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ビキニ環礁被曝巡る国賠訴訟、2審も元船員らの請求棄却

 米国が1954年に太平洋のビキニ環礁周辺で行った水爆実験を巡り、高知県の漁船の元船員らが、被曝ひばく状況に関する資料を長年開示しなかったのは違法として国に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、高松高裁(増田隆久裁判長)は12日、請求を棄却した1審・高知地裁判決を支持し、原告の控訴を棄却した。
 実験を巡る初の国家賠償請求訴訟で、周辺海域で操業していた元船員と遺族ら29人が総額約4200万円(1人25万〜200万円)の慰謝料を求めていた。
 昨年7月の1審判決などによると、国は実験後の54年3〜6月、周辺海域にいた延べ556隻の船員の被曝状況を調べたが、同年末で調査を中止。55年、200万ドルの支払いを受ける形で米国と政治決着を図った。86年の国会で「調査資料はない」と答弁したが、2014年、市民団体の請求を受け、資料を開示した。
 原告側は国が資料を故意に隠し続けたとし、「被曝者と知らないまま治療や補償の機会を奪われ、精神的苦痛を受けた」と主張。国側は「資料を隠したことはなく、発見後は開示した」と反論していた。
 1審判決は意図的な隠匿を否定した一方、「救済の必要性は(国の手で)検討されるべきだ」と言及。原告45人のうち一部は控訴を断念するなどし、控訴審は29人だった。
(2019/12/12 13:22 読売新聞)

ビキニ環礁での被爆訴訟 原告の訴え 認められず 高松高裁

 65年前、アメリカが太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験で被爆したとして、周辺にいた漁船の元乗組員などが被害を明らかにしなかった国の対応は不当だと訴えた裁判で、2審の高松高等裁判所は1審に続いて原告の訴えを退けました。
 アメリカが昭和29年にビキニ環礁で行った水爆実験では、静岡県の漁船「第五福竜丸」の乗組員23人が被爆しました。当時、周辺で操業していた高知県の漁船の元乗組員や遺族などは、自分たちも被爆したのに5年前に資料が開示されるまで国は記録を隠し続け、健康調査など必要な支援をせず放置し続けたとして、国に慰謝料を求める訴えを起こしました。
 1審の高知地方裁判所は、元乗組員のほとんどが被爆した事実を認めたものの、訴えを退けたため、去年8月、原告側が控訴しました。高齢化などから原告の数は減り、1審では45人でしたが、2審では29人となっていました。
 12日の2審の判決で高松高等裁判所の増田隆久裁判長は、国が記録を隠し続けたかどうかについて「核実験による漁船員らの被爆は報道され、隠すには無理があるうえ、およそ60年にわたり政党などが多数回交代する中で隠す意思が引き継がれたと考えるのは現実的ではない。隠そうとする意思があれば廃棄するのが最も簡単だったが実際には開示している」として原告側の主張を認めませんでした。
 また「広島や長崎の被爆者と同じように救済されるべきだという主張は理解できるが、広島や長崎の被爆者の援護を定めた法律と同等に扱う義務があるとはいえず、立法機関や行政機関による一層の検討に期待するほかない」などとして国に調査や支援、資料の開示の法的義務はないと判断し、1審に続いて原告の訴えを退けました。
 亡くなった元乗組の遺族 悔しさにじませる
 判決の後に開かれた原告側の会見では、裁判の途中で亡くなった元乗組員や遺族などの遺影が並べられました。
 2審で原告の代表を務めた元乗組員で、今月5日に胆管ガンで亡くなった増本和馬さん(83)の妻・美保さん(78)は「夫が亡くなってからきょうで1週間です。夫なら、『本当に国民をばかにしている』と言っていたと思います。裁判長は『棄却する』というひと言だけだったので、そのことばを夫に伝えたいと思います」と悔しさをにじませていました。また、被爆した元乗組員の大黒藤兵衛さんの遺族で、長女の下本節子さん(68)は「『もしかして』と期待していたので残念です」と話していました。
 「ビキニ事件」を30年以上にわたって調査し、元乗組員の支援を続けている山下正寿さん(74)は「裁判に参加した元乗組員たちは『仲間のために』という強い思いでした。『この人たちに救済を』と強く思ってきたので、残念です」と話していました。
 原告の代理人の梶原守光弁護士は「元乗組員などが高齢なので、上告については関係者と慎重に協議したい」と述べ、今後対応を検討する考えを示しました。
(2019年12月12日 18時08分 NHK)

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