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原爆症 2審も3人を認定する判決 大阪高裁

 広島や長崎で被爆した人やその遺族が国に原爆症と認めるよう訴えた裁判で、大阪高等裁判所は「国の新しい認定基準では被ばく線量を過小評価している疑いがある」として、1審に続いて原告のうち3人を原爆症と認める判決を言い渡しました。
 この裁判は、広島や長崎で被爆し、今は関西で暮らす人たちとその遺族が原爆症と認めるよう起こしたもので、5年前に国の基準が見直されたあとも原爆症と認定されなかった6人の裁判が続いていました。
 16日の2審の判決で大阪高等裁判所の高橋譲裁判長は、国が用いている被ばく線量の推定方法や原爆症の認定基準について、「科学的根拠はあるが一定の限界がある。国の新しい認定基準は内部被ばくの可能性を考慮していないうえ、残留放射線による被ばく線量を過小評価している疑いがある」と指摘しました。
 そのうえで、国の基準では原爆症と認められなかった甲状腺の機能が低下する症状を発症した3人について、1審に続いて原爆症と認めました。
 一方、狭心症などの3人については「放射線が病気の原因とは認められない」などとして、2審も訴えを退けました。
 原爆症の認定をめぐっては、国の新しい基準で認定されなかった人たちを原爆症と認める判決が各地で相次いでいて、被爆者団体は制度の抜本的な見直しを求めています。
 「被爆者の立場に立って転換を」
 判決後の記者会見で、2審でも原爆症と認められた川上博夫さん(84)は「長い月日をかけてやっとここまで来たという喜びがあります」と話しました。
 一方、4年前に亡くなり2審でも原爆症と認められなかった塚本郁男さん(当時82)の妻の知佐子さん(82)は「夫は被爆で苦しみましたが、判決で認められず残念です。上告したいと思います」と話しました。
 原告団の代表を務める藤原精吾弁護士は「原爆症の認定基準が誤っていることを明確にした判決だ」としたうえで、「認定を受けるために裁判を起こさないといけないというのは異常な事態で、国はこうした行政の在り方を被爆者の立場に立って転換すべきだ」と話していました。
 「主張一部認められた」
 16日の判決について厚生労働省は「国の主張が一部認められた。今後の対応については関係省庁と協議し、判決の内容を精査したうえで検討していきたい」としています。
(1月16日 16時10分 NHK)

二審も原爆症認める=新基準で対象外の3人−大阪高裁

 原爆症の認定申請を却下された被爆者の男女6人が、国に却下処分の取り消しを求めた訴訟の控訴審判決が16日、大阪高裁であった。高橋譲裁判長は、6人のうち3人を原爆症と認めた一審大阪地裁判決を支持し、一審で敗訴した原告3人と国の控訴をいずれも棄却した。
 広島や長崎で被爆した6人(うち2人は提訴後死亡)は、医療特別手当が受けられる原爆症と認定するよう申請したが、厚生労働省は2010年に却下。13年に緩和した新基準でも認めなかった。
 高橋裁判長は、国による被ばく線量の評価について「放射性降下物などが過小評価になっている疑いがある」と指摘。3人の甲状腺機能低下症は原爆に被爆したことが原因と認めた。狭心症やケロイドの3人については原爆症と認めなかった。
 大阪地裁は15年1月、訴えた7人のうち甲状腺機能低下症の4人を原爆症と認め、国は1人について控訴せず確定した。
(2018/01/16-12:33 時事ドットコム)

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平成27(行コ)41  原爆症認定申請却下処分取消等請求控訴事件
主文
1控訴人A,控訴人B2,控訴人B3,控訴人B4,控訴人E2,控
訴人E3及び控訴人E4の本件各控訴をいずれも棄却する。
2控訴人兼被控訴人国の本件控訴をいずれも棄却する。
3控訴人A,控訴人B2,控訴人B3,控訴人B4,控訴人E2,控
訴人E3及び控訴人E4の控訴費用は同控訴人らの,控訴人兼被控訴
人国の控訴費用は同控訴人兼被控訴人の各負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人Aの控訴の趣旨
原判決主文第5項のうち,厚生労働大臣が平成22年8月26日付けで控
訴人Aに対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の
規定による認定の申請を却下する処分の取消しの請求に係る部分を取り消
す。
上記却下処分を取り消す。
2控訴人B2,控訴人B3及び控訴人B4の控訴の趣旨
原判決主文第5項のうち,厚生労働大臣が平成22年9月29日付けで承
継前第2事件原告亡B1に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する
法律11条1項の規定による認定の申請を却下する処分の取消しの請求に係
る部分を取り消す。
上記却下処分を取り消す。
3控訴人E2,控訴人E3及び控訴人E4の控訴の趣旨
原判決中主文第5項のうち,厚生労働大臣が平成22年10月25日付け
で承継前控訴人亡E1に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法
律11条1項の規定による認定の申請を却下する処分の取消しの請求に係る
部分を取り消す。
上記却下処分を取り消す。
4控訴人兼被控訴人国の控訴の趣旨
原判決中主文第1項,第3項及び第4項を取り消す。
被控訴人Cの原判決主文第1項に係る請求を棄却する。
被控訴人Dの原判決主文第3項に係る請求を棄却する。
被控訴人Fの原判決主文第4項に係る請求を棄却する。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」
という。)1条の被爆者である控訴人A(以下「控訴人A」という。),承継前
第2事件原告B1(以下「B1」という。),被控訴人C(以下「被控訴人C」
という。),被控訴人D(以下「被控訴人D」という。),承継前控訴人E1(以
下「E1」という。)及び被控訴人F(以下「被控訴人F」という。)が,そ
れぞれ被爆者援護法11条1項の規定による認定(以下「原爆症認定」という。)
の申請(以下,併せて「本件各申請」という。)をしたところ,厚生労働大臣
から本件各申請を却下する旨の処分(以下,併せて「本件各却下処分」という。)
を受けたことから,控訴人兼被控訴人国(以下「第1審被告」という。)に対
し,本件各却下処分が違法であると主張してその取消しを求める事案である。
原審は,被控訴人C及び被控訴人Fの各申請疾病の放射線起因性は認められ
るなどと判断して同被控訴人らの各請求をいずれも認容し,被控訴人Dの申請
疾病のうち,甲状腺機能低下症の放射線起因性は認められるなどと判断して同
被控訴人の請求のうち同疾病に係る部分を認容した(ただし,申請疾病のうち
両白内障に係る部分は要医療性が認められないと判断して棄却した。)のに対
し,控訴人A及びE1の各申請疾病の放射線起因性は認められないと判断し,
B1については申請疾病の要医療性が認められないと判断して,控訴人A,B
1及びE1の各請求をいずれも棄却した。
控訴人A,B1及びE1は,これを不服として控訴し,第1審被告は,被控
訴人C,被控訴人D及び被控訴人Fに係る請求認容部分を不服として控訴した。
B1は平成26年5月18日に死亡し,控訴人B2,控訴人B3及び控訴人
B4(以下,併せて「控訴人Bら」という。)が同人を承継した。このように,
B1は,原判決の口頭弁論終結前に既に死亡していたものであるが,B1の訴
訟代理人が控訴を提起し,控訴人Bらが当審において訴訟承継の手続をしたこ
とについて,第1審被告から異議の申立て等はされていない。
E1は平成28年11月27日に死亡し,控訴人E2,控訴人E3及び控訴
人E4(以下,併せて「控訴人Eら」という。)が同人を承継した。
なお,控訴人A,B1,被控訴人C,被控訴人D,E1及び被控訴人Fは,
原審において,上記各処分の取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項の
規定により,慰謝料各200万円及び弁護士費用各100万円並びにこれらに
対する不法行為後である訴状送達の日の各翌日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の各支払を求めたが,原審は,これらの慰謝料等
の請求をいずれも棄却し,被控訴人C,被控訴人D及び被控訴人Fはいずれも
これに対して控訴せず,控訴人A,B1及びE1は,控訴に当たり,同棄却部
分の請求認容を求めず,同部分について控訴の対象としなかった。したがって,
国家賠償法1条1項の規定による慰謝料等請求部分は当審において審判の対象
とならない。
また,被控訴人Dの申請疾病のうち両白内障に係る却下処分の取消請求部分
については,原審がこれを棄却したところ,被控訴人Dはこれに対して控訴し
なかったため,同部分は当審において審判の対象とならない。
原審においては,第4事件原告Gが同旨の処分取消請求及び慰謝料等の請求
をし,原審は,処分取消請求を認容し,慰謝料等の請求を棄却したが,同原告
及び第1審被告はいずれも控訴せず,同人に関する部分(原審第4事件)は確
定した。
以下の原判決引用部分(原判決22頁10行目,24頁11行目,73頁2
1行目,246頁15行目,326頁12行目,328頁16行目,同頁17
行目,同頁19行目,329頁4行目,同頁12行目,同頁19行目,同頁2
2行目,330頁2行目,同頁6行目,同頁13行目,332頁26行目,3
33頁17行目,334頁17行目,同頁24行目,335頁8行目,同頁9
行目,同頁11行目,同頁13行目,同頁21行目,336頁4行目,同頁8
行目,337頁11行目,同頁19行目,338頁15行目,同頁19行目,
同頁26行目,339頁15行目を除く。)において,「原告B1」とあるの
を「B1」と読み替える。また,原判決325頁18行目,329頁4行目,
334頁25行目,335頁22行目,同頁24行目,同頁25行目,336
頁5行目,同頁6行目,338頁19行目の「同原告」をいずれも「B1」と
読み替え,334頁4行目の「同原告の被曝線量」を「B1の被曝線量」と読
み替える。上記括弧内の部分において「原告B1」とあるのを「控訴人Bら」
と読み替える。また,原判決333頁15行目,334頁21行目,336頁
9行目の「同原告」を「控訴人Bら」と読み替え,334頁4行目の「同原告
の主張」を「控訴人Bらの主張」と読み替える。
以下の原判決引用部分(原判決33頁13行目,34頁24行目,97頁2
0行目,98頁6行目,99頁9行目,同頁25行目,411頁9行目,同頁
18行目,同頁19行目,同頁22行目,同頁23行目,412頁5行目,同
頁6行目,413頁5行目,414頁1行目,同頁10行目,同頁15行目,
同頁20行目,415頁4行目,同頁17行目,416頁12行目,同頁15
行目,同頁17行目,418頁3行目,同頁21行目,同頁24行目,419
頁5行目,同頁14行目,420頁8行目,421頁4行目,同頁21行目,
422頁5行目から6行目にかけて,同頁15行目,423頁12行目,同頁
23行目,同頁24行目,424頁5行目,同頁7行目,同頁15行目,42
5頁1行目,同頁3行目,同頁17行目,427頁10行目,同頁12行目,
同頁18行目,428頁1行目,同頁17行目の「原告E1は」とある部分,
同頁26行目,429頁7行目,同頁12行目,同頁14行目,同頁23行目,
430頁5行目,同頁16行目,同頁24行目,431頁5行目から6行目に
かけて,同頁10行目,同頁12行目,432頁4行目,同頁13行目,43
3頁13行目,434頁11行目,同頁23行目,437頁18行目を除く。)
において,「原告E1」とあるのを「E1」と読み替える。また,原判決41
2頁6行目,同頁9行目,同頁13行目,413頁13行目,421頁26行
目,423頁5行目,同頁12行目,同頁17行目,同頁24行目,425頁
3行目,同頁17行目,429頁21行目,437頁15行目,同頁16行目,
同頁22行目の「同原告」を「E1」に読み替える。上記括弧内の部分におい
て「原告E1」とあるのを「控訴人Eら」に読み替える。また,原判決412
頁7行目,同頁10行目,414頁18行目,417頁25行目,423頁4
行目,同頁8行目,436頁26行目の「同原告」及び427頁16行目の「原
告」を「控訴人Eら」に読み替える。
2関係法令の定め
関係法令の定めは,原判決の「事実及び理由」の「第2章事案の概要」の
「第1関係法令の定め」の1ないし5(原判決4頁5行目〜10頁11行目)
に記載のとおりであるから,これを引用する。
3前提となる事実
前提となる事実(当事者間に争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨により
容易に認められる事実)は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理
由」の「第2章事案の概要」の「第2前提となる事実」の1ないし3,4
のないし及びないし並びに5(原判決10頁15行目〜16頁12行
目,同頁24行目〜19頁20行目)に記載のとおりであるから,これを引用
する。
原判決15頁12行目から13行目にかけて,同頁25行目から26行目
にかけて,16頁12行目,17頁7行目から8行目にかけて,同頁21行
目,18頁9行目から10行目にかけての「顕著な事実」をいずれも「記録
上明らかな事実」に改める。
原判決15頁26行目末尾に改行して次のとおり加える。
「カB1は,平成26年5月18日に死亡し,控訴人Bらは,同人の相続人
であり,同人を承継した(記録上明らかな事実)。」
原判決16頁24行目の「」を「」に,17頁9行目の「」を「」
に,同頁22行目の「」を「」にいずれも改める。
原判決17頁21行目末尾に改行して次のとおり加える。
「カE1は,平成28年11月27日に死亡し,控訴人Eらは,同人の相続
人であり,同人を承継した(記録上明らかな事実)。」
4争点及びこれに関する当事者の主張
争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記5ないし1
3のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほかは,原判決の「第2
章事案の概要」の「第3争点及び当事者の主張」(原判決19頁22行目
〜37頁26行目。原判決別紙2(117頁〜243頁)及び別紙3(244
頁〜455頁)を含む。)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決19頁23行目から24行目にかけての「及び本件各却下処分に
ついての国家賠償責任」を削る。
原判決27頁17頁冒頭から29頁18行目末尾までを削り,同頁19行
目の「5」を「4」に,33頁12行目の「6」を「5」に,35頁18行
目の「7」を「6」にそれぞれ改める。
原判決30頁18行目冒頭から同頁22行目末尾までを次のとおり改め
る。
「被控訴人Dは,初期放射線に被曝したのみならず,相当量の残留放射線を
浴び,又は飲食や呼吸等を通じて放射線物質を体内に取り込むなどして,相
当量の放射線に外部,内部被曝していることは明らかである。そして,甲状
腺機能低下症が放射線起因性の認められる疾病であることは疫学調査の結果
から明らかである。
Hによる「C氏・D氏・F氏における甲状腺機能低下症の発症原因につい
て」(乙A641。以下「H意見書」という。)は,被控訴人Dの甲状腺自
己抗体の測定結果が陰性であったにもかかわらず,同人の甲状腺機能低下症
を慢性甲状腺炎(橋本病)によるものと断定したが,ほとんどの甲状腺機能
低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)
のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても陰性であることの
みをもって,このように結論づけているのであって,同結論は,医学的根拠
を欠くものである。
なお,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであるとしても,
自己免疫性甲状腺機能低下症の発症と原爆放射線への被曝との間には低線量
域を含めて有意な関係が認められる。
したがって,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は放射線起因性が認められ
る。」
原判決30頁23行目冒頭から31頁7行目末尾までを削る。
原判決32頁1行目冒頭から同頁12行目末尾までを次のとおり改める。
「ア被控訴人Dは,平成15年3月7日,g病院において,高脂血症の原因
精査の一環として,甲状腺ホルモンの測定を受けたところ,TSH=27.
329μIU/mlと高値,FT4=0.30ng/dlと低値を認め,甲
状腺機能低下症と診断された。そして,同病院の耳鼻科に紹介され,耳鼻
科において平成15年3月14日よりチラージンS25μgが開始され
た。平成15年4月16日には,サイロイドテストとミクロゾームテスト
により甲状腺の自己抗体を測定され,その結果は陰性であった。
イ上記の臨床経過からは,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎
(橋本病)によるものであることを確定することはできない。しかし,被
控訴人Dの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性
は少ないというべきである。すなわち,サイロイドテスト及びミクロゾー
ムテストの結果は陰性であったが,これらのテストは,いずれも感度が低
いとされている。また,被控訴人Dについて甲状腺自己抗体測定が行われ
たのは,記録上,上記の1回のみであり,当時から臨床現場において日常
的に使用されていた抗サイログロブリン抗体や抗TPO抗体といった高感
度測定は一度も行われていない。このように,甲状腺の専門医ではなく,
主に耳鼻科医によって診察が行われていたため,甲状腺機能低下症に関す
る詳細な検査が行われていないため,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が慢
性甲状腺炎(橋本病)によるものであることを積極的に肯定する所見まで
はないことはやむを得ないことと思われる。
したがって,上記検査結果のみでは,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が
自己免疫性でなかったと即断することは相当でなく,むしろ,ほとんどの
甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであり,慢性甲状
腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても
陰性であること等を踏まえると,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が慢性甲
状腺炎(橋本病)以外である可能性は少ない(H意見書)。
なお,この点について,第1審被告は,従前,被控訴人Dの甲状腺機能
低下症が自己免疫性ではない甲状腺機能低下症である旨主張していたが,
H意見書における意見を踏まえ,上記のとおり訂正する。
そして,慢性甲状腺炎(橋本病)や甲状腺機能低下症は加齢によりその
頻度が上昇するとされている。被控訴人Dが甲状腺機能低下症を発症した
のは63歳の時であり,本邦での女性における甲状腺機能低下症の好発年
齢と一致していることを踏まえると,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は,
加齢等によって発症したものと考えて,何ら不自然ではない。
以上によれば,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は,慢性甲状腺炎(橋本
病)を原因とするものであり,加齢により慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患
し,さらに同疾病が増悪したことで甲状腺機能低下症に罹患したものと合
理的に説明することができる。」
原判決32頁13行目から33頁11行目までを削る。
原判決36頁16行目冒頭から20行目末尾までを次のとおり改める。
「被控訴人Fは,初期放射線に被曝したのみならず,少なくとも数日間爆心
地に入り,相当量の放射線に外部,内部被曝していることは明らかである。
そして,甲状腺機能低下症が放射線起因性の認められる疾病であることは疫
学調査の結果から明らかである。
H意見書は,被控訴人Fの甲状腺自己抗体の測定結果が陰性であったにも
かかわらず,同人の甲状腺機能低下症を慢性甲状腺炎(橋本病)によるもの
と断定したが,ほとんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によ
るものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体
が精密検査によっても陰性であることのみをもって,このように結論づけて
いるのであって,同結論は,医学的根拠を欠くものである。
なお,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであるとしても,
自己免疫性甲状腺機能低下症の発症と原爆放射線への被曝との間には低線量
域を含めて有意な関係が認められる。
したがって,被控訴人Fの甲状腺機能低下症は放射線起因性が認められ
る。」
原判決37頁15行目冒頭から同頁26行目末尾までを次のとおり改め
る。
「ア被控訴人Fは,浮腫がひどくなったため,平成18年3月7日,かかり
つけ医であったI医院を受診し,その際,甲状腺ホルモンを測定したとこ
ろ,T4=3.7μg/dl(基準値7.0ないし13.0μg/dl),
T3=109.0ng/dl(基準値70ないし190ng/dl),T
SH=126.756μU/ml(基準値0.2ないし5.0μU/ml)
であり,T4低値と著名なTSHの上昇を認め,「Hypothyroi
dism」(甲状腺機能低下症)と診断された。そして,チラーヂンS(2
5μg)1錠/日の投与が開始され,その後直ぐにチラーヂンS(50μ
g)1錠/日が投与されるようになった。同年10月3日には,サイロイ
ドテストとミクロゾームテストにより甲状腺の自己抗体が測定され,その
結果は陰性であった。平成21年3月9日には,甲状腺ホルモンの測定値
が,FT4=1.10ng/dl(基準値0.7ないし1.48ng/d
l),FT3=2.90pg/ml(基準値1.71ないし3.71pg
/dl),TSH=3.013μIU/ml(基準値0.35ないし4.
94μIU/ml)と正常範囲内であることが認められている。
イ上記の臨床経過からは,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎
(橋本病)によるものであることを確定することはできない。しかし,被
控訴人Fの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性
は少ない。すなわち,サイロイドテスト及びミクロゾームテストの結果は
陰性であったが,これらのテストはいずれも感度が低いとされている上,
甲状腺自己抗体の測定が行われたのは,記録上,上記の1回のみであり,
当時から臨床現場において日常的に使用されていた抗サイログロブリン抗
体及び抗TPO抗体等の高感度測定は一度も行われていない。そして,甲
状腺機能低下症に関する詳細な検査が行われていないのは,甲状腺の専門
医ではない医師によって診察が行われていたことによるものと考えられ,
やむを得ないことである。上記検査結果のみから被控訴人Fの甲状腺機能
低下症が自己免疫性でなかったと即断することは相当でなく,むしろ,ほ
とんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであり,
慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査に
よっても陰性であることを踏まえると,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が
慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性は少ないというべきである(H
意見書)。
なお,この点について,第1審被告は,従前,被控訴人Fの甲状腺機能
低下症が自己免疫性ではない甲状腺機能低下症である旨主張していたが,
H意見書における意見を踏まえ,上記のとおり訂正する。
そして,慢性甲状腺炎(橋本病)や甲状腺機能低下症が加齢によってそ
の頻度が上昇すること,被控訴人Fが甲状腺機能低下症を発症したのは6
2歳の時であり,本邦での女性における甲状腺機能低下症の好発年齢と一
致していること等を踏まえると,被控訴人Fの甲状腺機能低下症は,加齢
等によって発症したものと考えて,何ら不自然ではない。
以上によれば,被控訴人Fの甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎(橋本病)
を原因とするものであり,加齢により慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患し,
さらに同疾病が増悪したことで甲状腺機能低下症に罹患したものと合理的
に説明することが可能である。」
原判決127頁4行目冒頭から140頁2行目末尾までを削る。
原判決148頁4行目の「述べてられている。」を「述べられている。」
に改める。
原判決176頁18行目冒頭から178頁7行目末尾までを次のとおり改
める。
「9結論
以上より,控訴人Aの申請疾病である狭心症の放射線起因性は明らかで
あり,要医療性も認められることから,本件A却下処分を直ちに取り消す
べきである。」
原判決178頁18行目から19行目にかけて,179頁1行目から2行
目にかけて,同頁7行目,180頁2行目,同頁20行目,181頁14行
目,330頁7行目,331頁24行目,332頁3行目,334頁15行
目,337頁26行目,338頁22行目,339頁7行目の「原告B1本
人」を「訴訟承継前第2事件原告B1本人」に改める。
原判決190頁15行目冒頭から192頁23行目末尾までを次のとおり
改める。
「6結論
以上より,B1の申請疾病の放射線起因性は明らかであり,要医療性も
認められることから,本件B1却下処分を直ちに取り消すべきである。」
原判決196頁1行目の「カテーテル検査受けたところ」を「カテーテル
検査を受けたところ」に改める。
原判決199頁23行目冒頭から201頁18行目末尾までを次のとおり
改める。
「7結論
以上より,被控訴人Cの申請疾病である甲状腺機能低下症の放射線起因
性は明らかであり,要医療性も認められることから,本件C却下処分を取
り消すべきである。」
原判決201頁19行目冒頭から212頁15行目末尾までを削り,同頁
16行目の「第7」を「第6」に,222頁14行目の「第8」を「第7」
に,234頁23行目の「第9」を「第8」にそれぞれ改める。
原判決218頁20行目冒頭から222頁13行目末尾までを次のとおり
改める。
「5結論
以上のとおり,被控訴人Dの申請疾病である甲状腺機能低下症は,放射
線起因性及び要医療性の要件を満たすことは明らかであるから,本件D却
下処分を速やかに取り消すべきである。」
原判決230頁25行目,418頁13行目から14行目にかけて,42
0頁21行目,421頁8行目の「原告E1本人」を「訴訟承継前控訴人E
1本人」に改める。
原判決232頁11行目冒頭から234頁22行目末尾までを次のとおり
改める。
「7結論
以上のとおり,E1の申請疾病である心筋梗塞・労作性狭心症に放射線
起因性及び要医療性が認められることは明らかであることから,本件E1
却下処分を直ちに取り消すべきである。」
原判決239頁9行目冒頭から同頁12行目の「しかしながら」までを次
のとおり改める。
「被控訴人Fには自己免疫性でない甲状腺機能低下症を思わせる検査結果が
あるので,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己免疫性ではなかった場合の
放射線起因性について検討すると」
原判決242頁13行目冒頭から243頁22行目末尾までを削る。
原判決249頁23行目の「及び」から同頁24行目の「限る。)」まで
を削る。
原判決250頁2行目の「また」から同頁7行目末尾までを削る。
原判決252頁8行目及び255頁15行目の「第11準備書面」をいず
れも「原審第11準備書面」に,同頁10行目の「第13準備書面」を「原
審第13準備書面」に改める。
原判決333頁14行目の「原告A」を「B1」に改める。
原判決365頁6行目冒頭から379頁9行目末尾までを削り,同頁10
行目の「第7」を「第6」に,411頁5行目の「第8」を「第7」に,4
39頁10行目の「第9」を「第8」にそれぞれ改める。
原判決381頁12行目冒頭から382頁25行目末尾までを削る。
原判決395頁3行目冒頭から同頁7行目の「これに対し」までを次のと
おり改める。
「また,被控訴人Dの抗サイクロブリン抗体及び抗マイクロゾーム抗体はい
ずれも陰性であったから,自己免疫性でない甲状腺機能低下症(甲状腺自己
抗体陰性の甲状腺機能低下症)について検討すると」
原判決399頁4行目冒頭から410頁24行目末尾までを削る。
原判決411頁1行目の「また」から同頁2行目の「いえないから,」を
削り,同頁3行目の「及び両白内障」及び「いずれも」を削る。
原判決439頁8行目の「原告A」を「控訴人Eら」に改める。
原判決450頁20行目冒頭から同頁24行目の「低下症)である。」ま
でを次のとおり改める。
「また,被控訴人Fの検査結果報告書(乙H6・88頁)によると,「TS
Hレセプター抗体」陰性,「抗TG抗体」0.3以下(正常),「TPOAb」
0.3未満(正常)であるが,被控訴人Fの自己免疫性でない甲状腺機能低
下症に関する主張について検討すると,」
原判決453頁10行目冒頭から同頁16行目末尾までを削り,同頁17
行目の「第11」を「第9」に改める。
5放射線起因性の判断基準等に関する当審における補充主張
(控訴人A,控訴人Bら,被控訴人C,被控訴人D,控訴人Eら及び被控訴人F
(以下「第1審原告ら」という。))
松谷訴訟に係る最高裁平成12年7月18日第三小法廷判決・裁判集民事
198号529頁(最高裁平成12年判決)は,放射線起因性の判断につい
て,通常の民事訴訟における因果関係の判断と同じく「高度の蓋然性」が必
要としつつつも,放射線起因性を認めることが容易ではない当該事案におい
て,結論的に,「放射線起因性があるとの認定を導くことも可能であって,
それが経験則上許されないものとまで断じることはできない。」として,放
射線の起因性を認めた。上記判決では,放射線起因性の立証の程度について
は,制度の趣旨,目的に基づき,次のとおり判断された。
アDS86による放射線の推定被曝線量の妥当性と,さらに,これに基づ
くしきい値論によって認定を行うべきであるとの厚生大臣の主張に対し,
DS86は,なお未解明な部分を含む推定値であり,現在もなお見直しが
続けられていることから,DS86としきい値論とを機械的に適用しては,
入市被爆者や遠距離被爆者に生じた脱毛等の急性症状が認められたことを
十分に説明することができないと判断し,現実に発生している事象をまず
重視すべきであるとした。
イさらに,その判断の過程において,放射線による急性症状の一つの典型
である脱毛について,厚生大臣の主張を排斥して,DS86としきい値論
を機械的に適用する限りでは発生するはずのない地域で発生していること
について説明がつかないと判断している。
ウまた,急性症状が発症したかどうかの判断についても,被爆当時の悲惨
極まりない状態からして,「症状の経過などが放射線による急性症状とし
ての医学的知見に合致する必要がある。」などという厚生大臣の主張を認
めず,被爆者あるいは関係者の主訴などを中心に発症したと認定した。
エ原爆放射線被曝によらずに一般的に発症し得る疾病についての,放射線
以外の他原因による症状と放射線による症状の鑑別の問題については,急
性症状の存在と放射線により発症し得る症状との関係について「起因性」
があると説明できる状態であれば,その認定が経験則上許されないと断定
できない以上,「起因性」を認めるとの判断に立っている。
他原因の主張・立証についての大阪高裁平成20年5月30日判決の「原
爆放射線被曝の事実が疾病等の発生又は進行に影響を与えた関係が合理的に
是認できる場合は,放射線起因性の存在について,高度の蓋然性をもって立
証されたものと評価するべきである」との判断は,上記最高裁判決を受けて
の正当な判断である。
第1審被告は,最高裁平成18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻
5号1997頁に関する最高裁判例解説を引用して,特定の事実が特定の結
果発生を招来したことを是認し得る高度の蓋然性が証明されたというために
は,他原因の可能性を原告が高度の蓋然性をもって否定する必要があり,個
別の原告は,本証として,他原因の不存在を高度の蓋然性をもって立証する
必要があるのに対し,被告は,反証として,当該結果の発生が専ら他原因に
よるのではないかとの疑いを抱かせる程度の立証をすれば足りるものと解さ
れていると主張する。しかし,同解説においては,同引用部分の記載に加え
て,最高裁は,訴訟上の因果関係の立証の要件のうち,「「高度の蓋然性」「通
常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるもの」との要件の
意義は,少なくとも,これらの事件の原審が考えたほどの高度の立証が必要
なものとは考えておらず,当事者双方の立証状況,原告の証拠提出(収集)
の現実的可能性等を踏まえた上,他原因の可能性との総合評価において,当
該事実が当該結果の原因であることについて高度の蓋然性を肯定することが
できるものであれば足りると考えているように思われる」と記載されている。
そして,同解説中の各引用最高裁判決において他原因が「いずれも否定され
ていない」ことが指摘されている。第1審被告が引用する解説部分と異なり,
同解説からも,他の具体的最高裁判決においては,他原因の否定が要求され
ていないことは明らかである。
また,同最高裁判例解説は,乳幼児期の集団予防接種とB型肝炎の因果関
係が問題とされた事件の判決についての解説である。B型肝炎は,B型肝炎
ウイルスへの感染という特定の原因があって発症するものであり,また,そ
の原因の頻度からすると,他原因と集団予防接種が双方存在することは考え
難い。
他原因の不存在が立証できなければ因果関係が認められないとすれば,疾
病原因が多原因である非特異性疾患においては,被害者に不当な立証責任を
負わせ,かつ,特定の原因と疾病との因果関係は肯定されないという結論に
なり,不当な結果になるものである。
(第1審被告)
放射線起因性の立証の程度は,通常の民事訴訟における因果関係の立証の
程度と同様,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結
果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,そ
の判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度の真実性の確信を持ち得るもの
であることを必要とすると解すべきである(最高裁平成12年判決)。
そして,原爆症認定の適否に関しては,放射線起因性の具体的な判断方法
として,当該疾病の発症等に至った医学的・病理学的機序を直接証明するこ
とを求めるのではなく,当該被爆者の放射線への被曝の程度(考慮要素)
と,統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の
有無及び程度(考慮要素)とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾
病等の具体的症状やその症状の推移,その他の疾病に係る病歴(既往歴),
当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度(考慮要素)等を
総合的に考慮して,原子爆弾の放射線への被曝の事実が当該申請に係る疾病
若しくは負傷又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性
が認められるか否かを経験則に照らして判断するのが相当である旨の判断が
繰り返し示され(以下,上記判断枠組みを「本件判断枠組み」という。),
本件判断枠組みは基本的に相当である。
もっとも,次の点に留意する必要がある。
ア考慮要素(被爆者の放射線への被曝の程度)についての留意点
放射線への被曝の程度を判断する前提として,被爆態様や被爆後の身体
症状の有無・内容を判断するに当たっては,控訴人A,B1,被控訴人C,
被控訴人D,E1及び被控訴人F(以下,これらの当事者等を「第1審原
告ら」ということがある。)本人の供述内容の信用性について,慎重に検
討する必要がある。原爆投下からは,70年が経過し,被曝の程度を,個
人レベルで客観的かつ正確に再現することは不可能であって,放射線への
被曝の程度を判断するためには,当時の被爆態様や,原爆被爆後に現れた
症状等から,第1審原告らの放射線への被曝の程度を推認するほかないが,
被爆態様については,直爆の場合は当時の所在地を特定し,入市被爆の場
合は,入市の時期,経路,爆心地からの距離等を特定しなければならない。
また,後者の被爆後に現れた症状は,その有無のみならず,その内容(種
類・発現態様・発現時期・継続時間等)を特定し,医学的に明らかになっ
ている急性放射線症候群の特徴と比較することによって,被曝の程度を評
価することになる。
そして,当時の被爆態様や,原爆被爆後の身体症状の有無・内容に関す
る客観的な資料も乏しいことに鑑みれば,専ら,原爆投下から現在に至る
までの第1審原告らあるいはその親族等による供述内容を基に,上記事実
の有無・内容等を判断する必要があることも否定できないが,一般に,人
の供述内容の信用性については,慎重に検討される必要がある。
被爆者は,被爆者健康手帳の交付申請をする際に,通常,同申請書又は
その添付書面(以下,併せて「被爆者健康手帳交付申請書等」という。)
に,被爆地点,被爆後,爆心地付近に進入したか,被爆後,何らかの身体
症状は現れたか等について記載して,上記各書面を提出している。上記各
書面は,原爆被爆時に比較的近接して作成された書面であり,また,原爆
症認定とは無関係に作成されたものであるという性質上,誤びゅうの可能
性は相対的に低く,中立性,客観性が高いといえる。そのため,上記各書
面の記載内容は,比較的信用性が高い。したがって,その後長期間を経て,
これと異なる供述内容に至った場合,経験則上,当該供述内容が上記各書
面に記載されていないこと及び現在,当該供述をしていることのいずれに
ついても,合理的な説明がなされない限り,信用性に乏しいものといわざ
るを得ない。とりわけ,第1審原告らに係る審査会による審査の際,判断
の目安として用いられている新方針(乙A17)は,平成25年12月以
降公開されているのであるから,第1審原告らの供述内容が新方針に適合
するように変遷しているような場合には,およそ信用するに値しないとい
うべきである。
イ放射線への被曝の「程度」を考慮要素とすることの意義
考慮要素(統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被
曝との関連性の有無及び程度)においては,放射線被曝と特定の疾病と
の関連性の有無ないし程度について研究した疫学的知見の分析評価が中
心となる。しかし,疫学研究は,疾病の発生原因を集団的に考察したも
のであり,個々人の疾病の発生原因を特定するために用いることはでき
ないと理解されている。疫学研究の結果から個人の疾病に関していえる
ことは,疫学的知見において線量反応関係(放射線被曝線量が増えるに
従って疾病発症リスクが増大するという関係)として示された相対リス
ク等を基に,これをいわば「ものさし」として用いることで,原爆放射
線被曝の程度に応じて当該疾病を発症するリスクの有無ないし程度を推
認することができるにとどまるのである。なお,低線量の放射線に被曝
した程度では,当該疾病との間に何らの関連性も認められないことも十
分にあり得る。
このような構造を前提とすれば,原爆症認定における放射線起因性の
判断に当たっては,放射線被曝の有無だけではなく,放射線への被曝の
「程度」が検討されなければならない。
放射線への被曝の程度はある程度概括的にでも定量的に評価されるべ
きである。放射線被曝と特定の疾病についての疫学的知見の大部分にお
いては,DS02又はDS86によって推定計算された放射線被曝線量
をもって,対象者の被曝線量とした上で,被曝線量と相対リスク等との
関連性について調査・研究がされている。そのため,DS02等を用い
るか否か,また,具体的,確定的な数値を算出することができるか否か
はさておき,ある程度概括的にでも上記疫学的調査・研究に基づいてリ
スク評価が可能な程度に定量的に放射線被曝の程度を評価することが不
可欠である
初期放射線を外部被曝したことに基づく被曝の程度について,DS0
2は,日米の合同の委員会によって承認された原爆初期放射線に係る線
量評価体系であり,現在においても科学的妥当性を有するものとして,
世界的にも支持されているのであって,原爆放射線に関する疫学的知見
の大部分はこれを用いて行われている。そのため,DS02を用いた線
量評価は一般的な妥当性を有しているといえる。もとより,DS02に
より算出可能であるのは推定値にとどまり,個別の被爆者の実情に応じ
て,その数値以上の放射線被曝をした可能性があり得ることまで否定す
るものではないが,DS02の上記のような一般的な妥当性に照らせば,
かかる例外的な事情については,第1審原告らにおいて主張立証すべき
ものであって,かつ,その客観的ないし科学的根拠について十分吟味評
価した上で,慎重に判断されるべきである。
残留放射線を外部被曝又は内部被曝したことに基づく放射線被曝を考
慮した被曝の程度について,DS02は,専ら原爆による初期放射線を
外部被曝したことによる被曝線量を物理学的に評価するものであって,
核爆発に伴って生成された放射性物質から発生する二次的放射線である
残留放射線を外部被曝及び内部被曝したことによる被曝線量を評価する
ものではない。そして,いずれの被爆者においても,その程度に差はあ
るとしても,残留放射線を外部被曝又は内部被曝した可能性があり,さ
らに,被爆者の「急性症状」に関する過去の調査結果等を踏まえると,
残留放射線による放射線被曝によって,無視し得ない程度の比較的高線
量の放射線被曝をした事例が存在することも否定できない。もっとも,
上記調査結果等を踏まえても,初期放射線による被曝線量がごく低線量
にとどまるものと考えられ,専ら残留放射線による被曝の影響により「急
性症状」を発症したと評価し得る事例は,ごく一部の例外的事例に限ら
れ,残留放射線により,一般的に比較的高線量の放射線被曝をするもの
とまではいうことができない。残留放射線による被曝線量を評価する上
では,残留放射線による被曝線量が比較的高線量となる場合があるとし
ても,ごく一部の例外的事象にとどまるという事実に留意し,上記評価
が一般的かつ過大にわたらないよう,線量評価に係る諸事情を慎重に吟
味検討する必要がある。
ウ考慮要素◆陛計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝
との関連性の有無及び程度)についての留意点
統計学的・疫学的知見からは,放射線被曝による疾病の発症リスク等を
推認することができるにとどまり,直ちに個々の被爆者の申請疾病につい
て放射線起因性を認めることはできない。疫学的因果関係は,集団現象と
しての疾病についての原因を記述するのみであり,その集団に帰属する個
人の罹患する疾病の原因を記述するものではない。仮に,疫学的知見に基
づく疫学的因果関係が認定できたとしても,それは,当該要因の曝露によ
って,当該疾病が発症し得ることを意味するにすぎず,特定の個々人が罹
患した疾病の原因が何であるかという点まで直ちに導き出すことはできな
い。
統計学的・疫学的知見を用いる場合には,当該知見の信用性ないしは証
拠価値について慎重に配慮する必要がある。ある疫学的調査・研究の結果,
特定の要因と特定の疾病との間に,何らかの関連性を示す現象が認められ
たとしても,それが,統計学的に有意なものでなければ,真実,両者の間
に関連性があるか否かについては疑わしいといわざるを得ない。また,疫
学的調査・研究においては,上記のとおり,特定の集団における特定の要
因の有無及び程度並びに特定の疾病の罹患率等を調査するものであるが,
当該疾病の罹患率が,他の要因(交絡因子)によって左右されることも容
易に起こり得るし,あるいは,当該集団を選定するに当たり,一定の傾向
を持った集団を調査対象としてしまったり,調査対象者における当該曝露
の有無や疾病の有無についての回答,判断が不正確であったりするなど,
当該要因と当該疾病との関連性を判断する上で,誤った影響を及ぼす様々
なバイアスが介在する可能性も低くない。
また,当該知見の内容は慎重に吟味するべきであって,これを安易に一
般化しないように留意すべきである。とりわけ,関連性を示唆する知見が
ある反面,関連性が認められなかったとする知見が存在する場合には,立
証責任の観点からしても,前者の知見の信用性については相当慎重に検討
する必要がある。
エ考慮要素(特に,当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び
程度)についての留意点
放射線起因性の要件該当性においては,疫学的知見に基づく放射線被曝
と当該疾病との関連性の程度と,他原因の程度(他原因による当該疾病の
発症リスク等)を比較考慮することが,特に重要である。すなわち,疫学
的知見からは,各第1審原告の放射線起因性の判断に際して,上記知見に
おいて示された相対リスク等を基に,原爆放射線被曝による当該疾病の発
症リスク等を推認し得る程度であって,仮に,疫学的知見において,一定
の関連性が認められたとしても,そのことから,直ちに,個々の第1審原
告らの申請疾病が原爆放射線被曝に起因するものであると認定することは
できない。放射線被曝と当該疾病との間に関連性が認められる場合であり,
かつ,他原因が考えられる場合,当該疾病がいずれに起因して発症したか
については,放射線被曝による当該疾病の発症リスク等と他原因による発
症リスク等とを慎重に比較検討することが重要といえる。
なお,このように,因果関係の有無の判断に際して,特定の結果の発生
が他の原因によるものであるか否かが問題となる場合,他原因の可能性に
ついては,因果関係について主張立証責任を負う第1審原告らが高度の蓋
然性をもって否定する必要があり,第1審原告らは,本証として,他原因
の不存在を高度の蓋然性をもって立証する必要があるのに対し,第1審被
告は,反証として,当該結果の発生が専ら他原因によるのではないかとの
疑いを抱かせる程度の立証をすれば足りる。
6心血管疾患の放射線起因性に関する当審における補充主張
(控訴人A及び控訴人Eら)
放射線被曝と心筋梗塞発症との間に低線量域も含めて一般的な関連性が認
められることは国際的に認められた科学的知見である。赤星正純,佐々木英
夫,清水由紀子及び井上典子による「放射線被曝と心筋梗塞発症との関係に
ついて」(乙A582。以下「赤星ら意見書」という。)は,科学的知見の
意義や国際的認識をゆがめるものである(Jらによる「「放射線被曝と心筋
梗塞発症との関係について」赤星ら意見書への反論」甲A295。以下「J
ら意見書」という。)同旨)。
ア各知見について
LSS報告においては,当初は放射線と循環器疾患との線量反応関係
は認められなかったが,調査期間の延長と共に,まず高線量域において
線量反応関係が認められるようになり,さらには高線量域から低線量域
にかけて線量反応関係が示されるようになるに至っている。AHS報告
においても,年数の経過とともに心筋梗塞の線量反応関係が明らかにな
っている。
清水論文(乙A524)においても,循環器疾患に関係するその他の
考え得るリスク因子(肥満,糖尿病,喫煙,飲酒,学齢,職業)を調整
しても,放射線との関連性にはほとんど影響しなかったと報告されてい
る。
赤星報告(甲G10)は,「要約」で,「これまでの多くの研究から
被爆者では,心・血管疾患の危険因子が集簇し,このため動脈硬化進展
が促進され,心疾患による死亡あるいは心筋梗塞発症のリスクが高くな
っていることが推測される。」と述べている。そして,「結果」の中で,
ホジキン氏病での知見では,高線量被曝により心筋梗塞が増加すること
に異論を唱える人はいないと考えられる一方,低線量被曝では増加の報
告と増加を認めない報告が半々であるとした上で,原爆被爆者に触れ,
LSSで心疾患による死亡が放射線被曝で増加していること,AH
Sで被爆時年齢40歳未満の対象者(1968年−1998年)で心筋
梗塞のリスクが有意に増加していること,心筋梗塞の危険因子である
大動脈弓の石灰化(年齢,喫煙,収縮期血圧,肥満度,HbAlc〔ヘ
モグロビンAlc〕,白血球数調整後),網膜細動脈硬化(年齢,喫煙な
ど調整後)が被曝線量と相関していること,心血管疾患の古典的危険
因子についての放射線の影響として,若年被爆者においては,加齢に伴
う収縮期血圧及び拡張期血圧経過が上方に偏位し,また,加齢に伴うコ
レステロール経過は全ての被爆時年齢で上方に偏位していることに触れ
て,被爆者,特に若年被爆者では,高血圧,高脂血症と診断される人の
割合が高くなってくることが推測されることを指摘した。
これによれば,放射線被曝と心血管疾患との関係では,心疾患の死
亡率,心筋梗塞の発生率がいずれも増加していること,そのメカニズ
ムとして,動脈硬化の指標として使われる大動脈弓石灰化,網膜細動脈
硬化のいずれもが増加していること,また,心筋梗塞の危険因子であ
る血圧,血清コレステロールも放射線によって増加し,心筋梗塞の発症
の鍵を握る炎症(反応)も放射線によって増加することが明らかである。
つまり,原爆被爆者について,放射線被曝と心筋梗塞との一般的関係と
してリスクが増加することが明らかにされているのである。
さらに,赤星正純らによる「長崎原爆被爆者における放射線の脂肪肝
および虚血性心疾患危険因子に及ぼす影響」(甲A298。以下「赤星
論文」という。)は,被曝放射線量が,脂肪肝,脂質異常に関連して,
放射線被曝と虚血性心疾患を結びつける基本的機序に関与していること
が示唆された。井上論文(甲G11)においても,被曝放射線量が動脈
硬化に関連して,放射線被曝と虚血性心疾患を結びつける基本的機序に
関与していることが示唆された。
国際的知見としても,UNSCEAR2006年報告書は,放射線と
心疾患,特に心筋梗塞との関係を,放射線量の多いホジキン病患者,乳
がん患者だけでなく,低線量被曝者であるアメリカ原発産業労働者にも
触れて強調している。ICRP2012年報告以降では,より低線量で
循環器疾患のリスクが高まることが共通認識となっている。
イ赤星ら意見書について
赤星ら意見書は,LSS報告について,循環器疾患や心疾患という疾
患カテゴリーは,機序や病態が異なる様々な疾病を含むものであるから,
放射線被曝の影響を強く受ける特定の器官や疾患の存在によって,全体
の傾向が決定された可能性があるとするが,同報告において,心筋梗塞
は最大の関心事として解析が行われている。
また,赤星ら意見書は,清水論文について,0.5グレイ以下の低線
量域における心疾患と放射線被曝との関連性の有無について,特定の結
論が得られたものではないなどとするが,ICRP(国際放射線防護委
員会)は,0.5グレイ付近が被曝した個人の1%に循環器疾患を引き
起こす線量であると考えられるとしている。清水論文では,0−1グレ
イの低線量域で心疾患への影響があるということが国際的な認識である
ことが明らかにされた。
赤星ら意見書は,赤星報告はそれ自体新たな研究結果を示すものでは
なく,放射線影響研究所における過去の研究結果を整理した上で,放射
線被曝が心・血管疾患に影響を及ぼす場合の生物学的機序に係る一つの
仮説を提示し,当該仮説を実証するための今後の研究予定を明らかにし
たものであるとするが,赤星報告は,その時点での放影研での知見をま
とめたものとして重要である。
さらに,赤星ら意見書は,赤星論文について,後の恒任章らによる「脂
肪肝の発生率と予測変数」(乙A581。以下「恒任論文」という。)
が異なる結論を示したとするが,恒任論文では放射線被曝と脂肪肝の関
係を調査したものではない。
以上のように,赤星ら意見書は,科学的知見の意義や国際的認識を歪
めるものである。
被爆者の疫学データにおいて交絡因子を考慮しても放射線の影響は消失し
ない。
AHS第8報,原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEA
R)の認識において,交絡因子調整後も心筋梗塞と放射線量は有意の相関関
係があることが強調されている。清水論文においても飲酒,喫煙は放射線と
の関連性に影響しなかったことが示されている。
心筋梗塞の危険因子自体への放射線影響も明らかになっている。
心筋梗塞ないし狭心症の原因は,動脈硬化(アテローム動脈硬化)である
が,これは脂質異常症(高脂血症)だけで生じるものではなく,その背景と
して血管内皮の慢性炎症が背景にあることが必要であり,放射線被曝により,
そうした炎症が生じることが明らかになっている。
放射線被曝は,高血圧,糖尿病,脂質異常に加えて慢性炎症を引き起こし,
動脈のアテローム性動脈硬化を促進すると考えられている。また,高血圧の
原因としての低線量放射線による慢性腎臓病(CKD)は,高血圧による二
次的なものではなく,糖尿病,高脂血症,メタボリックシンドロームと独立
して直接腎障害が引き起こされていると考えられている。したがって,第1
審被告が心筋梗塞の原因として挙げる因子(脂質異常症,高血圧,慢性腎臓
病等)は,全て放射線被曝から引き起こされている事象である。
(第1審被告)
赤星ら意見書で述べられているとおり,少なくとも原子放射線の影響に関
する国連科学委員会(UNSCEAR)2010年報告書及び国際放射線防
護委員会(ICRP)2012年勧告(ICRP118)は,0.5グレイ
を下回る放射線被曝と心筋梗塞との間に関連性を認めていない。すなわち,
UNSCEAR2010年報告書は,「本委員会によってレビューされたそ
の他の研究では,もっと高い線量で心血管疾患過剰についての証拠を示して
いる。」,「本委員会のレビューは,約1−2Gy未満の線量の被ばくと心血
管疾患およびその他の非がん疾患の過剰発生との間の直接的な因果関係につ
いての結論を下すことはできなかった。」,「これらの疾患の低線量における
線量反応関係の形状はまだ明らかではない。」としており約1ないし2グレ
イ未満の線量の放射線被曝と心血管発症率との間に関連性を認めていない。
また,ICRP2012年勧告(ICRP118)は,清水論文を引用し
た上で,「0〜0.5Gyの範囲に限定すると線量反応関係は有意でなく,
一方で,0〜1Gyの範囲では有意であった。」,「0−0.5Gyの範囲を
通して,線量反応関係は統計学的に有意ではなく,低線量の情報が不十分で
あることを示している。」とした上で,「0.5Gy以下の線量域における,
いかなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であること
が強調されるべきである。」としている。なお,これに先だって,平成23
年4月に出された声明(ステートメント)において,ICRPは,「不確実
性は残るものの,循環器疾患のしきい吸収線量は,心臓や脳に対しては,0.
5グレイ程度まで低いかもしれない」とし,ICRP2012年勧告(IC
RP118)はこれを維持したものであり,結局ICRPにおいても0.5
グレイを下回る放射線被曝と心筋梗塞発症との間に関連性を認めていない。
現在の国際的知見においては,0.5グレイを下回る放射線被曝と心筋梗
塞との間に関連性は認められていない。
7甲状腺機能低下症の放射線起因性に関する当審における補充主張
(第1審被告)
伊藤報告,井上・長瀧報告,長瀧論文,AHS第7報,AHS第8報及び
永山報告は,甲状腺機能低下症と放射線被曝との間に,何らかの関連性を示
す結果が得られたという以上に因果関係についての一般的な法則性を導き出
すものではない。
ア伊藤報告は,3km以遠群の被爆者に比して,爆心地から1.5km内
群の被爆者において,自己免疫性でない甲状腺機能低下症の発症頻度が多
かったことを指摘する報告であるが,甲状腺機能低下症と被曝線量との間
に一定の相関関係があるかを解析したものではない。また,少なくとも数
百ミリシーベルトを下回るような低線量域についての有病率の増加を指摘
したものではない。爆心地から3km以遠で直接被爆をしたごく低線量の
被爆者についての放射線被曝と甲状腺機能低下症との関係については,調
査・研究されていない(被控訴人C,被控訴人D及び被控訴人Fはいずれ
も3km以遠で直接被爆した者である。)。3km以遠の被爆者群が対照
群とされたのは,当該被爆者群の被爆者の被曝線量が0であると想定され
たからであり,被爆距離と被曝線量との間に有意な相関関係があることを
示していると理解するのはその意図を超える。
さらに,伊藤報告は,近距離被爆者の甲状腺機能低下症の発症機序につ
いて,抗甲状腺マイクロゾーム抗体(MCHA,自己免疫性甲状腺機能低
下症の場合に陽性となる。)が陽性となる慢性甲状腺炎による甲状腺組織
の傷害(自己免疫性甲状腺機能低下症)以外のもの,すなわち自己免疫性
でない甲状腺機能低下症の機序によると推測するものであり,自己免疫性
甲状腺機能低下症である被控訴人Cには妥当しない。
イ井上・長瀧報告,長瀧論文は,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率に
おいて線量反応関係が見られたというものであるが,疫学的な研究のプロ
セスにおいては,一定の関連性を示す結果が得られた後に,対象事象の発
生と関連性のある因子の抽出作業が行われ,真の状況とは系統的に異なる
バイアスを調整し,因果関係を見極めるための諸条件を満たしているかが
考察されることになる。上記の研究は,因果関係について実証したもので
はなく,その後の研究(今泉報告)においても再現性を得られていない。
井上・長瀧報告は,1−49ラド(0.01ないし0.49グレイ)の
低線量被曝群のみに,慢性甲状腺炎(橋本病)による甲状腺機能低下症(自
己免疫性甲状腺機能低下症)の有意な発症頻度の増加を初めて認めた論文
である。また,長瀧論文は,原爆被曝者において自己免疫性甲状腺機能低
下症の有病率が増加していることが初めて示された論文である。しかし,
両論文とも,それは可能性を示唆する考察をしたものであり,検証過程を
経たものではない。
長瀧論文においては,上に凸という特殊な線量反応関係が得られたが,
それ自体,原爆放射線以外の交絡因子等の影響を疑わせるものであるし,
調査対象も有病率であって,比較的交絡因子等が介在しやすいものである。
また,長瀧論文は,いゆわる「黒い雨」が降った地域で被爆した者(降
下物のあった地域の住民)を調査対象から意図的に除外したものではない。
長瀧論文にそのような記載はない。「降下物のあった地域の住民は含まれ
ていない。」と記載されたのは,調査対象となった成人健康調査集団(以
下「AHS集団」という。)には西山地区の住民が含まれていないはずだ
という認識を示しただけである。長瀧論文が調査対象者を限定したことか
ら,放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との間に一定の線量反応関
係が認められたなどということはできない。
ウ井上・長瀧報告,長瀧論文,今泉論文及び「小児期に被曝した広島,長
崎原爆被爆者における甲状腺調査:甲状腺機能と自己免疫性甲状腺疾患に
ついて」(乙A620の63頁。(以下「今泉報告」という。))は,原爆
被爆者における甲状腺疾患と放射線被曝との関係をテーマとする一連の研
究である。そして,今泉論文は,長瀧論文と同様にAHS集団を対象にし
て調査研究を行った論文であるところ,今泉論文では,甲状腺自己抗体陰
性甲状腺機能低下症(自己免疫性でない甲状腺機能低下症)のみならず,
甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)に
ついても,放射線量との相関が見られなかったと結論づけられている。
エAHS第7報,AHS第8報は,甲状腺機能低下症を対象とした研究で
はなく,甲状腺疾患を対象とした報告である。対象となる疾病が,甲状腺
機能低下症であると明確かつ正確に定義されていない疫学調査では,甲状
腺機能低下症との間の因果関係の判断材料としての適格性を欠く。
オ永山報告は,特殊な慢性甲状腺自然発症マウスを対象とした動物実験で
あり,同報告においては,特殊なマウスに特定の条件で放射線を照射(0.
5グレイ前照射)した場合に,甲状腺炎の程度と抗サイクログロブリン抗
体値が上昇したことが認められたのみであった。人間の甲状腺機能低下症
の発症率の増加の根拠となるものではない。同報告の結語は,低線量放射
線は,甲状腺自己免疫を増悪させる可能性が示唆されるというものであり,
同報告は仮説を提示するものにすぎない(永山雄二による「自己免疫性疾
患である慢性甲状腺炎(橋本病)と放射線被曝との関連性について」(乙
A642。以下「永山意見書」という。)同旨)。
カ現在の科学的知見の到達点は,低線量被曝と甲状腺機能低下症の発症と
の因果関係を認めていない。すなわち,国際的な科学者により構成される
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)では,20
08年報告書において,自己免疫甲状腺炎と放射線被曝との関連性に関す
る科学的知見を紹介しているが,これも不確かなものとして,「自己免疫
性甲状腺炎と放射線被曝には関連性がある」とは認めていない。また,2
012年報告書では「チェルノブイリ事故後における甲状腺がん」につい
てのみ言及されており,「自己免疫性甲状腺炎と放射線被曝には関連性が
ある」可能性については考慮さえされていない。そして,国際放射線防護
委員会(ICRP)は放射線防護に関する勧告を行う国際機関であり,安
全側に立って,保守的に放射線影響に関する知見を紹介しているものの,
このようなICRPにおいてさえ,UNSCEARの報告と同様,「自己
免疫性甲状腺炎と放射線被曝には関連性がある」可能性について考慮され
ていない。
キ長瀧論文では,甲状腺機能低下症の有病率と原爆放射線被曝との間で,
約0.7シーベルトを最大とする上に凸という線量反応関係が確認された
ものの,長瀧論文等のみでは,上記線量反応関係が,真に,放射線被曝と
関係して発生したものであると断定することはできず,また,一般的に,
自己免疫性甲状腺機能低下症の罹患率が増加するとの法則性を根拠づける
こともできなかった。そこで,長瀧論文では,一部反応が示された比較的
低線量の放射線と甲状腺機能低下症との関係について,「さらに研究する
必要がある」と結論づけた。そして,長瀧論文の後,同一のテーマについ
て,より精度を上げて調査・研究が行われた結果,放射線被曝と自己免疫
性甲状腺機能低下症との間に関連性が認められなかったのが,今泉論文で
ある。
長瀧重信,井上修二,鈴木元及び伊藤千賀子による「甲状腺機能低下症
に関する意見書」(乙A621。以下「長瀧ら意見書」という。)は,こ
のような後続の研究が存在するにもかかわらず,これを無視して長瀧論文
等のみ取り上げて,自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性
を,低線量域も含めて一般的に肯定することは誤りであることを述べたも
のである。
ク上記各知見からいえることは,高線量の放射線に被曝すると,自己免疫
性でない甲状腺機能低下症の発症頻度が上昇する可能性があることのみで
あるが,この点をおくとして,甲状腺機能低下症及び慢性甲状腺炎と低線
量を含めた放射線被曝との関連性を肯定することができるという前提に立
ったとしても,低線量の放射線に被曝したにとどまる場合の関連性の程度,
すなわち,放射線被曝による甲状腺機能低下症の発症リスクの程度は,ご
く僅かであるというべきである。
すなわち,上記各知見のうち,一定の線量反応関係が観察されたのは,
唯一長瀧論文のみであるため,これを基に自己免疫性甲状腺機能低下症の
発症リスクを検討するとしても,被曝線量が低線量になればなるほど,自
己免疫性甲状腺機能低下症の発症リスクも低くなる。被曝線量が0.1グ
レイを下回るようなごく低線量の放射線被曝をしたにとどまる場合,その
発症リスクは,ごく僅かであるというべきである。
自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性について
以上のとおり,確かに,井上・長瀧報告では,一部の低線量被曝群に自己
免疫性の甲状腺機能低下症について有意な発生頻度の増加が示され,同報告
を基に,精度を上げて作成された長瀧論文では,自己免疫性甲状腺機能低下
症の有病率について,約0.7シーベルトを最大とする上に凸の線量反応関
係が示されている。
しかし,他方で,前記のとおり,長瀧論文で示されたのは,上に凸という
特殊な線量反応関係であり,それ自体,原爆放射線以外の交絡因子等による
影響を疑わせるものであるし,調査対象も有病率であって,比較的交絡因子
等が介在しやすいものである。
そして,そもそも,疫学的研究については,当該現象が偶然生じるおそれ
や,バイアスや交絡因子が介在することにより,誤った結論が出る可能性が
ある。そのため,前記のとおり,特定の要因と特定の疾病との間の因果関係
を検討する上では,関連の一致性・普遍性や量反応関係等の観点から慎重に
検討する必要がある。
そうであるところ,前記のとおり,長瀧論文の後,同一のテーマについて,
より精度を上げて調査・研究が行われた今泉論文においては,放射線被曝と
自己免疫性甲状腺機能低下症との間に関連性は得られておらず,その後行わ
れた諸研究においても,上記関連性は得られていないのであって,関連の一
致性・普遍性は認められていない。このような現在までに積み重ねられた放
射線被曝と甲状腺機能低下症に関する各調査・研究結果等に鑑みれば,原爆
放射線に被曝すると自己免疫性甲状腺機能低下症の発症リスクが増加すると
いった関連性を一般論として認めることはできないといわざるを得ない。
よって,井上・長瀧報告及び長瀧論文を考慮しても,自己免疫性甲状腺機
能低下症と放射線被曝との間の因果関係について,一定の法則性までは認め
られないというべきである。
K医師の「長瀧氏ら4氏の意見書に対する反対意見書」(甲A289。以
下「K意見書」という。)は,長瀧論文において,他の論文で認められてい
ない自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との有意な関連性が認められ
た理由として,長瀧論文が調査対象者からいわゆる黒い雨降雨地域の住民を
除外したことにあると述べるが,長瀧論文においては,対象者をAHS集団
としているだけで,殊更にいわゆる黒い雨降雨地域の住民を除外するもので
はない。長瀧論文の「降下物のあった地域の住民は,本調査には含まれてい
ない」との記述は,調査対象となったAHS集団には西山地区の住民が含ま
れていないはずだという認識を示しただけである。対象者をAHS集団とし
ていることは今泉論文においても同様であり,長瀧論文がいわゆる黒い雨降
雨地域の住民を除外して調査を行ったことで,自己免疫性甲状腺機能低下症
と放射線被曝との間に有意な関連性が認められたとするK意見書の帰結は誤
った前提に基づくものである。
自己免疫性でない甲状腺機能低下症について
前記のとおり,長瀧論文等では,いずれの調査・研究においても,自己免
疫性でない甲状腺機能低下症と放射線被曝との間に何らの関連性も認められ
ていない。なお,長瀧論文では,マーシャル諸島の核実験の事例が紹介され
ている。しかし,これは,自己免疫性でない甲状腺機能低下症が高線量の被
曝により生じ得ることの例として紹介されたものであり,一般的に,低線量
の被曝により自己免疫性でない甲状腺機能低下症が生じることまで示すもの
ではない。
(被控訴人C,被控訴人D及び被控訴人F)
各知見について
ア伊藤報告では近距離ないし高線量被曝群の甲状腺機能低下症発症が有意
に高率であるとの結果が得られている。
伊藤報告は,甲状腺刺激ホルモンのレベル(TSH,甲状腺機能が低
下すると血中TSHレベルが増加する。)について,1.5km以内の直
接被爆者(1.5km以内群)と3.0km以遠直接被爆者(コントロー
ル群)を比較したところ,男女ともに1.5km以内群ではコントロール
群に比してTSHの高い右方に偏位していた,1.5km以内群とコン
トロール群とで甲状腺機能低下症の発症頻度を比較すると,男女とも1.
5km以内群に有意に高率であった,被曝線量別の比較においては,男
性では線量の増加とともに発症頻度が高率になり,100ラド以上の2群
でコントロール群より有意に高率,女性ではいずれの被曝線量群において
もコントロール群より有意に高率であったことが報告されている。
伊藤報告において線量反応関係の解析が行われていないという第1審被
告の主張は調査手法に対する些末な批判にすぎず,これによって同報告で
得られた甲状腺機能低下症と被爆距離及び被曝線量との有意な相関関係の
存在は何ら覆るものではない。
伊藤報告では自己免疫性でない甲状腺機能低下症発症と放射線被曝の関
連性についても肯定している。さらに,伊藤報告では,抗甲状腺マイクロ
ゾーム抗体陽性率について,1.5km以内群でコントロール群より著し
く低率との結果が得られたと報告されている。これについて,同報告では,
「慢性甲状腺炎(広義の橋本病と同義)による甲状腺組織の障害によって
招来する症例よりもその他の異なる機序が推測される」とし,自己免疫性
のものもそうでないものも含めた甲状腺機能低下症発症と放射線被曝の関
連性について肯定している。第1審被告は,MCHA陽性率の調査結果か
ら,伊藤報告は自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性を指
摘したものとはいえないと主張するが,この結果をもって,直ちに伊藤報
告が自己免疫性の甲状腺機能低下症発症と放射線被曝との関連性について
何ら指摘していないと結論づけることはできない。
伊藤報告は,甲状腺機能低下症が被曝線量と統計上有意に相関している
ことを示すとともに,自己免疫性のもの以外のものも含めた甲状腺機能低
下症と放射線被曝との関連の可能性について指摘した知見である。
イ井上・長瀧報告及び長瀧論文は甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連
性について低線量域も含めて一般的に肯定できる疫学的知見である。
井上・長瀧報告は,昭和59年10月から2年間,長崎のAHS集団1
745人を対象に甲状腺機能低下症の調査を行い,甲状腺機能低下症の
発生頻度では0ラド群2.5%に対し,被爆者全体で4.5%と有意な増
加が認められ,被曝線量別に見た場合,1〜49ラド群(6.1%)で
0ラド群に比し有意な発生頻度の増加が認められた。さらに,甲状腺機能
低下症を原因別に分けた発生頻度では,橋本病によるものが,0ラド群0.
6%に対し,被爆者全体で2.2%と有意の増加が認められ,さらに線量
別で見た場合,これも1〜49ラド群3.6%と低線量被曝群のみに有意
差が認められ,「原爆被爆者では甲状腺癌や線腫を含む単結節性甲状腺腫
および橋本病による甲状腺機能低下の発生頻度が有意に高かった」との結
論が導かれている。
長瀧論文は,昭和59年10月から昭和62年4月までの長崎のAHS
集団1978人を対象として,甲状腺疾患の有病率と甲状腺被曝線量,性
別及び年齢との関係をロジスティックモデルを用いて解析したところ,自
己免疫性甲状腺機能低下症について有意な線量反応関係が認められた(0.
7±0.2シーベルトで最大レベルに達する上に凸の線量反応を示した。)。
長瀧論文の有病率のデータ解析は,甲状腺機能低下症の疾患としての安
定性と調査対象の管理・追跡の緻密性から,非常に信憑性の高い,発症率
調査に近いものであり,交絡因子やバイアスの介在の可能性は非常に低い。
また,長瀧論文は,対象者から黒い雨地域の住民を除外することによって,
自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線の線量反応関係を導くことに成功し
たものである。(K意見書)
ウこれに対し,今泉論文は,平成12年3月から平成15年2月にかけて
の広島・長崎の甲状腺調査に参加した集団について,自己免疫性甲状腺機
能低下症との有意な線量反応関係は見られなかったと報告している。しか
し,今泉論文自体が,「本調査にはいくつかの限界がある。まず,以前に
結節性甲状腺疾患の診断を受けた人はそれにより調査に参加する意向を持
ったかも知れず,調査における特定の偏りが生じた可能性がある。第二に,
本調査には生存による偏りがあきらかに存在する。すなわち,寿命の中央
値は放射線量に伴い1Gy当たり約1.3年の割合で減少するので,19
58年当初の集団に比べて本調査では高線量に被曝した原爆被爆者の割合
が減少している。更に,死亡リスクだけでなくがんリスクも放射線量に依
存する。重度の甲状腺がん患者は,早期死亡により本調査から除外された
可能性がある。従って,本調査集団,特に高線量に被曝した原爆被爆者に
は,生存による偏りがあると我々は考える。第三に,この調査は原爆被爆
後55−58年経過した後に実施した横断調査であるため,甲状腺結節形
成への放射線の早期の影響や,被爆後どれくらいの期間影響が持続したの
かを明らかにすることができなかった。」とその調査の限界を認めている。
今泉論文と井上・長瀧報告及び長瀧論文では調査時期や調査対象が大きく
異なっているのであって,長瀧論文等の結果が今泉論文によって再現でき
なかったのは,今泉論文の上記調査の偏り,生存の偏りや時間の経過によ
って早期の影響及び影響の持続期間を明らかにできなかったことに起因す
る可能性がある。したがって,今泉論文で「再現」されなかったからとい
って,井上・長瀧報告及び長瀧論文で得られた結論が否定されることには
なり得ない。この点についても今泉論文自体が,「時間の経過に伴い対象
者の線量分布が変化したこと(死亡およびがんリスクは放射線量に依存す
るため)に起因するのかもしれない」と明確に認めているとおりである。
今泉報告によっても井上・長瀧報告及び長瀧論文による結論は覆されな
い。今泉報告は,日本甲状腺学会学術集会のプログラム・抄録集の一部で
あり,その詳細は不明である。しかし,同報告は,2007年から201
1年にFreeT4,TSH,抗TPO抗体,抗Tg抗体を測定した広島,
長崎原爆被爆者についての調査であり,今泉論文と同じ調査の限界がある。
エAHS第7報及び第8報によって低線量被曝と甲状腺機能低下症発症と
の関連性が疫学的に裏付けられている。
AHS第7報では,非中毒性甲状腺腫結節,び慢性甲状腺腫,甲状腺中
毒症,慢性リンパ性甲状腺炎又は甲状腺機能低下症の障害が一つ以上存在
する(「甲状腺疾患」)ものと線量との関係を解析したところ,1グレイ
当たり相対リスク1.30(P値<0.0001,95%信頼区間1.1
9〜1.49)との結論が得られた。
これについて,「甲状腺は電離放射線に敏感だとされている。以前AH
S集団について行われた甲状腺疾患の調査は,癌,非中毒性結節性甲状腺
腫を含むさまざまな甲状腺疾患と放射線量には正の関係があることを示し
た。本調査でも有意な正の線量反応関係が非特異的甲状腺疾患の発生率に
あることが認められた。」,「被曝者の16%という推定寄与リスクはここ
で検査された癌以外の疾患では最も高いものの一つである。過剰リスクは
若年時に原爆に被爆した人には見られたが,年配の被爆者には見られなか
った。同様の傾向がLSSの甲状腺癌にも見られた。」,「このように我々
は,特に若年者の甲状腺は悪性腫瘍だけでなくその他の甲状腺疾患をもた
らすということでも電離放射線の影響に敏感であることを示した。甲状腺
疾患の過剰リスクが数十年の追跡期間中不変であったことは注目すべきで
あり,AHS対象者における甲状腺異常を引き続き観察する必要があるこ
とを立証している。」との考察がされている。
また,これに続いてされたAHS第8報においても,甲状腺疾患におけ
る1シーベルト当たりの相対リスクは1.33(P値<0.0001.9
5%信頼区間1.19〜1.49)であり,リスクは20歳未満で被曝し
た者で顕著に増大したとの結論が得られた。
これに対して,第1審被告は,これらの調査は甲状腺機能低下症のみを
対象としたものではなく,調査対象となった各疾患はそれぞれ発生機序を
異にすることから,上記データをもって甲状腺機能低下症発症と放射線被
曝の関連性が裏付けられたということはできないと主張するが,上記甲状
腺疾患は,甲状腺の細胞が傷害された結果,腫瘍やホルモン異常等の症状
を発症したのであって,甲状腺,特に若年者の甲状腺は電離放射線の影響
に敏感であるという結論自体は揺るぎないものである。
オ永山報告によっても甲状腺機能低下症発症と放射線被曝の関連性は肯定
されている。
永山報告では,慢性甲状腺炎自然発症マウスNOD−H2h4において,
0.5グレイ単独放射線全身照射により甲状腺自己免疫(甲状腺炎と抗サ
イログロブリン抗体価)を有意に増悪させ,これは長崎の被爆者での自己
免疫性甲状腺疾患の頻度のピークが0.7シーベルト外照射に見られたこ
ととほぼ一致すると報告されている。
これに対して,第1審被告は,永山報告は,マウス実験の結果を考察し
たものであり,用いられたのが慢性甲状腺炎を自然発症させる特殊なマウ
スであったことから,同報告をもって甲状腺機能低下症発症と放射線被曝
の関連性を肯定したものということができないと主張する。
確かに,永山報告は原爆被爆者によるデータではないが,甲状腺機能低
下と放射線被曝の関連性を裏付ける動物実験データとして非常に重要であ
る。原判決も上記結果を踏まえ,永山報告を甲状腺機能低下症と放射線被
曝の関連性を肯定する疫学的知見と認めており,正当な判断といえる。
第1審被告の主張について
ア第1審被告は,長瀧論文が殊更調査対象から「降下物のあった地域の住
民」を除外したことはないと主張する。
しかし,長瀧は,昭和50年に西山地区住民の調査が行われた後に,西
山地区住民について追跡調査を行い,「放射性降下物が降下した地域にお
ける甲状腺結節の高い有病率」(乙A630の2)を発表した。また,長
瀧は,昭和57年に行われた上記昭和50年の調査のフォロー調査に参加
し,論文を発表し,同地区住民に甲状腺自己抗体陽性者が8例(18%)
と高率に認められ,甲状腺腫大も多いと報告し,「原爆放射線降下物を被
曝した西山地区住民に,慢性甲状腺炎の頻度が高い可能性があり,今後,
調査を続けていく必要があることが示唆された。」とした(K医師による
「一審被告第5準備書面に対する反論」甲A296)。このように長瀧は,
西山地区の住民に甲状腺疾患が多く見られることを早くから報告し,一貫
して同地区の放射線降下物による被爆の影響に着目し続けてきたのであ
り,早い段階から,被曝線量がゼロと推定される対照(コントロール)群
に西山地区住民を入れてはいけないことを強く認識していた。長瀧論文に
おいて「降下物のあった地域の住民は本調査には含まれていない。」と明
言したのは,これらの地域の住民が対照群に混入すると,統計に有意差が
出ないことを熟知していたからであって,AHS集団には西山地区の住民
が含まれないはずだというような漠とした認識を示したものではない。長
瀧論文において,長瀧は,遮蔽状況が複雑でDS86による推定線量が不
明なものを不明群として除外しているが,この除外された者の中に西山地
区住民が含まれている可能性がある。
イ長瀧論文においては,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率において上
に凸の線量反応関係が示されたが,高線量被曝者は,そもそも被爆時や被
爆からほど近い時期に死亡した可能性が高い上,仮に死亡しなかったとし
ても放射線感受性が強い者は,甲状腺機能低下症発症以前にがんなどのよ
り重篤な疾病により死亡してしまう場合が多かったといえる。これに対し
て,高線量被曝者であっても放射線被曝に対する耐性が高い者は甲状腺機
能低下症を含め疾病を何ら発症しない可能性がある。したがって,原爆投
下時から何十年も経った後の調査では,死亡やより重篤な疾病の発症で甲
状腺機能低下症の調査対象とならなかった被曝者が存在する一方で,何ら
疾病を発症しなかった者も一定数存在する。また,遠距離被爆者は内部
被曝などにより実際には評価線量より高線量の被曝をしており,近距離被
爆者と有意差が出にくかったことや,低線量域においては免疫系に異常
を来すことで自己免疫性甲状腺機能低下症を発症するが,高線量域におい
ては甲状腺組織そのものが破壊(繊維化等)されて起こる抗体陰性の甲状
腺機能低下症を発症すること等に起因するものであることも考えられる。
上に凸の線量反応関係を示したとしても不自然ではない。
これに対しても,第1審被告は,高線量被曝者が早期に死亡するのであ
れば単に高線量被曝者の人数が減少するのみで上に凸の線量反応関係を示
す理由にはならない,長瀧論文においても,甲状腺がんの有病率について
は上に凸の線量反応関係は示されていない等と主張している。しかし,高
線量被曝者の死亡者数が多いだけでなく,何ら疾病を発症しない高線量被
曝者もまた一定数存在することから上に凸の線量反応関係が表れるのであ
る。また,甲状腺がんは死に至る疾病であるから,母集団に占める発症者
の比率は,ほとんど死に至る可能性がない甲状腺機能低下症と同列に論じ
ることはできないのであって,両者の線量反応関係を比較することには何
の意味もない。
ウ第1審被告は,今泉論文と長瀧論文が同様にAHS集団を対象としてい
ると主張するが,今泉論文は広島の被爆者も調査対象としており,広島と
長崎では黒い雨の降った地域や広がり方が異なる。また,広島では,早期
入市被爆者が多かったが,これらの者が非被爆者として対照群に分類され
ることで有意差が出なくなった可能性もある。今泉論文と長瀧論文は同列
に比較することができない。
エ伊藤報告は,対象者が少なく,精密な甲状腺機能検査が行われなかった
ことなどから不十分な点があるが,長瀧論文と共通する点がある。
8控訴人Aの原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張
(控訴人A)
控訴人Aの被曝状況等
ア控訴人Aは,爆心地から約2.4kmの路上で直爆した。被爆時,控訴
人Aの近くには塀があったが,近年,建物などの遮蔽による影響が過大評
価されていることが明らかになっている。
控訴人Aは,その後,誘導放射化物質及び放射性降下物を大量に含んだ
灰や砂埃が舞い散る中,避難した。控訴人Aの避難先が爆心地から逆の方
向であっても,長距離を避難できたはずはないから,過大評価すべきでは
ない。
イ控訴人Aには,被爆の翌日,全身に赤紫色の斑点が生じた。同症状につ
いては,被爆者健康手帳交付申請書に記載がないが,控訴人Aの供述は,
原子爆弾による被爆という特異な体験に関するものであり,当時から被曝
の影響で健康を損なうことが懸念されていたことを考慮すれば,自己の身
体に生じた異変に注意を払い記憶していたことは明らかである。同症状は,
被曝による急性症状である。第1審被告は,急性放射線症候群の特徴がな
いと主張するが,急性放射線症候群において前提とされている被曝とは,
一時的,短期的な外部被曝による被曝であり,控訴人Aの被曝は,直爆に
よる外部被曝だけにとどまらず誘導放射線被曝,内部被曝等もある。急性
放射線症候群が前提としている事象とは異なるものであり,同症候群の特
徴と一致しないからといって,被曝線量が少ないことを意味するものでは
ない。
ウ若年で被曝した控訴人Aは,後嚢下混濁のある白内障,大腸ポリープな
ど放射線に起因する様々な症状を抱えている。
控訴人Aの狭心症の放射線起因性
ア新審査の方針及び改定後の新審査の方針では,被爆地点が爆心地より約
3.5km以内である者で放射線起因性が認められる心筋梗塞は,格別に
反対すべき事由がない限り,放射線との関係を積極的に認定するとされて
おり,控訴人Aは約2.4km地点で被爆して狭心症を発症したのである
から,心筋梗塞と同様に積極的に認定すべきである。
イ狭心症発症時である昭和57年頃の,控訴人Aの総コレステロール値は,
同年4月30日が269,同年5月24日が203である。このうち,同
年5月24日の数値は正常である。
控訴人Aは,狭心症を発症した昭和57年4月,トリグリセライド値が
655,総コレステロール値が282であり,その数値は高かったが,ト
リグリセライド値が168,総コレステロール値が259であった平成2
年2月にも狭心症を発症した。脂質異常症が十分にコントロールされてい
る状況においても狭心症を発症したことによれば,控訴人Aの狭心症は脂
質異常症の有無とは無関係に発症したものである。
狭心症の危険因子となる肥満は,内臓脂肪肥満であるが,控訴人Aが内
臓脂肪型肥満であることを示す証拠はない。
ウまた,脂質異常症そのものが,被曝の影響を受けて生じており,生活習
慣に起因するものではなない。すなわち,赤星論文は,被曝放射線量が,
低HDLコレステロール血症及び高中性脂肪血症と正の相関を示してお
り,被曝放射線量が,動脈硬化を促進する脂質異常に関連していることを
示唆している。
心筋梗塞ないし狭心症の原因は,動脈硬化(アテローム動脈硬化)であ
るが,これは脂質異常症(高脂血症)だけで生じるわけではなく,その背
景として,血管内皮の慢性炎症が背景にあることが必要であり,放射線被
曝により,そうした炎症が生じることが明らかになっている(井上論文,
ICRP2012年報告)。
(第1審被告)
控訴人Aの被爆状況等
アDS02による被曝線量推計計算によれば,控訴人Aの推定被曝線量は,
全体量としても0.0179グレイを下回る程度であり,これはせいぜい,
CT検査1回分程度の低線量である。
イ控訴人Aは,被爆翌日に全身に赤紫色の斑点が生じたのは,放射線被曝
による「急性症状」にほかならないと主張するが,同主張は,専ら控訴人
Aの供述に依拠しており,昭和33年9月29日にABCCによって行わ
れた調査の結果や昭和60年10月22日付けで控訴人Aが作成した被爆
者健康手帳交付申請書には,同症状は記載されていない。
また,控訴人Aが主張する「急性症状」は,現在の一般的な科学的知見
として明らかになっている放射線被曝による急性症状(急性放射線症候群)
の特徴には合致しない。
ウ控訴人Aがその指摘する各疾病に罹患していることが「相当量の放射線」
に被曝したことの裏付けにはならない。
後嚢胞下混濁のある白内障,いわゆる後嚢下白内障については,放射線
だけではなく,加齢白内障でも多く見られるものであり,後嚢下白内障の
原因が放射線であるとは限らない。また,控訴人Aは,平成12年3月1
日の時点で皮質白内障に罹患していたが,皮質白内障は,加齢白内障で最
も多く見られるタイプであるとされている。控訴人Aが,60歳で加齢白
内障を発症し,その結果,皮質混濁や後嚢下混濁が生じたとしても,医学
的にみて何ら不自然ではなく,それにより相当量の放射線に被曝したなど
とはいえない。
大腸ポリープについても,その放射線起因性は明らかではない。大腸ポ
リープの剖検例による頻度は,腫瘍に限っても11ないし47%も認めら
れており,年齢は50ないし60歳に多く,性差は男性に多いとされてい
る。控訴人Aは,男性であり,大腸ポリープが切除されたのは平成13年
(当時62歳頃)から平成17年(当時66歳頃)にかけてであるから,
大腸ポリープが放射線とは無関係に発症したものであるとみても不合理で
はない。
控訴人Aの狭心症の放射線起因性
ア控訴人Aの狭心症は,放射線被曝とは無関係の事情により発症した。
控訴人Aの狭心症が発症したのは昭和57年であるが,当時,4年前に
高いコレステロール血症を指摘され,薬物治療を受けたが,余り効果はな
かったとの記録があり,狭心症発症前から脂質異常症をコントロールでき
ていなかったことは明らかである。控訴人Aは,狭心症発作を発症して入
院した平成2年の時点においても,トリグリセライド及びLDLコレステ
ロールについて管理目標値を達成できておらず,脂質異常症(高脂血症)
が十分にコントロールされていたとは到底認められない。
イさらに,控訴人Aは,脂質異常症(高脂血症)が放射線被曝の影響によ
り生じた旨主張するが,脂質異常症(高脂血症)は,脂肪分の多い食事に
より血液中のコレステロール濃度が異常に高くなる病気であり,日常の生
活習慣による影響を強く受けるものであること,控訴人Aが狭心症の発症
により入院した昭和57年4月当時,肥満の状態にあったことなどに照ら
せば,控訴人Aの脂質異常症(高脂血症)は生活習慣に起因するものであ
ることは明らかである。また,控訴人Aは,低HDLコレステロール血症
ではない。
脂質異常症及び低HDLコレステロール血症について,放射線に起因す
るものであることが一般的な科学的知見として示されているものでもな
い。赤星論文は,「放射線被曝と脂肪肝,低HDLコレステロール血症,
高中性脂肪血症」を関係づける基本的機序を明らかにするためには,今後
の分子疫学調査が必要である」と述べ,一般的な科学的知見を示したもの
ではない。恒任論文においては,脂肪肝の発症に放射線による影響は認め
られなかったとされており,赤星論文による示唆が覆る可能性も否定でき
ない。
ウ控訴人Aは,高血圧という狭心症の危険因子も有していた。
9B1の原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張
(控訴人Bら)
B1の火傷瘢痕の放射線起因性
B1の火傷瘢痕は,ケロイド(ケロイド瘢痕)であり,被爆者のケロイド
に対する放射線の影響は早くから指摘されてきた。B1の左半身の火傷瘢痕
には放射線起因性が認められる。
要医療性
アB1は,原爆症認定申請時およびその後の時期においても,実際に,医
師から食事療法の指導を受けていたのであるから,現に医療を受け,まさ
に「現に医療を要する状態」にあったことは明らかである。
被爆者援護法上の「健康管理」とは,年1回の健康診断の実施(同法第
7条)が基本であり,これに続く「健康診断の結果,必要があると認める
ときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行うものとする」
(同法第9条)との条文上の「指導」とは,健康診断の結果,精査や治療
等が必要な場合にはその旨の「指導」を行い,「医療」につなげるという
位置づけのものにすぎないというべきである。そもそも,健康診断とは疾
病の発症やその危険を早期に把握し,その発症自体や悪化を予防すること
を目的とするものと解されるところ,その健康診断の結果の「指導」とは,
疾病の危険が把握されたときに医療につなげるための「指導」を意味する
ものと解釈するのが当然だからである。このことは,同法上,「健康管理」
の章に続く「医療」の章において,医療の給付の範囲として「薬剤または
治療材料の支給」,「医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術」等
のみならず,「診察」があげられていること(同法第10条2項)からし
ても明らかである。B1は,一般的な健康診断の結果として「指導」を受
けていたわけではなく,実際に医療機関に入通院する中で,嚥下障害に対
する食事療法としての「指導」を受けていたものであるから,これはまさ
しく「医療」にほかならない。
イB1は,左後頚部の火傷瘢痕による嚥下障害のほかにも,左足趾の火傷
瘢痕の痛みや,後頭部,背部,上腕部の火傷瘢痕の痛み等に苦しんでいた
が,B1が火傷瘢痕のために実際に医療機関に入通院を行った事実は証拠
上明らかではない。しかし,要医療性とは,「現に医療を要する状態にあ
る」,「医療の給付を要する状態にある」ことであるから,医療の給付,
すなわち診察や治療等を実際に受けていたかどうかのみで要医療性の有無
が決せられるものではなく,客観的,医学的にみて医療が必要な状態にあ
るといえるかどうかが判断基準となるものというべきである。この点,B
1の左足趾は,親指を除く4指が拘縮により変形し重なり合って癒着して
いたのであるから,歩行したりぶつけたりすることによって激しい痛みが
生じていた。
B1は,左足趾の手術により,歩行障害が大きく改善する見込みがあっ
た。歩行障害に対し,医師が,手術を行うことによって大きく機能改善が
図れると判断しているのであるから,仮に,原爆症認定申請時点では実際
に手術に向けた話合いがされていなかったとしても,客観的な医療の必要
性,すなわち要医療性は優に認められるというべきである。
(第1審被告)
B1の火傷瘢痕の放射線起因性について
B1の火傷瘢痕はケロイドの特徴とは合致しない。
B1の申請疾病(火傷瘢痕)の発症は,原爆の熱線という原爆放射線以外
の要因によると考えるのが自然かつ合理的であるから,被爆者援護法10条
1項の放射線起因性の要件を満たさない。
要医療性について
ア被爆者援護法10条1項の「現に医療を要する状態」とは,申請疾病に
対する純然たる治療行為を基礎に,当該治療行為又はこれを目的としてこ
れと共に行われる一連の医療サービスの提供を必要とする状態をいうもの
と解するのが相当であるところ,医師がした「食べ方」に関する指導は,
このような意味での「治療行為」には当たらず,そのほか,B1の申請疾
病である火傷瘢痕について「現に医療を要する状態」にあることがうかが
われる事情は見当たらない。
イまた,B1は,火傷瘢痕による痛み及び歩行障害について,客観的に医
療が必要な状態にあったと主張するが,B1の火傷瘢痕について,原爆症
認定申請時点において積極的な治療が実施されていたことにつき,その具
体的な治療の内容も含めて何ら主張立証していない。B1の火傷瘢痕によ
る痛み及び歩行障害については,いずれも,客観的にみて,被爆者援護法
第10条1項の「現に医療を要する状態」にあるとはいえない。
10被控訴人Cの原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張
(第1審被告)
被控訴人Cの被爆状況等
ア被控訴人Cの被爆後の状況について,被控訴人Cは,a中学校に行く際,
遺体を確認するなどしながら歩いていた,被控訴人Cは,a中学校で砂埃
の中,校舎の瓦礫に潜り込んで書類を捜し,校庭のサツマイモ畑を掘るな
どしたという事実は,被控訴人Cの平成2年10月5日付け被爆者健康手
帳交付申請書に添付された同人の体験記や,平成20年3月に作成された
同人の体験記において,昭和20年8月12日にa中学校に入市した際の
様子が比較的詳しく記載されているものの,遺体を確認するなどしながら
歩いたなどという事実や,a中学校で,砂埃の中,校舎の瓦礫に潜り込ん
で書類を捜したなどという事実は述べられていない。また,サツマイモ畑
を掘るなどしたという事実については,上記申請書添付の体験記には記載
がなく,その後の体験記において記載されるようになったものである。こ
のように,上記事実は,これを裏付けるような客観的資料が存在しない上
に,当時の様子を比較的詳細に記載した被控訴人Cの上記各体験記におい
ても記載がないか,その内容が変遷しているのであるから,上記各事実の
存否については疑わしいといわざるを得ない。
イまた,上記各行為があったとしても,その具体的内容は必ずしも明らか
でない上,上記被爆態様から考えられる被曝の程度は,相応の科学的根拠
があると認められる今中論文(乙A106)に基づいて広島原爆の投下の
翌日である昭和20年8月7日に爆心地から約250mないし1kmの場
所に入り,同月13日まで負傷者の救護や死体の処理に当たった賀北部隊
の被曝線量と比較しても,ごく僅かなものであったと考えられる。
すなわち,今中論文に基づいて賀北部隊の被曝線量を推定した場合,最
大でも約18センチグレイ(19−0.94センチグレイ)となるところ,
この数値は,別のアプローチによる賀北部隊の推定被曝線量(乙A199
の228ページ)によれば最大11.8ラド(センチグレイ),全隊員平
均約1.3ラド(センチグレイ),同237ページによれば最大13ラド
(センチグレイ)とおおむね整合している。それゆえ,賀北部隊の推定被
曝線量は相応の科学的合理性を有するものと認められる。そうであるとこ
ろ,被控訴人Cが前記行動をとったとしても,滞在した場所の爆心地から
の距離や滞在した時間,残留放射化した物質に触れたであろう機会の回数
や濃淡等の観点から考えれば,被控訴人Cの残留放射線による被曝の程度
は,賀北部隊の被曝の程度にはるかに及ばないというべきである。そして,
上記のとおり,賀北部隊でさえ,最大約0.13(13センチグレイ)な
いし0.18グレイ(18センチグレイ)の放射線被曝をしたにとどまる
のであるから,これにはるかに及ばないと考えられる被控訴人Cの被曝の
程度は,0.1グレイを大幅に下回るものというべきである。それゆえ,
仮に,前記事実を前提としたとしても,DS02等による推定被曝線量よ
りも相対的に高い線量の放射線に被曝した可能性があることにとどまり,
そのことから,直ちに,健康に影響があり得る程度の放射線被曝をしたと
まで認めることはできないというべきである。
ウ被控訴人Cの被爆後の身体症状については,被爆後比較的近接した時期
に作成された調査票のような信頼性の高い資料は見当たらず,専ら,発熱
や下痢があったとする被控訴人Cの供述が存在するのみである。このよう
な供述証拠には,種々の誤びゅうが介在する可能性があることから,その
内容の信用性については,相当慎重に検討する必要がある。そして,この
点に関する被控訴人Cの供述は,不合理に変遷している上,その内容自体,
他の事実と矛盾抵触するものであって,直ちに信用することができない。
すなわち,被控訴人Cは,平成2年10月5日付け被爆者健康手帳交付申
請書添付の申述書においては,「わが家では,家族全員が,原爆病の初期
に起こる症状の発熱や下痢をしたと記憶しています。最初のそれらしき症
状は,翌日の10日の軽い発熱でした。」,「二度目は終戦後しばらくたっ
てからで,父と私がかなりひどい下痢をしました。」と述べていた。しか
し,平成24年8月22日付けの陳述書においては,「翌8月10日,軽
い下痢と発熱(微熱程度)がありました。」,「私と父親は,入市後してし
ばらくして,10日の下痢とは比べ物にならない猛烈な下痢をしました。
この下痢は数日続き,熱も相当高かったです。」と述べ,また,同人の本
人尋問に際しては,「12日以降,四,五日後に猛烈な下痢をしました。」,
「下痢については,とにかく何回もトイレに行って,水のような便が出た
のは覚えています。」とし,このような下痢は3日間ぐらい続いたと思う
旨述べた上,「39度以上の熱があったと思います。」と述べている。こ
のように,激しい下痢が生じた時期や,同時に高熱が発熱したか否かにつ
き,被控訴人Cの供述は変遷しているが,この点に関し,何ら合理的説明
はされていない。
また,被控訴人C本人の供述によれば,被控訴人Cは,昭和20年8月
16日ないし17日頃から同月19日ないし20日頃までの間,一日に何
度もトイレに行かなければならないような「猛烈な下痢」と,「39度以
上の熱」を患っていたこととなるが,被控訴人Cの被爆者健康手帳交付申
請書に添付されたLの作成に係る被爆事実証明書によれば,被控訴人Cは,
同月18日又は同月19日頃,自宅から約4.1km離れた知人宅まで家
族と共に食料を調達に行っているとされている。同人がこの点について殊
更虚偽の供述をする理由はないから,同人の供述内容は比較的信用性が高
い。仮に被控訴人Cが,同月18日及び同月19日,上記供述のとおり,
「猛烈な下痢」や「39度以上の熱」を患っていたとすれば,約4.1k
m離れた知人宅に食料の調達に行くことは考え難いから,結局,被控訴人
Cの上記供述は,比較的信頼性の高い,上記Lの供述と矛盾抵触するもの
といわざるを得ない。
よって,被控訴人Cの被爆後の下痢や発熱に関する供述内容は信用でき
ないというべきである。
そして,仮に,被控訴人Cに,被爆後,何らかの発熱や下痢が認められ
たとしても,それが直ちに原爆放射線被曝に起因するものとは認められず,
原爆投下当時の衛生環境や栄養状況,あるいは原爆放射線被曝それ自体に
よる精神的影響等から発症した可能性も否定できない。
エ推定被曝線量は,それ自体,一般的な被曝線量を推定計算したものであ
り,具体的な被爆態様やその後の行動等により個人差がある可能性は否定
できないものであるが,第1審原告らがその主張の根拠として引用する疫
学的知見を始めとする多くの疫学的知見が,DS02等による推定被曝線
量を基に疫学的研究を行っていることからみても,上記推定被曝線量は一
般的に信頼性の高いものであると考えられていることは明らかというべき
である。
そして,前記のとおり,被控訴人Cの原爆放射線被曝の程度が,上記推
定被曝線量を大きく上回ることを推認させる事情までは認められないとい
うべきであるから,結局,その被曝の程度は,全体としてごく僅かである
というべきであり,高線量の放射線に被曝したことを推認させるような事
情も認められないというべきである。
被控訴人Cの甲状腺機能低下症の他原因
ア被控訴人Cは,複数回にわたり甲状腺機能低下症に関する家族歴の聴取
を受け,診療録上,母及び姉が橋本病で薬を常用している旨記載されてい
る。
イ被控訴人Cは,58歳頃から狭心症発作を繰り返し,平成6年3月3日
に心臓カテーテル検査(冠動脈造影検査)が施行された。その後も狭心症
や心筋症の精査目的に平成11年3月25日及び同年6月15日に心臓カ
テーテル検査が施行され,さらに,平成17年8月11日に心臓カテーテ
ル検査が施行された。上記の合計4回の検査において造影剤が使われ,使
用されたヨウ素量は合計138.31gである。
被控訴人Cについては,平成11年4月22日(当時66歳)に,初め
て血中の甲状腺ホルモン濃度が測定され,検査結果は,血中甲状腺ホルモ
ン(FT3=3.9pg/ml[正常値2.6ないし4.6pg/ml])
濃度が正常,甲状腺刺激ホルモン(TSH=6.97μU/ml[正常値
0.5ないし5.5μU/ml])値のみが増加というものであり,潜在
性甲状腺機能低下症の状態だったと判断できる。平成16年11月4日に
は,h病院にて甲状腺ホルモン濃度が測定され(結果:FT4=1.0n
g/dl[基準範囲0.70ないし1.48ng/dl],FT3=2.
2pg/ml[基準範囲1.71ないし3.71pg/ml],TSH=
5.52μIU/ml[基準範囲0.35ないし4.94μIU/ml]),
やはり,甲状腺刺激ホルモン(TSH)値のみが増加しており,潜在性甲
状腺機能低下症の状態だったと判断できる。その後,約10年間にわたり
潜在性甲状腺機能低下症の状態にあったが,平成21年5月7日に,i診
療所にて行われた検査ではFT4=0.86ng/dl(基準値0.83
ないし1.71ng/dl),TSH=9.55μU/ml(基準値0.
39ないし4.01μU/ml)と,TSHが高値であるのみならず,F
T4の低下も認められ,顕在性原発性甲状腺機能低下症であることが初め
て確認され,同月14日から甲状腺ホルモン製剤(チラーヂンS)50μ
gの投与が開始された。
ウ甲状腺機能低下症の発症に当たっては,遺伝的要因が関わっており,家
族歴から遺伝的に甲状腺機能低下症を発症しやすい素地があるかどうかに
ついて判断することができる。特に,男性については家族内に同病の患者
が見られる頻度が高いともされている。被控訴人Cは,複数回にわたり甲
状腺機能低下症に関する家族歴の聴取を受け,診療録上,母及び姉が橋本
病で薬を常用している旨記載されている。被控訴人Cは,遺伝的に甲状腺
機能低下症を発症しやすい素地があったと考えられる。
また,甲状腺機能低下症の主たる原因である慢性甲状腺炎(橋本病)や,
甲状腺機能低下症自体,ヨウ素の過剰摂取により発症し得ると考えられて
いる。日本人は世界でもまれな高ヨウ素摂取の集団であるとされており,
そのため,慢性甲状腺炎(橋本病)の罹患者が多いとされている。そのよ
うな日本人でさえ,1日のヨウ素の摂取量は平均1ないし3mgであると
されており,3mg/日がヨウ素摂取の最大許容量であり,健康障害非発
現量とされている。また,例えば,日本の報告で,昆布だし汁からのヨウ
素28mg/日の約1年間の摂取事例等で,甲状腺機能低下や甲状腺腫が
認められるなどとされている。そして,ヨウ素を含む造影剤の投与によっ
ても,甲状腺疾患が増悪すると考えられている。すなわち,造影剤の禁忌
として,ヨードが甲状腺に集積し,症状が悪化するおそれがあるとして,
重篤な甲状腺疾患のある患者には投与しないことと規定されている。また,
甲状腺機能低下症患者においては,ヨード造影剤には遊離ヨードが含まれ
ているため,甲状腺機能に影響を及ぼす可能性があることを認識した上で
投与する必要があるとされている。そして,CT検査におけるヨード造影
剤投与と甲状腺疾患との関係を調査した研究においても,甲状腺機能低下
症発症の調整済みハザード比は1.37であり,複数回の検査では甲状腺
疾患における調整済みハザード比が3.04と上昇することが報告されて
いる。そうであるところ,前記イのとおり,被控訴人Cには4回にわたり
心臓カテーテル検査が実施されており,その際,ヨウ素を含有する造影剤
が投与されていて,1回当たり30g前後のヨウ素が,11年間に4回投
与されたものと考えられる。上記ヨウ素量は,前記の日本人における1日
のヨウ素摂取の最大許容量の約10倍であり,また,日本人において甲状
腺機能の低下が認められた年間摂取量とほぼ同量である。そして,造影剤
投与と甲状腺疾患との関係を調査した研究の結果に照らしても,上記4回
に渡る造影剤の投与で,被控訴人Cの甲状腺機能低下症のリスクは少なく
とも1.37倍以上であったと考えられる。
さらに,甲状腺機能低下症の頻度は,加齢により増加するものとされて
いる。被控訴人Cは,66歳の頃,潜在性甲状腺機能低下症が認められて
いるが,上記年齢は,一般的に甲状腺機能低下症を発症して不自然ではな
い年齢であるということができる。
以上を踏まえると,医学的に見て,被控訴人Cは,遺伝的素因によって
慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患し,ヨウ素の過剰摂取や加齢により同疾病
が増悪し,甲状腺機能低下症に罹患したものであると合理的に考えること
が可能であり,放射線による影響を考慮するまでもないというべきである
(H意見書同旨)。
被控訴人Cの皮膚がんについて
被控訴人Cは,平成29年1月5日(当時83歳),皮膚がんの存在が確
認されたこと,皮膚がんと放射線被曝との間に関連性が認められていること
をもって,「被控訴人Cが,放射線起因性が認められる皮膚がんを発症して
いることからしても,同人が,原爆による放射線によって相当量の被曝をし,
本件の申請疾病である甲状腺機能低下症を発症したことは明らかである。」
などと主張する。
しかし,皮膚がんは,被爆者であると否とにかかわらず一般的に発症する
疾病であることに疑問の余地はない。被控訴人Cが皮膚がんを発症したとい
うだけでは,同人が,原爆による放射線によって相当量の被曝をしたことの
裏付けとなるものではない。また,仮に皮膚がんについて放射線被曝の影響
を考慮してみても,皮膚がんと甲状腺機能低下症とでは発生機序が全く異な
るのであるから,皮膚がんに罹患したことをもって,直ちに甲状腺機能低下
症を引き起こすに足りる高線量の放射線被曝をしたなどということはできな
い。
(被控訴人C)
被控訴人Cの被爆状況
被控訴人Cは,昭和20年8月12日,通学していたa中学校の様子が気
になり,父と共に同中学校まで行き,サツマイモ畑を掘り返し,サツマイモ
を食べるなどした。同事実は,被爆者健康手帳の申請書等に明示的な記載は
ないが,同申請書には,被爆者健康手帳の取得に必要な事情が記載されてい
ればよく,被爆状況の全てを詳細に記載するものではない。被控訴人Cの体
験記(乙D10)には,食べられそうなものはなかったと記載されているが,
同部分は,まだ実っておらず食べられなさそうではあったが,空腹を満たす
ため,サツマイモの根などをかじったと解することもでき,被控訴人Cの供
述と矛盾しない。
被控訴人Cの甲状腺機能低下症の他原因について
被控訴人Cの甲状腺機能低下症の発症原因を慢性甲状腺炎(橋本病)とす
る医学的根拠はない。
ア甲状腺機能低下症は特に遺伝的傾向の強い疾患ではない。被控訴人Cの
母と姉は,被控訴人Cと同地点で直爆を受けた被爆者であり,この事実を
考慮せず,被控訴人Cの家系が橋本病多発家系であるということに意味は
ない。
イ被控訴人Cが検査において摂取したヨウ素は,水溶性ヨウ素であると考
えられ,腎機能が正常であれば比較的早期に体外に排出され,一度に多量
に摂取したとしてもその影響を考慮する必要はない。1年間,多量のヨウ
素を反復継続的に摂取したケースと,11年間に4回造影剤の投与を受け
た被控訴人Cのケースとでは同列には論じられない。さらに,被控訴人C
に造影剤が投与された最終時は平成17年8月であるところ,被控訴人C
の甲状腺機能低下症が治療を要するようになったのは平成21年5月であ
り,時間が隔たっている。ヨウ素過剰摂取を,被控訴人Cの甲状腺機能低
下症の増悪原因とすることはできない。
被控訴人Cの皮膚がんについて
被控訴人Cは,5,6年前から左頬に黒い小丘疹の存在に気づいていたが,
平成29年1月5日,病理組織検査の結果,悪性腫瘍の存在が確認された。
皮膚がんには放射線起因性が認められるところ,被控訴人Cは相当量の被曝
をし,甲状腺機能低下症を発症したことは明らかである。
11被控訴人Dの原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張
(第1審被告)
被控訴人Dの被爆状況等
被控訴人Dの被爆状況等について,被控訴人Dが昭和20年8月11日に
長崎市b町まで入市したことや,同日,自宅(爆心地から約4km地点)裏
の畑の芋のツルを食べるなどした事実については,相応の科学的根拠を有す
る今中論文に照らしても,上記入市の事実のみで比較的高線量の放射線被曝
をしたものとは考え難い。また,仮に,被控訴人Dが,自宅裏の畑で芋のツ
ルを食べていたとしても,同所は爆心地から約4km地点である。一般に,
原爆放射線による初期放射線の影響は,爆心地から離れるに従って急速に低
下する。その結果,初期放射線(そのうち主に中性子)によって大地や食物
等が誘導放射化する程度も,爆心地から離れるに従って急速に低下するもの
である。そうであるとすれば,爆心地から4kmも離れた地点にある畑にお
いて芋のツルを食べたとしても,それのみで放射線に被曝するなどとはおよ
そ考え難いというべきである。
それゆえ,仮に前記事実を前提としたとしても,また,仮にそれによって
DS02等による推定被曝線量よりも相対的に高い線量の放射線に被曝した
可能性があるとしても,その限度にとどまり,そのことから,直ちに健康に
影響があり得る程度の放射線被曝をしたなどと認めることはできないという
べきである。
被控訴人Dの胃がんについて
胃がんは,被爆者であると否とにかかわらず一般的に発症する疾病である
ことに疑問の余地はない。そして,被爆者ががんを発症した場合に,当該が
んは放射線被曝の程度にかかわらず常に放射線被曝の影響によるものである
と評価し得る経験則は,一般的に認められない。被控訴人Dが早期胃がんを
発症したというだけでは,同人が原爆による放射線によって相当量の被曝を
したことの裏付けとなるものではない。
また,仮に胃がんについて放射線被曝の影響を考慮しても,胃がんと甲状
腺機能低下症とでは発生機序が全く異なるのであるから,胃がんに罹患した
ことをもって,直ちに甲状腺機能低下症を引き起こすに足りる高線量の放射
線被曝をしたなどということはできない。
(被控訴人D)
被控訴人Dの被爆状況等
ア被控訴人Dは,昭和20年8月10日又は同月11日,爆心地から0.
8kmのb町まで行き,その翌日以降,連続して5日程,父と共に朝から
日没頃まで爆心地付近を歩き回った。被爆者健康手帳入市日変更申請書に
は,知人らが証明できる同月11日を記載したが,その後の入市がなかっ
たことまで意味するものではない。被爆者健康手帳には「毎日5日ほど」
の記載がある。
イ被控訴人Dは,爆心地を両親と歩き回った後,下痢や吐き気,めまいに
襲われ,下痢については,近所の薬局で調合してもらった薬を飲んだ。ま
た,髪を両手で梳くと,指からはみ出るくらい髪が抜けた。さらに,10
日ほど経過して40度近くの高熱を発した。これらは放射線被曝の急性症
状である。
被爆者健康手帳交付申請書は,被控訴人Dの父が被曝から約12年後に
記載したものであるから,被控訴人Dの父がこれらの症状を思い出せず,
記載しなかったとしても不自然ではない。被控訴人Dは,認定申請書に印
象的な高熱を発した件だけを記載したが,他に急性症状がなかったもので
はない。
被控訴人Dの胃がんについて
被控訴人Dは,早期胃がんを発症し,平成29年5月25日に内視鏡的粘
膜過小剥離術を受け,現在は経過観察をしながら服薬治療を受けている。
原爆放射線による被曝と固形がんの発症については,さまざまな科学的知
見が集積されており,現行の認定基準においても,悪性腫瘍については,直
爆3.5km以内や100時間以内に2.0km以内入市の基準を満たせば,
原則認定することになっている。また若年被爆者については,固形がんの発
症・死亡のリスクが高いことが報告されている。
以上によれば,被控訴人Dが放射線起因性が認められる早期胃がんを発症
したことは,同人が相当量の被曝をしたことを示しており,甲状腺機能低下
症について放射線起因性が認められなければならない。
12E1の申請疾病の放射性起因性に関する当審における補充主張
(控訴人Eら)
E1の被爆状況等
E1には,被爆後まもなく髪が抜けるようになり,その後生えてくる髪が
縮れるとの急性症状があった。E1は,本件訴訟を提起するに当たり,これ
を姉に聞いたものであり,姉の発言は,提訴に当たってその重要性を認識し
た上でのことであるから,重視すべきである。被爆者健康手帳交付申請の記
載は,被爆後12年を経過した時期のものであり,不十分であることもあり
得る。E1は,健康に影響があり得る程度の線量の放射線に外部被曝及び内
部被曝をしたものである。
E1の申請疾病の放射線起因性
アE1は,爆心地から3.5km以内での直爆,原爆投下より100時間
以内に爆心地から2km以内に入市との双方の要件を満たす状況で被爆し
たものであり,一般的に放射線被曝による心筋梗塞発症の危険性は認めら
れているから,放射線の線量が非常に高いことを放射線起因性の判断の要
件とすべきではない。
イ心筋梗塞及び狭心症と放射線被曝との関連性については,低線量域も含
めて,一般的に肯定することができる。E1は,上記のとおり,相当程度
の被曝をしていると認めるべき状況で被曝し,20歳から30歳代に高血
圧となり,その後,53歳という若年で心筋梗塞を発症し,手術をしたも
のの約9年後に再度冠動脈の狭窄が見つかり,再び手術をしている。平成
22年には左内頸動脈の動脈硬化所見著明となっており,全身の動脈硬化
症が考えられる。被爆者には,動脈硬化性疾患が多いとの調査があり,心
筋梗塞と放射線被曝との関連性も一般的に肯定されることからすると,E
1の心筋梗塞及び労作性狭心症は,放射線被曝に起因するものと認めるべ
きである。
ウE1に対して,原発性アルドステロン症の診断とその治療はない。
原発性アルドステロン症とは,副腎の腫瘍や過形成により,アルドス
テロンが過剰に分泌される疾患であるが,診断のためのスクリーニング
検査としては,血漿レニン活性(PRA),血漿アルドステロン(PC
A)を測定するのであり,日本内分泌学会のガイドラインでは,PCA
/PRAで求めるARR>200でスクリーニングすることを推奨して
いる。ただし,この数値は,報告者によってカットオフ値は異なる状況
であり,絶対的なものではない。また,これらの検査については,薬剤
の影響があるため,β遮断薬は2週間以上,アルドステロン拮抗薬は6
週間以上内服中止してからスクリーニングするとされている。スクリー
ニング陽性の場合,日本内分泌学会のガイドラインによると,カプトリ
ル負荷試験,フロセミド立位負荷試験,生理食塩水負荷試験のうち,少
なくとも一つ以上の検査実施後,病形,局在診断を行うとされている。
そして,病形の鑑別や局在診断のためには,副腎静脈採血が必須である。
治療としては,原則的に,片側副腎からのアルドステロン過剰分泌が原
因となっている場合には手術,両側副腎からのアルドステロン過剰分泌
が原因の場合は内科治療が適応となる。
E1は,若年で高血圧を発症しているが,それは,原発性アルドステ
ロン症を疑うきっかけにすぎず,上記診断方法に照らすと,具体的に行
われた検査は,スクリーニング検査のみであり,唯一行われている検査
であるスクリーニング検査についても,正確な検査は全く行われていな
い。すなわち,この検査に関しては,β遮断薬によりレニン活性が著明
低下するということが指摘されている。また,血漿アルドステロン濃度
や血漿レニン活性検査時の体位等が明らかではない。
E1に対して,l病院においては,平成元年からβ遮断薬であるテノ
ーミンが処方され,平成4年2月にテノーミンが削除されたものの,や
はりβ遮断薬であるメインテートが処方されている。平成5年にメイン
テートがストップされ,その後β遮断薬は処方されていない。
β遮断薬の処方と検査結果を照らし合わせると,β遮断薬処方中の平
成2年や平成3年の検査では,アルドステロンは基準値内だが,分母と
なるレニン活性が0.1や0.2と低いため,PCA/PRA比として
は大きくなっている。一方,β遮断薬の投与がなくなった後の検査とし
ては,平成10年のj病院の検査しかないが,この検査においては,レ
ニンは1.2と,平成2年や3年の検査に比べて大きく上昇し,PCA
/PRA比としても82と基準値の200を大きく下回る数値となって
いる。
このような経過からすると,平成2〜3年のスクリーニング検査にお
いて,E1の数値が200を超えているのは,β遮断薬の影響でレニン
が低下したことによる偽陽性の可能性が高い。E1の副腎には腫瘍の所
見は発見されていない。
E1の主治医であるM医師は,アルダクトンAを処方しているが,利
尿剤として処方しているのであり,原発性アルドステロン症の治療のた
めに処方しているものではない。
エ仮に,E1が,原発性アルドステロン症に罹患していたとしても,心筋
梗塞等の心血管疾患を引き起こしやすくすることはない。そのような見解
の根拠とされる乙A第519号証には何ら元となる資料が引用されていな
い。乙A第520号証において引用されている文献23−26については,
文献23(甲G37)において原発性アルドステロン症として扱われてい
るのは,腺腫のある65人(内58人は手術)とCT上過形成が診られる
59人の合計124人であり,画像上の所見のないものは含まれていない。
また,心筋梗塞の発症率が6.5倍と言っても,原発性アルドステロン症
患者124人中,心筋梗塞を発症したのは5人,発症率はわずか4%であ
る。文献24(甲G38)では原発性アルドステロン症とされているのは
腺腫のある224人であり,腫瘍のない患者は原発性アルドステロン症群
には含まれていない。その上,この文献では,脳出血は多いが,心筋梗塞
は低いとされている。文献25(甲G39)では,腺腫と確かめられた5
8人が原発性アルドステロン症として扱われており,腫瘍のない者は含ま
れていない。そして,脳卒中と蛋白尿について有意としている。文献26
(甲G40)は左心室肥大の文献であり,心筋梗塞には触れていない。
このように原発性アルドステロン症について心筋梗塞等のリスクが高い
としている研究等は,全て腫瘍があるか画像上の過形成が明らかな原発性
アルドステロン症についての研究であり,腫瘍や過形成のみられない原発
性アルドステロン症に当てはまるものではない。乙A第521号証は,原
発性アルドステロン症に限らずアルドステロンの影響として研究されてい
るが,E1は,アルドステロン値自体は正常値の範囲内であり,アルドス
テロンの値が高い訳ではないから,この文献もE1に当てはまるものでは
ない。また,乙A第521号証において具体的に原発性アルドステロン症
患者について心筋梗塞のリスクが上昇するとの記述はない。
オE1の高血圧,その食生活の嗜好性,肥満を過大に評価すべきではない。
放射線被曝により動脈硬化が生じることが知られており,高血圧は,放
射線被曝による動脈硬化の影響と考えるべきである。
喫煙については,E1の心筋梗塞の発症は禁煙後約13年経過した後で
あるから,既に喫煙の影響はないと考えられる。
(第1審被告)
E1の原発性アルドステロン症について
ア原発性アルドステロン症が疑われる病態として,低カリウム血症(利尿
薬誘発性を含む)合併高血圧,若年性の高血圧,凝抂幣紂蔽翕度・重症)
の高血圧,治療抵抗性高血圧,副腎偶発腫瘍を伴う高血圧及び40歳以下
で脳血管障害合併症が挙げられる。E1は20歳代から高血圧を指摘され
ており,若年性の高血圧に当たり,診療経過を踏まえれば,少なくとも
度高血圧に該当し,治療抵抗性高血圧症に該当する。また,E1は,昭和
60年12月(41歳)及び平成元年1月(44歳)に脳出血を発症し,
40歳以下ではないものの,好発年齢よりも若年のうちに2回も脳内出血
を発症した。以上によれば,E1が原発性アルドステロン症に罹患してい
たことが合理的に推認できる。
イl病院医師が,E1について,原発性アルドステロン症と診断し,これ
に対する処置として降圧剤を処方していたことは,同病院の診療録から明
らかである。他原因の不存在の主張立証責任は,控訴人Eらが負っている。
控訴人Eらは,l病院における原発性アルドステロン症の診断根拠が不
明であり,根拠となる検査もなく,必要であるはずの経過観察などもされ
ていない状態で,診断書に同病名が記載されていることのみで,同人が同
疾病に罹患していたと断定すべきではないと主張する。この点,平成元年
当時,l病院において,どのような検査結果等を基に,E1の傷病につい
て,原発性アルドステロン症と診断されたのかについては,具体的に記載
されたカルテが残っていないため,その診断根拠は不明であるといわざる
を得ない。しかし,l病院において,何らの根拠なしに前記の診断がされ
たとは到底考えられない。また,E1が若年の頃から高血圧であったこと
及び平成10年10月12日時点で,降圧剤服用状態で低レニン血症であ
ったこと等,原発性アルドステロン症に罹患していたことを疑わせる事情
も認められるし,上記診断が誤診であったことを疑わせるような事情も見
当たらない。
よって,l病院の前記診断の明確な根拠が不明であるからといって,同
診断に根拠がないとはいえず,上記事情は,E1が原発性アルドステロン
症に罹患していなかった事実を推認させるものとはいえないというべきで
ある。
ウ控訴人Eらは,平成10年当時のPAC/PRA比が約82と基準値の
200を大きく下回っていることからすると,平成2,3年当時のスクリ
ーニング検査においてPAC/PRA比が200を超えているのは,β遮
断薬の影響による偽陽性の可能性が高いと主張する。
確かに,β遮断薬を服用すると,PRA及びPACのいずれも低下する
が,PRAが著明低下するため,PAC/PRA比は増加し,偽陽性とな
る可能性がある。そして,E1は,平成2年11月28日及び平成3年5
月1日にレニン・アルドステロン検査を受けた当時,β遮断薬であるテノ
ーミン又はメインテートを服用していた。しかし,同人は,その当時,上
記薬剤に加え,アルダクトンA(アルドステロン拮抗薬),アデカット(ア
ンジオテンシン変換酵素阻害薬)及びアダラート(カルシウム拮抗薬)も
服用していた。アルドステロン拮抗薬の服用によりPRA(血漿レニン活
性)とPAC(血漿アルドステロン濃度)はいずれも増加するが,PRA
の増加がPACの増加を上回るため,PAC/PRA比は低下し,またア
ンジオテンシン変換酵素阻害薬を服用するとPRAが増加し,PACが低
下するため,PAC/PRA比は当然低下することとなる。また,カルシ
ウム拮抗薬(アダラート)を服用すると,PRAは増加し,PACは不変
ないし低下することとなる。
以上を踏まえ,E1が上記各検査の当時服用していた降圧薬によるPR
A及びPACへの影響をまとめると,PRAに対しては,アルダクトンA,
アデカット,アダラートが増加に作用し,テノーミンだけが著明低下に作
用することとなる。他方,PACに対しては,アルダクトンAだけが増加
に作用し,アデカットとテノーミンは低下に作用し,アダラートは低下な
いし不変に作用することとなる。つまり,PRA,PACのいずれに対し
ても増加と低下の作用が入り交じっており,PRAもPACも正しく評価
するのは困難である。
したがって,上記検査当時,E1がβ遮断薬を服用していたからといっ
て,上記検査の結果,PAC/PRA比が200を超えていたことが,当
然に,E1の上記薬剤服用による影響であるということはできない。
エ控訴人Eらは,E1の主治医であったM医師が,E1について原発性ア
ルドステロン症であると診断していないことを指摘する。しかし,本件で
問題となっているのは,E1の心筋梗塞及び労作性狭心症が,原発性アル
ドステロン症によるものではないことを控訴人Eらが立証できたか否かで
あって,重要なことは,E1が上記疾病に罹患する以前に,原発性アルド
ステロン症に罹患していたか否かである。M医師がE1の診察を担当する
ようになったのは平成14年以降のことであり,M医師が,その当時,E
1について,原発性アルドステロン症であると診断していないからといっ
て,直ちに,E1の心筋梗塞及び労作性狭心症発症(なお,遅くとも平成
10年10月1日時点で心筋梗塞と診断されているが,平成9年末には,
虚血性心疾患に罹患していたことが示唆されている。)以前に,原発性ア
ルドステロン症に罹患していなかったとはいえない。
そして,E1については,平成元年11月28日以降,継続的に降圧薬
によるコントロールが行われていたのであって,その結果として,M医師
が診察を開始した平成14年時点で,特段,原発性アルドステロン症と診
断し,詳細な検査を行う必要がある状態になかったものと合理的に考える
ことができる。
よって,M医師が,E1が原発性アルドステロン症であると診断してい
ないことから,同人が心筋梗塞等を発症する以前に原発性アルドステロン
症に罹患していた事実を否定することはできないというべきである。
控訴人Eらは,以上のほか,エコー検査やCT検査の結果,副腎に腫瘍
や過形成が確認されていないこと,アルダクトンAは原発性アルドステロ
ン症のみに処方される薬ではなく,利尿剤として一般に処方される薬である
こと,平成10年に原発性アルドステロン症の転帰が「中止」とされて以
降,経過観察もされていないこと等から,l病院での診断が正確な診断では
なかったとも主張する。
ア上記について,確かに,E1については,エコー検査の結果,副腎に
腫瘍や過形成は発見されていない(なお,CT検査については,予約はさ
れたものの,実施された記録は見当たらない。)。しかし,そもそも,C
Tなどの画像検査では検出不可能な径6mm以下のアルドステロン産生微
小腺腫がアルドステロン産生腺腫の約半数を占めるとされている。CT検
査や,より精度の劣るエコー検査によって,腫瘍や過形成が発見されてい
ないからといって,原発性アルドステロン症に罹患していないといえるも
のではない。
イ上記について,確かに,アルダクトンAは,利尿薬としても用いられ
る薬であるが,このことから,E1に対するアルダクトンAの処方がl病
院において開始されて以降,これが利尿剤として処方されていたことまで
は認められない。
ウ上記について,確かに,京都j病院におけるE1の原発性アルドステ
ロン症に係る病名は,平成10年10月12日から同月15日までの1回
目の入院中は「原発性アルドステロン症」であったが,2回目の入院中の
同年11月16日に「アルドステロン症の疑い」に変更され,同入院中の
同月28日にその転帰が「中止」とされている。しかし,なぜ,上記転帰
が「中止」とされたのかについては,その具体的な理由が当時のカルテに
記載されていないため,不明であるといわざるを得ないのであって,上記
記載のみから,直ちにl病院の前記診断が誤りであったとまではいうこと
ができない。なお,E1は,l病院退院後も,薬物治療を含む経過観察を
受けているのであって,経過観察がされていないという控訴人Eらの主張
は,事実と異なる。
E1には,原発性アルドステロン症の他にも,高血圧症,喫煙,肥満,加
齢などの冠動脈疾患の発症の基礎となる動脈硬化の複数の危険因子があっ
た。
13被控訴人Fの原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張
(第1審被告)
被控訴人Fが供述する,昭和20年8月6日に爆心地から約1.7km地点
にあるc橋を渡ってさらに数百メートル爆心地に近づいた地点に入市した,ま
た,昭和20年8月6日又は同月7日から数日間,d町付近及びe町付近に入
市したとの事実は認められない。
被控訴人Fが,原爆投下当日,c橋付近まで入市したとの事実については,
相応の科学的根拠があると認められる今中論文によれば,爆心地から1.5k
mより遠くにおいては,誘導放射線による影響は無視し得るとされている。
(被控訴人F)
被控訴人Fの被曝状況について
被控訴人Fは,被爆後,母に背負われて入市した。これについては,新たに
得られた被控訴人Fの親族の供述録取書(甲H12)からも明らかである。被
控訴人Fの放射線被曝線量は軽度とはいえない。
被爆者健康手帳交付申請書作成,提出の目的は,被爆者援護法1条の被爆者
の地位を得るためである。同法1条1号,2条は,原子爆弾が投下された際,
当時の広島市,長崎市の区域内にあった者には被爆者健康手帳を交付するとし,
その交付を受けた者を「被爆者」としている。被控訴人Fは,爆心地から約3.
45kmの地点で直接被爆しており,被爆者健康手帳の申請書には,その事実
を記載するだけで被爆者手帳の交付を受けるに十分であって,それ以上のこと
(入市被曝のこと)を書かないのは当然である。
被控訴人Fは,c橋付近に行ったことをNの証明書の記載及び被控訴人Fの
父Oの被爆者健康手帳交付申請書の記載を根拠に主張するものである。被控訴
人Fは,被爆当時2歳であり,母からの伝聞以外に状況を知ることができない。
親族が死亡したことは除籍謄本から明らかであり,家族の安否を心配して探し
に行ったとの内容は信用できる。また,被爆後,被控訴人Fをおぶった被控訴
人Fの母に会ったとのPの供述は信用することができる。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,被控訴人C及び被控訴人Fの各申請疾病並びに被控訴人Dの申
請疾病のうち甲状腺機能低下症の各放射線起因性は認められ,本件C却下処分,
本件D却下処分のうち申請疾病甲状腺機能低下症に係る部分及び本件F却下処
分はいずれも違法であるから,これらの却下処分の取消しを求める同被控訴人
らの請求はいずれも理由があり,控訴人A及びE1の各申請疾病の放射線起因
性並びにB1の申請疾病の要医療性は認められず,本件A却下処分,本件B1
却下処分及び本件E1却下処分はいずれも違法であるとはいえないから,これ
らの却下処分の取消しを求める控訴人A,控訴人Bら及び控訴人Eらの請求は
いずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正し,当審におけ
る当事者の補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」
の「第3章当裁判所の判断」の「第1原爆症認定における放射線起因性の
判断基準(争点)」,「第2原爆症認定要件該当性(争点)」の1ないし
3及び5ないし7(原判決38頁2行目から83頁20行目まで及び88頁2
6行目から107頁14行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。
原判決40頁14行目の「(なお」から同頁25行目の「却下すべきとい
うことはできない。)」までを削る。
原判決61頁1行目の「非常に」を「他の原因による狭心症の発症を検討
する必要のない程度に」に改める。
原判決63頁16行目から同頁17行目にかけての「低線量域も含めて,
一般的に肯定することができるというべきである」を「低線量域も含めてこ
れを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみら
れるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて心筋梗塞や狭心
症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程
度あるというべきである」に改める。
原判決65頁6行目及び同頁18行目の「強く」をいずれも削る。
原判決69頁11行目の「(乙A542)」の後に「,心筋梗塞の発症リ
スクは,総コレステロール値224以上の群では,175以下の群に比べて
男性で3.3倍高く,トリグリセライド値167以上の群では,84未満の
群に比べて男性で3.4倍高いとされていること(乙A570)」を加える。
原判決71頁3行目の「非常に」を「他の原因による狭心症の発症を検討
する必要のない程度に」に改め,同頁5行目から6行目にかけての「,狭心
症と放射線被曝との間に一般的に関連性が認められること」を削り,同頁2
4行目の「吹き飛ばさた後」を「吹き飛ばされた後」に改める。
原判決71頁26行目,72頁3行目,同頁5行目,同頁8行目,同頁1
2行目,同頁17行目,同頁19行目,74頁24行目の「原告B1本人」
を「訴訟承継前第2事件原告B1本人」に改める。
原判決79頁22行目の「甲161の2文献3」を「甲A161の2文献
3」に改める。
原判決80頁17行目から同頁18行目にかけての「低線量域も含めて,
一般的に肯定することができるというべきである」を「低線量域も含めてこ
れを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみら
れるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下
症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程
度あるというべきである」に改める。
原判決83頁4行目から同頁5行目にかけての「低線量域も含めて,一般
的に肯定することができるのであって」を「低線量域の被曝とみられるよう
な場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症
が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あると
いうべきであって,被控訴人Cにおいて,甲状腺機能低下症発症の一般的な
危険性を否定できないとしても,原爆放射線被曝のほかにその発症の原因と
なり得る有力な危険因子を有していたものと認めるに足りないこと,」に改
める。
原判決83頁6行目の「高かったといえること」の次に「(甲A161の
2文献9及び12)」を加える。
原判決88頁26行目の「5」を「4」に,96頁7行目の「6」を「5」
に,103頁2行目の「7」を「6」にそれぞれ改める。
原判決90頁2行目から同頁5行目までを削る。
原判決92頁15行目冒頭から同頁20行目の末尾までを次のとおり改め
る。
「a被控訴人Dの第1の申請疾病は,前記前提となる事実のとおり,「甲状
腺機能低下症」である。
被控訴人Dは,平成15年3月7日,g病院において,甲状腺ホルモン
の測定を受けたところ,TSH=27.329μIU/mlと高値,FT4
=0.30ng/dlと低値を認め,甲状腺機能低下症と診断された。そ
して,平成15年4月16日には,サイロイドテストとミクロゾームテス
トにより甲状腺の自己抗体の測定が行われ,その結果は陰性であった(乙
F8,17)。上記の検査結果から,被控訴人Dは自己免疫性でない甲状
腺機能低下症に罹患していたことが認められる。
そして,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはい
えないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具
体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたも
のであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである。」
原判決93頁5行目の「についても」の次に「上記の限度では」を加える。
原判決93頁6行目末尾に行を改めて,次のとおり加える。
「b第1審被告は,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであ
ると主張し,H意見書を提出する。この点に関するH意見書の要旨は次の
とおりである。
「被控訴人Dについては,甲状腺自己抗体の測定の結果は陰性であったが,
甲状腺自己抗体の測定は1回しか確認できず,当時から臨床現場において
日常的に行われていた抗サイログロブリン抗体や抗TPO抗体の高感度測
定は行われていないなど,甲状腺機能低下症に関する詳細な検査が行われ
ていない。慢性甲状腺炎(橋本病)によるものかどうかは積極的に肯定す
る所見がないものの,ほとんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本
病)によるものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状
腺自己抗体が精密検査によっても陰性であることを踏まえると,被控訴人
Dの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性は少な
い。被控訴人Dの甲状腺機能低下症は,加齢等により発症したものと考え
て不自然ではない。」
しかし,上記意見書の内容(自己免疫性の甲状腺機能低下症の一つであ
る慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査
によっても陰性であるとの医学的な知見があることが認められる(乙A6
41の資料)ことなど)を考慮しても,被控訴人Dの甲状腺機能低下症
が自己免疫性でない甲状腺機能低下症であるとの前記認定は左右されな
い。
なお,仮に被控訴人Dの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであると
しても,自己免疫性甲状腺機能低下症の放射線被曝との関連性については,
前記のとおり,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができると
はいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案
の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受け
たものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである。」
原判決93頁17行目末尾に行を改めて,次のとおり加える。
「第1審被告は,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は,加齢により発症したも
のである旨主張し,H意見書においても同旨の指摘がある。しかし,被控訴
人Dは,昭和20年8月9日に爆心地から約4.0km離れた屋内で初期放
射線により被曝したことに加え,原爆投下の2日後に入市して爆心地から約
0.8km付近まで進んだほか,自宅付近の井戸水を飲み,自宅裏の芋のツ
ルを食べるなどして,誘導放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を含む粉
塵等に接触したことにより,健康に影響があり得る程度の線量の放射線被曝
をしたものと認められること,また,被爆後,常に体のだるさを感じ,風邪
を引きやすくなったこと,被控訴人Dが被爆当時5歳と若年であり,放射線
に対する感受性が比較的高かったといえること(甲A161の2文献9及び
12),放射線被曝と甲状腺機能低下症の発症について,低線量域の被曝も
含めて関連性を示唆する科学的知見が存在すること,被控訴人Dの甲状腺機
能低下症の発症について他に有力な原因があるとは認められないこと等の事
情に照らせば,被控訴人Dの甲状腺機能低下症の放射線起因性を肯定するこ
とができるというべきである。
なお,被控訴人Dが好発年齢で甲状腺機能低下症を発症したことによって
も,上記の判断が左右されることはない。」
原判決93頁21行目から同頁22行目にかけての「低線量域も含めて,
一般的に肯定することができるのであって」を「低線量域の被曝とみられる
ような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の
発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あ
るというべきであって,被控訴人Dにおいて,甲状腺機能低下症発症の一般
的な危険性を否定できないとしても,原爆放射線被曝のほかにその発症の原
因となり得る有力な危険因子を有していたものと認めるに足りないこと」に
改める。
原判決94頁9行目冒頭から95頁24行目末尾までを削る。
原判決96頁3行目の「いうほかないが,」から同頁6行目末尾までを「い
うほかない。」に改める。
原判決96頁14行目,同頁19行目,97頁21行目から22行目にか
けての「原告E1本人」を「訴訟承継前控訴人E1本人」に改める。
原判決96頁21行目の「高血圧を指摘され」から同頁22行目の「いた
が,」までを次のとおり改める。
「高血圧を指摘され(昭和57年には精密検査を受けたが,高血圧の原因は判
明しなかった。),k病院において降圧剤を処方されたが,その効果は芳し
くなく,通院も断続的であった。その後,E1は,」
原判決97頁1行目の「平成2年2月までに」から同頁2行目の「診断さ
れた」までを次のとおり改める。
「平成2年2月までに,l病院において原発性アルドステロン症と診断され,
この診断に基づいてアルダクトンA等の薬剤による治療を継続した」
原判決99頁6行目の「(乙A545)。)」の次に「,E1は昭和57年
に精密検査を受けたものの,その高血圧の原因が判明せず,k病院において
降圧剤による治療を受けたがその効果は芳しくなかったが,l病院において
原発性アルドステロン症の診断に基づき薬剤による治療を継続したところ,
高血圧が一応コントロールされた状態になったこと(ただし,その後,血圧
は著明に変動する状態であった。乙G13)」を加える。
原判決99頁21行目の「ことはできない」の次に「(なお,E1が原発
性アルドステロン症ではないとの確定診断を受けた事実を認めるに足りる証
拠はない。)」を加える。
原判決100頁19行目の「非常に」を「他の原因による心筋梗塞及び狭
心症の発症を検討する必要のない程度に」に改める。
原判決101頁4行目から同頁5行目にかけての「低線量域も含めて,一
般的に肯定することができるというべきである」を「低線量域も含めてこれ
を一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられ
るような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて心筋梗塞や狭心症
の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度
あるというべきである」に改める。
原判決102頁13行目の「非常に」を「他の原因による心筋梗塞及び狭
心症の発症を検討する必要のない程度に」に改める。
原判決102頁15行目から16行目にかけての「,心筋梗塞及び狭心症
と放射線被曝との間に一般的に関連性が認められること」を削除する。
原判決103頁17行目の「収用された」を「収容された」に改める。
原判決105頁25行目冒頭から106頁4行目末尾までを次のとおり改
める。
「a被控訴人Fの申請疾病は,前記前提となる事実のとおり,「甲状腺機能
低下症」である。
被控訴人Fは,平成18年3月7日,I医院において,甲状腺ホルモン
を測定したところ,T4=3.7μg/dl(基準値7.0ないし13.
0μg/dl),T3=109.0ng/dl(基準値70ないし190
ng/dl),TSH=126.756μU/ml(基準値0.2ないし
5.0μU/ml)であり,T4低値と著名なTSHの上昇を認め,「H
ypothyroidism」(甲状腺機能低下症)と診断された。同年
10月3日には,サイロイドテストとミクロゾームテストにより甲状腺の
自己抗体が測定され,その結果は陰性であった(乙H5の2,乙H6,1
7)。上記の検査結果から,被控訴人Fは自己免疫性でない甲状腺機能低
下症に罹患していたことが認められる。
そして,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはい
えないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具
体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたも
のであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである。」
原判決106頁10行目末尾に行を改めて,次のとおり加える。
「bこの点について,第1審被告は,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己
免疫性のものであると主張し,H意見書を提出する。
この点に関するH意見書の要旨は次のとおりである。
「被控訴人Fについては,甲状腺自己抗体の測定の結果は陰性であったが,
甲状腺自己抗体の測定は1回しか確認できず,当時から臨床現場において
日常的に行われていた抗サイログロブリン抗体や抗TPO抗体の高感度測
定は行われていないなど,甲状腺機能低下症に関する詳細な検査が行われ
ていない。慢性甲状腺炎(橋本病)によるものかどうかは積極的に肯定す
る所見がないものの,ほとんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本
病)によるものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状
腺自己抗体が精密検査によっても陰性であることを踏まえると,被控訴人
Fの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性は少な
い。被控訴人Fの甲状腺機能低下症は,加齢等により発症したものと考え
て不自然ではない。」
しかし,上記意見書の内容(自己免疫性の甲状腺機能低下症の一つであ
る慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査
によっても陰性であるとの医学的な知見があることが認められる(乙A6
41の資料)ことなど)を考慮しても,被控訴人Fの甲状腺機能低下症
が自己免疫性でない甲状腺機能低下症であるとの前記認定は左右されな
い。
なお,仮に被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであると
しても,自己免疫性甲状腺機能低下症の放射線被曝との関連性については,
前記のとおり,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができると
はいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案
の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受け
たものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである。」
原判決106頁19行目末尾に行を改めて,次のとおり加える。
「第1審被告は,被控訴人Fの甲状腺機能低下症は,加齢により発症したも
のである旨主張し,前記のとおり,H意見書においても同旨の指摘がある。
しかし,被控訴人Fは,昭和20年8月6日に爆心地から約3.45km離
れた自宅庭で母親に背負われた状態で初期放射線により被曝したことに加
え,その当日に被控訴人Fの父親を探しに行く母親に背負われて入市して爆
心地から約1.7km付近まで進んで防火水槽の水を飲むなどしたほか,そ
の後も,母親に連れられて小学校(爆心地から約3.1km)に収容された
父親の看病に行くなどして,誘導放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を
含む粉塵等に接触したことにより,健康に影響があり得る程度の線量の放射
線被曝をしたものと認められること,また,被爆後,脱毛があり,疲れやす
く,風邪を引くとなかなか治らない状態であったこと,被控訴人Fが被爆当
時2歳と若年であり,放射線に対する感受性が比較的高かったといえること
(甲A161の2文献9及び12),放射線被曝と甲状腺機能低下症の発症
について,低線量域の被爆も含めて関連性を示唆する科学的知見が存在する
こと,被控訴人Fの甲状腺機能低下症の発症について他に有力な原因がある
とは認められないこと等の事情に照らせば,被控訴人Fの甲状腺機能低下症
の放射線起因性を肯定することができるというべきである。
なお,被控訴人Fが好発年齢で甲状腺機能低下症を発症したことによって
も,上記の判断が左右されることはない。」
原判決106頁23行目から同頁24行目にかけての「低線量域も含めて,
一般的に肯定することができるのであって」を「低線量域の被曝とみられる
ような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の
発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あ
るというべきであって,被控訴人Fにおいて,甲状腺機能低下症発症の一般
的な危険性を否定できないとしても,原爆放射線被曝のほかにその発症の原
因となり得る有力な危険因子を有していたものと認めるに足りないこと」に
改める。
2放射線起因性の判断基準等
第1審原告らの申請疾病の放射線起因性の判断基準等,放射線起因性の立証
の程度,具体的な判断方法,被曝線量の評価方法等については,前記第2の5
の当事者の当審における補充主張を踏まえても,前記1において原判決(38
頁2行目冒頭から58頁6行目末尾まで)を補正の上,引用して認定,説示し
たとおりである。
原爆症認定のためには,放射線と負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下との
間に通常の因果関係があることが要件であり,この放射線起因性については,
その存在を主張する者において,原爆放射線に被曝したことにより当該負傷若
しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証
明する必要があり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の
確信を持ち得るものであることを要すると解すべきである(最高裁平成12年
判決参照)。
具体的には,当該被爆者の放射線への被曝の程度と,統計学的・疫学的知見
等に基づく申請疾病等の放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考
慮要素としつつ,これに当該疾病等の具体的症状やその症状の推移,その他の
疾病に至る病歴(既往歴),当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及
び程度等を総合的に考慮して,原子爆弾の放射線への被曝の事実が当該申請に
係る疾病若しくは負傷又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の
蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するのが相当である。
上記のうち被爆者の放射線への被曝の程度を検討するに当たっては,DS
02により初期放射線の被曝線量を推定することは科学的根拠を有するもので
あるが,その適用については一定の限界が存すること,新審査の方針の下に
おける誘導放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の評価はい
ずれも過小評価となっている疑いがあること,被爆者の被爆状況,被爆後の
行動,活動内容,被爆後に生じた症状等によっては内部被爆の可能性があるこ
と,遠距離・入市被爆者であっても有意な放射線被曝をし得ること等を考慮
する必要があることも,前記1において原判決を引用して説示したとおりであ
る。
以上のとおり,原爆症認定における放射線起因性の要件該当性は,疫学的知
見を用いつつ,他原因を含めた諸事情を総合考慮し,高度の蓋然性をもって決
するのが相当である。
3虚血性心疾患の放射線起因性
心筋梗塞及びこれと同じく粥状動脈硬化症を主因とする虚血性心疾患であ
る狭心症と放射線被曝との関連性については,低線量域も含めてこれを一般
的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とうかがわれる
場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて心筋梗塞や狭心症の発症が
被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるとい
うべきであることは前記1において原判決(61頁22行目冒頭から68頁
6行目末尾まで)を補正の上引用して認定,説示したとおりである。
これに対して,第1審被告は,赤星ら意見書を提出し,UNSCEAR2
010年報告書及びICRP2012年勧告によれば,0.5グレイを下回
る放射線被曝と心筋梗塞発症との間に関連性は認められていないなどとし,
現在の国際的知見においては,0.5グレイを下回る放射線被曝と心筋梗塞
との間に関連性は認められていないことを主張する。
赤星ら意見書は,大阪地方裁判所平成26年5月9日判決が,心筋梗塞と
放射線被曝との関連性については一般的に肯定することができる,心筋梗塞
と放射線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められると判示したこ
とに対し,科学者が共有する通説的な見解は,心筋梗塞はしきい値がある確
定的影響に係る疾病であるとするものであり,同判決が根拠とする論文等も
これと矛盾するものではないのであって,同判決は根拠とした論文等の理解
を誤っているとするものである。その要旨は次のとおりである(乙A582)。
ア心筋梗塞はしきい値がある確定的影響に係る疾病であるというのが科学
者において共有された,通説的な見解である。
イLSS第11報ないし第13報は,循環器疾患(脳卒中や心疾患をはじ
めとした様々な疾患が含まれる疾患カテゴリー)や心疾患(心筋梗塞をは
じめ様々な疾患が含まれる疾患カテゴリー)を対象として解析した結果,
これらの疾患カテゴリーにおける死亡率について,放射線被曝と有意な関
連が認められたにすぎない。種々の要因が複雑にからみあっているから,
上記疾患カテゴリーから心筋梗塞だけを取り出して,心筋梗塞と放射線被
曝との間には低線量域も含めて関連性が認められると一般化することの科
学的な根拠とはならない。
ウ清水由紀子らによる「BMJ放射線被曝と循環器疾患のリスク:広島,
長崎の被爆者データより,1950−2003」(清水論文。甲G9)は,
被曝線量が0−4グレイに及ぶ原爆被爆者集団について,循環器疾患と放
射線被曝との関係を解析したもので,「心疾患」について,放射線被曝
との間に統計学的に有意な関連性が認められ,線量効果関係は直線性を否
定するものではなかったこと,0.5グレイ未満の低線量被爆者に限っ
て解析した場合,心疾患の死亡率との間に統計学的に有意な関係を示す結
果は得られなかったことを示したものである。このように清水論文では,
0.5グレイ以下の低線量域においては,上記との矛盾する結果とな
っており,0.5グレイ以下の低線量域における心疾患と放射線被曝との
関連性の有無について,特定の結論が得られたものではない。清水論文は,
心筋梗塞と放射線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められると
の仮説を一般化し得る科学的な根拠とはならない。
エAHS第8報は,1958年から1998年までの成人健康調査(AH
S)受診者からなる約1万人の長期データを用いて,がん以外の疾患の発
生率と原爆放射線被曝との関係を調査したものであり,その中では,心筋
梗塞も調査の対象となっている。AHS第8報では,被爆時年齢40歳未
満の被爆者と心筋梗塞発症との関係においては,心筋梗塞を発症する被曝
線量1シーベルト当たりの相対リスク1.255(95%信頼区間1.0
0から1.69)と有意な二次関係が認められているが,喫煙と飲酒の影
響を排除して解析した場合には,放射線被曝と心筋梗塞発症との間に統計
学的に有意な関連性は示されなかった。AHS第8報は,心筋梗塞と放射
線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められると一般化すること
の科学的な根拠とはならない。
オ赤星正純による「原爆被爆者の動脈硬化・虚血性心疾患の疫学」(赤星
報告。甲G10)は,放射線被曝により心・血管疾患が増加するとした報
告と増加を認めなかったとする報告が半々であり,まだ一定の見解は得ら
れていないとして,放射線影響研究所で行った研究結果を整理し,今後の
研究の予定を発表したものであり,それ自体何らかの新たな研究結果を示
すものではない。
赤星論文は,放射線量は,インスリン抵抗性症候群に関連する一連の代
謝CHD(虚血性心疾患)リスク因子群に関係する脂肪肝,低HDLコレ
ステロール血症,高中性脂肪血症と正の関係を有していたことを指摘する
にとどまっており,また,同論文は,放射線の被曝線量を層別化して解析
していないから,0.5グレイを下回るような低線量域においても同様の
帰結となるのかは結論づけることができない。
赤星論文より後に実施された恒任論文は,脂肪肝の発症について放射線
の影響は認められなかったとする。
心筋梗塞と放射線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められる
と一般化することの科学的な根拠とはならない。
カ井上報告は,心血管疾患と原爆被爆との関連について調査するために,
大動脈脈波速度(PWV),指尖加速度脈波(APG),頸動脈内膜中膜
複合厚(IMT),PWVの原理を応用しつつ,血圧に影響されにくい指
標とされるCAVIの四つの指標に着目し,これらの指標を調査対象とし,
その結果PWVのみ統計学的に有意差を認め,それ以外の三つの指標では
統計学的に有意差を認めなかったもので,「可能性が示唆された」との表
現にとどまるものである。また,PWVは動脈硬化の程度を反映するもの
であるが,心筋梗塞は血管内の粥腫が破綻することで発症するとされてお
り,必ずしも動脈硬化の程度と心筋梗塞の発症に関連性があるとはいえな
いことから,「PWV高値=心筋梗塞が発症しやすい」という関係性が常
に成立するとはいえない。したがって,井上報告も心筋梗塞と放射線被曝
との間には低線量域も含めて関連性が認められると一般化することの科学
的な根拠とはならない。
キUNSCEAR報告は,作成された時点での科学的知見の集合到達点と
いうべきものである。UNSCEAR2010年報告書は,約1−2グレ
イ未満の線量の被曝と心血管疾患及びその他の非がん疾患の過剰発生との
間の直接的な因果関係についての結論を下すことはできなかったとし,U
NSCEAR2012年報告は,0.5グレイ以下の線量域における,い
かなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であるとし
て心筋梗塞はしきい値のある確定的影響に係る疾病であるとする。
このように赤星ら意見書は,前記各知見が心筋梗塞と放射線被曝との間に
は低線量も含めて関連性が認められることの根拠とならないこと,現在の国
際的知見においては,心筋梗塞がしきい値のある疾患であるとされることを
指摘するものである。確かに,赤星ら意見書の内容に徴すれば,放射線被曝
心筋梗塞及び狭心症との関連性について低線量域も含めて一般的に肯定す
ることができるとはいえないが,他方,これによっても,低線量域の被曝と
みられるような場合に,上記関連性が全て否定されるものではないというべ
きである。
LSS第11報,LSS第12報は,循環器疾患に関する分析の中で心
疾患,冠状動脈性心疾患に言及するものである(乙A167,168)。L
SS第13報は,がん以外の疾患の1シーベルト以下の線量においても増加
していることを示す強力な統計的証拠があるとするなど(乙A168),心
筋梗塞の放射線被曝との関連性を否定するものではなく,これを示唆する記
述も存するものである。清水論文(乙A524)の要約は,前記赤星ら意
見書のとおりであるが,心疾患について,放射線被曝との間に統計学的に有
意な関連性が認められ,線量効果関係は直線性を否定するものではなかった
こと,0.5グレイ未満の低線量被爆者に限って解析した場合,心疾患の死
亡率との間に統計学的に有意な関係を示す結果は得られなかったことを示し
たものであるが,同論文は,低線量における放射線被曝と心疾患との関連性
について,これを全般的に否定する趣旨のものではないというべきである。
井上報告(甲G11)は,原爆健診受診者の大動脈脈波速度を解析するな
どして,若年時の被曝は動脈硬化との強い関連性を示唆するものであり,心
筋梗塞と放射線被曝との関連性がないということはできない。赤星報告(甲
G10)は,それまでの研究成果について考察を行うものであるが,被爆者
では心・血管疾患の危険因子が集蔟し,このため動脈硬化進展が促進され,
心疾患による死亡あるいは心筋梗塞発症のリスクが高くなっているとの要約
が誤りであるとはいえない。
以上によれば,心筋梗塞や動脈硬化について原子爆弾による放射線被曝と
の関連性を肯定する科学的知見が集積しているというべきであり,これらの
知見は,個々の研究成果や知見にいまだ解明すべき点が存し,研究途上にあ
り,あるいは,それと合致しない研究成果や知見も存するとしても,なお,
原爆症認定のための放射線起因性を判断するに当たり無視することはでき
ず,訴訟上,低線量域の被曝とみられるような場合も含めて心筋梗塞や狭心
症の放射線起因性を認める根拠となり得るものであることを否定することは
できない。
第1審被告は,国際的知見においては,心筋梗塞がしきい値のある疾患で
あることを主張し,UNSCEAR2006年報告書(乙A537)及びU
NSCEAR2010年報告書(乙A539)は,約1−2グレイ未満の線
量域での致死的な心血管疾患と放射線被曝との間の関連を示す証拠は,これ
まで日本の原爆被爆者のデータ解析から得られているだけであり,その他の
研究は,約1−2グレイ未満の放射線量による心血管疾患のリスクに関する
明確なあるいは一貫した証拠を提供していないなどとし,ICRP118(乙
A540)は,0.5グレイ以下の線領域における,いかなる重症度や種類
の循環器疾患リスクも,依然として不確実であることが強調されるべきであ
るとするが,これらの見解は,低線量域での心筋梗塞等の心血管疾患の放射
線との関連性を示すデータがあることを前提に,なお,関連性が不明確であ
るとするものと解され,上記の判断を左右するものとはいえない。
4甲状腺機能低下症の放射線起因性
甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性については,低線量域も含めて
これを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみ
られるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低
下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当
程度あるというべきであることは前記1において,原判決(78頁19行目
冒頭から82頁15行目末尾まで)を補正の上,引用して認定したとおりで
ある。
第1審被告は,第1審原告ら提出の伊藤報告,井上・長瀧報告,長瀧論文,
AHS第7報,AHS第8報及び永山報告は,甲状腺機能低下症と放射線被
爆との間に,何らかの関連性を示す結果が得られたという以上に因果関係に
ついての一般的法則性を導き出すものではないと主張する。すなわち,伊藤
報告は,被曝線量と甲状腺機能低下症との間に一定の相関関係があるかを解
析したものではない,井上・長瀧論文及び長瀧論文は,因果関係について実
証したものではなく,その後の今泉報告において再現性を得られていない,
両論文は可能性を示唆する考察をしたものであり,検証過程を経たものでは
ない,長瀧論文は,いわゆる「黒い雨」が降った地域で被曝した者(降下物
のあった地域の住民)を調査対象から意図的に除外したものではない,AH
S第7報,AHS第8報は,甲状腺機能低下症を対象とした研究ではなく,
甲状腺疾患を対象とした研究である,永山報告は,仮説を提示するものにす
ぎないなどと主張する。
上記の主張に沿うものとして,第1審被告は,長瀧ら意見書(乙A621)
を提出する。長瀧ら意見書の要旨は次のとおりである。
ア本件訴訟の原判決は,井上・長瀧報告,長瀧論文,今泉論文,伊藤報告
等を引用した上で,甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性について低
線量域も含めて,一般的に肯定することができると判断したが,これらの
論文が,原爆症認定に関する裁判で,甲状腺機能低下症の放射線起因性を
判断する際の根拠として用いられるとは考えてもみなかったことであり,
このような用いられ方は,同研究の執筆者の意図するところではない。
イ井上・長瀧報告は,世界で初めて原爆被爆者において自己免疫性甲状腺
機能低下症の有病率が増加していることを示した研究であり,その点で大
きな意義を有するものである。もっとも,上記研究は横断研究であり,有
病率の増加について関連性を示すものであったことに注意を要する。有病
率とは,特定の集団について調査時という特定時点において疾病に罹患し
ていた者の割合を表したものであり,偶然その時点において当該疾病に罹
患している場合や,また,その時点で完治している場合などがあり得るの
であって,コホート研究において対象者を追跡調査し,疾病の発生率を調
査する場合と比べて,交絡因子やバイアスが介在しやすく,このような疫
学的研究の結果を直ちに一般化することは困難である。曝露と当該疾病と
の間の因果関係を判断する際には,一般的に,正しい時間連続性(曝露が
帰結より先に起こっているか),関連の強さ(相対リスクの高低等),関
連の一致性(異なる時間に,異なる場所で,異なる集団に対して,異なる
研究方法を用いて研究した場合でも同様の結果が得られるか等),量反応
関係の有無(曝露の増加によって帰結が発生する可能性が高くなるか等),
生物学的整合性(関連が生物学的に理にかなっているか等),実験的な証
拠(曝露と帰結との関連を支持する実験的な証拠の有無)といった観点か
ら,慎重に判断する必要がある。そのため,長瀧論文では,更に研究が行
われ,比較的低線量の放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との関係
が検証され,上記研究結果の真の意味するところが解明されるところを期
待して,更に研究する必要があると結論づけている。
また,上記研究では,約0.7シーベルト前後の線量の放射線被曝をし
たと推計される被爆者集団に,自己免疫性甲状腺機能低下症の罹患者が多
かったものであり,特定の要因と特定の疾病との間に因果関係がある場合,
特定の要因が増加するに従って,特定の疾病の罹患率ないしは有病率も増
加するのが通常であるところ,上記研究における上に凸の傘型の線量反応
関係は特殊な関係であるといわざるを得ず,そのため,上記研究結果から
は,上記現象が,放射線に起因して発生したものとまでは断定できず,他
の要因により引き起こされた可能性も十分考えられるのであって,このよ
うな線量反応関係からしても,上記研究結果を直ちに一般化することは困
難である。
なお,長瀧論文においてマーシャル諸島の例を挙げたのは,自己免疫性
でない甲状腺機能低下症が高線量被曝で生じることは疑いようもない事実
であることの確認として,高線量被曝の例として提示したものであり,こ
れと比較した場合の相対的な低線量被曝で甲状腺機能低下症が生じること
の例として挙げたものではない。
ウ今泉論文は,放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との関連性等に
ついて,更なる精度をもって解明しようとしたものであるが,結果は,自
己免疫性か否かにかかわらず,甲状腺機能低下症と放射線被曝との間に関
連性は得られなかった。
エ伊藤報告は,高線量被曝と甲状腺機能との関係を調査・研究するため,
爆心地から1.5km以内の直接被爆者と3km以遠の直接被爆者を対象
に甲状腺機能の調査を行ったものであって,3km以遠の直接被爆者のよ
うなごく低線量の被曝をした被爆者と甲状腺機能低下症との関係について
は何ら述べていない。調査の結果,統計学的解析をした場合に有意な線量
反応関係が見られるのではないかと推測したが,実際に解析は行っていな
い。同研究の結果が甲状腺機能低下症と放射線被曝との一般的な関連性を
示したものとは考えていない。
オ以上のとおり,上記各論文等は,いずれも,甲状腺機能低下症及び慢性
甲状腺炎と放射線被曝との関連性について,低線量も含めて一般的に肯定
することができるようなものではない。
確かに,長瀧ら意見書の内容に徴すれば,放射線被曝と甲状腺機能低下症
との関連性について低線量域も含めて一般的に肯定することができるとはい
えないが,他方,これによっても,低線量域の被曝とみられるような場合に,
上記関連性が全て否定されるものではないというべきである。すなわち,
長瀧論文において,自己免疫性甲状腺機能低下症について示された上に凸の
線量反応関係は特殊なものということができ,理論的な説明を要するもので
あるが,一定の範囲において関連性があることは示されたものというべきで
あり,直ちに自己免疫性甲状腺機能低下症の放射線被曝との関連性が否定さ
れたものということはできない。むしろ,被控訴人C,被控訴人D及び被控
訴人Fが主張する,高線量被曝をした者の死亡の可能性などの仮説を検討す
る余地があるというべきである。長瀧論文が,降下物のあった地域の住民を
意図的に除外したものかは,明らかではないが,この点を踏まえても,長瀧
論文等の放射線被曝と甲状腺機能低下症との関連性を示す論文の意義はなお
失われないというべきであり,上記の結論を左右するものとはいえない。ま
た,長瀧論文が有病率を調査したことについては,自己免疫性甲状腺機能低
下症は,罹患しても治療する限り寿命を全うできるので安定しており,同一
のプロトコールを用いてコホートの全対象者を同時に検査することにより調
査することができ,発生率調査と同様に信頼できるものになり得るとのK意
見書の指摘がある(甲A289)。伊藤論文については,確かに,伊藤論
文のみで甲状腺機能低下症と放射線被曝との間の一般的関連性を示したとは
いえないが,甲状腺機能低下症と放射線の関係を示唆したものであるとのK
意見書の指摘がある(甲A289)。AHS第7報及び第8報は,少なく
とも放射線被曝が甲状腺を傷害することを示すものということができ,永
山報告は,放射線照射が甲状腺自己免疫に与える影響について考察したもの
であり,一定の影響があり得る可能性を示すものということができる。
以上によれば,甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性については,こ
れを肯定する科学的知見が集積しているというべきであり,これらの知見は,
個々の研究成果や知見にいまだ解明すべき点が存し,研究途上にあり,ある
いは,これと合致しない見解も存するとしても,なお,原爆症認定のための
放射線起因性を判断するに当たり無視することはできず,訴訟上,低線量域
の被曝とみられるような場合も含めて甲状腺機能低下症の放射線起因性を認
める根拠となり得るものであることを否定することはできない。
5控訴人Aの原爆症認定要件該当性
控訴人Aの被爆状況等
ア控訴人Aは,路上の塀の陰において被曝したことを重視すべきではない
と主張し,近時,建物の影響などの遮蔽による効果が過大評価されている
ことが明らかになった旨主張するが,研究者らによる同旨の報告があった
旨の報道があったことが認められるのみであり(甲A306),詳細は不
明であって,DS02による被曝線量の算定を覆すに足るものではない。
イ前記1において原判決(58頁26行目から59頁1行目まで)を引用
して認定したとおり,控訴人Aには,被爆後に衣服で隠れていた部分以外
に赤紫の斑点が生じたことが認められる。第1審被告は,これについて客
観的な証拠がないことを指摘するが,控訴人Aが殊更虚偽の事実を供述し
たとはいえない。しかし,控訴人Aが主張する症状自体,不明確なもので
ある。また,急性放射線症候群の症状の一つとして,4グレイから5グレ
イの被曝をした場合,被爆後1時間以降に嘔吐,微熱,さらには軽度の頭
痛などの前駆症状が出現し,2週間から3週間の潜伏期を経て,出血や紫
斑,感染による発熱などの症状が出現する(乙A186)とされるが,控
訴人Aの症状はこれに合致せず,ほかに,控訴人Aの症状が,急性放射線
症候群による症状と合致すると認めるに足りる証拠はない。
ウ控訴人Aは,後嚢下白内障に罹患していたことが認められるが(甲B3),
後嚢胞下混濁のある白内障,いわゆる後嚢下白内障については,放射線だ
けではなく,加齢白内障でも多くみられるものであり,上記の白内障の診
断が平成13年であったこと(甲B3)からすると,後嚢下白内障の原因
が放射線であるとはいい難い(乙A560)。また,控訴人Aは,皮質白
内障であるともみられ(乙B12),皮質白内障が加齢白内障であるとさ
れる(乙A560)ことによれば,控訴人Aの白内障が放射線によるもの
であるとは認められない。また,控訴人Aの大腸ポリープが放射線被曝に
起因することを認めるに足りる証拠はない。
エ以上によれば,控訴人Aの被曝線量は,健康に影響があり得る程度であ
ったとは認められるものの,他の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を
検討する必要のない程度に高かったとまではいうことができない。
控訴人Aの狭心症の放射線起因性について
ア新審査の方針について
控訴人Aは,新審査の方針及び改定後の新審査の方針では,被爆地点が
爆心地より約3.5km以内である者で放射線起因性が認められる心筋梗
塞は,格段に反対すべき事由がない限り,放射線との関係を積極的に認定
するとされており,控訴人Aは約2.4km地点で被爆して狭心症を発症
したのであるから,心筋梗塞と同様に積極的に認定すべきである旨主張す
る。
しかし,再改定後の新審査の方針(乙A17)においては,被爆地点が
爆心地より約2.0km以内である者の心筋梗塞について積極的に認定す
べきとされており,控訴人Aの被爆地点はこれに該当しない。控訴人Aの
被爆地点及び狭心症を発症したことから直ちに控訴人Aの狭心症の放射線
起因性を認めることはできない。
イ控訴人Aの狭心症の他原因について
控訴人Aが,健康に影響があり得る程度の線量の放射線に被曝したも
のと認めるのが相当であることは前記1において原判決を引用して認定
したとおりである。また,低線量域も含めてこれを一般的に肯定するこ
とができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられる場合であっても
個別事案の具体的事情に基づいて心筋梗塞や狭心症の発症が被曝による
影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべき
であることは,前記1において原判決を補正の上,引用して説示したと
おりである。
しかし,控訴人Aについては,放射線被曝以外に他の危険因子があり,
その程度も非常に重いことは前記1において原判決(68頁8行目冒頭
から70頁23行目末尾まで)を引用して認定したとおりである。
控訴人Aは,昭和57年4月30日の総コレステロール値は基準値を
超えるが,同年5月24日の値は正常値であったと主張する。しかし,
控訴人Aのトリグリセライド値は,狭心症と診断された昭和57年4月
28日の入院時に655であり(乙B9),基準値(50〜150)を
大幅に上回る高値であって,平成2年2月19日(同月16日の入院後
3日目)の時点においても168であり(甲B12),なお管理目標値
を上回っていた(乙A564)。総コレステロール値(基準値130〜
220)も,昭和57年4月28日には282,平成2年2月19日の
時点でも259と高値であったのであって(甲B10,乙B9),控訴
人Aが主張する上記のコレステロール値の正常値(203。甲B10)
は入院中の管理に基づいて得られたものというべきである。
そして,大部分の高LDLコレステロール血症,高トリグリセライド
血症(高TG血症)及び低HDLコレステロール血症は,体質,食習慣
の欧米化,運動不足,体重増加などの生活習慣が主な原因で,成人以降
に発症するとされているところ(乙A577),控訴人Aは,昭和57
年4月から5月にかけて狭心症で入院治療を受けた際の退院時に,食事
については,コレステロールの多いもの,糖分の摂り過ぎなどは避け,
病院の食事を参考に食生活を考えること,肥満を避けて標準体重を維持
することなどについて医師から指導を受けたにもかかわらず,その後に
おいても,少なくとも平成2年2月の入院時(それ以前に境界型糖尿病
と指摘されていた。)までは食事療法を行ったことはなく,カロリー計
算を行わずに甘い物を食べ,体重も上記入院時よりも4kg増加した7
2kgになっていたことが認められる(乙B9)。これらの事情にも照
らして考えれば,控訴人Aの狭心症の発症については,放射線被曝とは
別の危険因子である生活習慣の程度が重かったものと認められる。
控訴人Aの被曝線量が他の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を検
討する必要のない程度に高かったとまではいうことができないことも考
慮すれば,控訴人Aの狭心症は,放射線被曝により発症したことを是認
し得る高度の蓋然性が証明されたものということはできない。
控訴人Aは,放射線被曝の他の危険因子自体が放射線被曝によるもの
である旨主張する。
控訴人Aが同主張の根拠とする赤星論文(甲A298)は,被曝放射
線量は,脂肪肝,低HDLコレステロール血症及び高い中性脂肪血症と
は正の相関関係を示したが,一方で肥満,高血圧,高コレステロール血
症及び糖代謝異常には影響していなかったとし,被爆放射線量がインス
リン抵抗性症候群に伴う虚血性心疾患危険因子の集蔟している脂肪肝及
び動脈硬化を促進する脂質異常に関連していることを示唆しているとす
るものであるが,上記論文の記述によっても,控訴人Aの高脂血症が放
射線被曝によるものであるということはできない。
6B1の原爆症認定要件該当性
控訴人Bらは,要医療性について,被爆者援護法上の「健康管理」とは,
年1回の健康診断の実施が基本であり,これに続く「指導」とは,健康診断
の結果,精査や治療等が必要な場合にはその旨の「指導」を行い,「医療」
につなげるという位置づけのものにすぎないから,B1が,医療機関に入通
院する中で,嚥下障害に対する食事療法として受けた指導は,上記の「指導」
ではなく「医療」である旨主張する。
しかし,B1が受けた指導の態様及び内容は,前記1において原判決(7
2頁7行目冒頭から同頁22行目末尾まで)を補正の上,引用して認定した
とおりであって,B1がその申請疾病である火傷瘢痕に関して継続的に診察
を受け,何らかの治療の適否を検討していた経過は認められないのであって,
B1の受けた食事についての指導が「医療」としての措置であるということ
はできない。
控訴人Bらは,左足趾の痛みや後頭部等の痛みに苦しんでいたものであっ
て,実際に治療を受けていない場合であっても治療を要する状態であったか
ら要医療性が認められるべきである旨主張する。しかし,B1に対し,何ら
かの治療上の措置が検討され,あるいはB1がこれを希望したことを認める
に足りる証拠がないことは,前記1において原判決(73頁21行目冒頭か
ら75頁6行目末尾まで)を補正の上,引用して認定したとおりである。
以上によれば,B1の申請疾病については,要医療性が認められない。
7被控訴人Cの原爆症認定要件該当性
被控訴人Cの被爆状況
ア第1審被告は,被控訴人Cがa中学校まで遺体を確認しながら歩いた事
実については,被爆者健康手帳交付申請書に添付された被控訴人Cの申述
書(乙D10)や平成20年3月に作成された被控訴人Cの体験記(乙D
11)に記載がなく,a中学校の校庭のサツマイモ畑を掘った事実につい
ては上記申請書に添付された申述書(乙D10)には記載がなく後の体験
記(乙D11)に記載されたものであって,いずれも事実の存否が疑わし
いと主張する。また,被控訴人Cは,体験記(乙D11)にサツマイモを
食べた記載がなく,食べられそうなものはなかったと記載されている点は,
サツマイモの根(イモにまで育っていない根)をかじったとの被控訴人C
の供述と矛盾するものではなく,被控訴人Cは,a中学校においてサツマ
イモ畑を掘り返して根を食べたものであると主張する。
これらの点について検討すると,申述書(乙D10)には,遺体を確認
したとまでは記載されていないものの,a中学校に行く途中には,遺体が
多くあり,むしろやトタンをかけられていたことが記載され,被控訴人C
は,本人尋問において,a中学校の近くまで来ると,むしろやトタンをか
けられているものがあり,それをめくるとその下に遺体があった旨供述す
るものであって,申述書(乙D10)の記載は明確ではないものの本人尋
問における供述と矛盾するものではない。被控訴人Cは,原子爆弾が投下
された当日,自身は中学校を欠席したものの,同級生は登校して1科目だ
け予定されていた定期試験を受け,その帰宅途中で被爆したであろうこと
を認識しており(乙D10),明確な記述や供述はないものの,被控訴人
Cが同級生の安否を気遣い,遺体を確認したことが推測されるのであって,
前記本人尋問における供述を信用することができる。これによれば,被控
訴人Cがむしろやトタンをめくって遺体を確認したことが認められる。
また,体験記(乙D11)には,a中学校の校庭でサツマイモ畑を掘っ
たとの記載があり,同記載は,食べられそうなものはなかったなど具体的
であって信用することができる。一方,そのように記載されているのであ
るから,サツマイモの根をかじって食べたとの本人尋問の供述は採用する
ことができない。被控訴人Cは,a中学校の校庭でサツマイモ畑を掘り返
した事実を認定することができるが,サツマイモの根を食べた事実までは
認めることができない。
イ被控訴人Cの被爆後の身体症状について,第1審被告は,被爆後比較的
近接した時期に作成された調査票などはなく,申述書(乙D10),陳述
書(甲D1),本人尋問における供述の内容は変遷し,その点について合
理的な説明はなく,また,被控訴人Cが昭和20年8月18日又は同月1
9日頃,食料を調達に行ったとのLの供述記載の内容と矛盾する旨主張す
る。しかし,被控訴人Cが,被爆後,下痢をした点では供述等の内容は一
貫し,同月18日又は同月19日頃に食料調達に行ったとの供述記載は,
被控訴人Cの下痢の程度によっては可能であるから,これをもって,被控
訴人Cが被爆後に下痢症状を呈したことを否定することはできない。
ウ以上によれば,被控訴人Cの被爆線量は,誘導放射線化物質や放射性降
下物からの被曝も含め,健康に影響があり得る程度の線量の放射線に外部
被曝及び内部被曝をしたものと認められる。
第1審被告は,今中論文(乙A106)による推定によれば,賀北部隊
の被曝線量でさえ僅かなものであるとして,被控訴人Cの主張による被爆
後の行動によっても,被控訴人Cの被曝線量は僅かであると主張するが,
同推定が当てはまらない場合があり得ることは前記1において原判決(4
6頁5行目冒頭から47頁10行目末尾まで)を引用して説示したとおり
であって,上記今中論文は前記認定を覆すに足りない。
被控訴人Cの甲状腺機能低下症の放射線起因性
ア第1審被告は,遺伝的要素によって,被控訴人Cは,慢性甲状腺炎(橋
本病)に罹患し,ヨウ素の過剰摂取や加齢により同疾病が増悪し,甲状腺
機能低下症に罹患したものであると主張し,H意見書を提出する(乙A6
41)。同意見書の要旨は次のとおりである。
被控訴人Cは遺伝的素因により慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患し,加
齢及びヨウ素摂取過剰により同疾病が増悪して甲状腺機能低下症に罹患
したものと合理的に考えることができ,放射線による影響を考慮するま
でもない。
甲状腺機能低下症のほとんどを占めるのが慢性甲状腺炎(橋本病)に
よるものである。慢性甲状腺炎(橋本病)は甲状腺自己抗体によって引
き起こされる自己免疫性疾患であり,遺伝,ヨウ素過剰摂取,自己免疫
疾患,加齢などが要因として挙げられる。
被控訴人Cについては,平成11年4月22日に初めて血中の甲状腺
ホルモン濃度が測定され,結果は,血中甲状腺ホルモンが正常,甲状腺
刺激ホルモン(TSH)のみが増加しており,潜在性甲状腺機能低下症
の状態だったと考えられる。平成17年11月7日のCT検査により,
慢性甲状腺炎に罹患し,甲状腺がびまん性に腫大した場合に見られる所
見が認められ,平成20年8月21日の検査の結果,潜在性甲状腺機能
低下症の原因が慢性甲状腺炎であると確認された。
被控訴人Cは,58歳頃から狭心症発作を繰り返し,平成6年から平
成17年にかけての4回の検査において造影剤としてヨウ素を含有する
薬剤が使用された。ヨウ素量は合計138.31gであり,ヨウ素の過
剰摂取がある。
被控訴人Cの母と姉は橋本病を発症しているとみられ,遺伝的素地が
ある。
被控訴人Cに潜在性甲状腺機能低下症が認められた年齢が一般的に甲
状腺機能低下症を発症して不自然ではない年齢である。
医学的にみて,被控訴人Cは,遺伝的要素によって慢性甲状腺炎(橋
本病)に罹患し,ヨウ素の過剰摂取及び加齢により同疾病が増悪し,甲
状腺機能低下症に罹患したものであると合理的に考えることができ,放
射線による影響を考慮するまでもない。
イ以上について検討すると,被控訴人Cは,前記のとおり,昭和20年8
月9日に爆心地から約3.7km離れた自宅内で初期放射線により被曝し
たことに加え,原爆投下の3日後(同月12日)に父親と共に入市し,遺
体確認をしたり,爆心地から約0.7km地点の中学校で書類探しやサツ
マイモ掘りをしたりするなどして(爆心地から約0.5kmまで進んだ。),
誘導放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を含む粉塵等に接触したこと
により,健康に影響があり得る程度の線量の放射線被曝をしたものと認め
られること,また,同月10日には軽い下痢と微熱が,同月12日からし
ばらくしてからは激しい下痢が数日続いたこと(後者の症状は父親も同
様),被控訴人Cが被爆当時12歳と若年であり,放射線に対する感受性
が比較的高かったといえること,放射線被曝と甲状腺機能低下症の発症に
ついて,低線量域の被爆も含めて関連性を示唆する科学的知見が存在する
こと,被控訴人Cの甲状腺機能低下症の発症について他に有力な原因があ
るとは認められないこと等の事情に照らせば,被控訴人Cの甲状腺機能低
下症の放射線起因性を肯定することができるというべきである。
第1審被告は,遺伝的要因によって慢性甲状腺炎(橋本病)を発症した
と主張するが,被控訴人Cの母と姉も被控訴人Cと共に同地点で原爆に被
爆した者であり,同人らの慢性甲状腺炎(橋本病)発症の原因も不明であ
るから,被控訴人Cについて遺伝的要因をその発症の根拠とすることはで
きない。
第1審被告は,被控訴人Cが造影検査により摂取したヨウ素が慢性甲状
腺炎(橋本病)の発症に影響したと主張するが,日常的に多量のヨウ素を
摂取し続けるのではなく,11年間の間に4回,造影剤として摂取するヨ
ウ素の量及びその影響について,各回にどの程度のヨウ素を摂取すること
が慢性甲状腺炎(橋本病)に影響を及ぼし得るのか,合計の量の多寡は慢
性甲状腺炎(橋本病)の増悪にどのように影響するのかなど不明な点が多
く,直ちに造影検査により摂取したヨウ素が慢性甲状腺炎(橋本病)を増
悪させたということはできない。
以上によれば,第1審被告の,被控訴人Cの甲状腺機能低下症の他原因
に関する主張は理由がない。
被控訴人Cの皮膚がんについて
被控訴人Cは,平成29年1月5日,左頬に悪性腫瘍があることが判明し
たと主張し,被控訴人Cは相当量の被曝をしたことは明らかであると主張す
るが,前記のとおり,この点を検討するまでもなく,被控訴人Cの甲状腺機
能低下症の放射線起因性は認められる。
8被控訴人Dの原爆症認定要件該当性
被控訴人Dの被爆状況等
ア被控訴人Dは,昭和20年8月10日又は同月11日,爆心地から0.
8kmのb町まで行ったその翌日以降,連続して5日程,父と共に朝から
日没頃まで爆心地付近を歩き回ったと主張する。しかし,約5日にわたり
爆心地に入ったことを認めることができないのは,前記1において原判決
(90頁7行目冒頭から同頁24行目末尾まで)を引用して認定,説示し
たとおりである。昭和41年8月9日付けの被爆者健康手帳入市日変更申
請書(乙F7)及び平成21年1月22日付け認定申請書のいずれにも5
日程度入市したとの記載はなく,同事実を認めることはできない。
イ被控訴人Dは,被爆後,下痢や吐き気,脱毛の症状があったことを主張
する。この点についても認めることができないのは,前記1において原判
決(90頁25行目冒頭から91頁11行目末尾まで)を引用して認定,
説示したとおりである。被控訴人Dは,印象的であった発熱のみを記載し,
他の症状がなかったものではないと主張するが,脱毛の症状は通常生じる
出来事ではなく,これが生じていたのであれば印象に残るものと思われ,
記憶を喚起する記載欄もあったのにその症状の記載がないのであるから,
これらの事実があったとの供述を信用することはできず,同事実を認定す
ることはできない。
ウ第1審被告は,被控訴人Dの被爆状況等について,被控訴人Dが昭和2
0年8月11日に長崎市b町まで入市したことや,同日,自宅(爆心地か
ら約4km地点)裏の畑の芋のツルを食べるなどした事実については,相
応の科学的根拠を有する今中論文に照らして,上記入市の事実のみで比較
的高線量の放射線被曝をしたものとは考え難い,また,仮に,被控訴人D
が,自宅裏の畑で芋のツルを食べていたとしても,爆心地から4kmも離
れた地点にある畑においてのことであるから,それのみで放射線に被曝す
るなどとは考え難いと主張する。
しかし,被控訴人Dが被爆に近接した日に入市したことにより外部被曝
及び内部被曝した蓋然性が高いことを軽視することはできず,今中論文に
よる推定が当てはまらない場合もあり得ることは前記のとおりである。被
控訴人Dは,健康に影響があり得る程度の放射線被曝をしたと認められる。
被控訴人Dの胃がんについて
被控訴人Dは胃がんに罹患したことも相当量の原爆放射線に被曝したから
である旨主張するが,前記1において原判決を補正の上,引用して認定した
とおり,この点を検討するまでもなく,被控訴人Dの甲状腺機能低下症の放
射線起因性は認められる。
9E1の原爆症認定要件該当性
E1の被爆状況
E1の被爆状況については,前記1において原判決を引用して認定したと
おりである。
控訴人Eらは,E1は,被爆後間もなく髪が抜けるようになり,その後生
えている髪は縮れていたと主張し,同事実は,本件訴訟を提起するに当たり,
姉に聞いたものであるが,姉の発言は,提訴に当たってその重要性を認識し
た上でのことであるから重視すべきであると主張する。しかし,控訴人Eら
の主張する事実は,それ自体曖昧なものであり,また,被爆者健康手帳交付
申請書には,脱毛について記載する欄があるにもかかわらず,記載されてい
ないことによれば,脱毛の事実を認めることができないことは,前記1にお
いて原判決(97頁20行目から98頁5行目末尾まで)を補正の上,引用
して説示したとおりである。
E1は,健康に影響があり得る程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被
曝をしたものと認められるが,その被曝線量が他の原因による心筋梗塞及び
狭心症の発症を検討する必要のない程度に高かったとまではいうことができ
ない。
E1の心筋梗塞及び労作性狭心症の放射線起因性について
ア新審査の方針について
控訴人Eらは,E1が爆心地から約3.5km以内での直爆,原爆投下
より100時間以内に爆心地から約2km以内に入市の双方の要件を満た
す状況で被爆したから,放射線被曝による心筋梗塞発症の危険性は認めら
れると主張する。
しかし,再改定後の新審査の方針においては,被爆地点が爆心地より約
2.0km以内である者,原爆投下から翌日までに爆心地から約1.0k
m以内に入市した者の心筋梗塞について積極的に認定すべきとするもので
ある。E1は,爆心地から約3.1kmの屋内で被爆し,2日後から約1
週間後,母親に背負われて入市したものであり,E1の被爆状況及び心筋
梗塞の発症が,これらの要件に合致すると直ちにいうことはできず,新審
査の方針を根拠にE1の心筋梗塞の放射線起因性を認めることはできな
い。
イE1の心筋梗塞及び労作性狭心症に関する他原因について
控訴人Eらは,E1の心筋梗塞等に関する他原因について,E1が原
発性アルドステロン症に罹患していたことはないと主張する。E1が原
発性アルドステロン症に罹患していたとみるべきであることは,前記1
において原判決(98頁8行目冒頭から99頁25行目末尾まで)を補
正の上,引用して認定,説示したとおりである。
これに対して,控訴人Eらは,平成14年頃にE1の膿胸治療を担当
したM医師がアルダクトンAを処方したが,通常の利尿剤ではカリウム
が喪失されるので,カリウム保持性の高い利尿剤として処方したのであ
り,原発性アルドステロン症を考慮して処方したものではない旨を記述
した意見書(甲G32),原発性アルドステロン症の確定診断は行われ
ていないとのQ医師の意見書(甲G45)を提出する。
確かに,l病院において,どのような検査結果をもって原発性アルド
ステロン症の診断がされたのかは明らかではない。また,E1の京都j
病院カルテ(乙G24)には「原発性アルドステロン症」との記載があ
る一方,「アルドステロン症の疑い」との記載もあり,「中止」とされ,
同病院において,原発性アルドステロン症の診断がどのように行われた
のかも明らかではない。
しかし,一方で,E1は,l病院で原発性アルドステロン症と診断さ
れた後,継続して,それに対して効果を有する投薬を受け,京都j病院
の他科への紹介に当たっては,原発性アルドステロン症とされ,アルダ
クトンAが処方されている。また,E1のカルテに継続してその病名が
記載されていたものである(乙G22,24)。以上に加えて,原判決
を補正の上引用して認定説示したとおり,E1は,20歳代に既に高血
圧を発症し,これが原発性アルドステロン症に罹患していたことと合致
する症状であること,E1は,20代から指摘されていた高血圧の原因
が判明せず,k病院において降圧剤による治療を受けたもののその効果
は芳しくなかったが,l病院において原発性アルドステロン症の診断に
基づく薬剤治療を継続したところ,高血圧が一応コントロールされた状
態になったこと(ただし,その後,血圧は著明に変動する状態であっ
た。),E1が原発性アルドステロン症ではないとの確定診断がされた
事実も認められないことをも考慮すれば,E1は,原発性アルドステロ
ン症に罹患していたというべきであって,E1には,心筋梗塞及び狭心
症に関する他の危険因子として原発性アルドステロン症があったと認め
られる。
上記の結論は,前記M医師及びQ医師の各意見書によっても左右され
るものではない。
控訴人Eらは,E1が原発性アルドステロン症に罹患していたとして
も,文献において心筋梗塞を発症した例として挙げられるのは,腫瘍の
ある例であり,E1の原発性アルドステロン症において,これにより心
筋梗塞等の心血管疾患が引き起こされやすくなることはない旨主張す
る。しかし,原発性アルドステロン症は二次性高血圧をもたらし,合併
症として心筋梗塞があることが指摘されており(乙A519,520),
原発性アルドステロン症による高血圧は,心筋梗塞発症の危険因子であ
るというべきであるから,これによる心筋梗塞の発症は腫瘍のある例に
限られるとはいえない。
E1は健康に影響があり得る程度の被曝をしたものの,その線量が他
の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を検討する必要のない程度に高
かったとはいえないこと,E1が原発性アルドステロン症に罹患してい
たことを考慮すれば,E1の心筋梗塞等については,放射線被曝により
発症したことを是認し得る高度の蓋然性をもって証明されたものという
ことはできない。
なお,控訴人Eらは,放射線被曝により動脈硬化が生じることが知ら
れており,E1の高血圧は放射線被曝による動脈硬化の影響と考えるべ
きであると主張する。しかし,放射線被曝により動脈硬化が生じるとの
知見があるとしても,E1の被曝線量が他の原因による心筋梗塞及び狭
心症の発症を検討する必要のない程度に高いものとはいえないこと,E
1が原発性アルドステロン症に罹患していたこと等の事情を考慮すれ
ば,E1の心筋梗塞等が放射線被曝により発症したことの証明がされて
はいないとの上記結論が左右されることはない。
10被控訴人Fの原爆症認定要件該当性
被控訴人Fの被爆状況等
ア被控訴人Fは,入市の事実があることを主張し,被控訴人Fの母R(以
下「R」という。)の姉の子であるP(以下「P」という。)の供述録取
書(甲H12)を提出する。
Pの供述録取書(甲H12)の要旨は,Pは,家族と共に,爆心地から
1.7kmのf町において被爆し,その母と共に飛行場の方に逃げ,大き
な防空壕に避難し,Pの2人の兄の消息を求めて自宅付近に行っていたと
ころ,昭和20年8月7日から同月10日までの間に,Rが被控訴人Fを
背負って,f町の焼け跡に訪ねて来た,Rの足が不自由であったとの記憶
はない,というものである。
被控訴人Fの,この頃の入市の事実については,前記1において,原判
決(104頁8行目冒頭から同頁20行目末尾まで)を引用して認定した
とおりである。上記Pの供述録取書の内容は,被爆者健康手帳交付申請書
の記載等による認定を覆すには足りない。
イ被控訴人Fが,昭和20年8月6日にc橋付近まで入市した事実が認め
られることは前記1において原判決を引用して認定したとおりであるが,
第1審被告は,相応の科学的根拠があると認められる今中論文によれば,
被控訴人Fの昭和20年8月6日の入市による被曝を考慮する必要はない
旨主張する。しかし,今中論文による推定が当てはまらない場合もあり得
ることは前記のとおりであって,原爆投下当日に爆心地から約1.7km
地点まで入った事実は軽視することはできず,被控訴人Fは,入市により,
外部被曝及び内部被曝をしたものと考えられる。被控訴人Fは健康に影響
があり得る程度の線量の放射線に被曝したものと認められる。
被控訴人Fの甲状腺機能低下症の放射線起因性が認められることは,前記
1において,原判決を補正の上,引用して認定したとおりである。
第4結論
以上によれば,控訴人A,控訴人Bら及び控訴人Eらの請求はいずれも理由
がないから棄却し,被控訴人C,被控訴人D及び被控訴人Fの請求はいずれも
理由があるから認容すべきところ,これと同旨の原判決は相当である。
よって,控訴人A,控訴人Bら及び控訴人Eらの各控訴並びに第1審被告の
控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 盒蕎
裁判官 山本善彦
裁判官 真鍋麻子

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