報道等をもとに日本の裁判官の情報を収集、掲載しています。

裁判員10年 裁判官インタビュー(6)「裁判が立体的、カラフルに」仙台地裁・大川隆男裁判官(45) 22件担当


(聞き手・加藤園子、件数は担当した1審裁判員裁判の数)
 −−裁判員裁判の導入で、刑事裁判はどう変わりましたか
 「刑事裁判が立体的に、あるいはカラフルになりました。社会の多様な経験が刑事裁判に持ち込まれ、裁判員の方々と証拠や量刑事情を評価していく。裁判官裁判も間違っていたとは思いませんが、比較的定番化しやすい。裁判官だけの判断よりやっぱり厚みが増すなあと思いますね。評議を通じて裁判員の話を聞いているとしみじみ思います」
 「結局、専門家同士では、法的に正しい、証拠的に正しい、論理的に正確であるといった点が重視されていました。業界トークと言いますか。法律家目線で正しさを追究していくと大体細かすぎる作業になる。見る人が見れば『すげー』ってなったと思いますが、国民から見たら『なんだこれ』というところがあって。1つ目の供述調書と2つ目を比べてちょっと違うことを発見して喜んでいたようなところがあったのですけど、じゃあそこまで必要だったか、結論に意味があったのかといえば行き過ぎていたんじゃないかと思います。『精密司法』と呼ばれますが、今の『核心司法』でもクオリティーは下がっていません」
 「刑事裁判とは何だったのか。必要な要素を絞って突き詰めた結果、裁判が非常に分かりやすくなりました。本来の刑事裁判の理念に沿っていると考えます。基本的には法律家のための仕事ではなく、国民に還元されなければなりません。その観点がこれまで若干抜けていたのかなと思います」
 −−裁判官の仕事の変化はありましたか
 「とても合理化されました。昔の刑事裁判の特徴は、裁判官室に戻って法廷でもらった大量の調書を読んでいました。1つの事件で最大でロッカー2つ分になることもありました。公判期日が飛び飛びなので、また同じ記録を何度も読み返すという効率の悪い仕事をしていました。もちろん裁判員裁判の連日の審理も大変です。判決までは朝から夕方まで、集中力と体力を要するのですが、裁判員のみなさんとの評議は非常に効率的。以前のように目をチカチカさせながら資料を読み込むということはなくなりました。メリハリのついた仕事になりました」
「以前は何年もの長期間にわたる裁判はいくらでもありました。でも事件が風化してから判決が出るのでは、やはり国民の皆さんの理解を得られない。昔は長く時間をかけることが尊いみたいな発想、価値観がありました。特に重大事件や贈収賄は(裁判を)早く進めるもんじゃないという雰囲気が検察官や弁護人にもありました。今は法曹三者で納期を見つけて進めようという共通認識ができた。一定の枠組みで集中して成果を上げるという、今の時代に合った働き方が、裁判員裁判によって、偶然ではあるけれどもたらされたといえます」
 −−導入からの10年間で裁判員裁判に変化はありますか
 「果てしない試行錯誤を繰り広げてきた10年。全く違うやり方になっていると思います。争点整理や審理計画などの改善で、数え切れないほどいろいろな試みがありました。ありますよね、『あの人は今』みたいな、大きく変わってしまっているものって。改善は実際の審理を踏まえています。昔は刑事裁判の運用は、華道や茶道のように作法がしっかり決まっていた感じがありました。今はとにかく、現在あるものが正しいとは誰も思っていなくて、よりよい裁判に向けて議論しようじゃないかと。安住するのではなく、どんどん変えていこうという活気、熱気があります」
 「非常に変革の時代です。私なんか、『裁判員イミグラント(移民)』の世代ですが、『裁判員ネーティブ(先住民)』はこれもう、非常に頼もしい。デジタルイミグラントとデジタルネーティブみたいなね。私は制度の導入前が10年、導入後が10年と、ちょうど裁判官としての経験が半々の世代です。過去を知っているので、昔はこうだったからと引きずられる思いがありますが、ネーティブ世代は資料に埋もれてページを繰ることをしていません。彼らこそが未来です。頼もしいですね」
 「まだ全く完成ではなく、試行錯誤が続いている状態です。私は米国に留学しましたが、陪審員制度が憲法にあるのが当たり前と受け止められています。逆に日本は司法への市民参加で後発国ですが、後発がゆえにうまく改善を繰り広げ、世界で最も洗練された制度になるのではないかと思います」
−−裁判員経験者の多くはいい経験だったと感じているといいます。なぜ良かったと感じているのだと思いますか
 「日本は比較的平和で、多くの人は犯罪に直ちには縁がありません。裁判員になると、それほど深く関心を持っていなかった犯罪について考えることになります。それも、かなり深くご覧いただく。刑事裁判には人間模様があり、なかなか考えさせられることが多いです。裁判官と被告人ってかなり距離があるようにみえて、実はちょっとした運命の歯車の違いで立場が分かれる。むしろ私が被告人席に立っていたのかなと考えることも私自身よくあります。社会とは何か、人生とは何か、を考えさせられる部分があるのかなと思います」
 −−評議ではどのように振る舞っているのですか
 「これまで裁判員裁判は全て右陪席として参加しました(3月末時点)。右陪席は意外とキャスチングボートが回ってくることが多いんです。司会じゃないときは自由に振る舞っています。私はそんなにしゃべるタイプでもないと思います。が、そうでもないと周りには言われたりします。自分は勝手に人見知りキャラだと思い込んでいるんですが。慣れて、お互いを知って、話をするうちに皆さんと混ざっていく感じですかね」
 「評議ではいろいろな意見をうかがいたいと思っています。和やかな雰囲気作りや、信頼関係を築くことは大事です。ただ評議室がシーンとなることはありません。日本人は議論が下手だといわれますが、それはものすごいステレオタイプだと思います。日本人観を改めた方がいい。奥ゆかしい人にはどうですかと聞きますが、自分の意見はしっかりおっしゃる方が多いです」
 −−検察官の主張立証の変化や、改善してほしい点はありますか
 「検察官は組織的に対応してかなり主張立証スタイルが洗練されていますが、公判に向けた準備にマンパワーがうまく配分されるとさらによくなるのかなと思います。検察官は準備が大変になったと思っています。かつては捜査段階で証拠を固めるというモデルでしたが、公判でも勝負しないといけない。公判までどうなるか必ずしも読めないので、いろいろなパターンを想定して準備することになると思います。改善点があるのは裁判所も同じで、裁判官も検察官も弁護人も、裁判員ネーティブが中枢になってくれば自然と変わってくるのかなと思います。どんどん手直しすることが必要だと思います」
 −−弁護人に変化はありますか
 「若い人や中堅に特に熱気があります。私は最近までロースクールに派遣されていました。弁護士志望の学生はまずは知的財産、国際などの分野に目を奪われますが、私は『今は一周回って刑事弁護ですよ』と言っていました。変化の時代は今までのルールが必ずしも成り立たない。ということは若い人が新しいことをしてもいきなりスタンダードになれます。変わり目は狙わないといけません」
 −−どの点に裁判所の変化の余地があると考えていますか
 「ひとつの大きなテーマは裁判員との協働。もっと深化させるべきじゃないかと。10年を経て、50年、100年と続けるためにここを深掘りすべきだというのは、恐らく裁判官共通の認識であります。裁判員がより理解しやすい争点、判断テーマを決め、よりわかりやすい主張立証活動をしてもらい、そうすると自然と皆さんが法廷で得た心証を語り合えるはずです。公判前整理手続きと、公判、評議、判決が一つの線でつながるように、とよく言われますが、それをより実体化する。より一層、裁判員の力を発揮していただきたいです」
 −−裁判官としての今後の意気込みを教えてください
 「制度が切り変わる時期に立ち会えたことに、深い知的刺激を感じます。いつもトライ精神で、エラーがあったとしてもそれを礎として未来を改善できればと。道なき道ですし、刑事事件それ自体に鉛のような重みがあって緊張の連続の仕事ですが、離陸していく時代の裁判官で幸運だったなと。坂の上の雲を目指して登るみたいな…産経新聞ですからね(笑)(※「坂の上の雲」は産経記者だった司馬遼太郎が産経新聞に連載した小説)。坂を登るような雰囲気で、同僚の刑事裁判官とも、良い制度のために建設的な議論をしている良い時代。まだ発展途上ですが、一つ一つの事件を大事にしながら発展に貢献していきたいなと思います」
 ■大川隆男
 おおかわ・たかお 平成11年判事補。福島地裁会津若松支部判事補、仙台高裁判事、東京地裁判事などを経て、31年4月から仙台地家裁判事。45歳。同年2月に東京地裁で、準強制わいせつ罪に問われた男性医師に無罪(求刑懲役3年)を言い渡した。
(2019.5.21 14:00 産経新聞)

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