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大阪府職員死亡は公務災害 震災で岩手派遣「強い緊張」 大阪高裁が逆転判決

 東日本大震災の被災地支援で岩手県に派遣された大阪府の男性職員(当時49)が死亡したのは業務が原因だったとして、50代の妻が地方公務員災害補償基金に公務災害と認めるよう求めた訴訟の控訴審判決が26日、大阪高裁であった。田中俊次裁判長は請求を棄却した一審・大阪地裁判決を取り消し、逆転勝訴を言い渡した。[[
 田中裁判長は判決理由で「男性は被災地の惨状を目の当たりにし、府内での業務とは比較にならないほど強い精神的緊張を強いられた」と指摘。宿泊環境の厳しさや余震、津波再来への恐れに伴うストレスなども考慮し、死亡と公務の因果関係を認めた。
 原告代理人の北本修二弁護士は「裁判所が被災地での救援活動に大きなストレスがかかることを認めた意義は大きい」と評価した。
 判決によると、男性は震災直後の2011年4月と5月、岩手県宮古市などに派遣され、保健師らを車に乗せて避難所を巡回する業務に従事。5月の派遣中、宿泊先で頭痛を訴え、搬送先の病院で脳血管の疾患により死亡した。
 男性の妻は公務災害の認定を求めたが、同基金大阪府支部などは12〜14年、公務外の災害だとして請求を退けた。17年2月の一審判決も「勤務が過酷だったとは言えない」などと判断していた。
(2017/12/27 0:06 日経新聞)

大阪府職員、被災地派遣中死亡 公務災害認める 大阪高裁 

 東日本大震災の被災地支援で岩手県に派遣されていた大阪府職員の男性=当時(49)=が死亡したのは業務が原因だったとして、50代の妻が地方公務員災害補償基金を相手取り、「公務外」と認定した処分の取り消しを求めた訴訟の控訴審判決が26日、大阪高裁であった。田中俊次(しゅんじ)裁判長は業務との因果関係を認め、原告側の請求を棄却した1審大阪地裁判決を取り消し、公務災害と認めた。
 判決によると、男性は平成23年4、5月の2度岩手県宮古市に派遣され、避難所を巡回する保健師らを車で移送する業務に従事。5月の派遣中、宿泊先のホテルで頭痛を訴え、くも膜下出血で死亡した。
 1審判決は「勤務実態が過酷とは認めがたい」と認定。田中裁判長は判決理由で、運転業務に従事した時間自体は比較的短いとしながら、連日発生する余震や津波への恐怖を感じる被災地で「普段と比較にならないほどの強い精神的緊張を強いられる状況にあった」と指摘。男性に高度な負荷がかかっていたとして死亡との因果関係を認めた。
(2017.12.26 19:03 産経WEST)

平成29(行コ)68  公務外認定処分取消請求控訴事件
主文
1原判決を取り消す。
2地方公務員災害補償基金大阪府支部長が控訴人に対し,地方公務員災害補償
法に基づき平成24年8月30日付けでした公務外認定処分を取り消す。
3訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,東日本大震災の被災地支援として岩手県に派遣されていた大阪府
元職員の亡Aが同派遣中に死亡したことについて,亡Aの妻である控訴人
が,地方公務員災害補償基金大阪府支部長(処分行政庁)に公務災害認定請
求をしたところ,処分行政庁から平成24年8月30日付けで公務外認定処
分(以下「本件処分」という。)を受けたため,本件処分の取消しを求める
事案である。
原審は控訴人の請求を棄却したところ,これを不服とする控訴人が本件控
訴を提起した。
2前提事実(当事者間に争いがない事実,掲記証拠及び弁論の全趣旨により容
易に認められる事実並びに顕著な事実)
当事者等
ア亡A(死亡時49歳)は,昭和56年10月1日から大阪府技能員とし
て採用され,平成22年4月1日からは大阪府富田林保健所(以下「富田
林保健所」という。)企画調整課の技師として,自動車運転業務等に従事
していた。
イ控訴人は,亡Aの妻である。
東日本大震災の発生及び亡Aの被災地派遣
ア平成23年3月11日午後2時46分に宮城県沖を震源地とする東北地
方太平洋沖地震が発生した。同地震による災害(以下「東日本大震災」と
いう。)は,その被害が甚大であり,かつ,その被災地域が広範にわたる
等極めて大規模なものであるとともに,地震及び津波等による複合的なも
のである点において我が国にとって未曾有の国難というべきものであり,
未曾有の災害により多数の人命が失われるとともに,多数の被災者がその
生活基盤を奪われ,被災地内外での避難生活を余儀なくされる等甚大な被
害をもたらした。同日以降,津波が被災地に到達する際の様子を含む被災
状況が,テレビ等で連日繰り返し全国放送された。東北地方を中心に余震
も多数発生し,同年3月から4月にかけて余震に伴う津波注意報等が発令
されることも複数回あった。余震や津波注意報等の発令の事実もテレビ等
で全国的に報道された(公知の事実)。
大阪府は,東日本大震災に係る被災地支援のため,保健師等からなる
公衆衛生チームや,医師,看護師等からなるこころのケアチームを構成
して被災地に派遣した。亡Aは,公衆衛生チームの一員として,平成2
3年4月3日から同月7日までの間,被災地である岩手県宮古市及び同
県山田町に派遣された(以下「第1次派遣」という。)。
また,亡Aは,第1次派遣と同様に公衆衛生チームの一員として,同
年5月12日から岩手県宮古市及び同県山田町に派遣された(以下「第2
次派遣」といい,第1次派遣と併せて「本件被災地派遣」という。)。
亡Aは,本件被災地派遣において,岩手県宮古保健所管内で現地に数
か所ある避難所等を巡回する自動車運転業務に従事していた。
ウ本件被災地派遣の対象となった岩手県宮古市及び同県山田町は,いずれ
も太平洋に面し,東北地方太平洋沖地震に伴う津波等により市街地がほぼ
壊滅する等,広範囲にわたり人的,物的に甚大な被害が発生した地域であ
る(甲5の1・2,6の1〜4,8の1〜15,9の1・2)。岩手県災
害対策本部が把握していた同県内の東日本大震災による死者・行方不明者
数は,平成23年4月10日時点で死者3796人(うち山田町の死者5
33人,宮古市の死者396人),行方不明者4721人(うち山田町の
行方不明者378人,宮古市の行方不明者1301人)であり,同年5月
10日時点で死者4400人,行方不明3269人であった。岩手県内の
ライフライン被害状況は,同年4月10日の時点で2万9438戸の停
電,8451戸の断水が継続していたほか,同月7日に発生した余震で8
015戸が断水しているというものであった(甲7の1・2)。
本件疾病の発症及び亡Aの死亡
亡Aは,第2次派遣の3日目である平成23年5月14日,宿泊先におい
て頭痛を訴え,岩手県立宮古病院(宮古病院)に搬送されたが,同月20日
午後10時11分に死亡した。同病院のB医師作成の死亡診断書では,亡A
の直接死因となった疾病(以下「本件疾病」という。本件疾病が脳出血(脳
内出血),くも膜下出血のいずれであるか当事者間に争いがある。)は「脳
出血(右前頭葉)」,本件疾病の発症から死亡までの期間は約6日間とされ
ている(乙5・19頁)。
本件訴訟に至る経緯
ア控訴人は,平成23年7月21日,処分行政庁に対し,亡Aの死亡が公
務上の災害であるとして,公務災害認定請求を行った。上記請求について
の任命権者(大阪府知事)の意見は,C医師(大阪府健康医療部長)作成
の同年8月25日付け意見書(以下「C意見書」という。)のとおり公務
上の災害と考えるというものであった(乙5・15〜18頁)。
イ処分行政庁は,平成24年8月30日,本件疾病は公務外の災害である
とする公務外認定処分(本件処分)をした(甲2)。
ウ控訴人は,本件処分を不服として,平成24年10月23日付けで,地
方公務員災害補償基金大阪府支部審査会に対し審査請求をしたところ,同
審査会は,平成25年9月11日,審査請求を棄却する旨の裁決をした
(甲3)。
エ控訴人は,上記裁決を不服として,平成25年10月10日付けで,地
方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をしたところ,同審査会は,
平成26年5月8日,再審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲1)。
オ控訴人は,平成26年11月6日,本件処分の取消しを求めて本件訴え
を提起した(裁判所に顕著な事実)。
第3本件の争点
本件の争点は,本件疾病の公務起因性の有無(本件疾病の発症と公務との間
の相当因果関係の有無)である。
第4争点に関する当事者の主張
(控訴人)
1公務起因性の判断基準について
地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という。)31条の「職員が公
務上死亡した場合」とは,職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡
した場合をいい,その負傷又は疾病と公務との間には相当因果関係が存在す
ることが必要であるところ,地方公務員災害補償制度(以下「地公災制度」
という。)が公務に内在する危険が現実化した場合に職員に発生した損害を
補償する制度であることからすれば,公務と疾病の発症との間の相当因果関
係の有無は,当該疾病が公務に内在する危険の現実化として発症したと認め
られるか否かによって判断すべきである。
そして,本件のような被災職員の脳出血が地公災法施行規則別表第1第8
号「相当の期間にわたって継続的に行う長時間の業務その他血管病変等を著
しく増悪させる業務に従事したために生じた」ものであるかどうかを検討す
ることが必要となるが,脳血管性疾患は,被災職員の年齢,血圧,血管病変
等の個体的要因に生活要因,職務上の要因がそれぞれ相互に作用して発症す
るものと考えられるため,上記の個体要因や生活要因が相対的に有力である
か,公務上の要因が有力であるかによって,公務との相当因果関係の有無を
判断すべきである。
なお,被控訴人は,「公務上の災害の認定基準について」(平成15年9
月24日地基補第153号。ただし,最終改正後のもの(以下の通知等につ
いても同様)。以下「認定基準」という。),「心・血管疾患及び脳血管疾
患の公務上災害の認定について」(平成13年12月12日付け地基補第2
39号。以下「理事長通知」という。)」及び「心・血管疾患及び脳血管疾
患の公務上災害の認定について」の実施及び公務起因性判断のための調査事
項について」(平成13年12月12日地基補第240号。以下「補償課長
通知」という。)に基づき判断すべきであると主張するが,これらはいずれ
も行政組織内の内部指令に留まるものであって,法令としての性質を有して
いないばかりか,東日本大震災のような地震・津波の観測史上最大の複合大
規模災害への複数回,複数日にわたる支援業務などは想定されずに作成され
た基準であって,あまりにも過重な要件を課すものであり,本件においてこ
れらを適用するのは不適当である。
2本件疾病発症と公務との間に相当因果関係が認められること
被災地への派遣そのものによる負担
亡Aは,第2次派遣について,気が進まず,控訴人に対しても「行きたく
ない。」と漏らしていたが,上司から被災地への支援は重要な公務であると
言われ,断ることができなかった。また,亡Aは,短期間に2回も被災地に
赴かねばならず,その精神的な負担は大きいものであった。
亡Aが異常な出来事・突発的事態に遭遇したこと
東日本大震災は,地震及び津波が発生した平成23年3月11日だけで終
わったものではなく,同年5月の段階でも体感できる余震が続いており,
「また同じことが起きるのではないか。」という強い恐怖と不安があった。
また,直接被災地で大震災を体験しなかった者であっても,被災地に赴けば
破壊された風景,余震,匂い,埃,異臭,復旧していないインフラ等から震
災を追体験したもので,このような状況下における被災地での公務は,亡A
にとって,公務に関連して異常な出来事・突発的事態に遭遇したものといえ
る。
この点については,C意見書が存在するほか,亡Aを派遣した大阪府自身
が,被災地派遣におけるストレスが強度であるため,派遣される職員のメン
タルケアのためのパンフレット等を配っている(甲25,28〜30)。ま
た,被災地支援業務のストレスが脳内出血を有意に引き起こすことについて
は,「2014年版災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン」
(甲36)が指摘する災害高血圧の存在,「脳とこころのプライマリケア
3こころと身体の相互作用」(甲37)が指摘する阪神・淡路大震災の高
血圧患者への影響,「災害と高血圧・脳卒中」(甲38)が指摘する災害高
血圧の医学的機序,「災害支援者はなぜ傷つきやすいのか?−東日本大震災
後に考える支援者のメンタルヘルス」(甲40)及び「東日本大震災におけ
る被災自治体への応援職員の惨事ストレスとメンタルケアに関する研究」
(甲41)が指摘するトラウマティックストレス(惨事ストレス)の存在
等,これを明らかにした多数の文献・論文がある。
本件被災地派遣においても,第1次派遣は,当時の現地の状況から惨事ス
トレス(トラウマティックストレス)を引き起こし得る状況にあった。亡A
が第1次派遣によるストレスを抱えた状態のまま,第2次派遣をされたこと
自体が,公務による過重負荷であるといえる。第2次派遣も,当時の現地の
状況の異常性,2回にわたる派遣の異常性,現地への移動のストレス,運転
環境の違い,不眠等の点から,過重なものであった。
自動車運転業務が急激な環境変化や極度の精神的緊張を伴うものであった
こと
ア亡Aは,平成22年まで病院勤務であり,本件被災地派遣当時,保健所
に異動して自動車運転業務を開始してまだ1年しか経過していなかった。
また,亡Aは,どちらかといえば自動車の運転が苦手であり,自動車を運
転する際には緊張していたが,本件被災地派遣における運転業務は,全く
知らない土地・道路で,初対面の人を乗せた走行であって,また,運転す
る自動車がレンタカーであり,傷を付けることがないように運転すること
を余儀なくされるなど特に緊張とストレスを伴うものであった。
イ上記のとおり,亡Aは,保健所勤務から間がなく,元々面識のある保健
師もいない中で,公衆衛生チームの一員として行動することは「機構・組
織改革」に匹敵するほど従前の業務とは異なるものであった上,被災地支
援に来た以上,被災地の役に立たなければならないというプレッシャーが
あった。
ウ特に亡Aが派遣された岩手県山田町は,道路脇にがれきが山積みとなっ
ており,見通しや路面の状態も悪く,多くの車両が走行しているにもかか
わらず交差点の信号機が故障し続けているというところもあり,運転には
ストレスを伴った。
エ保健師らは,避難所において遺族らの話を聞くなどして精神的負荷を感
じていたが,運転業務に従事する者も避難所で遺族らの話を聞くことがあ
り,亡Aにおいても,被災地の状況を目の当たりにすることで同様の精神
的負荷があったというべきである。
本件被災地派遣期間の全てが勤務時間といえること
Aは,第
2次派遣出発日である5月12日には,午前7時50分に自宅を出発してか
ら就寝するまで,13時間を超える拘束を受けていた。また,派遣先におい
ては,ライフラインの回復が十分ではなく,派遣中の昼食は毎日カップラー
メンであった。亡Aを含む男性職員は,宿泊先においても,一室に4ないし
6名が寝る状態であり,同室者のいびきが気になり,十分な睡眠を取ること
ができなかった。
以上のとおり,本件被災地派遣においては,心の安まるときはなく,就寝
時間も眠れない状態にあったのであるから,本件被災地派遣期間の全てが勤
務時間とみるべきである。
被災地では早期の治療を受けることができなかったこと
亡Aは,平成23年5月14日の午前中から強い頭痛を訴えており,これ
は脳出血の前駆症状であった可能性が高い。しかし,被災地支援業務の特殊
性から,被災地支援で避難所への巡回をしている間は,たとえ頭が痛くとも
それを訴えることも,病院に行くこともできない状況にあったもので,仮
に,同日の昼から夕方の時点で早めに診察を受けていれば,救命できていた
可能性が高かったと考えられる。
なお,被控訴人は,同日夕方頃には病院に行くことが可能であったと主張
するが,被災地支援に来ていて,支援者が医療を受けるなどとは到底言える
状況ではなかった。
以上の点は,亡Aと同様に大阪府から運転手として派遣されていたD,
E,Fらの証言等によっても明らかである。
Fの証言によると,本件疾病の発症当日である平成23年5月14日,亡
Aが頭痛を訴え,Fが所持していた鎮痛剤(ロキソニン)をもらって飲んだ
のは,Fが宿泊先のホテルに戻って来た午後5時から6時頃のことであっ
た。亡Aは,同日の朝又は昼頃から頭痛があったが,被災地派遣であるため
運転手の交代要員がなく,被災地支援ゆえに痛みを我慢していたものであ
る。
3亡Aの死因及び素因の点について
亡Aの死因の点について
被控訴人は,本件疾病はくも膜下出血であると主張するが,本件疾病は,
控訴人が鑑定意見書の作成を依頼した臨床経験が豊富なG医師の所見が示す
とおり,脳出血(脳内出血)である。上記所見は亡Aの治療を行った宮古病
院の担当医師の診断とも一致する。
なお,被控訴人は,控訴人の供述に依拠して,亡Aが発症したのは脳幹出
血であると主張するが,亡Aの症状,CT所見,G医師による所見等によれ
ば,脳内出血とみるべきであり,控訴人が主治医から「脳幹」という言葉を
聞いた可能性はあるものの,そのことをもって,亡Aが脳幹出血を発症した
とはいえない。
本件処分は,亡Aの死因がくも膜下出血であるという誤った認定に基づく
ものである。亡Aの死因は脳内出血である。G医師も「出血の主体はあくま
でも右前頭葉底部〜右頭頂葉前方に存在する広範な脳内出血」と述べてい
る。そして,亡Aの死因がくも膜下出血であるか控訴人主張の脳出血(脳内
出血)であるかによって,危険因子の重要度が大きく異なってくる(亡Aに
はくも膜下出血の家族歴は存在しない。)から,公務上外の判断にも影響を
及ぼす。
亡Aの素因の点について
ア高血圧について
亡Aの平成15年から平成22年までの健康診断による血圧は,収縮期
114〜150丕硲隋こ板ゴ70〜102丕硲腓任△蝓ぃ念綮佞砲
れば,この程度の血圧の場合には「正常〜軽度高血圧」として生活,食
事療法を勧めるが,薬物治療を勧めることはない程度のものであり,脳
出血(脳内出血)を引き起こすほどの状態ではなかった。亡Aの日頃の
軽症高血圧に,本件被災地派遣という特殊な職務に伴う職業的なストレ
スや一時的な塩分摂取量の増加などが加わったことにより,重度の高血
圧が生じ,脳出血(脳内出血)に結びついた可能性が高い。
イ飲酒習慣について
亡Aに飲酒の習慣があり,γ−GTPの測定値が上昇していたことは認
められるにしても,脳出血(脳内出血)がそれのみの要因で起きるとは
考え難い上,宮古病院においても凝固能は正常と診断されており,脳出
血(脳内出血)の頻度を上げる大きな要因とみるべきではない。
ウその他の素因等について
亡Aの平成22年のBMIは25.8であり,肥満というよりは,ほと
んど標準とみなして良い程度の数値である。
エ小括
以上からすると,亡Aに係る素因は,いずれも本件疾病の発症の有力な
要因とみなすことはできない。
4結論
以上のとおり,亡Aは,被災地派遣により過重で長時間に及ぶ職務,強度の
精神的過重性が認められる長時間職務に従事していたのであり,通常の職務と
比較して特に過重な職務に従事していたといえ,早期の治療を受けることもで
きなかったものである一方,亡Aに係る素因は,いずれも本件疾病の発症の有
力な要因とみなすことはできないことからすると,本件疾病の発症と公務との
間には相当因果関係(公務起因性)があると認められる。
(被控訴人)
1公務起因性の判断基準
地公災制度について
地公災制度は,公務に内在し,又は随伴する危険が現実化して職員に傷病
等を負わせた場合には,使用者に何らの過失がなくとも,職員の損失を補償
するのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであるから,公務起
因性を肯定するためには,公務と疾病発症との間に条件関係があることに加
えて,社会通念上,疾病発症が公務に内在する危険が現実化したものである
と認められる関係,すなわち,公務が相対的に有力な原因として疾病が発症
したものと認められる関係(相当因果関係)が必要である。
なお,相当因果関係があることの立証責任は,被災者側が負担すべきであ
る。
脳血管疾患の公務上外の判断基準について
ア疾病の発症については,一般的にその発症原因が明らかではなく,職員
が元々有していた素因や基礎疾患が疾病の発症に大きく寄与していること
も多く,公務起因性の判断においては個々の事案に即して,医学的知見を
も参考にして総合的に行うべきである。
本件は,公務に関連して脳出血を発症したとして公務災害認定請求され
たものであり,地公災法施行規則別表第1第8号「相当の期間にわたっ
て継続的に行う長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務
に従事したために生じた」か否かについて,具体的に認定基準,理事長
通知及び補償課長通知(以下,これらを併せて「認定基準等」という。)
に基づき判断すべきである。
イ理事長通知においては,脳血管疾患が公務上の災害と認められる場合の
要件について,“症前に,職務に関連してその発生状態を時間的,場所
的に明確にし得る異常な出来事・突発的事態に遭遇したこと,発症前
に,通常の日常の職務(被災職員が占めていた職に割り当てられた職務で
あって,正規の勤務時間「1日当たり平均概ね8時間勤務」内に行う日常
の職務をいう。以下同じ。)に比較して特に過重な職務に従事したことの
いずれかに該当したことにより,医学経験則上,心・血管疾患及び脳血管
疾患の発症の基礎となる高血圧症,血管病変(動脈硬化症等をいう。以下
同じ。)等の病態を加齢,一般生活によるいわゆる自然的経過を早めて著
しく増悪させ,当該疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的
負荷(以下「過重負荷」という。)を受けていたことが明らかに認められ
ることが必要であるとされており,本件においてもこの要件を満たすか否
かという点を検討すべきである。
ウ「異常な出来事・突発的事態に遭遇したこと」とは,次に掲げる場合で
ある。
^絣愀亳蛎Ь紂ぢ仂歇栖気鯣症させる可能性のある爆発物,薬物等に
よる犯罪又は大地震,暴風,豪雨,洪水,高潮,津波その他の異常な自
然現象若しくは火災,爆発その他これらに類する異常な状態に職務に関
連して遭遇したことが明らかな場合,対象疾患の発症前に日常は肉体
的労働を行わない職員が,勤務場所又はその施設等の火災等特別な事態
が発生したことにより,特に過重な肉体的労働を必要とする職務を命じ
られ,当該職務を行っていた場合,B仂歇栖気糧症前に暴風,豪雪,
猛暑等異常な気象条件下で長時間にわたって職務を行っていた場合,
その他,対象疾患の発症前に緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発
的又は予測困難な異常な事態並びに急激で著しい作業環境の変化の下で
職務を行っていた場合
エ「通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したこと」とは,
医学経験則上,対象疾患を発症させる可能性のある特に過重な職務に従事
したことをいい,勤務形態・時間,業務内容・量,勤務環境,精神的緊
張の状況及び疲労の蓄積等の面で特に過重な職務の遂行を余儀なくされ
た,次に掲げる場合等である。
“症前1週間程度から数週間(「2〜3週間」をいう。)程度にわ
たる,いわゆる不眠・不休又はそれに準ずる特に過重で長時間に及ぶ時
間外勤務を行っていた場合,発症前1か月程度にわたる,過重で長時
間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均25時間程度
以上の連続)を行っていた場合,H症前1か月を超える,過重で長時
間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均20時間程度
以上の連続)を行っていた場合
2異常な出来事・突発的事態に遭遇したとはいえないこと
合計5日間の本件被災地派遣における亡Aの職務従事状況については,道路
脇にがれきが山積みで見通しが悪く,かなり運転に注意が必要であった等の状
況が認められる。
しかしながら,)苅舛蓮づ貽本大震災の地震,津波等の災害に直接遭遇し
たものではないこと,第1次派遣の時点で,既に避難所間の道路の大部分は
車が通れるようにがれきが除去されている状況にあったこと,実際に亡Aに
よる避難所間の運転は,7辧Γ隠以から30辧Γ苅以程度が中心で,最も
長い移動でも50辧Γ僑以である(時速に換算すると45〜50辧殖茵砲
ら,それ自体長距離かつ長時間に及ぶものではないこと,いれき等のために
所要時間が増加しているともいえないこと,ニ苅舛運転中にがれき等に衝突
したり,走行面を外れて転落しそうになったりする等の突発的事象も認められ
ないこと,以上の点からすると,本件については,理事長通知に定められた上
Aが異常な出来
事・突発的事態に遭遇したということはできない。
3通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したとはいえないこと
過重で長時間に及ぶ時間外勤務はないこと
ア亡Aの時間外勤務については,平成22年11月16日から平成23年
3月15日までは全く時間外勤務がなかったものの,同年3月16日から
4月14日までは14時間30分,4月15日から5月14日までは13
時間20分の本件被災地派遣に伴う時間外勤務が生じている。
イしかしながら,第1次派遣(平成23年4月3日から同月7日)に伴う
時間外勤務のうち8時間30分は,4月3日(日)の週休日に現地に移動
したことによるものであり,被災地における時間外勤務は,同月4日の1
時間50分,同月5日の1時間35分,同月6日の2時間35分であっ
た。
また,第2次派遣(平成23年5月12日から同月16日までの予定)
についてみると,亡Aは,同派遣前である同年4月29日から5月5日
までは休日と年次有給休暇により,同月7日,8日は週休日により十分
に休養を取った上で,被災地に向い,その後の時間外勤務は同月12日
が1時間,13日が約3時間,14日(土曜日で週休日)が約10時間
30分(途中の昼休憩を含む。)というものであった。
ウ本件被災地派遣における亡Aの職務従事時間は,朝は早くとも午前7時
30分頃から遅くとも午後7時頃まであって,昼食休憩が確保されている
ことはもちろん,車内待機時間も相当あったことが認められる。そして,
勤務時間外には,宿泊所であるホテルにおいて自由時間や睡眠時間も十分
に確保できている。
エ以上の状況に照らすと,亡Aが,過重で長時間に及ぶ職務に従事してい
たものとは認められない。
強度の精神的,肉体的過重性が認められるような職務従事状況にないこと
控訴人は,本件当時,亡Aが通常の運転業務とは比較にならない著しい緊
張を要するものであったと主張する。しかし,ヾに避難所間の道路の大部
分は,車が通れるようにがれきを除去している状況にあったこと,避難所
間の運転は長期間かつ長時間に及ぶものではなかったこと,K苅舛蓮じ獣
において,富田林保健所と同様の運転業務に従事し,その内容は,保健師ら
を乗せた自動車を運転して保健所,役場,避難所などを回り,保健師らが各
所で業務をしている間は駐車した自動車で待機をしているというものであっ
て,亡Aは,保健師らが担当していた公衆衛生業務そのものには従事してお
らず,上記各所に立ち入ることはなく,保健師らと共同して行う業務もなか
ったこと,た写覿侈海箒杁涕討喀个慧もなく,従事した日数も第1次派遣
と第2次派遣を合わせて合計でわずか5日間と短いものであったこと,以上
の点に照らすと,亡Aの職務従事状況等に医学的経験則に照らして,強度の
精神的,肉体的な過重性があったとは認められない。
亡Aが被災地で何らかのストレスを感じることがあったとしても,それは
一時的かつ限定的なものであった。亡Aは,1回当たり5日間の短期の予定
で派遣されていたのであり,例えば被災地の自治体職員が従事するような,
いつ終わるとも知れない長期にわたる業務とは根本的に心理的負荷の程度が
異なる。また,亡Aの業務内容も,避難所等の間を移動する運転業務であ
り,被災地における業務のうちでは,受ける衝撃の程度は相当程度低い部類
に属することは明らかであって,亡Aが控訴人の主張する文献・論文等にあ
るような惨事ストレスを受けたとは認められない。被災地の惨状や被災者の
様子を見て亡Aが心を痛めることがあったとしても,そのことによって,血
圧が急上昇したり,血管が脆弱化したりするものではなく,医学的経験則に
照らして直ちに脳血管疾患を引き起こす負荷となるものではない。
4亡Aの死因及び早期治療の可能性について
被控訴人本部専門医による医学的知見のとおり,本件疾病は「くも膜下出
血(脳出血)」と考えられる。もっとも,B医師が亡Aの死亡診断書に「脳
出血(右前頭葉)」と記載したのは,本件疾病をくも膜下出血と疑いつつ
も,原発が脳動脈瘤の破裂であることを現認していないため,脳内出血を含
む「広義の脳出血(頭蓋内出血)」であるとの診断をしたとも考えられる。
また,控訴人は,原審における本人尋問において,主治医から,亡Aの脳幹
が破裂し,出血がひどい状態にあったと言われた旨供述しているところ,そ
の病態等に照らすと,本件疾患は脳出血(脳内出血)のうち脳幹出血である
とも考えられる。
また,くも膜下出血,脳幹出血その他の脳内出血はいずれも脳血管疾患で
ある。脳血管疾患の発症には血管病変が前提となり,大部分は動脈硬化が原
因となるのであり,動脈瘤や動脈硬化は,短期間に進行するものではなく,
長い年月をかけて徐々に進行し,その進行には,加齢,食生活,生活環境等
の日常生活における諸要因や,遺伝等の個人に内在する要因関与が大きいと
されている。
そして,亡Aが脳血管疾患を発症したとの点は当事者間に争いがなく,本
件証拠上,それ以上に具体的な疾病名を特定するには足りない。亡Aの死因
が控訴人主張の脳内出血であるとしても,亡Aが従事した本件被災地派遣に
おける業務が,それを引き起こす主因たるに至らないことは医学的知見に照
らして明らかであり,本件の判断において具体的な疾病名を特定すべき必然
性はない。
以上のとおり,亡Aの死因がくも膜下出血であるか脳内出血であるかが公
務起因性の判断に影響を及ぼすとはいえない。
ところで,脳幹出血は,高血圧性脳出血の中でも最も重症なタイプであり,
急激に発症し,短時間のうちに昏睡状態に陥るものであって,本件においても
亡Aは直ちに重篤となっており,緊急搬送されるも手の施しようがなかったも
のである。そうすると,本件疾病については,業務ゆえに治療の機会を喪失し
たものとはいえない。
また,亡Aは,本件疾病発症当日,いつもどおり業務を終え,入浴をし,ビ
ールを飲んでいたのであって,このような当日の過ごし方を見れば,同人が夕
方頃には病院に行くことは十分に可能であったといえ,受診をしなかったのは
亡Aの判断によるものである。
亡Aは,元々頭痛持ちで月1,2回は鎮痛剤を飲んでおり,薬を飲めば痛み
が治まるといい,病院には行っていなかった。そうすると,本件疾病の発症当
日である平成23年5月14日の朝又は昼頃から頭痛があったとしても,いつ
もの頭痛と認識し,病院に行く必要まではないと考えたと解するのが自然であ
るし,この時に生じた頭痛とその後に発症した脳血管疾患との関連性も不明で
ある。そして,運転を替わる職員がいなかったとしても,少しの時間を融通し
て受診することが不可能であったほど,業務が過密であったとも認められな
い。よって,亡Aが,同日の日中,従事した業務ゆえに治療の機会を喪失した
ということはできない。また,亡Aが脳血管疾患を発症したのは,業務終了
後,宿泊先で食事も入浴も済ませ,同僚らと飲酒懇談していた午後9時20分
頃のことであったが,その直後の午後9時45分頃には宮古病院に搬送され,
診療を受けているのであるから,本件被災地派遣の故に治療の機会を喪失した
ということもできない。
5亡Aの素因について
脳卒中の危険因子
ア脳卒中(脳梗塞,脳出血及びくも膜下出血をいう。)は,危険因子を有
する者にしか起こらず,その危険因子は,年齢,性別(男性),高血圧,
糖尿病,脂質異常,喫煙,心室細動,大量飲酒などがあるとされている。
なお,くも膜下出血と脳出血(脳内出血)とは,初発の出血場所の違いが
あるが,発症後には両者の区別が困難であって,いずれにしても共通の危
険因子があると認められている。
イまた,脳幹出血は,高血圧性脳出血の一種であるところ,高血圧性脳出
血の背景には,未治療又は一旦治療をしていたがそれを止めてしまった高
血圧があり,特に40代,50代の男性に好発し,飲酒習慣等も影響して
いるとされている。
亡Aに係る素因の存在
以下のとおり,亡Aには,脳卒中に係る複数の危険因子が認められる。
ア高血圧
脳卒中治療ガイドラインによれば,高血圧は,脳出血と脳梗塞に共通の
最大の危険因子であり,血圧が高いほど脳卒中の発症率は高くなり,最
高血圧が正常血圧とされる140丕硲膂焚爾任△辰討癲ぃ隠横悪丕硲
以上であると,至適血圧120丕硲膂焚爾鉾罎戮独症頻度が有意に高
いことが報告されている。
近年に測定された亡Aの血圧は,いずれも至適血圧である120丕硲
を超えるものであって,亡Aが高血圧であることは明らかである。
イ飲酒習慣
出血性脳卒中(脳出血やくも膜下出血)の発症率と飲酒量との間には直
線的な正の相関関係があり,飲酒過多による肝機能障害の指標であるγ
−GTP値上昇を呈する群では,血圧値や脂質値にかかわらず,脳出血
発症が増加する傾向がある。
亡Aは,平成22年の健康診断において,飲酒について「毎日」飲酒
し,1日当たりの飲酒量は「3合以上」と回答していることに加えて,
近年の健康診断の肝臓・胆道系検査結果を見てもいずれも基準値を大き
く超え,同年の健康診断においては脂肪肝と指摘され,アルコール性肝
障害・脂肪肝で,過度の飲酒により,肝臓に脂肪が沈着し,炎症が生じ
ているとされているのであって,これらに照らせば,亡Aに長年のアル
コール多飲歴があったことは明らかである。
ウその他の素因について
肥満は,メタボリックシンドロームの重要な要素であり,その特有の腹
部内臓肥満は,糖尿病,脂質異常症,高血圧を次々と引き起こし,心血
管イベントの発症リスクを高めるとされている。
亡Aは,平成22年の健康診断においてメタボリックシンドロームの基
準に該当し,総合判定では,高尿酸血症,耐糖能異常疑い,腹囲径高値,
生活習慣病(肥満,高血圧,中性脂肪高値)と指摘されている。
小括
以上のとおり,亡Aには,高血圧,大量飲酒が認められ,肥満・メタボリ
ックシンドロームと判定されていたもので,本件疾病発症の要因は,生活習
慣に基づく上記各素因にあるというべきである。
6結論
以上によれば,亡Aについては,本件被災地派遣業務を含む公務に従事した
ことにより,医学的経験則に照らして,本件疾病の発症要因とするに足りる強
度の精神的,肉体的負荷を受けたとは認められない上,亡Aには複数の素因
(危険因子)があることに照らすと,本件疾病の発症に公務起因性があるとは
認められない。
第5争点に対する判断
1認定事実
前記前提事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実を
認めることができる(なお,以下における人証はいずれも原審において取り調
べられたものである。)。
亡Aの経歴等
亡Aは,昭和56年10月1日,大阪府技能員に任命され,大阪府立母子
保健総合医療センターにおいて医療機器操作手として勤務していたが,平成
22年4月1日,富田林保健所企画調整課の勤務となった。亡Aは,同保健
所では,2名配置されている自動車運転手の一人として,所長以下の職員
(50名余)の出張時に公用車の運転業務を担当し,運転時以外は,公用車
の整備,洗車業務を担当していた(乙5・83〜84頁,120〜122
頁)。
第1次派遣の状況等
ア被災地に対する公衆衛生チームの派遣等
大阪府は,東日本大震災に係る被災地支援のため,1班3〜4名の保
健師等により構成される公衆衛生チーム,同程度の規模の医師,看護師
等により構成されるこころのケアチームをそれぞれ被災地に順次派遣
し,亡Aも,公衆衛生チームが岩手県宮古保健所管内にある避難所等を
巡回する際の自動車運転業務に従事するために被災地に派遣された(乙
5・146頁,212〜213頁)。
第1次派遣は,平成23年4月3日から同月7日までであった(以下の
年月日は,特に断らない限り,いずれも平成23年を指す。)。
第1次派遣に係る公衆衛生チームは,大阪府職員である保健師3名(主
な任務は被災者の巡回ケア)と同人らを送迎するため自動車運転業務に
従事する亡Aの合計4名により構成されていた(乙5・212頁)。
大阪府は,公衆衛生チームにおいて自動車運転業務に従事する職員に対
し,派遣前に,仝獣呂任麓衛隊が中心となってがれきの撤去作業を進
めているが,埃がひどく,マスクなしで外を歩くことは極めて危険な状
態にある,⊆舁彳始は整備が進みつつあるものの,木材やがれきが道
路にはみ出しており,そのような障害物を避けて走行する必要がある,
障害物を踏んで自動車のタイヤがパンクしてもJAF等の支援は全く
期待できない,ぅ瀬鵐廛ーや自衛隊関連車両が多数通行しており,慎
重な運転が求められる,イ修里燭瓠ぜ動車の運転業務を中心に行う職
員の同行が必要である旨の説明をしていた(甲15)。
イ第1次派遣中における亡Aの業務内容等
4月3日
同日は,被災地までの移動日であった。
a第1次派遣に係る公衆衛生チームは,同日午前6時55分に伊丹空
港に集合し,同空港から秋田空港に空路で移動し,その後,同空港から
JR秋田駅まではバスで,同駅から盛岡駅までは新幹線で,同駅から宮
古駅まではバスでそれぞれ移動し,宮古駅からはレンタカーで宮古保健
所に移動し,同保健所から宿泊先まで同レンタカーで移動した。
同チームが宿泊先に到着したのは午後5時35分頃であった。
なお,亡Aの勤務時間は,午前9時から午後5時30分までであり,
休憩は45分とされていたところ,同日は休日であったため,被災地へ
の移動に係る午前9時から午後5時30分までの8時間30分が時間外
勤務とされた(乙5・39頁,140頁)。
b公衆衛生チームの宿泊先は,宮古市甲町に所在する乙ホテル(以下
「本件ホテル」という。)であった(乙5・27〜29頁)。本件ホテ
ルは高台の崖の上にあり,津波の直撃を免れ得る場所に位置するホテル
であるが,本件被災地派遣の当時,通常営業はしておらず,同チームが
本件ホテルに到着した時も,本件ホテルのロビーには多数の避難者がい
て,避難者に対する配慮が必要な状態にあった。本件ホテルでの入浴は
シャワーのみであり,食事の提供時間帯も通常営業時よりも短く制限さ
れ,提供時間に遅れると食事は提供されないことになっていた。夕食と
しておにぎりだけが提供されることもあった。宮古市付近の交通事情は
遠方から本件ホテルに容易に通勤できる状態にはなく,本件ホテルの従
業員も,その全員又は大部分が被災者であった。なお,宮古保健所の近
くで営業しているコンビニエンスストアにおいて飲み物を購入すること
等はできた(甲14〜16,乙5・140頁,172頁,証人D,証人
F)。
4月4日
a亡Aは,同日から自動車運転業務に従事した。この頃,大阪府の公
衆衛生チームが派遣されている宮古市及び山田町の地域は,市街地の多
くが壊滅してがれきの山が随所にあるという状況にあり,幹線道路のが
れきは道路脇等に除去されていたものの,道路の表面は通常の舗装がさ
れた状態ではなく,屑が散乱して凹凸のある状態にあった。公衆衛生チ
ームが家庭訪問時に通行する幹線道路以外の道路ではがれきも除去され
ていないこともあった。信号機や目印となる建物の多くが失われてお
り,カーナビも信用することができず,がれきの山のため見通しが悪い
ところも多く,対面を大型車や自衛隊の車両が通行することも多い一
方,障害物を踏んで自動車のタイヤがパンクする等の事態が生じた場合
でも救援を求めるのは容易ではない環境にあったため,自動車の運転に
は日中でも相当に気を遣う必要があった。日没後は,街灯等による照明
が一切ない中で上記の状態の道路を走行しなければならないため,より
気を遣って運転をする必要があった。移動先の山田町には強い異臭がす
る場所もあり,自衛隊員が道路の周辺で行方不明者の捜索活動をしてい
ることもあった。亡Aを含む公衆衛生チームの自動車運転担当者らは,
いずれも大阪府のネームの入った作業服を着て業務に従事しており,車
内等で待機する際に被災者から話しかけられることがあった。上記担当
者らは,震災や余震に係るテレビ等による報道(前提事実ア)の影響
もあり,余震やこれに伴い大津波が発生する可能性があることに対する
危険も感じながら業務に従事していた。亡Aの同日の具体的業務内容
は,下記bのとおりである(甲8,9,11〜17,19,20,乙
5・140〜145頁,証人D,証人F,証人E)。
b亡Aは,同日午前7時40分から車両点検を行い,午前8時10分
から同時30分まで本件ホテルから宮古保健所に移動するために運転業
務に従事した。その後,同保健所で保健師がミーティングをしている
際,亡Aは車内等で待機していた。
亡Aは,午前9時10分から午前10時20分まで宮古保健所から山
田町役場まで運転業務に従事し,その後,同町丙地区の家庭訪問に伴う
運転業務を行い,昼食(カップラーメン)を挟んで,午後2時55分頃
まで,丙地区の家庭訪問に伴う運転業務に従事した。亡Aは,同地区内
の訪問先を小刻みに移動していた。
亡Aは,保健師等が午後2時55分から午後3時40分頃までの間,
山田町役場で引継ぎを行っていた際,車内等で待機していた。
亡Aは,午後3時40分頃から午後4時30分までは山田町役場から
宮古保健所までの運転業務に従事し,その後,保健師が午後4時30分
から同時30分まで宮古保健所でミーティングを行っていた際には,車
内等で待機していた。
亡Aは,上記ミーティング終了後の午後6時30分から同時45分ま
では宮古保健所から本件ホテルまでの運転業務に従事した(乙5・14
1〜142頁)。
c同日における亡Aの運転業務は,丙地区の家庭訪問時間を除き,合
計で2時間35分程度であり,最も長い距離,時間を要した運転業務
は,宮古保健所から山田町役場までの28辧ぃ瓜間10分というもの
であった。また,亡Aに係る同日の時間外勤務時間は,午前8時10分
から午前9時までの50分と,午後5時45分から午後6時45分まで
の1時間の合計1時間50分であった。第1次派遣期間中の日の入りは
午後6時過ぎ頃であるから(公知の事実),上記の運転業務の中には日
没後のものが含まれている。
4月5日
a亡Aは,午前8時5分から同時20分まで本件ホテルから宮古保健
所までの運転業務に従事し,午前9時から同時39分まで同保健所から
豊間根中学校までの運転業務に従事した。亡Aは,同中学校到着後,午
後零時5分まで車内等で待機していた。
その後,亡Aは,午後零時5分から同時20分まで同中学校から山田
町役場までの運転業務に従事し,同役場で昼休憩(昼食はカップラーメ
ンであった。)をとった後,午後1時20分から午後3時45分まで丙
地区の家庭訪問に伴う運転業務に従事した。保健師等が午後3時45分
から午後4時20分まで山田町役場で引継ぎを行った際,亡Aは,車内
等で待機していた。
亡Aは,午後4時20分から午後5時30分まで山田町役場から宮古
保健所に向けての運転業務に従事していたところ,この際自動車に設置
されていたカーナビの誤った指示により道を間違え,通常以上に長距離
を走行することになった。亡Aは,同保健所に到着後,車内等で待機し
ていた。
亡Aは,午後6時30分から同時45分まで同保健所から本件ホテル
までの運転業務に従事した。
b同日における亡Aの運転業務は,丙地区の家庭訪問時間を除き,合
計で2時間34分程度であり,最も長い距離,時間を要した運転業務
は,宮古保健所から山田町役場までの28辧ぃ瓜間10分というもの
であった。また,亡Aに係る同日の時間外勤務時間は,午前8時5分か
ら午前9時までの55分と,午後5時45分から午後6時25分の40
分の合計1時間35分であった。上記の運転業務の中には日没後のもの
が含まれている。
4月6日
a亡Aは,午前8時5分から同時20分まで本件ホテルから宮古保健
所までの運転業務に従事し,午前8時45分から午前9時20分まで同
保健所から山田町生活改善センターまでの運転業務に従事した。亡A
は,同センターで午前10時30分まで車内等で待機していた。
その後,亡Aは,午前10時30分から同時35分まで同センターか
ら豊間根小学校までの運転業務に従事し,同小学校で午前11時40分
まで車内等で待機した後,午前11時40分から午後零時10分まで同
小学校から豊間根中学校まで,午後零時10分から同時30分まで同中
学校から山田町役場までの各運転業務に従事した。
山田町役場における昼食休憩(昼食はカップラーメンであった。)の
後に,午後1時10分から午後3時25分までは丙地区の家庭訪問に伴
う運転業務に従事し,午後3時45分から同時55分まで山田町役場か
ら豊間根中学校までの,午後4時10分から午後5時までは同中学校か
ら宮古保健所までの各運転業務に従事した。
宮古保健所到着後に保健師等がミーティングを行っていた際,亡A
は,車内等で待機していた。
そして,上記ミーティング終了後の午後6時10分から同時40分ま
で同保健所から本件ホテルまでの運転業務に従事した。
b同日における亡Aの運転業務の時間は,丙地区の家庭訪問時間を除
き,合計で3時間15分程度であり,最も長い距離,時間にかかる運転
業務は豊間根中学から宮古保健所までの17.9辧ぃ毅以のものであ
った。亡Aに係る同日の時間外勤務時間は,午前8時10分から午前9
時までの50分と,午後5時45分から午後6時40分の55分の合計
1時間45分であった。上記の運転業務の中には日没後のものが含まれ
ている。
4月7日
同日は派遣先から大阪に帰任するために,午前7時に本件ホテルを出発
し,4月3日の行程とほぼ同様の行程で,午後4時10分に伊丹空港に
到着し,解散した。
業務従事中のトラブルの有無等
亡Aは,第1次派遣中における運転業務において,特段の事件やトラブ
ルに遭遇することがなく,体調不良を訴えることもなかった。
第1次派遣中,岩手県宮古市丁町周辺で観測された余震は,4月3日は
震度1が2回,同月5日は震度3,震度1が各1回,同月6日は震度1
が2回,同月7日は震度4が1回であった。これらの余震によって,亡
Aの業務が中断することはなかった(乙5・40〜45頁,140〜1
45頁,202頁)。
第2次派遣の状況等
ア第2次派遣の概要等
亡Aは,第1次派遣終了後の4月26日頃,上司から再度の被災地
派遣を打診された。亡Aは,これに応諾し,第2次派遣に参加すること
になった(乙5・147頁)。
第2次派遣に係る公衆衛生チームは,大阪府職員(枚方保健所勤務)
である保健師(乙5・48〜49頁,134〜139頁),高槻市職員
である保健師が各1名(主な任務は被災者の巡回ケア),東大阪市職員
である管理栄養士1名(主な任務は避難所での栄養面でのサポート)及
び亡Aの合計4名で構成され,派遣予定期間は5月12日から同月16
日までであった(乙5・134〜139頁,213頁)。
大阪府は,第2次派遣と同時期に,亡Aの所属する班とは別の班の
公衆衛生チーム(保健師2名,運転士1名)及びこころのケアチームも
被災地に派遣しており,これらの各チームはいずれも本件ホテルを宿泊
先としていたが,日中は,亡Aの所属する公衆衛生チームとは別行動を
していた。上記こころのケアチームには,5月10日から同月15日を
派遣予定期間とする先任の班(医師1名(精神科医であるH医師),看
護師2名,精神保健福祉士1名,運転士1名)と5月14日から同月1
9日を派遣予定期間とする後任の班(医師1名,看護師2名,精神保健
福祉相談員1名,運転士1名)があり,両班は5月14日夜に被災地で
業務引継を実施する予定となっていた(同日の日中は,先任の班は被災
地を巡回し,後任の班は大阪から移動し,同日の夜に業務引継を行う予
定となっていた。)。また,亡Aの所属する班とは別の班の公衆衛生チ
ームにも,5月11日から同月15日を派遣予定期間とする先任の班
(保健師2名,運転士1名)と5月14日から同月19日を派遣予定期
間とする後任の班(保健師2名,運転士1名)があり,両班は5月14
日夜に被災地で業務引継をする予定となっていた(乙5・25〜26
頁,213頁)。
亡Aは,第2次派遣前の5月2日に年休を取得しており,その前後
も国民の休日又は週休であったため,4月29日から5月5日まで連続
して休暇をとることが可能であった。
また,亡Aは,5月6日及び同月9日から11日までは,富田林保健
所における通常勤務(午前9時から午後5時30分までで,時間外労働
はなし)に従事したものの,同月7日(土曜日)及び8日(日曜日)は
週休日であった(乙5・35〜36頁)。
イ第2次派遣中における亡Aの業務内容等
5月12日
a亡Aは,同日午前9時07分発の新幹線で,JR新大阪駅から盛岡
駅まで移動し,その後,バスで宮古市に移動した後,タクシーで宿泊
先の本件ホテルに向かった。
本件ホテルには午後6時15分頃に到着し,同所で,食事などをと
った後,午後8時から午後9時までの間,引継ぎを行った(乙5・1
34頁)。
b本件ホテルの状況は,第1次派遣時の状況(前記イb)と概ね
同様であった。
5月13日
a亡Aは,同日から自動車運転業務に従事した。この頃の宮古市及び
山田町の道路等の状況や,亡Aを含む公衆衛生チームの自動車運転担
当者らの状況は,第1次派遣時の状況(前記イa)と概ね同様で
あった。亡Aの同日の具体的業務内容は,下記bのとおりである。
b亡Aは,午前7時30分から車両点検等に従事し,午前8時から同
時15分まで本件ホテルから宮古保健所までの運転業務に従事し,さ
らに,午前9時15分から午前10時まで同保健所から山田町役場ま
での運転業務に従事した。
亡Aは,午前10時25分から同時45分までは山田町役場から生
活改善センター・豊間根保育所までの運転業務に従事し,その後,午
後零時10分から同時40分まで同センターから山田町役場までの運
転業務に従事した。
亡Aは,同役場で昼食休憩(昼食はカップラーメンであった。)を
経た後,午後1時30分から同時45分まで同役場から豊間根中学・
格技場までの運転業務に従事し,その後,午後2時45分から同時5
5分まで同中学から戊集会所までの運転業務に従事し,午後3時15
分から同時50分まで同集会所から本件ホテルまでの運転業務に従事
した。亡Aは,保健師や管理栄養士が避難所等を巡回して被災者のケ
アなどを行っている間(概ね30分ないし1時間程度)は,車内等で
待機していた。
亡Aは,午後4時から同時10分までは本件ホテルから宮古保健所
までの運転業務に従事し,また,午後6時から同時15分までは同保
健所から本件ホテルまでの運転業務に従事した。そして,亡Aは,本
件ホテル到着後は,同時40分頃まで車両整備等を行った(乙5・1
35〜137頁)。
c亡Aの同日の運転業務の時間は合計約3時間15分であり,最も長
い距離,時間にかかる運転業務は,宮古保健所から山田町役場までの
30辧ぃ苅喫というものであった。また,亡Aに係る同日の時間外
勤務時間は,午前7時30分から午前9時までの1時間30分と,午
後5時45分から午後7時10分までの1時間25分の合計2時間5
5分であった(乙5・49頁)。
5月14日
a亡Aは,午前7時45分から車両点検等を行い,午前8時15分か
ら同時30分まで本件ホテルから宮古保健所までの運転業務に,同時
45分から午前9時25分まで同保健所から山田町役場までの運転業
務に従事した。午前9時30分から同時45分まで同保健所から豊間
根中学・格技場までの,午前11時45分から正午までは同中学から
戊集会所までの運転業務に従事した。その後昼食休憩(昼食は食堂の
ラーメンであった。)を挟んで,午後1時35分から同時50分まで
同集会所から生活改善センター・豊間根保育所までの,午後2時50
分から午後3時50分までは,同保育所から宮古保健所までの運転業
務に,それぞれ従事した。亡Aは,保健師や管理栄養士が被災者のケ
アをしている間(概ねそれぞれ約1時間ないし2時間程度)は,車内
等で待機していた。亡Aは,午後5時30分から同時40分まで宮古
保健所から本件ホテルまでの運転業務に従事した。本件ホテル到着
後,亡Aは,保健師・管理栄養士とは別れて以後別行動をとり,午後
6時10分まで車両整備を行った(乙5・138〜139頁)。
b亡Aの同日における運転業務時間は合計約2時間50分間であり,
最も長い距離,時間にかかる運転業務は,生活改善センター・豊間根
保育所から宮古保健所までの50辧ぃ瓜間というものであった。上
記の運転業務には日没後のものは含まれていない。
なお,同日は週休日(土曜日)であったため,亡Aの時間外勤務
は,午前7時45分から午後6時10分までの合計9時間25分であ
った(ただし,合計1時間の休憩を除く。)(乙5・48頁)。
業務従事中のトラブルの有無等
亡Aは,上記運転業務に従事している間,特段の事件やトラブルに遭
遇することがなく,保健師らに対して体調不良の訴えなどをすることも
なかった。
第2次派遣中,福島県沖や宮城県沖を震源地とするマグニチュード
2.7から5.7程度の余震が繰り返し多数回発生した。岩手県宮古市
丁町周辺で観測された余震は,5月12日は震度1が2回,同月13日
は震度3が1回,同月14日は震度1が1回であった。これらの余震に
よって,亡Aの業務が中断することはなかった(甲10,乙5・134
〜139頁,203頁)。
ウ本件ホテルでの行動等
亡Aは,大阪府から派遣されている職員ら4ないし6名程度と共に,本
件ホテルの10畳ほどの和室の居室(定員5名)に宿泊していた。
亡Aは,上記運転業務が終了し宿泊先のホテルに戻って以降は,翌日の
業務開始まで,緊急又は特別の業務が生じるということはなく,夕食をと
ったり,入浴をしたり,また,お酒を飲むなどして他の職員らと歓談する
など自由に過ごしていた。もっとも,本件ホテルの状況が前記イbで
認定した第1次派遣時の状況と概ね同様であったことは,前記イbで認
定したとおりである。亡Aは,5月14日午前8時前に控訴人に電話し,
昨夜は本件ホテルの同室者のいびきがうるさくて眠れなかったなどと述
べた(甲24,乙5・27〜29頁,証人F,証人E,控訴人,弁論の
全趣旨)。
本件疾病発症時の状況等
ア亡Aは,5月14日の午前中から頭痛を感じ始め,昼頃から市販の痛み
止め薬(バファリン)を服用したが,頭痛には効果はなかった。
亡Aは,同日午後6時10分頃業務を終了し,本件ホテルにおいて夕食
及び入浴を終え,午後8時30分頃から,本件ホテルの自室で,同じく
大阪府より被災地派遣における自動車運転業務に従事していたF及びE
らとビールを飲むなどして歓談した(上記歓談に医師や保健師は参加し
ていない。)。上記歓談に先立ち,亡Aは,本件ホテルに帰った後,夕
食前頃,Fに「今日は午前中から頭が痛かったから,バファリンを買っ
て昼から飲んだが効かなかった」と述べ,夕食後,Fが所持していた鎮
痛剤(ロキソニン)をもらって服用した。
イ亡Aは,午後9時20分頃,「痛い,痛い。」と言いながら居室の畳に
横になったことから,こころのケアチームで被災地派遣業務に従事し,本
件ホテルに滞在していたH医師が亡Aの様子を診た。亡Aは,「今までに
も頭痛はあったが今日のは特に痛い」といった内容の話をした。H医師が
すぐに疑ったのは頭蓋内出血であったが,その際には発語は明瞭で見当識
は保たれ,四肢の麻痺はなく歩行も正常で,眼振や他の症状も見られなか
った。同医師は血圧計を取りに自室に戻った。
しかし,その1〜2分後には,亡Aは,失禁,痙攣を起こして意識障害
の状態となった。
そこで,H医師は,Eに対し,救急車を呼ぶように指示し,本件ホテル
に滞在していた看護師が亡Aの血圧を測定したところ,210/130
丕硲腓任△辰拭その後,亡Aの意識は回復し,見当識が保たれている
ことが確認されたので,H医師は亡Aに救急車で治療に向かう旨を伝え
た。
H医師は,救急車到着後に緊急隊員に対して,亡Aがくも膜下出血の疑
いがあり,CTの撮れる病院に搬送して欲しい旨の要請を行った後,亡
Aの状況を説明できる者として,救急車に同乗した。
亡Aを乗せた救急車は,午後9時45分頃には宮古病院に到着し,同院
で当直医師による診察が始まり,CT撮像などが行われ,脳外科医から
H医師に対して家族に連絡を取るように要請があったため,同医師は控
訴人に電話をした(甲11,20,乙5・23〜26頁,証人F,同E)。
亡Aの治療経過
ア亡Aは,宮古病院に到着した時点において,JCS200(「ジャパン
コーマスケール」を指し,同200は刺激をしても覚醒しない状態であ
り,痛み刺激で少し手足を動かしたり顔をしかめる程度を指す。)と診断
され,除脳硬直を呈し,右瞳孔散大,呼吸不全などを来しており,脳ヘル
ニアの進行がうかがわれた。そのため,同病院では,亡Aに対し,直ちに
経口挿管,人工呼吸器を装着し,保存的治療が開始された。
イ5月15日,H医師から連絡を受けた控訴人を含めた亡Aの親族が宮古
病院を訪れたところ,同病院のI医師は,控訴人その他の親族に対し,亡
Aの脳に回復不能なダメージが生じており,積極的に治療を行える状態に
なく,延命のみを目的とする治療を開始せざるを得ず,現時点での血圧は
低下しており,長期間の生存にはほとんど期待が持てない旨の説明を行っ
た。
ウ亡Aは,入院後,徐々に血圧が低下し,5月20日午後10時11分,
死亡が確認された。死因は,宮古病院の診療録及び死亡診断書(B医師作
成)においては,「脳出血(右前頭葉)」とされている。
エ亡Aが宮古病院に入院中に撮られた頭部CTによると,右前頭葉に約6
0mlの巨大な血腫の存在が確認された。
また,I医師作成の回答書には,出血は,右前角から両側脳室内に流入
し,右側脳室,第掲昭次ぢ茘固昭爾魏陲,くも膜下腔にまで流れている,
第掘疎茘固昭爾任話魴新狙し,両側脳室下角がわずかに開大,血腫周
辺は著名に圧排されている,血圧は高値,心電図は心房細動,血液検査
は,軽度の肝機能障害,凝固能は正常とそれぞれ記載されている。
I医師は,脳出血の一般的機序について,高血圧性脳出血が最も多く,
その他同部位の脳腫瘍や血管奇形等が出血源となる場合もあるとしてい
る。
B医師は,控訴人には,CTでくも膜下出血を伴っていたために脳動脈
瘤破裂の可能性もあるが,脳と血管の検査をしていない(できない)た
め不明であると説明したが,死亡診断書には直接死因として「脳出血(右
  • 33-
前頭葉)」と記載した。なお,宮古病院の診療録には,亡Aが,意識障
害の状態になる直前の同日午後9時20分頃の時点では,発語は明瞭で
見当識は保たれ,四肢の麻痺はなく歩行も正常で,眼振や他の症状も見

19〜22頁,206〜207頁,乙6,控訴人)。
亡Aの健康状態等について
ア血圧
亡Aが受診した健康診断及び人間ドック時において測定された血圧の値
は,次のとおりであった。なお,健康診断における血圧の基準値は,収
縮期が130丕硲臾に,拡張期が85丕硲臾にとされている(甲4,
乙9)。
平成22年10月5日138/92丕硲
平成21年11月6日138/88丕硲
平成20年9月10日130/80丕硲
平成19年6月27日148/102丕硲
平成18年11月7日146/100丕硲
平成17年12月26日124/90丕硲
平成16年7月9日150/98丕硲
平成15年7月14日114/70丕硲
イ肝機能及び飲酒習慣
亡Aが受診した健康診断及び人間ドック時において測定された肝機能に
関する検査結果は,次のとおりであった。
平成22年10月5日
GOT100,GPT103,γ−GTP394
平成21年11月6日
GOT81,GPT91,γ−GTP389
平成20年9月10日
GOT112,GPT131,γ−GTP441
平成19年6月27日
GOT81,GPT92,γ−GTP308
平成18年11月7日
GOT55,GPT73,γ−GTP255
平成17年12月26日
GOT56,GPT72,γ−GTP276
平成16年7月9日
GOT78,GPT90,γ−GTP243
平成15年7月14日
GOT31,GPT32,γ−GTP98
ところで,GOTの基準値は8〜37(IU/l。以下同じ。),GP
Tのそれは4〜45,γ−GTPのそれは10〜92であるところ,上
記のとおり,亡Aを
除き,いずれも基準値を超えるものであった。また,亡Aは,平成22
年10月5日の問診結果の中で,飲酒頻度について「毎日」,1日当た
りの飲酒量について「3合以上」とそれぞれ回答している。
ウその他の検査結果
その他の主な検査結果の測定値は,次のとおりである。
平成22年10月5日BMI25.8中性脂肪178
平成21年11月6日BMI25.5中性脂肪223
平成20年9月10日BMI25.0中性脂肪194
平成19年6月27日BMI25.4中性脂肪232
平成18年11月7日BMI24.9中性脂肪198
平成17年12月26日BMI24.4中性脂肪312
平成16年7月9日BMI22.8中性脂肪193
平成15年7月14日BMI21.0中性脂肪136
BMIの基準値は25未満,中性脂肪については30〜149(mg/
dl)であるところ,亡Aに係るBMIについては平成19年以降,中
性脂肪については平成16年以降,いずれも基準値を超えている。
エ平成22年10月5日の総合所見等
本件疾病発症から最も近い平成22年10月5日における亡Aの健康診
断の総合判定は,高尿酸血症,便潜血反応陽性,耐糖能異常疑い,アル
コール性肝障害・脂肪肝,腹囲径高値及び生活習慣病(肥満,高血圧,
中性脂肪高値)というものであるほか,亡Aは,メタボリックシンドロ
ームに該当する旨の診断を受けている。
オ亡Aに対する高血圧治療の有無等
上記のとおり,亡Aは,高血圧等を健康診断で指摘されていたものの,
それらについて通院投薬などの治療を受けていたとは認められない。ま
た,亡Aは,相当以前から,月に1,2回は頭痛を生じ,市販の痛み止
め薬(バファリン等)を服用して対処していたが,上記頭痛のために通
院したことはなかった(乙5・52〜58頁,175〜190頁,控訴
人)。
本件に関連する医学的知見
ア脳血管疾患に関する一般的知見
脳血管疾患の分類
地公災法施行規則別表第1第8号は,公務上災害の対象となる脳血管
疾患(疾病)の範囲を,血管病変等を著しく増悪させる業務に従事した
ため生じた「くも膜下出血,脳出血,脳血栓症,脳そく栓症,ラクナこ
うそく又は高血圧性脳症及びこれらに付随する疾病」と規定しており
(乙1),認定基準等では,脳血管疾患は,くも膜下出血,脳出血,脳
梗塞(脳血栓症,脳塞栓症,ラクナ梗塞),高血圧性脳症に分類されて
いる(乙3)。
厚生労働省に設置された脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会
の報告書(甲35)によると,上記対象疾病(脳血管疾患)について,
以下のような医学的知見がある。
すなわち,上記対象疾病(脳血管疾患)をICD―10に基づく疾患
名で整理すると,脳内出血(脳出血),くも膜下出血,脳梗塞,高血圧
性脳症となる。このうち脳内出血は,我が国において一般的に脳出血と
表現されている。
脳血管疾患は,臨床的に大きく虚血性疾患と出血性疾患に分けられ
る。虚血性疾患は脳梗塞のことであり,出血性疾患は脳出血とくも膜下
出血に分けられる。
脳出血は脳実質内に出血が生じる病態の総称である。その大部分は高
血圧が原因となる高血圧性脳出血であるが,脳動脈瘤,脳腫瘍など高血
圧以外の原因による脳出血もある。
くも膜下出血は,頭蓋内血管の破綻により,血液がくも膜下腔中に出
血をきたす病態である。くも膜下出血の原因としては,脳動脈瘤,脳動
静脈奇形,脳出血,頭部外傷,脳腫瘍などの頭蓋内疾患,血小板減少症
や凝固異常などの出血性素因があげられる。
また,上記報告書によると,脳出血の症状について「特に前触れとな
る症状はなく,多くは会議中など,昼間の活動時に発病する。最初にし
びれ感やめまい感が起こり,半身の脱力や動かしづらさ(片麻痺や運動
失調),半身の感覚異常,言葉のしゃべりづらさ(構音障害や失語症)
などの脳局所症候,頭痛,吐き気,嘔吐などの脳圧亢進症候,意識障害
などが数時間の経過で起こってくる」との知見があり,くも膜下出血の
症状について「くも膜下出血の原因の75%は脳動脈瘤の破裂である」,
「脳動脈瘤破裂は突然のきわめて激しい頭痛(突然,頭をバットで殴ら
れたような痛み)と吐き気,嘔吐で発病する。意識障害を伴う。患者は
この発症に先行して,頭痛を経験している場合があり,軽度のくも膜下
出血が先行している可能性がある」,脳動脈瘤破裂が原因のくも膜下出
血の場合に「くも膜下出血発作に前駆する頭痛が,発作の4〜20日前
において約4分の1の患者に認められる。……脳動脈瘤の破裂による大
出血に前駆する種々の警告サインが50〜70%の高頻度で現れる」と
の知見がある(甲35・19〜20頁,40〜63頁)。
脳血管疾患の危険因子(リスクファクター)
上記報告書は,’招豐票栖気糧症には血管病変が前提となり,大部
分は動脈硬化が原因となる,動脈瘤や動脈硬化は,短期間に進行する
ものではなく,長い年月をかけて徐々に進行し,その進行には,遺伝の
ほか生活習慣や環境要因の関与が大きい,G招豐票栖気糧症の危険因
子として広く認められている主なものは,加齢,高血圧,糖尿病,心房
細動であるとしている(甲35・41頁,112頁)。
また,脳卒中合同ガイドライン委員会作成に係る脳卒中治療ガイドラ
イン2009では,脳卒中(脳出血及びくも膜下出血を含む。)の危険
因子として,年齢,男性,高血圧,糖尿病,脂質異常,喫煙,心房細
動,大量飲酒などが挙げられている。また,くも膜下出血をきたす危険
因子としては脳動脈瘤や能動静脈奇形の他に喫煙習慣,高血圧保有,1
週間に150グラム以上の飲酒が挙げられ,それぞれの相対的危険度は
喫煙習慣が1.9,高血圧保有が2.8,上記の飲酒が4.7とされて
いる(乙9・2頁,185頁)。
高血圧
上記ガイドラインによると,高血圧は,脳出血と脳梗塞に共通の最大
の危険因子である。血圧値と脳卒中発症率との関係は,直線的な正の相
関関係にあり,血圧が高いほど脳卒中の発症率は高くなる。そして,降
圧目標として,通常の場合は140/90丕硲臾にが,糖尿病等を有
する場合は130/80丕硲臾にが挙げられている。
日本高血圧学会作成に係る高血圧治療ガイドラインでは,掬拗盞谿
は,収縮期血圧が140〜159(かつ/または)拡張期血圧が90〜
99,凝拗盞谿気蓮ぜ縮期血圧が160〜179(かつ/または)拡
張期血圧が100〜109,慧拗盞谿気蓮ぜ縮期血圧が180以上
(かつ/または)拡張期血圧が110以上とそれぞれ分類されている。
また,血圧に基づいた脳心血管リスクについては,掬拗盞谿気歪礇螢
ク,凝拗盞谿気話翕リスク,慧拗盞谿気蝋皀螢好とそれぞれされて
いるところ,初診時の高血圧管理計画について,患者全般には生活習慣
の修正を指導し,加えて,低リスク群の患者には3か月以内の指導で1
40/90丕硲膂幣紊覆藕澎橘治療を,中等リスク群の患者には1か
月以内の指導で140/90丕硲膂幣紊覆藕澎橘治療を,高リスク群
の患者には直ちに降圧薬治療を開始することとされている(乙9・21
頁,乙10)。
大量飲酒
出血性脳出血(脳出血やくも膜下出血)の発症率と飲酒量との間に
は,直線的な正の相関関係があるとされている。また,大量飲酒(エタ
ノール450g/週以上)者は,機会飲酒者と比べ,全脳卒中の発症率
が68%増加し,特に出血性脳卒中の中でもくも膜下出血の発症率が著
しく増加したとの研究が存在する(乙9・37頁)。
くも膜下出血の発症時には早急な降圧,鎮静,除痛が必要不可欠であ
り,できるだけ早期に病院に搬送する必要がある(乙8,11,18)。
イC意見書の概要
CAの勤務状況に
ついて前記認定事実に沿う内容が記載されているほか,以下の内容の意見
が記載されている。
亡Aの富田林保健所での勤務時間は9時から17時45分であった。
第2次派遣では,初日はほぼ列車,バスなどに乗り詰めで宮古まで移
動した。しかも,そのほとんどを狭い車内で長時間過ごしていることか
ら,通常以上に身体的な影響が少なからずあったと思われる。このルー
トで出張した他の職員も,身体的に辛く,しんどかったと口をそろえて
言っていた。また,現地での業務は連日,早朝から開始している。前日
の移動の疲労が十分回復しないまま,連続しての早朝からの勤務は,相
当身体的に厳しい状況だったと思われる。
公衆衛生チームの運転手は1名のみであった。亡Aは,5月14日,
代わりの職員がいない中,昼過ぎから発生した頭痛を市販薬で抑え,我
慢しながら業務に従事しなければならなかった。
現地の状況は大阪で運転業務を行うのとは異なる。公衆衛生チーム
の拠点となった山田町の保健センターは海岸沿いの被害の大きかった地
域にあった。津波はその建物の数m下まで押し寄せていたため,当時,
保健センターに行くまでの道路は,車がなんとかすれ違える程度であっ
た。道のすぐ脇にはがれきが山積みとなっていたり,損壊した家屋を解
体する車などが作業していた。宮古市街では一部の信号機が復旧してい
たものの,その他の交通標識や信号機は津波でなくなっているか,がれ
きの中で倒れたままになっているものが多かった。支援対象の山手に点
在する避難所を巡回するためには,道路事情からどうしても被害の大き
かった海岸沿いの地域を通らなければならなかった。当時も津波などに
よる行方不明者はかなりの人数がおり,運転にあたっては,散乱するが
れきに気をつけながら,損壊した家屋などで行方不明者を捜索する人た
ちにも留意する必要があった。現地では大阪と異なり,慎重かつ丁寧な
運転技術が求められていた。
避難所までの道中では,がれきにうずもれた家々など,非日常的で
悲惨な場面にも出くわすことが多く,身体的な疲労に加え,精神的な苦
痛も相当厳しいものがあったと思われる。勤務先では日頃から周囲に目
配りができ,人一倍責任感が強かった亡Aには,第2次派遣の業務遂行
において,精神的な重圧が重くのしかかっていたと思われる。
以上のように,亡Aは通常以上の業務に従事し,被災地の諸状況か
ら身体的,精神的負荷が相当程度厳しかったことが出張中の発病につな
がったものと考えられ,業務との相当因果関係を有するものと考える
(乙5・15〜18頁)。
ウ被控訴人本部専門医の意見
本件処分の際に被控訴人が参考にした被控訴人本部専門医による本件に
係る意見は下記,のとおりである。なお,同意見は,亡Aの死亡に係
る公務災害認定請求において控訴人が提出した資料及び大阪府が提出した
資料に基づくものであり,本件疾病の前駆症状等として亡Aが5月14日
に「昼から頭が痛くなった,バファリンを買って飲んだが効かなかった」
と訴えていたことや,亡Aが,意識障害の状態になる直前の同日午後9時
20分頃の時点では,発語は明瞭で見当識は保たれ,四肢の麻痺はなく歩
行も正常で,
を踏まえたものである。
宮古病院において撮影された亡Aの頭部CT画像及び頭痛等の経過
を踏まえて判断すると,亡Aはくも膜下出血を発症し,それに伴って前
頭蓋底に出血した後,第3脳室,側脳室,第4脳室に穿破したものと考
えることが妥当である。
くも膜下出血のリスク因子としては,喫煙,アルコール多飲歴,高
血圧,くも膜下出血の家族歴などがあるが,本件についてみると,健康
診断結果から肝臓・胆道系検査に係る項目及び血圧に係る項目で指摘が
されており,また,既往歴としてアルコール性肝炎,アルコール性肝障
害,高血圧症と診断されていることからすれば,これらがリスク因子と
なり,くも膜下出血(脳出血)に至ったと考えられる(甲2・9〜11
頁)。
エG医師作成の意見書の概要
G医師作成の意見書(甲23,甲34の1。以下併せて「G意見書」と
いう。)の概要は,次のとおりである。
亡Aの死因
亡Aの死因については,同人の診療録,頭部CTの所見及び担当医の
診断内容などからみて「右前頭葉を中心とする脳内出血及び脳室内穿
破」ということになる。また,上記頭部CT所見及び担当医の診断内容
などに照らすと,脳幹出血の可能性はないものと思われる。
脳出血のリスクファクターについて
脳出血のリスクファクターについては,々盞谿機き糖尿病,9盪
血症,ぅ好肇譽后きゥ織丱魁きθ酲,О酒が挙げられ,これらは動
脈硬化の指標でもある。
また,業務や職場環境のストレスについても要因となり,震災などの
大災害の際,一般住民より行政職員において血圧の上昇が見られる研究
結果もある。
亡Aの主たる発症原因についての考察
亡Aと同様に被災地に派遣された大阪府職員は,いずれも現地におけ
る業務上の精神的重圧,ストレスについて語り,身体的にもギリギリの
状態で勤務していたと訴えており,日中と夜間の区別や勤務中と勤務外
の区別もなく,1日24時間緊張を強いられたことが窺える。上記の職
員全員が「Aさんが亡くなったことと被災地での業務がもたらすストレ
スとは無関係とは思えません。」というのが,真実であり,同意見であ
る。
祖父が脳梗塞という家族歴については,祖父の時代と亡Aの時代とで
は,時代背景や生活様式,食生活が異なっており,直接それが遺伝的因
子とみるのは困難である。
亡Aの血圧については,収縮期114〜150丕硲隋こ板ゴ70〜
102丕硲腓任△蝓い海猟度の血圧の場合は,「正常〜軽度高血圧」
として生活・食事・運動療法を勧め,薬物療法を勧めることのない血圧
であり,脳出血を引き起こすほどの状態であったとは考えにくい。
亡Aの飲酒歴があったのは確かなようであり,特にγ−GTPの上昇
は著しく,γ−GTP上昇により脳出血を引き起こす頻度も高くなる
が,臨床的にγ−GTPが300〜400台であっても,その多くに脳
出血が生じるわけでなく,あくまで一因子と捉えるべきである。
肥満の基準について,亡Aの測定値はBMIの基準値(25)をやや
上回る程度(25.8)であり,ほぼ標準と見なしてよい。
亡Aの頭痛を訴えたことと本件被災地派遣中における業務との因果関
係について
頭痛は,頭蓋内疾患の前兆として捉えられることがあるところ,被災
地においては我慢に我慢を重ね,ぎりぎりのところまで病院を受診しな
かったというのが実態であり,それは亡Aと同様に被災地に派遣された
者の陳述からしても明らかである。これが,亡Aが住む大阪であれば,
頭痛が始まった午前中,ないしは午後の早い段階で最寄りの病院を訪れ
たであろうことが推測される。出張中などで治療が遅れるのは近場にな
じみの医療機関がないためであり,被災地であればなおさらであり,本
件被災地派遣中であったことは脳出血を悪化させ,死に至らしめたこと
の最大の原因である(甲23,甲34の1)。
オ被災地における公務員の受けるストレスに関する知見
大阪府総務部人事局は,平成28年4月19日,同年に発生した熊
本地方を震源とする地震に係る被災地派遣職員の健康管理について,
当該派遣職員の所属長向けの注意事項をとりまとめた(甲27の1・
2)。上記注意事項には,被災地から戻った職員に対する業務に関する
配慮に関し,「一見元気に見えても,無理をしていてトラウマティック
ストレスの状態を持続していることも予想されるので,帰阪後は,本人と
相談しながら業務量に配慮するなど,徐々に通常業務に戻していく。」
との項目が含まれているところ,ここでいうトラウマティックストレス
については,以下の知見が採用されている。
a強烈で通常の日常生活では体験し得ない凄まじい体験によって,引
き起こされた重いこころの傷をトラウマ(心的外傷)と呼び,これら
心的外傷を負うような精神的衝撃を引き起こす出来事を「トラウマテ
ィックストレス」という。
bトラウマティックストレスを引き起こす主な事象は,「直接ではな
いが,ご遺体に係わらなければならないとき,被災した現場を目の当
たりにしたとき,被災者の方々への共感や被災したにも係わらず精一
杯頑張っておられる方々に接したとき,余震などで常時不安感を感じ
るとき」等である。
日本循環器学会,日本高血圧学会,日本心臓病学会合同ガイドライ
ンである2014年版災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドラ
インでは,〆匈欧砲茲覺超の変化,ストレス,睡眠障害により交感神
経が活性化され,末梢血管の収縮や心拍出量の増大を生じ,直接的に血
圧の上昇に寄与する,東日本大震災前後で血圧を比較した報告による
と,対象患者が(より被害が大きかった沿岸部ではなく)内陸に居住し
ており,内服などに変更がない場合でも収縮期血圧は平均で約12mm
Hg,脈拍は約5回/分増加している,混沌とした現場で救護・支援
にあたる者は,その社会的責務から逃れられずストレス曝露が遷延しが
ちであり,実際に支援者・救護者に心の問題が生じる率は一般被災者よ
りも高い,さ楙觚亘理町で一般住民と行政職員の震災後4〜8か月の
収縮期血圧反応を被災前年と比較した調査では,一般住民は2mmHg
低下したのに対し,行政職員では11mmHg上昇していたところ,両
者間でうつ,疲労度,自宅の損壊度などに差異はなく,血圧反応の差は
復興関連の過重労働の有無によるものと推測される等の知見が紹介され
ている(甲36・8頁,89頁)。
2判断
公務起因性の判断基準
ア地公災制度は,公務に内在又は随伴する危険が現実化して職員に疾病等
の結果をもたらした場合には,使用者等に過失がなくとも職員の損失の補
填の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものである
から,地公災法にいう「公務上の災害」とは,職員が公務に起因して負傷
又は疾病を発症した場合をいい,公務と疾病等との間に条件関係が存在す
ることのみならず,社会通念上,その疾病等が公務に内在又は随伴する危
険が現実化したと認められる関係,すなわち,相当因果関係があることを
要すると解するのが相当である(最高裁昭和51年11月12日第二小法
廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。
イそして,本件のような脳血管疾患にあっては,その発症の基礎となる動
脈硬化等による血管病変等が加齢や一般生活等における種々の要因によっ
て長い年月の間に徐々に進行し,増悪して発症に至るのがほとんどであ
り,公務に特有の疾病とはいえず,発症から直ちにその原因が公務である
ことを推認できるというわけではない。そうすると,当該職員と同程度の
年齢・経験等を有し,基礎疾患を有していても通常の職務を支障なく遂行
することができる程度の健康状態にある者を基準として,公務による負荷
が,医学的経験則に照らし,客観的に,脳血管疾患の発症の基礎となる病
変を,自然的経過を超えて著しく増悪させ得るものと認められる場合に,
当該疾患の発症は業務に内在する危険が現実化したものと評価して,公務
起因性を認めるのが相当である。
ウなお,被控訴人は,公務起因性の判断に当たっては,認定基準等に基づ
いて判断すべきである旨主張する。確かに,認定基準等は,専門家による
検討結果を踏まえたものであり,一定の合理性を有するものとは認められ
るものの,飽くまでも迅速かつ画一的に公務上外に係る処分をするために
下部行政機関に対して運用の基準を示した通達等であって,もとより裁判
所を法的に拘束するものとはいえない。したがって,公務起因性の判断に
当たっては,もっぱら認定基準等によるのではなく,上記イで判示した観
点から判断するのが相当である。
本件における公務起因性の有無
ア本件疾病の疾患名及びその発症時期
本件処分(前提事実イ)は,地方公務員災害補償基金(被控訴人)
本部専門医による医学的知見に基づき,亡Aの死因をくも膜下出血であ
ると認定しており審査請求に対する裁決(同ウ)及び再審査請求に対す
る裁決(同エ)も同様であると解されるところ(甲1〜3),前提事実
のとおり,宮古病院の死亡診断書等においては,亡Aの死因は「脳出
血(右前頭葉)」とされている。
控訴人の主張は,亡Aの死因となった本件疾病がくも膜下出血ではな
く脳出血である(ただし,被控訴人主張の脳幹出血ではない。)という
ものと解される。
しかし,上記認定事実ウのとおり,被控訴人本部専門医は,宮古
病院において撮影された亡Aの頭部CT画像に加え,5月14日の昼頃
には発生していた亡Aの頭痛等の経緯も踏まえ,亡Aはくも膜下出血を
発症したものと判断している。そして,,も膜下出血の場合は,発症
Aも同
日午後9時20分頃にH医師の診察を受けるに先立ち,同日の昼頃から
駆症状と整合すること,脳出血の場合は,最初はしびれ感やめまい感
が起こり,次いで半身の脱力や動かしづらさ,半身の感覚異常,言葉の
しゃべりづらさ等の脳局所症候を経た上で,頭痛等の脳圧亢進症候,さ
Aは,意識障
害の状態となる直前の同日午後9時20分頃においても発語は明瞭で見
当識は保たれ,四肢の麻痺はなく歩行は正常で,眼振や他の症状も見ら
イ),脳出血の症状の特徴と整合しないこと等
を考慮すると,亡Aがくも膜下出血を発症したとする被控訴人本部専門
医の上記判断は,脳血管疾患に係る一般的な医学的知見とも整合するも
のであるということができ,他に上記判断の妥当性を疑わせるような事
情も認められない。したがって,本件疾患は,被控訴人本部専門医が判
断するとおりくも膜下出血であり,同日昼頃までに亡Aにあらわれた頭
痛は,これに前駆する症状であったと解するのが相当である。
控訴人は,亡Aの死亡診断書に記載された直接死因が「脳出血(右
前頭葉)」であることやG意見書を根拠に,本件疾病は脳出血(脳内出
血)であると主張する。しかし,死亡診断書を作成したB医師は亡Aの
死因はくも膜下出血(脳動脈瘤破裂)の可能性もあると認識していたの
であるし(同エ),G意見書は,亡Aが意識障害の状態になる直前で
も発語は明瞭で見当識は保たれ,四肢の麻痺はなく歩行は正常で,眼振
や他の症状も見られない状態にあったことを全く考慮していない。これ
らのことに照らすと,控訴人の上記主張を採用することはできない。
イ亡Aの素因(リスクファクター)について
上記アのとおり,本件疾病はくも膜下出血であると認められるとこ
ろ,上記認定事実ア,同アによると,亡Aには,くも膜下出血の
リスクファクターとなる高血圧の傾向が認められる。もっとも,上記認
Aの直近の健康診断における血圧の値は138
/92丕硲腓任△蝓ぜ縮期血圧は降圧目標である140mmHgを下
回っているし,拡張期血圧も降圧目標を2mmHg上回るにとどまり,
掬拗盞谿気箸靴董つ礇螢好(初診時に生活習慣の修正を指導し,3か
月以内の指導で140/90mmHg以上なら降圧薬治療を行う。)の
評価がされるにとどまる。
Aについて,肝機能障害
を示すγ−GTPは,直近の健康診断における測定値で394と基準値
(10〜92)を大きく超えたものであった。これに加え,亡Aが上記
健康診断の問診の際に飲酒の機会について「毎日」,飲酒量も「3合以
上」と回答していることや上記健康診断においてアルコール性肝障害・
脂肪肝と診断されていることからすると,亡Aの飲酒歴はある程度長期
間継続していたものと認められる。これらの点に照らすと,上記γ−G
TPの数値傾向は,相当以前から継続していたものと推認できるから,
亡Aには,くも膜下出血のリスクファクターとなる飲酒歴が認められる
ことになる。
以上のとおり,亡Aには,高血圧及び飲酒歴というくも膜下出血発
症に係る複数の危険因子が本件疾病発症時点である平成23年頃まで存
在していたと認められる。しかし,上記危険因子の存在は,飽くまで,
亡Aが高血圧や飲酒歴のない者に比してくも膜下出血発症のリスクが相
対的に高い状態にあったことを示すにとどまり,上記危険因子の存在か
ら直ちに亡Aの基礎疾患がその自然的経過によって,第2次派遣当時,
くも膜下出血を発症する寸前にまで進行していたと見ることは困難であ
る。他に亡Aの疾患が当時その自然的経過によってくも膜下出血を発症
する寸前にまで進行していたと認めるに足りる証拠はない。
ウ本件被災地派遣における負荷について
亡Aは,富田林保健所に2名配置されている自動車運転手の一人と
して,所長以下の職員の出張の公用車の運転業務を担当していたとこ
ろ,本件被災地派遣における業務は,保健師,管理栄養士等により構成
される公衆衛生チームが岩手県宮古保健所管内にある避難所等を巡回す
る際の自動車運転業務であり,富田林保健所での業務と基本的に同種の
業務ということができる。
しかし,本件被災地派遣における亡Aの運転業務の具体的内容をみる
2次派遣ともに,市街地の多くが壊滅してがれきの山が随所にあるとい
う状況下で,幹線道路ではがれきが道路脇等に除去されていたとはいえ
道路の表面は通常の舗装がされた状態ではなく屑が散乱して凹凸のある
状態にあり,それ以外の道路(公衆衛生チームが家庭訪問時に通行す
る)ではがれきも除去されておらず,信号機や目印となる建物の多くが
失われ,カーナビも信用することができず,がれきの山のために見通し
の悪いところも多い上,障害物を踏んで自動車のタイヤがパンクする等
の事態が生じる危険性が高いのに,そのような場合でも救援を求めるの
が容易ではなく,さらに日没後は街灯等による照明が一切ない中で,走
り慣れていない道路を走行することを余儀なくされるという環境にあっ
たのである。以上によれば,亡Aは,本件被災地派遣において自動車運
転業務に従事するにあたり,富田林保健所における自動車運転業務とは
比較にならないほどの強い精神的緊張を強いられる状況にあったことが
容易に推認できる。これに加えて,移動先の山田町には強い異臭のある
場所もあり,道路の周辺では自衛隊員が行方不明者の捜索活動が続けら
れており,自動車運転業務に従事していた亡Aがこれを目撃したことが
ほぼ確実に推認できるし,当時もなお頻発する余震及びこれに伴う大津
波が発生する可能性があることが全国的に報道されていたから,亡Aを
含む派遣職員において,自らがかかる現実的な危険にさらされているこ
とを認識していたというべきである。そうすると,本件被災地派遣の
間,結果として業務の中断を余儀なくされるような余震等がなかったと
はいえ,亡Aを含む派遣職員が上記のような現実的な危険にさらされて
いたのである。そして,仮に余震及びそれに伴う大津波が発生しても,
派遣職員の職責上,被災者を置き去りにして自らが避難することには少
なからぬ抵抗感があったことも優に推認できる。このような状況下にお
いては,亡Aを含む派遣職員が,自らに降りかかる現実の危険を認識し
ながら職務遂行に当たらざるを得ず,さらに強い精神的緊張を強いられ
たことも推測するに難くない。また,亡Aは,もっぱら自動車運転業務
に従事していたとはいえ,想像を絶する被災地の惨状を目の当たりにし
ているほか,亡Aを含む運転業務従事者は車内等で待機する際に被災者
から話しかけられることもあった(亡Aらは,いずれも大阪府のネーム
の入った作業服を着て業務に従事していた。)というのであり(前記認
から直接に聞くということもあったであろうことを考慮すると,このこ
とも,亡Aらにとって相当な精神的負担になっていたものと推認でき
る。
さらに,亡Aを含む公衆衛生チームの宿泊先である本件ホテルの状況
は,本件被災地派遣当時,通常営業はしておらず,同チームが本件ホテ
ルに到着した時も,ロビーには多数の避難者がいて,避難者に対する配
慮が必要な状況にあったほか,入浴はシャワーのみであり,食事の提供
時間帯も通常営業時よりも短く制限され,提供時間に遅れると食事は提
供されず,夕食としておにぎりだけが提供されることもあったなど,被
災者への配慮に加えて,その宿泊環境も過酷なものであったことがうか
がえ,このことも亡Aらを身体的・肉体的疲労に陥れたといえる(前記
もっとも,亡Aは,第1次派遣後,第2次派遣前の同年4月29日か
ら同年5月5日まで及び同月7日,8日と連続して休息をとることがで
新大阪駅から宮古市における宿泊先である本件ホテルまでの移動日であ
って,亡Aは運転業務に従事していないこと,同月13日は午前7時3
0分から午後7時10分まで稼働し,時間外勤務時間は合計2時間55
分であったものの,運転業務の時間は合計約3時間15分にとどまった
こと,発症当日の同月14日は午前7時45分から午後6時10分頃ま
で稼働し,同日は週休(土曜日)であったため,全部が時間外勤務時間
として合計9時間25分になったものの,運転業務の時間は合計約2時
間50分にとどまったほか,上記2日間の運転業務中に特段の事件やト
ラブルに遭遇することもなく,運転業務に従事した以外の勤務時間は主
とおりである(本件被災地派遣の全期間が勤務時間という控訴人の主張
は採用できない。)。被控訴人は,これらのことを挙げ,亡Aは異常な
出来事・突発的事態に遭遇したとはいえず,通常の日常の業務に比較し
て特に過重な職務に従事したとはいえない旨主張する。
しかし,業務の過重性の有無は,業務に従事した時間等のみを見てこ
れを評価するのは相当でなく,当該業務に伴う精神的緊張の著しさや,
派遣に係る交通手段,移動時間及び移動時間中の状況,派遣先における
宿泊施設の状況,派遣中における睡眠を含む休憩・休息の状況等を踏ま
えて総合的に判断するのが相当である(このことは,医学的知見に基づ
く労災保険の脳・心臓疾患の認定基準において,短期間の過重業務の有
無の判断に際し,労働時間のみならず,「悲惨な事故や災害の体験(目
撃)をした」等の発症に近接した時期における精神的緊張を伴う業務に
関連する出来事,出張中の業務内容,出張の交通手段,移動時間及び移
動時間中の状況,宿泊の有無,宿泊施設の状況等の種々の負荷要因につ
いて十分検討するとされていること(公知の事実)にも沿うものであ
る。)。亡Aの本件被災地派遣における自動車運転業務の内容が富田林
保健所における自動車運転業務とは比較にならないほどの強い精神的緊
張を強いられる状況にあり,宿泊環境も過酷なものであったことがうか
Aは,第2次
派遣に先立ち上記のとおり休息をとり得る機会があったとしても,5月
9日から通常業務に従事していたものであり,第2次派遣の派遣期間が
終了する予定の5月16日まで週休日を含む連続8日にわたる勤務が予
定されていたことからすると,本件被災地派遣における業務が,上記休
暇をとり得たことをもって軽度のものであったとはいい難い。また,第
2次派遣初日の5月12日は被災地への移動日であり,運転業務には従
事していないものの,航空便を利用した第1次派遣とは異なり,新幹
線,バス,タクシーを乗り継ぎ,自宅から新大阪駅までの移動時間を除
いても9時間近くに及ぶ長時間(控訴人の主張によれば,自宅から宿泊
先で就寝するまで13時間超)の移動を余儀なくされた上,午後6時過
ぎに本件ホテルに到着し,食事をとった後も午後8時から午後9時まで
の間引継ぎを行ったものであり,翌13日は午前7時30分から午後7
時10分までの11時間40分にわたり業務に従事したのである。そし
て,亡A
精神的緊張を強いるものであり,被災地の惨状を目の当たりにすること
等による精神的負担を考えると,同日の時間外労働が合計2時間55分
にとどまり,運転業務自体の時間も合計約3時間15分にとどまったと
の外形的事実のみをもって,同業務が亡Aにとって過重なものであった
ことを否定することはできない。さらに,亡Aは,同日の勤務終了後
も,多数の避難者もいる本件ホテルにおいては休息する間も精神的緊張
から十分には解放されていなかったと推察されるところ,同日夜間に同
室者のいびき等もあいまって睡眠不足に陥り,夜が明けた5月14日に
は朝から妻である控訴人に電話で睡眠不足等を訴えたほどであるとこ
ろ,同日は土曜日で本来は週休日であったものの,現地に代替運転手が
存在しないことから業務を休めるような状況ではなく,午前7時45分
から午後6時10分まで休憩時間を除き9時間25分(運転業務自体に
従事した時間は約2時間50分)の業務に従事した。このような状況の
下においては,運転業務自体に従事した時間こそ比較的短かったとはい
え,そのことをもって,亡Aにとって上記業務が軽度のものであったと
いうことはできない。
以上より,被控訴人の上記主張は採用できない。
ところで,上記認定事実オのとおり,平成28年に発生した熊本
地方を震源とする地震に係る被災地派遣職員の健康管理について,大阪
府総務部人事局が同年4月19日にとりまとめた当該派遣職員の所属長
向けの注意事項には,被災地から戻った職員に対する業務に関する配慮
に関し,トラウマティックストレスが挙げられ,これを引き起こす主な
事象は,「直接ではないが,ご遺体にかかわらなければならないとき,
被災した現場を目の当たりにしたとき,被災者の方々への共感や被災し
たにもかかわらず精一杯頑張っておられる方々に接したとき,余震など
で常時不安感を感じるとき」等であるとの知見が示されている。
これを本件にあてはめれば,第2次派遣における亡Aの業務は,遺体
にかかわる業務ではないものの,多数の死者・行方不明者が発生し,多
数の被災者が避難生活を余儀なくされるなど,広範な地域において甚大
な被害が発生し,市街地も多くが壊滅してがれきの山が随所にあり,幹
線道路以外の道路上のがれきの撤去も完了しておらず,自衛隊等による
遺体の捜索活動等も行われ,自動車の運転も平時より相当に気を遣う必
要がある状態にあるという,被災地支援の最前線というべき環境におけ
る自動車運転業務であったから,亡Aが被災地の悲惨な現場を目の当た
りにしたことは疑いのないところと考えられる。また,亡Aは,車内等
で待機していた際を含めて被災者との接触が避けられなかったと思われ
るほか,宿泊先の本件ホテルにおいても被災者への配慮が必要な状態に
あったし,震災報道の影響もあり,ほぼ連日発生する余震のため,余震
及びこれに伴う津波の再来への恐怖を常時感じる環境で高度の緊張感を
伴う業務に従事していた。以上によれば,亡Aは,上記注意事項にいう
トラウマティックストレスに遭遇したと優に推認することができ,この
推認を覆すに足りる証拠はない。そして,亡Aは,くも膜下出血のリス
クファクターである高血圧の傾向があるところ,被災地の混沌とした現
場で救護・支援にあたる者(行政職員)がその社会的責務から逃れられ
ずストレス曝露が遷延しがちであり,一般住民と行政職員の震災後4〜
8か月の収縮期血圧反応の調査結果では,上記行政職員の血圧上昇が顕
著であり,一般住民との比較における血圧反応の差は復興関連の過重労
働によるものと推測されるとの知見も存するところであり(前記認定事
あった(ただし,亡Aの上記基礎疾患がその自然的経過によってくも膜
下出血を発症する寸前まで進行していたと認めることができないこと
Aが遭遇したトラウマテ
ィックストレスが同人に顕著な血圧上昇をもたらし,本件疾病(くも膜
下出血)に至ったことを裏付けるものといい得る。
以上に加え,前記認定に係る本件ホテルの状況や,その状況下で発症
前日には同室者のいびきのため十分な睡眠がとれず,疲労が取り切れな
かったことがうかがえるなどの事情も考慮すると,第2次派遣における
亡Aの業務は,本件疾病(くも膜下出血)の発症要因となり得る程度の
高度の負荷であったというべきである。これを否定すべき事情があるこ
とを認めるに足りる証拠はない。
なお,第2次派遣における亡Aの業務をこのように評価することは,
第2次派遣の業務内容についての大阪府の調査結果を踏まえたC意見書
にも沿うものであり,同意見書によっても合理的に裏付けられていると
いうべきである。
以上のとおり,第2次派遣に際し,亡Aの基礎疾患がその自然的経
過によってくも膜下出血を発症する寸前にまで進行していたとみること
は困難である一方,第2次派遣における亡Aの業務は,それ自体,くも
膜下出血の発症原因となり得る程度の高度の負荷であったと認められ
る。そして,上記業務以外に,亡Aにくも膜下出血の発症因子があった
ことはうかがわれない。そうすると,本件疾病の発症において,亡Aの
上記業務は,上記基礎疾患の自然的経過による増悪を超えて著しく増悪
させ,これにより本件疾病を発症したものと認めるのが相当である。そ
の意味で,本件疾病の発症は,上記業務に内在する危険が現実化したも
のと評価することができるから,亡Aの死亡は,地公災法にいう公務上
の死亡に当たるというべきである。
エ早期の治療可能性(治療機会の喪失)について
上記アのとおり,本件疾病はくも膜下出血であり,5月14日昼頃
までに亡Aにあらわれた頭痛(以下「本件頭痛」という。)は,これに
Aは,同
日の昼頃までは,本件頭痛に対し,それまで月に1〜2回程度あった頭
痛に対するのと同様に市販の痛み止め薬(バファリン)を服用すること
で対処しようと考えていたが,本件頭痛は従前の頭痛とは異なり,昼過
ぎになっても上記痛み止め薬が効かない状態にあったことが認められ
る。そして,同日,亡Aが「今までにも頭痛はあったが今日のは特に痛
Aとしては,事情さ
え許せば速やかに医師の診察を受けたいと考えたものの,運転業務を交
代する要員がいなかったため,そのまま勤務を継続せざるを得なかった
ものと合理的に推認され,同推認を覆すに足りる証拠はない。そして,
くも膜下出血の発症時には早急な降圧,鎮静,除痛が必要不可欠であ
Aが現地の医療機関を受
診することは容易でなかったと推認されるから,第2次派遣における亡
Aの業務は,亡Aの早期の治療機会を喪失させるものになったというべ
きである。このことは,正に本件被災地派遣における業務に内在した危
険が現実化したものと評価することができる。
被控訴人は,亡Aは大阪府から派遣されていた医師や保健師に頭痛
を訴えることが可能であったと主張する。しかし,。儀遑隠監の昼過
ぎの時点で,大阪府から派遣され,宮古市付近で活動していた医師はH
医師のみであったと見られるところ,H医師は,日中は亡Aとは別のチ
ームで行動していたこと,∨苅舛汎韻献繊璽爐燃萋阿靴討い進欸鮖佞
は,亡Aの手待ち時間(車内等で待機する時間)には被災者のケアに従
事しており,それ以外の時間には亡Aは運転業務に集中する必要があっ
たこと,上記保健師らの中には,亡Aと同じ職場(富田林保健所)の
職員がいなかったこと,ぞ綉保健師らは,同日の本件ホテル到着後は
亡Aとは別行動をとっていたこと,テ影の夜には,医師,保健師らに
よる引継ぎが行われることが予定されており,亡Aが上記医師や保健師
らに相談を持ちかけることが容易であったとはいえないこと,Δ修發
も,大阪府から派遣された医師等は,被災者の支援のために被災地に派
遣されているのであり,医師等において,本来の業務だけでも過重な負
荷を受けている状況下では,同じく被災地支援のための運転業務に従事
している亡Aが,同じ大阪府からの派遣職員だからといって気軽に上記
医師らに自らの診察等を依頼できる雰囲気にあったとは考えにくいこと
等に照らすと,被控訴人の上記主張を採用することはできない。
したがって,第2次派遣における亡Aの業務(突然見舞われた激し
い頭痛に耐えて予定の勤務を継続し完了したこと)が亡Aの早期の治療
機会を喪失させたという点においても,同業務と本件疾病との間の相当
因果関係の存在を肯定することができ,亡Aの死亡は,地公災法にいう
公務上の死亡に当たるというべきである。
第6結論
以上によると,本件処分の取消しを求める控訴人の請求は理由があるからこ
れを認容すべきであり,これと異なる原判決は相当でないからこれを取り消
し,控訴人の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第14民事部
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 竹内浩史
裁判官 大畑道広

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