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青酸連続殺人、千佐子被告の死刑支持し控訴棄却 事件時の認知症否定

 近畿3府県で起きた青酸化合物による連続殺人事件で、高齢男性4人への殺人と強盗殺人未遂罪に問われた筧(かけひ)千佐子被告(72)の控訴審判決で、大阪高裁(樋口裕晃裁判長)は24日、死刑を言い渡した1審・京都地裁判決を支持し、弁護側の控訴を棄却した。
 被告の認知症の程度が最大の争点。弁護側は起訴内容を否認して無罪を求めた上で、認知症が進行して裁判を続ける訴訟能力がないと主張していた。
 今年3月の初公判で弁護側は、被告が1審で同じ話を37回にわたって繰り返した▽審理の内容や自身の発言を忘れる▽供述が二転三転する▽弁護方針を理解できない――として症状の悪化を強調。精神鑑定を再度行うことや裁判の打ち切りを求めたが、認められなかった。犯人は被告ではなく、被害者が自殺や別の中毒死だった可能性もあると訴えた。
 検察側は、1審段階で訴訟能力があったことは明らかだと主張。完全責任能力もあったとして控訴棄却を求め、即日結審していた。
 1審の裁判員裁判判決(2017年11月)は、「被告は遺産などを目的に、被害者らに健康食品と偽って青酸入りカプセルを飲ませた」とする検察側の主張を全面的に認定。公判前の地裁による精神鑑定などを根拠に「事件当時は認知症でなく、現在も軽症で訴訟能力はある」と判断し、求刑通り死刑を言い渡した。
 1審判決によると、筧被告は12年3月〜13年12月、内縁の夫の本田正徳さん(当時71歳)=大阪府貝塚市▽内縁の夫の日置稔さん(同75歳)=兵庫県伊丹市▽夫の筧勇夫さん(同75歳)=京都府向日市――の3人に青酸を飲ませて殺害。07年12月、借金を免れるために知人の末広利明さん(死亡時79歳)=神戸市北区=に青酸を飲ませ、殺害しようとした。【戸上文恵、高嶋将之】
(2019年5月24日 11時13分(最終更新 5月24日 15時51分) 毎日新聞)

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平成30(う)128  殺人,強盗殺人未遂被告事件
令和元年5月24日  大阪高等裁判所  棄却
令和元年5月24日宣告大阪高等裁判所第4刑事部判決
平成30年(う)第128号殺人,強盗殺人未遂被告事件
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,主任弁護人堀和幸,弁護人山口智,同辻󠄀孝司,同正木幸博及
び同岸上英二連名作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は検察官大口康郎作成の
答弁書及び同海津祐司作成の答弁書2に各記載のとおりであるから,これらを引用
する。以下,本件各控訴趣意に鑑み,控訴趣意書の所論の順に従い,検討する。
第1控訴趣意中,事実誤認の主張について
1論旨は,原判示第1,第2及び第4の各被害者の死因や第3の被害者の異変
の原因が,被告人が各被害者にシアン化合物を服用させたことによるとは認め
ることはできず,また,原判示第3の事実については,被告人において被害者
に対する債務の返済を免れる目的があったと認めることはできないから,被告
人に強盗殺人未遂罪は成立せず,さらに,原判示第1,第2及び第4の各犯行
の当時,被告人は心神喪失あるいは心神耗弱の状態にあったのに,原判示第1
ないし第4の各事実を認定し,また,原判示第1,第2及び第4についていず
れも被告人に完全責任能力を肯定して有罪とした原判決には,判決に影響を及
ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで,原審記録を調査して検討すると,原判決には,所論が主張するいず
れの点についても事実誤認はないというべきである。以下,所論に鑑み,順次
各主張につき説明する。
2原判示第1の事実の事件性,犯人性について
⑴原判決は,平成25年12月28日午後9時53分に,被告人の夫であっ
たAが同人方2階8畳洋間で心肺停止の状態で発見され,同日午後10時5
2分に死亡が確認された件について,。舛凌澗〃豕擇啾臑楫譴らは致死
量を超えるシアン化物イオンが検出され,胃内容物からもシアン化物イオン
が検出された上,⒝当時のAの生活状況からして同人が入手困難なシアン化
合物をわざわざ入手して自殺したり,これを誤飲したりするとは考えられな
いなどとして,同人が死亡したのは,同日の概ね午後6時ころから午後9時
53分までの間に,何者かが,カプセル又はオブラート等に入った固体のシ
アン化合物をAに服用させたためであるとし,さらに,∧神26年8月
に被告人が便利屋に廃棄を依頼したA方のプランターの土の中から,シアン
化物イオンを含んだ茶色の粘液様の物質入りチャック式ビニール袋が発見さ
れたことや,被告人が原審公判廷で,平成18年より前の印刷工場を経営し
ていた際に毒を入手したと一貫して供述していること等から,被告人が遅く
とも平成18年ころ以降,シアン化合物を所持していたと認められるとし,
また,⒝平成25年11月にAと結婚して同年12月中旬には同人と同居し
ていた被告人は,妻として疑いを持たれることなくカプセル等をAに飲ませ
ることが可能であったと認められることなどから,被告人は本件犯行を行う
ことが可能であった上,H塙垰間帯に被告人がA方にいたと認められる一
方,第三者が被告人に気付かれることなくA方にいた可能性は相当に低いな
どとして,上記,糧塙圓傍擇鵑世里枠鏐霓佑任△襪版定した。
このような原判決の説示,認定は正当なものというべきである。
⑵これに対し,所論は,Aの死因がシアン化合物を服用したことによる中毒
死であると原判決が認定した点に関して,学術文献(原審第2回公判調書中
の証人Bの尋問調書の添付資料2)に記されているPFB誘導体を用いて検
査した場合のシアン化物イオンの保持時間(RetentionTime,RT)が6.
8から6.9分程度であるのに対し,Aの心臓血を検査した結果シアン化物
イオンとされたものの保持時間は4.065分とかなり異なっているし,検
出に用いられた検査の過程も検査者によってまちまちであって検査手法が確
立されているとはいえないから,Aの遺体からシアン化物イオンが検出され
た旨の証明があるとはいえない,と主張する。しかし,所論がその存在を指
摘するところの,Aの心臓血鑑定時に保持時間4.065分のものをシアン
化物イオンと判定したことを示す資料は,原審で証拠として取り調べられて
おらず,したがって,文献にみられる保持時間との食い違いを指摘する点は
原審記録に基づかない所論といわざるを得ないが,この点を措いても,原審
で京都府警察本部科学捜査研究所に勤務するB証人が,機械の設定を同一に
して同じ条件で検査を行えばシアン化物イオンが同じ保持時間の場所に出て
くるが,違う条件で行えば違う時間の場所に出てくる旨を説明しているので
あって(同証人の尋問調書14丁),そうすると,Aの心臓血検査の結果,
シアン化物イオンと判定されたものの保持時間が,文献にみられる保持時間
と異なっているからといって,上記判定が誤りであるということにはならな
い。検査者間で検査手法に差異がみられる旨の指摘についても,確かに,例
えばBは誘導体化ガスクロマトグラフィー検査を行ったのに対し,Aの大腿
静脈血を鑑定した京都府警察本部科学捜査研究所のCは同検査を行わず,本
試験としてはピリジン・ピラゾロン法による検査だけを行った等の違いがみ
られるものの,それは,いずれも十分科学的であるといえる複数の検査手法
の中でどれを行うかの違いにすぎないといえるのであって,個々の検査者が
それぞれ到達した結論の妥当性に疑問を抱かせる事柄ではない。
また,所論は,ピリジン・ピラゾロン法は定量試験であるとともに定性試
験でもある旨の京都府警察本部科学捜査研究所職員Dの原審公判証言につい
て疑問を呈し,ピリジン・ピラゾロン法を用いた検査によりシアン化合物が
検出されたとするD,B及びCによる各検査結果の信用性を争う旨の主張も
しているが,Dは,ピリジン・ピラゾロン法を定量試験とした文献が存在す
ることを念頭に置いた上で,ほとんどの定量試験は定性試験も兼ねている,
ピリジン・ピラゾロン法は日本工業規格JISで定性定量法に公定法として
採用されている,と明確に供述しているし(原審第2回公判期日の同証人の
尋問調書33丁),ピリジン・ピラゾロン法が定性試験となり得ないことを
示す資料も見当たらないことに照らせば,本試験にピリジン・ピラゾロン法
を用いて検査した結果(なお,Bは誘導体化ガスクロマトグラフィーも併
用),Aの遺体の胃の内容物や血液中からシアン化物イオンが検出された旨
の,D,B及びCの各検査結果の信用性は揺るがないというべきである。
他にも所論は,Aの遺体の胃底部(胃の上部)に限局的にみられたびらん
は,胃潰瘍の可能性もあるのであって,びらんの存在はシアン化合物服用の
根拠にならない,とも主張するが,原判決は,Aの胃にびらんがみられるか
らAはシアン化合物を服用した,と認定しているのではなく,胃の内容物や
血液の鑑定結果から死因をシアン化合物による中毒であるとした上で,胃に
個体のシアン化合物が接触したと考えて矛盾しないびらんが生じており,ま
た,経口摂取した場合に生じるはずのびらんが食道等に生じていないことか
ら,シアン化合物がAの体内に摂取されたのは,カプセル又はオブラート等
に入った固体のシアン化合物を服用したためであると認定しているのであっ
て,所論は原判決への批判として当を得ない。その余の所論を踏まえて検討
しても,Aの死因がシアン化合物を服用したことによる中毒であったとする
ことに疑問を抱かせる事情があるとはいえない。
Aの死因についての原判決の認定を争う所論は採用できない。
⑶次に,所論は,Aにカプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合
物を服用させたのが被告人であると原判決が認定した点について,被告人が
シアン化合物を入手するのは困難であるのに対し,Aはシアン化合物を取り
扱う職場にかつて勤務しており,A方のプランターの土の中からシアン化物
イオンを含んだ茶色の粘液様の物質入りチャック式ビニール袋が発見された
のはAが埋めていた可能性等も十分にあるから,本件では,Aが元勤務先で
シアン化合物を入手しており,これを他の薬物を摂取する際に誤飲した可能
性や,自殺を図って敢えて服用した可能性が否定できない,と主張する。
しかし,原判決も指摘するように,Aはかつての勤務先会社でシアン化合
物を取り扱う部署に配属されたことはなかった上,同社におけるシアン化合
物の厳重な保管状況等に照らすと,Aがかつての勤務先会社でシアン化合物
を入手した可能性は考え難いし,仮にAが何からの理由でシアン化合物を入
手し保管していたとしても,それが非常に危険な物であることは承知してい
たと考えられるから,Aがこれを誤飲するというような事態は一層考え難い。
また,Aの本件当時における生活状況等に照らすと,自殺を図ったと推測さ
せる事情は一切見当たらないばかりか,同人の遺体の胃の内容物の状態から
して同人は食後約1時間以内にシアン化合物を服用して死亡したと考えられ
るところ(原審における証人Eの供述参照),自宅で食事を終えてから1時
間以内に自殺行動に出るというのも考えにくいところであって,結局,Aが
シアン化合物を誤飲したり自殺目的で服用したりした可能性をいう所論は,
具体的根拠に基づかない憶測にすぎないというべきであるから,採用できな
い。また,所論が,第三者がAにシアン化合物を服用させた可能性をいう点
についても,原判決が説示するとおり,当時のAの生活状況等からみて想定
し難いのであって,結局のところ,本件では,被告人が,食事を終えたAに,
シアン化合物を入れたカプセル等を服用させたものと認定することができる。
この点,所論は,被告人がシアン化合物を入手することは困難であると主
張しているところ,なるほどシアン化合物はその法規制状況等に照らすと一
般的には入手が必ずしも容易なものではないが,かつては青色染料で使われ
るなどしていたし,メッキ材料商から個人販売されていた可能性もあるから,
入手が決して不可能なものとはいえないし(Fの原審公判供述),客観的な
裏付け証拠があるわけではないにしろ,被告人は原審公判で毒物の入手状況
について供述しており,また,上記のとおりAが自分でシアン化合物を服用
したとか,第三者がAに服用させたといった可能性は考え難いのであるから,
犯行の機会が十分にあった被告人が,シアン化合物を入手し保有していたも
のと見ざるを得ない。また,所論は,犯行前後の被告人の行動は被告人の犯
人性を推認させるものではないと主張して,原判決を批判しているが,原判
決が,被告人の上記行動状況を,被告人がAにシアン化合物を服用させて殺
害を図る動機の存在を窺わせるものとみたことが,不合理であるとはいえな
い。
被告人がAにカプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服
用させて同人を殺害した犯人であるとの原判決の認定を争う所論も採用する
ことができない。
⑷他にも所論は,Aにカプセルに入れた毒物を飲ませたことなどを認めた被
告人の供述について,任意性,信用性が欠ける旨主張するが,まず,捜査段
階における被告人供述については,これを原判決が原判示第1の事実の認定
に用いていないことは判文上明らかであって,失当であるし,また,原審公
判廷における供述について,任意性に欠けるとの主張は,公判供述について
は任意性を確保するための情況的保障があることに照らして採用し難く,そ
の供述に,入手した毒が粉末であったか液体であったか等の点で変遷がみら
れるとしても,原判決が指摘しているように,毒入りのカプセルをAに飲ま
せたという核心部分の供述自体は一貫していること等に照らせば,原判決が,
被告人の上記公判供述に任意性,信用性を認め,この点をも踏まえて,被告
人が平成18年ころまでに入手し保管していたシアン化合物をカプセルに入
れてAに飲ませたと認定したのは正当である。
その余の所論を含めて検討しても,被告人が原判示第1の行為に及んだと
する原判決の認定が誤りであるとうかがわせる事情は見当たらない。
原判示第1事実について,事件性及び被告人の犯人性を争う論旨は理由が
ない。
3原判示第2の事実の事件性,犯人性について
⑴原判決は,平成24年3月9日午後5時ころ,Gがバイクを運転して走行
中に意識を失って転倒し,同日午後6時21分に死亡が確認された件につい
て,。任琉簑里凌澗〃譴らは致死量を超えるシアン化物が検出され,胃
内容物からもシアン化物が検出されたこと等から,Gは同日の午後4時30
分ころから午後5時ころまでの間に,カプセル又はオブラート等に入ったシ
アン化合物を服用したと認められること,⒝Gがシアン化合物を誤飲するな
どの事故の可能性は考えられず,Gの当時の生活状況や,Gがシアン化合物
服用後にバイクを運転していることも併せ考えると,Gがシアン化合物を服
用することによって自殺を図ったとも考えられないことから,何者かが,上
記の時間帯に,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をG
に服用させ,その結果Gはシアン中毒に陥り死亡したと認められるとし,そ
の上で,原判示第1に関して認定したとおり,被告人は本件当時シアン
化合物を所持していたのであるし,Gの内妻でもあったから,被告人は上記
,糧塙圓可能であったといえること,⒝被告人は,Gの死亡以前から,G
の遺産を取得するための行動をし,Gの死亡後もこれに向けた行動をしてい
たと認められること,⒞Gがバイクで転倒する前に,被告人がH店でGと一
緒にいて犯行の機会があったと認められること等から,被告人がカプセルに
入れたシアン化合物をGに飲ませた事実が認められる,とした。
このような原判決の説示,認定は正当なものというべきである。
⑵これに対し,所論は,Gの死因として求心性心肥大による致死性不整脈
の可能性が否定できないとか,Gの遺体の司法解剖後に保管されていた同
人の心臓血等からシアン化物が検出された旨の,大阪府警察本部科学捜査研
究所職員Iの検査結果について,その検査方法が京都府警察本部科学捜査研
究所のそれと異なっているから,その正確性に疑問があり,また,その検査
の結果得られたデータが証拠として提出されていない以上,Iが検査結果と
して供述した内容が正しいとの立証がされたともいえない,と主張する。
しかし,まずについては,Iが,京都府警察本部科学捜査研究所職員が
行ったのとは異なる検査方法を用いたからといって,Iの用いた検査方法が
科学的に不相当なものであるとはいえず,その正確性に疑いを容れるものと
はいえないし,検査の結果得られた具体的な数値等のデータまでは証拠上明
らかにされていないからといって,鑑定の手法や結果等について具体的に述
べつつ,検査の結果シアン化物イオンが検出されたこと及びその検出経過を
明らかにしているIの証言の信用性を疑問視すべきことにはならない。
また,については,平成24年3月10日(G死亡の翌日)に司法解剖
を行ったJ医師が,Gの遺体を解剖した時点では,睡眠薬や覚せい剤等の検
査は行ったものの,シアン化合物のような毒物の検査までは行っておらず,
シアン化合物による中毒の可能性は想定していなかった,解剖しても死亡の
原因となるような明確な損傷や疾病は見当たらなかったが,運転中の死亡で
あったので保険の関係等から何らかの死因を示す必要があると考え,心肥大
ではあったので,消去法的に,死因は求心性心肥大による致死性不整脈であ
ると鑑定書に記載したにすぎない,Gの体内からシアン化物イオンが検出さ
れたことを知った現時点では,青酸中毒死であると考えている,と明確に原
審で供述しているのであって,この供述や,Gの死因はシアン化合物による
中毒であるとのK医師の原審供述を前提とした場合,Gの死因はシアン化合
物の服用による中毒死であると原判決が認定したことに誤りはないというべ
きである。所論は,さしたる根拠も示さないまま,科学捜査研究所職員や医
師らの供述の信用性をことさらに論難するものであり,採用できない。
⑶次に,所論は,Gが自殺をした可能性が全くないことが立証されたとはい
えないとして,原判決を批判するが,原判決が認定する本件当時の生活状況
に加え,Gが,バイクの運転中に突然転倒した機会に,シアン化合物中毒に
より死亡したことも踏まえると,状況的にみて,それが自殺であったとは到
底考えられない。したがって,Gの自殺の可能性を否定し,その死亡がカプ
セル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用させられたことに
よる他殺である旨を認定した原判決に誤りはない。
⑷さらに所論は,Gがバイクで転倒する前に被告人がH店でGと一緒にいた
との証明があるとはいえない等と主張して,被告人がGを殺害したとする原
判決の認定を争う。
しかし,原判決も指摘するように,被告人は捜査段階で,本件犯行を否認
していた時点から一貫して,Gがバイクで転倒する前にGと一緒にH店にい
た旨を供述していたのであって,その内容に沿う情況事実も原判決が指摘す
るとおり認められることなどからすれば,原判決の認定に誤りはないという
べきである。この点,所論は,被告人の捜査段階での前記供述には信用性が
ない旨の主張をするが,具体的根拠に基づかない主張であり,Gと一緒にH
店にいた旨の捜査段階での被告人供述が虚偽を述べたものと疑うべき事情は
全く見当たらないのであって,採用できない。また,所論は,J医師の供述
によればGは食事をしてからさほど時間が経っていない間に死亡したとみら
れるのに,本件当日の午後4時48分に代金を精算した2名の客のレシート
には食事の記載がなく,このレシートの記載とJ医師の説明とは矛盾すると
して,このレシート記載の2名がGと被告人であったとしても矛盾はないと
した原判決の判断を批判するが,J医師は,Gの遺体の胃内容物の状態は食
後すぐではないが,具体的経過時間まではいうことができない旨の供述をし
ているのであり,GにおいてH店に来る直前に食事をしていた等の可能性も
十分考えられることからすれば,被告人がGと一緒に本件当日の午後4時4
8分ころまでH店にいた事実と上記レシートの内容とが整合しないとは必ず
しも評価できず,原判決の上記判断が誤っているとはいえない。
他にも所論は,被告人がシアン化合物を所持していたとはいえないとか,
被告人がそれをGに服用させることができたとはいえないなどと主張して,
原判決の前記認定を争っているが,既に述べたように,被告人は遅くとも平
成18年ころまでにはシアン化合物を入手して,それを保管していたとの原
判決の認定に誤りはないし,Gの内妻である被告人はGに疑いを持たれるこ
となくシアン化合物を服用させることができたといえるから,他の具体的根
拠が示されていないとの所論の批判を踏まえても,被告人がGを殺害したと
の原判決の認定は動かない。さらに,所論は,原判決が,犯行前後の被告人
の行動について,特異であるとか,Gの遺産を取得することを前提とした行
動であるとしたのは不当であるともいうが,本件当日の深夜に被告人がG方
の金庫の解錠を業者に依頼した等の各事実が特異である等とした原判決の評
価が不当であるとまではいえないし,そもそも,それらの事実を抜きにして
も,Gがバイクを運転していて転倒した時点からさほど遡らない時間帯に,
シアン化合物が入ったカプセル等をGに疑われることなく服用させることが
できた人物が被告人以外には考え難い以上,被告人が当該犯行に及んだと原
判決が認定したことの正当性は揺るがない。
⑸以上のほか,所論は,Gを殺害した事実を認める内容の被告人の原審公判
供述の任意性や信用性についてもこれらが欠ける旨主張するが,原判示第2
の事実は,そのような原審公判供述がなくとも十分に認定可能であり,実際,
原判決も,【事実認定の補足説明】の項では被告人の原審公判供述には全く
言及していないのであって,上記所論は原判決の認定に対する批判として適
切ではない。その余の所論を踏まえて検討しても,被告人が原判示第2の行
為に及んだとの認定が誤りであると窺わせる事情は見当たらない。
原判示第2事実について,事件性及び被告人の犯人性を争う論旨は理由が
ない。
4原判示第3の事実の事件性,犯人性について
⑴原判決は,平成19年12月18日午後2時13分ころ,神戸市L区のM
駅付近路上において,Nが意識を失って病院に救急搬送され,一命を取り留
めたものの,全治不能の高次機能障害,視力障害の傷害を負った件(なお,
Nは,その約2年後に,悪性リンパ腫により死亡した。)について,ゝ
急搬送時にみられたNの内窒息状態の症状等からして,Nが意識障害に陥っ
た原因がシアン中毒以外である可能性は極めて低いといえることなどから,
同人は,当日の概ね午後2時ころ,カプセル又はオブラート等に入った固体
のシアン化合物を服用したものと認められること,⒝Nがシアン化合物を誤
飲するなどした可能性は考えられないし,同人がわざわざシアン化合物を入
手して自殺を図るとも考えられないことから,何者かが,平成19年12月
18日の概ね午後2時ころ,カプセル又はオブラート等に入った固体のシア
ン化合物を服用させたと認められるとし,その上で,
合物を所持していたこと,被告人がNと一緒に食事をする関係にあったこと
等から,被告人はNに疑いを持たれることなくシアン化合物を服用させるこ
とが可能であったといえることや,⒝Nがシアン化合物を服用した前後の時
間帯に被告人はNと一緒にいたと認められること,他方で,そのとき第三者
も一緒にいたとの供述を被告人が一切していないこと等から,Nにシアン化
合物を服用させたのは被告人であると認定し,また,Nが本件の前日や当
日に知人に対して話していた内容や,平成20年2月に被告人がNの子らに
宛てた手紙に記した内容,さらに被告人が平成20年6月にNの子に約48
00万円を実際に支払っていることなどからして,被告人はNに対して本件
当日までに少なくとも約4000万円を返済しなければならない債務を負っ
ていたと認められること等から,被告人はNに対する債務の返済を免れる目
的で犯行に及んだと認定した。
このような原判決の説示,認定は正当なものというべきである。
⑵これに対し,所論は,Nに関してはシアンが検出されていないところ,原
判決がその可能性を否定した他の薬物以外にも,シアン化合物中毒の場合と
類似する中毒症状を引き起こす薬物が存在する可能性は否定されていない,
原判決が可能性を検討した薬物についても,硫化水素等の気体であって風向
きの関係等でN以外の人物には影響を及ぼさなかった可能性や,農薬によっ
て中毒症状が引き起こされた可能性がある,さらに,Nの異変はイソニアジ
ド中毒によって引き起こされた可能性や,肝不全,心筋梗塞,心室細動その
他の病気によって生じた可能性もある,そして,Nが倒れてから病院に搬送
されるまでの間,シアン中毒に特徴的な症状がなかったし,シアン中毒を前
提とした治療行為がなされなかったにもかかわらず,Nは回復したのである
から,Nの異変の原因がシアン中毒であったことを否定する事情があるとい
えるなどとして,Nが他者によってシアン化合物を服用させられたと認定す
るのは疑問である旨を主張する。
しかし,原判決は,Nに外傷がなく,血液検査や画像検査等からして生死
に直結するような病気も認められなかった事実,本件当時Nが急に意識を失
った事実,救急隊員において異臭を感じていなかった事実,Nには人通りの
多い路上で意識を失うという異変が生じたのに,その付近で他に意識を失っ
て救急搬送された者がいなかった事実や,救急搬送当日に採血されたNの血
中からイソニアジドが検出されなかった事実等を指摘して,上記所論とほぼ
同様の原審弁護人の主張をいずれも排斥しているところ,この原判決の説示,
判断は正当である。この点,所論に鑑みて付言すると,所論は,ピラニカな
る農薬は中毒患者から異臭を感じないもので,しかも簡単に購入できる物で
あるから,Nがこれを入手していたとしても不思議はない,との主張をして
いるが,神戸市内の,日中で人通りが多い場所において,Nに意識障害が生
じていることなどに照らせば,同人が敢えてその前に自ら意図して農薬を服
用したとはにわかに考えられない。また,一般論としては,原判決が検討し
た薬物以外の薬物の可能性がおよそあり得ないとまで科学的に断定できるわ
けではないにしても,原判決が,他の多くの可能性を慎重に検討した上で,
根拠を示しつつそれらを排斥し,さらに,後述するように任意性や信用性が
肯定できる被告人の捜査段階での供述内容等をも勘案して,Nの異変の原因
はシアン化合物による中毒であると認定したことが,不当であるとみること
はできない。
⑶次に,所論は,Nに異変が生じて被告人が119番通報をした平成19年
12月18日午後2時13分の時点で,被告人がNと一緒にいたことは事実
であるにしても,被告人が同時刻以前もNと一緒にいたことを示す客観的な
証拠はなく,その可能性はむしろ低い,と主張する。しかし,救急搬送され
るNに付き添って病院に行った被告人は,O医師に対して,同日午後零時3
0分ころ以降にNと一緒に食事をしたと述べたというのである(原審第20
回公判調書中の証人Oの尋問調書19丁。なお,O医師は,病院に一緒に来
た女性がそのように述べていたと供述する一方で,その女性がどのような女
性であったかは尋問時点では既に記憶していないとして,それが被告人であ
るとまでは供述していないが,O医師がいう女性が被告人であることは証拠
上容易に認められる。)。そうすると,Nの食事内容等についての客観的裏
付けがないなどという所論を踏まえても,Nに異変が生じる前に被告人がN
と一緒に食事をしていたと原判決が認定したことになんら不当な点はないと
いうべきである。
他にも所論は,被告人がシアン化合物を所持していたとはいえない,
被告人が救急隊員等に対して偽名を名乗ったからといって,本件の犯人性を
推認することはできない,シアン化合物入りのカプセルを健康食品と装っ
て駅近くの飲食店でNに飲ませた旨の,捜査段階での被告人の供述には,任
意性や信用性が認められない,と主張する。しかし,については,既に述
べたとおり,被告人は平成18年ころの時点で既にシアン化合物を入手して
いたと認められるから,採用できない。については,被告人が偽名を名乗
ったことが犯人性を強く推認させるわけではないにしても,原判決が,ほか
の情況事実に加え,この点も考慮に入れて犯人性を肯定したことが不当であ
るとはいえない。この点,所論は,被告人が自らの犯行を隠蔽しようとする
のであれば,偽名を名乗るよりも現場から逃走するはずである,とも主張し
ているが,人通りの多い街中における他の通行人の目を気にして,意識を失
い倒れた同行者をその場に一人だけ残して立ち去ることを避けようとした可
能性,あるいは,自分が毒物を飲ませたことは容易には発覚しないと考えて
いた可能性,Nの生死を含めたその後の成行きを確認する必要から病院まで
付き添った可能性などが考えられるところであって,所論主張の点が被告人
の犯人性認定の妨げになるとはいえない。については,被告人は原審公判
廷で,様々な点について記憶がないとか覚えていないなどと供述する一方で,
原審弁護人の同様の主張を排斥する理由として原判決が指摘しているように,
Nにシアン化合物を服用させたかどうかという点に関しては,毒を飲ませた
というのは何回も取調べで正直に話した,と明確に供述している(原審第2
4回公判調書中の被告人供述調書29丁,30丁)。さらに付言すると,被
告人は,捜査段階で強引な誘導等を受けた旨の供述をしているわけではない
し,Nを殺めたとの供述は,原審弁護人や原審裁判長からの公判中の各質問
に対する応答の中にもみられるところである(同供述調書14丁ないし16
丁)。そうすると,原判決が,Nにシアン化合物入りのカプセルを健康食品
と装って服用させた旨の被告人の捜査段階での供述の任意性や信用性を肯定
したのは正当というべきである。
⑷さらに,所論は,Nが知人に対して,女性から約4000万円を返しても
らう予定であると話していたからといって,それはNの考えにすぎないし,
被告人が後にNの子らに対して約4800万円を支払う意思を表した上で実
際に支払ったのは,Nから投資の預り金として受け取っていたため,投資と
いう性格上本来は被告人に返済する義務はなかったものの,被告人が好意と
して支払ったものであるとして,被告人は本件当時Nに債務を負ってはおら
ず,債務の返済を免れるために犯行に及んだと原判決が認定したのは誤りで
ある,と主張する。
しかし,原判決が指摘する本件直前ころのNの知人に対する言動や書類作
成状況にみられるN自身の受け止め方に加え,被告人が,被告人の名前が記
された金銭貸借終了書等をNの子らにおいて発見した旨を知るや,Nの子ら
から求められてもいないのに,本件から3か月後の平成20年2月18日に,
Nから借用した4800万円を平成20年5月31日に返済する旨を記した
「借用証」と題する書面と,Nに対し支払義務が生じた経緯等を説明する手
紙をわざわざ作成して,N及びその子らに宛てて送付するなどして返済の意
思がある旨を伝えた事実(原審甲第301号証,証人Pの原審供述)をも踏
まえれば,Nから被告人に交付されていた金銭に関しては,本件当時被告人
がNに返済すべきものという共通認識が形成されていたことは優に認定する
ことができ,被告人自身も約4000万円をNに返済しなければならない立
場にあると本件当時から認識しつつ行動していたことは明らかである。この
点に関する原判決の認定に誤りはない。所論は,投資を念頭に置く金銭授受
であったことのみをことさらに強調し,上記「借用証」等の存在とこれらが
作成された経緯などを不当に軽視するものであって,採用することができな
い。
⑸他にも所論は,被告人は原審公判廷で,当初は,Nに毒を飲ませて殺した
ことを認めるような供述をしていたのに,後には犯行を否認する供述に変化
したと指摘するなどして,被告人の原審公判供述の信用性等を争っているが,
被告人の供述が変化したとはいっても,Nに毒を飲ませたことを明確に否定
する供述に転じたわけではないから,Nにシアン化合物を服用させた旨の捜
査段階の供述が正直に述べたものであるなどという被告人の原審公判供述の
信用性までをも否定すべきことにはならない。その余の所論を踏まえて検討
しても,被告人が原判示第3の行為に及んだとの原判決の認定が誤りである
とみるべき事情は見当たらない。
原判示第3事実について,事件性,被告人の犯人性及び債務免脱目的の存
在を争う論旨は理由がない。
5原判示第4の事実の事件性,犯人性について
⑴原判決は,平成25年9月20日午後7時7分ころ,ファミリーレスト
ランの駐車場に駐めた自動車内で,Qが意識を失い,病院に救急搬送され
隊の到着時以降,Qは,苦しそうな,あえぐような呼吸をしていたのに,
Qの血中には十分な酸素濃度が保たれていたこと等から,Qは内窒息の状
態にあったと認められる一方で,Qに外傷はなく,肺がんの治療状況,病
院到着までの血圧や脈拍の状況,意識障害に陥ってから死亡までが短時間
であるのに救急搬送中には瞳孔散大がみられなかったこと等から,死因が
肺がん,心臓疾患,脳疾患であるとも考えられず,Qは薬毒物中毒に陥っ
たと考えられる,とした上で,⒝救急隊の到着時にQの身体や衣服等に異
臭がなかったことや,意識不明になってから死亡するまでの時間,体温,
血圧,脈拍,血中酸素濃度,死斑の状況等に照らした場合,Qの死因を矛
盾なく説明できる薬毒物中毒はシアン中毒以外には見当たらない等として,
Qはシアン中毒により死亡したと認められるとし,また,⒞Qの健康状態,
経済状態や,死亡当日には内妻である被告人と一緒に外出していたこと等
からして,Qが入手困難なシアン化合物をわざわざ入手して自殺をしたと
は考えられないとして,何者かが平成25年9月20日の午後7時ころに,
カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をQに服用させた
ことにより,同人はシアン中毒に陥り,死亡したものと認定し,さらに,
Qの内妻で,シアン化合物を所持していた上,被告人
は,以前からQにカプセル入り健康食品を送っていたのであって,健康食
品を装ってQに疑いを持たれることなくカプセルを服用させることができ
たといえること,⒝Qがシアン化合物を服用し意識を失う時間帯に,被告
人がQと一緒にファミリーレストランで食事をしていたこと,⒞被告人が,
Qの肺がんの治療経過が良好であることや,Qに子供がいることを知って
いながら,救急隊員や搬送先病院の医師に対して,Qが末期の肺がんであ
るとか,子供も親族もいないと事実に反することを述べた上で,Qの蘇生
処置や病理解剖を断っていること等の,事件前後の被告人の行動状況から,
Qにシアン化合物を飲ませたのは被告人であると認定した。
このような原判決の説示,認定は相当なものというべきである。
⑵これに対し,所論は,Qの血中酸素濃度が高かったのは酸素マスクが当
てられ酸素を吸入していたためと考えられるのであり,それ以前の血中酸素
濃度が不明である以上,Qが内窒息の状態にあったとは必ずしもいえないと
主張し,また,肺がん,心疾患,脳疾患やアジ化ナトリウム中毒の可能性
を否定する旨の証言を原審で行った各医師の供述の信用性に疑問があるとす
る。
このうちについては,確かに,救急搬送中のQは酸素マスクを当てられ
て一定量の酸素を投与されていたのであるが,血中酸素濃度は高い数値を示
していたというのに,呼吸状態は改善せず(原審甲第501号証,原審第2
7回公判調書中の証人Rの尋問調書8丁),病院に到着した直後の時点で呼
吸は下顎呼吸の状態にあり(原審における証人Sの供述),救急車から初療
室に搬入されてきたときからQの呼吸の形は不規則で,シーソー様の苦しそ
うな呼吸をしていたというのであって(原審における証人Tの供述),この
ように血中酸素濃度が高いにもかかわらず呼吸状態が悪かったといえる以上,
Qが内窒息の状態にあったとした原判決の認定は正当というべきである。な
お,所論は,原審甲第501号証によると救急隊による搬送時のQの呼吸は
1分間に12回とされているので,正常範囲内であり,自発呼吸もしており,
呼吸状態が悪かったとはいえない,とも主張しているところ,原審における
U医師の証言によれば,12回というのは正常範囲の最下限付近でかなり少
ないといえる上,病院到着時には下顎呼吸の状態で,シーソー様の苦しそう
な呼吸状態でもあったというのであるから,その呼吸状態が悪かったとみる
べきことに変わりはない。
また,については,所論がU医師,K医師,V医師及びW医師らの各供
述の信用性を疑問視すべき理由として挙げる内容は,経験則上にわかに想定
し難いわずかな可能性をことさらに強調するものであったり,合理的な根拠
や経験的な知見によって説明されているにもかかわらず,判断の具体的根拠
が十分に示されていないとする独自の理解によるものであったり,致死量に
ついての細かい数値を記憶していないことを不当に強調するもの等であって,
そのような所論によっても,シアン中毒以外に想定される各死因の可能性に
つき否定的見解を示す各医師の供述内容の信用性は揺るがず,それらに依拠
してQの死因を特定した原判決の認定は正当というべきである。更に所論は,
Qにはシアン中毒に特徴的な死斑,瞳孔散大,異臭,嘔吐等の症状がみられ
ないとも主張しているが,瞳孔散大がシアン中毒死の場合に特徴的にみられ
ることを示す証拠は原審記録上見当たらないだけでなく,Qに瞳孔散大がみ
られなかった点は,原判決が説示するように,むしろ脳疾患による死亡の可
能性を否定する事情とみるべきであるし,また,K医師の供述によれば,所
論が特徴的として挙げる死斑や異臭等の症状の点については,それらが真実
シアン中毒に特徴的なものといえるのかには疑問があるというのであって,
原判決が,各医師の供述に依るなどして,Qのシアン中毒の可能性を肯定す
る一方で,他の可能性を排斥したことに,不当な点はないというべきである。
Qの死因がシアン化合物を服用したことによる中毒であるとの原判決の認
定を争う所論は採用できない。
⑶次に,所論は,被告人がQにシアン化合物を服用させたと認定した事情と
して原判決が挙げる内容は,被告人が犯人であると考えても矛盾しないとい
える程度のものであって,被告人の犯人性が積極的に肯定できるわけではな
い,と主張する。
しかし,原判決も指摘しているように,関係証拠上,被告人は,Qが意識
を失って倒れた際に,119番通報をしただけでなく,救急隊員や搬送先病
院の医師に対して,自分は直前までQと一緒に食事をしていた旨を述べてい
た事実が優に認められるのであり,そうである以上,所論が批判するQと本
件当日一緒にいたことを認める原審乙第58号証の被告人供述の信用性等を
仔細に検討するまでもなく,被告人が直前までQと共に食事をしていたと認
定したことは正当というべきである。原判決が挙げている間接証拠によって
そのような認定をすることは許されないとする所論は,独自の見解であって,
採用できない。そして,Qに異変が生じる直前の時点でQと一緒にいたのが
被告人であり,しかも,それ以外に事件に関わる第三者がその場にいたこと
をうかがわせる事情が一切見当たらない以上,Qにシアン化合物を服薬させ
たのが被告人であると強く推認できるというべきである(なお,Qが自殺し
た可能性が想定し難いことは,原判決説示のとおりである。)。すなわち,
原判決は,被告人がシアン化合物を所持していたこと等から犯行が可能であ
ったことを前提に(所論はこの点も争っているが,被告人がシアン化合物を
所持していたと認めるのが正当であることは既に述べたとおりである。),
シアン中毒によってQに異変が生じる直前に同人と一緒にいたのが被告人で
ある事実に着目した上で,その前後の被告人の行動状況や考え得る犯行動機
をも検討して,被告人が犯行を行ったと認定することに合理的な疑いを容れ
る余地がないものと判断して,被告人がカプセルに入れたシアン化合物をQ
に飲ませたと認定したものといえ,このような原判決の認定,判断はなんら
不当なものではないのであり,これを争う所論を採用することはできない。
⑷その他,被告人の供述調書類の任意性,信用性等,所論が様々に主張する
内容を踏まえて検討しても,被告人が原判示第4の行為に及んだとの認定が
誤りであるとうかがわせる事情は見当たらない。
原判示第4事実について,事件性及び被告人の犯人性を争う論旨は理由が
ない。
6責任能力について
⑴原判決は,被告人の精神鑑定を行ったX医師が,被告人は平成27年ころ
からアルツハイマー型認知症を発症しているものの,平成28年9月の鑑定
時には,認知症と判断するか迷うくらいの軽症であり,平成25年12月当
時は認知症その他の精神疾患にり患していなかった,などと供述しているこ
とや,平成25年12月ころのAとのメールのやりとりや男性との交際に関
わる被告人の言動,計画的で一貫した犯行状況や犯行後の種々の場面におけ
る行動状況等を挙げて,原判示第1の犯行当時,被告人に認知症による精神
の障害はなく,認知症が進行性の病気であることから,それ以前の原判示第
2及び第4の各犯行当時も同様であったとして,いずれの犯行の際も被告人
は完全責任能力を有していたものと認定した。
このような原判決の説示,認定は正当というべきである。
⑵この点,所論は,X医師は,認知症の専門医ではない,検査結果と判
断過程を具体的に明らかにしていない,反対尋問でもこれらの点について
鑑定内容を明らかにできていない,捜査記録に表れた事実を真実としてし
まっている,被告人の認知症の症状,程度などが被告人の判断能力,行動
制禦能力にどのような影響を及ぼしているかを何ら検討していない,などと
して,同医師の供述の信用性を争い,また,原判示第1,第2及び第4の各
事件当時の被告人は既に認知症を発症していたと認めるべきである,と主張
して,これらの事件当時の被告人につき完全責任能力を肯定した原判決を批
判する。
しかし,これまで説示したように,上記各犯行はいずれも,被告人が固体
のシアン化合物をカプセルに入れるなどした上で,これを,食事の際などに
各被害者に疑われないように服用させたというものである。したがって,相
当程度の計画性の存在が認められることはもとより,自分の目的を達成する
ために必要な継続的行動やその結果等に関する十分な状況認識,状況判断等
がなくしては容易に実行できない性質の犯行といえる。そうすると,このよ
うな計画性や各犯行態様等からして,いずれの犯行時点においても被告人が
完全責任能力の状態にあったことを相当程度推認することができるというべ
きである。
なお,所論に鑑み,X医師の原審供述の信用性につき付加説明すると,
については,X医師が鑑定人として認知症を含む被告人の責任能力の有無,
程度等を判断するための経験や能力を有する人物であることは,原判決が適
切に説示するとおりであって,同医師が認知症に特化した専門医とまでいう
ことができないことが同医師の鑑定人としての資質や能力等を左右するよう
な事情とみることはできない。及びについては,X医師は,被告人に対
して実施した各種検査結果やその評価について,説明用に使用されたスライ
ドを含めて合理的な説明をしていることは明らかで,所論が指摘するいくつ
かの点に明確に答えていないことなどが,その鑑定結果を含めた全体的供述
の信用性を左右するようなものとはいえない。については,X医師は捜査
記録も鑑定資料として用いているが,無批判にこれを真実とみなして鑑定結
果を導いているわけではなく,被告人からの面接聴取結果をはじめとする他
の多くの資料の検討結果も踏まえて鑑定をしていることは,その供述内容か
ら明らかであるから,所論指摘の点が同医師の鑑定結果を誤らせたとはいえ
ない。については,X医師は,捜査段階及び原審証言時に被告人が軽症の
アルツハイマー型認知症であったが,その発症時期が平成27年頃と判断し
たことについて,各種検査結果やこれまで蓄積されてきた医学的知見等を踏
まえて丁寧に説明している上,同医師は本件各犯行時には被告人は認知症で
はなかったという前提に立って証言しているのであるから,認知症が各犯行
時における被告人の判断能力や行動制禦能力に及ぼした影響について特段の
言及をしていないのは当然といえる。所論はいずれも採用できない。
原判示第1,第2及び第4の当時の被告人の責任能力を争う論旨は理由が
ない。
7事実誤認の論旨についての結論
以上のとおり,所論はいずれも採用できず,原判決が,原判示第1から第4
の各事実を認定し,同第1,第2及び第4について,被告人に完全責任能力を
肯定したことにいずれも事実誤認はないというべきである。
事実誤認の論旨は理由がない。
第2控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の主張について
1論旨は,仝郷海蓮と鏐霓佑訴訟能力を欠いた状態にあったにも拘わらず,
公判手続を停止せず,上記状態が続いているのに被告人に有罪の判決を言い渡
した点,原審における証人U及び証人Kの各供述は,いずれも証拠能力がな
いのに,原判決が,U証言を原判示第4事実の事実認定に用い,K証言を原判
示全事実の事実認定に用いた点,8郷海審理手続等,様々な面で憲法31条
や34条の要求を満たさないまま被告人に対し死刑判決を言い渡した点におい
て,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,
というのである。
2,料幣拉塾呂療世亡悗垢觴臘イ砲弔い
⑴所論は,原審において被告人は認知症により訴訟能力を欠いた状態にあっ
たのであるから,原審は公判手続を停止すべきであったのに,これをしない
まま有罪判決を言い渡した原判決は刑訴法314条に違反している,と主張
する。
そこで,原審記録を調査して検討すると,原判決は,上述のX医師の供述
に基づき,同医師が鑑定をした時点で被告人の認知機能低下の程度は軽症で,
理解力や状況判断能力等も認められるとした上,被告人の認知機能低下の進
行は緩徐であること等からすれば,上記鑑定から約1年後の原判決宣告時点
でも被告人の前記症状は大きく変化していないと認められるとし,さらに,
被告人の原審公判における黙秘権行使や,供述する内容の選択状況等も考慮
して,被告人は訴訟能力を有するものと認定して,有罪の判決を言い渡した
ものである。このような原判決の判断は正当であり,その理由として説示す
る内容も相当なものということができる。
⑵これに対し,所論は,X医師は認知症の専門医ではなく,原審弁護人か
らの反対尋問において,検査結果内容や判断過程を具体的に明らかにするよ
う求められてもこれを拒んで明らかにしなかったことからして,鑑定時点で
被告人の認知症の症状は軽症であったなどとする同医師の証言の信用性は低
い,X医師による鑑定は平成28年5月から同年9月にかけて行われたと
ころ,平成29年6月から同年10月にかけての原審の審理における被告人
の供述内容が不合理で,矛盾や変遷をしており,不可解であることが明らか
であるのに,これらを踏まえての再度の精神鑑定を行わず,X医師に公判を
傍聴させた上で証言をさせたわけでもない原判決は,公判審理時点での被告
人の訴訟能力について医学的観点からの検討をしたとはいえない,原審で
被告人は,質問に対して供述を拒むなどしたこともあった一方で,誰が被害
者とされる事件の審理をしているかがわかっていなかったり,どこに座って
いる人物が裁判官及び裁判員であるかわかっていなかったり,黙秘する旨を
述べた直後に供述を始めたりするなどしていたのであって,このような相矛
盾する被告人の応訴態度について専門家による分析を経なかった原判決の観
察と検討は表面的である,被告人が認知症であることは間違いなく,被告
人には短期記憶障害がみられるのに,それが訴訟能力に及ぼす影響について
鑑定を実施せず,原判決はこの点を具体的に検討していない,と主張する。
⑶しかし,まず上記についてみると,確かに原審公判で被告人は,前回
公判期日の自身の供述にとどまらず,休廷前の自身の供述についても,覚え
ていないと述べる場面がみられたことからして,被告人には一定程度の短期
記憶障害が生じていたと推測されるところであり,このことを前提とすると,
被告人が,自身で,訴訟の進行に応じ,自己の利益にとって最善な防御活動
をその都度的確に判断していくことは困難とみるべき場面もあったと考えら
れる。
しかしながら,被告人が,その期日に審理されているのが各公訴事実のう
ちのどの事件であるかや,昨日の期日には誰を被害者とする事件について審
理していたかを正しく答えることができていた場面も少なからずあったこと
(被告人は,公判の初期のころだけでなく,多数回の公判期日を重ねた後で
あっても,そのような正しい返答を何度かしている。例えば,原審第24回
公判調書中の被告人質問調書1丁,5丁,同第32回公判調書中の被告人質
問調書1丁等参照。)などからすれば,被告人が,直近の記憶を悉く保持で
きないような状態にはなかったことは明らかである。また,被告人は,原判
示第1から第3の各事実については,原審公判で,大まかにではあっても,
自身が行った犯行である旨を供述し,しかも,行った理由ないし動機につい
てまで繰り返し供述するなどしている一方で,原判示第4の事実については
これを否認する旨を述べているし,Qが生前作成した公正証書遺言に基づい
てQの死後にその遺産を全部取得したところ,Qの子らからの要求があった
ため,弁護士に相談したことがあった,といった事情などについては具体的
に供述することもできていた(原審第32回公判調書中の被告人質問調書4
2丁)。そうすると,被告人の場合,少なくとも各事件前後の自身の言動等
については比較的良く記憶を保持していたものと考えられ,被告人は,その
記憶を踏まえて,質問者に誘導等されることなく,自分の判断で,各事件に
ついての認否を明らかにし,その状況の概略について説明することができて
いたものと認められる。確かに,被告人が各犯行の理由として述べる内容は,
他の関係証拠に照らして不合理あるいは不可解ともいい得る部分が少なくな
いが,被告人は原審において,概ね,質問された内容を理解した上,これに
対応する供述をすることができていたといえるのであり(被告人が,質問さ
れた事項以外の内容を自ら進んで述べた場面も少なからずみられるものの,
そのような場合であっても被告人は,問われた事項以外に主張ないし供述し
たいことがあって,敢えて質問された事項以外の内容を供述したものと解さ
れる。),不合理あるいは不可解と思われる供述の多くについても,記憶の
混同や希薄化のため,あるいは真実の動機,経緯について供述を避けたいが
ためになされた,と理解することも可能であって,これらがもっぱら認知症
に影響されてなされた供述であるとみることは困難である。
また,原審における被告人質問の開始段階での供述内容をみると,被告人
は,原審弁護人の質問に対してどうするかを問われた際には「先生から質問
されたら答えます。」と答えていたのに,検察官,裁判官,裁判員からの質
問の場合はどうするかを問われると,黙秘する,と答えていることから,黙
秘権について理解した上で,弁護人が,検察官はもちろん裁判所とも異なる
立場に立ち,自分の利益のために活動する専門家であることを理解すること
ができていたと認められる(このことは,被告人が上記供述をした直後,検
察官の質問に対し,弁護人が上記立場にある人であることを自認する供述を
していることからも明らかである。)。この点につき所論は,原審弁護人と
被告人との事前の打ち合わせでは,原審弁護人からの質問も含めて全ての質
問に黙秘する方針が何度も確認されていたのに,実際に被告人質問が始まる
と,被告人の供述状況は上記方針とは異なっていた,として,被告人は黙秘
権について理解できていなかった,と主張しているが,原審では被告人の黙
秘権行使について訴訟関係者から慎重な配慮がされつつ審理がされていたこ
とは,記録から十分窺うことができる上,原判決も指摘するように,実際に
被告人が明確に回答を拒否する場面もあったのであるから(原審第9回公判
調書中の被告人質問調書11丁),被告人は,黙秘権があることを知りつつ,
事前に原審弁護人との間で確認したという方針に従うことは止めて,公判で
供述するか否かやその応答内容を自身の判断で状況に応じて選択していたも
のというべきである(なお,被告人は,原審弁護人との間で黙秘の方針を確
認した,とは説明せず,原審弁護人から黙秘しなさいと言われた,と供述し
ている。同被告人質問調書6丁)。もとより,被告人が,自分が刑事訴追さ
れた被告人として裁判を受けている身であること自体を理解できていなかっ
た様子は認められない。
以上に加えて,後述するように信用性が認められるX医師の供述内容も踏
まえれば,認知症が被告人の訴訟能力に影響を与えていたにしてもその影響
の程度はかなり限定的であったとみられるのであって,少なくとも被告人は,
原審弁護人からの適切な援助を受けるなどしていたことにより(所論が主張
するところの黙秘の方針に被告人が自らの判断で従わなかったにしても,原
審弁護人は,公判前整理手続の段階や公判段階で,被告人の利益の観点から,
検察官請求証拠に対する意見を述べ,検察官請求証人に対する反対尋問を行
ったのみならず,被告人質問の際に応答した被告人に不当な不利益が生じな
いように再質問をするなどもしていたのであって,被告人が弁護人という法
律専門家による適切な援助を受けていたといえることに疑問の余地はな
い。),自己の権利を防御するための訴訟能力をなお保持していたことは明
らかというべきである(最高裁第一小法廷平成10年3月12日判決最高裁
判所刑事判例集52巻2号17頁参照)。このことは,被告人が審理中に突
然立ち上がったとか,判断者である裁判員に対して怒りをぶつける発言をし
た等の,所論が指摘する諸事情を踏まえて検討しても,変わらない。
⑷この点,所論は,健忘には前向性健忘と逆行性健忘があるところ,捜査段
階や公判段階での訴訟能力の関係では,主に,短期の記憶障害である前向性
健忘が問題となり,被告人が,原審弁護人から受けた助言の内容を覚えられ
ず,打ち合わせた内容を記憶できず,自身が選択した決定・判断,陳述した
内容などを忘却してしまう以上,被告人は原審弁護人から有効な援助を受け
ることができなかった,として,原審が訴訟手続の停止を行わなかったこと
を批判する。
しかし,上述のように,被告人は黙秘の方針に関して原審弁護人から事前
に言われていた内容を原審で具体的に供述することができており,原審弁護
人からの助言の内容を全く覚えられないような状況にあったとみることはで
きない。
また,原審の訴訟手続の過程に照らして原審弁護人が被告人のために有効
な援助をすることが現実にできなかったのか否かを検討してみても,まず,
公判前整理手続の経過と結果をみれば,公判前整理手続の段階で,原審弁護
人が被告人に有効な援助をすることができずに被告人に不利な形の争点整理
や証拠整理がなされるに至ったとは考えられない。次に公判段階についてみ
ても,なるほど被告人は,原判示の事実ごとに行われた各被告人質問の場面
で,原審検察官等からの質問に対してほぼ例外なく応答をしており,黙秘権
を行使したといえる場面はほぼ皆無であったといってよいが,そのような経
過等のために,検察官請求証人の供述調書が一転して採用されるなどして証
人尋問が取り消された等の事態に至ったわけではなかったのであり,原審弁
護人は,被告人の応訴態度が当初の弁護方針と一致しなかったことによって,
被告人の利益ための弁護活動方針を再検討しつつ継続していくにつき大きな
困難が生じたとはにわかに考え難い。また,被告人質問における被告人の供
述態度は原審弁護人にとっては予想外であったと推察されるが,原判決は,
被告人質問で述べられた不利益供述のうちの一部を有罪認定に用いたものの,
被告人の不利益供述を有罪認定の中心に据えたわけではなく,あくまで,原
審弁護人による反対尋問を経た各証人尋問の結果等を中心に有罪認定を行っ
ている。そうすると,現実に,各犯罪事実の認定の局面で,原審弁護人は被
告人に対して有効な弁護活動による支援を行うことができていたものと評価
できる。
以上からすれば,前向性健忘が訴訟能力の有無に大きな影響を及ぼす旨の
所論の指摘を踏まえて検討しても,本件の場合,被告人の訴訟能力が欠如し
ていたとみるべきことにはならない。
⑸また,所論は,死刑が問題となっている本件においては,死刑求刑相当事
案における公判廷での理解力,公判廷での手続への主体的参加を可能とする
記憶力,理解や記憶に基づいた弁護人とのコミュニケーション能力が重要で
あり,これらの点につき十分な判断指針ないし規範を確立して,死刑求刑事
案という特殊性を踏まえて,より慎重に訴訟能力を判断しなければならず,
その能力についても,より高い能力を要求すべきであるとして,最高裁判所
平成7年6月28日判決を引用し,原判決はそのような規範等の確立も慎重
な判断も欠いている,と批判するが,死刑が求刑されるような事案であるか
らといって,被告人の訴訟能力を肯定するに際し所論が求めるような規範等
を裁判所が明示しなければならないとはいえないし,死刑求刑相当事案とそ
うでない事案とで,訴訟能力として求められる内容,程度に特段の差異があ
ると考えることも相当とはいえない。所論引用の最高裁判決は,死刑判決の
衝撃等による精神的苦痛によって精神障害が生じた者による上訴取下げに関
する事案であって,本件とは事案や状況を異にしており,本件に適切なもの
ではない。
⑹ところで,所論は上記のとおり,X医師の証言の信用性を争うが,これ
まで説示したとおり,同医師が前提とした事実やその判断過程等に問題があ
るとは認められず,同医師の証言はその信用性を肯定すべきものである。所
論は,X医師が認知症の専門家ではないと指摘するが,精神医学者としての
十分な知識,経験を有すると認められる同医師の供述につき,同医師が精神
医学の中でも認知症を専門としているわけではないこと自体で,その信用性
を否定することはできない。また,所論は,上記のとおり,原審審理段階
での被告人の精神状態について再鑑定等がなされておらず,医学的な検討が
なされていないとして原判決を批判するが,X証言によれば被告人の認知症
の進行具合は緩徐と認められるのであるから,原審が,審理時点での被告人
の精神状態について再度の鑑定等を行うなどしなかったことに不当とすべき
点はないし,被告人の訴訟能力を肯定した判断が正当であることは上述した
とおりである。
⑺以上のとおり,被告人の訴訟能力についての所論は結局採用することはで
きず,原裁判所が,公判手続の停止をすることなく被告人に有罪の判決をし
た点に,訴訟手続的な違法があるということはできない。
また,所論に鑑み,当審段階での被告人の訴訟能力についても,念のため
付言しておくと,原審審理時点における被告人の供述状況等からして,原審
段階での被告人には訴訟能力があったと認められる上,X医師による平成2
8年の精神鑑定時に,被告人に認知症が認められたがその程度は軽度で,そ
の進行の度合いは緩徐であるとされていること等に照らせば,原判決宣告か
ら約1年半を経過した現時点においても,特段の事情がない限り,被告人に
訴訟能力があるとみるべきところである。そして当審弁護人からは,被告人
の現時点における訴訟能力について再鑑定を求める申立てがされ,これに伴
い,被告人の最近の状況として,弁護人作成の報告書2通が追加提出された
が,これらの申立内容や疎明状況を踏まえても,原判決後の被告人の精神状
態に大きな変化があったと窺わせるような状況は特に見出すことができない。
そうである以上,当審段階においても,被告人が訴訟能力を欠く状態にある
と認めることはできない。
3△裡嫋攷裕擇咤望攷佑粒洞―劼両攀鯒塾呂療世砲弔い
所論は,U証人が,自身が原審証人として供述を求められる点と同じ点につ
いて述べている他の証人らの捜査段階での供述調書を読むなどした上で,公判
廷で供述した旨を認めていることを指摘し,また,K証人も,自身が原審証人
として供述を求められる諸点と同じ点について述べている他の証人の供述調書
を読んだ上で公判廷で供述したものと考えられる,とした上で,刑事訴訟規則
123条の趣旨に照らせば,そのようなU証人やK証人の各供述の証拠能力を
否定すべきであるのに,原判決はこれらを不当に事実認定に用いている,と主
張する。
しかし,U証人及びK証人がいずれも原審で供述を求められたものは,同人
らが歴史的事実関係を直接知覚,認識したことに基づく体験的事実ではなく,
被害者らの診療録等の関連資料を閲読検討したことを前提にして同人らの死因
等を医療分野の専門家としての識見に照らしてどのように考えるかという意見
が中心である。そうである以上,両証人が,他の医師等関係者の供述のみなら
ずその見解をも踏まえて死因等について検討して証言することは,刑事訴訟規
則123条の趣旨になんら反するものではない。所論は採用できない。
したがって,原判決が,U証人及びK証人の各供述を事実認定に用いた点に,
違法とみるべき点はない。
4の憲法31条違反,34条違反の主張について
所論は,憲法31条,34条に照らせば,死刑を科するような事件において
は,通常とは異なった特別な手続が保障される必要があり,具体的には,罪
責認定手続と量刑手続とを明確に区別して審理を行った上で,死刑判決につ
いては被告人の意思や弁護人の意思に関わりなく自動的に上訴がなされる制度
や,合議体の全員一致を要求する制度の存在を前提に,法定された明確な
基準に従い,死刑が選択されなければならず,また,死刑の選択が可能な事
件については十分な弁護活動が行われるよう特別の人的物的保障がなければな
らないのに,そのいずれをも欠いたまま被告人に死刑を言い渡した原判決は,
憲法31条,34条に違反している,と主張する。
しかし,所論が挙げる上記の各制度については,憲法がこれらの制度ま
でをも要求しているとは解し難く,これら制度を設けるかどうかは専ら立法政
策の問題というべきである。上記についても,被疑者や被告人が,弁護人を
依頼する権利を超えて,死刑の選択が法律上可能な事件の場合であれば特別の
弁護活動を受けられる制度を設けるかどうかは,やはり立法政策の問題といえ
る。また,上記については,裁判所の審理方法選択に関する合理的な裁量に
委ねられた問題あるいは立法政策の問題といえるし,上記については,憲法
が,罪刑を法定することを超えて,さらに,死刑を選択するための基準の法定
までも要求しているとみることはできない。
結局,原判決に,所論が指摘するような憲法31条,34条に違反する点が
あるとみることはできないし,さらに念のため付言すると,被告人の弁護人選
任権について規定した憲法37条に違反する点があるともいえないというべき
である。
5以上のとおり,所論はいずれも採用することができない。また,原審記録を
検討しても,原判決の訴訟手続に,所論が主張するものの他に,判決に影響を
及ぼすことが明らかな何らかの法令違反があるとみることはできない。
訴訟手続の法令違反の論旨は理由がない。
第3控訴趣意中,法令適用の誤りの主張について
論旨は,死刑や,死刑の執行方法とされている絞首刑は,憲法36条,98
条2項に違反しているから,原判示第1,第2及び第4の各事実について刑法
199条が定める法定刑の中からいずれも死刑を選択した原判決は,法令適用
を誤っている,というのである(なお,所論は,刑法240条後段の強盗殺人
罪についても,その法定刑のうち死刑を規定した部分が憲法違反である旨の主
張をしているが,原判決は,強盗殺人未遂罪にあたる原判示第3事実について
は,未遂減軽に依ることなく当初から無期懲役を選択しており,死刑を選択し
ていない。)。
しかし,死刑制度が,その執行方法を含め,憲法36条に違反するものでな
いことは,原判決が指摘するように,最高裁判所の判例とするところであるし,
所論が死刑をめぐる近時の状況として主張する内容を踏まえても,これが憲法
36条に違反しているということはできない。また,所論は,国連機関等の動
向を指摘して,死刑廃止は確立された国際法規であるとして,刑法199条の
死刑を規定した部分が憲法98条2項に違反しているというのであるが,死刑
の廃止や絞首刑の廃止が確立した国際法規に当たるとはいえない。
法令適用の誤りの論旨は理由がない。
第4結論
以上のとおり,論旨はいずれも理由がないので,刑訴法396条により本件
控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
令和元年5月31日
大阪高等裁判所第4刑事部
裁判長裁判官 樋󠄀口裕晃?
裁判官 佐藤洋幸
裁判官 柴田厚司

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