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裁判員10年 裁判官インタビュー(15)「『時間切れです』とは言わず」札幌地裁・島戸純裁判官(49) 60件担当


(聞き手・大竹直樹、件数は担当した1審裁判員裁判の数)
 −−裁判員制度が21日で施行から10年の節目を迎えました。制度の導入によって、刑事裁判全体に変化はあったと感じますか。変化したとすればどのような点でしょうか
 「裁判員裁判は右陪席として15件、裁判長として45件担当しました。刑事裁判全体の変化としては、導入前までの扱いをそのまま踏襲することなく、しっかりと考え洗い直しをしてきたということだと思います。洗い直しとは、国民目線から見て納得のいく手続き、納得のいく説明のため全過程を見直すという意味です。先日、北海道の料理の店に行きました。食材をまず示し、お客さんのオーダーを取り入れながら新しいスタイルの料理を提供するという店なのですが、裁判員制度も、こういうスタイルが理想なのかなと思います。こちらから見方をうかがい、裁判員の方の要望や思いをくみ取りながら進めて裁判員の方の思いを反映していくということです。争点や証拠の整理をした上で、重要な点に着目しながら、裁判員が見たり聞いたりしていくのが理想だと考えています」
 −−この10年間で、裁判官の仕事に変化はあったと感じますか
 「われわれ裁判官の仕事ぶりの変化という点では3つあります。1つは、判断が求められる重要なポイントを明らかにしなければいけないということです。料理でたとえれば、食材を提供された方から『こういった食材の、こういったところを料理として出したい』というようなことを聞きつつ、事前に検察官や弁護人に予告された重要な点に着目して法廷に臨むようになってきているということです。2つ目は、判断の枠組みを明確にするようにしたことです。たとえば、責任能力については裁判員制度が始まるまで、精神科のお医者さんと法律家との間で役割分担をどう区切っていくか、整理がついていませんでした。それがこの10年間で十分整理がついたと思っています。殺意についても、どういった場合に殺意が認められるのかということについて、判断の枠組みが明確になってきたと思います。3つ目としては、国民一般から見た視点をより意識するようになったことです。危険運転致死傷罪が適用された事件など、法律を当てはめるに当たっての危険性の評価が問題になるケースについてもそうですが、裁判員裁判によって国民目線も取り入れた上での評価ができてきているのではないかと思っています」
 −−裁判員裁判自体について、施行後の10年間で変化はあったと感じますか。変化したとすればどのような点でしょうか
 「最初のころは、裁判官の側もまだ慣れておらず、裁判員に対し裁判官の仕事を紹介し、仕事の過程をたどってもらうという色彩が強かったのです。しかし、『裁判員の感覚、意見を聞いてみましょう』と変わってきました。他の意見とどこが違うのか真剣に議論し、その上で、裁判員の感覚も十分あり得るだろうと思ったとき、われわれもより柔軟になってきました。私たち裁判官が裁判員の感覚をしっかりと受け止めた上で、これをうまく説明できるよう、アシストできるようになればいいなと思います。裁判員制度が始まった当初は、供述調書の朗読がとても多く、丸一日朗読が続いたこともあり、それを整理するのに精いっぱいでした。それが今では、裁判員が法廷で見聞きしながら感じたことを出し合ってみましょうというように変わりました。裁判官が、裁判員の感覚をなるべく取り込めるような発想をしています。裁判員裁判を経験した人へのアンケートで『よい経験と感じた』と好意的に評価する人が9割超を占めているのはありがたく思っています」
 −−裁判員裁判の評議では、どのような点を心がけていますか
 「どの事件にもヤマ場があると思っています。裁判所は公判前整理手続きの段階で、検察官や弁護人から主張のポイントは聞いているので、ヤマ場がどこにあるか把握しています。ですからヤマ場を迎えたとき、家族間の悩みやトラブルがきっかけとなった殺人事件であったら、『これまでのいきさつをどう考えるか。そこはじっくりと話をしましょう』と裁判員に伝えることができます。私が気をつけているのは2つです。まず1つは、話が出尽くしてもいないのに『もうここで時間切れです』ということは絶対に言わないということです。裁判員の皆さんには『もし本当に言い尽くせないのであれば、若干時間を延長し、別の日にまた会うことにしてでも、そこは話を尽くしましょう』と言っています。実際には、別の日に来ていただくまでもなく意見が尽くされていますが、不全感を感じさせたくありません。評議の最後まで裁判員の意見が対立する場合に、意見を出し尽くしたのであれば、多数決になります。たとえば、刑の重さを決める場面で、これまでの量刑の傾向と大幅に異なることを主張される方がいらっしゃり、意見が収束しないこともあります。意見としては尊重しなければいけないと思いますが、一方で公平という視点も考えなければいけません。そこで2つ目ですが、『これまでの量刑をどの程度前提とするのかは理由次第ですよね』と言っています。裁判員制度が始まって判決の量刑の幅が広がりました。理由について議論を尽くしてお互いの違いを分かった上で、刑の重さを数字として評価するときに違いが出てくるのであれば、多数決になることもやむを得ません。裁判官としても、理由について議論を尽くすことが大切なので、単純に『これまでの量刑傾向に従ってください』とだけ言っているつもりはありません」
 −−検察、弁護側の主張・立証で変化した点、改善してほしい点はありますか
 「検察庁では裁判員にとって理解しやすい主張の整理が進んできたように思います。冒頭陳述も前は証拠の中身を網羅的に紹介したものでしたが、ずいぶんと変わりました。『家族の中で包丁を持ち出すことになったいきさつに着目してください』とか、『包丁が被害者の体に刺さったときの刺し傷の大きさに着目してください』という感じですが、これはありがたいことだと思っています。ただ、改善してほしい点もあります。検察官が証拠として示す情報量がそれでも多いということです。メモを取り切れない裁判員が評議で発言しづらくなるのはいちばん良くありません。裁判員の方には『法廷でのやりとりをすべて記憶する必要はありません』、『ここにいる裁判員と裁判官の9人が印象に残ったことをそれぞれ出し合えば、およそ重要なところは出尽くしているのではないですか』と言うようにしています」
 −−遺体や犯行現場の写真、凶器といった刺激の強い証拠、いわゆる「刺激証拠」については、どのようにお考えですか
 「刺激証拠を見た人と見ていない人で、差があるというのは良くありません。刺激証拠を見たときに、その証拠を見て重視される方もいらっしゃれば、それを見ない方や重視しない方もいらっしゃると思います。重視する方は、もしかすると被害の大きさの印象を重視するのかもしれません。そのときに、生の写真は事実として正確かもしれませんが、裁判で判断するために必要な事実の範囲とはズレがあるようにも思います。事実の有無や刑の重さを判断するために必要な事実かどうかということも考えなければならないと思っています」
 −−弁護人の主張・立証に変化はありますか
 「弁護士さんも熱心に取り組んでいます。証拠開示の範囲が増えてきたことで、制度が始まった10年前より、さらに力を入れて仕事をされている印象を受けます。特に地方都市では若手の弁護士さんに頼るところが大きいです。そういう若い方によって裁判員制度は支えられているのだと感謝しています。なるべく法律用語を使わないように工夫していて、文章をただ読み上げるだけの弁論はずいぶん少なくなりました。その一方で、裁判員に対してどこに着目してほしいのか、という点ではややはっきりしないこともあるように思っています。被告としてはあれもこれも言ってほしいと弁護人に要望しているのでしょうが、たとえば被害者を殴って死なせてしまったという事件で、検察官は『15回くらい殴った』と主張し、弁護人が『いや10回です』と言ったとします。10回なのか15回なのか、刑罰を決める上では大きな問題でもないように思えます。また、『被告は生まれながら恵まれない生活でした』と弁護士が言ったとします。裁判員の中には『それでもまじめにやっている人がほとんどだよね』と思う人もいるでしょう。弁護人として、重要でないところまで力点を置いてしまって、『あれもこれも見てください』ということになると、裁判員から見れば、どの点を本当に考えるべきなのか分かりづらいということになり、本当に考えるべき点の重要度がかえって下がってしまい、むしろ理由にならないことばかり言っていると評価されることにもなりかねません。組織の中で経験を積んでいる検察に対し、弁護士の方は一人当たりの裁判員裁判の経験数が不足しています。成功例や失敗例を弁護士の間でもっと共有してもいいのかなと思います。裁判官は『この部分が良くない』などと互いに率直に、時には厳しく批判し合ってきました。弁護士同士でたたき合うことがあってもいいのではないかと思います。『ここは理解しづらいところがあった』といった具合です。担当した裁判官、検察官、弁護人で個々の裁判員裁判を振り返る会があるのですが、率直な議論をしたいと思っています」
 −−今後の裁判員裁判に期待される点、ご自身の職務にあたっての意気込みを教えてください
 「裁判員がいろんな人生観を出し合ってこそ、いい裁判なのかなと思います。罪を犯す人は、気持ちが弱っていたり、経済的、人間関係に弱っているとき、そういうものが重なって罪を犯したとも見ることができるでしょう。私は周囲に恵まれ、罪を犯さずにきましたが、私にも弱いところがあります。人間の弱いところに向き合うのが裁判です。起訴されて、勾留されて、これから懲役何年という判決を受けるかもしれない立場なのですから、被告はとても弱い立場にあるといえます。ですから、机の上で裁判官が法律の議論をするより、人生経験のある裁判員がどれだけ関わってくれるかで、裁判にも厚みが出てくるのだと思います。裁判長がえらいわけではありません。裁判長はあくまでも法廷の中の進行役にすぎません。音楽で言えば、指揮者でもコンサートマスターでもないのです。裁判官として、柔軟な頭で考えなければいけないと常に思っています。札幌地裁で裁判員を務めた方が裁判を終え職場に戻ると、会社の掲示板に判決の新聞記事のコピーとともに『○○さんが裁判員に参加されました。みんなでフォローしました』と書かれていたそうです。私も裁判員の方をフォローしていけるような、そういう土壌づくりに関わっていきたいです」
 ■島戸純
 しまと・じゅん 平成8年判事補。法務省刑事局付、東京高裁判事、東京地裁判事、司法研修所教官などを経て、29年4月から札幌地裁部総括判事。49歳。昨年6月、札幌市で同居相手の会社員男性を刺殺したとして殺人罪に問われた女の裁判員裁判で、「善悪を判断する能力や行動をコントロールする能力が全くなかった可能性がある」として無罪(求刑懲役6年)を言い渡した。
(2019.5.28 18:33 産経新聞)

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