報道等をもとに日本の裁判官の情報を収集、掲載しています。

裁判員10年 裁判官インタビュー(16)「裁判員との握手、新鮮」福岡高裁・鬼沢友直裁判官(60) 約60件担当


(聞き手・滝口亜希、件数は担当した1審裁判員裁判の数)
 −−裁判員制度が21日で施行から10年を迎えました。制度の施行によって、刑事裁判全体に変化はあったと感じますか。変化したとすればどのような点でしょうか。また、裁判官の仕事に変化はありましたか 
 「刑事裁判自体に劇的な変化があったことは間違いありません。刑事裁判が分かりやすく、始まったら終わりが見えるような裁判になったなという感じがしますね。昔は月1回か2回の開廷日を延々と、1年も2年も3年も繰り返していて、忘れた頃に判決が出るような感じだったんだけれども、裁判員裁判は、始まると3日とか1週間とか10日あたりで、たいていの事件は決着がつきます。そういう意味では非常に裁判自体が分かりやすくてスピーディーになったなと感じています」
 −−それはプラスの変化として受け止めていらっしゃいますか
 「これは本当に素晴らしい変化だと思いますね。裁判員裁判が始まるまでは、法廷で傍聴していても何をやっているか分からない状態でしたよね。やっぱり、一般の方に分かってもらうように、当事者が説得しなくちゃいけない、説明しなくちゃいけない、っていうパフォーマンスが日本の刑事裁判の法廷に加わったのは、本当に素晴らしいことだと思いますね。大昔にアメリカに留学していて、陪審裁判を見ていましたけれども、裁判員裁判が始まった後、東京地裁で初めて裁判員裁判を傍聴した時は『日本の刑事裁判もここまでになったのか』と、すごくうれしかったですね」
 「平成16年に裁判員法が成立した後、僕は17年に最高裁刑事局というところに行き、そこで裁判員の選任手続きをどうするのかという制度設計に絡んで、選任手続きの規則を作るお手伝いをしました。その後、東京高裁で2年裁判をし、裁判員裁判が始まった翌年(22年)の1月から、東京地裁で実際に裁判長をやることになりました。裁判長になる前に、前任の裁判長の裁判を見させてもらったんです」
 −−日本で裁判員制度を導入し、うまくいくという確信はありましたか
 「ヨーロッパやアメリカでは、普通に国民の刑事司法への参加という制度は根付いています。日本人はまじめですから、欧米で根付いてるものが日本で定着しないわけがないというふうに思っていました。制度施行前のアンケートでは『やりたくない』という人が大部分という結果が出ました。ただ、そのアンケートの中でも『やりたくはないが、もし指名されたらきちんと務める』という解答が半分以上を占めていましたので、こういう人たちがきちんと協力していただけるんだろうなと思っていました」
 −−裁判官のお仕事の変化はありますか
 「一気に裁判が判決までするようになりました。昔は月1回ずつ(公判があるたびに)証人尋問調書が積み重なっていったんですね。(別の裁判官から)事件を引き継ぐと、過去2年分ぐらいの分厚い調書がすでにあって、それを読んでから次の裁判に向かわなければいけなかったんですが、裁判員裁判では基本的には最初から最後まで同じ裁判官が関与するのが原則になりましたから、調書を読み込む苦労というのが、かなり解消された気がしますね」
 −−公判前整理手続きなど、事前準備は今までよりも大変になりましたか
 「裁判員制度が始まる前までは、検察官も弁護人も職業裁判官に甘えていた面があり、書類を出しておけば、裁判官がその中から有益な要素を選択して判決に取り入れてくれるだろう、というようなところがあり、あまり証拠を絞り込むということが行われていなかったんですね。それと同じことを裁判員の皆さんにお願いできるかというと、それは絶対にできませんから、裁判員制度が始まる前から核心的な証拠に限って取り調べをしようと動いてきました。そこの変化はかなり大きいと思いますね。」
 「審理計画は、突発的な出来事が起こる可能性があるので、ゆとりがあった方が良いですが、逆にゆとりを持たせすぎると期間が長くなってしまって、参加できる裁判員が少なくなってしまうという問題があります。できる限り審理計画をコンパクトにしつつも、少しはゆとりをみて審理計画を立てなくてはいけないのが難しいところです。たとえば、裁判員の方が病気になったり、気分が悪くなったりした場合に、ゆとりがないと、改めて審理計画が立てられなくなってしまうので、そこはいつも気を遣うところですね」
 −−裁判員裁判自体に変化はありますか
 「裁判官や検察官、弁護人の運用の熟練度はずいぶん違ってきているなという感じがしますね。審理とか評議でどういうところが問題になるか、ポイントになるか、というところについて、皆さんノウハウを蓄積しているんじゃないかなという感じはします。最初のうちは、たとえば、量刑をどうやって決めるか、事実関係に争いがなくてこの人を懲役何年にするか、という議論をする時に、裁判官は『過去の裁判例からするとだいたいこのへんの相場だな』という感じでいましたが、裁判員の方にそういう話をすると、過去の裁判官裁判に縛ってしまうことになる。資料は示しつつも、裁判員の皆さんの独自性が生かせるようなやり方をしなくてはいけない、ということで『この人がした犯罪そのものがどれだけ重いかに注目してください』という議論をしてきました」
 「『この人が社会に戻った時に社会を防衛するためには、この人をできるだけ長い刑にしなくてはいけないと』といった意見が述べられた時に、社会を守るという視点も大事だけれど、基本的には犯罪の重さに応じた刑を課すべきであって、そうした方向に議論をまとめていくという評議の進め方っていうのは、ずいぶん裁判官の間に身についてきたなと思います。社会を防衛しようという発想で刑罰の刑期を決めてしまうと、際限がなくなってしまう」
 −−そのつど新しいチームで裁判員裁判をされていますが、評議をする上での工夫を教えてください
 「話しやすい雰囲気を作るのが大事だと思います。休憩時間もできるだけ活用して、事件とは離れたいろいろな世間話をするようにしていました。僕は東京と横浜で裁判長をやりましたが、横浜の時は審理期間中に1回は、お昼休みに全員で中華街に食べに行っていました」
 「裁判員の方は皆さん緊張されています。たいてい、1日目は法廷に座っているけれど、何が起こっているか分からないという感じですが、2日目、3日目になると、次第に落ち着いてきて、評議で意見を言い合うと、だんだんチームができてきて、最後は『徹底的に意見を言い合って良かったですね』という話で終わるんです。だんだん、場はほどけていきますね」
 「これまで刑事の裁判官というのは、いくら一生懸命裁判をやっても、握手してもらうということはなかったですけど、裁判員の皆さんと徹底的に議論して、自分なりに考え抜いた良い結論を出せると、判決の後、解散する時に『裁判長、最後に握手してください』と言われることがあるんです。裁判員の皆さんと徹底的に議論して『一生のうちでこんなに頭を使ったことがない』というぐらい考え抜いていただきますと、最後に『お別れに握手をお願いします』って言われるんです。これはこれまでになかったことで、とても新鮮ですし、国民の皆さんと議論を尽くしたという充実感を感じます」
 −−評議で議論がまとまりづらい時はどうされていましたか
 「その場の司会でまとめる場合もありますし、裁判員の皆さんが帰ってからその日の議論を項目別、内容別にまとめたメモを作り、翌日、整理した紙を配って、それに基づいて再度議論をすると、かなり議論が整理されるんです」
 −−検察官、弁護人の主張・立証活動は10年でどう変化しましたか。改善してほしい点はありますか
 「検察官の主張・立証活動は、最初の3、4年ぐらいで安定してきた感じがします。基本的にはA3用紙1枚で全部主張をまとめるスタイルです。最初のうちはパワーポイントを使ったこともあったようですが、パワーポイントは見ている時は理解できるんですけど、すぐ中身を忘れてしまうんですよね」
 「弁護人のはさまざまですよね。同じようなペーパーをつくる人もいれば、もう少し文章を細かく書く人もいる。また、裁判所から弁護士会にお願いをして、弁護人を2人選ぶ時は、そのうちの1人はある程度経験のある人と組み合わせてほしいと要望しています。ただ、どうしてもノウハウの蓄積という観点からいうと、裁判所と検察庁は役所ですから組織的に蓄積されていきますが、弁護士会はなかなか蓄積が難しいところがあるんじゃないでしょうか。弁護士会もずいぶん研修を一生懸命やられているようですが」
 −−裁判員制度への期待とご自身の抱負を教えてください
 「とりあえず10年間はうまく回ってきたなという感じがします。最近の若い法律家は裁判員制度があることが当たり前という世界で法律家の人生がスタートしているので、僕らとは経験が違うところがあります。今後、歴史が進むにつれて、そういう人ばかりになっていくでしょうから、裁判員制度が当たり前の制度で、皆さんに普通にご協力いただけるように発展していったらいいなと思います。僕は高裁の裁判長になって、裁判員を担当することはなくなりましたが、自分が蓄積したノウハウは若い人達にできるだけ伝えていきたいなというふうに思っています」
 「制度が始まる前に最高裁でいろいろな広報活動をし、広報用映画も作りましたが、『参加したい』という国民の率は高まりませんでした。裁判員裁判が始まれば裁判の様子が報道され、大きな宣伝効果があるんじゃないかと思っていましたし、実際に始まって何年かは報道していただいています。ただ、最近は裁判員裁判なのか普通の裁判なのか分からない報道になっていることもあります。もう少し、報道機関には裁判員裁判をきちんと報道していただきたいし、それが一番効果的な広報活動だと思います」
 「制度が始まる前に、個人的に心配していたのは、死刑が問題になるような事件の審理に裁判員の皆さんが耐えられるのかと、審理期間が長くなってしまう事件で裁判員裁判ができるのかということでした。10年の間にそうした事例も克服してきているなと感じます」
 ■鬼沢友直
 おにざわ・ともなお 昭和59年判事補。最高裁刑事局参事官、東京地裁部総括判事、横浜地裁部総括判事、岡山地裁所長などを経て平成30年10月から福岡高裁部総括判事。60歳。
(2019.5.29 14:00 産経新聞)

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