,A1の疾病が水俣病で
あり,水俣市及び葦北郡の地域に係る水質の汚濁の影響によるものである
ことを認定することの義務付け等を求める訴訟を大阪地方裁判所に提起し
た。同裁判所は,平成22年7月16日,前記処分を取り消すとともに,
熊本県知事に対し,A1の疾病が,出水市の区域に係る水質の汚濁の影響
による水俣病である旨の認定をすることを義務付ける判決を行った。
A1が平成25年3月3日に死亡し,その権利義務を承継した原告X
1は,同月12日,熊本県知事に対し,公健法5条1項の認定を申請した。
同知事は,同年5月7日,同項に基づき,A1が水俣病の認定を受けるこ
とができる者であった旨の決定をした。(甲1,31)
イA2は,昭和52年2月14日,熊本県知事に対し,公健法4条2項の
認定を申請したが,同知事は,平成15年3月3日,A2の同申請を棄却
する旨の処分をした。A2は,同年11月19日,同処分を不服として,
公害健康被害補償不服審査会に対し,審査請求をした。A2が平成19年
8月13日に死亡し,同審査会は,A2が死亡後の平成21年10月1日,
A2の症状について,有機水銀の曝露歴が認められるとともに,感覚障害
と平衡機能障害があると判定し,運動失調の存在も疑われるとして,水俣
病と認定するに足りる臨床症候があるとし,前記処分を取り消す旨の裁決
をした。
熊本県知事は,平成21年10月16日,公健法4条2項に基づき,
A2の疾病が水俣病であり,かつ,水俣市及び葦北郡の地域に係る水質の
汚濁の影響によるものであることを認定した。(甲2,32)
ウ公健法4条5項は,同条2項の認定について,その申請のあった日に
遡ってその効力を生ずる旨を定めている(同法5条3項は,同条1項の決
定があったときは,同項に規定する死亡した者は,認定を受けた者とみな
す旨規定している。)。
したがって,同法4条5項に基づき,A1については昭和53年9月
30日,A2については昭和52年2月14日のそれぞれの申請日に遡
って同条2項の認定の効力が生じたことになる。
(6)受益の意思表示
原告らは,平成26年12月22日,被告に送達された訴状により,被告
に対し,本件協定の適用を受ける旨の意思表示をした(顕著な事実)。
3争点
A1らは,本件協定上の権利を有する地位にあるか
(原告らの主張)
(1)本件協定の性質について
本件協定の本文第三項には,「本協定内容は,協定締結以降認定された患
者についても希望する者には適用する。」とあり,これはいわゆる第三者の
ためにする契約である。本件協定は,被告が過去及び将来の水俣病患者に対
し,真摯な謝罪をし,かつ司法的解決以上の手厚い内容の補償を約束した患
者の救済を目的とする一種の無名契約であり,それに第三者のためにする補
償給付契約を包含している。
和解契約であれば,被告との間で本件協定を締結した患者側が損害賠償請
求に関し,被告に対して何らかの譲歩をしたということが必要であるが,本
件協定の締結当時,患者側は損害賠償請求に関して何ら譲歩はしていない。
本件協定の本文第五項において,東京交渉団は,本件協定の締結と同時に被
告東京本社前及び水俣工場前のテントの撤去と座り込みを解くことを約束し
ているが,これは交渉の仕方の変更にすぎない。そして,本件協定にはいわ
ゆる「見舞金契約」に定められていた患者側の損害賠償請求に関する権利放
棄条項も含まれていない。
(2)本件協定の内容について
被告は,本件協定を締結した際,水俣病の全患者に対し,熊本地方裁判所
昭和48年3月20日判決以上の包括的給付による救済内容を実現すること
を約束した。本件協定の本文第三項は,単に「認定された患者」と定めるの
みで,公健法の認定を受けることが唯一の条件とされており,認定患者に対
する判決が確定しているか等の他の要件は付されていない。
本件協定の締結時点においては,46年事務次官通知によって迅速かつ公
正で幅広い水俣病患者の救済が期待されていたが,本件協定成立後の52年
判断条件の策定と運用により,大多数の申請患者が水俣病の認定を棄却又は
保留されるという当初は予想されていなかった展開となった。そこで,水俣
病患者は,行政救済に代わるものとしてやむを得ず損害賠償請求訴訟を提起
するに至った。
しかし,本件協定は,水俣病患者と被告との間の損害賠償請求に関する紛
争を扱うだけでなく,同時に被告の水俣病患者に対する謝罪や非金銭的支援
を約束していたが,水俣病患者が提起した各訴訟で認容された損害額は著し
く低く,事実審の口頭弁論終結時以降の治療費,通院交通費,付添い手当等
も判決には含まれていなかった。水俣病関西訴訟では,水俣病患者が受けた
全損害の回復又は填補がされることはなく,更に権利行使の機会が保障され
ることが不可欠であった。
A1らは,前件判決を受け,被告から前件判決に基づく支払を受けた後も
公健法による認定を得ようとして認定申請を維持し,認定処分を獲得した。
本件協定の締結当時,司法判断により先に一定額の損害賠償金の支払がされ,
後に行政認定がされるというような事態は,被告のみならず各患者にとって
も想定外であったのであるから,本件協定の合理的意思解釈として司法救済
を受けた患者は本件協定の対象者から除外されると考えることはできない。
本件協定による救済を求める権利は,公健法の認定と本件協定上の権利とを
直結させた仕組み,構造からみて,期待権として保護されてしかるべきであ
る。また,司法判断を受けた者は,本件協定に基づく補償給付を受けられな
いとすれば,認定制度の欠陥によってやむを得ず訴訟を提起した者とそのほ
かの行政認定を受けた患者との間に不公平を生じさせることになる。
したがって,前件判決だけでは,A1らが被った損害が全て填補されたと
いうことはできず,被告との間の紛争を本件協定によって解決する必要がな
お存在している。
(3)前件判決で認定された症状と公健法上の認定の基礎とされた症状の異同に
ついて
アA1について
前件判決においては,口頭弁論終結時の平成12年7月25日までの
症状を基礎とした上で,四肢末端優位と口周囲の感覚障害が認められると
された。他方,公健法の認定の基礎となった大阪地裁平成22年7月16
日判決においては,平成12年7月25日以降の症状をも検討した上で,
四肢末端優位と口周囲の感覚障害に加えて,構音障害や小脳性の運動失調
等が生じたとされている。
イA2について
前件判決においては,舌先の2点識別覚に障害があり,また,四肢末
端と口周囲に感覚異常があるとされた。他方,公健法の認定の基礎となっ
たと思われる公害健康被害補償不服審査会の処分取消しの裁決においては,
全身の感覚障害と小脳性平衡機能障害があると判定され,更に運動失調が
否定できず,その存在が疑われるとされている。
ウしたがって,前件判決の判断の基礎となった症状及び損害は公健法の
認定の基礎となった症状及び損害と食い違っており,前件判決と本件協定
に基づく補償請求とは対象となっている病像論が別異であって,解決しよ
うとしている紛争の内容が同一であるということはできない。
また,水俣病の病像が明らかに異なることからすれば,損害額算定の
基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に該当するのであり,民事訴
訟法117条1項の趣旨が類推適用されてしかるべきである。
(4)本件協定に基づく補償給付と不法行為に基づく損害賠償との関係
本件協定の目的は,自主交渉の経緯や本件協定の文言,その内容等に即し
て考えると,紛争の解決だけでなく,水俣病患者に対する謝罪と十分な補償
を行うことにある。たまたま判決が先行したからといって,本件協定の救済
対象から除外されることは,前記の目的と整合しない。不法行為に基づく損
害賠償について司法的解決がされたからといって,その判決の既判力が,訴
訟物を異にする本件協定に基づく補償給付請求権に及ぶことはなく,水俣病
をめぐる紛争が全て解決されるわけではない。
不法行為に基づく損害賠償請求権と本件協定に基づく補償給付請求権とは,
その要件と法的効果に顕著な差異が認められるのであって,各請求権は,相
互独立に存続するもので,基本的には互いに影響を与えない。
したがって,不法行為に基づく損害賠償請求の確定判決を得た後に,公健
法上の認定を受けた者については,不法行為に基づく損害賠償と本件協定に
基づく補償給付が相互独立に併存し,補償内容が重複する限りで,その調整
が問題となるにすぎないと考えるべきである。
(5)他の患者との差別的処遇であること
Bの遺族は,被告との間で一時金を260万円とする和解を受け入れ,審
査請求の取下げ等を行い,終局的に紛争を解決することを合意したにもかか
わらず,平成11年4月5日にBが水俣病の認定を受けた後,被告との間で
本件協定と同一内容の協定を締結するに至った。
被告は,平成19年までは,Bを含め水俣病の認定を受けた患者との間で,
本件協定と同一内容の協定を締結することに例外なく応じてきたのであって,
A1らを他の認定患者と差別的に処遇する合理的根拠はない。被告が,突然
それまでの態度を翻し,正式に行政認定を受けたA1らの権利義務を承継し
た原告らとの間で,個別の契約の締結ないし履行を拒絶することは,禁反言
の原則や信義則,衡平の原則等に反し,不当であり許容されるべきでない。
(被告の主張)
(1)本件協定は,被告の水俣病についての損害賠償債務の具体的内容に係る争
いを前提とした和解契約であって,当該損害賠償債務の具体的内容が既に確
定判決によって確定し,当該損害賠償債務が弁済されるなどして,その具体
的内容について紛争がもはや存在しなくなっている者に対し,被告が本件協
定所定の債務を負担することまで合意されたものではなく,そのような者は
本件協定の本文第三項の「認定された患者」には該当しない。
A1らは,被告に対し,水俣病に係る全ての損害に対する賠償を求める包
括的損害賠償として3300万円の支払を求め,前件判決の既判力によって,
A1らの水俣病に係る全ての損害賠償請求権の具体的内容が650万円に確
定されたのであって,被告は既にそれを上回る金額をA1らに対して支払っ
ている。これにより,A1らの被告に対する損害賠償請求権は弁済により消
滅し,被告とA1らとの間における水俣病をめぐる紛争は解決しており,A
1らが被告に対してそれ以上の損害賠償請求を行うことは法的に許されない
状態にある。
したがって,A1らは,本件協定の本文第三項の「認定された患者」には
該当しない。
(2)被告とBとは,政治解決に基づく私的和解を行ったものであり,本件のよ
うに裁判所による終局的判断である確定判決と同様に扱うことはできない。
実質的にも,Bの事例においては,環境省自身が,和解に伴う審査請求の取
下げは錯誤に至らしめる状況にあったと認めており,紛争が終局的に解決さ
れた事案ではなかった。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記争いのない事実等,証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認
定できる(認定根拠は,各事実の末尾に記載している。)。
(1)見舞金契約に基づく補償
水俣病の患者家族で組織された水俣病患者家庭互助会(以下「患者互助
会」という。)は,被告に対して補償を請求し,昭和34年12月30日,
熊本県知事を中心とした不知火海漁業紛争調停委員会の調停により,被告と
の間で見舞金の支払に関する契約を締結し,被告は見舞金(死亡者弔慰金3
0万円,生存者年金10万円)の支払を行った。
見舞金契約の3条には,本契約締結日以降において発生した患者(熊本県
に設置された水俣病患者診査協議会が認定した者)に対する見舞金について
は,被告はこの契約の内容に準じて別途交付するものとする旨の条項があり,
契約書には,「将来,水俣病の原因が工場排水と決定しても,新たな補償要
求は一切,行わない」との記載があった。(甲11・103頁,104頁,
156頁,15・477頁,478頁,20・6頁,7頁)
(2)水俣病補償処理委員会のあっせんによる補償
厚生省は,昭和43年9月26日,水俣病は被告の水俣工場の排水中に含
まれたメチル水銀化合物が原因で発生したものである旨の政府見解を発表し
た。これを受けて,患者互助会は,同年10月6日,被告に対し,(a)死者
1300万円,(b)生存患者年金60万円などの補償を要求し,交渉を開始
した。
厚生省は,昭和44年2月28日,患者互助会に対し,補償処理の第三者
機関の設置に際して,「委員の選定は厚生省に一任し,結論には異議なく従
う」旨の確約書の提出を求めた。患者互助会は,同年4月,確約書の提出を
めぐって,第三者機関に任せようという「一任派」と裁判で争おうとする
「訴訟派」に分裂した。
同月25日,厚生省に水俣病補償処理委員会が設置され,同委員会から,
昭和45年5月25日,一任派の患者・被告双方にあっせん案が提示され,
同月27日,患者側の要望で増額改訂したあっせん案が再提示され,患者・
被告双方ともこれを受諾し,一任派の患者と被告との間で補償契約を締結し
た。こうして,第三者機関による解決を選んだ一任派の患者は,同年6月1
8日,補償金として,(a)死者一時金170万円から400万円まで,(b)生
存者一時金80万円から200万円まで,(c)生存者年金7万円から38万
円まで,(d)生存者の一部につき調整一時金20万円の支払を受けた。(甲
11・156頁,157頁,13・46頁〜49頁,20・9頁,10頁)
(3)新認定患者との補償交渉
環境庁事務次官は,昭和46年8月7日,実質的に認定基準を緩和する4
6年事務次官通知を発出し,環境庁長官は,同日,Cらを水俣病でないとし
た熊本県知事の認定申請棄却処分を取り消す旨の裁決をした。これを受けて,
熊本県知事は,同年10月6日,前記裁決で棄却処分を取り消されたCらを
含む16名を水俣病患者と認定した。
新しく認定された患者の一部は,同月,Cを中心とした「自主交渉派」を
結成し,被告に対し,46年事務次官通知の発出以前に認定された患者との
間に症状の軽重等で補償の額に差をつけないこと,一律3000万円の補償
をすること等を要求した。自主交渉派の患者は,同年11月1日に被告の水
俣工場正門前に座り込みを始め,同年12月7日に被告の東京本社前に座り
込みを始めるなどして,被告との間で交渉を続けた。
新しく認定された患者は,そのほかに,中央公害審査委員会(公害等調整
委員会の前身)に同月水俣病補償調停委員会が設置された際に同委員会に調
停を求めた「調停派」,昭和48年1月20日に熊本地方裁判所にいわゆる
水俣病第2次訴訟を提訴した「2次訴訟派」などに分かれた。(甲7,1
1・157頁,12,13・53頁〜61頁,14,15・480頁,48
1頁)
(4)被告に対する損害賠償請求訴訟の提起と本件協定の締結
ア厚生省への一任に反対した訴訟派の患者は,昭和44年6月14日,被
告を相手取って,損害賠償請求訴訟を熊本地方裁判所に提起した(以下,
同訴訟を「水俣病第1次訴訟」という。)。熊本地方裁判所は,昭和48
年3月20日,水俣病第1次訴訟の原告らの請求を認容し,被告に対し,
総額9億3730万円余(弁護士費用を含む。)の損害賠償の支払を命じ,
前記(1)の見舞金契約については公序良俗に反するとして,その効力を否定
した。被告は,控訴権を放棄し,前記の判決に従って賠償金を支払った。
認容額の体系は,次のとおりである。
(ア)本人分
死亡又は重症1800万円
中症1700万円
軽症1600万円
(イ)家族分
本人が死亡,重症又は中症のときそれぞれの実情に応じて1人当たり
配偶者600万円ないし350万円
親450万円ないし100万円
子300万円ないし100万円
一任派の患者は,前記の判決後,被告に対し,前記(2)の補償契約に基づ
く補償金と前記の判決で認められた賠償額との差額の補償を求め,被告は
これに応じた。(甲11・156頁〜159頁,13・75頁,15・4
80頁)
イ水俣病第1次訴訟の原告ら(訴訟派)は,判決を受けた後,被告と直接
交渉をしていた自主交渉派の患者に合流して東京交渉団を結成し,被告の
東京本社前で座り込みを行って被告の当時の社長であったDとの交渉に入
り,(a)全患者に対して判決並みの補償をすること,(b)判決額は過去の慰
謝料とし,この他に今後の生活補償(生存者年金・遺族年金)及び医療補
償(医療費・介護手当等)を支払うことなどの要求をした。
東京交渉団は,昭和48年3月31日,被告に対し,具体的な要求の
内容を記載した要求書を交付した。その内容は,以下のとおりである。
(甲7,11・158頁,159頁,13・75頁,15・482頁,4
83頁,19・392頁〜406頁,20・13頁,14頁,46・43
1頁〜435頁)
「一チッソは水俣で最後まで水俣病に関する全責任をとれ
(イ)E,F,Gら原告三家族を含む全患者家族にとりあえず熊本地
裁三月二〇日判決にもとづいた補償額をただちに支払え
((ロ)以下略)
二患者の療養を保障せよ
療養に関する次の諸費を負担すること
(イ)治療費(薬代,療養費,マッサージ代,温泉治療費,往診費な
ど)
なお,ハリ,キュウ治療費の請求手続を簡素化せよ
(ロ)通院手当二日から七日まで五千円
八日以上一万円
(ハ)入院手当一日から一〇日まで一万円
一一日から二〇日まで二万円
二一日以上三万円
(ニ)介護手当身体障害等級一種二級以上及び寝たっきり者
一カ月六万円
入院中の者
一日当り二千円
(ホ)介添手当身体障害等級二種三級以上及び日常生活に支障のあ
る者
一カ月三万円
(ヘ)おむつ手当一カ月二万円
(ト)交通費実費
三患者家族の将来の生活を保障せよ
(イ)生活年金一律七二万円
(ロ)葬祭料四○万円
(ハ)生活遺族年金,遺族一時金
1配偶者・親子(成年に達するまで)毎年の金額の半額
2判決前の死亡者の遺族一時金(イ)の金額の5年分
(以下略)」
ウ被告と東京交渉団との間で,昭和48年7月9日,環境庁において,当
時の環境庁長官三木武夫,衆議院議員馬場昇,熊本県知事沢田一精,水俣
病市民会議会長日吉フミコの4名の立会いの下で,別紙協定書に調印がさ
れ,本件協定が締結された。本件協定の内容は,前記争いのない事実等⑵
のとおりであり,本文第三項において,「本協定内容は,協定締結以降認
定された患者についても希望する者には適用する。」と定められた。
自主交渉派の患者は,同月12日,被告の東京本社前のテントを撤去
し,同月14日,被告の水俣工場正門前のテントを撤去し,座り込みを解
いた。(甲3,11・162頁〜164頁,20・16頁〜18頁,2
2)
(5)本件協定の締結後における認定患者に対する補償
被告は,本件協定の締結後,一任派の患者を含めた他の各患者会派との間
でも本件協定と同一内容の協定を締結し,昭和48年12月25日,水俣病
第2次訴訟の原告らを中心に結成された水俣病被害者の会とも協定を締結し,
全ての患者団体との間で,本件協定と同内容の協定を成立させた。
本件協定に基づく補償は,慰謝料があるなどの点で,公健法による補償よ
りも有利であるため,本件協定の締結後に水俣病に認定された者は,公健法
による補償給付ではなく,本件協定と同内容の補償を受けている。その場合,
当該患者は,(a)患者団体のいずれかに加入して,当該患者団体に適用され
る補償協定の効力を当該患者が適用を受ける旨の承諾書を提出するか,(b)
個別に本件協定と同一の内容の補償に関する契約を締結するか,のいずれか
の手続を履践し,その後,(c)公害等調整委員会又はランク付け委員会にラ
ンク付けの調停を申請し,ランク付けの決定を受け,これに基づき具体的な
給付が行われてきた。
被告は,本件協定の締結後に水俣病に認定された患者で本件協定の適用を
希望する者については,水俣病関西訴訟の判決に基づいて損害賠償金の支払
を受けた者を除き,当該患者との間で,本件協定と同内容の補償に関する契
約を締結してきた。(甲15・480頁,483頁,18・469頁,42,
47,49,弁論の全趣旨)
(6)認定制度の状況
昭和44年に救済法が制定されて水俣病の認定制度が整備され,昭和46
年の46年事務次官通知によって認定基準が実質的に緩和され,昭和48年
に水俣病第1次訴訟で被告の責任が認められ,本件協定が締結されたことな
どから,水俣病の認定申請者数は昭和48年頃から急増し,本件協定の締結
後,救済法に基づいて設置された公害被害者認定審査会の処理能力を超え,
審査に長期間を要することが常態化するようになった。
認定業務促進のために判断基準を明確化することを目的として昭和52年
に発出された52年判断条件によって,水俣病の認定には複数の症候が確認
されることが必要とされ,「当該症状が経口摂取した有機水銀の影響による
ものであることを否定し得ない場合」には水俣病の範囲に含むことを肯定し
ていた46年事務次官通知の認定基準と比べ,実質的に認定基準は厳格化さ
れることとなり,昭和52年頃から認定者数は減少していくこととなった。
A1らは,52年判断条件の下で認定申請の棄却処分を受けるなどし,初
めて水俣病の認定申請を行ったときから30年以上が経過した後,水俣病の
認定を受けた。(甲1,2,11,27,30〜33,53)
2争点に対する判断
(1)本件協定の性質について
ア前記争いのない事実等⑵のとおり,本件協定は東京交渉団と被告との間
で締結された私人間の契約であるところ,本件協定がいかなる法的性質を
有する契約であるかについては,その内容,文言,締結の経緯及び当事者
の意思等の解釈から判断されることとなるため,以下検討する。
イ本件協定は,前記争いのない事実等(2)のとおり,「補償などの解決にあ
たり,次のとおり協定する」(冒頭),「本協定の履行を通じ,全患者の
過去,現在及び将来にわたる被害を償い続け,将来の健康と生活を保障す
ることにつき最善の努力を払う」(本文第一項(1))として,被告から水俣
病の認定を受けた患者に対する慰謝料等の具体的な額を定めたものである
ことが認められる。また,前記認定事実(3)及び(4)のとおり,自主交渉派の
患者及び東京交渉団は,昭和46年10月頃から本件協定が締結されるま
での間,被告に対し,被告の工場の排水を原因として水俣病にり患したこ
とについての補償を求めて交渉を続けており,被告がその要求を受け入れ
る形で本件協定が締結されるに至ったことを認めることができる。
これら本件協定の内容と締結経緯を踏まえると,本件協定は,東京交
渉団と被告との間で,被告が有害物質を含む工場排水を流したことによっ
て水俣病にり患するという損害を負ったとの不法行為に基づく損害賠償請
求権について,争いがあることを前提として,その有無及び内容を定める
ことを目的とする契約であったと解される。
そして,前記認定事実(4)のとおり,東京交渉団が交渉の途中で要求して
いた内容と本件協定の内容とは,要求書では生活年金として一律72万円
を要求していたことに対し(要求書第三項(イ)),本件協定ではランクに応
じて年額で24万円から72万円と定められたこと(終身特別調整手当,
協定内容第四項1)など,東京交渉団が損害賠償請求権の内容について譲
歩している点があることが認められる。また,前記認定事実(4)ウのとおり,
東京交渉団は,本件協定の締結を受けて,被告の東京本社前のテントを撤
去するなどして座り込みを解いたことを認めることができる。
そうすると,本件協定は,東京交渉団と被告との間で,争いについて
互いに譲歩し,不法行為に基づく損害賠償請求権の有無及び内容等を定め
た契約と見るべきであり,和解契約に該当すると認めるのが相当である。
ウこれに対し,原告らは,座り込みを解いたこと等は交渉の仕方の変更に
すぎず,本件協定の締結に際して損害賠償請求権の内容について一切の譲
歩はしておらず,本件協定には権利放棄条項も含まれていないから,本件
協定は和解契約に該当するものでない旨主張する。
しかしながら,前記認定事実(3)及び(4)によれば,東京交渉団は,座り込
みを,被告に交渉に応じさせ,要求を認めさせるための手段として行って
いたことが認められるところ,前記争いのない事実等(2)のとおり,本件協
定の本文第五項においては「本協定の締結と同時に,チッソ東京本社前及
び水俣工場前のテントを撤去し,坐り込みをとく」と定められているので
あって,東京交渉団が座り込み等をやめることが本件協定の締結の条件と
なっていたと認めるのが相当であるから,単なる交渉の仕方の変更にすぎ
ないと解することはできない。また,前記イで認定したとおり,東京交渉
団は,座り込み等をやめたことのほかにも,被告に対して損害賠償請求権
の内容について譲歩した点が認められるのであって,一切の譲歩をしてい
ないと認めることはできないから,権利放棄条項が含まれていないからと
いって,本件協定が和解契約に該当しないと認めることはできない。
したがって,原告らの前記主張を採用することはできない。
エ前記争いのない事実等(2),前記認定事実(4)及び(5)のとおり,本件協定は,
被告が水俣病の認定を受けた患者に対して慰謝料,治療費等を支払うこと
を約することを内容とするものと認めることができる。そして,本件協定
の本文第一項(1)に「全患者」の被害を償い,将来の健康と生活を保障する
旨記載され,同第三項に「協定締結以降認定された患者についても希望す
る者には適用する」と記載されていること,被告は水俣病の認定を受けた
患者が本件協定の締結を希望した場合はその申出を受け入れてきたという
経緯などからすれば,本件協定は,本件協定後に水俣病の認定を受けた患
者に対し,本件協定の適用を受けてその内容とする補償給付を受けること
ができる権利を付与するものであると認められる。
そうすると,本件協定は,民法537条1項が定める「契約により当
事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したとき」に該当す
る合意であって,本件協定の本文第三項にいう「認定された患者」は,本
件協定の適用を希望する旨の意思を被告に対して表示することによって
(同条2項),本件協定に基づく補償給付を受けることができる権利を得
ることができると解される。
(2)「認定された患者」の意義
アそこで,本件協定に基づく補償給付を被告に対して求めることができる
本件協定の本文第三項にいう「認定された患者」の意義について検討する。
前記(1)エで認定説示したとおり,本件協定は,本件協定後に水俣病の認
定を受けた患者に対し,その適用を求めることができる権利を付与したも
のであるが,本件協定後に水俣病の認定を受けた患者は本件協定の締結当
時の当事者ではないから,当該権利がいかなる法的意義を持つものであっ
て,当該権利の行使によって被告との間でいかなる法的関係を形成するこ
とになるかは,東京交渉団と被告との間で本件協定が和解契約と解される
からといって必ずしも同様に解されるものではない。
前記争いのない事実等(2)のとおり,本件協定の適用を求める条件として,
本文第三項は水俣病の認定を受けたこと及びその者が希望することを求め
るのみであってその他の条件を付しておらず,かえって,本件協定の本文
第一項(1)は「全患者」の被害を償う旨を定めている。
この点,被告は,本件協定について,和解契約であって,被告の患者
に対する損害賠償債務の具体的内容が既に判決によって確定し,当該損害
賠償債務が弁済されるなどして,その具体的内容について紛争がもはや存
在しなくなっている者に対し,被告が本件協定所定の債務を負担すること
まで合意されたものではなく,そのような者は本件協定の本文第三項の
「認定された患者」には該当しない旨主張している。
そこで,「認定された患者」の意義につき,水俣病の認定を受けた者
から,水俣病にり患させられたことについての被告に対する不法行為に基
づく損害賠償請求権の金額が判決によって確定した者を除く趣旨であるか
について,以下,検討する。
イ認定制度の運用について
(ア)前記争いのない事実等(3),前記認定事実(3)及び(6)のとおり,本件協
定の締結当時は,公健法及び救済法の制定によって水俣病の患者である
ことを行政が認定するという仕組みが整備されつつあり,46年事務次
官通知の発出によって水俣病の認定の範囲が拡大され,実際,Cのよう
に新しく水俣病に認定される患者が現れるなど水俣病の認定制度が円滑
に今後機能していくことが期待される状況にあったことが認められる。
本件協定の締結後,52年判断条件の発出によって水俣病の認定の範囲
は実質的に縮小され,A1らのように申請棄却処分までに長期間を要し
たり申請棄却処分を受けた後も不服審査制度を利用したりするなどして
水俣病の認定を数十年間待ち続ける患者が現れるようになったが,被告
を含めた水俣病の全ての関係者において,本件協定の締結時,水俣病の
認定制度がそのような状況になることを想定していなかったと考えられ
る。
そして,前記の本件協定の締結当時の状況に鑑みれば,被告及び東
京交渉団は,水俣病の認定を待つ患者が,認定に対する判断の結果を
待つことなく被告に対して損害賠償請求訴訟を提起するという事態が
生じることは想定しておらず,水俣病にり患した者は,行政から水俣
病の認定を受け,それを基に本件協定の適用を被告に対して求めるこ
とによって,本件協定に規定された補償を受けることが予定されてい
たと認められる。
そうすると,被告及び東京交渉団に,「認定された患者」について,
被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起して確定判決
を受けた者を除くという意思があったとは考え難い。
(イ)実質的に考えても,患者が水俣病の認定を申請したにもかかわらず,
長期間,それに対する処分が確定しない場合において,後に本件協定の
適用を受けようとする者は損害賠償請求訴訟の提起を控えなければなら
ないとすると,(a)後に水俣病の認定を受けることができた場合であっ
ても,被告から本件協定に基づく金銭的補償を受けるまで相当長期間を
待たなければならなくなるのであり,(b)仮に水俣病の認定を受けられ
なかった場合には,その後に被告を相手取り損害賠償請求訴訟を提起し
ようとしても,消滅時効や除斥期間の適用によって損害賠償請求権が消
滅してしまっているおそれが生じるのである。
認定制度が患者に起因しない要因によって前記(ア)の状況にある中で,
患者が損害賠償請求訴訟を提起して確定判決を得たことを患者に不利
に解釈するのは,本件協定の解釈として相当とはいえない。
ウ本件協定当時の被告の行動について
前記認定事実(4)のとおり,被告との間で本件協定を締結した東京交渉団
には既に水俣病第1次訴訟において損害賠償請求が認められた者が含まれ
ていたが,被告らは,当該患者を協定の当事者から除外することなく,本
件協定を締結したことが認められる。さらに,前記認定事実(5)のとおり,
既に被告との間で調停を締結していた一任派の患者等も,本件協定が締結
された後,同内容の協定を被告との間で締結したことが認められる。
前記のとおり,被告は,本件協定を締結した頃,本件協定又はそれと
同内容の協定の締結を求める患者が被告に対して不法行為に基づく損害賠
償請求を行うことができる地位にあったかを問うことなく,協定の締結に
応じていたと認められるのであって,そのような被告の行動は,前記イ(ア)
の認定を裏付けるものといえる。
エ本件協定の趣旨について
前記争いのない事実等(2)によれば,本件協定の前文第一項及び本文第一
項等に記載されているとおり,本件協定は,被告が,有害物質を含む工場
排水を水俣周辺海域に流し続けたことによって周辺住民に甚大な被害を与
えたことを踏まえ,潜在患者を含めた被害者全ての救済を約束するととも
に,水域及び環境の汚染を今後再発させないことを誓約するなどの内容を
含んでいることが認められ,本件協定の締結の目的は,東京交渉団との間
で不法行為に基づく損害賠償請求権の有無と内容について和解することの
みにあるものではなかったと認められる。
また,前記認定事実(4)アのとおり,本件協定が締結された時点において,
既に水俣病第1次訴訟についての判決は確定しており,認容額としては最
も症状の重い患者であっても1800万円の支払を受けるにとどまるもの
とされていた。他方,前記争いのない事実等(2)のとおり,本件協定では,
最も症状の重いAランクの患者は,1800万円の慰謝料に加えて,治療
費や介護費,終身特別調整手当(1月当たり6万円)の支払を受けるもの
と定められたのであって,水俣病第1次訴訟の認容額と単純に金額面のみ
を比較した場合でもそれを上回る内容の救済が定められていたものと認め
ることができる。さらに,本件協定は,被告から患者に対して金銭的補償
のみならず謝罪等の非金銭的補償を行うことをも定めたことが認められ,
水俣病第1次訴訟で認定された内容よりもその点でも上積みがされた内容
となっていたことが認められる。
前記で認定した本件協定の締結目的及び救済内容に鑑みれば,本件協
定は,東京交渉団及び本件協定後に水俣病の認定を受けた患者と被告との
間の不法行為に基づく損害賠償請求権の有無及び内容を定めたにとどまる
と解することは相当ではなく,被告が,甚大な被害を水俣病患者にもたら
したことを反省し,司法において損害賠償として認容される程度を超えた
救済を行うことを定めたものと解することが相当である。そうすると,本
件協定後に水俣病の認定を受けた患者であっても,不法行為に基づく損害
賠償として金銭給付がされた後は本件協定の適用を求める地位になく本件
協定に基づく補償を受けることができないと解することは,その趣旨に反
するというべきである。
オ前記イからエまでの検討によれば,本件協定は,水俣病にり患させられ
たことについての不法行為に基づく損害賠償請求権の具体的内容が判決に
よって確定しているかどうかを問うことなく,水俣病の認定を受けた患者
であれば本件協定の適用を受けることを認め,広く救済を受ける機会を与
える趣旨で締結されたと解することが相当であって,本件協定の本文第三
項の「認定された患者」について,損害賠償請求訴訟を選択した者を除外
する趣旨であったと解することはできない。
したがって,本件協定の本文第三項の「認定された患者」に該当する
ためには,その文言のとおり水俣病の認定を受けたことのみで足り,それ
以外の要件は付されていないというべきである。
(3)そして,前記争いのない事実等(1)及び(5)のとおり,A1らは,水俣病の認
定を受けたことが認められる。
したがって,A1らは,本件協定の本文第三項の「認定された患者」に該
当し,A1らの権利義務を承継した原告らは,受益の意思表示をしているこ
とから(前記争いのない事実等(6)),被告に対して本件協定に基づく補償給
付を求めることができる地位を有すると認められる。
3結論
以上によれば,原告らの請求はいずれも理由があるから認容することとし,
主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第22民事部
裁判長裁判官 北川清
裁判官 道垣内正大
裁判官後藤誠は,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官 北川清

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